原作だとあまりにも唐突に遭遇し、何の抵抗もせずにあっさり捕まる黒いサムライ。
この時村焼きをされているフリンも特に感情を爆発させる事もないので、本作でその辺りを補完しています。
よほど家族と上手く行っていなかったのでもなければ、あのあっさりの反応は色々と不可解ですからね。
本作のフリンは冷静に頭が回る一方、キレるときは普通にキレますし、情も相応にありますので、黒いサムライとの再度の邂逅では当然ブチ切れる事になります。
序、惨劇の跡地
人が誰もいなくなった池袋に来た。現地で人外ハンターとは遭遇したが、ただ悪魔がいつかないように巡回して、更には遺物を集めている人達だった。
東京でも人外ハンターにとって有用な遺物はあるらしく、人外ハンターも生活のためにそれをやっている。ただ必要な品がだいぶ違う。
それで交換を申し出て、僕は古いパソコンなどを分けて貰う。ノートパソコンやその部品なども集まったので、池袋のターミナルから一度東のミカド国へと運んでおく。金が目当てじゃない。これで、サムライ衆から正式に報酬が出るからだ。
シェルターにこういう物資が欲しいと言われていて。交渉の末に、それを報酬として貰えるようにしている。
僕はそれを引き渡しているわけだ。勿論マッカも貰っているが、それは悪魔合体や交渉などに用いている。
シェルターの側でも、僕の指定したものをくれるので、一石二鳥三鳥にもなる。大事なのは、どちらにも得だと言う事だ。
ジュンク堂というのも探す。
しばらく探していたら、あった。
かなり大きな建物だ。
というか、これ全部に本が詰まっているのか。ちょっと驚かされる。
「バロウズ、これで間違いないの?」
「ええそうね。 ただ、本来はこれでも別に大きな本屋だった訳ではないようだわ」
「これで!?」
「元々大戦が起きる少し前くらいから、本屋というのは数を減らしていたらしいの。 宅配の仕組みが発達したことで、本をわざわざ本屋に買いに行かなくても良くなったのが理由だそうよ」
なるほど。
宅配そのものは東のミカド国にもある。
しかし本を宅配とは、やはり文化が違う。
「それに本を読みたいなら、図書館という本を無料で読める大きな施設もあったのだけれども。 それらは大戦で片端から破壊され焼かれてしまったそうよ」
「酷い話だ」
「それで中に入るのか」
「……うん」
とりあえず、中に入る。
入口に魔法の文字でジュンク堂と記されている。東京では日本語というのだったか。中に入ると、凄まじい本の量に圧倒される。
これが全部売り物だったなんて。
ただ、埃を被っているし。
荒らされている場所も目だった。
「これらは文化そのものだ。 後で何かしらの形で保護できないのかな」
「まったくねえ。 人間にとって他の生物に唯一誇れるのは、ただこれら文化だというのにね」
瞬時に。
全身が戦闘態勢に入っていた。
槍を構える先の闇から、人影が歩いて来る。
無手のままのその姿は、キチジョージ村で見た時とまるで同じだ。
黒いサムライ。
僕の家族全部を奪った鬼畜外道。
どうなるか分かっていて人々に本を与え、たくさんの命を奪った邪悪。
僕はあの時と比べものにならないほど力を上げたが、それでもまだ勝てるかは分からない。
当たりだった。
やはり此処にいたのか。
ふっと気配が消えて、奴が店の外に出る。
好都合だ。
店の中で戦闘するのは、僕も避けたかった。皆、悪魔を総力で展開する。こいつはとてもではないが、手を抜くとか抜かないの敵ではない。
「追ってきたのね、この最果ての地まで。 それも、此処に巣くっていた西王母を倒すとは、やるじゃないの」
支援魔術を重ね掛けする。
更に呼び出したラハムを見て、黒いサムライはふっと笑った。
「あら、その子。 面白い転化を遂げたわね。 私と同じ存在になろうと思うのなら兎も角、より古い神格に、蛇の系譜と子の系譜を辿ってなるなんて。 それも貴方が見せた可能性故かしら」
「殺す」
「いいわよ?」
ヨナタンが、待てと声を掛けて来る。
僕はちょっと自制心に自信が持てない。今でも全身が炸裂するほどの気迫ではち切れそうなのだ。
「フリン、様子がおかしい。 罠の可能性が高い」
「……っ」
深呼吸。態勢を整える。
その通りだ。
ヨナタンの警戒は当然である。
