西王母を討ち取ったフリン達は一度東のミカド国に戻ります。
そもそも本来の目的は黒いサムライの捕獲。それには情報も手も足りていません。
そして戻って来た東のミカド国は、冬になっていました。
時間の流れの差が如実に出ています。
序、池袋の戦いを終えて
東のミカド国に戻ってくると、雪景色になっていた。やはり年を越えていたらしい。向こうで数日過ごしたし、これは仕方が無い事なのだと思う。時間が60倍で流れているのだ。一日過ごすと二ヶ月が経過してしまうのである。
まずは本格的に休憩をさせて貰う。
東のミカド国は太陽があって、風が吹いていて。動物もいる。
これがどれだけ幸せな事なのか、地下に出向いてよく分かった。東京は本当に地獄だった。ミノタウルスの言葉に嘘はなかったのだ。
激戦を経てきた事は、ホープ隊長も分かったのだろう。
何回かに分けて、遺物を持ち帰る。
それらを納入するので、文句も言われない。
かなり古いPCを幾つか納入し。その中にはノートPCというものもあった。ウーゴがとても喜んでいるらしい。
とにかく一日、ぐっすり眠る。
東京でも少し眠ったけれど、これは二~三日は眠っても許されるかも知れない。
疲れ果てて眠った後は、一度起きて風呂に入って。
服や牙の槍の整備に出して。
それから、やっと食事を始める。
猛烈におなかが空いていたので、なんでも美味しい。テーブルマナーを守りながら、食堂でとにかく食べる。
ぎょっとした様子で僕を見ている先輩サムライも多いけれど。
今は、どうでもいい。
イザボーが疲れた様子で向かいに座る。
黙々と食べて。
思う存分食べた後、イザボーを背中に乗せて、外で腕立てをする。イザボーは呆れていたが。
こういうルーチンはさぼると、三倍取り戻すのに時間が掛かる。
東京でもやってはいたのだが。
とりあえず、眠る事が多かったので、じっくりやっておきたいのだ。
「酔いそうですわ……」
「速度は落としているんだけどね」
「これで?」
ひゅんひゅんと残像を作りながら腕立てをやる。回数はいつもの2500よりもある程度増やしておく。
次は懸垂もやるか。
イザボーをぶら下げてやろうかと思ったが、木の枝が折れてしまう。
仕方がない。
ひょいと高い所の木の枝に飛びつくと、しなりがいいそれを使って、いつも以上の回数懸垂をやる。
こっちでも残像を作りながら懸垂をしていると、ワルターとヨナタンがいつの間にか来ていた。
ノルマが終わり次第飛び降りる。
ま、この程度の高さ、今更何でもない。
「と、飛んで着地したぞ!」
「噂には聞いていたが、とんでもないな……」
様子を見ていたサムライ衆が抜かすが、何を今更。
僕らが相手しているのは悪魔だ。
これくらい出来ないと話にならないだろうに。
居残り組のサムライ達は、どうにも頼りにならないな。これはホープ隊長も苦労しているのかも知れない。
皆で集まったので、軽く話をする。
「報告書は僕が書いて出しておいた。 上野を中心に活動しているサムライ衆も、既に行動範囲を拡げているそうだ。 一班はこの間永田町に到達したらしい。 ターミナルを使って、其処から戻って来たそうだよ」
「先輩達もやるじゃねえか」
「そうだね。 秋葉原という所を視察してきた班もいて、其処は完全に廃墟になっていたそうだ。 なんでもあのスマホというのがたくさんある場所だったらしくてね。 阿修羅会が全部吹き飛ばしてしまったとか」
「本当にろくでもありませんわね……」
イザボーが呆れる。
まあ、僕も同意見だ。
悪魔に抵抗できる力は、阿修羅会に対応できる力にもなる。だから奪う。
人間の力を減らしたら、ますます悪魔に劣勢になるだけだ。
そんな事も分かっていないから、阿修羅会はカスの集まりなのだが。
まあそれを此処で文句として言い合っても仕方がない。
「まだあの黒いサムライの手がかりはない。 ただ、一つ気になる事を聞いている」
「気になる事?」
「ナバールのいる班が、悪魔退治中のガイア教徒と一時的に共闘して、それで情報交換をしたそうだ。 上野の北側の地域だったそうだが……ガイア教団の主の事を、その時に聞いたらしい。 ユリコと名乗っているそうだ」
「!」
身を乗り出す。
だが、その名前。
