もう一人の東京守護者   作:dwwyakata@2024

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決死の防衛線を行う人間達ですが、それを冷たい目で見ている神も存在しています。

それがオーディンです。

オーディンは多神連合に後から加わりましたが、その思想は非常に独善的でした。

元々オーディンは戦いに勝つ事を目的とした神。

極めて狡猾で残忍なオーディンは、この状況でも自らの一人勝ちを狙っていたのです。






3、狡猾は力に封じられる

多神連合に加わったばかりで、多神連合が空中分解したオーディンは。自分の息子という設定のトールとともに、戦況を見ていた。オーディンは北欧神話の主神だが、そうなったのには複雑な経緯がある。

 

そもそもオーディンは、元はオズと呼ばれる神であった。

 

北欧神話といっても、これも例によって様々な信仰をまとめあげたもの。文化圏によって、どこでも起きるのが神々をまとめて神話にする行動。権力闘争の結果、勝利者が作りあげる神の加護ありという理屈のための証拠作り。それが故に作りあげられていくのがこういう神話だ。

 

北欧神話は数多ある神話の中でも特に矛盾が多く、専門家でも分からないいい加減な部分も多い。神学は言った者勝ちだという点も要因ではあるのだが。それはそれとして、北欧神話の混乱には、理由がある。

 

信仰対象が、二度も変わっているのだ。

 

元々北欧神話が最初にまとめ上げられたとき、その主神はテュールという神だった。これは法を司る神であって、大帝国ローマの影響を受けて出現したものであるという説もある。何しろ荒々しく、個人の武勇を何よりも尊ぶ存在には、あまりにも似つかわしくないからである。

 

北欧神話が出来た北欧の土地に割拠したゲルマン人やその一派であるノルマン人は、世界でも最強最悪の戦闘民族の一つ。

 

それが法を司る神を主神にするには、信仰を集めづらかったのかも知れない。

 

やがてその信仰は移り変わる。

 

続いて主神になったのは、雷神トール。

 

これがまた分かりやすい存在だ。

 

北欧の民が喜びそうな全ての要素を詰め込んだ神。荒々しく豪放で、その力は他の神々全てをあわせたより強いとか、農業の神でありながら航海安全の神であったりと、なんでも詰め込んだ存在。

 

そして武神であっても、トールは個人武勇の神。

 

だから、どれだけ強いという設定を詰め込んでも、それで良かったのである。

 

だが、時代が降ると。

 

個人武勇の時代は終わり、やがて集団戦の時代が到来する。その結果、台頭したのがオーディンである。

 

オーディンは武神ではあるが、その存在は「戦争に如何なる手段を用いても勝利すること」に特化している。

 

だから神話ではとても主神とは思えないような残虐行為を平然と行うし。

 

争いを煽った挙げ句に、戦争を起こさせて死者を収穫し、自分の軍勢に加えるということを平気でする。

 

オーディンの信仰は、どれだけ北欧の地が血に塗れていたかを現しているようなものだと言える。

 

いずれにしても、信仰が二度も変遷したことでその内容は矛盾だらけになり。

 

フレイヤという女神はフリッグという別の神としてオーディンの妻になったり。

 

ヴァン神族と呼ばれていた存在は曖昧になり、霜の巨人として扱われる事もあったりと。

 

そういったとにかくいい加減な神話の主神がオーディンである。

 

オーディンはクリシュナの尽力でこの地に復活を果たしたが、あの者が組織を破綻させることは先に読んでいた。

 

あれは維持神であって、神々の長を務められる器じゃない。

 

ヒンズーの神話でも、シヴァもヴィシュヌも自分の役割にしか興味がなく、神々の長はもっとも不遇なブラフマーに押しつけているように。

 

結局のところ、世界の危機に対処することは出来ても。

 

その先に未来を作れる神格ではないのだ。

 

それが出来るのは狡猾極まりない自分だけ、そうオーディンは判断していた。

 

「トールよ」

 

「は」

 

