なまはげは妖鬼辺りに分類しても良さそうなんですが、そもそもお祭りまで行われる存在なので、妖怪というよりは神様。
鬼神に分類するにはちょっと違うかなと思って、秘神に分類しております。
そこそこに強い悪魔です。中級天使数体程度なら返り討ちに出来る程度の実力はあります。
なまはげが歩きながら言う。
此処から遠い土地にあった東北の農村。そこでなまはげはみたという。
全てを焼き滅ぼす光の槍が降り注ぎ。なんの抵抗も出来ない存在を、全て焼き払っていったのだと。
なまはげは誰も助けられなかった。
祭りを行って、なまはげを崇めていた人達は勿論。
なまはげが守るべき子供達もだ。
全てを失ったなまはげは、同じように怖れてくれる存在すらいなくなった妖怪を集め、人の気配がする方へ進み。
やがて東京に辿りついた。
東のミカド国に辿りつかなかったのは、どうしてかはちょっと分からないが。
あれは天使の力が及んでいる可能性が高い。
何か理由があるのかも知れなかった。
いずれにしてもなまはげが辿りついた東京は地獄。この国の神も封印され、天使が我が物顔に見境なく殺戮を繰り返し、多くの人々が悪魔に食われるこの世の最果て。なまはげは天使と戦ったが、とても勝ち目は無く。一緒に逃げてきた妖怪達も、散り散りになり。やがて僅かに残ったノデッポウ達と地下に潜った。其処でも悲惨な有様を見て、それで悲しんでいたという。
「確かにあの光の槍が降り注ぐ前、世界は荒れておった。 人々の心は荒れ果て、わしのことなど信じるものはいなかった。 子供を戒める存在などだれも求めず、ただ己の利益だけ追求するような輩が褒め称えられていた。 だが、此処までする理由はあったのだろうかと、今もわしは考える。 まだ幼い子供もたくさんいたのに、どうしてここまでの殺戮をしなければならなかったのか」
本当に悲しそうだ。
僕にもそれは分からないと言って、東のミカド国がどういう場所か話す。
そうかと、なまはげは言う。
天使共がどんな場所を作ったかと思えばと。悲しそうだった。
強い気配が近付いてくる。
少しだけ、空気が清浄になった気がする。
地下の空間だ。
其処は恐らく、水が溜まっていたのだろう。わずかながら土があって、何だろう。粗末な建物が作られていた。
そして、以前秀が呼び出していたスダマという存在が、多数群れている。
その中に、人型が三つ。
大国主命と同じ文化の存在だと、一発で分かった。つまりこの国の本来の神様達である。
一人は大国主命と似たような髪型服装で、目が光っている男性の神様。鼻が高いちょっと変わった顔立ちをしている。バロウズが解説してくれる。
国津神サルタヒコ。
そうか、あれがサルタヒコか。
ちょっとだけ名前を聞いていたが、国津神の大物だと言う話だ。だとすれば、大きな力になる筈。
その側にいる薄着の女性は、天津神アメノウズメ。
サルタヒコの妻であり、天の神が弟の暴虐に怒って閉じこもってしまった時には、ほとんど全裸で踊って神々をわいわいと喜ばせたそうだ。
確かにとてもめりはりがついている体つきだ。
このアメノウズメについては、霊夢が言っていたっけ。
今の時点で恐らく封印されていないと。
なんでも神降ろしで力を借りられるとかで、それが分かっていたそうだ。
更に、もう一柱。
奧でつまらなそうに酒を飲んでいるのは、赤い肌をした荒々しい男性神格。腰周りだけ服を着けていて、逞しい体を見せつけている。
バロウズが説明してくれる。
「当たりよ。 天津神タケミカヅチ。 探していた神格だわ」
「よし……」
まずは当たりか。
ただ問題がある。
びりびりと感じる力がもの凄い。背丈もワルターよりもずっと高いのである。
霊夢を呼ぶか。
いや、ここがそもそも安全な地とはとても言い難い。
阿修羅会が立て続けに戦力を失っているが、それでも悪魔は多数彷徨いているし。この国の神が力を取り戻すと面白くない外来種はたくさんいるはずだ。
出来るだけ、急いだ方が良いだろう。
幸いアメノウズメはそれほど感じる力は強くない。サルタヒコは多分僕と同じくらいだろうか。
なまはげが、三体の神様……三柱というのだったか。神様に説明をしている。
やがて、タケミカヅチが立ち上がっていた。
移動中に大国主命を荒神から戻した話は、既になまはげにしてある。
話が早いと助かるのだが。
「大国主命を破ったというのはお前か。 あの若造も墜ちたものだな……」
「僕一人で破った訳ではありませんが」