それほど珍しい名前ではない可能性もある。
「ガイア教団は正直嫌いになれないな」
ワルターはぼやく。
ともに戦ったカガが勇猛果敢であった事。それに他のガイア教団も、話が通じる連中だった事が理由だろう。
少なくとも阿修羅会なんぞよりはよっぽど話が出来る相手だ。
確かに正面から事を構えるのは利口ではないかも知れない。
だが、奴らの主がユリコというのであれば。
話は別になってくる。
「まずは一旦東京で話を聞くべきだろうね」
「それは賛成できる。 人外ハンターの主であるフジワラさんはかなり話が分かる人間だとみた。 これから共闘していけば、より手際良く事を進める事が出来るだろう」
「わたくしも賛成ですわ。 それと、もう一つ」
皆にイザボーが渡してくれる小さい球。
これは、まさか。
飴か。
「貴重なものですわ。 大事に食べてくださいまし」
「おお、約束の奴な! おお、うまい! あまい! 堅い!」
「噛むと下手をすると歯を砕くから気を付けて。 ゆっくり舐めて味わうのですわ」
「いいなあ、こんな美味しいもの、いつも食べてるの? でも、東京の技術をこっちに持ち込めれば、みんなこういうの食べられるかも知れないね」
そういうと、ヨナタンがしっと言う。
そして周囲を伺ってから、声を落としていた。
「実は僕も実家で調べてきたんだが、どうもギャビーは技術を回収はしていたが、それを独占するつもりらしい。 解析にラグジュアリーズの学者を呼ぶでもなく、司祭を集めてそれで色々とウーゴに研究させているそうだ」
「何それ。 技術が発展したら、みんなしあわせになるでしょ。 東京の人達も、世界がこんなになる前は、凄く平和で豊かだったって」
「或いは東のミカド国上層は、それを望んでいないとか」
イザボーがずばりと核心を突く。
確かに、それはありえる。
考えて見ればおかしいのだ。
本はバイブルだけあればいい。そんな思想。
同じ事だけずっとずっと続けて来たこの国。ラグジュアリーズの学者も、新しい技術の開発などは禁じられているとか聞く。
1500年も歴史が紡がれていて僕達みたいな生活をしていると言うのは考えて見ればおかしいし。
そもそも東京の人の話を聞く限り、どうもこの東のミカド国は二十数年程度前に東京を覆った天蓋の上にあると考えて良い。
どうして時間の流れが違っているかは分からないが。
世界が果てまで見渡しても森と草原と海しかないし。
限られた範囲にしか人はいかないし。
新しい都市を造ろうという話も出てこないし。
何よりも人がずっと減っても増えてもいないというのは、どう考えても変だ。
「とにかく体調と装備を調えたらさっさと東京に降りようぜ。 こっちのことは、先輩達に任せれば良いし、お頭もいるしな」
「あまり乱暴なものいいは好きではないのですけれども、わたくしも賛成ですわね。 どうにもきな臭くてなりませんのよ」
イザボーが調べた所によると。
名門なんて言われているラグジュアリーズの家系は、ずっと続いている訳ではないのだという。
何百年かに何の前触れもなくぽっと現れたり。
或いはずっと続いていた家がいきなり消えたり。
そういう不可思議な歴史が繰り返されているそうである。
しかも出来るだけそういった家系図の類は見るな、とイザボーは実家で跡取りである兄に言われたそうである。
ラグジュアリーズの間でも、禁忌であり。
下手に調べると、いつの間にか消されている事も多いのだとか。
誰がやっているかさえも分からないとか。
「分かった。 そうしよう。 それはそうと、ワルター、大剣また壊しちゃったね」
「こればっかりは仕方がねえよ。 相手はあの化け物ババアだったしな」
「残骸は回収出来たが、それでも始末書をまた書くことになっただろう。 あれだけの業物は、打てる者も少ない。 それで提案がある」
ヨナタンがいう。
実は、東京でも近接武器を扱っているらしいのだ。
鍛冶の逸話がある悪魔はかなり多いらしく、そういった悪魔達が武器を作り、人間と商売をしているらしい。
その中には、人間の名工が作る以上の品もあるとか。
「あの恐ろしい容姿の地獄老人が言う所によると、細かい部品などの精度は人間の作るものが段違いで上らしい。 しかしながら、魔術がこもっているような剣や槍になってくると、悪魔が作るものの方に軍配があがるらしいんだ」
