もう一人の東京守護者   作:dwwyakata@2024

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場面変わって東京。

人外ハンターに強力な頭脳がついたことで、各地での悲劇がどんどん事前にフラグをへし折られていきます。

原作屈指の胸くそイベントが起きる天王洲がまずは最初です。

住民が「牛を食べる」ことになる前に、救出作戦が開始されます。

ただしそれが開始されたのには、どうもきな臭い裏もあるのでした。






3、天王洲救援作戦

フジワラが知る限り、東京での孤立集落は幾つもある。

 

その中で非常にまずい状態にあるものを、フジワラが放っている使い魔が掴んで来ていた。

 

天王洲シェルター。

 

元々東京南部の港湾地域は悪魔が多く、しかも強力で、自衛隊も早々に放棄を決定したような場所が多い。

 

都市区域まるまる廃墟になってしまっている場所も多く、そこらは悪魔の巣になっていたり、領域になってしまっていたりもする。

 

特に非常にまずいのが天王洲シェルターだ。

 

天王洲は大戦の時にシェルターが作られたのだが。その中に逃げ込んだ人々は、既に限界に近い状況にある。

 

シェルター内に蓄えられた食糧。食糧を作り出すためのプラント。それらが限界に来ているのだ。

 

しかもシェルターを支える戦える人間がここしばらくで立て続けに悪魔との戦いで殺されてしまい。

 

新しい食糧を得る伝手もない。

 

阿修羅会すらも足を運ばない南の果てだ。

 

今、800人前後が飢餓状態にあり。このままでは人肉食まで始めかねない。そういう報告が、フジワラの使い魔。魔神ヘルメスによってもたらされていた。

 

ヘルメスはギリシャ神話の旅の神で、北欧神話のロキのようなトリックスターとして知られている。

 

非常にいい性格をしている、気分次第でどんな勢力の味方でもする癖が強い神格だが。

 

しかしながら旅の神という性質を生かして、その快足で東京の情報を誰よりも早く掴んでくる。

 

このためフジワラもヘルメスを利用しており。

 

ヘルメスもフジワラが面白いからという理由で、側にいるようだった。

 

すぐにフジワラは会議を招集。

 

殿を始め、此処を守る中核メンバー全員に集まってもらった。本来の片腕であるツギハギは、純喫茶フロリダを守って貰っているが。ツギハギなら任せられる。情報も後から共有しているのでそれはいい。

 

今は、この事態を解決しないとまずい。

 

「確かにそれはまずいわね」

 

国会議事堂シェルターで、話を聞いた霊夢が呟く。

 

この国会議事堂シェルターは急速に復興が進んでおり、阿修羅会が拉致しようとしていた人々が既に1000人以上移り住んできている。これらの人々は、殿と言われている銀髪の娘に憑いている存在が、適切に仕事を割り振り。また戦闘訓練をしていることもあって、急速に組織化されつつある。子供達にも教育が行われ、また今まで病気になったら死ぬだけの状態だったのが、近代医療も復活し。元医師だった人間や、医療を得意とする悪魔が活躍して、多くの人間が救われていた。

 

それはいい。

 

シェルターそのものが一万の人間を余裕で支える事ができる規模のものだということもあり、追加で800人程度なら問題はない。食糧に関しても、余裕綽々だ。新しく新鮮な野菜も肉も魚も、どんどん作られている。

 

此処には大戦前、ビオトープの技術の最先端が詰め込まれたのである。

 

問題もまだあるが、いずれにしても人数だけなら問題はない。

 

問題なのは其処では無いのだ。

 

「霊夢よ、そなたは空間を渡る力を持っているという話であったな」

 

「一応出来るわよ。 ただし、渡れるのはあたしと、僅かな質量だけ。 八百人を運び出すのは無理ね。 多分一ヶ月くらいそれにかかり切りになるわ」

 

「非常にまずいな……」

 

ヘルメスは、どうせ共食いするなら俺が食ってこようかなどとフジワラに笑いながら言っていた。

 

それくらい、状況が切羽詰まっているのだ。

 

殿が、順番に話を進めてくれた。

 

「遠征を行うしかないな。 順番にやるべき事をやる。 まず第一段階。 現地への道を確保する」

 

「地図はある程度は作ってあります。 ただ途中には強大な悪魔が住む地域が多く、また阿修羅会の縄張りも横切ることになるでしょう。 空は強力な悪魔が監視下に置いており、空路は不可能です」

