舞台は東京に変わります。
戦力が明確に倍増し、多数の人間を養える拠点の再奪取に成功した人外ハンター協会は、銀髪の女の子に取り憑いている何者かの指示で動き始めます。
今までは対処療法しか出来ず、必殺の霊的国防兵器の大半を抑えている阿修羅会と争うことも出来なかった人外ハンター達ですが。
明確な目的と戦略が出来た事で、俄然士気が増します。
何しろ乾ききった地獄の地から、人を本当に助けられるようになったのですから。
東京。
ハンター協会から指示が出て、自分で身を守れないもの、子供、老人などは集まるようにと正式に司令が出た。
志村は人外ハンターとともに、各地の街を回る。
分かっている。
阿修羅会は人外ハンターとあまり関係が良くないが、それでも阿修羅会の面子の大半は戦闘の素人だ。
戦闘経験は今の時代、誰でも積んでいる。生き残っている人間はみんなそうだ。
それでも阿修羅会のチンピラと人外ハンターでは戦力に雲泥の差がある。
連中が偉そうにしていられるのは、必殺の霊的国防兵器と呼ばれる強力な悪魔達を何かの間違いで従えてしまった事。
それだけが理由なのだ。
一応その必殺の霊的国防兵器を活用して従えた悪魔も相応にいるらしいのだが。
それでも戦士としては素人。
所詮は元反社のチンピラである。
今出向いているのは錦糸町だ。
人外ハンターの長であるフジワラの指示で、特に見習いの段階にある人外ハンターは全員集めるようにと言われている。
実際問題、現場の人外ハンター達は見習いを庇う余裕がない。このため見習いの人外ハンターを庇って命を落としてしまったり。見習いが盾にされてしまう悪辣なケースもある。
これは引退寸前の人外ハンターも同じ。
そういう人物を集めて回るように、志村は指示を受けていた。
勿論同様の指示を受けている者も多い。
そして阿修羅会は、「使えない人間」を各地で引き取って回っており、その中には育てられない子供もいる。
これらの阿修羅会に連れて行かれた人間が一人も戻ってこないのは誰もが知っている事実であり。
それがどういう運命を辿るのかは、志村も知っているが。
それでも、阿修羅会に役立たずを引き渡してしまう。それが今の東京の人達の荒みきった心を示していると言えるだろう。それに現実的な問題として、最低限の生活のための物資すら足りない。だから何をされるかうすうす分かっていて、阿修羅会に人を引き渡す集落はどうしても出てしまうのだ。
錦糸町にもある程度のコロニーがあって、人が必死に身を寄せ合ってくらしている。此処には志村の数少ない同期がいる。
ベテランの、優秀な人外ハンターだ。
今回はあの時助けてくれた「秀」という、寡黙な女戦士が同行してくれている。それだけで、どれほど心強いか分からない。
事実数度の悪魔との交戦でも、まるで寄せ付けていない。
弾だって無限ではない中、雑魚悪魔をまるで寄せ付けない実力は本当に頼りになる。
今も、普段だったら撤退を覚悟しなければならない堕天使の群れを、さくさくと斬り伏せてくれていた。
「ま、待て、仲魔になる! 仲魔になるから許してくれ!」
「……」
顎をしゃくられたので志村が出る。
怯えきっているのはコウノトリのような姿をした堕天使シャックス。分霊体であり、数体同時に現れていたが、秀の敵にもならなかった。
地獄でずっと活動していたとかいう話がどこまで本当かは分からないが。
噂に聞く魔界でも余裕で通じる実力のように思える。
ともかく悪魔召喚プログラムを起動する。シャックスは完全に青ざめていたが、それでも志村を甘く見ているのだろう。それなりにふっかけてくるが。
秀が必要なら即座に斬る態勢を崩していないので、しぶしぶ途中で交渉を受け入れていた。
シャックスは嘘つきな事が知られる、かのソロモン王が従えていたいわゆるソロモン72柱の一柱。相手の知覚を奪ったり、金品を金持ちから奪ってくるなど、なんとも言い難い悪魔と言うよりも泥棒みたいな性質を持った堕天使である。
