銀髪の女の子(まだ正体は秘密です)と、それに憑依した何者か。
東京に現れた希望です。
その希望の示すまま、国会議事堂側のシェルター奪還に向かう人外ハンター達。
原作でもデモニカが置かれていたりと、かなり重要な施設ですね。
しかしその希望を無惨に打ち砕かんと、いてはいけない悪魔が姿を現すのです。
人外ハンターの本部。純喫茶フロリダ。
そこで、フジワラとツギハギに、作戦の成功を告げると。フジワラは普段は滅多に見せない動揺と感激を一度に飲み込んでいたらしかった。
「まさか上手く行くとは。 アキラとともに天井に攻めこんだ時以来の感激を私は感じているよ」
「……」
ツギハギは頷くだけ。
本当に寡黙な人物である。
ちょこんと椅子を勧められると、娘は座る。名前も名乗ってくれない。
喋れないのかというとそうでもないようである。
また、喋っている存在はやたらと尊大で威厳もあるが。逆に娘は育ちがいいのか、とても行儀良く座っている。
神降ろしというのがあるらしい。
人間はあくまで体を貸すだけで、神の力をその場に呼び出す。
昔は世界中で巫女がそういうことをやっていたようだが、多くは薬を用いたトランス状態でそれっぽい言動をしていただけ。
これは明らかに違うと、志村にも分かる。
つまりあの娘には、何かとんでも無いものが憑いているということだ。
志村は皆に外を警戒するように指示。
フジワラの戦闘力は、実は凄まじい。阿修羅会ですら、ツギハギとフジワラが揃っている状態では、絶対に仕掛けてこないほどだ。
純喫茶フロリダが襲撃されたことは過去には何度かあったらしい。
そのたびに大量の悪魔の死体が積み上げられ、それ以降阿修羅会も此処には手出しはしないと決めたそうだった。
志村は昔ながらの内装が残り、合成とは言えコーヒーが出る店内を見て懐かしいと思う。
こういう店は、大戦の前にすら減りつつあった。
セピアの思い出の中にある、綺麗なもの。
それが此処には残っている。
「阿修羅会がまだ状況を把握していないうちに、作戦を進めたいと考えています」
「ほう。 唐変木どもにやりたい放題させていると思ったが、それなりに策は持っていたというわけか」
「はっ。 軍略の天才であった貴方にアドバイスをいただきたく」
「わし以上の軍略家なぞあの時代には幾らでもいたわ。 まあいい、聞かせてみよ」
志村はヘッドフォンをつける。
他の人外ハンターにも同じ事をするように指示。
これは作戦が漏洩するのを防ぐためだ。
しばし二人が話をした後、ヘッドフォンを外せとツギハギが指示をしてくる。頷いて、ヘッドフォンを外す。
「なるほど、いいだろう。 それが終わったら、他にも色々と聞かせて貰おうか」
「分かりました。 この状況下では、少しでも戦力が必要になります。 拠点としては、この純喫茶フロリダは我々がいるから難攻不落なだけ。 本来の情報集約拠点としては、国会議事堂側のシェルターこそ相応しいのです」
「そうよな。 見た感じ、この拠点は雰囲気はいいがそれだけだ」
娘が出された紅茶を口にして、ふーふーとしている。
動作はとても可愛らしいが、それと関係無く。喋っている言葉の主は段々分かってきたが、中年の男性のようだ。
着せられていたリネンの代わりに何か服をと思ったのだが。
不要と言われた。
靴もいらないらしい。
リネンが元々娘が着ていた服に似ているらしく、しばらくはこれでいいらしい。
まあ、そういうのなら。
元々この世界には、殆ど余裕は無い。
服の類も、廃墟化しているビルなどから漁ってくるのが普通。
もはや供給そのものが存在しないのだ。
野菜なども阿修羅会などが抑えている畑などから取るしかなく、それもあって阿修羅会に従う者が増えている要因となっている。
「馬はおらぬか」
「馬の悪魔はいますが、いずれも癖がつようございます」
「……そうか、では歩くとしようか」
「乗らないのですか」
頷くと、そのまま娘はいく。
とにかく尊大な憑いている存在と違って、歩き方にも育ちの良さが出ているようである。
これはひょっとすると、憑いている存在と同格の者なのではあるまいか。