「人間共が苦戦しているようだ。 助力してやれ」

 

「いいのですか」

 

頷く。

 

トールは少し逡巡したが、やがて天使達のところに攻めこんでいく。

 

北欧神話の神々はあらかた殺されつくしたが、それでもトールは生き延びた。それだけ圧倒的な存在と言う事だ。天使達でさえ、逃げに転じたトールは殺せなかったのである。ふっと笑う。

 

これで邪魔者は消えた。

 

今、人間達の主軸の一人。サムライ衆のフリンとやらが。魔人トランペッターと全力で戦っている。

 

ティアマトの背に跨がって。

 

あの魔人、本来は人間が単騎でやり合えるような相手では無い。それと互角以上に戦っているあれは、間違いなく希代の英雄。

 

だが惜しいかな。

 

オーディンがこの世界を支配するには、決定的に邪魔な存在だ。

 

オーディンの持つ槍はグングニル。投擲すれば必ず相手を貫く必殺の槍である。投擲槍は命中精度に問題があり、しかしクロマニヨン人の時代から人間の覇権を支えたこともある。

 

古い民族の信仰する神の武器にはなりやすい。

 

グングニルもそうだ。

 

オーディンは、狙いを定めると。フリンを仕留めようとしたが。その瞬間、闖入者が、オーディンに拳を叩き込んでいた。

 

即座にグングニルを回して、一撃を防ぎ、飛び退く。

 

闖入者は。

 

「ほう。 ダグザではないか」

 

「相変わらず陰謀ごっこが好きなようだなオーディン。 くだらん事はさせんぞ」

 

「ふっ。 貴様随分痩せて「イメチェン」とやらをしたという話は聞いていたが、まさか素手で戦うやり口に変えたとはな。 創造と破壊を司る槌はどうした、このスケベ中年が」

 

「それはお互い様だ。 片目を引き替えにして得た知恵が、この状況で四文字の神を打倒しうる人間を殺す事か? 俺もあの娘には思うところがあるが、少なくともそんなくだらんやり方は容認できんな」

 

北欧とケルトは、非常に文明圏が近い。

 

ケルトはイングランドを中心とした文化圏だが、元々定義が曖昧で、欧州にもその影響はあった。

 

それは北欧だって同じ。

 

北欧の神々の影響は、欧州に残り続けた。

 

文化的な対立だってある。北欧のバイキング達は、イングランドを散々侵略し、略奪と殺戮を繰り返した歴史がある。

 

更に言うとそれらのバイキング達の子孫が、後にノルマンディーに領地を得て。イングランドを攻め落として、自分達のものにした。

 

後で言う英国の祖がそれである。

 

だから、文化的にはそれぞれが宿敵と言える。

 

オーディンもダグザも、そういう観点では、互いを嫌いあっている。

 

火花が散る。

 

オーディンは得意とする頭脳戦に持ち込みたいが、相手はバリバリの武闘派。

 

実は、側にトールがいると、暗殺なんて馬鹿な事は止めろと言うのが分かりきっていた。場合によっては敵対さえしただろう。だから遠ざけたのだが。

 

まさかこうなるとは。出来れば近接戦は避けたい所だが。

 

しかし、ダグザは、即座にインファイトに切り替えてきた。

 

拳のラッシュが叩き込まれる。元々投擲槍であるグングニルでは分が悪い。ルーン魔術を用いて、あらゆる妨害を仕掛けるが、ダグザは何を受けてもインファイトを崩さない。それが、見る間にオーディンを追い詰めていく。

 

「鈍ったのではなさそうだな。 そうか、病み上がりか貴様も。 それもグングニルにだけ力を戻しているな。 力を取り戻しつつ、邪魔者を消す判断をしていた訳か。 くだらん奴だ!」

 

「ほざけっ!」

 

ルーン魔術で、ダグザを無理矢理拘束すると、飛び離れる。グングニルを投擲しようとするオーディンだが。ダグザはふっと笑うと、残像を作って、もう至近にまで迫っていた。ぐっと呻くオーディン。