「ふん、そうであろうよ。 まあいい。 復旧した神社があるなら、そっちに移りたい。 今いる場所は窮屈でかなわん。 ただ、神社はそれなりの広さが確保できている場所なのだろうな」
「神田明神という場所です。 分かりますか」
少し考えてから、タケミカヅチはおおと声を上げていた。
知っているらしい。
「彼処を制圧したのか! 堕天使共が見張っていただろうに」
「倒しました」
「そうかそうか。 ちょっとだけ興味が出て来たわ。 ただ、貴様からは天使の臭いがする」
「僕の仲間が使役しています。 ただ、僕のいる国を裏から支配している天使については、僕はあまり良く思っていません」
嘘をついていないか、じっと見ている様子だ。
頭が若干弱そうな豪傑という雰囲気のタケミカヅチだが、こんな所に逃げ込んでいてもこの国の神だ。
びりびり感じる力は本物である。
ひょいと跳躍すると、僕の側に降り立つ。
そして、しゅしゅっと身を縮めていた。僕と殆ど同じ背丈にである。神様だから、これくらいは朝飯前というわけだ。
これは予想していた。やはりそう来るか、という感じである。
「殺し合いをするのもバカバカしいでな。 どれ、相撲と行こう。 服を脱がなくてもかまわんぞ。 そなたから感じる力、最近見た人間の中では別格よ。 わしに勝てたのなら、ついていってやる」
「胸を借りさせて貰いますね」
オテギネを振るって、さっと円を描き。そして、オテギネは側にいるなまはげに預ける。
なまはげはオテギネの重さに驚いていたようだ。そうか、こんな強そうな奴が驚くくらい、僕の腕力も上がっていたか。
円の中に入る。
相撲は古くは神事だった。
それは僕も、甲賀三郎を霊夢が放り投げた後。甲賀三郎が負けを認めたことから知っている。
だからこの相撲、負けは許されない。
腰を落としたタケミカヅチが四股を踏み、手を叩く。一気に周囲の空気が荘厳に変わった。拍手は神事の一部だと聞いている。なる程、これが神様のやる相撲ということか。
僕も同じように四股を踏むと手を叩いて、力を充溢させ。
サルタヒコとアメノウズメが見守る中。
なまはげが、はっけよいのこったと叫ぶと、前に躍り出ていた。
がっとぶつかり合う。
敢えて体格を同じにしてくれたタケミカヅチだが、とんでもない力だ。米俵複数を担いで走り回っていた僕だけれども、米俵何個分だこの重さ。
ドンと音がして、堅いはずの床が砕けるのが分かった。
組み合って、力が完全に拮抗する。
バキンと音がして、僕とタケミカヅチの間の床が、亀裂を走らせる。天井から、ばらばらと粉が降ってくる。
満面の笑みを浮かべているタケミカヅチ。
これは面白がっているな。
この神様、多くの神を武力で従えてきた凄い存在らしい。
今は力がかなり弱まっているようだが、それでも大国主命より戦闘力という点では格上だろう。
だったら、支援魔術なしで。
素の力だけで、上回りたい。
ぐっと押される。押される度に、がっと地面が砕ける。円の端まで、じりじりと押されていく。
本当に嬉しそうな顔をしているタケミカヅチ。
諏訪のタケミナカタに勝った時も、こんな笑顔を浮かべていたのだろうか。
僕は無言で踏み込むと、重心を下げる。ぐっと踏み込む。地面が更に砕ける。びりびりと、辺りの空気が振動している。
雄叫びを上げながら、投げようとするタケミカヅチ。
投げられるか。
踏み込みつつ、重心を細かく移動して、それに耐える。技術の問題だ。単純な腕力の問題ではない。
僕の得意分野は槍、剣、体術。
体術の訓練の際には、何人もいる引退サムライの師匠に、姿勢の重要さ。それに重心をどう移動するか。
それらの重要性を仕込まれた。
今、その全てをぶつけて相対しているタケミカヅチが、少なくとも喜んでくれている。そして、ぶつかってみて分かったが。
この神様が使っている技術、ずっと古くから変わっていない。
相撲は少なくとも、千五百年は東のミカド国で楽しまれてきた競技だ。
そして恐らく日本でも。
日本で磨かれた技術がどうなってしまったかは分からない。
だが、文化の発展を天使が封じていたとしても。
こういう細かい技術の発展まで封じていたわけじゃない。
それは、タケミカヅチの技術を肌で感じて、僕は理解していた。
そのまま、相手が掛けて来た力を逆用して、不意に力を抜き。態勢を崩させ、一気に逆に投げに懸かる。
それを即座に理解して、態勢を立て直し、さがるタケミカヅチ。そのまま僕は前に出る。ガッと音がして、また床が激しく崩れる。
はっと息を吐いた。
タケミカヅチも全身から汗を流している。
僕に押し返された。