 

「水路はどうだ」

 

「水路……」

 

それは盲点だった。

 

今、此方には規格外の力を持つマーメイドがいる。

 

あの堕天使アドラメレクを倒したのは霊夢だが。復活不能なまでに滅ぼしたのはマーメイドであり。

 

更にはその後も、数体魔王と呼ばれる格の悪魔を同じように倒している。

 

確かに、魔境と化している東京の水路を行けるかも知れない。

 

「まず大きめの箱を用意せよ。 中に水が入らないようにするものだ」

 

「バスで良かろうよ。 わしが少し手を入れてやろう」

 

話を聞いていた地獄老人が乗ってくる。

 

この人物、どうにも得体が知れないのだが。今はとにかく、いわゆるクラフトを心の底から面白がっているようだ。

 

多数の加工や細工の逸話がある悪魔を周りに侍らせ、機械を次々直すだけではなく。

 

金床から作り、新しく機械を作るために順番に徐々に細かい部品を作りあげているようなのだ。

 

元々旋盤などの機械は地下の倉庫にあったので、それらを利用し。細工を司る悪魔などをフルに働かせて、何処まで出来るか計っているようだ。その内壊れたスマホなどを直すどころか、新しいスマホを造ってしまうかも知れない。

 

「バスなら幾つかありますね。 都営バスの残骸で良いでしょう。 窓ガラスが割れてしまっているので、それがネックになりますが、一度に四十人程度は運ぶ事ができるはずです。 負傷者であればその半数程度でしょうか」

 

「充分だ。 まずは粥に出来る穀類と調理道具、それに料理が出来る者を向こうにやる。 当然護衛も必要だ」

 

殿が細かく作戦の指示。

 

フジワラが頷くと、すぐに志村に状態がいい都営バスの確保を命じた。

 

年老いていても、料理が出来る人間もいる。このシェルターに来てから子守りをしたり、料理をしたりで活躍出来ている。そういった者に、今回支援を頼む事になる。

 

更には、志村と、後は数名の見習いの人外ハンターにも作戦に参加して貰う。

 

「飢えている人間にはまずは粥から食わせるように。 それも出来るだけ薄いものからな。 そして、食糧を配りつつ、状態が悪い人間を此方に運ぶ。 此方から天王洲シェルターに食糧を、帰路では人間を運ぶ事になる。 やれるか」

 

「何とかしてみるわ」

 

マーメイドは嫌がらない。助かる。

 

このとても善良なマーメイドは、恐ろしい程の力とは裏腹に、非常に人間に友好的だ。

 

だが、普段はシェルターの人間とは接しようとしない。

 

何か、理由があるのかも知れない。

 

こういう会議には参加してくれるのは助かる。

 

東京にいる他のマーメイドが色々な性格で、人間に必ずしも友好的でないことを考えると、やはり異質ではあるが。

 

「よし、地獄老人。 志村がすぐにバスを確保する。 水の中でも動かせるように最優先で作業をしてくれ。 何人かで天王洲に運ぶ食糧の確保。 料理が出来る人間を見繕って欲しい」

 

「衛生面での問題もありそうです。 医療従事者も向かわせますか」

 

「そうだな、そうしよう。 その分護衛を増やせ」

 

「分かりました。 私の手持ちを追加で何名か行かせます」

 

殿の指示は的確だし、話も聞いてくれる。

 

というか、本当に修羅場のくぐり方が次元違いなんだと分かる。これだけ東京で悪魔と戦って来たフジワラだが、それでも毎度驚かされる。

 

殿が憑いている銀髪の娘は、これはこれで的確に動く。

 

小さな体とはとても思えない力で、すぐに荷物を運び始める。地獄老人は一本ダタラと北欧神話の小人であるドワーフをわんさか連れて、外に。

 

博麗霊夢と秀が監視している中、運ばれて来た都営バスの慣れの果てを、瞬く間に解体して、溶接もしていく。

 

椅子や電子機器類などは運び出してしまう。

 

タイヤは動くだけのものにしてしまう。

 

エンジンなども取り外していくが、手際が人間離れしている。自動車工場の職員でもこうはいかないだろう。

 

銀髪の娘も手助けしていて、人外ハンターは呆然とみているだけだ。

 