 

クロスレンジ用の武器もあるにはあるが、技量が違う。

 

元々オーディンが得意とするのは「戦争を指揮して勝つ」こと。最終戦争ラグナロクでも、あっさりフェンリルに食い殺されるのはそれが理由だ。それに、ダグザの指摘通り病み上がりである。

 

激しい打撃を受けながら、オーディンは叫ぶ。

 

「貴様、人間などに与するつもりか!」

 

「そんなつもりはないね。 ただ俺は俺が好きなように動く。 世界を個から解放しようとは思っているが、ただその目的にも過程が大事だ。 貴様のような輩に、その過程を台無しにされてたまるか」

 

「そんな事だから、貴様の文化圏は、侵略者に好き放題され続けたのだ!」

 

「貴様の文化圏も、最終的には一神教に潰されたであろうが!」

 

毒のある応酬が互いに炸裂しあう。

 

結局のところ北欧神話は現地の人間でも知らないマイナーな代物に大戦の前にはなり果てていて。

 

むしろ日本で詳しく知られているほどだった。

 

欧州を荒らし回ったバイキングの威勢などもはやない。

 

それに関してはケルト神話も同じ。

 

神々など誰も信仰していない。

 

ケルトの地では、大戦前には一神教が絶対的支配者で、もとのケルトの神々などは「デーモン」でひとくくりにされてしまっていた。

 

そんなものだ。

 

だからこそ、オーディンもダグザも譲れない。

 

オーディンは人間が主導権を握っている事が許せない。だから、どうしても連中の長に収まる必要がある。

 

それで一匹二匹人間が死のうと知った事か。

 

人間の思想は、結局のところ神に踊らされるか。神に反逆して全てを焼き尽くすしかない。

 

中道であろうとした者もいる。

 

だが、そういった者達は、過激な思想の者から攻撃されて消えていくのだ。

 

ずっと見てきた。

 

聖人と言える存在が、どれだけ暴力だけしか取り柄がない輩に蹂躙されていったか。

 

それぞれの信仰の開祖達は、皆そうだ。

 

なんの秩序もない時代に、皆が幸せに暮らすための基礎的な仕組みを作ろうとしたのだ。誰もが。

 

それが弟子を自称する連中に無茶苦茶にされ。

 

挙げ句それが「宗教団体」になっていくのに、それほど時間は掛からなかったし。

 

政治と結びついて、支配の道具となっていくのにも時間は掛からなかった。

 

それが人間の現実。

 

だから、オーディンのような神が、手綱を握らなければ。

 

その瞬間、ダグザの拳がオーディンの顔面を砕く。

 

吹っ飛んだオーディンだが、むしろ好機。グングニルは投擲すれば必ず相手を貫く。見えていようが関係無い。

 

そういう魔術のかかった最強の槍なのだ。

 

「距離を取ったな! 貰ったぞ!」

 

投擲。

 

ダグザに確かな手応え。

 

高笑いしながら、地面に強か打ち付けられ。それで立ち上がる。目が見えてくる。そして、オーディンは見た。

 

ダグザを確かに貫いているグングニルだが。

 

ダグザは血を流しながらも、平然とこっちに突貫して来るではないか。

 

「なっ!」

 

「俺は決めた事がある」

 

オーディンの腹に、ダグザの拳が叩き込まれる。顔に胸に足に腕に。全身が滅茶苦茶に打ち砕かれていく。

 

魔術戦に持ち込むのも無理だ。

 

トール。

 

叫ぶが、息子という設定の雷神は来ない。こんな短時間で、其処まで離れた筈はない。あいつ、さては。

 

「俺は今回の人間共に関しては傍観を貫くことにした。 幸い母神ダヌーは今あの森にいる。 頭を下げて産み直して貰うだけだ」

 

「ぐ、くくっ……!」

 

