銀座。
現在、東京を三分する人間の……形式的には人間の組織。ガイア教団の本拠が置かれている土地である。
昔は成金という言葉の権化のような連中が作った街として知られていた。そもそも銀座というのは、貨幣に用いられた銀を鋳造する場所であったから名付けられた土地名であった。要するに此処が、江戸幕府における貨幣の出所であったのだ。
江戸幕府は経済は大阪などの関西圏が強かったものの、権力としてはどうしても関東が圧倒的だった。
そんな江戸幕府の公認した貨幣制度の膝元。
それが銀座だったと言う事だ。
この土地では、大戦の時に将門公が目覚めて。東京を守るために天蓋を作ったという事もあり。
今銀座の中央にある将門公の残骸である大岩には、行き交うガイア教徒達だけではなく、他の人間も礼をしている。
とにかく赤子が生き残るのは非常に難しい時代だと言う事もある。
「戦前」からまだ生き延びている者は多く。
東京が守られる瞬間を見た者もまた、多いのだ。
ガイア教徒は形式的には修行僧のような格好をしているが、基本的に欲望と力を全肯定する組織であるため、仏教徒というよりは原始仏教である密教の信者に思想が近い。性的信仰と仏教を結びつけた極北とも言える真言立川流などもそうなのだが、仏教は印度北部や東南アジア、中央アジアの原始的な土着信仰と結びつく過程で、性信仰を一部に取り込んだ歴史がある。それが空海が日本に持ち込んだ密教である。
ガイア教徒は、そんな密教思想の更に先鋭化した存在。
そう言っても良いだろう。
銀座の中央には巨大な建物が作られているが、これは戦後に建てられたものだ。内部は魔術的な結界が張られ。
今、その深奥に。
数名の人間が集まっていた。
二人は双子の老婆だ。しかも正座して浮いている。人間離れしているが、他のガイア教徒が怖れている様子はない。
上座に傅いているのは、ガイア教徒の精鋭達だ。
下手な軍隊よりも鍛え上げられていて、強い悪魔も従えている。
実際縄張りを作り人間を虐げてきた悪魔を、実力で排除してきた者達だ。
だが同時に弱者にはぞっとするほど冷たい思想も持ち合わせていて。
例えば女性のガイア教徒もいるが。
生まれた子供が弱かったら、自分の手で使役している悪魔に食わせてしまうような面も持っていた。
老婆二人が声を張り上げる。
「ユリコ様がお戻りである」
「控えよ」
ざっと、傅いていた者達が、ひれ伏した。
老婆二人の背後の上座。
護摩段が照らしている其処に。
黒い何かを着込んだ女が、ふっと姿を見せる。そう、ユリコである。わざわざ元からいたのを、誰も見ていないのにこんな大げさにやってみせる。
馬鹿馬鹿しい演出だ。
そうユリコ自身は思った。
現在ガイア教団の指揮を「任されている」ユリコだが、自身の行動を別に正しいと思っている訳でもない。
人間の強みを全部捨て、カビが生えた優性思想に首根っこを掴まれているこんな組織の面倒を見るのは、正直うんざりなのだが。
これも上役からの指示だ。
自身の子供らにさえ怖れられているユリコだが。
それも、舐められたら終わりの業界でやっていくためである。
被っている兜をとる。
美しい女性の顔が露出する。
ひれ伏しているガイア教徒。此方に背中を見せている最高幹部の老婆二人も、その顔は見えないが。
別にどうでも良かった。
この顔自体、皮肉で作った作り物であるのだし。
「状況を確認する。 私が留守にしていた間の出来事をまとめよ」
「ははっ。 池袋にて、西王母がますます伸張。 池袋全域を炎の結界で囲み、誰も逃れられぬようにして、元いた住民を貪り喰っております」
「元々意志薄弱にて、支配していた阿修羅会に媚を売り、西王母が来たら即座に乗り換えたような連中です。 自力で逃れるのは不可能でありましょう」
音もなく振り返った、宙に浮いて正座している双子の老婆がひれ伏したままそう言う。
此奴らのが余程妖怪じみているが。
