自分の一押しであるマンセマットさん。とっ捕まった後は別に殺された訳ではなく、軟禁されていたのですが。
多神連合が解散した事により、隙が出来て逃げ出すことになります。
もう行く所なんて何処にもないのに。
序、鴉の末路
以前の大戦の時。
将門公の天蓋の中心部。スカイツリーの付近より、天使の大軍勢が出現したという。僕は事前にそれを聞かされている。
一神教の聖書では、天使は数十億いるとか。
流石にそれを再現は出来ないだろう。
前の大戦では結局四大天使が敗退し、大天使達は一度は東京の殲滅を諦めたのだ。先送りにしたのかも知れないが、どちらにしても東のミカド国に兵を引いた。千五百年が経過したとしても、東のミカド国の民はそれほど熱心に一神教を信仰していない。
それもあって、其処までの数は回復していないと考えて良い。
一応、それが現時点での見解。
勿論客観が最大優先。楽観は論外。
最悪の状態として、四文字の神が直にくるとか。四大天使以上の大天使が来るとか、そういうのも警戒しなければならない。
僕はシェルターの外で警戒しながら、その話を反芻する。
例えばメタトロン。
天使最強と言われる存在が、いきなり先陣を切ってくる可能性もある。
ただでさえ様々な天使がいて、それらが四文字の神にしたがっているのである。それを考えると、弱い天使ばかりが数で攻めてくるとは限らないのだ。
さて、どう出る。
もう東京に太陽神が戻ったことは相手も理解している筈。
竜脈も正常化した。
だとすれば、悪魔が人間を殺し尽くすことを大天使達は期待できない。シェルターには、未来を担う幼子もたくさんいる。それを看過できないはずだ。
座り込んでじっと空を見ていると。
側にクリシュナが来た。
勿論此奴には油断していない。
「何かあった」
「私としてはどうでもいいことだがね。 貴方方に問題になるかも知れない」
「具体的に何」
「ふっ。 マンセマットが逃亡した。 あれは我々で抑えていたのだが、多神連合が瓦解したときに、隙を突いて逃げ出したようだな」
マンセマットか。
さてはこいつ、わざと逃がしたのか。可能性は否定出来ない。あれが変な行動をすると、確かに厄介だ。
「わざわざそんな事をいいに来たって事は、居場所に心当たりがあると?」
「可能性があるとしたらスカイツリーだろう。 こうなってはかの鴉に居場所はない。 貴方たちと大天使達の激突を様子見して、隙を見て東のミカド国に押し入り、民を洗脳するつもりだろうさ」
「……そう」
大天使は別に全てが気にくわない訳じゃない。
天使だって、ヨナタンに従っている天使達は、ちょっと行きすぎている感があるものの。それでも勇敢に戦い。ヨナタンを支える事をまったく厭わない優れた者達だ。天使が全て駄目なわけではないのだろう。
だが、彼奴は違う。
元は違ったのかも知れない。
だが今は、鴉と揶揄されるのに相応しい存在だ。
そして僕は此奴の事を信じていない。すぐにシェルターに戻ると、フジワラに話す。フジワラは少し考え込むと、ドクターヘルに連絡。
ドクターヘルは面倒くさそうに応じると、何やら調べてくれた。
「ふむ、大きな反応があるのう。 悪魔の大きな反応は、色々調べた結果分かるようになってきたんだがなあ。 かなり傷ついているが、それは結構強い悪魔だ。 他の悪魔を補食しながら……此方に向かっているな」
「市ヶ谷に?」
「おう、そうなる。 危険な相手であろう。 応戦の準備をしておくわい」
「いや、僕達もそっちにいくよ」
すぐ連絡を切って、ターミナルに。
市ヶ谷にはヨナタンとイザボー。付近で悪魔の掃討をワルターがやっていたのだが、全員集める。
悪魔の反応を調べるシステムについてドクターヘルがまったく分からない用語を並べて解説してくれるのを聞き流しながら、反応があるらしい場所に向かう。
「あのクリシュナという殿方、敢えて嘘を言ったのではないでしょうね」
「どうだろうね。 単に予想が外れただけかも知れない」
「確かにあいつの立場からしたら、身を隠していた方が得だろうしな。 目的地以外はあっていたってのも事実だろうぜ」
「問題は天使の侵攻に奴の襲撃が被らないと良いんだけれど。 おっと……」
見つけた。
すぐに皆、悪魔を展開する。
それはマンセマットだが、全身がぼろぼろで、翼は生えかけ。体の彼方此方が浅黒い肌だったのが、むしろ青ざめている。
