妖精さんといっしょ   作:カンピロバクター卍

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ウルハ家炎上
#1


 僕は朝食のレタスの葉を半枚、白米をほんのひと口分、そして目玉焼きの切れ端を小さな豆皿に丁寧に盛りつけ、それをそっと持って自室へ戻った。

 

「遅いのリツ!私お腹すいちゃったの!」

 

 部屋の中からはそんな声が聞こえたけれど、人影はなかった。学習机とベッド、そして本棚があるだけの普通の子供部屋である。

 しかしよく見れば、15センチ程の人形が、机の上でこちらに手を振っていた。

 

「ごめんフィー、父さんの話が長くってさ」

 

 その人形こそが先ほどの声の主であり、今僕が話しかけている相手であった。

 彼女の名は《フィーフィッツ・ステラリア》。長ったらしいので、僕は専ら略して《フィー》と呼んでいる。

 フィーは見た目から分かるように人間ではない。

 かといって人形というわけでもない。

 

 彼女曰く、自分は妖精だ……とのことだ。

 

 妖精。

 確かに彼女の姿は実に妖精らしかった。

 背は極端に小さく、耳はとんがっていて金髪で、ひらひらとした真っ白なネグリジェを纏い、そして極めつけに、その背中には昆虫のような翅が四枚生えていたのだから。自己申告がなくとも、ぱっと見だけで妖精と判断できる見た目だった。

 

 しかし、常識的に考えて妖精の実在性など鼻で笑える程低い。むしろ目の前の彼女が僕の妄想である確率の方が、よっぽど高いと言えよう。

 

 だが、僕はそれでも彼女の実在を確信していた。

 

 あの時僕の病気を一瞬で治してしまった彼女のことを、どうして疑えようか。……医者の「自然緩解するなんて有り得ない……」というぼやきも、彼女の存在を信じる一因であったが。

 

 ――あの日から、もう一年になる。

 

 病院の窓からふらりと入り込んだ小さな来訪者は、なぜかそのまま僕の生活に居座りつづけている。

 今ではすっかり我が家、いや、僕の部屋の主のような顔をして、三食昼寝つきの優雅なぐーたら生活を送っていた。

 

 僕が今、手渡している豆皿も、そんな生活の一環だ。

 

「やっぱ目玉焼きは白身にこそ価値があると思うわけよ」

 

 豆皿に乗せられた目玉焼きの切れ端を両手でつかみ、勢いよく口にほおばりながら彼女は言った。僕にとってはほんの少しの切れ端も、彼女の手で持てば途端にごちそうに見えるのだから不思議だ。

 

「フィー、手づかみは行儀が悪いよ」

 

「人間の行儀なんて知らないの!私は私の思うままに行動するの!」

 

 自由奔放、マイルール至上主義、気分屋でおしゃべり。とはいえ、この前は「手が汚れるのイヤ」って言って、わざわざミニチュアのフォークを持ち出していたくせに。今日は手づかみの気分らしい。

 僕は苦笑しながらウェットティッシュを一枚取り出し、折りたたんで彼女の隣にそっと置く。食い方が汚いくせに綺麗好きな彼女は、食事を終えるとこれで口や手を拭い、ついでに全身を拭くのがルーチンになっていた。

 

「レタスと一緒に食べるとさらにグーなの!人間の食べ物はやっぱり美味しいの!」

 

 幸せそうな彼女は、僕の気づかいには目もくれずにレタスで白身を包んで食べていた。

 

 まあ、いつものことだ。

 

 彼女には恩義があるし、この程度の手間は手間ですらない。それに、彼女の幸せそうな笑顔を見るのが僕は好きだったから、礼はその笑顔だけで十分だった。

 

 

 フィーは魔法が使える。

 

 大気中の《マナ》なるエネルギーを用い、任意の現象を意志の力の身で実現させる――それが、彼女の扱う魔法であった。

 技術的には人間にも行使可能な力らしく、近代以前は魔法使いが実在したと彼女は語る。「卑弥呼も魔法使いだったの!あれはいい筋してたの!もうちょっと長生きしてたら大化けしてたのに、惜しかったの!」とまるで見てきたかのように言う彼女の年齢は、僕なんかよりもずっと上なのであろう。本人は「歳を数えたことなんてないの」と笑っていたけれど、その無邪気な顔の奥には、長い長い年月の重みが見え隠れしていた。

 

 まさに妖精。ファンタジーの化身だ。

 

 そんなフィーに頼み込んで、僕は毎日魔法を教わっていた。

 

 学校から帰ると学校鞄を放り出し、手を洗い、宿題もそこそこに済ませて、フィーの前に正座する。それが最近の日課になっていた。

 

 ――もっとも、それには代価を必要としたが。

 

