暴走を開始した甲賀三郎。
そしてタヤマの状態は、決していいものではありませんでした。
元々人間の生物的な寿命は40歳程度です。それを超えると体に無理が出始めるのは、本来それを超えて生きる事が想定されていないからですね。ちなみに動物園などで理想的な環境を整えられた動物も、本来の寿命の倍くらい生きる事が出来ます。
人外ハンター協会やガイア教団と戦う前に。
阿修羅会は徐々に確実に崩壊を開始していました。
タヤマがずっと部屋を歩き回っている。その様子は、さながら昔存在した劣悪な環境の動物園で、飼育がまずくてストレスをため込んでいる檻の中の熊のようだった。アベは、それを見て何も言わない。
今タヤマは癇癪をため込んでいて。それをぶつける相手もいない。
前はタヤマも愛人を囲い込んでいた時期があった。
しかし今の東京では、性病を防ぐ手段がない。
薬も避妊具なども既に在庫が尽きている。存在はしているが、豊富に用意できるものでもないし、殆どが劣化しきっている。
何よりタヤマは壮健なフリをしているが、実際には性機能はもうほぼ衰えきっているし。それに誰にもこれは言っていないが、糖尿病の進行が進んでいる。
タヤマが女を近づけなくなったのは、そういう理由からだ。
ただそもそも、憶病なタヤマは自分が恨みを買っていることを誰よりも自覚しているし。それで女なんか迂闊に近づけるつもりもないのもアベは知っていたが。
「アベ、甲賀三郎はまだ抑えられそうにないか」
「無理でしょうね。 必殺の霊的国防兵器の一角。 他の存在に比べて若干知名度は劣りますが、物語の内容はともかくその存在の源流は日本における信仰としては天津神よりも更に古い存在です。 諏訪神社の総本山といえば、日本におけるもっとも危険な祟り神、ミジャグジ神とも関係が深い。 日本の、それもリミッターがかかっていない神です。 とてもではないですが、信仰を失い弱体化した外来種の神々では……」
「それをどうにかするのがお前の仕事だろう!」
「やれと言われればやります。 しかし総力を挙げても、よくて相討ちでしょうね。 それよりも、タヤマさん。 ご決断を。 今守りにつかせている必殺の霊的国防兵器をだすか、それを……」
バカを言うな。
タヤマが叫んだ。
完全に声が上擦っている。
アベは、タヤマに恩がある。だからこの男が、どれだけ情けない本性を持っていて。運だけで今の地位にいることを知っていても。
裏切るつもりも、見捨てるつもりもなかった。
「と、とにかく、奴の被害だけでも抑える事を考えろ」
「無理だと言っています。 封魔塔にいる例の鴉をぶつければ勝機はあるかも知れませんが、あれは絶対に封魔塔を離れないでしょう。 何しろ彼処に封じられているのは……」
「し、しかし俺の側からこれを離すわけにもいかん! ヒルズや市ヶ谷の守りを開けたら、何が起きるか……」
急に語尾が弱くなる。
無理もない話だ。
タヤマがいきていた大戦前の時代は、最果ての時代だった
モラルが完全に崩壊し。大戦が起きなくても、人間同士で世界大戦が始まり。天使が手を下さなくても、世界が核の炎に包まれていた可能性だって高かったのだ。
タヤマはそんな時代に、ろくでもない家庭で生まれ。
幼い頃から反社の組織に入り浸り。
「兄貴」達に絶対服従のまま生きて、場合によっては尻も差し出していたようだ。
だから反社の生き方が骨身に染みついてしまっている。
そして健康的な生活をするなんて発想なんてなかったから。今ではすっかり体がボロボロだ。
もしも医療を受けていたら、即時精密検査と言われていてもおかしくない。
糖尿病は危険な病気で、最悪失明したり手足を切断しなければならなくなる。タヤマも時々アベには体のどこどこが痛いと泣き言を零すことがある。今では糖尿病の薬もないし、透析をする設備だってないのだ。
タヤマはいつ体が動かなくなったり、失明してもおかしくない。
それをタヤマは知っている。
