世界最大の駅の一つ、新宿駅。一日に行き交う人の数は圧倒的で、そのダンジョンぶりも利用した事がある人なら知っているかと思います。
東京が廃墟になった本作の時代は。それがそのまま巨大な遺跡と化してしまっていて、それでもそこに五千からなる人々が悪魔に怯えながら身を寄せ合っています。
そこを、今暴走した神格が脅かそうとしているのです。
序、圧倒される遺構
新宿は巨大な都市だと聞いていたが、実際に足を運んでみて納得出来た。でかいなんてものじゃない。
あの王城と周囲にあった貴族街なんて、これにくらべれば掘っ立て小屋だ。
僕はこれを見せられて、しばし呆然とするしかなかった。
案内についていたナナシが、教えてくれる。
「大戦の前はこの街に溢れるくらい人がいて、今皆が暮らしている駅の中は、毎日人でぎゅうぎゅう詰めだったらしいぜ」
「それはスゲエな……」
「今でも五千人以上がここだけで暮らしてるって話を聞きます。 何回かに分けて子供や老人、怪我人なんかをシェルターに引き取ったのだけれど、それでもまだ助けられていない人がいて……」
アサヒが言う。
そうか。
いずれにしても、此処を悪魔が領土にしているのだとすると、あまり状況は良いとは言えないだろう。
入口でヒカルと名乗る女と出会った。
なんだか違和感がある女だった。
格好がこの修羅の世界で生きているには普通すぎるのだ。言動も明るくて、貴族街でも人気者になりそうな雰囲気だったが。
イザボーは一目で嫌悪感を示していた。
ともかくとして、奥へ。
案内されて出向いた新宿は、彼方此方をシャッターという壁で閉鎖して、それでどうにか人々が生きている様子だ。
阿修羅会の連中も普通にいる。
つるんで話をしていたり。
門番じみたことをしていたり。
はっきりいって、あまり気分がいい光景じゃない。人外ハンターはあまり好意的な目で阿修羅会の連中を見ていない。
此奴らが好き放題子供や老人を拐かして、それで殺していたという話は聞いている。
そんな連中が大手を振って偉そうにしていたり。
治安を守ってやっているなんてくっちゃべっているのを聞くと、反射的に首をへし折りたくなるが、我慢だ。
「炊き出しだ!」
「有り難い!」
「順番通りに並べ! 阿修羅会の関係者はてめえらの親分からもらいな!」
強面の人外ハンターが声を掛けて、阿修羅会の連中が舌打ちして離れる。
人外ハンターとまともにやりあったら分が悪いことは、連中も理解しているのだろう。悪魔使いとしても練度が違うという話だったし。偉そうにしているだけの阿修羅会と違って、悪魔と血で血を洗う戦いをしているのは、人外ハンターなのである。
あまり戦いにむいていなさそうな者や、もう少しで成人しそうな人間が、ありがたいありがたいと言いながら炊き出しを受けている。
これがない間は、悪魔の肉だよりだったという話だ。
本当に酷い話だが。
ともかく今は、少しずつ内部を調べて行くしかない。
バロウズに地下空間を調査して貰っているが、やはり封鎖されている辺りは悪魔がかなりいるようだ。
ターミナルの反応もあるという。
かなり奥の方で利便性は悪いが、それでも此処まで歩いて来るよりはマシだ。
また、地上部分も現在は制圧には程遠く、何度も悪魔を討伐に出ているが、それでも駆除はしきれていないという。
これらの話を、人外ハンター協会で確認する。
此処でもそうなのだが、とにかく凄まじい音と光だ。これはどうにかならないのだろうか。
「なあマスター。 俺でも出来そうな仕事はないか。 少しでも荒事になれたいんだ」
「ん、お前は登録したばっかりの人外ハンターか。 周囲の手練れと一緒にやるなら紹介するが……」
「それなら提案がある。 仕事を幾つか受けるから、新宿の情報と交換して欲しい。 此方としては都庁にいる悪魔と言うのをなんとか倒しておきたいんだ」
ヨナタンが言うと、半笑いだったマスターが一瞬で表情を消した。
周囲の人外ハンターも驚いたように此方を見る。
やはり相当にヤバイ相手なのか。
「ええと、人外ハンターヨナタン。 履歴によると既にかなりの悪魔を倒してくれているようだが……都庁に巣くった奴は、かなり危険でな」
「ならばなおさら情報が欲しい」