ソロモン72柱の悪魔にはこういう後年のキリスト教の悪魔とはイメージが違う存在が多く、この時代には悪魔はそれほど邪悪でどうしようもない理解不可能な存在とは考えられていなかった事が分かるのだが。
それはそれとして、今は現実的な脅威である。
いずれにしても手持ちにすると堕天使は相応の戦力になる。シャックスはどちらかというと下級の方だが、それでも生半可な悪魔より強い。
それなりに金を持って行かれたが、まあいい。それ以上の価値はある。
錦糸町へ急ぐ。
数名の人外ハンターと一緒だが、装備が皆刷新されている。
新しい本部であるシェルターの地下で、地獄を名乗るあの老人が、一本ダタラとともにどんどん壊れた武器やらを修復してくれているのだ。
阿修羅会がどこからか仕入れてくる武器に依存している人外ハンターも多かった中。
ついに弾丸やらを自給自足できるようになった上。
各地にあった在日米軍や自衛隊の駐屯地を制圧する計画も持ち上がってきている今。
急激に人外ハンターの装備は改善されている。
阿修羅会はそれに伴って警戒を強めているようだが。
あの銀髪の娘に憑いている存在は掴めていないようだ。まあそれもそうだろう。ほぼ姿を見せていないのだから。
なんだかとんでも無い奴が人外ハンターの指揮を執り始めた。
急速に組織化されている。
そんな風な話を阿修羅会がしているらしく。情報に賞金まで掛けているようだが。
今までだれも本気で阿修羅会に好意を持っていたわけではない。
落ち目になりはじめたことを悟って、袂から離れる者も出始めているようだ。
錦糸町に到着。
この辺りにある錦糸町公園の地下通路からコロニーに向かう。勿論地上は悪魔まみれなので、全て片付けて行く。
前みたいな信頼出来る人外ハンターの精鋭部隊ではなく、今回は連れているのはまだ若干経験が浅い人員だが。
広範囲に活動している危険度が高い悪魔数体を、あの博麗霊夢という巫女服の女と秀、それにマーメイドの三人が立て続けに屠った事もあり。多少は人外ハンターに余裕が出ている状態だ。
地下通路までの安全確認良し。
ハンドサインを出して、周囲の警戒と、内部に入る人員を分ける。
内部に入ると、入口を固めていたニッカリと会う。
このニッカリが同士だ。
大戦の時は、どっちも新米だった。
志村の方は仕官候補で、ニッカリはたたき上げの兵士だったが、今ではそんなものは関係無い。
敬礼して、情報を交換する。
フジワラの指示で来た事を告げると、ニッカリは頷いて奥へ案内してくれる。
此処は歴戦の人外ハンターだった人間が数名いて、比較的安全度が高いコロニーなのだが。物資が足りず、特に食糧でいつも苦労している。
そのため阿修羅会が人を引き取りに来たことが何回かあったのだが。
それを全て断ったのが自慢だという。
ニッカリ達の実力もあって、阿修羅会も強くは出られなかったそうだ。
事前に伝令は出して話は通してある。
ベテランの人外ハンター達も交えて軽く話をする。
「国会議事堂近くのシェルターを奪回するだけではなく、あのアドラメレクを討ち取るとはな……」
「凄まじい使い手達だ。 しかもアドラメレクはもはや自力では転生すら出来ない程のダメージを受けて消滅したらしい」
「お前ほどのベテランが言う事だ。 信じざるを得ないな」
ニッカリは頷くと、奥に声を掛けた。
何もかも疑っているような目の男の子供。もう少ししたら、人外ハンター見習いとして活動し始める年頃だろう。
もう一人は、その子供と同じくらいの年齢か。活動的な格好をしている、利発そうな女の子だ。
「ナナシ、アサヒ、挨拶しろ。 俺が時々話している志村さんだ」
「うっす……」
「ちょっとナナシ。 アサヒです。 ナナシがすみません……」
「いや、良いんだ」
一番扱いが難しい年頃の子だ。
それにこの荒みきった東京で、まっすぐに育つ子なんていない。だから、荒れた子は幾らでも見て来た。
