始まる地獄絵図。
平穏に見える東のミカド国の裏で確実に進んでいる陰謀。
そしてその策源地は。
……フリンの故郷、キチジョージ村です。
イザボーと合流してから、話をまとめる。イザボーは女性に話を聞いて来ていて、それもかなり丁寧だった。
話の書記はイザボーがしてくれる。
たくさん紙を持っているが、紙が既にそもそもそれなりに価値があるのだ。本をばらまいている奴は、一体どうやってそんな本を作ったのか。
本の現物を一つ僕も見せてもらった。
「よくわかるかがく」という魔法の文字で書かれた本だった。
さっと目を通したが、確かに分かりやすい。戯画というのか。可愛らしく書かれた子供が、質問をして、それに大人が答えるという形で説明が行われ。色々な現象についての記載があった。
確かに面白い。
没収はしなかった。だが、出来るだけサバトには出無い方が良い。そうアドバイスはしておいた。
老サムライにも、事件が起きていることは伝えてある。
とにかくサムライ衆で情報を収集しているのなら、今は僕達だけで判断はしないほうが良いだろう。
バイブル以外の本も、ラグジュアリーズは読んでいるとイザボーは言う。
技術書とか他にも娯楽の本とかいろいろ。
あまり喜ばれることはないらしいが。
カジュアリティーズに対して教養で優位に立ちたいと考えるラグジュアリーズは多いそうだ。
まあそれもそうだろう。
実際問題毎日鍛えているカジュアリティーズに対して、ラグジュアリーズが武力で優位を取れるかというとそれは否だ。
僕ら新米サムライの中ではナバールがみそっかすだが、あいつだってラグジュアリーズの中では平均的な人間なのだろうし。
ヨナタンとイザボーは、ラグジュアリーズ基準では相当に優秀らしい。
一方、ワルターは自分より無手での喧嘩が強い奴は他にも漁師町にいたという話をしていたし。
そういうものである。
「とりあえず情報はまとまりましたわね。 サバトの実態についての情報が得られたのは大きくてよ」
「イザボー、ワルター、先に戻っていてくれる?」
「ん、どうした」
「二つ気になる事があるんだ。 一つは元サムライのおじいちゃん。 お世話になったし、前の事件では元サムライが犠牲になっているって聞くから。 あの人は今でも生半可な悪魔より強いだろうけれど、それでも注意をしてほしいって僕から伝えておくよ」
もう一つについては、さっきの視線だ。
あれはなんだか人間のものとは思えなかった。
僕がとんぼちゃんを引き抜くと、察したらしくワルターが言う。
「仕事の報告だけだったらイザボーだけでもいいだろ。 俺も手伝おうか」
「いや、僕だけでいい。 ……むしろワルターもいると、出てこないかもしれないから」
「そうか。 無理はするなよ」
イザボーがペガサスに、ワルターがべとべとさんに乗ると、さっとお城の方に戻っていく。
今の王様は最近やっと名前を知ったのだが、アハズヤミカド王というらしい。平凡な人物らしく。特にこれといった業績は一つも挙げていないそうだ。
ただ歴代の王様でも、アキュラ王以外の存在は殆ど誰もしらない。
サムライ衆の英雄の方が有名なくらいだ。
不満はなかったから気にならなかったけれど。それにしても。
やっぱりこの国は変なのかも知れない。
さて、やるか。
視線はさっきは消えてしまったけれど、今度は明らかにある。
僕はいきなり全速力で加速すると、その視線の主へと突貫する。場合によっては、とんぼちゃんでぶっ潰す。
加速して来た僕にあわてたか、視線の主が逃げだそうとするが、とろい。
即座に飛びかかると、きゃあとか可愛い悲鳴を上げるそいつを、その場に組み伏せていた。
人間。
いや、違うな。
バロウズが警告してくる。
まだ若い女……それもカジュアリティーズの人間じゃなくて、ラグジュアリーズみたいな肌つやで、髪の毛も長くて綺麗だ。服装だけはカジュアリティーズの木綿仕様だけれど、幼い頃から作業に塗れているカジュアリティーズは、こんな邪魔な髪にしないし、肌も綺麗にならない。
抵抗するけれど、力も弱い。
やがて、抵抗を諦めていた。
「悪魔よ。 マスター、気を付けて」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「奈落以外にも本当にいるんだな。 理由次第では許さない。 僕を見ていたのは、サバトとやらで悪さをするつもりだったから?」
「違う……っ。 痛っ!」
悪いが力は緩めてやれない。
しくしく泣いているのを見ても、手加減は出来ない。
泣くことで加減する男はいるかも知れないが。
女は好きなときに泣けることは、僕も女だから知っている。それで加減をするほど、僕も甘くない。