志村達も、すぐに精鋭を集めてついていく。
向かう先は国会議事堂。
その側には幾つかシェルターがあり。
以前は自衛隊が人外ハンターの前身となる組織を作り、司令部をおいていた。今の司令部は封鎖され、阿修羅会に監視されている。
ただ司令部には幾つかの武器もあり、また隠されている最新兵器も温存されているという話もある。
此処を奪回する意味は大いにある。
娘は意外としっかり歩いているし、なんならひょいと人間の背丈以上に跳躍したりもしている。
純喫茶フロリダで少し食べただけだが。
それでも急速に勘を取り戻しているようである。
これは、生半可な人外ハンターより強いかも知れない。
「何か武器を持ちますか。 剣でも銃でもありますが」
「不要。 この娘はお前等ひよっこなんぞよりよっぽど修羅場を潜ってきているし、何度か戦っていた悪魔だのいう輩に負けるほど柔でもない。 武器はそなた等で持っておけ」
「はっ!」
「今は体を慣らしている所よ。 ちなみに体を慣らすのは娘の意思でやっておる。 わしも武芸は様々な師範についたがな、この娘は呼び出される前の世界で、相当な達人達に武芸を習っていたようだな。 この年でなかなかの達人よ」
まあ、心強いのは確かだ。
そのまま急ぐ。
阿修羅会は既に動き出しているようで、街に寄っている余裕は無い。連中はあまりにも非人道的な事をして悪魔と「共存」をしており、連中を放置していればいずれ東京は奴らが全て支配し、奴らにとっていらない人間は死に絶える。
そして悪魔共の狡猾さから考えて、阿修羅会なんぞでは悪魔に対応できない。
東京はそうなったら終わりだ。
阿修羅会も用が済んだら悪魔に食い尽くされるだろう。
不安そうな部下達を叱咤して急ぐ。
それでもお下がりばかりとはいえ、自衛隊の支給した軍用装備に身を固めているのだ。どれも古い品ばかりだが、この国の製品は長くもつことで知られていた。
志村だけだったらバイクで行きたい所なのだが。
この娘がどれくらいの身体能力を発揮できるかまだ分からないし、分隊規模でバイク移動は練度が必要になる。
残念ながら、最精鋭のこいつらでも、そこまでの練度は発揮できないのが現実なのである。
自衛隊が健在だった頃の先輩達が見たら嘆くだろう。
勇敢で責任感がある人から死んでいった。
悪魔から身を挺して皆誰かを守って斃れていった。
志村はただ生き残っただけだ。
だから、せめて志は継がなければならないのである。
数時間小走りで移動し、その道中で何度か悪魔を斃す。野良で彷徨いている悪魔は地域によって様々だが、今の東京は世界中の神話の神と悪魔が集まっている。それぞれに縄張りを持っている状態で、その地域によって悪魔の毛色が違う。
今一番酷い状態になっているのは池袋なのだが、彼処は危険すぎて近付く事ができない。
阿修羅会につぐ規模と実力を持つ危険組織、ガイア教団が攻略を目論んでいるという話もあるのだが。
彼処に最近住み着いた道教の神、西王母の凄まじい強さは次元違いで。恐らく東京に跋扈する悪魔の中でも最上位の一角。
生半可な方法では斃せないだろう。
そういった輩をどうにかするためにも、少しずつ反撃作戦の準備が必要なのだ。
国会議事堂が見えてくる。
砂漠化している場所も多く、道路なども整備されなくなって久しい。
転がっている廃車の中には死体がそのまま。
戦闘の跡であちこち穴だらけだ。
ひっくり返されている歩兵戦闘車を見ると、悲しくなる。
この辺りも、激しい戦闘があり。
自衛隊は、悪魔を排除できなかった。
そして多くの人々が貪り喰われた。
その後が、この有様だ。
シェルターまですぐ側。
阿修羅会は、ほぼ確定で罠を張っているとみて良い。
「総員小休止、 栄養補給」
「わしが見張っておく。 そなたらは休んでおけ」
「えっ。 よろしいのですか」
「今までの戦闘を見て、そなた等の実力は概ね理解出来た。 この娘はまだ力を発揮しきれておらんが、それでもまとめてもこの娘に及ばん。 良いから休んでおけ」
少し躊躇するが、休ませて貰う。
