約束通りクリシュナがやってきます。
シェーシャを用いた強攻策を決断した世界と違って、維持神ヴィシュヌとしてやれそうだと判断した結果、クリシュナは人外ハンターと英雄達と話をつけるために直に来ています。
元々ヴィシュヌは悪神ではありません。
ヴィシュヌが強攻策を決断するほど、真4、真4Fの世界は破滅的な状況だった、というだけのことなのです。
疲労困憊の霊夢とともに戻る。
霊夢は以前ほど疲弊してはいないようだが、それでもスポーツドリンクをがぶ飲みしていて、機嫌も悪そうだ。
こういう負担を掛ける作業ばかりさせてしまって、本当に申し訳がないと思う。
今回呼び出した三柱の元必殺の霊的国防兵器の神々に関しては、神田明神から加護をしてもらう事だけに集中してもらうそうだ。
またオモイカネは、素戔嗚尊と天照大神の所在に心当たりがあるという。
ただそれを確定させるために、少し時間がいるという話だ。
いずれにしても休憩を、と思ったところなのだが。
シェルターの前でバスから降りて、秀と合流した瞬間。
あたりがずしんと、強烈な気配に包まれていた。
この気配は覚えがある。
マーメイドが明けの明星と呼んだ存在。ヒカルとともにあの炉の前に現れた者。
クリシュナだ。
クリシュナは此方に歩いて来る。
僕らが霊夢を庇って武器を取り。秀も刀を抜く。
マーメイドもぷかりと地面から浮かび上がってきた。すぐに殿も、シェルターに詰めているフジワラも出て来てくれるだろう。
僕が槍を向けて、まずは問う。
「クリシュナだったね。 なんの用?」
「言った通り、話をしに来たよ」
「……話って何さ」
「ま、役者がそろうまで待とうか。 大丈夫、何もしないさ。 僕はこう見えて、悪知恵が取り柄だ。 此処で君らとやりあっても意味がないことは僕自身が一番分かっているから、そう構えなくてもいいよ」
余裕か。
まあそうだろうな。
此奴はヴィシュヌという凄い神様の化身らしい。そのヴィシュヌという神様の姿は大天使達に倒されてしまったそうだが。その化身としてのクリシュナですら、これほどの力があるということだ。
クリシュナは側に何やら美しい女性を呼び出すと、椅子を用意させる。
そしてその椅子に、足なんか組んで座った。
両性具有だとか聞いているが、なんかちょっと無駄に色っぽい座り方で、僕はなんだかげんなりした。
程なく殿が憑いている銀髪の子と、フジワラが姿を見せる。ドクターヘルは確か炉と此処を行き来しているから、たまたまいなかったというところか。
クリシュナはふっと笑っていた。
「人外ハンターの長は君だね、フジワラ。 その超世の英傑が出てこなければ、東京をどうにも出来なかった老いた英雄。 君の不甲斐なさには苦笑していたよ」
「そうだね、私は何もできなかった。 大天使達を東のミカド国に追い払うときにアキラを失い、それ以降はずっと現状維持をするしか出来なかったし、阿修羅会を撃ち払うことも出来なかった。 それは自覚しているよ」
「無能を自覚できているなら結構。 其処の娘に憑いている貴方はそれで、何者か」
「クリシュナであったな。 まあ、この場には聞かれて困る者もいないからいいだろう。 わしの名は徳川家康。 この江戸の地を世界都市に育て上げたものだ」
徳川家康。
その名前を聞くと。
なんだかぴりっと来た。
聞き覚えがとてもある。
だけれども、何処で聞いたのかは分からない。
いずれにしても、殿はそういう名前だったんだな。
そう思うと、なんだかしっくり来た。
「聞いた覚えがある。 中華という圧倒的な文化圏がありながら、其処に対して確固たる独立を構築し、三百年の平穏な王朝を構築した世界の歴史に残る英雄だな。 軍事に関しても政治に関しても世界の歴史の何処に出しても恥ずかしくない存在であるとか。 私ですら聞いたことがある」
「そうか、そう言って貰えると光栄だがな。 わし以上の軍略家などあの時代になんぼでもいたし、政治手腕に関してもわしは多くの側近の手を借りたに過ぎんよ」
「謙虚なことは素晴らしい。 世に大王多くあれど、どいつもこいつも自分は最も偉いと考えるような輩ばかりであったからな。 まあいい。 その名を知ることが出来ただけで充分だ。 其方の主要人物を集めてくれるか。 私としても、しっかり君達と利害の確認と調整をしておきたいのでな」
「……分かった。 良いだろう」
殿が指示したのだろう。
銀髪の子がハンドサインを出す。