「バロウズ、なんの悪魔?」
「人に擬態できる悪魔は思った以上に多いの。 これだけでは特定出来ないわ」
「そ。 じゃあ吐かせようかな」
「私の名前は末の子。 お母様の娘。 話すから、痛いの止めて。 貴方には、悲劇を止めて欲しいの!」
何だか事情がありそうだな。
ともかく、抑え込んだまま、バロウズに契約を進めさせる。バロウズが言うには、僕と比較してかなりの高レベル悪魔だそうだ。
レベルというのは実力の基準となる数字で、僕ではギリギリ従えるのがやっとであるらしい。
というと、魔術が得意な悪魔か。
余計に手は抜けなくなったなこれは。
「契約はするから、痛いことしないで! もう痛い事するのもされるのも嫌!」
「バロウズ、契約を進めて」
「分かったわ」
しばし契約に手続きがいる。
それが終わると、契約終了。これでこの女は僕の手持ちだ。
開放すると、しくしく泣く女悪魔。
僕はため息をつくと、しばし待つ。これは本気で泣いているな。そう思ったからである。
情が深い悪魔も希にいるそうだ。
ひょっとすると、その手合いかも知れない。
「それで悪魔がどうしてこんな人里の近くに? そもそもあんたは何?」
「マスター、契約して分かったけれど、この悪魔は夜魔リリムよ」
「夜魔?」
「夜の闇に紛れて活動する悪魔全般の事よ。 逆に言うと、夜という闇を味方につけないと、十全に力が発揮できない程度の者って事」
なるほど、そういうものか。
ただ、聞き捨てならない事も言う。
「リリムは悪魔全体でみればたいした事がない存在だけれど、問題はその母親よ。 夜魔リリス。 最初の人間の妻だった存在で、最初の人間を嫌って悪魔の所に走り、その妻になって多くの子を産んだ悪魔の大物よ。 神秘思想では重要な悪魔として位置づけられ、人間に知恵を与えた「蛇」の妻になったという話もあるわ」
「そんな大物が来ているのか!」
「怒鳴らないで。 全部話すから。 前に貴方をちょっと見かけて、羨ましいと思っていたの。 未来に希望を持っていて、とても活力があって。 だから、あんなことになってしまって、誰に頼ったらいいか分からなくて。 貴方が来てくれて、本当に良かったと思っているの」
「……続けて」
バロウズが誘導するための話術かも知れないと警告してくるが、僕にはそうは思えなかった。
悪魔にとって嘘は常套手段だ。騙される方が悪いなんて考える奴も多い。だけれども、このリリムは多分嘘をついていない。
それは、悪魔と色々話してきたから分かる。
目を見れば分かるなんて言葉があるが、違う。声の調子とか、色々と嘘をついている時とは違うのだ。
リリムによると、あんなことになるとは思っていなかったのだという。
お母様……多分リリスの事だろう。お母様の指示で、姉妹達と彼方此方を回って、本を配った。
この東のミカド国の人達は、何も知らされず、指示だけされて。その通りにだけ生きている。
可哀想だと思った。
世界には色々あって、知らない事を知るのは楽しくて。それでそれぞれの好きな事を探していい。
そう思ったから、このリリムはそれを手伝った。
でも、サバトに参加していた人が、悪魔になるのを見てしまったのだと言う。
「人が悪魔に!?」
「条件が整うと、人をそのまま乗っ取って悪魔が顕現することはあるわ。 人間が良質なマグネタイトの塊であることは説明した通りよ」
「うん、だから人間を悪魔は襲うんだよね」
「私はそんな風になってほしくなかった。 ただ愚民化されてる人達に、少しでも楽しいと思って欲しかったの。 それなのに」
人から悪魔になった存在に、多くの人が殺されるのを見て、衝撃を受けた。
悪魔になってしまったのは、心優しかった男性だったという。色々な知的なことに興味を示して、本を熱心に読んでいたのだとか。
本は悪ではないだろう。
本が悪だったら、司祭達が大事に持っているバイブルだって悪の筈だ。
それにラグジュアリーズだって本を普通に読んでいるという。イザボーだって漫画というのを読んでいた。
だからこそ分からない。
ラグジュアリーズが悪魔化したなんて話聞いたこともないし、そもそもそういう本を読む行動そのものが差し止められている筈だ。
何かしらの条件があるのか。
悪魔に「なる」「ならない」の。
バロウズが的確なアドバイスをしてくれる。とても頼りになる。
「夜魔リリスが来ているとなると、恐らくサムライ衆の総力を挙げても撃破は困難を極める筈よ。 すぐにサムライ衆に知らせた方が良いわ」
「あんたの母ちゃん、殺す事になるかも知れない。 いいよね」