「分かった。 細々としたものではなく、新宿にいる大物悪魔を数体仕留めて欲しい。 都庁の彼奴には既に何人も手練れが食われていてな。 一人でも殺されると、それだけ人間が圧倒的に不利になる。 阿修羅会は赤玉で懐柔するとか抜かしていやがったが、どうせうまくいかん。 情報と交換だ。 退治を頼む」
幾つかの依頼が入ってきた。
ナナシとアサヒには、とにかく前に出るなよとワルターがもう一度警告する。二人とも頷いていた。
僕はすぐに指定の位置へ行く。バロウズが地図を受け取ってくれているので、新宿がかなり分かりやすくなった……が。
これは奈落なんかの比じゃない。
バロウズがいなければ、絶対に迷子だっただろう。
地下に降りて行く。
階段が複雑に入り組んでいて、既に悪魔がちらほらいる。人外ハンターも、小物はもう存在を許してしまっている状況のようだ。
片付けられていない遺骨なんかもある。手が回らないのだろう。
まず地下から行くのは、ターミナルを開放するためだ。どうせ手強いのがいるだろうし、先にやるべきだ。
余力を残して戦えるし、何より休むのなら、時間の流れが違っている東のミカド国でやる方が良い。
進捗の報告も出来るのだし。
入り組んだ階段。
奥がまったく分からない状態を見て、ワルターが呻く。
「とんでもねえ場所だ」
「同感ですわ。 こんな恐ろしい場所に、どうしてなってしまったのやら」
「よく分からないが、電車がたくさんここで集約していたらしいんだ。 それでとにかく巨大化の一途を辿ったらしい」
「東のミカド国の宿場の中にも複数の街道が交わる事で大型化するものがあるね。 原理はそれと同じか……」
僕はぼやくと、手を横に。
歩いて来るのは、死体……じゃないな。単体の死体じゃない。大量に重なり会った死体の山とでもいうべき悪魔だ。
この辺りはもう人外ハンターもいない。
それなのに灯りはついていて、ちかちかと光っている。
あの灯りの原理すらも分からないが。
此処で戦えるのは、あの灯りのおかげではある。
「屍鬼コープスよ。 大量の死体にまとめて融合した悪魔が動かしている死者ね。 大量の死体を利用している分、とてもタフネスが高いわ」
「亡くなった人々を魂まで冒涜しているな。 許しがたい!」
「同感だね」
「とにかく片付けてしまいましょう」
とにかく巨大な分、動きが鈍い。
僕は魔術戦専門の悪魔を展開。ハイピクシーはピクシーの時とは段違いに火力を上げていて、雷撃だけではなく烈風も使えるようになっている。また、末の子もかなり自力が上がって来ていて、雷撃の火力が更に上がっている。
雷撃に打たれて、爆ぜる死肉の山。
だが壊れきらず、まだこっちに来る。
火は使えない。
こんな所で火事にでもなったら洒落にならないからだ。また、出来るだけ被害が小さくなるように、収束する魔術を使わせる。
滅多打ちにしているうちに、コープスが崩れて動かなくなる。
だが、戦闘音を聞きつけたのだろう。
奥から、まるで空間そのものが死体の山になったような規模のコープスが、ずるずると此方に来る。
これは、中々に凄まじい。
憑依しているのは、高位の悪魔かも知れない。
アサヒが口をおさえながら言う。
「此処でもたくさん人が亡くなったそうです。 それで……」
「プリンシパティ、一斉に光の魔術を! 他の天の使いも、飽和攻撃を!」
「承知!」
肉弾戦専門のパワーが前衛に出て、プリンシパティが一斉に光の魔術を叩き込む。次々に体の彼方此方を炸裂させるコープスだが、まだまだ此方に来る。
本当にたくさん死んだんだな。
銃を構えているナナシに、接近されたら剣でと軽く言っておく。
前衛で戦っているアイラーヴァタやスイキが押されている。それだけ相手の質量がおかしいのだ。
僕達も前衛に出る。
ワルターが新しく支給された大剣を振り回して、手を伸ばしてくる屍の山を片っ端から斬り伏せる。
僕も牙の槍を振るって、次々に死体の肉片を斬り飛ばした。
だが中途半端に破壊しても駄目なようだ。死肉がまた再融合して、巨体へと戻っていく。
プリンシパティ達が大量の光の魔術を叩き込んで、それで一斉に浄化し続けているが、それでも倒し切れない。
徐々に押し込んでくる。
その分、さがるしかない。
左右からも音。そちらからもコープスが来ると言う訳だ。
