ミノタウルスを退けたフリン達は奈落の更に地下に進みますが……
そこは明らかに違う文明の地。
そしてターミナルが姿を見せます。
いよいよケガレビトの里こと、東京にサムライが近付いています。
序、不可解な洞窟
ミノタウルスが守っていた広間を抜けて、更に進むと、露骨に空気が変わった。
明らかに洞窟ではなくなっている。
完全に人工物だ。
しかもこれは、見た事がない技術である。
触れてみるけれど、石でも土でもない。彼方此方に魔法の言葉で、危険だとか、工事中だとか書かれている。
戦闘の跡も残されている。
そして、道は螺旋状にくねりながら、下へ下へと続いていた。
僕達が休んでいる間に、他の班が下を見に行ったらしいのだが、悪魔が強力だと言う事もあって引き返してきたらしい。
たしかにミノタウルスほどの気配ではないものの、明らかに空気がそれまでの奈落とは違う。
奈落最深層は、ミノタウルスがいた場所ではなかったのだ。
この下にはミノタウルス以上の悪魔がたくさんいる。
そうミノタウルスは倒れる前に言っていた。
僕は気を張り詰めながら、一歩ずつ行く。ヨナタンも多数の天使を周囲に展開しながら歩いていた。天使は翼を持ち空を飛んでいることもある。周囲を立体的に防御出来るのが大きい。
ミノタウルスを倒して更に力がついた結果、皆の手持ちの悪魔も更に強くなっている。特にヨナタンは、更に上位の天使を呼び出すことに成功している。
天使アークエンジェルの更に上。
階級としては下級一位のプリンシパティ。
アークエンジェルほどの武闘派には見えないが、その代わり光の魔術と回復の魔術に長けている。
このプリンシパティ三体を主軸に、ヨナタンの悪魔が立体的な防御陣を敷いてくれているため、奇襲を防げるのは大きい。
ただし、それも広い場所ではだ。
それにマグネタイトの消耗も大きい。
悪魔を倒しながら進んでいるが、マグネタイトはこれだと幾らでも必要だなと、ワルターがぼやく。
僕も同意見だ。
螺旋にくねっていた道を抜ける。途中たくさんの遺物があった。
これらは、出来るだけ持ち帰るようにとお達しが出ている。
直接の指示を出したのは、あの冷徹そうな目をしたギャビーという司祭だか司教だからしいのだけれども。
実際に指揮を取っているのは、ギャビーが抜擢したらしい、俗物そのものの男性司祭である。
元はもっと下級の司祭だかだったらしいのだが。
ギャビーが抜擢した結果、かなり偉い地位についたそうだ。
なんであんな奴を。
そういう声が、サムライ達の間からも上がっていたが、僕にはなんとなく見当がついていた。
ウーゴとかいう名前のギャビーの腰巾着だが。
あいつ、頭が切れるのだ。
ギャビーというあの人、多分ただの人間では無さそうなのだが。人間を純粋に能力だけで見ている節がある。
ウーゴという奴、前に少し話しているのをみたけれど、理路整然と喋っていて、態度と裏腹に頭が切れるのが一発で分かった。
多分これらの遺物も、意味があるものなのだろう。
回収は出来るだけしながら進む。イザボーが、ため息をついた。
「何に使うものかすら分かりませんわね。 武器かしら」
「此方は信じられない程精密にできている細工物だ。 一体どれほどの技術があれば作り出せるのだろう」
「一生剣や槍だけ作っている鍛冶師には絶対に無理だな」
「それは同感だけれど、そういう人達の腕が僕達の生命線だってことも忘れたら駄目だよ」
ワルターが冗談めかしていうので、釘を刺しておく。
実際ミノタウルスに勝てたのも、支給された武器の性能もある。
牙の槍の破壊力はミノタウルスとの戦いでも、その後でも発揮され続けている。狭い所に入ると、人間の力が純粋に試されるからなおさらだ。
狭い通路の奥には、幾つかちいさな部屋みたいになっている所がある。
其処に素材も分からない机があって、其処に置かれているものを見つける。古びた手帳だ。
魔法の文字で書かれているが、これは本当に人間が書いたものか。もの凄く丁寧で、字に乱れがない。
僕とワルターが見張り、ヨナタンとイザボーが解析する。