「話をしたとおり、志村さんの所に凄い使い手が来ていて、其処で修行をして貰う。 他にも、何名かの老人にも其方に移って貰う予定だ」
「口減らしかよ」
「おいナナシ」
「本当だろ。 阿修羅会が人間を悪魔のエサに加工してるって話があるらしいけど、俺たちを阿修羅会に差し出すつもりじゃねえだろうな」
ごつんとニッカリが拳を叩き込む。
志村の時代は体罰なんて厳禁だったなと、それを見て思い出すが、まあとめる事はしない。
ニッカリの事を認めているようで、ナナシはしぶしぶ黙る。
志村も咳払いすると、丁寧に話した。
「お前の不安ももっともだ。 正直に話すと、確かに錦糸町には物資が足りていない。 それも事実だ。 だが同時に、もの凄い人が来てくれて、国会議事堂側のシェルターを奪還できたのも事実なんだ」
「そんなにすげえ奴なのか」
「ああ。 ニッカリやおじさんでは手も足も出ない悪魔を、撃ち倒してくれた」
「!」
そんな人が、悪魔との戦いですぐに死ぬような環境ではなく、確実に前線に出られる強さにまで鍛えてくれる。
そういう話を聞くと、ナナシは身を乗り出していた。
「足手まといの老人とかガキ共とかはどうでもいいが、それ本当か」
「……お前も負傷したら即座に足手まといになる事は分かっているんだな?」
「確かにそうだけどよ」
「子供を足手まといといって捨てるような世界には未来はない。 お前達は、未来を作るんだ。 こんな地下にずっと閉じこもって、悪魔に怯えながら生きる。 それでいいのかお前」
ナナシは良くないと言う。
アサヒも、少し警戒しているようだが、頷いていた。
老人やまだ幼い子供についても、引き渡しは問題なし。妊婦もつれて行く。乳児用のミルクなんて普通手に入らない。
だがシェルターでは、地獄老人がどんどん色々直してくれていて、機械が動くようになってきている。
その中には、乳児用のミルクや、医薬品を生産するものもある。
あの老人は見かけも目つきも怖いし、なに考えているのかよく分からないが。今の時点では、シェルターの復旧をどんどんしてくれている。
少なくともこんな雑菌だらけの不衛生な地点に放置しておいたら、未来に英雄に育つだろう子供でも死ぬ。
一時期はやったような「健康志向」だの、免疫をつけるだのオーガニックだの。それらが寝言に過ぎなかったことは、バタバタ死んで行く子供を見ている志村が一番よく分かっている。
「分かった。 俺行くぜ」
「よし。 此処からは車を使って国会議事堂まで急ぐ。 何の襲撃があるか分からないから、気を付けろ。 お前達も出来るだけ身を守れよ」
「俺も行こうか」
「ニッカリは此処を頼む。 錦糸町も重要な人間の拠点なんだ」
ニッカリはそうかというと、ナナシとアサヒに片手を上げて見送った。
外では確保してあるライトバン(残念ながらもう動かない)の準備を終えている。老人や幼い子供は、それに乗って貰う。
ライトバンを動かすのは、悪魔だ。
志村が借り受けている、かなり強大な悪魔。
幽鬼デュラハンである。
首のない騎士の姿をしている恐ろしい存在だが、あの北欧神話の死神ワルキューレが零落した姿とも言われる。
西洋の妖精の一種であり、妖精として出現すればもう少し扱いやすくなるらしいのだが。
現在はフジワラが手持ちにしている悪魔の一体で、今回の護衛用に貸し出してくれたのである。
ちなみに抱えている首は、元がワルキューレであるからか、女性のものである。
デュラハンはこれまた首がない馬に跨がると、ライトバンを魔術的に馬に接続する。
それを物珍しそうに秀は見ていた。
そんな秀に、ナナシが話しかける。
「あんた人外ハンターか」
「ちょっとナナシ」
「いやかまわない。 人外ハンターとやらではないが、このデュラハンとやらが私が知っている朧車という妖怪に少し似ていてな」
秀が喋り返した。
志村と他のハンターが驚く中、ふーんとナナシは呟く。
移動開始。