「取り外した部品はシェルターの中にしまっておけ。 手押し車を用いてな。 手を切らないように気を付けい」

 

「分かりました!」

 

「しかし手際が良いわねえ」

 

「色々経験したからな。 ナチでは壊れかけたティーガー戦車を直したり、パンター戦車を共食い整備したり、色々やったわ。 あの時も部品も資材も足りなくてなあ、四苦八苦だったわい」

 

ガハハハハと笑う地獄老人。

 

心底楽しそうで何よりである。

 

フジワラも一緒に手押し車を使って、回収した椅子やらエンジンやらを運び込んでおく。二人で必ず作業しろと地獄老人が言っていたので、その通りにちゃんと二人一組で動かす。一緒に動いているのは、有望だと太鼓判を押されているナナシ少年だ。未来の東京を担うかも知れない逸材だと志村とニッカリから聞いている。

 

「なあフジワラさん。 ゴミにしか見えないんだが、これ役に立つのか?」

 

「あの地獄老人の手際を見ているだろう。 きっと何かの役に立つ。 我々に分からなくても、分かる者には分かるものだ。 自分が分からないからと言って、全否定してしまうのは愚かな事だよ」

 

「確かに、それはそうかも知れないな。 あの爺さんの手際、もの凄いし……何か知っていてもおかしくはないよな」

 

「よし……今回は君とアサヒ君も護衛班に加わって貰う。 恐らくは大変な仕事になる。 先輩の人外ハンター達と連携して、皆を守ってくれ」

 

うっすとナナシは言う。

 

ナナシはどうしてもまだ足手まといがどうのと口にしているが。それはそれとして、「足手まとい」が作った料理に舌鼓を打っていたり。「足手まとい」が直した衣服や装備のおかげで快適に動けている。

 

また、悪魔達の中には少年少女に武芸を教えている者もいるが。

 

それらの悪魔も、東京では一線級で戦える存在ではない者も多いのだ。

 

ナナシはかなり筋が良くて、既に実戦形式で悪魔と鍛錬をしているが。それでもまだまだ。

 

アサヒはナナシに比べてかなり力量が落ちるが、それでも良く細かい所まで気がつくので、そこまで無能ともいえない。恐らく支援役としてはかなり筋が良い方だろう。

 

バスが装甲で覆われ、耐水加工されるまでわずか三時間ほど。

 

地獄老人が多数の一本ダタラとドワーフ、それにギリシャ神話の鍛冶の神でもある巨人、邪鬼サイクロプスを動員して。短時間で終わらせたのである。

 

動力としては、ケルピーを使う。

 

人食いの伝承がある水辺の馬の悪魔で、分類は妖精。このケルピーを使って、汚れた川の中を一気に進み、天王洲まで向かう。途中で海に出る事になるが、それも特に問題はない。

 

ケルピーは水中で生活している訳ではなく、水陸両用なだけだ。海水で生きていけない淡水魚とは違う。

 

そして、誘引はケルピーが行い、護衛はマーメイドが行う。

 

規格外マーメイドだから頼めることだ。

 

海中の大型悪魔でも苦にしないだろうし、何より水中でバスの中に音を届けることも、映像を届けることも、なんなら金属壁を抜けて内部に直に入る事も出来るらしい。

 

まずは物資を詰め込む。

 

医療スタッフは此処に連れてこられる前はホームレス同然だった者も多い。今の東京では、戦えることに何より価値が求められる。

 

阿修羅会みたいな連中もいるが、それも偉そうにしているのは支給された悪魔を連れていて(要は自力で従えた訳ではない)、それで自分の力と勘違いしてイキリ散らしている連中である。

 

そんな状態だから、多数の人材を取りこぼしていたのだ。殿が急速にそういった取りこぼされていた人材を回収して皆に役立てるようにしてくれていて。それを見る度に、汗顔の至りである。本当に組織構築運営の自力が桁外れなのだ。

 

霊夢が一応確認してくる。

 

「海まで川で抜けられるのかしら?」

 

「それは問題ない。 そもそもどこからか水が流れ込んでいて、海の水もどこからか外に抜けている。 それで水そのものはよどんでいないんだ。 ただ、河口に向かう過程で、廃棄物の残骸などが流れ込んでいる。 昔はそれで完全に堰き止められていた川もあったのだが、悪魔達が自分達が住みよいようにするためか、川を海までつなげてね。 今では何処の川も悪魔の縄張りではあるが、海までは通じているんだよ。 水質はお世辞にも良くはないけれどね」