「俺の国にいた人間にも、たまにまともな奴はいた。 あそこにいる英雄どもは、一癖も二癖もあるが、それでもそのまともな奴に近い。 だったら四文字の神を盲信するようなアホ共よりもマシなはずだ。 そう思わんか、オズ!」

 

「わ、私を、私をその名前で……」

 

ダグザの拳が、オーディンの首を叩き折った。

 

それで、オーディンの意識はアティルト界に引き戻されていた。

 

肉体を失ったオーディンが、アティルト界で地団駄を踏む。すると、少しだけ遅れて戻って来たダグザが、ふっと笑っていた。

 

二回戦と行くか。

 

だが、ここで争っても決着はつかない。更に言うと、オーディンは浮浪者に身をやつして東京を彷徨うまでに弱体化していたのだ。

 

無理に再具現化しても、何もできないだろう。

 

それに対してダグザはあの森の力と母神がいる。ダグザが母神に頭を下げれば、従う事を条件に産み直しされるだろう。

 

勝負はあったのだ。

 

「覚えておれよこのスケベ中年神……!」

 

「おかゆが大好物であることを忘れるな」

 

「ぐっ……」

 

「ではなオズ。 いずれにしてもこの世界で、貴様のようなエゴを全面肯定する神に覇権は握らせん。 幸い、あの英雄共は四文字の神に勝てそうだし。 その後に来る世界は、恐らくはあの独善の塊よりもマシな世界であろうよ」

 

ダグザがまた地上に消える。

 

オーディンは忙しく知恵を働かせるが。いずれにしても、此処からの巻き返しが不可能なことは見えきっていた。

 

時間がいる。

 

仕方がない。この後、ルールが変わった世界が来るとして。それがどうなるか、見届けるしかない。

 

それにしてもトールめ。

 

いつ裏切ったのか分からないが、いずれ報いをくれてやらなければならなかった。

 

 

 

降り立った大天使は、明らかに今までみた奴とは格が違った。ナナシが気を付けろと叫ぶ。

 

周囲にある天使共の残骸が消えていく。

 

多数の仲間と仲魔とともに、際限なく降りてくる雑魚を片付けていたが。それでもこう言う奴は来る。

 

志村さんが、遠くで狙撃の位置についてくれている。

 

だが、チャンスは一回だ。

 

ニッカリさんにしても志村さんにしても小沢さんにしても、現代戦の専門家。悪魔との戦いの専門家じゃない。

 

どれだけ力をつけても、こんなヤバイ奴と正面からはやり合えない。

 

今の世代の人間であるナナシがやらなければならない。

 

アサヒに少し下がるようにハンドサイン。鬼達が威圧的に大天使を囲むが、力の差が歴然だ。

 

ガイア教徒のトキという女と、この戦いに加わったばかりのハレルヤ。後ガストンというサムライが側にいる。少し離れて、ナバールさんが支援についてくれている。

 

英雄達はみんな側にいないが。

 

此処を崩されると、神田明神が落とされる可能性もある。

 

負ける訳にはいかないのだ。

 

「俺はナナシ! お前は何て名前だ、大天使!」

 

「我が名はイスラフィール」

 

その名を聞くだけで、辺りにビリビリと強烈な威圧感が走る。スマホが表示している。

 

大天使イスラフィール。脅威判定は当然のように真っ赤っか。

 

イスラム教における大天使で、キリスト教におけるラファエルに対応している、説もある。

 

それくらい強力な大天使で、四大天使に次ぐ程の実力と言う事だ。

 

それはこの気配も納得出来る。

 

だが、やるしかない。

 

「穢れた里の子らよ、せめて楽に殺してやろう。 光あれ」

 

「!」

 

凄まじい光が、鬼達を瞬時に溶かし消し去る。ナナシの前に飛び出した鬼達が、必死で食い止めてくれるが。

 

光の範囲が凄まじく、あれを一発撃たれただけで、展開していたナナシの手持ちは壊滅してしまう。すぐに次を呼び出す。ゴズキが呻く。あれはまずいと。だが、ナナシはそのまま、躍りかかる。

 