「なる程な……東京で良さそうな大剣を探すって選択肢もあるのか」
「わたくしも剣以外に、魔術増幅用の武器が欲しいですわね。 杖とかそういうのに適していると良く言われていますでしょう。 わたくしの剣技では悪魔には決定打になりませんし、魔術戦を主体にするのであれば、それも選択肢に入りますわ」
「僕はもっと強い槍がいいかなあ。 牙の槍ははっきりいって良く馴染んでいるけれど、もっと僕が強くなったら、そろそろ追いつけなくなるかも知れない」
皆でそれぞれ意見を出し合った後、ワルターに始末書を出したか確認して。ちゃんと出したよと、ワルターが口を尖らせる。
まあ色々また怒られたのだろう。
丸腰で東京に行かせる訳にもいかず、それで大剣は用意してくれたようだ。だが、もう二回壊している。
鍛冶師はワルターをいつも睨むという。
ワルターも自分に非があるのは分かっているから、それを受け入れるしかないと言う訳だ。
まあ、自分が悪いことを受け入れられるのであれば。チンピラよりはずっとマシだ。
東京へ向かう。
まず、シェルターのターミナルへ即時で飛んだ。短時間でかなり変わってきていて、カンカンと金属音が響いている。
池袋から連れてこられた連中が、びくびくしながら働いているようだ。一本ダタラが見張っているので、怖くてサボれたものではないだろう。
そうしていれば、いずれ自分がやったことを理解出来る。
そうなった後は、罪悪感で押し潰されながら後の人生を生きれば良い。
それさえ出来なければ、地獄に落ちればいい。
どうやら本当に地獄はあるようだし。
あんな事をして生き延びた連中なんて、地獄で苦しみ続ければいいのだ。
エレベーターを使って、本部の方のシェルターへ。途中で人外ハンターが敬礼して迎えてくれた。
僕達のことを認めてくれているらしい。
というか、他のサムライ衆も来ていた。
「なんでそんなに君は生意気なんだ! 私と私の手持ちの悪魔のおかげで助かっただろう!」
「うっせえな、ドジ踏んだ所を助けてくれたのは感謝するよ! だけどあんた程度に教わらなくても、もっと凄い師匠が何人もいるってんだよ!」
「ええい、生意気な!」
ぎゃいぎゃいと騒いでいるのは。
なんとナバールである。
一目で歴戦を経たのだと分かる。同じ分隊のサムライ達が呆れて見守る中、ナバールと言い合っているのはナナシだ。
ナナシはこっちを一瞥したが、ナバールも此方を見て、おおと笑顔で手を振って来る。傲慢さが消えて、それが明るさに変わっているのがわかった。
「久しぶりだフリン! 私もここまで来たぞ! ヨナタンもワルターもイザボーも、大活躍だと聞いている! 同期として鼻が高い!」
「うん、僕も其処まで腕を上げていると思わなかったよ」
「同期なのかあんたら」
「ああ。 愚かだった私が更正できるきっかけを作ってくれた立派な同期だぞ!」
ナバールが自分の事のように誇らしげに胸を張る。それで、ナナシも少しは態度を改めたようだが。
ナナシはかなりの才覚の持ち主だ。
多分武芸に関しては、ナバールをあっと言う間に追い抜くだろう。
また挫折しなければ良いのだけれどと、ちょっと思ってしまう。
ただ、これだけ短時間で変わったのだ。それも、或いは秘められていた力が目覚めるかも知れない。
そういう例があったのを、僕も間近で、末の子の例で見ているのだ。希にそういうことはあるのだ。
軽くナバールの所属する分隊の長と話す。
この間の池袋の激闘については分隊長も知っているようで、此方を褒めてくれた。
「戦闘の最前線にいるのは凄まじいな。 奈落の悪魔より遙かに強い東京の悪魔とやり合えているのは素晴らしい。 それも一線級の相手とだ」
「ありがとうございます。 少し用事があるので、もう行きますね」
「ああ。 ナバールは任せてくれ。 まだまだ鍛え上げる。 どうもナバールは支援に才能があるようで、後方から的確な支援をしてくれる。 本人は前線に出たがるが、まあ後方にさがった方が良い仕事をやれるな」
そうか。そういう適性なら、それでいい。どちらにしても乱戦の中、的確に支援魔術を掛けてくれるとしたら、相応に戦術眼があるということだ。
