原作では起こりえなかった人質交換です。
人外ハンター協会側がとにかく阿修羅会に対して弱腰だったこともあって、奴らにいいように赤玉にされていた人は誰も助けられませんでしたが(「加工現場」でも原作だと何もできませんし……)。本作では状況がかなり好転しているため、ついに救出作戦が実施されます。阿修羅会との人質交換という形で。
しかしながら、それを見て、何か企んでいる影も……
指定された位置に、乱暴にコンテナが横付けされる。
志村は狙撃班として定位置に。実際に人質を受け取りに行くのは幻魔ゴエモンと、人間に慣れている友好的な悪魔数体だ。
阿修羅会は明らかに下っ端が来ていて、ゴエモンに対して威嚇の声を張り上げる。
「何じゃワレェ! 人間が来てやってるのに、悪魔なんか出しよってどういうつもりじゃボケェ!」
「いてこますぞダボがァ!」
「黙れ」
ゴエモンは何もしていない様に見えただろうが。
がなり立てていた阿修羅会のチンピラ1が吹っ飛んで瓦礫の中で黙る。まあそうだろうな。
ゴエモンは軽くデコピンしただけだが、チンピラが視認できる速度ではなかったのだ。
さて、まずは確認からだ。
今回は地獄老人がどうにかして作りあげた遠隔確認装置を用いる。ドローンとカメラ。それに検査装置を組み合わせたものだ。
ゴエモンを使うのは、当然自爆などをしてくる可能性があるから。
この世の悪を煮詰めたような輩だ。
タヤマは小物だが、タヤマをいいように操っている可能性が高いあのアベという男はわからない。
コンテナを開けるゴエモン。
ゴエモンもイヤホンをつけていて、通信は共有されている。
阿修羅会のチンピラ共は、側にいる悪魔が監視している。恐ろしい姿の巨人で、側に立つだけで阿修羅会のチンピラが萎縮するのが一目で分かった。ただ、あれが阿修羅会の本命戦力ではない可能性が高い。
だから志村の責任は重い。
「此方狙撃班B」
「どうした」
「飛行物体飛来。 悪魔ではありません」
「警戒。 コンテナには絶対に近付かせるな」
小沢が率いる別狙撃班から連絡。
同時に通信が入る。
「コンテナ内に人間確認。 子供二十三、大人十四。 全員意識なし」
「生命反応、爆弾などの有無を確認」
「この装置をかざせば良いのだな」
「うむ、一人ずつ試してくれ」
今回の人質交換については、此方に有利な地点でのものとなっている。コンテナはガソリン車であり、良く動かせたものだと感心してしまうが。いずれにしても、内部について徹底的に確認する。
確認し次第、一人ずつ運び出していく。
運び出すのはこれも訓練された悪魔が行う。
一人ずつ別室に移し、爆弾などの危険がないと判明してから、丁寧に身体検査をしていくのだ。
この全員が、口減らしに阿修羅会に売り払われた存在だと思うと、怒りで震えるほどだが。
問題は全員とは限らない事で、異物が混じっている可能性があるということ。
だから慎重にやらなければならないのだ。
それに体に爆弾が仕掛けられていなくても、毒物が仕掛けられている可能性も高いのである。
運び出した人質は、側にある内部を制圧しているビルの一室にそれぞれ運ぶ。その後、丁寧に聴取と検査をする。
半分ほど運び出した時点で、狙撃班Bが声を張り上げていた。
「飛来物接近! ドローンです!」
「撃墜許可」
「了解」
狙撃銃で、ドローンが撃ち抜かれる。同時に大爆発が起きる。
爆発と同時に、ゴエモンが剣を抜いたのが分かった。倒れていた人質の一人が、膨れあがって悪魔になったのだ。
ゴエモンが即座に斬りかかるが、その一撃を受け止める悪魔。膨れあがる肉の中、飛び出した狛犬が、側に倒れている人間を咥えて、即座にコンテナを飛び出す。だが、それらの救出した人質に、罠が仕込まれている可能性は高い。
「救出急げ! ゴエモン、勝てそうか!?」
「問題ない」
「ちょ、どういうことだよ!」
「俺たちは何も……」