トキも影から襲いかかるが、イスラフィールの周囲には光の壁が出現し、二人を同時に弾き返していた。

 

まずい。力が違う。

 

だが、それでも。

 

着地すると、走りながらデザートイーグルを連発して射撃。弾には魔術結界を貫通する細工がされている。だが、デザートイーグルの強烈なマグナム弾が、逸らされる。魔術結界にぶつかってさえいない。

 

あれは何かしらの斥力を使っているんだ。

 

ガストンが遅れて突貫。

 

ガストンが手にしているのは前にフリンさんが使っていた槍のような気がする。それで、裂帛の一撃を叩き込むが、それも弾かれる。ぐっと呻くガストンに、掌を向けるイスラフィール。双頭の上全身に目がついていて、とても恐ろしい姿だ。

 

ガストンの壁になったのは、ガストンの手持ちらしいパワーだった。光魔術には強いだろうに、それでも瞬時に塵と化す。

 

その間に、アサヒが呼び出した悪魔達が一斉に魔術での攻撃を仕掛けるが、ダメだ通らない。

 

英雄達は、それぞれこいつと同格かそれに近い天使、もしくは敵の大軍勢とやりあっている。

 

フリンさんに至っては、敵の指揮官らしいトランペット持ちと空で激しく丁々発止の最中だ。

 

支援は期待できない。

 

やはり、やるしかないんだ。

 

「アサヒ!」

 

叫ぶと、ハンドサインを出す。

 

そのまま突貫。デザートイーグルの弾を浴びせながら、ジグザグに接近。五月蠅そうにイスラフィールが、空から叩き付けるように光の魔術を放とうとするが。その瞬間、巨大な斧をゴズキがイスラフィールに叩き込んでいた。

 

斥力が、見えた。

 

そうか、此奴は光の大魔術を高速で放つだけではなく、同時に斥力の壁を展開しているんだ。

 

だから攻撃が効かない。

 

分かってきた。もう一つハンドサインを出して、走る。そして、至近から、大剣を振るって回転しながら斬りかかる。

 

五月蠅そうに弾こうとするイスラフィール。

 

だが、其処に多数の弾丸が着弾。

 

アサルトライフルに切り替えたアサヒが、走りながら弾丸の雨を浴びせたのだ。その全てを斥力で防ごうとした瞬間。

 

トキが、音もなくクロスレンジに。

 

そして、鉈を叩き込んでいた。

 

明確に入った。呻くと、五月蠅そうにトキを払いのけるイスラフィール。だが鉈は刺さったままだ。あの鉈、相当な厄物とみた。凄まじい怨念が通っている。彼処を基点に攻めるしか無い。

 

ゴズキを手を振るって粉々にすると、イスラフィールが双頭だけではなく体中にある多数の口で同時に詠唱を開始する。

 

まずい。あれを放たれたら、神田明神ごと吹っ飛びかねない。

 

更にイスラフィールは、必死に豆鉄砲を撃っているハレルヤに揺さぶりを掛ける。

 

「おやそこにいるのはネフィリムか。 ひょっとしてどこぞの天使が、淫売にたぶらかされたかな」

 

「……っ!」

 

「淫売は淫売としてあるから別にそれはどうでもいい。 神への愛を常に最優先しておれば、そのような誘惑には引っ掛からない。 愚かしい天使よ。 さぞやくだらない輩であったのであろう」

 

「おいっ!」

 

ナナシも知っている。

 

阿修羅会で唯一マシだった男、アベ。

 

誰もが、阿修羅会なんぞに恩義を返そうとしなければと惜しんでいた存在。それが此奴の父親で、それで堕天使シェムハザだったことは分かっている。だからこそ、今の言葉は。他人のナナシであっても許せない。

 

「無様で醜い存在よ、潰してやろう」

 

ナナシの攻撃、アサヒの猛攻、いずれも片手間にいなすイスラフィール。ガストンとトキもそれに加わるが、まだ一手足りない。

 