この東京では、生まれつき生体マグネタイトが多いと称される人間がいる。
まだ若い女でもとんでもない剛力を発揮したり。細い体をしているのに、巨人を殴り倒したりする子供もいる。
栄養も足りていないのに、そういう突然変異で異常に強いのが湧いてくるのが今の時代なのだ。
小休止を終えて、再度移動開始。
全員止まる。血の臭い。
阿修羅会が、いない。
銀髪の娘に憑いている何者かがぼやく。娘も憑いている何者かも歴戦の猛者だというのが反応だけで分かるが、それどころじゃない。
「……これはまずいな」
「総員戦闘配置!」
「悪魔を全部出せ!」
囲まれている。
しかも、阿修羅会じゃない。阿修羅会のチンピラがこの辺りに貼り付いていたようだが、それは全部もう食われて悪魔の腹の中だ。それもそれなりの人数がいた上に、相応に強い悪魔も展開していたらしいのに。
周りには、燃えさかる悪魔がわんさかいる。
どれもこれも、炎を司る悪魔ばかり。
それらが周りを、十重二十重と囲んでいるようだった。
すぐには仕掛けてこない。
志村も悪魔達を出すが、どの悪魔も怯えきっている。こんな規模の悪魔の群れ。率いている親玉が確実にいる。
そして、それはすぐに姿を見せていた。
それはロバの頭を持ち、背中に孔雀の羽を持つ、なんだかよく分からない美意識に身を固めた悪魔だった。
くちゃくちゃとロバの口を動かしているが、阿修羅会のチンピラだった肉を咀嚼しているのは明らかである。
大きさは人間大だが。
違う。プレッシャーが。
とんでもない悪魔だ。
「小腹が空いていたところに人間がたくさん群れているのを見て、ついデザートにしてしまいましたが。 何かに備えているようだったので、待ち伏せしていたら。 やはり本命が釣れたようですね」
「貴様は……!」
「アタシは偉大なる地獄の議長にて、サタン様の衣装係。 堕天使アドラメレク。 アタシとアタシの部下達の腹に収まるまでに短い間、どうぞお見知りおきを」
慇懃無礼に礼をして見せるアドラメレク。
聞いた事がある。高位の堕天使の一角。
堕天使とは神に反旗を翻し、天使から墜ちたものを指す。高位の堕天使はそもそもとして非常に強力な悪魔だが、特にアドラメレクは東京では災害のように認識されている。活動頻度が多く、範囲も広く。炎を扱う悪魔を連れ、出会った人間を片端から貪り喰うからだ。しかもどの陣営の人間だろうがお構いなし。こいつに目をつけられて、生き残ったものは殆どいないという。
巨大な双頭の獅子がいる。
オルトロス。ギリシャ神話最強の怪物テューポーンの子の一人。ギリシャ神話最強の英雄ヘラクレスに殺された存在でもあるが、伊達にテューポーンの子ではなく、非常に強力な魔獣。ある程度知性を持つ神話の荒々しい獣たちを魔獣に分類するが、その一角だ。それが多数。本来は個人名であり一体しかいないオルトロスだが、あれらは分霊体という奴だ。
大量に群れてキチキチ鳴いているのは火鼠。犬ほどもある燃え上がった鼠である。石綿……つまりアスベストはこれの皮だという説があった、中華の古い妖怪だ。かぐや姫の逸話に登場するから知っている者も日本にはいる。これも魔獣に分類される。
火鼠はそれこそ山のように群れている。
オルトロス一体だけでも手に負えないのに、火鼠の群れ。それにまだまだいる。巨大なスプーンを手にした、子供みたいな体格の悪魔。スプーンには燃えさかる石炭を乗せている。
あれは堕天使ウコバク。
地獄の火をくべる下級悪魔だ。
下級とは言え堕天使の一角。決して侮れる相手では無い。それが数十体はいるとみて良いだろう。
これは、まずい。
東京に残っていて、地獄の環境で揉まれている人外ハンターで最強の者でも、撤退を即時決断するほどの状況だ。しかも囲まれてしまっている。
部下達は怯えきってしまっているし、戦える状態じゃない。
ただ一人、冷静なのは、名前もまだ分からない銀髪の娘と、それに憑いている何かだけだ。
「わしがどうにか血路を開く。 志村、ひよっこ共を連れて脇目もふらずに逃げろ」
「えっ」
「ふふふ、貴方この世界の人間ではありませんね。 何処かの神ですか? いずれにしても私のデザアトになってもらいますが」