人質を助け出す。だが、混乱の中で助け出す人質は、別のビルに移す。この混乱の中で、スパイを送り込んでくる可能性はあるし、最初から想定されていたことだ。既に念入りに準備が行われ、作戦は練られている。
阿修羅会を見張っていた巨人が、唸りながらチンピラを全員抑え込んだ。最後の人質をコンテナから助け出した瞬間、コンテナが爆発したのだ。悪魔がゴエモンを巻き込んで自爆したのである。
通信ノイズ。
同時に、志村は身を隠していた。狙撃だ。
「くそっ! 此処まで強硬な手段に出るとは!」
「想定の範囲内だ。 各自冷静に迎撃せよ」
「現地班!」
「ゴエモンは駄目だな。 ツニート!」
唸り声。巨人の声。無事だ。傷ついてはいるが。
ツニートというのはフジワラの手持ちの悪魔の一体で、イヌイットの伝承に残る心優しい巨人だ。種族は魔神だが、それほど高位の悪魔ではない。見かけは恐ろしいが、人間に友好的で。力は強いが戦闘には向いていない。
あの一瞬、ツニートは阿修羅会のチンピラを守ったのか。
そう思うと、少し複雑な気分になる。
「狙撃手確認」
「!」
声は秀のものだ。
今回秀にはスコープを渡してある。使い方を教えた上でだ。
秀が発見した相手の位置を指定されるが、即座に確認してえっと声が出る。狙撃者は、人間じゃない。
狙撃はかなり高度な戦術で、悪魔に教え込むのは至難だ。
とにかく、狙撃してきたのは、背が高い悪魔。恐らくは堕天使だろう。此方に気付くと、ふっと笑って姿を消す。
ボロボロになったツニートが、倒れたままの阿修羅会の者を抱えて、安全圏に離れる。警戒続行。
志村は周囲のクリアリング開始。
これではまだ医療班は近づけられない。だが、時間がない。
霊夢が降りたって、それで医療班の護衛につく。やっとこれで話を進められる。此処からは時間の勝負だ。
二十分ほどで連絡が来る。
阿修羅会が、これは自分達の仕業ではないとがなり立てているらしい。タヤマが緊急で通信を送ってきたというのだ。
「俺としても下っ端を更に捕らえさせる訳にもいかない! そんな事をすると思うのか!」
そうタヤマは喚いたらしいが、確かに一考の余地はある。
嘘しか無い世界で生きている反社のタヤマだが、これは余りにも利がなさすぎるのである。
実際、現場に来た阿修羅会の連中も、何が何だかという顔をしていたし。
安全圏にツニートに運ばれて意識を取り戻した後、見捨てられて使い捨ての駒にされたのだと思い込んで、真っ青になって泣き出す奴までいたようだ。
いずれにしても、これ以上返せる人間はいないし。
攻撃は控えてくれと、タヤマが困惑気味に言う。
しかし、誰の仕業だ。
人外ハンターは一枚岩ではないとはいえ、内部にこんな事をやる奴がいるとも思えないのだが。
内通者を使って、タヤマ以外の人間……例えばアベとかが、これをやらせたか。
いや、しかしドローン兵器は大戦の時に悪魔に片っ端から叩き落とされたこともあり、今では超がつく貴重品だ。残りも悪魔に汚染されている可能性が高い。
いずれにしても、話し合いはフジワラに任せるしかない。
周囲のクリアリングが完了。秀も周りを見回って、敵性体はいないと言ってくれた。一人ずつ、心を読める悪魔が接して、スパイがいないか、回収した人質を確認していく。その過程で、芳しくない報告が上がって来ていた。
「霊夢よ」
「何かありましたか」
「これ、霊的な洗脳を受けているわね。 いや、少し違うか。 全員頭を空っぽにされているというか……。 大人が子供同然になっていて、言葉も要領を得ない。 子供もまるで赤ん坊みたいにされて……それで感情だけは異常に出るようになっているわ」
「何をしたんだ阿修羅会の連中は」
赤玉に人間を加工していることは分かっている。そう以前どや顔でほざいていた阿修羅会の関係者を見つけて、尋問して吐かせた。そいつは後で消されたらしく、それが事実なのはほぼ確定である。
むしろまともな状態の人質がおかしいのか。
ともかく、丁寧に確認していく。