志村が声を掛ける。
ニッカリと、此処の人外ハンターの面倒を見ているマスターが出て来ていて、手を振っていた。
ナナシとアサヒ、それにライトバンの中から子供達が手を振る。
やがて、公園を抜ける。
ガソリンもなく、エンジンも壊れたライトバンだが、こういうのは出来るだけ持ち帰れとあの地獄老人に言われている。
シェルターの側には既に壊れた十式戦車や歩兵戦闘車が数両並べられており、それも余裕が出来たら直して行くらしい。
在日米軍の基地には、大戦時に奮戦したM1エイブラムスもある筈で。それらも持ち帰れれば、かなりの戦力になりそうだ。
悪魔に破壊されたとは言え、M1エイブラムスは戦車砲を至近から喰らっても破壊されなかったという、世界最高の戦闘経験を積んだ堅牢極まりない最強の戦車だ。志村が知る撃破例も海外に提供されたモンキーモデルのもので、米軍の運用しているM1エイブラムスがまともな戦闘で撃破された例はない。
悪魔に対しても、戦車や歩兵戦闘車は有効だ。
下級の相手なら、重機関銃や戦車砲で充分に撃破出来る。大物は歴戦の人外ハンターでなければ斃せないが。
それでも面制圧を可能にするMBTがもしも運用できるようになれば、それは大きな力になる。
ナナシもアサヒも、見習いの人外ハンターとして鍛えられていただけあり、悪魔を怖れている様子はない。
また健脚で、悪路も苦労している様子はなかった。
「志村のおじさん、あの姉ちゃん凄く強いだろ。 俺あの姉ちゃんに稽古つけて欲しいな」
「ニッカリから話は聞いているが、かなり有望らしいな君は」
「おう。 悪魔なんか全部俺がやっつけてやるよ」
「勇ましくていい。 順番に力量にあわせた師匠を準備するってフジワラは言っている。 力をつけていけば、いずれはあの人が稽古をつけてくれるだろうな。 あの人は恐らく剣技でいえば今東京にいる人外ハンターでは最強だ。 もう少し基礎的な力を身に付けてから……」
すっと前に出た秀が手を横に。
即座に戦闘態勢。切り替える。
ライトバンの中にはいるようにナナシとアサヒに促し、全員で周囲を警戒。側に崩れたビル。
其処が良いだろう。
さっとハンドサインを出して、其方にライトバンをデュラハンに車庫入れしてもらう。ライトバンごとさらわれないように警戒しつつだ。
前から現れたのは、白いスーツを着込んだ男だ。明らかに目がカタギのものではない。人間を商品として見る目。腐りきった反社特有のドブ以下の目だ。
此奴は阿修羅会の下っ端。ただし此奴は、見た所悪魔使いか。
悪魔使いは侮れない。悪魔は自分より下の相手には従わない。条件付きで従う場合もあるのだが、全てがそうとは限らない。
「人外ハンターのみなさんよ。 うちのシノギを荒らされたら困るんですがね」
「シノギだと」
「言わなくてもわかるっしょ。 東京では使い路がない人間は、阿修羅会で有効活用させていただいているんすわ。 あんたらがうちらの商品を何処に連れてっているのか知らないすけどね。 それらはうちらのモノなんで、置いていって貰えませんかねえ」
パチンと白スーツが指を鳴らすと、其処には異形が出現していた。
二人の屈強な男が背中合わせに合体している巨大な悪魔。手にはそれぞれ武具を手にしており、背丈は四メートルはある。髪型は古い日本の古墳に出てくるような奴だ。武器もずっと古い時代のものにみえる。
日本妖怪系統の悪魔は厄介だ。なぜなら此処は日本なので、良く知られているからである。
知られている悪魔はそれだけ強くなる。あくまで悪魔は精神生命体だからである。
「俺の両面宿儺、強いッスよ。 この間も……」
「懐かしい相手だ。 さがっていろ」
秀が前に出る。
両面宿儺はなんの躊躇もなく進んでくる秀を見て、それで鼻白んだか。凄まじい雄叫びを上げる。
スマホの悪魔召喚プログラムで確認する限り、相当な高レベル悪魔だ。確かに分隊単位で行動している人外ハンターの前に自信満々で出てくるのも納得である。