内容は、いざという時は犠牲を躊躇わず此奴を討て、だ。
凄まじい力を感じるが、なんとかなるとは思う。ただし、この場にいる半分以上は死ぬだろうなとも思ったが。
それくらいの凄まじい相手だ。
今戦うべきではないと僕は感じる。霊夢も青ざめている。恐らく暴力的な勘が戦いを避けろと告げているのだろう。
シェルターの内部で、フジワラが会議をセッティングする。
シルキーが料理を出すと、クリシュナは驚いていた。テーブルマナーも完璧に、もくもくと食べる。
そして綺麗に食べ終えた後、嫌みなく絶賛していた。
「よくもこの太陽を失ったこの土地で、ここまでうまいものを出せるな。 この国の食に関する拘りの深さは知っていたつもりだったが。 これは大天使どもも、惜しい事をしたものだ」
「……」
シルキーはあまり嬉しくないようで、一礼だけすると退出する。
何となく分かる。
クリシュナはフジワラをバカにしきっている。
確かにフジワラは、殿が来る前は。文字通り何もできずに苦悩の日々を送っていたと聞いている。
だが、殿が現れて反撃を開始するための力と人材を温存できたのは、フジワラがいたからだろう。
もしも阿修羅会が今以上の力を持ち、東京の絶対支配者として君臨でもしていたら。
東京はもっと酷い事になっていたことは、疑いないだろう。
僕からしても、そういう意味でクリシュナの言動は腹が立つ。
鼻につくを通り越して、はっきりいって傲慢に思えた。
クリシュナは調べた。
ヴィシュヌの化身の中でももっとも偉大とされる存在で、歌や踊りを愛し、異性を魅了する存在だとか。
まあ僕ははっきりいって愛にはあんまり興味がないというのもあるのだが。
こいつに魅力はあんまり感じないし。
何よりも不快感の方が目立つ。
程なくテレビ会議の準備が整い、ツギハギとドクターヘルが画面越しに揃う。クリシュナはやあとか人なつっこい笑みを浮かべたが。
二人とも無言のままだった。
「それで利害って何」
皆黙っているので、僕が先に声を掛ける。クリシュナはふっと笑う。何となくイザボーが、以前ヒカルに対して敵意を感じていたのを理解しはじめて来た。
こいつのいちいち送ってくる流し目。
はっきりいって、それで女ならなんでもイチコロみたいなブン舐めた感情を透けて感じるのだ。
それが此奴に対する不快感の正体。
要するに此奴、僕を初めとした人間を舐め腐っているのである。
「では話そう。 僕の目的は、ズバリ傲慢な四文字の神をその王座から引きずり降ろすことだ。 それについて、協調できると判断して此処に話をしに来た」
「具体的にどうするつもりかね」
「四文字の神は、現在至高天という上位時空にいる。 其処にはこの世界の法と神々の王座が存在していて、其処に奴はついている。 本来だったら、其処に入るには三つの鍵と、神と合一した人間が必要であるんだが。 鍵はともかく、後者はよほど強引な手段でも採らない限り、四文字の神の法が許していなくてね」
クリシュナは続ける。
マーメイドが話していた事と一致するから、嘘をついている訳ではなさそうだ。
クリシュナは最初、東京がこのまま千々に乱れるようだったら。東京の人間を食い尽くして、それを贄にして原初の龍王を呼び出すつもりであったらしい。
その名前はアナンタ。
シェーシャとも呼ばれる、太古の龍王にて。世界を作りあげたという伝承を持つ存在であるという。
蛇の神の系譜の頂点に近い存在なんだろうな。
僕はそう思ったが、いずれにしてもクリシュナのやろうとしていたことは許される事ではない。
此奴は世界の維持のためならなんでもする。
その話の通りだった訳だ。
「だが、君達の活躍を見ていて、その戦略を放棄するか悩んでいてね」
「どういうこと? どっちにしても絶対にやらせないけどそんなこと」
「話を聞きたまえ。 既に衰えた三英傑の残り二人だけだったら、人間が盛り返す可能性は皆無だった。 だが、其処に英雄達が集まった。 英雄達は東京のガンになっていた阿修羅会を撃ち倒し、それどころか様々な神々の信望すら集めつつある。 これならば、無茶をして残り少ない人々をシェーシャの贄にしなくても、大天使どもの国を打ち破って、至高天への道を作れるかもしれない。 そう僕は判断した」
何が判断しただ。
やっぱりこいつ気にくわないな。
結局人間を道具としか見ていない。
霊夢に話は何度か聞いた。
神々は信仰によって左右される。信仰は人々が作り出す。