周囲を完全に包囲。イザボーが呼び出したのは、以前ターミナルで戦ったナタタイシである。
呼び出せるだけの力がついてきたと言う事。
それにワルターも、この間戦ったナーガラージャを呼び出す。
ヨナタンも、四体まで増えたヴァーチャー、十体を超えているパワーを主軸とした陣列を並べる。
黒いサムライは、それらを見て、ふふふと笑う。
「この短時間で本当に力を上げたのね。 とりあえず、話をしましょう」
「お前と? なんの」
「その様子だと話なんて出来る雰囲気ではないわね。 だから殺されてあげるといっているのよ」
黒いサムライの言葉の意図が分からないが。
奴は、無駄に艶っぽい声で言う。
「326」
「……」
「私が東のミカド国で動いたことで、死んだ人間の数よ。 サバトで悪魔化したり、それが暴れるのに巻き込まれたり。 その回数分、抵抗しないから好きなだけ私を殺しなさい。 その後縄でもなんでもかけて、東のミカド国に連行すれば良い」
「なんだと……?」
僕の声が一段と冷えたのを、黒いサムライは意にも介していない。
ずっとにやにやと笑っているらしい。兜に隠れて、顔が見えない。だから、そうだとしか判断出来ない。
「私はね、貴方と話をしたい。 しかしながら、貴方と私の間には、被害者と加害者という壁がある。 幸い私は、一度や二度殺された程度ではなんでもない体を持っている……とはいっても殺されれば苦しいし痛いから、普段は殺されるつもりはないけれどね。 貴方が冷静になる為だったら、拷問だろうが辱めだろうがなんでも受けるわよ。 悪魔に私を強姦させてもかまわないわ。 勿論死ぬまでね」
なるほど、少しずつ分かってきた。
こいつ、自分のものも含めて。
命なんて、なんとも思っていないんだ。
恐らくだけれども、こいつがガイア教団のボスだというのはほぼ確定だと思うが。人間を統率しているのは、単に片手間の行動だとみて良いだろう。
それに、此奴がリリスだったとしたら。
一神教における男性優位の婚姻を嫌って最初の人間の所を離れた存在の筈。
プライドは相応に高い。
それが、僕にどれだけぶん殴られてもいいから、何か話をしたいと。
まあ、確定で罠だな。
それはヨナタンが思うとおりだ。
幾つか疑問はあるが、一つ気になる事はある。
ギャビーは、此奴の正体を知っているのではないか、ということ。
そもそもギャビー自身が、此奴以上の使い手なのだ。それは今、間近で見て分かった。力が上がってきているから、より正確に実力を判定できる。ギャビーの戦力は、この間も寺院で見たが。
恐らく西王母と此奴を足したより上だ。
今後、あの傲慢で冷酷なギャビーを相手にする可能性もあるとなると。
此奴が出してくる罠くらいは、喰い破らないと駄目か。
深呼吸して、天に向けて一喝。
ドカンと、あたりが揺れていた。
黒いサムライは平然としていた。僕は体内で荒れ狂っている怒りを一度そうやって外に吐き出すと、自分でもびっくりするくらい冷え切った声で言った。
「これは僕の個人的な怒りじゃない。 お前の身勝手な理屈で、ただ静かに生きていただけなのに殺された人達への弔いだ。 それは勘違いするな」
「なんでもかまわないわ。 さっさときなさ……」
踏み込むと同時に、首を刎ね飛ばす。
牙の槍の破壊力は凄まじいが、それでも相手が無抵抗だったから出来た事だ。
ふっとんだ死体が、天使達が張った光の壁に弾き返されて墜ちる。だが、死体がみるまに寄り集まって、再生していく。
「一回」
「フリン、俺たちも手出しして構わないか。 俺もどうもきな臭いと思うんでな」
「いいよ。 僕だけの怒りじゃない」
「そう。 ではよろしくってよ!」
僕と同様に力を蓄えていたイザボーが、極大の冷気魔術を叩き込む。コンセントレイトと補助魔術で威力を爆上げしていたものを、複数の悪魔達と一緒に放ったのだ。しかも凍り付いたところに、軍神ナタタイシが拳を叩き込んで、粉々に消し飛ばす。
だが、即座に死体が寄り集まって再生する。
自分の能力を見せつけているかのようだ。
いや、これは違う。
手応えがあまりにも浅い。
「二回」
ワルターが斬りかかり、一刀で唐竹に叩き割る。
ヨナタンの剣術が、黒いサムライを縦横に切り裂く。
回数が増えていく。