「何々、2026年、……よく分からない単語が続いている。 ええと、ようやく勝負に出る事ができた。 悪魔討伐隊……でいいのかな。 悪魔討伐隊は大きな被害を出したが、ついにスカイタワー……固有名詞だろうか。 それを制圧し、上にある世界を目指して、生き残った土建経験者を集め、悪魔を退けながら掘削を開始した。 マサカド公……誰だろうか。 マサカド公が守ってくれた地盤を削るのは心苦しいが……この先に、恐らくは天使達が攻めこんできた際の拠点がある……?」
「天使だあ?」
「天使がいるのは周知でしょう。 事実ヨナタンが従えているのだから」
「どういうことだ。 ケガレビトの里には、先に俺たちの国……東のミカド国が攻めこんだのか?」
分からない。
ただ僕は警戒を続ける。
ヨナタンが、手記を更に解読する。
「ツギハギは顔の手術が終わったばかりで、酷い状態なのに、必死に戦ってくれている。 昨日は魔王が攻めてきたのを、アキラと退けてくれた。 フジワラは先行偵察を頑張ってくれているが、毎日大きな被害が出ている。 東京?は地獄だ。 早くこれを収束させるためにも、天使も悪魔も全て倒さないと。 だが……が強大な悪魔を手に入れたらしくて、麓で暴れている。 このままだと、東京は奴らに牛耳られてしまう?」
「どうやらケガレビトも一枚岩ではないようですわね」
「そのようだ。 周囲はどうだ」
「一応問題はないぜ。 この辺りの悪魔はかなり仕留めたからな。 だが下が悪魔の巣窟だとすると、幾らでも湧いて出てくるんじゃねえのかな」
その可能性が高そうだ。
一度戻って、回収したよく分からないものは、全て寺院に納める。寺院にいたウーゴは、サムライには居丈高に接してくるが。
見せた発掘品には、目を輝かせて飛びついていた。
一応手記も渡しておく。
「素晴らしい。 戦う事しか能がないサムライの割りには出来るじゃないですか。 そのままどんどん珍しいものを集めてきなさい」
「……こいつ殴ってもいいか?」
「ひいっ!」
「ワルター、駄目だよ。 まああんまり五月蠅かったら、自分でも気付けないうちに首が胴体から離れてるかもねこの人」
そのまま後ろに倒れて気絶するウーゴ。
僕も本気でやるつもりはない。
ただ、ワルターが殴ったら普通に死んでしまうだろうし、ちゃんと抑えは効かせておかなければならなかったけど。
休憩を入れてから、すぐに探索に戻る。
サムライ衆も東のミカド国全域で活動を続けて、サバトに対策しているようだ。キチジョージ村のような地獄絵図は起きてはいないが、やはり人が悪魔化する事件はたびたび起きているようである。
それの糸をあの黒いサムライ……恐らくはリリスが引いているのだとしたら。
早く倒さなければならないのだ。
やはり地下から悪魔が湧いてきているらしく、奈落は混乱している。
ミノタウルスの間までホープ隊長が降りて来ていて、何かしらの協議をしていた。強力なガーディアンを配置するべきだろうか、というような意見の交換のようである。
僕はまだ混じる資格はない。
一礼だけして、さっさと奥へ行く。
ホープ隊長も目礼だけして、僕らを送ってくれた。
地下へ地下へ。
更に地下に深く潜る。
途中で現れる悪魔を、バロウズがいちいち解説してくれる。どれも個性的な悪魔だが、確実に強くなってきている。
ただ、野良では絶対に天使が出無い事に気付く。
堕天使はかなりの数がいるのに。
手記があった地点まで降りた。バロウズが警告してくる。
「マスター。 其処の扉の奥よ」
「ん」
言われたまま、入ってみる。悪魔の気配とバロウズは言わなかった。それは、有益なものがあるという意味だ。
バロウズの性格は、話していて分かってきた。
そういえばバロウズは、僕以外の相手と話すときは、その相手に相応しい口調などを選択しているようである。
この辺りは円滑な持ち主とのやりとりをするため、だろうか。
いずれにしても、バロウズが賢いので、僕は随分助けられているが。
足を踏み入れた先は、あの巨大なドームだ。
真ん中にある装置に手を伸ばすと、バロウズが分からない言葉を言い出す。
「スキャン開始。 経路はほぼ封鎖済。 彼方此方に電子ロックがかかっているわ。 これでは殆どの地点に空間転移移動は出来ないわね」