ただ有能だ。
ガイア教団を回すには、有能である事が一番である。
ちなみにこの二人は悪魔ではない。
非常に強力な超能力者で、しかもこの年まで一切衰えていない。体内のがん細胞まで超能力で排除しているほどであり、実年齢は実に130歳を越えていた。古くからガイア教団の幹部だった存在で、何度も姿を変えているユリコを、古くから知っている存在でもあるのだ。
まあ、流石にそれでも限界はあって、今ではしわしわの老婆だが。60くらいまでは、30くらいの姿を保っていた。
ここ数年で流石に姿を中心に衰えが出始めたこともある。超能力が衰え始めるのも時間の問題かも知れない。
其処で今は熱心に後継者を育てているようだった。
「阿修羅会は」
「人外ハンター教会に現れたよく分からぬ者どもの猛攻にあって次々と手駒を喪失しているようです。 例の塔を守っていた守護者達まで駆りだした挙げ句に失っており、各地では阿修羅会に反発した者達が、一斉に反旗を翻し始めている有様で」
「ほう……面白いな」
「愚かしい連中故、自滅もやむなしでありましょう」
ひょひょひょと笑う老婆二人。
正直此奴らガイア教団も大した存在ではないのだが。それは口にしない約束だ。
しばし考えてから、ユリコは指示を出していた。
「カガ」
「はっ!」
立ち上がったのは、逞しい女性のガイア教徒だ。精悍な顔立ちで、長く髪を伸ばしている。それは髪が長くても、戦闘で邪魔にならない事を意味していた。
カガはガイア教団の中ではかなり期待されている戦士であり、だが狂信的なガイア教徒でもあった。
今まで子を産んでいないが、この時代では現実的に育てられないからだと口にしている。
年齢的には二十代半ばで、肉体的にも円熟期である。
「池袋の威力偵察を開始せよ。 道教系の神格が集まって来ているようなら、結界に無理に立ち入らなくても良い。 周辺を回って、狩れ。 見た所、池袋の外部で西王母は力を発揮できぬ。 奴の手駒を削り取れ」
「承知!」
「ミイ、ケイ」
「ははーっ!」
双子の老婆が顔を上げる。
此奴らにも秘蔵っ子を出させるか。
「例の秘蔵っ子を実戦投入せよ。 池袋にはどうせまだ立ち入れぬ。 だがそろそろ悪魔を相手に実戦を経験させても良いだろう。 池袋周辺の悪魔を狩らせて仕上がりの様子を見よ」
「分かりました。 今までも雑魚は狩らせていましたが」
「今回が本当の意味での初陣となりまする」
頷くと、ユリコは皆をさがらせる。
さて、と。
上で遭遇したあの若いサムライ。フリンと言ったな。
恐らく全力でユリコを殺しに来るはずだ。
あれは強かった。まだ発展途上だったが、みなぎるような凄まじい潜在能力を感じ取ることが出来た。
あれはひょっとすると、ユリコらの宿願。
四文字たる神を撃ち倒すための存在になりうるかもしれない。
そのためだったら、ユリコが倒されるくらいはどうでもいいし。
いっそのこと、首くらいは差し出してやる。
ただ、それには幾つもの手順が必要だ。
考えを巡らせる。
幾つか、手を打つ必要がありそうだな。
そうユリコは思った。
(続)
五章は此処までです。
女神転生で不思議なのはガイア教徒の修行僧スタイルですよね……
とはいっても、仏教には密教という原始信仰を取り込んだ派閥があるので(空海によって日本に持ち込まれた思想です)、そっち方面主体であれば確かにその格好もありとは言えます。本来は欲望暴力全肯定のガイア教徒とは禁欲自律という点では性格が真逆ですが、東南アジアや中央アジアを通る過程で軍神の役割を果たす一部の天部や明王の信仰が勃興したこともあり、まあギリギリありでしょう。
そんなガイア教徒を支配しているユリコことリリスさん。
展開が変わっていることもあり、リリスさんも少し違う動きを見せたりします。
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