 

「そう。 人間よりも悪魔の方が色々と配慮しているのね」

 

「悪魔の中には、人間より東京に貢献しているものがいるくらいでね。 そういった共存出来る悪魔ばかりだったらいいのだけれど」

 

まあ、そう甘くは無い。

 

とにかく、救出作戦開始だ。

 

バスに医療従事者、食糧、それに護衛のための人外ハンターに乗り込んで貰う。

 

ケルピーが引いて、近場の川に進水。

 

後は、マーメイドが護衛して、ピストン輸送開始だ。

 

此方でも、弱り切った人間を回復させるための準備が必要になる。霊夢と秀には、此処の守りを担当して貰う事になる。

 

実際問題、周囲に雑魚悪魔が早速少なくない数いる。

 

あれらは人間の肉をかじれると思って、様子を見に来ている連中だ。

 

その中には元々神であったものが、零落してこうまで落ちぶれた者も珍しくはない。そういう連中は、悪魔に落ちぶれた事を人間のせいだと思っているから。人間に対してより攻撃的になる。

 

それがますます零落を加速させると分かっていても。

 

バスを敬礼してフジワラは見送る。

 

あの規格外マーメイドがついているのだ。大丈夫だとは、信じたい所だった。

 

 

 

ケルピーが数頭で引いたバスが一気に水中を進み始める。

 

志村はM16を抱えたまま、周囲に警戒を怠るなと声を掛けておく。今回は厳しい任務になる。

 

だが、医療従事者だった者達は士気が高い。

 

きっと彼等彼女等も、こんなになる前は東京で必死の救助活動をしていたのだろう。今、それを思い出して熱い心を取り戻している。

 

大戦時看護学校を出たばかりだったとしても、既に50の坂が見え始めている。

 

今後は、若い世代に医療を受け継がなければならない。

 

そういう意味でも、彼等を絶対に死なせてはならないのだ。

 

がつんと揺れて、志村は呻く。

 

川の中がかなり汚いし、色々な悪魔の縄張りだと言う事も分かっている。悪魔によっては、当然仕掛けて来るだろう。

 

声が聞こえた。

 

静かで、穏やかな声。

 

随伴してくれているマーメイドのものだ。

 

「この辺りはインドの神々の領域のよう。 ガンガーという水の神様が、何者かと説いてきているわ。 対応をお願いします」

 

「了解した。 此方、人外ハンターの志村。 これより多数の苦境にある民を助けに向かう。 およそ四十往復ほどさせてもらいたい」

 

「妾の住まう川を勝手に通ると申すか。 何かしら捧げ物でも寄越すが良い」

 

びりびりと来る強い気配。

 

ガンガーはそのままガンジス川の守護神格である。東京では確か龍神……数多いる龍の悪魔のなかでも、特に神々として崇められる強大な存在……その一角として具現化している。

 

ただ話が分からない存在ではない。

 

「此処を通る民は八百人に達する予定だ。 それらに貴方の像を拝め感謝するように伝えさせよう」

 

「ふむ、信仰が対価か」

 

「貴方も知っている通り、この国の民は多神教に抵抗がない。 此処を通るのを助けてくれた神となれば、感謝するはずだ」

 

「……分かった。 ただし必ずや我が名を伝え、感謝するようにせよ」

 

よし。

 

ガンガーの戦闘力はかなり高く、あの規格外マーメイドでも、無傷でバスを守れるかは分からない。

 

逆に言うと、ガンガーの守護が入ったのなら、他の悪魔は早々に手出しをできない事も意味している。

 

嘆息。

 

ナナシがへえと感心していた。

 

「ニッカリのおっさんの同期なだけあるな。 あんな高位悪魔にも、ちゃんと交渉を通せるんだ」

 

「まあな。 それよりも、川の中はこれで恐らくは安心だろう。 俺たちが苦労するのは、天王洲についてからだ」

 

「みんな飢えで苦しんでいるんだね……」

 

「そうだ。 錦糸町を思い出したか」

 

アサヒが頷く。

 

手練れがいたから、食糧をどうにか手に入れられていた錦糸町だが。それでも食糧が足りず、外で悪魔を狩らなければならなかった。

 