「あいにくだな孔雀ロバもどき。 半分外れで残りの半分も外れだ。 それにどうやらわしが命を張らなくても良くなったようだ」
今度はアドラメレクが驚く。
一瞬にして、凄まじい冷気が襲いかかり、炎の悪魔達を薙ぎ払っていた。それは文字通りの死の息吹。
魔術が使える人外ハンターは珍しくもないから、こんな光景は幾らでも見る。だが、それにしてもこの破壊力は。
しかも氷は、一瞬にして砕け散り、冷気が僅かに残るだけ。
とんでもない冷気の制御である。これは高位の悪魔でも難しいのではないか。
「いけっ! 今だ!」
銀髪の娘に憑いている者が叫ぶ。
凄まじい冷気に怯えきっている悪魔達の間を、志村がGOと急かして、部下達を先に行かせる。
漏らしてしまっている者もいるが、手を貸して走らせる。
今の冷気から逃れて、着地するアドラメレク。
虚脱している悪魔達を急かす。
「何者の奇襲か知りませんが、貴方たち追いなさい! 逃がしたら貴方たちをデザアトにしますよ!」
「ワカリマシタ!」
「オウゾ!」
オルトロスが音頭を取って、雑魚悪魔達がそれと同時に動き出す。
開けた道の中、一人の女が立っていた。
黒髪を肩辺りまで伸ばした、中肉中背の女だ。不思議なのは、いわゆる陣羽織を着ている事だろうか。
陣羽織は文字通り、陣などで古くに着ていた、戦闘用の羽織である。しかもその陣羽織には、葵の紋……徳川家の紋章が刻まれている。
普通兜も身につけるのが当たり前だが、兜は着けていない。
ただ、手足などは厳しく具足をつけていて。武装はしっかりしていた。
顎で行けとしゃくってくる。
今の冷気、この女か。いや、他に仲間がいるのかも知れない。
こんな女、人外ハンターとして見た事もないが。だが、凄まじい威圧感だ。悪魔達がびくりと女の視線を浴びて一瞬止まるが、後ろからアドラメレクに急かされる。
「何をしているのです! 腕利きであろうと相手は一体! 包み込んで斃し……」
「一人じゃないわよ?」
声は空から。
ノータイムで悪魔達に大量の針が降り注ぐ。
それは驟雨のように、オルトロスや火鼠を乱打し、瞬く間に屍に変えた。死んだ悪魔が、マグネタイトの塊になっていく。
混乱する悪魔の群れに、さっきの陣羽織の女が斬り込む。
長大な刀を振るって、たちまちに悪魔の群れを斬り伏せて行く手並みは、あまりにも凄まじい。
上空。
アドラメレクが跳ぶ。
回り込んでくるつもりか。
だが、空中でもう一人の声。
あれは巫女服か。それを着込んだ人間が飛んでいる。赤い大きなリボンが、非常に目立つ。
凄まじい音と共に、女がアドラメレクを弾き返す。高位の堕天使が、鞠のように弾き返された。着地したアドラメレクが。怒りの声を上げた。
アドラメレクの至近に着地する巫女服の女。自在に飛ぶのかあの女は。
かっと口を開け、並んだ臼歯でかぶりつこうとするアドラメレク。
だが、女は恐ろしく戦い慣れているようで、食いついてくる音速近いアドラメレクの突貫を余裕をもってかわし、肘鉄を叩き込んで地面にぶち込む。肘鉄を叩き込む時に、コンクリが砕けたような音がした。どんな筋力をしているのか。
更に巫女服女はアドラメレクを蹴り上げると、多数の札を放って、空中で爆破。
まともに受け身も取れず、墜ちてきて地面に叩き付けられるアドラメレク。それでも、必死に這い立ち上がるのは、高位堕天使の力故か。
「おのれええっ!」
辺りが灼熱に包まれる。
飛び退いたアドラメレクがキレた。元々此奴は劫火の悪魔。周囲が焼き尽くされるほどの熱量である。
上空に出現したのは、鏝か。
灼熱に燃え上がっているそれを、アドラメレクが、巫女服の女に向けて放つ。
「我が秘技、地獄の焼きごて! 肉の欠片も残さず焼き尽くしてくれるわ!」
「ふうん、アドラメレクね。 それも堕天使。 情けなくないのかしら貴方」
巫女服の女がくるりと舞い。一喝。
それと同時に、地獄の焼きごてとやらが、爆発四散。霧散する。
あれは炎魔術の制御を失った感じだ。
距離は充分に取った。逃げ遅れていた部下も背負って必死に安全圏まで離れる。銀髪の娘は平然と歩いて来ている。