とにかく削る削る。ひたすら削る。それで少しずつさがる。
息切れしたプリンシパティをさがらせて、後衛の天使をヨナタンが前に出す。パワーが槍でコープスを切り、盾で押し返しているが、それでも飲み込まれそうになっている。
「一度後退するか?」
「いや、相手には補給はあっても戦術の概念はない! 憑依しているのが高位の悪魔だかどうかは分からないけれど、とにかく倒しきれば終わりだよ! 此処で暮らしている人達のためにも、倒しきる!」
「そうか、そうだな。 じゃあ、やってやるぜえっ!」
ワルターが吠える。
自己強化魔術か。僕のを見て、手持ちの悪魔にならったらしい。ワルターは防御強化を中心に覚えたようだ。
これは最前衛に立つ事が多くて、それだけ手傷を受けやすいかららしい。だったら攻撃よりも防御、というわけだ。
激しい戦いを続けながら、さがる。
パワーが肉の壁に飲まれて、そのまま押し潰される。だが、無駄にはしない。僕も牙の槍を振るって、相手を粉みじんにする。飽和攻撃を受け続けているコープスは、残骸を取り込むのが明らかに遅くなっている。
アイラーヴァタが突貫して、一気に肉の壁を突き破った。
千切れた死体が飛び散る。それで力尽きたアイラーヴァタだが、良くやったと思う。ワルターが立て続けに蜘蛛の悪魔を呼び出す。
「来い妖鬼ギュウキ!」
「しゃあああっ!」
雄叫びを上げて具現化するそれは、近くで見ると蜘蛛だけではなく牛の要素も取り込んでいるようだった。
ギュウキは六本の足を振り回し、死体を食い千切って大暴れする。
そこに、イザボーがため込んでからの、光魔術を展開。
魔術の威力を増幅する技だ。僕が使っているチャージの魔術版。コンセントレイトというらしいが。
ともかくそれが炸裂して、コープスが一気に消し飛んでいた。
残りの僅かな破片が収束する前に、各自潰して回る。とにかく酷い有様だが。それでもどうにかできたか。
動く死体がいなくなった。
呼吸を整えていると、拍手の音。
奥にいたのは子供だ。
随分身綺麗な格好をしている。あれは、人間じゃないな。こんな所に、あんな子供がいるわけがない。
それに、この気配。
「またお前か……」
「今回は数で押しきろうと思っていたんだけどね。 そっちの方が手持ちを良く準備できているみたいじゃないか。 この短時間で、良く此処まで手札を揃えられたものだ。 感心するよ」
「そろそろ彼奴ぶん殴って良いか」
「止めておけ。 今交戦するには余力が心許ない」
ヨナタンがワルターを止める。
僕としてもある程度温存できているとは言え、力が上がってきているからこそ分かる。こいつの力が、だ。
だからこそ、仕掛ける気にはなれなかった。
仕掛けても無駄死にするだけである。
だが、許すつもりもない。
これだけの死者を顎で使った罪は、いずれ償わせてやる。
「ターミナルはこの奥にある。 どうぞ使うといい。 それにしても、此処には今までどの人外ハンターも手が出せなかったのに、よくやるねえ」
「手が回らなかっただけでしょ」
「まあ、確かに好き放題暴れている連中の事を考えるとそうかもね。 そう睨むなよ。 こっちだって仕事なんだからさ」
巫山戯た言い分を残して、奴が消える。
蠅の羽音がした気がした。
気のせいだろうか。
まあ、ともかくだ。周囲の残骸を、天使に念入りに浄化して貰う。ヨナタンも険しい顔で、それに同意してくれた。
大型の悪魔には、死体集めを手伝って貰う。
これだけの量だ。外で荼毘に伏すのも大変だろう。だが、アサヒが気を利かせて、人外ハンター数名を呼んできて、ついでに手押し車を幾つか持って来てくれた。
「ターミナルは後だ。 この亡骸の山を、今葬っておこう」
「分かった。 それも悪魔がまた湧かなくなると思えば意味のある行動だしな。 それに此処に人が住めるようになれば、また少し状況はマシになんだろ」
ワルターがそういうのをみて。どうでも良さそうにしていたナナシも、手伝いを始める。それでいい。
僕は一人で大型の荷車を運んで、遺体をまとめて運び出す。
外では既に人外ハンターが、浄化の炎を使える悪魔を呼び出してくれていた。
バロウズによると、仏教という信仰の神格であるらしい。なんとか明王と言っていたが、覚えられなかった。