神々にすがるのは、世界があまりに過酷だから。それは僕も同意できる。
だが、神は人より上か。
神は人の信仰あっての存在ではないのか。だとしたら、人は神に祈り、神は人に応える義務があるのではないのか。
神は絶対などと言う思想が間違っているのは。其処から派生したものとしては良く理解出来る事だ。
だが、クリシュナは。
四文字の神を打倒するために、人間を皆殺しにしてもいい。そんな事を考えているのは、明白。
咳払いしたのは霊夢だった。
「あんた、結局人間を見下しきってるのね。 それで見下しきった人間に、何を囀りに来たのかしら?」
「まあそう怖い顔をしなさるなお嬢さん。 私としても可能な限り穏健な策を取りたいのも事実。 四文字の神に対抗するために集まった私の同志達も、考えは違うが、君達に一目おいているものも多い。 それに、私も目的を達成出来れば、私自身が座につこうとは思わない」
「それは貴方が維持神だから?」
「そうだ。 私はあくまで維持の神格であって創造の神格ではない。 シヴァが座につくのはそれはそれでいいのだろうが、あやつは基本的に性格が苛烈すぎて、世界の維持よりも破壊を先に考えるからな」
クリシュナは言う。
未来をどうしたいか聞かせろ、と。
何のことだと思ったが。
何となく見当がついた。
マーメイドが言っていた、ナホビノの試行錯誤の話だ。
僕には残念ながら思いつかない。
この世界は人間だけのものではないし。この世界の資源も有限で、人間だって可能性が無限にあるわけでもない。
そんなことは分かっている。
だが、絶対の善悪があるなんてルールは間違っている。
ただ、ならばどうすればいいかなんて結論は簡単には出てこないのもまた事実なのである。
「シヴァが倒れた今、ルドラの秘法でこの世界を消し飛ばす事もできないから、このままだとこの世界は四文字の神の思惑通りになる。 奴の望む「純粋な人間」が神の奴隷として生きる世界だ。 それでいいのかね?」
「いい訳がないだろ、このすかし野郎!」
「この場で結論を出すのは難しいだろうな」
ワルターが掴み掛かろうとするのを、秀が片手だけで止める。まだまだ僕らより全然強いな。
そう思いながら、僕は銀髪の子を見る。
殿は、しばし考え込んだ後、言うのだった。
「わしの専門は地に足のついた政にすぎんのでな。 世界の法則を好き勝手にするなんて事は専門外よ」
「まあそうだろうな。 貴方はあくまで人類史に残る軍略家で政治家であっても、それ以上の存在ではない」
「クリシュナとやら、そなたとぶつかりあうのは本位では無い。 此方としては、何らかの結論を出すが、それは今ではない。 いずれにしても、今は幾つか先にやる事があるのでな」
「ふむ……」
クリシュナは考え込んだ後。
鈴をテーブルの上に置いた。
ダグザの竪琴と同じようなものだろうな。
そう思ったが、違っていた。
「一つ譲歩しよう。 四天王寺の結界は私が……正確には私の同志である弥勒菩薩が弄くって変更した。 それをこの鈴で解除できる。 荒神となっている四天王もそれで大人しくなるだろう」
「どうしてそのような事をした」
「大天使どもを侮っていまいか。 あいつらはまだまだ此方に戦力を派遣することがその気になったら出来る。 以前四大天使を破った人間がいるから控えていただけだ。 大天使どもの力を考えると、そのままの東京の守りではまだ足りぬ」
「!」
そうだったのか。
ちょっと相手の力を過小評価していたかも知れない。
ガブリエルも僕らに指示するだけで自身は動こうとしなかったが。あれはその力がなかったからではなかったのか。
ただ、それで分かった事がある。
クリシュナは全てを知っている訳ではないようだ。此方が四大天使のうち三柱をもとの姿に戻しうる手段を手にしている事は、少なくともクリシュナには知られていない。
だがそうなると、たびたび情報が漏れていた事はどこから来ている。
スパイはいないと見て良い。
だとすると、何が起きているのか。
「いずれにしても此方もすぐには動けんよ。 情報が足りぬでな」
「情報だったら此方で提供できる」
「ほう?」
「滅びてしまった平行世界へいけるように出来る。 そこで何がまずかったのか、見てきてはどうか」
僕は顔を上げる。
クリシュナは何でも出来るわけではないようだが、そんな手も持っていたのか。ちょっとこれは侮れない。
ただこのクリシュナという神。
維持神という割りには、どうにも不快感がある。