勿論悪魔は野生の犬やら猪やらなんかとは比較にならない危険な相手だ。

 

ニッカリや他のベテランハンターの負担は大きかったらしい。

 

今ではかなりの人数を錦糸町から引き取ったことで、だいぶ楽に暮らせているようだが。

 

それでも、定期的に物資や食糧などの交換をしないといけないだろう。

 

各地をふらついて人間を襲う高位悪魔はまだまだいるし。

 

日本神話の神格が力を失っていることで、我が物顔に振る舞っている海外の神も多い。

 

それだけではなく、荒神に戻ってしまった日本神話の神々も少なくはないのである。

 

もうロートルな志村だが。

 

とてもではないが、引退どころではないだろう。

 

川を抜けて海に。

 

驚くほど此処まではスムーズだ。

 

其処から加速した。マーメイドが声を掛けて来る。

 

「海は私の領域だから、安心して。 バスを更に加速させるけれど、危ないようだったら言ってね」

 

「帰りに気を付けてくれ。 揺らすと危ない患者がいるかも知れない」

 

「分かったわ。 任せて」

 

「助かる」

 

本当に友好的なマーメイドだ。それにこの力、生半可な実力じゃない。

 

志村の熟練の人外ハンターだから、東京にいる強い人外ハンターは何人も知っているが。しかしどれだけ強い人外ハンターでも、アドラメレク級の悪魔と遭遇してしまえば決死の戦いになるし。このマーメイドを仕込んだとしたら、一体誰なのか見当もつかない。

 

マーメイドは所詮は人魚だ。

 

肉を食べると不老不死になるとかいう話もあるが、それは東西どちらの洋でも否定的であるらしい。

 

それがどうやって此処まで強くなったのかは、まるで理解出来なかった。

 

やがて、不意に水からバスが上がる。

 

驚くほど揺れなかった。

 

バスが停まって、即座に外に展開。天王洲シェルターについては、ミーティングで知らされていた。

 

「敵影なし、クリア」

 

「えっと、クリア!」

 

「此方も大丈夫です!」

 

「よし、行くぞ」

 

ハンドサインを出して、志村が先頭に。左右後方を任せる。クリアリングしながら、天王洲のシェルターの入口を開けて、内部に。

 

そして、ぞっとするほどおぞましい臭いを嗅ぐことになった。

 

内部はまるで地獄絵図だ。食糧が足りておらず、もはや清潔な水もない。呻いている人間は、皆やせ衰えていた。

 

確かにこれは全滅を待つばかりだ。

 

壁に背中を預けて倒れ込んでいる人外ハンターらしい男。それも痩せこけていて、志村が頬を叩いて、やっと気付いたようだった。

 

「貴方は……」

 

「人外ハンターの志村だ。 救助に来た」

 

「もう此処は終わりだ……水も食糧ももうないんだ。 それに病気まで流行り始めて……」

 

「トリアージ! 急いでくれ!」

 

すぐに医療従事者が来る。

 

即座に人外ハンターは展開。悪魔が入り込んでいてもおかしくない。

 

フジワラに借りた悪魔も即座に周囲を見てもらう。

 

今回はゴエモンと狛犬を借りてきている。狛犬は悪意に敏感で、悪魔が入り込んだら即座に分かる。

 

国会議事堂シェルターの方は、霊夢と秀が守りについている。フジワラも臨戦態勢で待機してくれている。

 

生半可な悪魔で彼処の守りを抜く事は不可能だ。

 

「状態が悪い患者から運び出します。 栄養士、食事を。 点滴準備!」

 

「問題ありません!」

 

「よし、若い奴、何人か運び出しを手伝え。 いいか、揺らさないようにするんだ。 絶対に揺らすな。 お前の大事な奴がこうなったときに、知っていれば助けられる可能性が上がる!」

 

「おうっ!」

 

若い人外ハンター見習も士気が高い。

 

それもそうだろう。

 

元々こういう汚物まみれの地獄絵図は誰も今の東京出身だったら見知っている。そして荒んでいても、食事を手に入れ、清潔な衣服で暮らすようになり。この生活を守りたいと思うようになれば、意識だって変わる。

 

呻きながら掴み掛かる老人。

 

即座に狛犬が取り押さえた。

 

悪魔かと思ったが、栄養が足りなくて錯乱しているようだ。

 

800人ほどいるというが、これは全員助けられるだろうか。

 