僕は可能な限り粉々にするのを試す。槍で串刺しにした後、踏み込んで上空に投擲。対空突き技、月落としをフルパワーで、チャージも込めて叩き込み。
更にはそれで消し飛んだところに跳躍。
今度は落下強襲技の兜砕きを叩き込む。
文字通り、蒸発する黒いサムライだが。すぐに何もない虚空から、残骸が集まり、再生していく。
皆、攻撃を集中。
三十回。四十回。
カウントが続いていく。
あまりにも、黒いサムライが脆すぎる。これは恐らくだが。
何となく分かってきた。
此奴、マグネタイトだったか、それを兎に角微弱に拡散している。それで生身の人間以下の強度に変えているんだ。
マグネタイトを消し去ったらどうか。
しかし、マグネタイトはどんどん吸収させている。
ラハムがおかしいという。
「お母様……いやあの人の力、全然衰えていません!」
「確かにまるで手応えがないな」
「いいえ、きちんと攻撃は毎度効いているわよ。 簡単に粉々に殺してくれるから、ちょっと張り合いがないけれど。 もっとサディスティックに、痛めつけてやるとか、苦しめてやるとか、そういう意思をストレートにぶつけて来ると思ったわ」
皆にハンドサイン、
威力を抑えろ。
そういう指示だ。
此奴は或いは、現状の僕達の手札を全て見ておくつもりか。
いや、それも考えにくい。
はっきり言うと、技というのは同じものでも練度や体調でまるで破壊力が変わってくる。今の技を見ても、次に戦う場合、それが生かせるとは思えない。
「89回。 まだ四分の一程度よ。 この程度で息が上がったのかしら?」
「うっせえ!」
ワルターが、立て続けに何度も斬りかかる。
ワルターの大剣は、三度目に支給されたこれもかなりの業物だ。ワルターはガイア教団を嫌いになれないと言っていたが、此奴には話が別なのだろう。
なんとなく理解したのかも知れない。
こいつがガイア教団なんて、どうでもいい道具くらいにしか考えていない事は。
リリスがこれの正体だったとする。
だとしても、最初の人間の妻だった、くらいしかもはや人間とは関係がない。それも速攻で破綻した相手だ。
神と人間に対して軽蔑の意思を持っていても。
愛なんぞある訳がない。
ヨナタンに話を聞いた。
僕らの知るバイブルに書かれている話では、天使は幾つかの理由で神の敵になったという。
神に謀反をしたもの。
その謀反を見てみぬふりをしたもの。
そして、人間に恋をしたもの。
それらが東京で頻繁に目にする堕天使、という定義に分類される天使であるらしいのだが。
まあそれはどう考えても後付だろうという堕天使は、幾例も見ている。
いずれにしても此奴は。
人間に対して恋をして、それで神の敵になった存在ではない。
200回を超えた頃、流石に皆の息が切れてくる。
僕は頭が少しずつ冷静さを取り戻してきていた。
こいつ、やはり何か狙っている。
それは何か。
僕を手駒にでもするつもりか。
それとも。
本気で話がしたいだけとはとても思えない。槍を振るうと、まだ笑っている……顔は兜に隠れてみえないが。
黒いサムライを刺し貫く。
「あら? 手が鈍ってきたわよ? ほらほら、もっと力を入れなさいな」
「だまれ」
首を刎ね飛ばす。
地面に転がった黒いサムライの首が、まだケラケラ笑っている。少なくともそんな声はしている。
或いは、普通の人間だったらおかしくなるような光景かも知れない。
頭を踏み砕く。
再生が始まる。
ワルターが大剣を振るって、粉々に消し飛ばす。
250回。奴が言う。
イザボーが、完全に魔力切れのようだ。ナタタイシが代わりに黒いサムライを殴っているが。
無粋といわんばかりに、ナタタイシの拳をあっさり黒いサムライが止める。本当にこいつ、手を抜いている。
後ろ回し蹴りで頭を粉砕。
ヨナタンが卓越した剣技で奴を切り裂く。
既に、観客がいる事は分かっている。
霊夢とあの銀髪の娘、それに志村さんもいるようだ。
いずれにしても、手出しをしても此奴は何かしらの方法で防ぐだろうし。今は何かしらの意図があって、わざと殺され続けているにすぎない。
しかも力を抜くと、とたんに強靭になる。
だが、僕は冷静さを既に完全に取り戻していた。
ワルターもヨナタンもへばっている中、奴の顔面を牙の槍で刺し貫く。再生を始めた奴から、いきなり隙が消えていた。
飛び退く。