「何の話?」
「マスター、皆にも登録をして貰って。 これは簡単に言うと、別の空間に一瞬で移動出来る装置よ。 名前はターミナル。 ただし、現時点では東のミカド国のターミナルにしかいけないわ。 また、他のサムライ達も、自力でここまで来て、登録する必要があるの」
「空間を移動する? いや、悪魔の使う魔術を見る限り、不可能ではないのだろうが……」
「面白そうだ。 やってみてくれ」
こう言うときはワルターがノリノリだ。
僕もそれに賛同する。
バロウズが僕の不利益になる事を言った試しが無い。だから、純粋に興味がある事だし乗って見るのだ。
「では、東のミカド国王城内ターミナルへ移動するわよ」
頷く。
実際、此処まで一気に降りてこられるなら大変に楽ちんだ。
ぎゅんと、凄まじい音がした。
そして天地がひっくり返るような感覚とともに、実際に空に放り上げられていた。
僕はとっさに反転して着地。
受け身を失敗しそうなイザボーをいわゆるお姫様だっこで助ける。後方で落ちたワルターとヨナタンは、どうにか受け身は取れたようだ。
「おいおい、空中に放り出しやがって!」
「システムの一部が不完全なの。 今後も転移は空中に放り出されるから、気を付けて」
「それは皆のガントレットにいる君に共有してくれたまえ。 下手をすると死人が出るぞ」
「分かったわ」
ヨナタンが頭を振りながら立ち上がる。
ワルターはガタイがいい分、落下した後の衝撃も強烈だったようで、早く言ってくれよとぶつぶつ呟いていた。
ターミナルから出ると、丁度奈落から戻って来たホープ隊長と鉢合わせる。
驚いた様子だ。まあ当然だろう。
経緯を話しておく。
バロウズを経由して、このターミナルというものについての使い方なども共有。頷くと、ホープ隊長は早速第一分隊の精鋭とともに、下のターミナルと目指す、ということだった。
実際問題、奈落経由で悪魔が上がって来ているのなら、中継地点は多い方がいいに決まっている。
更に言うとターミナルの周辺は色々な部屋があって、多数の遺物もあった。
要するに、発掘した後、あの螺旋状の通路をえっちら登って戻らなくて良いのは、利便性だけではない。
帰路で疲弊するのを避けられるし。
帰路で悪魔に奇襲されるのも防げる。
問題は、このターミナルを悪魔に使われる危険性だが。
バロウズがそれについては説明してくれる。
「悪魔は本来、こういった機械にとっては天敵に近い相手なの。 電子機器の防護なんて、紙同然に突き破られてしまうのよ」
「ええと、それは」
「本来だったら極めて危険だったでしょうね。 でもこれは、恐らく悪魔召喚プログラムを作った人間と同一人物が理論を手がけているわ。 封鎖されている他のターミナルも、恐らく悪魔が物理的に抑えている。 それを開放すれば、その地点まで一瞬で飛ぶ事ができる筈よ」
「良くわからねえが、それは便利だな。 空中に放り出されるのだけは面倒だけどよ」
ヨナタンがそうだなと、ワルターに同意している。
イザボーも次からは自力で対応すると僕に言う。まあ僕も、毎度ガタイが僕よりいい相手をお姫様抱っこ着地は難しいし、それでいい。
他にも幾つかの説明を受ける。
大量の物資を抱えてターミナルを跳ぶのは危険で、着地時に破損したり、質量が多すぎると一部を正常に輸送できない可能性が高い。
要するに大軍を一度にターミナルを越えて送り込めない、ということだ。
「精々十数人を同時に跳ばすのが限界でしょうね。 あまりにも大量の荷物を運ぶのは、控えた方が賢明よ」
「了解。 じゃあ、一度補給を……と、今日は切り上げよう」
残念ながらもう日が暮れる。
皆体力がついてきているとはいえ、体内時計を狂わせると色々と面倒だ。手を叩いて、今日は解散とする。
隊舎で僕は牙の槍を手入れする。
イザボーが様子を見に来たが、牙の槍の刃を丁寧に研いでいるのを見て、呆れていた。
「まるで色気がありませんわね……」
「僕の場合世界一それと縁がないと思う。 それでどうしたの?」