即座に粥が炊かれ始める。

 

「よし、運び出せ!」

 

医療班がバスへ衰弱した者を運び出し始める。志村は外に出て護衛。

 

空から鳥の悪魔。

 

それは狙って来るだろうな。

 

だが。マーメイドが出るまでもない。

 

背負っていた狙撃銃で一射。翼を撃ち抜いて、叩き落としていた。妖鳥と呼ばれる、極めて悪辣な鳥の悪魔の一種。タクヒが地面に叩き付けられ、もがいた後塵になって消えた。

 

前はこの弾も厳しかったのだが、今は国会議事堂シェルターの奥にある倉庫や機械類の再稼働によって、弾の再生産が始まっている。

 

「GOGO!」

 

「後四人です!」

 

「了解!」

 

「すぐにピストン輸送でバスが戻る! それまで此処を死守!」

 

そう、ここからが大変だ。

 

バスをマーメイドとケルピーが引いて戻るのを見届けた後、シェルターの入口の守りを固める。

 

内部は狛犬に警戒して貰うとして、こっちはゴエモンと志村で守る。

 

さっそく死臭じみた臭いを感知したのだろう。犬の悪魔が来る。数は数体。どれもガルムだ。

 

北欧神話の地獄の番犬。

 

実際には単体しかいない存在だから、分霊体である。

 

「地獄の犬が、死肉を漁りに来たか」

 

「この辺りは悪魔が強力だ。 飛ばしすぎないようにしてくれ」

 

「分かっている」

 

ただ、この程度の相手ならゴエモンで大丈夫だろう。

 

志村は細かく状況を司令部であるフジワラに連絡する。

 

「第一陣、其方に向かいました。 此方では手当て、栄養の供与、それに悪魔の撃退を行っています。 今の時点では大した悪魔はいません」

 

「よし、そのまま防衛を続けてくれ。 此方は外でお嬢さん方が強力なのと交戦中だ。 私も加勢してくる」

 

「ご武運を」

 

通信を切りながら、飛びかかってきたガルムをそのままM16で蜂の巣にする。

 

口の中を滅多打ちにされれば、巨大な地獄の犬もひとたまりもない。そのまま立て続けにゴエモンと連携してガルムを倒す。

 

まあ、此奴ら程度ならざっとこんなものだ。

 

「内部はどうだ!」

 

「今手当てと食事を一緒にやってる!」

 

「よし、それほど時間は掛からずバスが戻る筈だ。 それまでに、次に搬送する者を選抜しておいてくれ」

 

「分かった!」

 

乾パンをかじる。

 

あまりおいしいものではないが、レーションとしては優秀だ。古くなったレーションは、どんどん使ってしまうようにとお達しが出ている。新鮮な食糧が提供され始めたからである。

 

一時間とかからず、バスが戻ってくる。

 

向こうでの手際もいいな。それに、知っている奴が乗ってきていた。

 

「加勢に来たぞ志村」

 

「おお、小沢じゃないか!」

 

「久しぶりだな!」

 

小沢。

 

ニッカリと同じ、志村の同期の元自衛官である。幹部候補生だったのだが、今ではベテランの人外ハンターの一人に過ぎない。

 

確か彼方此方の街で用心棒をしていると聞いていたが、少し前から消息が分からなくなっていた。

 

とにかく医療班が展開するのを見守りながら、話をする。

 

「どうしていたんだ」

 

「阿修羅会が隙を見せたから、六本木を探っていた」

 

「!」

 

「お前達が奴らが言う所のシノギを荒らしたからな。 それに奴らが動かしやすい手駒の悪魔も立て続けに倒されて、連中は混乱している。 其処で例の……六本木ヒルズを調べていた」

 

そうか。

 

小沢は幹部候補生らしい若干細い男で、あまり自衛官らしくない見た目だ。実際フィジカルはあまり高くなく、今でも頭脳労働を専門だと言ってはばからない。

 

いずれにしても、六本木ヒルズは入れる状態ではなかったそうだ。

 

阿修羅会がさらった人間を連れ込んでいると噂の六本木ヒルズ。内部を確認できれば、言う事はないのだが。

 

「入口に例の霊的国防兵器が配置されていて、入る人間を見境なしに攻撃するように設定されている。 俺も逃げ出すのが精一杯だった」

 

「やはりか。 具体的になんだった」

 