白スーツは余裕綽々。
絶対勝てると判断しているのだろう。
だが、志村は最悪の場合は撤退の指示をハンドサインで出したが。
そこまで心配はしていなかった。
動く。
最初に仕掛けたのは両面宿儺。種族は邪神。文字通り、邪悪なる神々の事だ。
そもそも両面宿儺は飛騨の伝承に登場する邪神。正確に言うと、朝廷に反乱を起こした実在の人間が妖怪……或いは邪神として解釈された存在だろう。姿からして恐らくは双子か、二人組の反乱者だった可能性が高い。
その個性的な姿から知名度は高く、漫画などの題材になった事もある。
いずれにしても、速い。そして力強い。
振り下ろされる巨大な剣。腕も太く、生半可な人間が勝てる相手だとはとても思えない。
それが、凄まじい業剣が、残像を抉った。
立て続けに二撃目。四本ある足を加速させ、両面宿儺は旋回して更に剣撃を叩き込む。日本刀ではなく、もっと古い時代にあった剣。だが、破壊力は木刀でも大して鉄刀とは変わらないのだ。
ましてや悪魔が手にしている業物であれば。
続けての太刀も残像を抉る。
いや違う。
あれは残像じゃない。見切りだ。
「逃げてるだけじゃ勝てないッスよお?」
嘲る悪魔使い。
バカな奴。
志村にさえ、勝負は既に見えた。力量が違い過ぎる。想像以上だ。
三撃目。
立て続けに二本の腕から、横殴りの一撃を叩き込む両面宿儺。頭上からの一撃ではなく、角度とタイミングを変えての回避しづらい剣撃。四本腕と四本足の異形だから繰り出せる大技だが。それが届くことはなかった。
太刀に手を掛けた秀が動く。
踏み込みと同時に、斬り下げ、切り上げる。多分そうしたはずだ。志村には、二閃走ったようにしか見えなかった。
太刀を鞘に収める秀。
一太刀で、両面宿儺の腕が二本吹っ飛び、美しい太刀筋の剣撃が虚空に消えていた。
もう一太刀は、実は最初の一太刀より先に届いていた。
両面宿儺が真ん中から真っ二つに切り裂かれ。
そして、秀が冷たい目で見下ろしている中。
巨大ないにしえの邪神は、マグネタイトと化して消えていく。
悪魔使いは、自分の手持ちがやられたことを理解していない様子だった。理解した時には、既に秀が動いていた。
悪魔使いの白スーツの足下が消える。
秀の手には、やたら古めかしい銃があった。なんだあれ。火縄銃か。いずれにしてもどこから取りだしたのかも、なんであんな威力なのかも分からない。白スーツの男の膝から下の足が、二本とも吹っ飛んで。
遅れて銃撃の音がした。
倒れて、足を見て。
それではじめて、白スーツが悲鳴を上げて、絶叫していた。
「使い路がない人間はモノだとか言っていたな。 では今からお前はモノだ。 お前の理屈だ受け入れろ。 そのまま悪魔のエサにでもなるんだな」
「た、たすけ、助けて!」
「……それはこの者達に頼むんだな」
秀が何か札を切った。
悪魔召喚めいたことをやれることは知っていた。悪魔召喚プログラムを使っている様子はないから別系統の術なのだろうが。地獄帰りだというし、何ができてもおかしくない。
秀の周りに出現したのは、多数の妖怪……だろうか。
いずれもが、白スーツを睨んでいる。子供の様に背が低く、腹が膨らんだ半裸の姿。目がぎらついていて、体に幾つかの符が貼られている。
あれは幽鬼餓鬼か。
餓鬼。仏教思想の六道輪廻。その一つ。地獄に最も近い世界の住人。
生前罪を犯した人間が墜ちる場所、餓鬼道。地獄よりマシ程度の其処には様々な餓鬼がいるが。それらの大半は、食っても食っても餓えが満たされない。餓鬼は死者が転じる悪魔である幽鬼に分類されているが、そもそも餓鬼という分類ができる程多様で、東京には多数が見受けられる悪魔だ。
餓鬼が、白スーツに近付いて行く。
東京に餓鬼は幾らでも出る。だから志村も知っているが、ちょっと普段見るのとは様子が違う。
明らかに、白スーツを知っていて、怒りと敵意を向けているのが分かった。