「……お母様は力が全てなの。 私もお母様が人間のように産んだのではなくて、作り出した一人。 お母様は役に立たないと判断すると、姉妹達を容赦なく殺してしまうの。 私も従順だったから殺されなかっただけ。 それに、力のない人間はどうなってもいいって思っているのは、今回の事でよく分かったわ。 もうついていけない……」
「そう。 契約した以上、嘘をついていないって信じるよ。 全速力で城に戻る。 とにかく、これはまずい。 なんの条件でかはわからないけれど……サバトが行われた場所全部が、地獄絵図になりかねないよ」
僕はガントレットに引っ込むように「末の子」に指示。
今後は末っ子で良いかと聞くと、頷かれていた。
ともかく、今は証言をしてもらう必要がある。
とんとんと軽く跳躍すると、僕は全力で加速。
とんぼちゃんを担ぐと。
城へ走る。
この国のためなんかじゃない。
生きている人達みんなのためだ。
愚民化とか言われていた。事実そうなのかもしれない。何も考えないように、決まった仕事だけさせる。それは僕だって、周りを見てそう感じていたし。司祭達の行動を見て、そうではないかとも思っていた。
だが、だからといって皆殺しにしていいとか。
殺してやるのが慈悲だとかいうのは、絶対に間違っている。
まじめにいきている人が一番偉い。僕はこうしてサムライになった後も、それは思っている。
僕はサムライになるために、最大限の努力をした。でも、同じようにしてサムライになれなかった人だってたくさんいるんだ。
農家の人達が真面目に頑張って、漁師町の人達が頑張って、それでみんなご飯を食べる事ができる。
牧畜をやっている人だって、服を編んでいる人だって、それは全て同じなんだ。
そういう事をしている人が、遊び歩いている人より下だなんて言えるか。
ましてや人を騙して回っているような奴が、そういう人を見下す権利なんて、世界の隅まで行っても存在なんてするものか。
体力消耗ありでかまわない。
いつも以上に速度を上げる。
衝突事故だけは避けなければならないから、それは気を付けるが。どうも更に体が強くなっているらしい。
途中、馬車を追い越す。
あの馬車の様子からして、多分ラグジュアリーズだろう。御者に軽く手を上げて一礼して行く。
僕が隊服を着ていたから、御者も驚くだけだった。
そうでなければ悪魔と勘違いされていたかも知れない。
「マスター、馬の全速疾走より速度が出ているわ」
「それが何」
「気を付けてね。 ぶつかると危ないわよ」
「ありがと」
ぽんととんで、途中にある小川を飛び越す。
前にそんなことをやった時は、希望に満ちていたっけ。
今は、焦りに満ちていた。
お城に戻ると、ホープ隊長の場所を先輩に聞く。丁度ヨナタンも戻って来たらしくて、すっ飛んできた僕を見て、なにかあったと悟ったようだ。
急ぎ足でヨナタンと行く。
「何かあったんだね」
「悪魔を捕まえたんだよ。 凄い情報を聞かされて。 麓全域が危ないかも知れないんだ」
「悪魔を!」
「うん。 とにかく隊長に話さないと!」
会議を行っている部屋に急ぐ。見張りをしていた衛士は拒めず、それらを束ねていた先輩のサムライが立ちふさがるが。
ヨナタンが最重要情報で、一刻を争うと話してくれた。
僕を信じてくれていると言う事だ。
一緒に組み始めてから。そんなに長くないのに。
本当に良い奴なんだな。
だけど、だからちょっと心配だ。悪意に飲まれておかしくならないといいのだけれど。
しばし困惑していたようだが、くだらない報告だったら減俸ものだぞと釘を刺して、通してくれる。
多分サバトの情報について会議していたのだろう。
会議室に急いではいると、腕組みして話を聞いていたホープ隊長が、じろりとこっちを見てきた。
ヨナタンが、サムライ衆のお偉いさんの視線にも怯まずに叫ぶ。
「ご注進っ!」
「危急のことか」
「はいっ! 極めて危険度が高い情報をフリンが掴んで参りました!」
「何っ! 分かった、話してみろ」
ヨナタンに礼を言うと、僕は前に出て、リリム「末っ子」を召喚する。
どよめきが上がる。リリムについては、他にも目撃例があるのかも知れない。
僕だと上手く説明が出来ないかもしれないので、バロウズが説明を丁寧にしてくれる。それが説得力につながる。
バロウズは装着者を支援してくれる、「作られた心」「作られた頭脳」「作られた魂」であるらしいのだ。
つまり、嘘なんかつかないのである。
「夜魔リリスが主体になって、本を配っているだと……!」
「はい。 条件は分かりませんが、本を読んだ人の一部が、悪魔にそのままなってしまうようです」
「それが本当であれば大事だが……」
「そのリリムに騙されているということはあるまいな」
先輩達が口々に言うが、多分違う。
俯いているリリムを見て、ホープ隊長が言う。
