市ヶ谷陥落の果てに、捕縛された者がいました。
その運命はそれぞれ真逆。
ですが最終的にはその運命はまた交わる事になります。
トキが目を覚ますと、縛られたままシェルターの内部で転がされていた。ただ悪い事ばかりではなく。回復の魔術を掛けてくれていたようで、体は万全に近い。しかしながら縄は完璧で、悔しいが外せそうになかった。関節が極められているから、どうしようもないのだ。
側では悔しそうに俯いたまま縛られているハレルヤとやら。
回復の魔術を掛けてくれているのは、確かコノハナサクヤビメか。この国の神様だ。
いずれにしても、とにかく脱出が先だ。
そう思っていると、部屋に誰か入ってくる。
残念ながら隙はない。
あのフリンとやらだった。
「もう回復したみたいだね」
「私と其方で利害はないはずだが」
「そうだよ。 だから解放するために来た。 ただ解放するときに暴れられると面倒だから、僕が来た訳」
「ちっ……」
隙がないし、トキを担いだのはスプリガンだ。此奴を殺す事は可能だが、その次の瞬間にはフリンの槍で貫かれるだろう。
肌で感じる凄まじい武芸。
ガイア教団の誰よりも既に強い。
トキの師であるおばあさまたちよりも、既に。
二人がかりでも、既に勝てないだろうと冷静にトキは見ていた。
「そいつ、確か以前見た事があるような……」
「危ないよナナシ。 この子、暗殺の専門家だから」
「暗殺ねえ……」
おない年くらいの少年だ。ナナシというのか。その隣に、似たような年の女もいる。
格好はボロボロだが、それでも自分の身なりを気にする余裕があるのが分かる。つまり、このシェルターでの生活水準が向上していることを意味している。
それだけで、どれだけ不愉快か。
ガイア教徒は常に自分を追い込み続けている。
同期の子供達の中で生き延びたのはトキだけだ。
弱い奴は死ね。
その理屈に誰もがストイックに従うのがガイア教団だ。だが、そんな生き方をしているガイア教団よりも。
此奴らの方が、明らかに強い。
確かに才能が同じ場合、技術がものをいうと聞いたことがある。
だが、才能が違う場合、どうしても勝ち目は生じないと口酸っぱく言われた。
だから暗殺の技術を仕込まれたのだ。
そんなのは、強さではないのではないのか。そうトキは思った。
実際阿修羅会の生き残りの幹部達を市ヶ谷で狩っているとき。遭遇したあのアベという男は、明らかに勝ち目がなかった。
小手先の技が通じるのは人間までだ。
あいつは高位の悪魔だった。
そんな、人間にしか通じない暗殺技術なんて、なんの意味があるのだろう。
アベの強さを目の前にして総毛立ったトキは、そう感じたし。
今、全く隙が見えないフリンを目の前にしても、そう思う。
前は完全に背後を取っていたのに勘付かれたっけ。その時は霊夢という奴が相手だった。
いずれにしてもこのままでは。
トキは、こぢんまりとして終わってしまうのではあるまいか。
外に連れて行かれる。
ハレルヤと言う奴は、じっとフリンを殺意を込めて見つめていたが。あれは強力な結界で封じられていて、逃げるどころじゃない。
トキもまた、ハレルヤとやらをかまう余裕もなかった。
フリンがその気になれば、一瞬で首を落とされる。それが分かっていたからである。
「私を殺すのか」
「解放するってば。 そっちだって、僕達とやりあう理由はないでしょ」
「……そうだな」
「銀髪の子が君らを一瞬で気絶させたのは、戦いに巻き込まないためだよ。 まあ横槍を入れられるのも面倒だって思ったからもあるんだろうけれど」
それも分かっている。
そして、そんな判断をされたのは、弱いからだ。
興味薄そうに見ているナナシという奴と、現時点ではせいぜい互角か。そう思うと、口惜しかった。
こいつも年からして、東京で生き延びてきた子供だろう。
だが、周りの子供が全員死ぬ環境で必死に腕を磨いてきたトキよりも。
周りに恵まれて、大事に育てられているのが分かる此奴が同格。それがどうしても気にくわない。
それに、だ。