「ひっ! 金なら出す! 俺は阿修羅会からそれなりに貰ってる! それ全部くれてやる! だから助けてくれよおっ!」
「お前達、其奴はお前達を助けたか」
「助けなかった」
「俺たちがどれだけ懇願しても笑いながら心底楽しそうに此奴とその仲間らは俺たちを殺した」
ぞくりとした。
この餓鬼達は。阿修羅会の犠牲者なのか。それをピンポイントで呼び出せるのか。
餓鬼達は血涙まで流している。それほどの凄まじい怒りと哀しみを抱き。仇を目の前にしているということだ。
餓鬼達は、顎を引き裂くほどに開くと、情けなく涙を流し、小便を垂れ流している白スーツに一斉に襲いかかった。
絶叫。咀嚼音。悲鳴はすぐに聞こえなくなったが、それ以前にとても助ける気にはなれなかった。
やがて其処には血だまりだけが出来た。餓鬼達が、秀を見て、そして白い光に包まれていく。
満足したように餓鬼達が、子供や、老人の姿に変わっていき。そして光の粒子となって消えていった。
「秀さん……」
「この世界はあまりにも腐り果てている。 私の既に亡くなった叔父は、この世界を見て嘆くだろうな」
「……」
「行くぞ」
言われるまでもなく急ぐことにする。この様子だと、阿修羅会が他でも待ち伏せしている可能性があるし。他の集落で「収穫」を急いでいるかも知れない。いずれにしてもフジワラに連絡が必須だろう。
阿修羅会に連れて行かれた人間がろくでもない運命を辿っている事は知っている。連中が配っている「赤玉」とかいう代物。悪魔にとっては美味しいらしく大喜びするらしいが、それが人間を恐らく加工して作っているだろう事も既に分かっている。
だが、それがこれではっきりした。「だろう」ではなく「らしい」でもなくなったのだ。奴らは自分のために他の人間の命を切り売りしている。それも極めて非人道的な手段で、だ。
どうして東京はこんな奴らに主導権を握られ。
民はそれを諦めて受け入れてしまっているのか。
志村は無力感に怒りさえ覚える。
ともかく一秒でも早く、救える人間は一人でも多く。救わなければならない。
そして戦士になる意思がある者を。実戦ではなく訓練で確実に力をつけさせ、そして一緒に戦って貰う態勢を作る。
それが、志村達生き残った大人の義務。
阿修羅会は潰さなければならない。今まで諦めていたその思考が、今日まざまざと蘇ってきていた。
「すっげえ」
ライトバンから見ていたらしいナナシが言う。
子供は強さに敏感だ。凄まじい秀の実力を見て、感動さえ覚えたのだろう。
「強くなればあの人に稽古つけて貰えるんだな。 俺強くなる。 あの人に稽古つけて貰うぞ」
「私も!」
アサヒもか。
いずれにしても、この子等をシェルターに送り届ける。
全てはそれからだ。
シェルターの周囲が氷漬けになっている。凄まじい冷気だが、それも程なく払われていた。
何か大物が来たらしい。あの博麗霊夢が肩で息をついている。マーメイドはかなり余裕がありそうだが。
いずれにしても、話は本当だったということだ。
秀や博麗霊夢よりあの規格外マーメイドの方が強い。
しかし一体、これは何が起きたのか。
「戻りました」
「タイミングが良かったわね。 最悪巻き込まれていたわよ」
「そのようですね。 すぐにシェルターに護送してきた子供達と老人、それに負傷者を」
「引き渡し要員、急げ!」
奥から出て来た、まだ若い人外ハンター。見習いでも、こう言う仕事はやらせられる。すぐに手押し車なども来る。老人などを迅速に奥につれて行くためだ。
軽く話すと、どうやら阿修羅会が放ったらしい大物悪魔を退けたようである。かなり強力な堕天使……いや魔王だったようだ。
流石に最重要拠点の守りを任せている必殺霊的国防兵器は、あの憶病なことで知られるタヤマは出してこなかったのだろうが。
それにしてもこの破壊跡。
生半可な相手ではなかったのだろう。
「一体何者だったのですか」
「アスモデウスとか言っていたかしらね」