その悪魔……種族は鬼神というらしいから、神様の一種だろう。
その存在が、どんどん死体を浄化してくれている。
かなりの手練れの人外ハンターだったが。
手には丸いものを連ねたものを持っていて、何か祈りの言葉らしいものを捧げていた。
「あれは何をしているんだろう」
「お経を上げているんだと思います」
「お経?」
「仏教での祈りの言葉です」
アサヒが教えてくれる。
そうか。
それは、東のミカド国には存在しなかった。
いずれにしても、汚された肉体と魂が、どんどん浄化されて、虚空に消えて行っている。あの暗くて悪魔だらけの地下から、開放されて楽になるのだったら。何がやってくれるのでもかまわない。
大量の死体を運び出す。
その内、依頼でもないのに、いつの間にか人外ハンターが大勢手伝いをしてくれていた。誰もが、あのたくさんあるのに、どうにもできない亡骸を心苦しく思っていたのか。それとも、僕らがやっているのをみて、やっと酷い有様だったのを思い出せたのか。それは分からない。
ただ、それでも手伝ってくれるのは事実だ。
最初は仕方がないという雰囲気だったワルターも、もう不満の色も見せずに作業をやっている。
何往復かして、やっとターミナルの辺りまで、遺体を片付けた。
骨になっているものも、ミイラ化しているものも多かった。本当にたくさんの人が、彼処でなくなったのだと分かって、悲しくなる。
キチジョージ村の惨劇以上の事が、この東京では至る所で起こったのだ。
一区画全てを片付け終えて、流石に僕も疲れたけれど。
仕上げにアナーヒターを呼んで、区画を浄化の水で綺麗にして貰う。アナーヒターは話を聞く限り戦いの女神でもあるらしいのだけれども。清浄な水も司っている。それに、荒々しい古代神格とはいえ。
このような有様を見ると、あまり良い気分はしないらしかった。
手伝いを何も言わずにしてくれる。
ほどなく、フロアからは雑魚の悪魔の姿もなくなった。
それどころか、悪霊などの雑多な悪魔が集まって来て。アナーヒターに敢えて浄化されていった。
苦しみ続けて、救いが欲しかったのかも知れない。
全てが光に包まれて消えていく。
成仏と言う奴なのかは分からないが。
ともかくこれで、悪夢の苦しみが終わったのだとすれば、良い事だと思う。
人外ハンター達は炊き出しを受けて、わいわいと騒いでいた。
ヨナタンが、人外ハンター協会から報酬を受け取ってくれていた。遺物を幾らか。パソコンもある。
それと予想より多いマッカ。
これはちょっと貰えないな。
多分想定外の戦果を上げたからだろうけれど。
僕達は東のミカド国でこの遺物を納品して、それでお金を貰える。
現物のマッカは、あの戦いで逃げずに頑張ったナナシとアサヒにあげる。
二人とも驚いていた。
「い、いいのかこんなに」
「マッカがあって、激戦をくぐり抜けた後にやる事は分かるよね」
「……そうだな。 豪遊なんかじゃなくて、悪魔の強化だよな」
「そう」
ナナシもアサヒも、まだまだ手持ちの悪魔は雑魚も良い所だ。
二人も伴って、ターミナルに。登録をしておく。
ターミナルを移動すると、空中に投げ出されるから気を付けろという話をして。実際に霞ヶ関のターミナルまで飛ぶ。
分かっていてもすぐには無理だろう。アサヒは空中に投げ出された所を、イザボーがさっと受け止めていた。
ナナシはきちんととんぼを切って着地している。
運動神経が素で優れているのもあるし、戦闘の度にどんどん強くなっているのも僕も見ている。
ただ、まだまだだ。
「ええと、二日くらい向こうで休憩するとして、ヨナタン、次の合流はどうしようか」
「どういうことだ?」
「ああ、東のミカド国はこっちと時間の流れが違うみたいなんだ。 向こうでの二日はこっちだと大した時間にならないんだよ」
「いずれにしても二日で済むかは分からないから待機していて貰おう。 合流はこのシェルターで、僕達が迎えに行けば良い」
ヨナタンの提案ももっともだ。
それで、一旦解散とする。
ナナシだけだと豪遊してお金を無駄にしそうだけれど、アサヒもついているから多分大丈夫だろう。
かなりのしっかりものだというのも間近で見た。
さて、一旦休憩して、それからだ。
新宿の周囲は、まだ厄介者の悪魔に肉薄できるほど、安全とは言えないのである。