ある程度の成果を上げたとは言え、アベを倒したのは此奴らだ。
おばあさま達に言われたのだ。
阿修羅会の幹部共はお前で充分に倒せる。それらは多少は逃げられたり取りこぼされてもかまわない。
だが、アベだけは必ず殺せ。
あれは今負傷していて、好機の筈だ。
お前でも殺せる、な。
殺さずして戻るな。
それを思い出すと。このまま帰ったら、無事では済まないのかも知れない。だが、最後まで責任を取るのが仕事だと、トキは思っていた。
縄を解いて貰う。
縄は完璧で、外す余裕もなかった。
綺麗にされた鉈を返して貰う。ドワーフか何かが手入れしたのか、完璧に直されていて。
連戦でいたんでいた前よりも、更に良くなっているほどだった。
「さ、行きなよ」
「分かった。 それでお前達、これからガイア教団とも戦うのか」
「状況次第かな。 ただ、ユリコは殺す」
「……っ」
飄々としていたフリンだったが、ユリコ様の名前が出た瞬間、別人のような鋭い殺気が篭もった。
背筋が凍るかと思った。
此奴は戦士として既に超一流の域にいて、トキでは及びもつかない。それどころか、それでいながら頭も回る。
ガイア教団はこういう奴を欲しがるんだろうなと思って。トキは悔しくもなった。
そのまま、銀座に戻る。
今回の作戦では他に数名の暗殺専門のガイア教徒が出ていたのだが、戻ったのはトキだけだった。
恐らくはほとんどアベに倒されてしまったのだろう。
本殿に戻る途中、年上のガイア教徒に揶揄される。
「無事に戻れて良かったな。 色仕掛けでも使ったか?」
「黙れ」
「ふっ。 アベを倒したのは貴様ではなかったらしいな。 ミイ様とケイ様がどうお前を処するかな」
明らかににやついていて、トキの運命を楽しんでいる様子だ。
殺してやりたいと思ったが、無視。
本殿に出て、おばあさま達の部屋に。
浮いたまま座っているおばあさま達に跪くと、倒した阿修羅会の幹部の名前を列挙し。それと、アベとの戦いの覚えている範囲までの話をした。
「そうかそうか」
「まあネフィリムもどきが相手では、今のお前では荷が重かろう」
「申し訳ございません」
「言い訳なんぞどうでもええわ、この役立たずがっ!」
突然凄まじい罵声に切り替わる。
全身が恐怖で震え上がる。
空中に持ち上げられた。サイコキネシスによるものだ。手足を拡げられると、腹部に鈍痛が走る。
吐血するトキは、見る。
目を血走らせて、狂気の笑みを浮かべているおばあさま達を。
「アベを殺すどころか、慈悲掛けられてもどるたあどういう了見だ、このド阿呆!」
「お前みたいなつかえんのに時間を掛けた覚えはないわ! この役立たず! 低脳! ド無能! 今から折檻や、覚悟せい!」
「す、すみませ……」
言い切ることは出来なかった。
そのまま、数時間トキは激しい暴行を加えられた。サイコキネシスでトキを痛めつけながら、おばあさま達はもはや人とは思えない笑みを浮かべ続けていた。
ああ、この笑みだ。
他の子を殺した時も。トキが一発で課題をこなせなかったときも。
トキを痛めつけるとき、ずっとこんな風に笑っていた。
ナナシというあの少年を見て思った。
同じくらいの強さなのに、なんでこんなに環境が違うのだろうと。
涙なんかでない。
流そうものなら、惰弱と言われて更に数時間は折檻される。それで死んだらそれまでとおばあさま達は考えている。
しばらく徹底的にトキを痛めつけた後、おばあさま達はトキを水牢に入れた。
水を張られた牢で、立っていないと溺れる絶妙な深さまで水が入っている上、足には鎖と鉄球がつけられる。
つまり体の力を抜いて浮いているなどということは出来ない。
ずっと息をする努力を続けなければならず。しかも張られている水は不衛生な上に凍るほど冷たい。
それで死ぬならそれまで。
おばあさま達はそう考えている。
実際こうやって水牢に入れられて死んだ子供は何人もみた。死んだ子供は、悪魔のエサにされていた。
トキは、このまま死ぬのだろうか。