「これで326回。 とても痛くて苦しかったわ。 私が死に追いやった人間の数だけ、正真正銘の死と苦しみを私も味わった。 これで貸し借りはなしよ」
「それをどうやって証明する!」
「ヨナタン」
「……くっ」
冷静さを取り戻せていないヨナタンに、僕は制止を入れる。
僕もかなり削られたが、それでも。
まだまだ此奴の方が実力が何段も上で、今までは何かしらの意図で殺され続けていたのはよく分かった。
それも今の力を使うつもりの状態で、今までの超再生力を発揮された場合。
斃せるのか、こんな化け物を。
そうとすら感じ、薄ら寒いものを覚える。
黒いサムライはくつくつと笑うと、両手を拡げて見せる。
「どうせ上で命令を受けているのでしょう。 私を捕縛しなさいな。 上に連れて行きなさい。 処刑でもなんでもされてあげるけれど?」
「……東のミカド国で、これ以上何を企んでいるの?」
「それは言えない。 貴方にはもう貸し借りなし。 これで捕まってあげて、ついでに処刑もされてあげることでね」
ワルターが前に出る。
それで、乱暴に縄で黒いサムライを縛り上げる。
「霊夢。 もういいよ」
「はあ。 気付いていたのは分かっていたけれど、冷静さを取り戻せたのは流石だわ」
皆が出てくる。
銀髪の娘を見て、あらと面白そうに黒いサムライは声を上げていた。
「なるほどなるほど、そういうことね……」
「勝手に納得しているんじゃないわよ外道。 フリン、護衛はしてあげるわ。 此奴を連れて、陸路で戻らないといけないんでしょう?」
「助かる」
「志村さん、クリアリングお願い。 それにしても……」
霊夢が縛られた黒いサムライをじっと見る。
何かしらわかる事でもあるのだろうか。
だが、しばしして視線を背けていた。
汚物でもみたかのような表情で。
「貴方も凄い使い手ね。 ガイア教団に来ない? 歓迎するわよ」
「お断りよ」
「あらそう。 貴方の雰囲気、むしろ混沌に近いと思うのだけれどもね」
「確かにある意味混沌だったわね昔のあたしの故郷は。 だけれどあんたが喜ぶような混沌じゃない。 訳が分からない奴が好き勝手に振るまう土地だったけれど、それでも決まり事があって、人間とそうでないものがきちんと上手くやるために努力もしていた。 貴方のは違う。 飼い慣らすことは考えていても、ともにあろうとなんて考えてもいない。 弱者は死ねだって? そもそも貴方たちを虐げた存在が、最強の者なのじゃないのかしらね。 だとしたら、貴方は結局その存在にどうして逆らおうとしているのかしら?」
ずばりいう霊夢。
黒いサムライは、くつくつと笑う。
その程度の事は、何度でも言われて来たといわんばかりに、何処吹く風だ。
志村さんが戻ってくる。
「車を手配した。 装甲バスが来る。 私がスカイツリーまで送るよ。 色々君達には世話になっているからね」
「ありがとうございます。 ……一応主任務はこれで終わりなんですが、これで終わるとも思えません。 何よりも、こんな状態の東京を放置しておけない。 必ず戻ってくると思います」
「助かるよ。 まだまだ東京は混沌の土地だ。 君達みたいな強い戦士はいつでも歓迎する」
頷く。
ほどなく鉄の箱を、首のない騎士の悪魔が引いてやってくる。幾つかこの装甲バスというのは作ってあるらしい。
黒いサムライは抵抗しない。
先に黒いサムライをワルターが引いて乗せると、霊夢が咳払いして、僕に耳打ちした。
「あいつ、素直に処刑されるでしょうけれど、すぐに蘇生するでしょうね」
「そうだろうね。 何度殺しても平気な様子だったし」
「気を付けなさい。 あいつがリリスだとすると、神秘主義思想で最上位の悪魔に近い扱いを受けている存在よ。 どんな手を使ってあの不死ぶりを実現していたか見当もつかないわ」
「気を付ける。 出来るだけ」
とりあえず、あまりにもあっさり黒いサムライは捕まったが、これで終わるはずがない。
僕は戻る。
帰路、黒いサムライはずっと黙り込んでいた。
途中で銀髪の娘をシェルターで降ろしたが、それだけ。志村さんと霊夢は、スカイツリーまで送ってくれた。
一度スカイツリーのエレベーターで別れる。
奈落を逆送している間も、ずっと黒いサムライは何もいわない。ただ、面白そうに僕達を観察しているだけだった。