志村はクリアリング続行。
嫌な報告が来ていた。
「いいかしら」
規格外マーメイドの声だ。今回の作戦は非常に大きなものだったので、シェルターには彼女だけ守りに残って貰っている。地獄老人もいるにはいるが、あの御仁は現時点では戦力にはならない。
マーメイドによると、シェルターを伺っている堕天使が数体。
いずれも雑魚ではないという。
「今は此処を離れられない。 どうすればいいかしら」
「すまないが、守りに徹して欲しい。 回収を済ませるまでは、厳戒態勢を続行だ」
「いえっさー、で良いのかしら」
「貴方には協力して貰っている立場だ。 だからもっとフランクでかまわない」
フジワラもかなり焦っているようだ。
ふと、志村は気付く。
この件、もしも人外ハンターの反発している派閥の行動でも阿修羅会の内ゲバでもないのだとすると。
ずっと静かにしていたもう一つの勢力が思い浮かぶ。
ガイア教団。
しかし、ガイア教団に、こんな事をして何の得があるのかがよく分からない。ガイア教団は現時点で中立の立場であり、阿修羅会を徹底的に軽蔑している節はあるが、特に敵対を考えてはいないようなのだ。人外ハンターに対しても、金を渡せば普通に商売をしてくるし、力を示せば銀座どころか本殿に入れてくれるくらいのフランクな組織である。こんな陰湿な行動を取るだろうか。
装甲バスが来た。
秀がついて、順次救出した人間の内、シロと判断した者を輸送して行く。手間取っているのは、あの結界術のスペシャリストにて、神降ろしの専門家である霊夢ですら、人質の状態が良く分からないから、らしい。
報告が入る。
ゴエモンからだった。
マグネタイトをつぎ込んで復活させたらしい。まだ声が弱々しいが、はっきりした証言をしてくれる。
「爆発した人質は、明らかに外部から悪魔が入り込んだ様子であった。 空っぽの器にされた人間であったから、憑依しやすかったのだろう」
「なんと非道な……」
「すまんなわしの検査装置が役に立たなくて。 近代科学で解明されていない分野の場合はわしの専門外であるものでな。 それにしても、そうなると偶然に悪魔が憑依とやらをしたのか?」
「いや、あのコンテナは稚拙ではあるが対魔処理がされていた。 だとすると、仮に憑依するにしても下級ではない。 高位の悪魔が、狙って憑依したのだ」
自爆した悪魔は、或いは狙撃してきた悪魔の分霊体か何かか。
装甲バスがまた行く。
霊夢から、追っての通信。
「身体検査の結果、体内に通信装置や盗聴装置が埋め込まれていた人間が数名。 その場で医療班が切除したわ」
「やはりか。 外道が……」
「今はそれよりも、出来るだけ急いでこの場を離れた方が良いでしょうね」
霊夢が言う。
桁外れの悪意の臭いがすると。
霊夢の勘は暴力的に当たるらしく、これは本来の巫女としての能力であるらしい。
近くに捕まえたままの阿修羅会は確保してある。此奴らに何かあった場合も、それはそれで厄介だ。
阿修羅会の連中が、わんさか車やらバイクやらでやってくる。まだ動く車はあっても、ガソリンは稀少なのに。
ぎゃいぎゃい喚いているそれらを、ツニートが唸って威圧する。
ともかくこのままだと本格的な衝突に発展しかねないだろう。
いきなり銃声。
空に向けて発砲した奴がいる。
阿修羅会の連中が黙り込む。
あれは、アベだ。
「黙れお前達、此処を無意味に鉄火場にしたいか! ……此方アベ。 現場に到着。 フジワラさん、聞いておられますか」
「聞いている。 今回の件、何が起きているのか説明して欲しいくらいなのだがね」
「此方もです。 此方は人質を返しました。 無事な人間はほぼ全員。 赤玉を作る事の是非については申し訳ありませんが、話が平行線になるでしょう。 ただ、此方は筋を通しました。 此方としても、人質をお返し願いたく」
「……このまま其処でにらみ合っていても埒があかないのは同意する。 今、最後の検査をしている者達を運び出す準備をしている。 ああそうそう、君達が仕込んでくれた発信器や盗聴装置は取りだしておいたよ」