ただの感触だから、それを元に何かしらの判断をするわけにはいかないが。いずれにしても、全面的な信頼は出来ないか。
「分かった。 いずれにしてもしばし待って貰えるか。 此方も総力戦の後で態勢を立て直さなければならない」
「……まあいいだろう。 阿修羅会等という愚か者を東京から排除した手腕に関しては此方でも確認している。 しばしは待とう」
クリシュナが席を立つ。
僕は入口まで送るが、クリシュナはふっと鼻を鳴らす。まあ、見送りなんていいものじゃない。
悪さをしないようにするための監視である事は、クリシュナだって分かっているだろうから。
「人ならぬ英雄達と違って、君は人として図抜けた英雄のようだな。 それも何かしらの神の加護を得ているわけでも、その転生体と言う訳でも無さそうだ。 君は一体何者なのだ?」
「僕はフリン。 サムライ衆の一人。 それ以上でも以下でもないよ」
「そうか。 だが、そういう存在こそが、この世界のどん詰まりを回避できるのかも知れないな」
帽子を被り直すと、クリシュナはふっと消える。
一緒に来ていたワルターが、唾を吐き捨てようとしたが、やめた。
今の時点で事を構えるのはよろしくない。
阿修羅会との戦闘が終わったばかりで、まだ混乱もダメージも残っている。霊夢は万全には程遠いし。僕だってまだちょっと休憩が足りていない。連戦の最前線にいた秀だって、あまり戦いたくはないだろう。
この状態で、下手をすると必殺の霊的国防兵器を有している阿修羅会以上かも知れない戦力を有する相手と即時で事を構えるのは悪手だ。
ヨナタンが嘆息。
「休む暇もないな」
「うん。 あのクリシュナって奴、相当な食わせ物だ。 譲歩してきていると見せて、何を企んでいるのか……」
「あの殿方も、どうにも好きにはなれませんわね」
「同感だ」
ワルターは分かりやすい。
ともかく、休憩をいれないとまずい状態だ。
市ヶ谷の戦闘での疲弊は思った以上に皆に影を落としている。それをどうにかするには、まず休む事からだった。
クリシュナは拠点に戻ると、ムチャリンダが戻って来ていた。
指示を出していたのだが。
あまり結果は芳しくなかったようである。
「その様子だと、かのスラブの主神どのは首を縦に振らなかったようだね」
「はい。 ペルーン様は我等との連携を拒否なさいました」
「まあそうだろうな。 このような状況では、連携をとること事態がリスクになりうる。 そもそも私もカルキの姿を取る事を検討したほどだからな……」
「……」
ムチャリンダは一礼するとさがる。
まあいい。
幹部を集める。
少し前にオーディンを発見したが、力を根こそぎ奪われ、それで北欧神話系の残党の神々が復活のために苦労しているようだった。
オーディンは狡猾な上に上昇志向が強いため、同志に誘った場合、この多神連合の長であればいいとか言い出しかねない。
その上北欧系の神々の面倒なところは、あの最強の雷神トールが健在なところで。
トールも大天使達との戦いで深手は負ったものの、それでもかなりの戦力をいまだに有している。
それを考えると、極めて厄介だった。
「この地には太陽が戻りつつある。 余はこの地の太陽神を呼び戻した者達と連携していくべきだと思うがな」
そう開口一番に言ったのは、穏健派筆頭のケツアルコアトルだ。
本来は慈悲の太陽神であるこの神は、余程の事でもない限りは強硬手段を選ばない。本来は多神連合に誘えたのがおかしいくらいの存在なのだ。それほどこの状況が絶望的であり。
四文字たる神による世界の破滅が、目前に迫っていると言う事だ。
肩をすくめてみせるのは、そのケツアルコアトルのアンチ存在であるテスカポリトカである。
「それで俺たちは日本の神々の下につくってか?」
「別にそうは言っておらぬ。 天使共を撃ち払い、四文字の神を倒し、それで新しい法が世界に満ちれば、その時は人は世界にまた満ちる。 その新しい世界で、世界に拡がる過程で余に従う者達を加護して行けば良い。 目先の利益だけを求めるのは神のありようではない」
「相変わらずご立派なことで。 そんなことだから、ピサロだのコルテスだのいうチンピラに全て奪われたんじゃねえのかよ」
「そうだな、余があの時は甘かったことは否めぬ」
痛烈なテスカポリトカの皮肉に、素直に自身の過去の失策。今名を挙げられた残忍非道な侵略者達が来た頃には、南米の主要文明は腐敗しきっていて。それで少数の敵に侵略を許してしまった歴史を素直に反省してみせるケツアルコアトル。