鉈を突き刺されたことで、却って油断が消えたか。

 

イスラフィールが手を向け、そして光の魔術を放つ。だが、それはかき消されていた。

 

「お前等、離れろっ!」

 

ハレルヤが叫ぶ。

 

力が膨れあがるのが分かった。

 

ハレルヤの姿が変わる。肌が白くなり、髪が銀髪になり、目が赤くなり。そして、全身に凄まじい魔力がたぎる。

 

吠え猛るハレルヤが、全てを消滅させる魔術を放つ。

 

あれは、ネフィリムとやらの本来の力か。

 

「兄貴を、いや父さんを馬鹿にする奴は、だれであろうとゆるさねえっ!」

 

「む……!」

 

周囲全てを爆破しようとしていた大魔術を停止して、防御に全力を注ぐイスラフィール。そして、斥力で抑え込むようにして、ハレルヤの消滅魔術を抑え込んでしまう。流石は四大天使につぐ実力者。ぐっと歯を噛むと、とにかく手数で攻め立てる。

 

禍々しい光を放ちながら、イスラフィールに飛びかかるハレルヤ。だが、その凄まじいパワーを持ってしても、まだイスラフィールは余裕を見せている。

 

だが、その時。

 

狙撃がイスラフィールに突き刺さる。

 

志村さんによるものだ。タイミング、まさに完璧。

 

だが一瞬だけしか気を反らせなかった。それに、もしも此処で仕留めきれなかったら、即座に志村さんにこいつは反撃を行う。

 

ドガンと、地面にナナシは叩き付けられる。ガストンもトキも。恐らく、斥力を地面に向けて変更したのだ。

 

だが、それは、ハレルヤを拘束するにはパワー不足。更に、少し離れていたアサヒが、ここぞとアサルトライフルの弾を叩き込み、イスラフィールの全身から血しぶきが。更には、ハレルヤは斥力を無理矢理押し返すと、トキが突き刺した鉈を、更に奧へと食い込ませていた。

 

悲鳴を上げるイスラフィール。

 

斥力による拘束が僅かに緩む。

 

飛び起きると、大剣をイスラフィールのむかつく顔に叩き込んでやる。同時にガストンが槍で串刺しにし。

 

トキも首筋に、もう一本の鉈を叩き込んでいた。

 

ハレルヤが叫ぶと、拳をイスラフィールに叩き込み、内側から消滅の魔術を叩き込む。それで、イスラフィールは文字通り粉々に消し飛んでいた。

 

マグネタイトに変わっていくイスラフィールの残骸。

 

呼吸を整えながら、へたり込む。きつい戦いだった。だが、これで役には立てたはずだ。スマホに連絡が来る。志村さんからだった。

 

「見事だった」

 

「志村さんもだ。 あの狙撃、クールだったぜ!」

 

「ニッカリも私も、それに小沢も。 もうそれくらいでしか役に立てないからな。 一度戻って来てくれ。 回復を入れろ。 そのまま戦うのは無理がある」

 

「ああ……」

 

ハレルヤを見る。

 

ハレルヤは。ついにネフィリムの力を使いこなせるようになったハレルヤは涙を拭っていた。

 

兄貴、俺はやれたよ。

 

そう言っている。

 

ナナシは何も言わない。ハレルヤとはそれほど深い仲でもない。だが事情は知っている。こう言うときは、無言で見守るべきだと知っていた。いや、教えられていた。

 

それを守る事には、なんの不快感もないし。見守るべきだと、素直に思えるようになっていた。

 

 

 

ティアマトの背で、僕は激しく魔人トランペッターと渡り合う。

 

そいつはトランペットから強烈な死をばらまき続けていた。それをティアマトが、生命の力で相殺し続けていた。

 

ティアマトは原初の巨人。

 

生命を作り出す存在。

 

だから死を作り出す存在の力を中和できる。ただしその力はあまりにも強大で、だから僕もあまり時間がない。どんどん力を吸われていく。

 