或いはだが、むしろ隊長向けだったり、或いは賑やかしなのかもしれない。
賑やかしはとても重要なのだとホープ隊長に聞いた事がある。
戦闘の中でも冗談を言えたり、陽気に振る舞える人間は、戦闘での士気をぐっと挙げるのだという。
だとすれば、ナバールはそれになれるのかも知れなかった。
名門なんてのは名ばかりであった、近年のナバールの先祖達や親なんて、もう今のナバールの足下にも及ばないだろう。
ただそれが。
ナバールの家で、問題になるかも知れないが。
何しろナバールの家は、権力のためにサムライになっているような腐敗した家なのだ。
ただそこまでは残念ながら、僕達では対応できない。
一旦ナバールのいる分隊から別れて、奧へ。
子供達の中には訓練をしているものと、猿のような悪魔から勉強を教わっているものに分けられているようだ。
ある程度からだが固まってきた子供は、訓練を受けている。
ナナシもあの中に混じっていて、頭一つ抜けていたのだろう。
勉強を教わっているものは、猿のような悪魔から、とにかく難しい学問を教わっているようである。
すごく丁寧に教わっているようで、真面目にみな勉強しているようだった。
「魔神トートよ。 ジェフティと実際に呼ばれていた神格で、トートというのは異国での呼び名ね。 知恵を司るヒヒの神様。 東のミカド国では存在しない猿の品種の事よ。 そういう猿の神様ね」
「本当に悪魔が色々教えているんだな。 東のミカド国でも悪魔がサムライ衆に稽古をつけることはあるが」
「やっていることは同じだね。 こういう悪魔となら、恐らく共存が出来るのだと思う」
ヨナタンも頷く。
悪魔は人間と違って年を取らない。ただ人間の悪影響を受けるようだから、それをどうにかしないといけないか。
奧の機械類も、前よりもかなり整備されているようだった。
あの恐ろしい姿の地獄老人とやらが直しているのだろう。それも現在進行形で、だ。
人外ハンターに通して貰って、奧に。
奧の色々ある部屋に。
大きな板に、色々表示されている。
似たようなものは人外ハンターの支部でも見ている。
そして、フジワラが座って、何人かの人外ハンターに指示を出していた。今日は霊夢も秀も出払っているようだが。
代わりにマーメイドが外で見張りをしているようだし。
此処の安全は充分に確保されているのだろう。
フジワラは指示を出し終えると、椅子を勧めてくれる。
頷くと、椅子に座らせて貰う。
まず、ヨナタンが社交辞令から入る。フジワラも、それを丁寧に受けてくれていた。
「西王母を撃ち払い、多くの人を助けられたのは君達のおかげだ。 多くの人々の代わりに礼を言わせて貰うよ」
「いえ、僕達だけでは何もできませんでした。 それよりも……」
「分かっている。 同盟を組んで行動したい、だね」
「はい。 僕達も情報を得ないと身動きができません。 其方も、東のミカド国との物資のやりとりは貴重な機会の筈です」
僕もヨナタンと先に話していて、そういうやりとりをすべきだと分かっている。
会話はすぐに飲み込んだので、すらすらと言える。
ワルターが不思議そうにこう言うときは僕を見る。
いつもと言動が違うように見えるのかも知れない。
まあ、今回は。
相手が明確に尊敬すべき年長者だから、丁寧に接しているだけだが。
「此方としても東のミカド国というものについては知りたいと考えている。 東京だけではない。 世界全てを焼き払った天使達が作りあげた国なのか、そうだとしたら何故今更下に降りて来たのか。 天使達はどれくらい国政に噛んでいるのか、危険は今あるのか。 それを知っておきたいんだ」
「……分かりました。 情報交換と行きましょう」
「うむ」
フジワラは乗ってくれるようだ。
一つ気になっていることがある。
フジワラは優れた司令官だが、それでもどうにもその背後に影を感じるのだ。これは僕の勘なのだが。
実際の人外ハンターの指導者は別なのではないか。
そう感じているのである。
ただし、それはあくまでそう思っているだけ。
もう少し信頼関係を構築しないと、そういう話を出すのはまずいだろう。僕はまず、咳払いすると、東のミカド国について話し始めるのだった。