それ自体を喜んでいる様子だ。そして、そのまま拮抗。均衡した力を、敢えて崩すが、今度は乗ってこない。
地面から引っこ抜こうと真上に力を掛けてくるかもと思ったのだが、どうやらそういうつまらんことはしないようだ。そういう事をしてくるなら、僕も空中殺法に移行するのだが。
右足を前に踏み込む。
さっと左に避けるタケミカヅチ。そのまま、投げようとするのを、重心を操作して堪える。
堪えつつ、投げに来たタケミカヅチの力を受け流し。
今度は流れるようにしてその力を通す。前のめりになったタケミカヅチは、それでも踏みとどまるが。
全ての力を一気に爆発させ。そのまま、円の中から押し出していた。
「其処まで!」
なまはげが叫ぶ。
おおと、サルタヒコが腕組みして頷いていた。
そのまま尻餅をつくタケミカヅチ。ガハハハハと、とても楽しそうに笑っている。僕も流石に疲れて、肩で息をつく。足ががくがくする。気を抜くと尻餅同然に座り込みそうだ。
見ると周囲は、高位悪魔と戦ったのとなんら変わらない状態である。それぐらい、無茶苦茶な有様だった。
怖れてノデッポウやスダマ達は、かなり遠くでこわごわ此方を伺っている状態だった。
「見事見事! わしも百戦百勝というわけではなかったが、それでもこうも実力伯仲の相手とやりあったのは久々よ!」
「いや、貴方が信仰を失っていなければ、負けていました」
「そう謙遜するな。 その場合はそなたも、もっと色々な達人に学び、もっと良質な戦闘を重ねていたかもしれん。 いずれにしても、約束は果たそう。 それにこの国の封印された神の場所を探してもいるのだろう」
頷く。
アメノウズメが、回復の術を掛けてくれる。それほど強力ではないが、少なくとも移動するには充分だ。
先の地下通路まで、三柱の神と、なまはげと妖怪達と一緒に戻る。
戻ると、カガが呆れていた。
「凄まじいな。 まさか相撲で古代神格に勝ったのか」
「相手が弱体化していたから出来ただけだよ。 本来の力が出ていたら勝てなかった。 でも、それでもタケミカヅチは良いって」
「そういうことだ」
「もの凄い音がしていたのですけれど、相撲って一体何ですの?」
勿論イザボーは相撲を知っている。その上で、相撲をしていたとは思えない音だったということだ。
まあ、僕も激戦の末に、周囲を見回して呆れたほどだ。
タケミカヅチもからからと笑っていた。
天使をヨナタンが呼び出して、皆を回復させる。
また妖怪達は逃げようとしたが、大丈夫だとサルタヒコが一喝。そうすると、落ち着きを取り戻す。
しばらく回復の術で体を休めながら、話を聞く。
タケミカヅチは僕を気に入ったらしく、知っている事を話してくれる。
「この六本木の地には二つの邪がある」
「二つ?」
「ああ。 一つは六本木ヒルズとかいったか。 南光坊天海なる坊主が守っている土地でな。 その下では、悪魔共が喜ぶような悪鬼の宴が行われておったわ。 今でもまだであろうな……怨嗟の声が、まだ伝わって来ておる」
それは恐らくだが。
阿修羅会が赤玉とやらを加工している場所なのだろう。
文字通り人間を加工していると聞いている。
許されない話だ。
タケミカヅチは一度其処へ足を運んだのだが、南光坊天海の展開していた結界に阻まれ、分が悪いと判断して引き返したらしい。
「必殺の霊的国防兵器であったか。 あれは元よりだいぶ強化されておる。 もしも突破するのであれば、少なくともお前達全員が、わしよりも強くなるくらいの気でいないと駄目であろうな」
「そんなに」
「それだけ邪悪の宴が阿修羅会だとかには重要なのであろうよ」
許されない話だ。
あのタヤマとか言う奴。いずれ必ず首を叩き落とす。
それを誓う僕に、タケミカヅチは更に言う。
「もう一つ、この近辺の市ヶ谷なる土地にまずいものがある」
「市ヶ谷って、確か阿修羅会が必殺の霊的国防兵器を集中して守りを固めているという話の」
「元はこの国の軍が守っていた土地であるよ」
イザボーに、タケミカヅチが言う。
それによると、こっちの方がまずいという。
タケミカヅチも正体がよく分からないそうだが、この闇に閉ざされた東京に力を供給している場所であると同時に。
恐らく天使達が強硬手段に踏み切った原因があるという話だった。
「あれは極めてまずい。 使い方によっては、恐らく世界の全てがよもつひらさかに飲まれるであろうな」
「日本神話における地獄のような場所の事よ」
バロウズが補足してくれる。
おいおいマジかよとワルターがぼやき。ヨナタンも頷く。あまり猶予はないようだと。
カガは話を聞いていたが。