「!」
「七つの大罪を司る一角だったっけ。 その割りには力が低かった。 あれは……何かしらで消耗していたようね。 ろくでもない契約の代わりに、無理矢理仕事中の奴を繰り出したんだわ」
アスモデウスを、かなり消耗したとは言え退けたのか。
確かに阿修羅会が従えているという噂はあった。だが、流石に従えるのは無理で、何かしらの協力関係にあるのではないか、という話ではないかとも噂されていた。
「見張りを代わりますか」
「いや、しばらくは大丈夫よ。 それよりも酒は?」
「今作っているという話ですが」
「ハア。 飲まなきゃやってられないわよ」
この博麗霊夢のいた隠れ里は、子供でも平気で酒を飲んでいたらしい。
まあ昔は児童の飲酒がどういう害を体に及ぼすかの知識はなかったらしいし。しかも世界から隔離されていた隠れ里であればなおさらだろう。
それについてどうこういうつもりもない。
今の時点での博麗霊夢は、少なくとも未成年には見えないし。
そういう点でも、飲酒についてどうこういう理由もないだろう。
シェルターに入ると、かなり整理が進んでいた。
熟練した人外ハンターは基本的に各集落の守りに散っており、しかも明らかに状況がいい方向に進んだ事でモチベーションが上がっている。
特化した何かの芸がある悪魔を集めろ。
そういう指示がフジワラから出ていることもあって、一芸持ちの戦闘には向かない悪魔の供与も進んでいる。
シェルターの地下空間には幾つかに別れて住居が造られており、また一角では多数の一本ダタラとともに、あの恐ろしい老人が何やらしていた。
フジワラが視察を終えて司令室に戻ってくる。
司令室の一角にはあの銀髪の娘がいて。司令室もかなり綺麗に整備されていた。だが、一部の機械は壊れたまま。
あの老人は凄まじい技術と知識を持っているらしいのだが。
それでもすぐに直しきるのは難しいらしい。
「志村、戻りました。 レポートもすぐに提出します」
「正式な提出は後だ。 要点だけまとめて、今口頭で何があったのかを説明してくれ」
「はっ!」
フジワラも見ている中、銀髪の娘に憑いている何者かに、口頭であらましを説明する。分かっている。
フジワラも認めているとおり。
この誰か……恐らく正体は想像がつくのだが。まだ確信がない誰かが。今の東京の未来を握っている。
実際問題、立て続けに出す指示の的確さ、恐ろしいものだ。
阿修羅会があわてる訳である。
博麗霊夢ら三人の超絶の使い手が現れただけでは、こうはいかなかっただろう。
阿修羅会に嫌がらせされながら治安維持をすることが精一杯だった人外ハンターは、急激に力を取り戻しつつある。
「なるほどな。 やはり阿修羅会とやらが鬼畜の所業に手を染めていたのは間違いなさそうよな」
「阿修羅会の本拠は六本木にあります。 ただ此処は守りが堅く……」
「今は手を出すな。 残念だが、確実に助けられる者を助け、戦力を確実に整えてから打って出る」
「はっ」
フジワラも既に銀髪の娘に憑いている存在に、完全に膝を折っている。まあこれは当然だろう。
銀髪の娘自身も、かなりの使い手であるらしいのだが。
リーダーシップを取れるような存在ではないし、いざという時の一戦士では頼りになる、くらいに認識するしかない。
「続けて集落から力無きものを回収して回れ。 年齢関係なくな。 心折れて武器を取れなくなったもの、病で動けなくなったものも例外なくだ」
「小規模集落は既に回り終えました。 今後は阿修羅会とガイア教団に制圧されていない都市と、更にはシェルターだった辺境を回る事になります」
「遠征と大規模人員輸送だな。 今、地獄老人が歩兵戦闘車とやらを直せるかも知れないと言っている。 ただガソリンやらいう燃料を確保できないそうだな」
「歩兵戦闘車を!」
それはありがたい話だ。