主神であるだけあって、流石に懐が深い。
ショウキがそれに同調する。
彼もまた、病魔退散と言う観点で、善神に近い存在だ。本来は乱暴な手段を採ったり、人をいたずらに殺す神格ではない。
「あのサムライなる若者達、かなりの使い手だ。 我等と連携すれば、明けの明星が率いるガイア教団を抑え込み、更には天使共を塵に帰す事も不可能ではあるまい」
「そうですね。 我の目的はあくまで衆生の救済。 死後の救済を目的としても良いのですが、それはそうとして。 生きているときに救えるのであれば、それに越したことはありません」
弥勒菩薩もそういう。
だが、反対意見もある。
この間ダグザに破れ。
今もなんとかボロボロの姿で実体化だけ出来ている神。バアルである。
散々な姿だが、元々信仰されていたカナンの主神バアルは既にその信仰も失われ。そもそもユダヤ教と争っていた頃には様々な神がバアルと呼ばれていて。その神が曲解された挙げ句、今ではこのような有様になっている。
一時期は座にいた神とは思えぬほどの悲しい姿だが。
それでも今は戦力として必要だ。
だから破れてアティルト界に叩き落とされたところを、クリシュナが手をさしのべたのである。
「お前等はともかくとして、余はどうせ世界に光が戻ったところで信仰など得られぬ。 余の一人負けなど御免被る!」
「人々にあわせて信仰を変えれば良いだろう」
ずばり指摘したのは弥勒菩薩だ。
まあそういう言葉も出るか。
此処にいる弥勒菩薩は大乗仏教で信仰された存在。複雑な仏教の思想をとにかく簡単にして、誰でも信仰しやすい形にした状態のご本尊だ。本来の弥勒菩薩とはだいぶ違う。
そのため他の仏に比べると、極めて柔軟な姿勢を取れる。
これは観音菩薩なども同じなのだが。
あちらは残念ながら、この連合に乗ってはくれなかった。
「余は神々の王だぞ! 王が民に膝を屈しろというのか!」
「王は国家第一の奴隷でありましょう。 そのような考えでまだいるから、身を千々に別たれ、悪魔とされても、誰も同情しないのでは。 いや、経緯が逆か。 いずれにしても貴方は、一神教で貶められた存在として、精神を蝕まれているようですな」
貴様、と吠えたバアルだが。
残念ながらその姿は無様に揺らぐばかりだ。
呻くバアル。
古くは座にいた神とは思えぬ哀れさだが。しかし、まあそれも仕方がないだろう。
同じく座にいた経験があるアメン・ラーや、同じくマルドゥークも、今ではすっかり神々の主流からは外れてしまっている。
そうなれば。歪むのは仕方が無い事なのだ。
「いずれにしても賛成多数ということで。 それにバアル殿、意地を張るのは結構ですが、我等の仮想敵にて、倒さなければならない存在は、人間ではない。 大天使どもであることをお忘れなく」
「ぐっ……。 そうだな。 わかった」
「それに、あの者達が今勢いがあるといっても、世界をどうするか決められるか、それがよりよき世界になるかはまた別の話。 いずれにしても、様子を見てからとしましょう」
クリシュナがまとめると、皆それぞれ散り散りに去って行った。
さて、此処からだ。
クリシュナ自身、そもそも人間共がちゃんと上手くやれるかは、まだ五分五分ていどだと思っている。
それに明けの明星がおかしな動きをしていると報告がある。ガイア教団に貼り付けていたベリアル等を引き上げさせているというのだ。
だとすると。
また、東京に大乱が始まる可能性も、低くはないのかも知れなかった。
※殿の正体について
ついに名前が出ますが、はい徳川家康公です。
江戸の守護者といえばこの人です。確かに板東武者の開祖である将門公も偉大な存在ですが、江戸を育て上げたのは間違いなくこの人。
世界史でも通じるレベルの偉人ですね。
メガテンではほぼ江戸の守護者として名前が出てきませんが、少なくとも将門公と同列くらいに扱っても罰はあたらんと思います。
好き嫌いが分かれる人ではありますが、超有能な人物だったのは間違いの無い事実なのです。
ちなみにフリンも伏線を撒いていますが……もう正体が分かっている人もいるかも知れませんね。
なお作中でも触れているとおり、銀髪の子は家康公とは無関係です。この子の正体もまたいずれ明らかになります。
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