「南光坊天海だ」

 

天海。あの明智光秀と同一人物説がある学僧で、江戸幕府でブレインとして辣腕を振るった人物だ。

 

江戸のオカルト的な防御の構築に力を振るったとされ、東西南北に寺を建て、要所に風水的な守りを敷いたとされているが。

 

それ以上に学僧としての知恵を発揮して、幕府の初期を支えた功労者である。

 

それ故に霊的国防兵器の一つとされたのだが。

 

ただ、今は阿修羅会の走狗となってしまっている。

 

本人も歯がゆいだろう。

 

「交代で外を守ろう。 ただでさえこの辺りは強力な悪魔が闊歩しているはずだ」

 

「分かった。 頼むぞ。 お前が来てくれていれば心強い」

 

「ああ。 この程度の手土産しかないのが苦しいが……」

 

「生きていてくれただけで充分だ」

 

また悪魔。よく分からないが、かなり大きな人型だ。

 

患者を運び出している所に、凄まじい勢いで迫ってくるが。マーメイドがふっと冷気魔術を叩き付ける。

 

本当にふっと吹き付けた感じだ。

 

それで、一瞬で下半身が凍り付き、それでもがいている所を、ゴエモンが飛びかかって首を刎ねていた。

 

すぐにバスが行く。

 

四度目のバスが来た頃には、少し疲労が出て来た。出来れば一気に全員を収容してしまいたいので、此処からは時間勝負だ。

 

「順番に人外ハンターは休め! 最後の方になればなるほど楽になる!」

 

「志村さんは!?」

 

「俺も順番が来たら休む! とにかく休んでおけ!」

 

分隊のメンバーが奥に。

 

献身的な悪魔を使って内部では回復魔術を広域に展開して、消耗した人達を回復させている筈だが。

 

無線でやりとりをする限り、助かるかかなり厳しい人もいるようだ。

 

早めに分かって良かった、としかいえない。

 

ただ、逆に不審でもある。

 

何故、この状況で分かったのか。

 

それに、立て続けに国会議事堂シェルターに襲撃があるのも気になる。これを知らせる事自体が罠だった可能性もないか。

 

また悪魔だ。

 

展開していた悪魔が警戒の声を上げる。今度は空から数体の悪魔が滑空して襲いかかってくる。

 

下級の堕天使のようだが、とにかく叩き落とす。

 

対空弾幕を展開して、落ちてこなかった奴はゴエモンに任せる。やはり死の臭いが漏れ出ているか。

 

接近戦はゴエモンに任せる。弾幕に撃ち抜かれて落ちてきた奴はもがいている所を首を刎ね飛ばす。

 

悪いが今は容赦する余裕も時間もない。

 

バスが来る。少し遅れたか。何カ所か急あしらえの補修跡があった。

 

「トラブルか!?」

 

「国会議事堂シェルター前での戦闘に巻き込まれました! 彼方でも激しい戦いが続いています!」

 

「……」

 

其方では、フジワラも出ての総力戦が続いているらしい。

 

霊夢と秀は凄まじい強さで悪魔を次々と討ち取っているようだが、既に数体、高位の堕天使が出て来ているそうで。

 

いずれも楽に勝ててはいないし。

 

マーメイドが防いでくれても、余波でバスにダメージが入る程だとか。

 

やはり罠の可能性が高い。

 

すぐに次の者達を運び出させる。それを護衛しながら、小沢と話す。

 

「小沢、これは……」

 

「そうだな。 罠の可能性が高い」

 

「此処は任せる。 早めに休憩を取らせて貰う」

 

「心得た」

 

シェルターの中に入る。

 

中では汚物などを水で洗い流し、消毒用のアルコールを用いて清潔を取り戻している。

 

悪魔も水を扱う悪魔などがフル回転していて、消耗しきっている病人を、手際良く元医療関係者達が処置しているが。

 

それでも奥に幾らかの遺体が見える。

 

心苦しい光景だ。

 

レーションを口に入れる。これも近々終わるだろう。痛みかけたレーションではなくて、新鮮な食べ物を口に出来るようになる。だが、持ち運びできる加工食品にはまだ出番がある。

 

だからこうやって、痛む前に口にしておく。

 

「トイレの洗浄、おわったぞい」

 

「外でマグネタイトを吸収してきて。 戦闘に巻き込まれないように気を付けるんだよ」

 