やがて顔を上げていた。
「タケミカヅチ神。 我等ガイア教徒に力を貸していただけぬか」
「そなた等は……ああ、力こそすべてとか抜かしている」
「この東京で生きるには力が必要なのは事実だ。 だが、それを正しく皆が認識しているとは思えない。 貴殿のように、状況を正確に理解していて、しかもこの国の神格である存在の助けが必要だ」
しばしカガを見ていたが。
タケミカヅチは、ふっと笑って断ると言った。
不思議と。
カガはそれを受けて、悔しそうにはしていなかった。
「そなたらの事は知っておる。 妙な連中だとは思っていた」
「妙とは」
「力を全てとするなら、何故群れる。 力が全てと言いながら、そなた等は結局力ある存在にすがっているだけ。 それは方向性が違うだけで、この地に攻めてきた天使共の親玉……四文字たる神とやらを盲信する連中と、同じではないのか。 人間は群れて初めて他の生物と同等になれる生物で、個の力が全てなどと言うのはその強みを捨てた妄言だ。 誰かが勝手に振る舞えば人間の群れは容易に腐り瓦解する。 万年の歴史を経て、そんな事も理解出来ていない集団に、手など貸す理由はないわ」
「おお……分かりやすい!」
僕は素直に感心する。拍手までした。
僕がガイア教団に感じていた違和感を、タケミカヅチは全て表してくれた。
その通りだと思う。
ただ、其処からどうするかは。カガ次第だ。
「だいたいわしだって最強の神格でもなんでもないし、最強だとすればあの四文字たる神だが、奴も万能でも全能でもない。 もしも法の神を自称する奴が全能の存在であるのなら、奴が神々の指導者になった時点で、この世界は全てが法に律せられた秩序の権化のような世界になっていた筈だ。 そうなどなっていなかったことは、人であるそなたが一番よく分かっているであろう」
「……」
「悪い事は言わぬ。 悩みがあるのあれば、あんなばかげた集団は抜けろ。 わしから言えるのはそれだけだ」
「ありがたい。 悩み、全て晴れました。 悟りには程遠いですが、それでも生まれ変わった気分です」
カガはすっきりした顔をしていた。
そのまま、六本木のターミナルまで移動。
一時的にタケミカヅチ達三柱は、僕と契約してくれる。なまはげはワルターの手持ちになってくれるようだ。ノデッポウやスダマ達も、一旦契約して、神田明神まで連れて行く事になった。
「悪魔合体で核を作り出してくれれば、分霊体としてなら力を貸そう。 我等の本体は、一度神田明神に結集して、それで他の封印された神々の居場所を探らなければならぬ」
「あんた達を呼び出せたら心強い。 すぐにでもそうなってやるぜ」
「頼もしきますらおだ」
サルタヒコが、ワルターにそう言って微笑む。
カガはこのまま、一旦シェルターに行くと言う。
その前に。
スマホから、カガは連絡を入れていた。ガイア教団にだ。
抜けると言っていた。
ガイア教団は、抜ける相手には興味を示さないらしい。負け犬として扱い。負け犬はどうなろうと知った事ではないらしい組織だそうだ。
スマホでの通話を切ると、カガは片手をあげてお経を唱えていた。
ごく短いものだったが。
「これで私はガイア教徒ではない。 以降君達と一緒に戦わせて貰う。 後輩という形になるのかな。 よろしく頼むぞ」
「貴方がいればとても心強くてよ」
「そうか」
イザボーとカガは握手をかわす。
そして、ターミナルで一度別れる。カガは新宿のターミナルに登録しているらしく、其処からシェルターに向かうようだった。
それなら、僕らもそれを護衛する事にする。
シェルターのターミナルから神田明神は近くにある。
カガが今後戦力になってくれるなら、護衛して送り届ける価値はある。勿論即座に信用する訳にはいかないが。
あれだけの事をして、スパイと言う事もないだろう。
帰路、シェルターに連絡をする。
鹿目がカガとは一時期組んでいたらしく、また鹿目もガイア教団から抜けた過去があるらしい。
それを聞くと色々と思うところもある。
ガイア教団との関係悪化を防ぐ必要はあるにしても。
いずれにしても、少しずつでも、状況を改善しなければならないのは事実で。
カガほどの強者が加わってくれるのであれば。
それはとても良い事なのだと、認識しなければならなかった。
相撲は古くは立派な神事でした。
そもそもタケミナカタ神をタケミカヅチ神が破ったのも相撲によるものです。
そういう意味で、フリンと正々堂々と相撲を取ったタケミカヅチ神は、相手の力量を見極めたかったし。その後の展望があるかを見たかったわけですね。