戦地で迅速に歩兵を展開出来る歩兵戦闘車は、悪魔に対しては無力でも、阿修羅会のチンピラなんか鎧柚一触に蹴散らす事ができる。近年の歩兵戦闘車は装甲はMBTに及ばなくても、強力な主砲も備えているし、悪路もものともしないのだ。
動かないライトバンで非戦闘員をピストン輸送するよりもずっと効率がいい。
ただし大人数を一度に輸送すると当然悪魔も襲ってくるだろうし、阿修羅会も規模が大きな攻撃を仕掛けてくるだろう。
シルキーが、フジワラに耳打ち。
頷くと、フジワラが立ち上がっていた。
「殿、一度純喫茶フロリダに戻ります。 阿修羅会が会談を持ちたいと言ってきているようです。 ツギハギと打ち合わせをしてまいります」
「わしは外に出無い方が良さそうだな。 恐らく何者が人外ハンターの背後についたか見極めるつもりであろうよ」
「恐らくは」
「時間を稼げ。 会談に応じる条件として、その間人外ハンターの行動を一切妨げないという条件を提示しろ。 もしやぶったら即座に会談は中止だと告げておけ」
敬礼すると、すぐに急ぎ足でフジワラは行く。
志村にも、直接指示を出される。
司令室のデスクの上には地図がある。今、丁度錦糸町に丸がつけられていた。助けるべきものを助け終わった地点だ。
他にも幾つか、これから攻略が必須の戦略的要地が存在しているようだ。
「今の時点では志村よ、そなたは博麗霊夢、或いは秀と協力し、救助すべき者をこのシェルターに輸送せよ。 歩兵戦闘車が復旧し次第、そなたに供与する」
「イエッサ!」
「うむ。 此処のシェルターは、今博麗霊夢が結界を張り巡らせて、悪魔の侵入が出来ないようにしているようだ。 こうなると問題は、阿修羅会に通じた人外ハンターによる情報漏洩だが、それについてもわしに考えがある。 今はとにかく、救うべきものを一人でも多く救え」
「自衛官として、最善を尽くします!」
最敬礼。そして、すぐにシェルターを出た。
外では霊夢が壁に背中を預けて座り、マーメイドと何か話していた。
志村を見ると、軽く話をしてくれる。
「近々自衛隊とかいうのが駐屯していた地点に仕掛けるわよ。 この子が主力になるから心配はないと思うけれど、それでも手練れの人外ハンターの招集をしておきなさい」
「分かりました。 ただ市ヶ谷駐屯地は敵の守りが極めて堅く、簡単に攻め入ることは難しいかと思われます」
「そこじゃなくてこの近くに作られた仮設駐屯地の跡地よ。 なんでもあのお爺さん曰く、このシェルターの他に本格的に「工場」が作りたいらしいわ。 それには何から何まで物資が足りないそうよ」
なる程な。
確かにシェルターに全機能を集約するよりは、この辺りを要塞化して、幾つかの機能を分けた方が良いだろう。
ただそれをするには少し人員が足りない。
いずれにしても、あの銀髪の娘に憑いている存在に判断を仰ぐことになる。
敬礼をすると、次の目的地に向かう。
阿修羅会がどう動くか分からないが、最悪連中が加工するために運んでいる人間を助け出すための襲撃も仕掛けなければならないだろう。
次は博麗霊夢がついてきてくれるそうだ。
実力は秀と殆ど変わらない。
とても頼りになる。
食事も新鮮な野菜を取れるようになって、体が明確に調子も良くなっている。後は日光を浴びられれば言う事がないのだが。
ともかく次に出向く。
少しずつ、確実に。
地獄の東京が、良い方向に進んでいるのが、志村にも分かっていた。
真4Fの主人公ナナシくんとヒロインのアサヒさん、此処で人外ハンターに合流です。
……それと。歴代屈指の極悪イベント赤玉の作り方、などなど。やりたい放題をしていた阿修羅会の連中が、死者に恨まれていない訳もありません。それを少し描写しておきました。
まあ、死者が化けて出ればこうなるのが普通です。ハイ。
余談ですが、仁王2の主人公である秀さんの本来のメインウェポンは、妖怪を使っての技になってくるので、メガテンとは結構相性が良かったりします。
原作でも餓鬼を使役できます。性能も使いこなせばまあ……。割と強いです。