それも覚えがないとアベは言う。
まあ、此奴も反社の人間だ。何処まで言う事が信じられるかはわからない。
しばしの沈黙の後、霊夢が言う。
「ふうん、なるほどね……」
「どうしました」
「側で見て確認できたわ。 あのアベって奴、悪魔よ。 かなり上手に擬態しているけれどね。 それも下位の奴じゃないわね。 最初から本気でやりあっても勝てるかどうかかなり疑わしいわ」
「!」
そうか、確かにその可能性はあったか。だがどうして悪魔が、タヤマごときに人間のフリをして従っている。
ただ、どうしてだろう。
あれが嘘をついているとはとても思えないのだ。
相手が悪魔となると、狙撃銃程度で殺せる可能性は低い。ましてやアドラメレクを圧倒したあの霊夢が強いと言う程の相手だ。クリアリングに務める事にする。
程なくして、最後のバスが出る。
一人人質は救出できなかったが。
それでも、残りは救出できた。
阿修羅会の此方が抑えていた人員を開放する。ハレルヤというあの若いのが、連れてこられると。
アベに申し訳なさそうに頭を垂れていた。
「なるほど、これで全員ですか」
「いや、さっきツニートが爆発から守った者達がいる。 それも返しておこう」
「仁義を守っていただき有り難く。 おい、お前達! 相手は仁義を果たした! 今回の件は誰が糸を引いたかわからねえが、少なくともフジワラさんではないはずだ! 今回の抗争は一度しまいだ! 引き上げるぞ!」
「へいっ!」
ボスがいると統率が取れているな。
阿修羅会が引いていく。最後まで現地に残っていた秀が、出てくるように声を掛けて来たので、一度集合。
全員いる。小沢が率いていたB班も全員無事だ。
「一度戻るわよ。 誰が第三者か知らないけれど、この状況だとこの中にいてもおかしくはないでしょうね」
「そうでないことを祈ります」
「……」
秀が周囲を一度だけ見て、それで戻って来た装甲バスで戻る。
地獄老人が来ていたので、軽くバスの中で話をする。
検査装置が駄目だったという話をされた。かなり口調が熱い。
「さっきの霊的な憑依云々な。 あれも科学的に必ず解明できるとわしは信じておる。 悪魔がいるということは、それは科学で解き明かせると言う事だ」
「そうですね。 悪魔がいるから科学は無意味だなんて考えこそが、非建設的でしょうね」
「アティルト界とアッシャー界であったか。 いずれそれらについても確認し、もしもそのアティルト界とやらに神とやらが潜んでいるのなら。 引きずり出して、叩き潰してくれるわ」
随分と闘志を燃やしているが。
自慢の検査装置をくぐり抜けられて、爆発されたのが余程頭に来たのだろうか。
この人は、危ういことは分かっている。恐らく機会があれば簡単に悪に転ぶのだろう。だけれども、今は人間の味方だ。しかもこれほどテクノロジーというものを理解し、再現できるスペシャリストはそうそういないだろう。
この人なら、悪魔のサイバー攻撃に悪魔召喚プログラムなしで対応できる電子機器を造り出せるかも知れない。
今まで無人機の類は悪魔の格好の餌だったのだが。
それが終わりになるかも知れないのだ。
シェルターまで戻る。
シェルターの地下には医療設備もあって、今回収した人々が治療をすでに受けている。ただ、やはり無事な状態では帰ってきていないようだ。
けらけら笑っているいい年をした男性。
まるで子供みたいに無邪気に笑っている。
子供は虚空を見てぼんやりしているように見えて、めまぐるしく表情を変えている。
女性は医師が話しているのを聞く限り、子供を信じられないハイペースで産まされた形跡があるらしい。
女性は子供を産むとかなり体にダメージが出るものだ。
それが蓄積して、相当に弱り切っているという。ただでさえ栄養が不足している今の東京で。
そして共通して。
何をされていたのか。
何処にいたのか。
誰も覚えていなかった。