地面から、ぷかりと浮いてきたのはマーメイドか。
鬼女とよばれる、女性の悪魔に分類される存在。
いわゆる女性の人魚だ。最近東京では、地面を泳いでいる姿が目撃される。水場でなくても問題なく移動出来るということだ。
美しい姿を持っている悪魔だが、そこは悪魔。船乗りを歌で誘惑し、船から落ちたところを食べたり、或いは船を沈める逸話を持つ。ロマンチックな人魚姫の物語と裏腹の、恐ろしい存在なのだ。
比較的危険度は小さい悪魔だが、それでも性格は様々で、人間を殺す事を何とも思わない者もいる。
思わず警戒する志村に、マーメイドは穏やかに言う。
翠の髪と、下着のように胸と腰を覆う鱗。体は若干細身で腰から下は魚だが。はっと息を呑むほど美しい。
まさか、先の冷気魔術。使い手はこのマーメイドか。
「大丈夫。 私はあの人達の仲魔です。 危ないからさがっていて」
「わ、わかった」
素直に従ってしまうのは、分かるからだ。
このマーメイド、生半可な個体では無い。
たまに成長して凄まじい強さになる悪魔がいる。下級の悪魔の筈が、何かの間違いかのように上級悪魔をジャイアントキリングするような奴はいるのだ。
此奴はそれのように思う。
腕の立つ人外ハンターが、下級の悪魔を育て上げて、それでそういう存在にすることはあるが。
アドラメレクと対峙している巫女服女を見る。
地獄の焼きごてとやらを破られたアドラメレクは、鬼相を浮かべて、巫女服女に躍りかかる。
だが、攻撃は悉く回避され、それどころか強烈なカウンターの蹴りを腹に喰らって吹っ飛ばされていた。
アドラメレクが吹っ飛ばされる時に、マッハコーンが生じていた。これは、幾ら高位堕天使でも。志村は息を呑む。高位悪魔同士の戦いを見ているようだ。
半分消化された阿修羅会の構成員だった肉塊を吐き出すアドラメレク。
巫女服女の声は冷え切っている。
「情けないわね元バアル」
「な……何故それを知っている」
「中東近辺の雑多な古き神々のことをバアルという。 勿論主神としてのバアルも存在するけれど、それら全てを一神教ではまとめて一つの神格であるように扱い、しかも貶めようとしたから、バアル起源の堕天使が大量に出現する事になった。 おかしな話よねえ。 一神教の神もバアルに大きな影響を受けているというのに。 バアルから貶められた堕天使にはバエルやベルゼブブのように有名な存在も多いけれど。 あんたもその一角。 そうでしょ元太陽神? 元太陽神が、堕天使なんてね。 二重の意味で貶められて、今ではその地位を誇って見せている。 恥知らずにも程があるわ貴方。 雑魚を食い荒らしてイキリ散らしているのは、情けない事に自覚があるからかしら? 誇りも何もなくした駄馬風情が、どこまで恥を上塗りすれば気が済むのかしらね」
「お、おのれ、おのれえええええっ!」
喚きながら、更に全身から熱量を放つアドラメレク。
辺りの地面が融解し始めるほどだ。
銀髪の娘が前に出ると、光の壁を展開する。マーメイドも同じようにして、氷の壁を辺りに展開。
灼熱に当てられているのに、巫女服の女は平然としている。
先とは比較にならない巨大な焼きごてが出現する。
文字通り、辺りを消し飛ばすつもりだ。高位の悪魔になると、核攻撃に匹敵する火力の魔術を扱う事がある。高位の堕天使となると、なおさらだ。
思わず志村も尻込みする中、見る。
あれだけいた悪魔が。
既に全滅している。
この短時間に、あの陣羽織女が斬り伏せたのだ。
それにアドラメレクは気付くが、それでもどうでもいいようで、完全に激高してわめき散らす。
巫女服女は詠唱を始めていた。日本神道系の詠唱を。
「何もかも吹っ飛ばしてやるわ! このアタシに最大級の侮辱をしたことを、地獄で後悔なさい!」
「ふるべゆらゆら、ゆらゆらとふるべ。 我が舞いに呼応せよ……」
「防御魔術なんか貫いてくれるわ! さっきとは違う最大火力の地獄の焼きごてよ! これなら小技なんか通じないわ! まとめて全部死に……いや消し飛びなさい!」
炸裂。