今回の折檻は、いつも以上に激しかった。何度も溺れそうになり、意識が飛ぶ度に溺れかけて。
そして体力が見る間に奪われていく。
どうにもならない。
ガイア教団しか、トキの居場所はない。
そう考えていると、不意に楽になった。
いつの間にか、布団に寝かされていた。不満そうなおばあさま達に、ベリアル様が諭している。
「あの娘は私が引き取ろう」
「ベリアル様がそう仰るのであれば……」
「しかしあれは策を失敗した上に、役に立たぬゴミにございます」
「策そのものが無謀だったのだ。 それにお前達、アベと相討ちになることを望んでいたのだろう」
おばあさま達が視線を逸らす。
ああ。
そうだったのか。
それで、なんだかぐっと何もかもやる気がなくなった。布団の中で、また意識を失う。疲れきり、体力もなくなった状態では。
ただ眠る事しか出来なかった。
ハレルヤはトキという暗殺者が連れ出されてから、しばらく床でもがき続けていた。何もできない。
何もできなかった。
今、床に結界が貼られている。
ハレルヤはいずれ兄貴を超えると言われていた。兄貴……実際には父さんだった事は、最後に知った。
ハレルヤも知らなかったのだ。
一瞬で眠らされて、それで。気がつくと、全ての力を抑え込まれた結界に閉じ込められていた。
悔しい。
兄貴が殺された事は力不足だった。それに、兄貴はサムライ達や此処にいる良く分からない超強い奴と殺し合いをしていた。だから、殺された事そのものに怒りは感じない。というか、そんな怒りを感じる資格なんてない。
ハレルヤだって阿修羅会にいたのだ。
どれだけ勝手な理屈で阿修羅会がやりたい放題をして来たのか。多くの命を奪い去り、消えていくのを見て笑っていたのかを知っている。
阿修羅会に殺されそうになった人間を、こっそり逃がした事は何回かある。
それを兄貴は知っていたようだったが。
責める事はしなかった。
ほんの僅かだけ、兄貴みたいに仁義ってやつを持っているのもいて。そういう奴も、阿修羅会の行動には心を痛めているようだったけれど。
ただそれはあくまで一部も一部。
東京の人々から武器も戦う術もインフラすらも奪い。
悪魔にただ鏖殺される状況を作ったのは阿修羅会だ。
そんな阿修羅会だったハレルヤに、兄貴を殺された仇がどうのという資格はない。
怒りはただ、無力な自分に向いていた。
部屋に誰かが来る。
縛られたままだが、分かる。
最後にハレルヤを気絶させた銀髪の女の子だ。全体的に真っ白という印象を受ける子で、全身から淡く光まで放っていた。
大戦の前くらいまでは、美しい女の事を天使の様だとかいう事があったらしいけれど。
それとはまた印象が違う。
それに、幼いのに、ハレルヤなんかとは別次元の修羅場を潜っているのが一発で分かった。
勝てる相手ではないことも。
一緒にフリンとかいうサムライや、その仲魔も来る。
側でラハムという邪神が見下ろしていて。どの道、もはや抵抗する術すら残されていなかった。
「それでどうするんですの? この子、アベの遺言によると、人として恥ずかしい事はさせなかったと言う話ですけれど」
「このままだと多分自死するよ。 誰かしらが話をしないと駄目だろうね」
「ッ! 兄貴を殺したんだな!」
「そうだ。 俺たちが殺した」
ワルターとかいう奴がいうが。
フリンが咳払い。
この様子だと、事情がありそうだ。
フリンが丁寧に話してくれる。兄貴がどうやって死んで行ったのかを。最後まで戦士として立派に戦った。
タヤマを守るために。
タヤマには兄貴は恩があった。
訳ありのどうしようもない女だったハレルヤの母さんに、兄貴は恋をした。その恋はどこからも許されないものだった。あれは今思えば、兄貴は恋をしたからではなく、そもそもハレルヤの親だったから必死だったのだ。
ハレルヤを守るために、傷ついた兄貴。
母さんもろとも兄貴とハレルヤを庇ってくれたのが、タヤマだった。
タヤマの目は覚えている。
こいつは良い手駒だ。
そう告げていた。