「分かった」

 

外に出ていったのは、あれはカンバリ様か。茶色い足の裏に顔があると言う個性的な姿をした悪魔だ。

 

極めて珍しい秘神と呼ばれる分類を受ける悪魔で、日本における便所の神だ。

 

便所の神には色々な種類がいて、中には悪魔として怖れられるものもいる。また近年では、トイレの花子さんのように都市伝説化したものもいる。

 

とにかく食糧もまともになく、トイレもこれでは電力不足で水がちゃんと出ないから、詰まりかけていただろう。

 

汚いだけならまだいいが、それが病気の発生にもつながる。

 

この人数が病気に罹ると、待っているのは地獄絵図だ。

 

アサヒが来る。

 

汗を拭いながら、敬礼して報告してきた。

 

「次の搬送者、選抜終わりました。 応急手当の物資の内、足りないものをリストアップしてもらっています」

 

「よし、俺から伝える」

 

スマホにリストを送って貰う。

 

それを見ながら、高出力の軍用無線でフジワラに連絡。フジワラの方でも、戦闘音がしている。

 

「分かった、此方でも準備しておこう」

 

「お願いいたします。 其方の戦況は」

 

「堕天使ムールムールを総力で倒した所だ。 今度は雑魚の物量に切り替えてきたようだが、どうにか耐えきってみせる」

 

「くれぐれも無理をなさらずに!」

 

通信を切る。

 

あっちも一杯一杯のようだが、それでも助けられる人間は助けきる。

 

がつがつと粥を食べているのは、まだマシな方の病人だ。栄養失調以外は致命的ではないということだろう。

 

大鍋に次々粥が作られている。

 

騒いでいる患者を、ナナシが押さえつけているのが見えた。

 

「俺を先に向こうにやってくれ! こんな所に置いていかれるのは嫌だ!」

 

「うっせえ! いい加減にしないとぶん殴るぞ!」

 

「ナナシ、抑えていてくれ。 状態が悪い患者からだ」

 

「わーってるよ。 実際うまいメシも食えるようになったし、服だってまともになったし、装備だって。 助ければ、仕事を割り振って、人間側の底力が上がる、だろ!」

 

少しずつ分かってきたか。

 

さて、これくらいで休憩はいいだろう。

 

志村は外に出ると、出会い頭に飛びかかってきた猿の悪魔にアサルトで乱射を叩き込む。魔獣ショウジョウか。昔、大型の類人猿をそう呼んでいた時期がある。それはそれとして、猿の妖怪の総称でもある。魔獣というのは獣の悪魔の中で、特に邪悪でも善良でもない部類の荒々しい連中だ。もっと邪悪なのは妖獣となる。

 

東京なので、日本妖怪はかなり強い。このショウジョウもそうだ。

 

乱戦の中、やられた仲魔がマグネタイトに変わっていくが、志村が加勢したことで周囲を制圧。

 

負傷者を内部に下げさせる。

 

M16のマガジンを換えている小沢と情報交換。

 

被害者に致命傷を受けたものはいない。だが、そろそろ厳しくなってきている。

 

「負傷者は回復魔術でどうにかなるレベルだが、それでもそろそろ厳しいぞ」

 

「分かっている。 だが、俺たちが踏ん張れば、未来を担う者が少しでも助かる。 シェルターにはまだ乳幼児だっている。 あんな子供達を死なせてたまるか!」

 

「そうだな!」

 

バスが来た。

 

同時にかなりの数の悪魔が来る。

 

「耳を塞いで」

 

随伴していたマーメイドが言う。ケルピーを引っ込め、更には音を使う悪魔に、バスを守らせ。

 

更に志村も耳を塞ぐと、マーメイドが凄まじい絶叫を空に張り上げたようだった。

 

まるで氷の竜巻だ。

 

殺到してきた悪魔が、全部一瞬で氷漬けに。そして砕け散っていた。

 

見た所、それなりに強い悪魔も多かったのに。流石に少し消耗しているようだが、それでも今倒した悪魔のマグネタイトを吸収すればお釣りが来るはずだ。

 

「よし、もう少しで一段落する筈だ! 救助者を運び出せ!」

 

「おうっ!」

 

人外ハンター達の士気は高い。

 

忘れかけていた誇りが。彼等に戻りつつあるのを、志村は感じていた。

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