「いや、今までサバトの情報を探って今集約していた所だが、決定打がなかった。 サバトというのが本を読むだけの会である事は此方でも把握していたし、麓全域に拡がっている事も分かっていた。 だが、まさか本を読んでいた人間の一部が悪魔になるだと……! 由々しき事態だ」
「そんな話は聞いたことが」
「いや、わしはあるぞ」
古参のサムライが言う。
古参のサムライによると、学者なみの知識を持っているカジュアリティーズの賢者がいたらしいのだ。
知識欲が強くて、司祭と話してバイブルについての話を細かく聞き。お金をためて貴族街に出向いて、ラグジュアリーズ向けの本を読んで回っていた、とても向上心が強い人だったという。
その人が突如悪魔になった。
目撃者が数名いたそうである。
似た話だ。
そう僕は思う。
いずれにしても、真面目に勉強する人が悪魔になるなんて。ますます人間の尊厳を踏みにじっているとしか思えない。
「そこのリリム。 具体的にどうして悪魔が生じるのかは、聞かされていないか」
「分かりません。 ただお姉様は……元々無垢な状態に作られた人に知識を無理矢理たくさん詰め込むことで、悪魔の媒介に丁度良くなるっていっていました。 お母様がアティルト界への道を既に開いたとも」
「アティルト界への道か。 悪魔達から聞いているが、悪魔達が現在主に住んでいる精神の世界であったな」
「……」
ホープ隊長はしばし考え込んでから、顔を上げた。
警戒態勢を一段階上げると。
それを聞くと、サムライの中に反発が上がった。
「ホープ隊長、まだサムライになったばかりの若造の話を真に受けるのですか」
「しかもこやつはカジュアリティーズ! まともな思考力など期待できませぬ」
「黙れ。 私もカジュアリティーズだ。 私には知能がないとでもいうつもりか」
ラグジュアリーズ出身らしいサムライ達が、明らかに僕への敵意を持ちながらも黙る。
ナバールの家の事を思い出す。
権力を得る箔付けのためにサムライになった。
そういう家はナバールの所だけではなく、他にも幾つもある。そういうことなのだろう。
思わず苛立ちが募る。
多くの人が命の危険にさらされているのに。
カジュアリティーズへの生理的な反発からだけで、迅速な作戦の足を引っ張ろうという人間の愚かさ。
これは、ワルターがラグジュアリーズは嫌いだとぼやくのも、納得が行った。
「先の会議によると、今サバトがもっとも盛んに行われているのはどこであったか」
「幾つかありましたが、キチジョージ村がかなり熱心にサバトをやっているようです」
「!」
「よし。 先遣隊として、第一分隊を出せ。 他に四つの分隊と、私が出る」
第一分隊は、ホープ隊長の部隊だ。この間の悪魔出現騒ぎでも、たちまちに悪魔を倒し尽くした精鋭である、
それよりも、キチジョージ村。
それを聞いて、僕は頭が真っ白になりかけたが。分隊の中に第十六が存在しているのを聞いて、それで気を引き締める。
僕達も向かえ、ということだ。
会議を切り上げると、即座にホープ隊長はサムライの最精鋭とともに、白いなんだかよく分からない悪魔らしい馬に跨がって、即座に出る。
ヨナタンがワルターとイザボーを呼んできてくれた。
僕はその間に水を飲んで、トイレに行き。軽く食事もしておく。
ワルターとイザボーと、ヨナタンと合流。
ワルターも既に表情を引き締めていた。
「大変な事になりやがったな」
「他の村でもサバトが行われていたらしいから。 でも……」
「ああ、お前の故郷なんだろ」
「何ですって!」
イザボーが、話している場合ではないと言って、即座にペガサスを呼び出す。
ワルターもべとべとさんを。
ヨナタンも移動用の悪魔を用意しているようで、立派な黒馬だった。黒馬の正体を聞いている暇はない。
「フリン、僕の馬に」
「いや、走る。 体力を消耗しない程度の速度に抑えたいから、むしろそっちで僕を先導して」
「分かった!」
続々とサムライの分隊が出ていく。
既に夕方になっていて。それで見えてしまった。
赤く燃える空。
何が起こっているかは分からない。
ただ、あの方向はキチジョージ村だ。
ぐっと奥歯を噛む。
分かっていたことなのに。此処に戻る途中、覚悟していたのに。
とにかく今は、先行している第一分隊に一刻も早く追いついて。少しでも悲劇を緩和するしかなかった。
歴代シリーズでも特に悲惨な描写が苛烈な真4ですが、このキチジョージ村の事件は、後の西王母関連の話とならぶ悲惨極まりない代物です。
本作ではその辺りを当事者目線から描写していきます。
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