「末世とはいえ、これは度を超えている。 しかもこの人達はまだマシな状態で、この先には死しかなかったというのか」
フジワラが、救出した人質の様子を見て憤慨している。先にタヤマに対して面罵してから、今まで抑えていたこの人の哀しみと怒りが、一気に噴出したのかも知れない。
天の軍勢を撃ち払った三人の英雄とはいえ。
この人だって、助けられなかった人間の方が、助けた人間よりも遙かに多いのだ。
助けた人間には、恩知らずにも阿修羅会になっている者もいると聞く。
今の時代、恩義なんて返す存在はいない。
それどころか、筋を通す事自体、バカのやる事だと認識しているものですらいる。
それは皮肉な事に。
大戦前夜の世界と同じだった。
あの頃も、そういう時代だったと、志村は思い出して慄然とする。既にあの時、世界の破綻は始まってしまっていたのかも知れない。
そんな中、アベの言動は異質だった。
なんで阿修羅会なんかにあの男がいるのか。
いや、あの男だって、この非人道的行為に荷担していてもおかしくは無いだろう。
忙しく働いている医療班の中で。
ベテランの医師だったらしい人物が来る。
もう八十近いが。
それでも引退できる状態ではない。
よくこの地獄を今まで生きてこられたものだと感心するが。今は、そういう話ではない。
「フジワラさん、いいかい」
「ああ、聞かせてください」
「ええ。 何人かは、頭に穴を開けられていた形跡がありますね。 回復の魔術で塞いだ様子ですが」
「!」
赤玉について、悪魔が話しているのを聞く。
人間の感情が全て詰まっていて、人間の味もするので、とてもおいしい。一度食べるとやみつきになる。
それで、阿修羅会の言う事をある程度聞くようになる悪魔もいる。
ただ実際には、下級ばかりらしいが。
地獄老人が咳払い。
「赤玉とやらの現物は確保しているか」
「幾つか捕らえた阿修羅会から回収しました」
「わしが解析する。 少しラボを借りるぞ」
「生物学も出来るんですか」
ふっと鼻を鳴らす地獄老人。
ナチにいた頃はIQ200くらいあったとかいう話で。それでナチも地獄老人を贔屓していたらしい。
現在までの科学技術はだいたい全て仕組みを理解していて、それでどんどん再現する事ができるらしいが。
それが理由の一つであるのだろう。
「製造の工程までは分析出来んが、成分は分析出来る。 霊的云々はちょっと分からないがな。 まあこの様子からして、十中八九血と脳内分泌物が主体であろうよ」
「なんということだ……」
「これは悪魔というより人間の発想だな。 ナチで優性思想を拗らせたアホ共が、同じ人間にどれだけの非道をして来たか、わしは間近で見てきた。 殺して奪うだけの悪魔よりもよっぽど人間の方が残虐で信じられないくらいの悪辣さよ。 わしはそっちには関わらなくて兵器開発専門だったし、末期は兵器の修繕ばっかりやっていた気がするがな」
地獄老人が地下のラボに降りて行く。そのラボも、地獄老人が復旧したものだ。
若い助手を既に何人か育て始めているらしい。
悪魔も支援として使っているようで、もうすっかりこの悪夢の土地に馴染んでいるようだから。
老人とはとても思えないアグレッシブさだ。
フジワラが手を叩く。
「とりあえず、作戦に参加した皆はお疲れ様。 交代して休んで欲しい」
「はっ!」
「外は確認したけれど、距離を取って見張っていた堕天使は去ったわよ。 一体誰が仕込んだ事かしらね」
「……」
霊夢の言葉に誰もが黙る。
悪辣さでは、人間は悪魔なんかの比ではない。
それについては、志村も覚えがある。
自衛官に助けられた民間人が、悪魔に襲われた時、真っ先に助けてくれた自衛官を盾にして逃げるような場面は何度もみた。
そういうものだ。
志村は酷く疲れたので、シャワーを浴びて休む事にする。
既に水の循環システムは復旧していて、個室は流石にないものの、交代でシャワーは使う事ができる。それも温かいお湯が出る。