傷が全く治っていないどころか。どうにか無理矢理逃げ出して来たというのが一目で分かった。
哀れな姿だ。
同情は出来ないが。
奴はカタキウラワを貪り喰っていた。野良犬のように。そして、此方に気付いて顔を上げる。
かっと目を見開いたマンセマットは、犬のように這いつくばったまま、長広舌を振るう。
「あ、貴方たちはっ!」
「クリシュナ達に捕まってたのを逃げ出して来たってな」
「ふっ、そうですよ! あのクリシュナは、シェーシャという原初の龍王を蘇らせようと画策しているのです! 貴方たちは騙されているんですよ!」
「もう多神連合は解散したよ」
僕が事実を告げると。
マンセマットは、口から豚肉の欠片を落としていた。
呆然とするマンセマットに、多神連合の主な面子が既に離れた事。それを見て、オーディンがトールとともに離脱した(どっちも知らないが、そういうことがあったらしい)という話をすると。
マンセマットは、しばらく呆然と虚脱していたが。
不意に我に返る。
「し、しかし奴はこの東京を生け贄に……」
「穏健策に移行するってさ。 もう阿修羅会もガイア教団もこっちで抑えてね、東京はまとまったの。 更に日本神話の神々も封印から解放した。 結果、大天使達と戦う準備ができたし、これ以上人間どうしで争う必要も、人間を贄にして世界を終わらせる必要もなくなった。 クリシュナ以外の神々はそう判断して、多神連合から離れたんだよ。 クリシュナも、諦めて今は僕達と連携する事を決めてる」
「う、嘘だっ! 嘘に決まっている!」
「僕の気配、何か覚えがあるんじゃないのかな」
マンセマットが飛び退いて、犬みたいに唸るが。
不意に僕の言葉に黙り込む。
それはそうだろう。
僕のガントレットには、ティアマトとマルドゥークがいる。特にティアマトは、原初の祖神である。
マンセマットも、知っている筈だ。
それが何を意味しているか。
「そ、そこまで力を増していたのかっ!」
「それでどうしますの? わたくしたちとしては、貴方のような殿方は放置出来ませんから、もう返答次第ではすぐに片付けさせていただきますけれども」
「ま、待てっ! いや待ってください!」
いきなり卑屈になるマンセマット。
昔封魔塔で此奴に遭遇した時は、不意打ちをしてやっとという相手だった。レールガンがあの破壊力でなければ、倒す事など無理だっただろう。
今は弱体化しきったマンセマットと僕らでは、力の差が歴然過ぎる。完全に逆転している。
それになんなら、増援だって呼べる。
マンセマットを逃がさず、この場で仕留めるのはまったく難しく無いのだ。例えマンセマットが万全の状態であっても。
ましてや此処まで弱体化している状態ならなおさらである。
「て、天使達の弱点を教えます! わたくしが知る限り、全て! だから、見逃して欲しい! いや、ください!」
「天使達のはいらない。 四文字の神の弱点は?」
「ひいっ!」
何となく分かる。
此奴はダークサイドとは言え、神に対しては忠実な存在なのだ。
四大天使とは相容れず裏切って背中を刺したかも知れない。
だが此奴自身は神の忠実な下僕を自認している。
それが、神を裏切れという言葉に対して、ダメージを受けない筈がないのだ。
がたがたと震えるマンセマット。
ワルターが大剣を抜く。苛立って来たらしい。良い意味での侠気を手に入れているワルターにとっては、鴉と揶揄される此奴の尻軽ぶりは不快でならないのだろう。ヨナタンも剣を抜く。
それを見て、マンセマットは泣き落としを始めた。
「そ、それだけはご勘弁を! そ、そうだ! 実は私には切り札がありましてな! あの大アバドンを使って、過去に飛ぶ事ができるのです!」
「へえ」
「それで先に四大天使を倒せば、或いはこのような世界にならなくて済むかも知れません! 多くの人々が救われます! どうです、私を仲魔にする価値が見えてきたでしょう!」
「話は聞かせて貰った。 確かにブラックホールをタイムマシンとして利用できるという説はある」
実はこの話。
音声を共有していた。
マーメイドも霊夢も秀もドクターヘルも殿もフジワラも聞いている。
だが、誰もが相手にするなと言ってきていた。
その中で、ドクターヘルだけが、揶揄するように直に言葉を入れて来た。
「だがな、歴史を改編しても、世界そのものが変わるのか、新しく平行世界が出来るだけなのか、タイムパラドックスが起きて世界が吹き飛ぶのか、もしくはその改編すらも歴史の一部なのかには諸説ある。 現時点でそれを試すのは、リスクしかないなあ」