「授業料にポテチの大袋を要求するの!これはびた一文だってまけられないの!」

 

 フィーはきっぱりと言い切った。

 

 湖〇屋のポテトチップスの大袋。どうやら彼女のお気に入りらしい。週一で要求されるのはやや懐に痛いが、それで魔法が覚えられるならば安いものだ――と当初は思ったのだが。

 

 魔法の習得は想像以上に難しかった。

 

「では前回のおさらいからいくの!リツ、思考力のみでマナ配列を魔法発動段階に整列させるために必要なものを、三つ答えるの。ニュアンスさえあってればオッケーなの」

 

「精神力、想像力、そして知力だね。分かってはいるんだけどねぇ……」

 

「そこまで分かっていて何でマナ集合すらまともに出来ないのか、まったく不思議なの!」

 

 魔法は一種の超能力であった。思考力のみでマナを操作する……それはもはや念動力とでも言うべき超能力であって、それが使えたら苦労はしないという話だった。

 フィー曰く、想像力と知力は合格らしかったが、肝心の精神力が僕は全然ダメらしいのだ。

 

 そうこうしているうちに、魔法授業は初級編で足踏みしたまま半年が過ぎてしまった。座学は既に応用編まで進んでいるのだが……実技がどうしてもね。

 

「まあ、人間は魔法が苦手な種族だからしょうがないの!落ち込んじゃダメなの!」

 

 ポテチを1枚抱えたフィーは言うが、別に落ち込んではいないよ。

 

 精神力は念動力。

 人間はそんなもの扱えるようにできちゃいないのだから、それで落ち込むってことはない。ただ、解決方法が思いつかなくて途方に暮れているってだけなのだ。

 

「そうなの?……まあいいの!マナ集合が出来るように自主練は欠かさないこと!今日も実技は省いて座学だけにするの!」

 

「はい先生!」

 

 僕は実技の進みが絶望的なことを考えないように、努めて大きな声で返事をした。……フィーの言う通り、少しは落ち込んでいたのかもしれない。

 

「では紀元前3500年頃、古代魔法文明における魔道具の発達とその衰退について――」

 

「――魔道具?」

 

 しかし解法は思わぬところから降ってくるものだ。

 僕はフィーの発した「魔道具」なる言葉に、現状のブレイクスルーを感じて咄嗟に講義を遮ってしまった。

 

「魔道具って、あの魔道具か?魔法使いじゃなくても魔法が使えるようになるっていう、あの!?」

 

 ラノベの定番アイテムの!?

 

「う、うん、そうなの。だから落ち着いてほしいの、顔が近いの!」

 

 身を乗り出した僕の顔を小さな手のひらで押し返しながら、フィーは顔を赤らめて叫んだ。

 何で顔を赤くしているんだろうか。確かに親しき中にも礼儀ありだし、ちょっと馴れ馴れしかったかもしれない。

 

「ごほん!えー、魔道具っていうのはね?魔法の素養に乏しい人間でも簡易な魔法を扱えるよう、特定の魔法を刻み込んだ装置のことを指すの」

 

 ほうほう。

 

「私は原理はあんまり詳しくないけど……笛型魔道具が最も一般的だったの。笛についた紐を振り回すことで、笛内部にマナの混じった大気を取り込み、内部構造に沿わせることでマナ配列を変更。あとは発動の意志さえ込めれば発動するから……理論上誰でも魔法を扱えたの」

 

 それはそれは。

 

「……その方法があるなら、何で教えてくれなかったんだい?」

 

「それは……」

 

 僕の疑問に、彼女は口ごもりながら答えた。

 

「……魔道具は、古代魔法文明人が魔法で生産したものなの。内部構造は複雑怪奇で、詳しくない私だと再現が難しいの。ぶっちゃけロステクなの。こんなものに期待するより、マインドパワーを修行で高めた方が確実なの!」

 

 答えは単純明快。

 魔道具はロストテクノロジーになっていたのだ。

 

 そりゃ当然の話で、魔道具の製法が今に受け継がれていたら、きっと科学文明が育つこともなかっただろうから。

 

 今があるなら、魔道具の製法はどこかの時点で失われているのが妥当なのだった。

 

 ――だが、それなら、それを掘り起こすという選択肢も、あるのではないか?

 

 僕の中で、新たな希望が静かに灯った。

 

「フィー!今度の土曜日、魔道具を探しに行こうよ!」

 

「あーもう!こうなると思ったから話していなかったのに!今日は厄日なの!」

 

 フィーはポテチを投げ捨て、地団太を踏んでいた。

 

 面倒なら僕のことなんて無視すればいいのに、何だかんだ付き合ってくれる。かわいいなあ、フィーは。

 

 ずっと、こんな暮らしが続けばいいのにな。

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