他の皆は黙示録の四騎士と、更には大天使達と戦っている。こっちに手助けする余裕なんかない。

 

レールガンのCIWSが火を噴いているのが見える。連射して、大天使を一体、蜂の巣にして血祭りに上げた。

 

それを見て、天使の軍勢がシェルターに向かおうとするが。

 

明けの明星の配下らしい堕天使達が、天使の軍勢と激しく交戦を開始している。

 

市ヶ谷の方にも天使達が向かったようだが。

 

そちらは多神連合の神々が相手をしてくれているようだった。

 

僕が此奴を倒せば。

 

いや、気負いすぎてもダメだ。

 

激しくトランペッターと渡り合う。

 

此奴は死の力だけじゃない。

 

その強大な魔力を刃と盾にして、高速で展開。僕にぶつけて来る。僕もそれに応じる。既に400合を超えて渡り合っていて。

 

更にそれは500合に迫りつつあった。

 

苛烈な火花が散っても、ティアマトは冷静に飛んでくれる。ダメージはティアマトにも飛び火しているが、気にしている様子もない。痛くても耐えてくれていると言う事だ。僕が此処は踏ん張らなくてどうするか。

 

がっと火花を散らして弾きあう。

 

埒があかないと判断したのだろう。トランペッターはトランペットを、空に向けて吹き鳴らす。

 

そうすると、周囲の天使達が、吸い寄せられるようにして集められていく。髑髏の顎が、笑うようにしてカタカタと鳴った。大量の天使を吸い寄せて吸収したそれの形が変わっていく。

 

七つの頭を持ち。

 

それぞれの頭に王冠を乗せ。

 

背中に顔が髑髏の、禍々しい女性を乗せた。巨大な竜に。女性は黄金の杯を手にしていた。

 

「なんだあれ……」

 

「黙示録に登場する存在。 終末に海から上がってくるとされる神の敵よ。 あのままの姿をしているとされるわ。 バビロンの大淫婦ともいわれるけれども、此処ではマザーハーロットと呼称するわ。 黙示録に登場する中でも最大の神の敵であって、本来は神の手下として人間を殺戮する側の存在ではないわ。 バビロニア神話のイシュタル神を貶めたものとも、ローマ帝国の皇帝達の腐敗した有様を描いているとも、ローマを乗っ取った権力に身を焼かれた一神教の司祭達を示しているとも言われるわ」

 

「……つまり自ら堕天使に近い存在になったと?」

 

「そうでしょうね。 恐らくは、マスターに勝つために。 力が膨れあがっているわ!」

 

七つの頭が、一斉に禍々しい黒い炎を投擲してくる。それをティアマトがブレスで相殺。かき消す。

 

だが、この力は。

 

かたかたと笑っているのが見える。

 

ティアマトをも凌いでいる程の力だ。あんなのが地上に降りたら、それこそ考えられないほどの被害が出る。

 

呼吸を整える。だが、側に飛んできたのは、マーメイドである。

 

飛べたのか。

 

いや、水魔術を使って、自分を跳ね上げたのだ。器用にティアマトの背中に着地すると、彼女が頷く。

 

「あれはナホビノも苦戦したほどの相手。 手を貸すわ」

 

「分かった。 一瞬で決める。 接近を支援して欲しい」

 

「ええ」

 

「行きます、フリンさん!」

 

ティアマトが次々と叩き付けられる死のブレスを中和しながら、突貫。マザーハーロットの七つの首が、突貫してきたティアマトにかぶりつく。そのまま、死を注入しようというのか。

 

だが。

 

その首を片っ端から叩き落としながら、僕が走る。マザーハーロットの背中を。マザーハーロットに跨がっている「バビロンの大淫婦」が、凄まじい魔術を展開してくる。あらゆる属性の魔術が飛んでくるが、それを片っ端からマーメイドが相殺する。だが、相殺しきれない。僕が蜻蛉切りを振るって奴を切り刻みながら進むが、その端からマザーハーロットが回復している。

 

やっぱりバビロンの大淫婦を倒さないとダメか。

 