それだけで、どれだけリフレッシュ出来るか分からなかった。
ビルの上で状況を見終えたクリシュナは、ふっと鼻を鳴らした。
側に集まって来た、四体の動物たち。
それは一つに集まると。
ジャガーを主体とした形状の、奇妙な悪魔へと姿を変えていた。
邪神テスカポリトカ。
南米の神話におけるトリックスターにて、主神であった時期もある存在。様々な動物の姿を取る事が出来、世界の破綻にも関わる様々な特性を持つ神格だ。創造と破壊を司るという点では破壊神の神格に近いようにも見えるが、実際には南米の信仰の変遷を示しているような存在と言える。古くには信仰され、後には信仰が淘汰されたということだ。
足下に集まってくるのはコヨーテ。
勿論ただのコヨーテではない。
此方も北米の神話におけるトリックスターとしてのコヨーテだ。
北米の神話ではコヨーテは気分次第で悪も善も為すトリックスターとしての色彩が強い。
現在では同じ一神教に淘汰された存在で、しかも性質が近いと言う事もある。
テスカポリトカとコヨーテは、一緒に行動するようになっていた。
「意外だったねクリシュナ。 俺が引っかき回せば、もっと混乱すると思ったのに。 人間共、意外と冷静じゃないか。 ひひひ」
「私としても意外だ。 人間を試すつもりもあったのだが……」
「試すにしては、少々手口が邪悪ではないのか」
ふっと側に現れる存在。
巨大な白い蛇。翼を持つその存在は、強い怒りを目に宿していた。
南米神話における主神、ケツアルコアトル。
人型を取る事も出来るが、巨大な蛇としての姿も持つ。
南米の神話と言えば、日蝕を恐れ世界が闇に包まれるのを防ぐ為に生け贄を捧げていた悪辣な面が強調されることが多いが。
ケツアルコアトルは慈悲深さも多く。インカ文明では状況が変われば生け贄を必要としないこともあったという。
また、後から入った一神教によってその存在を歪められたという事もある。
残虐性が強調されたというのはどうしてもあるだろう。
ケツアルコアトルとテスカポリトカは水に油だが、多神教連合の同志である。対一神教と言う点では、利害が一致しているのだ。ただし、同志と言っても主従では無い。行動次第では、即座に連合を離れるだろうが。
「んだよご主人様よ。 お互い生け贄を欲する神だろ」
「貴様と一緒にするな。 この世界に太陽を再臨させることが余の願いだ。 堕天使のフリをして狙撃だの、人間を破裂させるだの。 貴様には神としての誇りがないのか」
「そんなもん、貴様に取って代わられた時点でなくしたわ」
「まあまあ、お二方とも。 今回の件で、人間は思ったよりもずっと出来る事が分かりました。 それと……」
クリシュナは人なつっこい笑顔で二柱を戒めると、咳払いしていた。
人外ハンター。阿修羅会。
どちらも、本当の主は別にいる。
そう指摘すると、ケツアルコアトルは頷いていた。
「阿修羅会の本当の指導者はあのアベという悪魔だな。 あれは余が見る所……」
「ひひ。 それにフジワラとやらには強力なアドバイザーがいるねえ。 多分まっとうな人間じゃない。 こんな世界では生まれ得ない存在だと見て良さそうだ」
「或いは、切り札を出さずとも、事態を収束できるかも知れない。 こんな状態でも神々の主を気取って座に君臨しているあの存在を、引きずり下ろせるのであれば、穏健策に移行するのは全然アリだ。 その場合は、信仰と姿を取り戻すためにも、軽挙妄動は控えなければなりませんな」
敢えてテスカポリトカに釘を刺しておく。
ケツアルコアトルは、余程の事態にならない限り、暴虐に出る事はないだろう。
クリシュナとしては、それで良かった。
一度アティルト界に戻る。
次に打つ手は、幾つか考えてあるが。
今クリシュナは。
温めていた全てを破壊する存在を孵化させることよりも。
むしろ多神教連合を挙げて、四文字たる法の神を引きずり降ろすために人間に知恵を授ける方が良いのではないかと思い始めていた。