更に言うと、この世界には地獄がある。それもタヤマは理解している。
タヤマは強がりを言っているが、自分が地獄以外に……それも地獄の最深部以外に行き場なんてない事は理解出来ている。
だからずっと怯えきっている。
東京の支配者を気取っていた頃はまだ良かったのだろう。
だが、今のタヤマは。
加速度的に勢力を失い。
東京でさえ絶対者ではなくなりつつあり。
今、足下から崩れるように。
切り札に離反されるという事態まで起きてしまっている。
「こ、こうなったら、サムライだったか。 腕が立つ奴がいたな。 あれを、人質か何かとって動かせないか」
「止めた方が良いでしょう」
「何……」
「間近で見てきましたが、あれは大戦の時に戦っていた三英傑と同格かそれ以上まで育つ逸材です。 下手に手を出せば、破滅は決定的になります。 人質なんてとったら、怒りを買うだけです。 甲賀三郎以上の実力者が、タヤマさんを狙う事になるでしょうね」
絶句すると、ソファに勢いよく座るタヤマ。
完全に拗ねた。
それで、しばらく寝ると言う。頷くと、アベは部屋から出ていた。
外にいたのはハレルヤだ。
出自を明かしていない。だからアベを兄貴と慕っているが。
まあ、それはいい。
ハレルヤが、悲しそうにしていた。
「どうした。 何かあったのか」
「ごめんよ兄貴。 俺が、もっと情報を集めていれば、今頃こんな事には」
「いや、お前は出来すぎるほどよくやった。 あそこから生きて帰ったのだからな。 今あのシェルターにいる英傑達は、俺でも倒せるかは微妙だ。 一人ずつ相手なら勝ち目はかろうじてあるが、それも「今は」だ。 このまま更に東京で腕を上げられたら、それすら危うくなるだろうな。 それを突き止められただけで、お前は良くやれたんだ。 気に病むな」
「ごめん」
ハレルヤはどうしても気弱だ。
この子はある意味、現在に蘇った神話の存在そのものであり、潜在力でいうとアベなんかより遙かに上なのだが。
それでもこう気弱だと、それも力を発揮できない。
それに、アベはハレルヤが可愛くて仕方がないのだ。
同時に罪悪感も強い。
また神話での過ちを犯してしまった。
その心が、どうしてもあるからだ。
ハレルヤを休ませると、アベは自室に戻る。放っていた使い魔が、戻って来ていた。
「アベ様。 封魔塔にて動きがあります。 鴉がどうも何か画策しているようです」
「また火遊びをするつもりかあ奴は。 主君への忠義を拗らせた挙げ句に、このような状況で火に油を注いだ愚か者が」
「如何なさいますか」
「今は何もできん。 ともかく、甲賀三郎による被害を抑えろ。 子分達はクラブミルトンから遠ざけ、集まるのも避けろ。 それと封魔塔には近寄らせるな。 彼処に封じられている者が蘇ったら、それこそ世界が終わりかねん」
使い魔が頭を下げると、アベは大きく嘆息していた。
既に三人の英傑に倒された同胞。アザゼルとサタナエルが生きていれば、少しはマシになったかもしれないが。だがあいつらはタヤマをバカにしきっていた。その時点でいずれは敵対する事になっただろう。
最悪の場合は、自分で甲賀三郎を、相討ち覚悟で止めなければならない。
嘆息すると、アベは部下達に細かく連絡を入れ。甲賀三郎との戦いを避けるように、周知するしかなかった。
(続)
大戦で多くを失ったのは人間だけではなかった……という話です。
アベは真4Fと同じ存在が正体ですが、奴の正体を知っていて、その逸話を知っているとハレルヤ君との関係がとても神話的で面白いものとなります。
現在の一神教では悪意をもって描写されているアベやその同志達ですが、本来の神話ではどうだったんでしょうね。
いずれにしても状況がカオスへ突き進んでいきます。
東京はこれだけの流血の末でもなお、まだまだ多くの血を欲しているかのようです。
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