プラズマ化するほどの超高熱と化した地獄の焼きごてが、そのまま其処で炸裂し、辺りを衝撃波で吹き飛ばしていた。
光の壁と氷の壁も、それと相殺して消し飛ばされ。
辺りは凄まじい蒸気で覆われる。
その中、ぐつぐつ煮えたぎるクレーターが。その中央に、呆然としているアドラメレク。その体には、多数の突き刺さった針。
陣羽織女は、今の直撃を避けるために、跳んで離れていたようだ。
巫女服女は。
あれはどういう仕組みだ。傷一つついていない。いや、流石に消耗したようだが。
血を吐くアドラメレク。針が急所を貫いているのは明白だ。
「ど、どういうこと! アタシは腐っても元太陽神! 熱の扱いで人間なんかに負ける筈が……」
「此処が中東だったらアンタの勝ちだったかもね。 あいにくだけれど、アンタはこの地の太陽神じゃない。 例え封印されていたとしても、あたしが遠隔で力を借りたこの地の太陽神に、太陽に関する影響力では及ばないわね。 アンタの熱魔術が残りカスとはいえ太陽の力由来である以上、これ以上は無駄よ」
「か、神降ろしか! そ、そうか、その異常な力も……! おのれ、おのれおのれおのれえええっ!」
渾身の一撃をかわされ、全身に致命打を入れられ、それでもまだ動くアドラメレク。巫女服女には勝てないと判断したのだろう。
こっちに、凄まじい勢いで跳躍して迫ってくる。
既に伊達男を気取っていた面影などない。孔雀の羽はもはやなく、全身の肉が抉れ内臓を腹からぶら下げ、全身に突き刺さった針は痛々しいまでの有様だ。
身構える銀髪の娘。マーメイドが庇うように前に出る。
歯茎までむき出しにして、迫るアドラメレクが吠え猛る。
「たかがマーメイド、どれだけ背伸びしてもアタシに勝てるものか! せめて貴様を喰らって、それで……」
「バカねアンタ」
「?」
「その娘、あたしらの中で最強なんだわ」
巫女服の娘がいった直後。
悪魔達を最初に蹂躙した冷気が、円筒形にアドラメレクを下から襲っていた。それは一瞬でアドラメレクそのものを粉砕して、首から上だけを残していた。転がるアドラメレクの首。
「こ、これは……太陽そのものを否定する……暗い……冷気の時代の理……!?」
「ごめんなさい。 でも貴方に食べられるわけにはいかないの。 それに、私が用があるのは、貴方じゃないの」
「わ、わけが分からない事を……。 か、からだが凍って……これでは再生も……転生すらも……あ、アタシはバアルにも……太陽神にも戻れず滅ぶ……のか」
残っていたアドラメレクの頭が凍り付き、そして砕けていた。
悲しそうにマーメイドがその有様を見つめる。
志村は生唾を飲み込んでいた。
志村の側で平然としていたのは銀髪の娘だけ。或いは、それに憑いている存在だけかも知れなかった。
※堕天使アドラメレクについて
一神教らしい雑多な設定のつめあわせ悪魔ですね。地獄の議長だとかサタンの衣装係だとか。なんで議長が衣装係しとるねん。
ちなみにこいつは話の中で解説しているように、どうも中東の古代神格の一角、それも太陽神だったようです。原作で火焔のエキスパートであり、固有技まで持っているのもそれが理由でしょうね。バアルというと一つの神のように思われがちなんですが、元々は日本で言う「神様」くらいの、神への呼び名でもありました。それはそれとして最高神としてのバアルもいるのでややこしくはありますが。その多神教の思想を一神教に無理矢理当てはめて、しかも貶めようとしたから、バアル由来の堕天使がわんさかいるわけですね。
此奴は真ⅣFの主人公ナナシくんの因縁の敵です。冒頭で、ナナシ君のお師匠さんをあっさり殺戮し、ナナシ君がわるいおじさん(でもいがいと面倒見はいい)に粘着されるきっかけを作ったりしています。真Ⅴ、真ⅤⅤでも登場していますが、此奴に荷担する事を喜ぶヨーコさんは幾らロウ勢力憎しとはいえちょっと正気を疑いますね……
本作では見ての通りこれで出番おしまいです。
こうしてナナシ君が悪い大人に騙されるフラグが折れました。ああ、ナナシ君がパワーアップ出来ない訳ではないのでご心配なく。
感想評価などよろしくお願いいたします。励みになります。