「そ、そんな! 何事も試すのが一番でございましょう!」
「そうだね。 でもそれはお前みたいな詐欺師同然の奴に言われて試すことじゃない」
ドクターヘルも、此奴の提案に乗るのはやめとけと文字でガントレットに送ってきていた。
僕も同意だ。
仮に過去に戻れたとして、過去を変えて、今が良くなる保証などない。
バタフライ効果というそうだが、過去にちょっとした落としものをしただけで、まったく別の未来になってしまう可能性すらあるとか。
そういうのは、完全に詰んだときに、一か八かでやる賭だろう。
少なくとも今。
こんな詐欺師野郎に言われてやる事じゃあない。
それに此奴には、平行世界でマーメイドは何度も会っているという。
そしてその度に、エゴの怪物であることを見せつけられてきたそうだ。
そんな奴が。
自分の利益になる事以外をする訳がない。
蜻蛉切りを構えて前に出ると、マンセマットが喚きながら後ずさる。だが、その背中が何かにぶつかる。
そこにいたのは、冷え切った目のラビエル。
その存在を知って、マンセマットは跳び上がろうとしたが、出来なかった。月の女神が、そっちにも展開していたからだ。
この二柱の神は、四大天使と同等以上の実力を持ち。
何よりも、マンセマットはその存在を知っている筈だ。
もはや身動きできなくなったマンセマットは、僕に対して助けてとか抜かしたが。僕は嘆息すると、そのまま串刺しにしていた。
マグネタイトになってマンセマットが消えていく。
「もしも君が、不利な状態の相手を一度でも助けるような事がある奴だったら、僕はこんなことをしなかったよ。 仲魔にしてこき使っていただろうね。 君は気に入らないとはいえ身内さえ裏切るような奴だ。 仲魔にするにも、仲間になるのにも、無理がありすぎる」
戻ろうと、皆に告げる。
マンセマットは死んだ。
もしも生きていれば、まだ何か暗躍したかも知れない天界の汚れ役は。自業自得の末路を辿ったのだった。
いつの間にか、側にクリシュナがいる。
僕は油断していない。
皆も、きちんと気付けていた。
「流石だな。 弱り切っていたとは言え、マンセマットをこうも容易く」
「それで? 外れていたけれど」
「ふっ、まあ私も全知全能などではないのでね。 それよりもだ。 出来るだけ早く市ヶ谷に戻った方がいいのではないのかな」
「そのようだ」
この気配、分かる。
ガブリエルではないが、東のミカド国にいた頃、多数感じていた気配。城の中にたくさんいた連中。
恐らく上位の天使達だろう。
昔は僕が馬より速く走るのを見て、イザボーが呆然としていたが。今の僕らは、全員がそれくらいの速度で走れる。それも余裕を持って、だ。その気になれば馬なんか問題にならない速度を出せる。
そのまま支援魔術を重ね掛けしながら急ぐ。
どうやら、天井から溢れるようにして、天使が姿を見せ始めている。
市ヶ谷に到着。
上野の街は空にしてもらっている。
あそこが一番最初に襲撃されただろうからだ。天使達はわらわらと現れ、そして陣形を組み始めていた。
非常に美しい方陣だ。立体的に陣形を組むと美しいのはヨナタンの天使部隊で知っているつもりだったが、また同じ事を思い知らされる。数は数千どころか数万はいそうである。だが、リリスですらそのくらいの数のリリムを呼び出してきたのだ。今更驚くには値しない。
側に降り立ったのは霊夢。
つづいて、地面からマーメイドが浮かび上がってきた。
大きめの車両が、市ヶ谷の中で位置取りをしている。対空戦闘用意と、誰かが叫んでいるのが聞こえた。
ドクターヘルが来る。
レールガンを調整していたらしい。ただこれは対大物用だ。弾も限られているし、何発も撃てない。
「来よったのう。 さしずめ先発隊というところか。 だが以前の大戦の時に比べると、ずっと少ないわ」
「そういえば前の大戦を見ていたんだったね」
「おう。 天使が来た。 一神教徒には神は助けてくれるとか言っている奴らも多かったが、まとめて焼き殺されてしまったわ」
「……」
穢れた人だからケガレビト。
ガブリエルが、東京の人を物資で支援しようと僕が提案したときに。あのウーゴに伝えていたことを覚えている。東京の民は相応の事をしているからケガレビトと言われると。