「……あの手記の内容を覚えているのですけれども。 ああいうものがあるということは、恐らくそう遠くない先にケガレビトの里がありますわ」
「確かに」
それはそうだ。
顔を上げると、イザボーを見る。
若干不安があるようだった。
「あの黒いサムライが全てを支配している土地だったら、多くの無辜の民を手に掛ける事になるかも知れないですわね。 気が進みませんけれど」
「そうならないようにしよう。 それに、悪魔が溢れている土地だったら、悪魔に人々が虐げられている可能性の方が高い」
「そうですわね。 ええ、そう信じましょう」
勿論僕だって、ケガレビトなんて相手を呼んでいる時点で、和解が難しい事も。僕らを歓迎してくれるとは限らない事だって分かっている。
ただ、僕らが普通に使っている魔法の言葉が通じるという時点で、希望はある。
言葉が通じてもわかり合えない相手なんて幾らでもいるけれど。少なくともゼロではないのだから。
それと、末の子について話をしておく。
力が欲しいと末の子は願っていた。
やはり、何度考えてもリリスの所業を許せないらしい。
だけれども、他の悪魔との合体は避けて欲しいというのだ。自分の力で決着をつけたいと。
悪魔の中には、強くなると上位の存在や、より高位の存在に変貌する者がいる。
ヨナタンが連れている天使が顕著で、強くなると順番に階位が上がって行くようなのである。
天使は九階級に別れていて、上級中級下級、それぞれに一位から三位までいる。
ヨナタンの現時点での主力天使は下級二位のアークエンジェル。これが強くなった結果転化したのが、今ヨナタンの手持ち最強の下級一位プリンシパティだ。また、雑多な下級三位の天使エンジェルも、何度もアークエンジェルに転化しているようだ。
リリムも、いずれは何かしらの悪魔に変わるのかも知れない。
「あのリリムは、戦う事を選んだ。 だから、僕は見届けてあげようと思う」
「心の底では許せていないのではありませんの?」
「……正直そうだね。 だけれども、それでも戦う事を選び、多くの人が助かる切っ掛けを作ってくれたのも事実なんだ。 だから信じる努力をしたい」
「立派ですわ。 それこそサムライの考えですわね」
ありがとうと礼を言うと。
後は武器の手入れに集中するからと言って、イザボーに帰ってもらった。
丁寧に刃を磨き上げる。
数多のサムライを退けたあのミノタウルスに届いたのは、僕だけの力じゃないのだから。
適当な所で切り上げる。
武器の手入れの仕方は、引退サムライ達に教わった。
牙の槍の状態は、ばっちり整えられたはずだ。
明日も活躍して貰う。
それでも、分かっている。
牙の槍が、何処まで通じるか分からない。
僕だって、とんぼちゃんと一緒だったら、どんな悪魔にだって勝てると思っていた。その考えはとんぼちゃんと一緒に打ち砕かれた。
牙の槍だって無敵ではないはずだ。
だから、牙の槍を過信するのではなくて。
僕自身も腕を上げなければならないし。
戦いに備えて、体調を最高の状態に整えなければならない。
睡眠は必要だ。
幸い僕は。
睡眠をしっかり制御出来る方で。一度寝ると決めたら、朝までぐっすり眠れるのだった。
早朝。
多少眠そうにしているワルターを除くと、体調は皆万全だ。
ワルターも、顔を洗ってくると言って、すぐに戻ってきた。すっきりした顔である。
そして、ターミナルを用いて、奈落の深部に出向く。
空中に放り出されるのは分かっているから、それについては気を付ける。傷薬なども破損させないように、リュックに考えて詰めてある。
よし、着地ばっちり。
イザボーも今度は不意打ちではなかったから、華麗に着地を決めていた。ヨナタンはまだちょっと苦手そうだが。ワルターは二度目でばっちりの着地である。
「優等生のヨナタンも、これは苦手みたいだね」
「む、それは認めざるをえない」
「大丈夫、すぐに慣れるさ」
「ありがとう」
ワルターとヨナタンは相性が悪そうだったが、こういうところでは意外と仲良しである。
僕も安心すると、気合いを入れる。
この先には、ミノタウルスより強い悪魔がいてもおかしくない。
それを常に、肝に銘じなければならなかった。