相殺しきれない魔術を蜻蛉切りで斬り飛ばしながら、手傷を受けながらも進む。バビロンの大淫婦は、あらゆる姦淫なるものの母だと言う。だからからか、リリスが放ってきた姦淫の気を叩き込んでくる。その性質は、リリスのものと似通っていた。

 

僕は既に入っている。

 

集中して、全ての欲望をはねのける。

 

師匠の一人が言っていたっけ。

 

欲望を肯定する風潮があるが、それはただ己を持て余しているだけだ。

 

欲望が強い人間を人間らしいという風潮があるが、それはただ動物に近いだけだ。

 

我々は動物と違うと自分を定義して、己を特別視した。

 

勿論我々の中には動物と何も変わらないところがある。

 

だけれども、我々はだからこそ。動物と違う存在として、己を律しなければならない。

 

完全に自我や欲求を消すのは不可能だ。

 

本能を消し去る事はそれは体の害にしかならない。

 

だが、だからこそ己を制御しろ。

 

完全な制御の末に武の頂きはある。

 

僕は、その頂きにはまだいないかもしれない。

 

だけれども、マザーハーロットが、初めて困惑するのが分かった。僕に姦淫の気が通じていない。

 

女だったら誰もがそれで狂う。

 

そう考えていたのかも知れない。

 

至近。

 

バビロンの大淫婦が焦るのが分かった。杯をそのまま投げつけてくる。おぞましい程に穢れに満ちた液体が入っているが、マーメイドの魔術が、それを瞬時に凍結させ。粉々に打ち砕いていた。バビロンの大淫婦は、トランペッターと同じように無数の剣と盾を出現させたようだが、既に遅い。

 

だが奴に近付いたことで、今までにない勢いで生命力が削られている。これ以上は、僕も持たない。

 

刹那の中の刹那。

 

もはや瞬きすらですらないその時に。

 

僕は星落とし……奥義の中の奥義を、そのままバビロンの大淫婦に叩き込む。それは、バビロンの大淫婦がトランペッターから引き継いだ絶技を、そのまま打ち砕き。マザーハーロット自身を、粉々に粉砕していた。

 

悲鳴を上げながら消えていくマザーハーロット。僕を空中で受け止めるティアマト。呼吸を整える。マーメイドが空中で冷気魔術を使って、落下をコントロールしつつ、下にクッションを作る。

 

着地。

 

まずい。意識が飛びそうだ。

 

飛び込んできたのは、志村さんだ。鹿目と野田もいる。そのまま辺りの天使を三人が蹴散らすと、志村さんが肩を貸してくれる。

 

「あんな化け物を倒すなんて、とんでもないな」

 

「いや、マーメイドに力を借りてギリギリでした」

 

「それでも凄い。 医療班のところに、我々の総力を挙げて連れていく!」

 

「上っ!」

 

辺りの天使を切り裂きまくっていた鹿目が叫ぶ。野田も、ちょっとはなれた地点に落ちたマーメイドも、支援の余裕が無い。

 

上に、槍を構えたまま、かなりの精鋭らしいパワーが突貫してきている。ティアマトは既にガントレットに戻っていて。僕にも志村の悪魔にも対応できる余裕が無い。まずい。そう思った瞬間。

 

そのパワーに、カガが、横殴りの蹴りを叩き込んでいた。

 

そして、そのままコンビネーションブローを叩き込み。パワーを粉砕する。

 

「いけっ!」

 

「感謝するぞカガどの!」

 

「遠慮無用! この地獄の東京を終わらせる英雄の一人を、こんな事で死なせてなるものか!」

 

そのまま群がってきた天使達と、カガがガイア教徒だった連中と一緒に力戦を始める。

 

神田明神には医療班が来ていた。回復魔術だけではなく、点滴というのもされる。それくらい弱っていたらしい。

 

後は、皆が勝つのを待つ。

 

大丈夫、皆なら絶対に勝つ。僕はそう信じていた。

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