相応の事をしているのはどちらなのか。
天使の軍勢は、数千ごとに方陣を形成して、それが徐々に増えているようである。いずれにしても、全力で殺すつもりで懸かってくるだろう。
さて、明けの明星はどう動く。
東京全域に天使が散るのであれば、むしろやりやすい。今人間の大半はシェルターに移るか、市ヶ谷の地下に入って貰っている。
散った天使を各個撃破するだけだ。
だが、市ヶ谷か国会議事堂シェルターにまとめて天使が来た場合が大変だ。想像を絶する乱戦になるだろう。
しばし、緊張の時間が流れ。
やがて、先陣であるだろう天使の部隊が動き出す。ドクターヘルの助手が、スコープと装置を組み合わせて、数を計測し終えていた。
「数、およそ六万!」
「やはり随分少ないな。 前に来たときはその二十倍は緒戦で出してきたのだが」
「雑魚天使は問題じゃないよ。 大天使は?」
「います。 浅黒い肌をした、金色の鎧を着た女性の天使です。 手に剣を持っています」
それを聞いて、霊夢がスコープを奪い取る。
そして、霊夢がスコープを返していた。
もの凄い怒りが全身から放たれている。霊夢が、言語化した怒りそのものを口から吐き出していた。
「あいつだ……!」
「幻想郷を襲った大天使?」
「ええ。 あいつはあたしが殺す。 邪魔はさせないわよ」
「しないよ」
確か、大天使アブディエルと言ったか。
調べたところによると、明けの明星の神に対する謀反に明けの明星の配下で唯一賛同せず神の下に帰還。その後明けの明星に対する戦いで先陣を切った超武闘派だとか。
信念がある武人なんだろう。
だがそれも、今は人間に対する暴力でしかない。
揺るぎない信念も相手にとってはただの脅威でしかならなくなる。そういう悪い見本だった。
天使達は戦力を分散することなく、全てが市ヶ谷に向けて動き出していた。
そうか、それは好都合だ。
すぐに皆が来る。秀と殿、マーメイドが少し遅れて到着。フジワラはシェルターを人外ハンター達と守って貰う。
それにナナシとアサヒ。ガイア教団の戦闘部隊も来る。
カガが率いているガイア教団の戦闘部隊には、トキという子もいる。最前線で戦うつもりのようだ。
天使の部隊は、美しい方陣を敷いたまま、一糸乱れぬ動きで市ヶ谷に向かってきている。では、まずは小手調べだ。
充分に引きつける。
ドクターヘルが勢いよく指を動かして、何やら調整している。僕は直接見ていないのだけれども。
市ヶ谷全域が自動防衛システムというので覆われているらしい。
それも改良を続けている様子だ。
天使の方陣が近付いて来た。
前衛は全部パワーである。それも分厚い盾を構えていた。
ここには小沢さんも来ている。
小沢さんが、スコープを降ろしてぼやいた。
「まるでファランクスだな」
「ファランクス?」
「分厚い盾と長槍で敵を圧倒する方陣ですよ。 騎兵と連携する事で、古代は無敵を誇った方陣です」
「……」
悪魔の力と防御力なら、そのファランクスも最強なのだろうが。
そして、ある程度の高度にまで降りて来たところで、ドクターヘルが咳払い。
軍人として指揮を任されている小沢さんが、声を張り上げていた。
「効力射開始! 制圧射撃!」
今まで黙りこくっていた対空砲が、一斉に火を噴く。人間の火器などと侮っていた天使達が、一瞬にして穴だらけになり、バラバラになって散って行く。それを見て、人外ハンター。特に年配の人達は喚声を挙げていた。
それはそうだろう。
大戦で東京中の人を鏖殺した天使達。
その記憶があるのなら、それに対して効果的に反撃できているのを見れば、喜ばない筈がない。
動揺しつつも、陣形を組み直して、天使達は更に距離を詰めてくる。増援もまだまだ来ているようであるし。此方もまだ全力を出すわけにはいかない。
恐らく騎兵の役割をするだろうアークエンジェルらの軽武装の天使達が、高速で飛んでくる。
接近すれば、対空砲火など怖くないと言う訳か。
だが、その時火を噴いたのは、対空機関砲という兵器だった。連射音が、何かの振動音に聞こえる。それは近付く天使達を、またたくまにミンチに変えていった。
マンセマットさんはこれでおしまいです(無慈悲)
それはそれとして、大天使達の率いる軍勢が東京に第二次侵攻作戦をついに開始しました。
第一次侵攻作戦ほどの規模ではありませんが、それでも圧倒的な大軍、大天使達の質も高いです。
東京は、第二の山場を迎えようとしています。