タヤマはハレルヤから見ても、ろくでもない典型的な反社だった。だから、相手を利益になるかどうかで見ていた。
体が治ってから、兄貴はそんなタヤマに献身的に尽くした。
大戦が一段落して、阿修羅会が東京の覇権を握った頃には、すっかり兄貴はタヤマの右腕になっていた。
それもそうだろう。タヤマに長としての力量が不足しているのはハレルヤから見ても明らかすぎる程だった。
だけれども、兄貴はそれでも仁義を尽くした。
真面目で、立派な人だったんだ。
悪魔だった事は知っていた。でも、兄貴は、あの残忍な大天使達よりも、よっぽど人間らしかった。
それにタヤマもほだされたのだろう。
いつの間にか、兄貴を信頼していた。兄貴だけは信頼していた。兄貴もそんなタヤマが弱い人間なのを理解した上で、支えていた。
だからこそ。
タヤマを討ち取りに来た相手には、命を張った。
母さんがろくでもない死に方……自業自得だったが。その時も、タヤマは葬式を開いてくれた。兄貴はそれに対して、無言で感謝の意を示していた。
タヤマはカスだったが。
それでも兄貴にとっては、身を張って守る価値があったのだ。
感情がぐちゃぐちゃになって整理できない。
此奴らを恨むのは筋違いだ。それは分かっている。タヤマも阿修羅会も、許されない事をし続けていたのだ。
ハレルヤだって同じ。
阿修羅会を支えていた兄貴だって同罪だ。
だが、それでも怒りはどうしても抑えきれない。
フリンはじっと此方を見ていたが。やがて、提案をしてきた。
「アベは命がけで君を守った。 でも、その様子だと君は自暴自棄になって暴れて、その後に自死するだろうね」
「っ! ぐうっ!」
「相手をしてあげるよ。 ワルター、その子を外に。 その子のナイフも持って来て」
「おいおい、本気か?」
呆れるワルターだが、フリンは本気のようだった。
結界から出される。そのまま飛びかかろうとするが、ワルターという奴の力はとんでもなく、まるで動けなかった。
シェルターの外に出る。
外で、放り出された。縄をとかれて、ナイフも側に投げられる。
ハレルヤは、性格的に戦いに向いていない。
それは兄貴に何度も言われた。
実際、悪魔相手に身を守ることは出来たけれど。それくらい。人を能動的に傷つける事はついに出来なかった。
あの最後の時だって、トキという暗殺者を相手に、その気になれば殺せた筈なのに。どうしてもそうできなかった。
フリンがオテギネだとかいう槍を振るう。
ブンと、もの凄い音がしていた。
あの槍がとんでもない業物なのは、一発で分かる。それでも、ハレルヤは、ナイフを手に取ると。
全ての感情を喉から吐き出しながら、躍りかかっていた。
がつんと音がして、一瞬でナイフを叩き落とされる。それどころか、体が泳いだところに蹴りを叩き込まれ。
蹴り上げられて、空に浮く。
背中から地面に叩き付けられて、しばらく息を出来ず。ナイフも手放してしまっていた。
転げ回って、必死に息を吐く。荒く息をつきながらぐっと顔を上げる。槍を構えたままのフリンが見えた。
「気が済むまで暴をぶつけてきなよ。 相手になる」
「う、うあああああああっ!」
ナイフを手に取ると、再び飛びかかろうとするが。
今度は目にも見えない速さで顎を下からたたき上げられて、一瞬で気絶していた。
目を覚まして、なんだ今のはと思う。
今のは、石突きで顎を弾きあげられたのか。
駄目だ、戦力が違う。
短時間で強くなっていると兄貴は言っていたが。これはあの悪魔としての力を解放した兄貴でも勝てるかどうか。
駄目だ、頭がまだ冷えない。
ナイフを手に、襲いかかる。
今度は近付く前に、腹に鈍痛。そのまま、くの字に体をへし折られ、吹っ飛んでいた。
倒れて、しばしもがく。
フリンが槍を回したことだけは分かった。石突きで腹を一撃されたのか。
早すぎて見えなかった。
何をされたのかは何となく分かるが、それで対応できるかは話が別だ。ずっとフリンは待っている。
さあ、うってこい。
懸かってこい。
そう言わんばかりに。
まだだ。まだこの怒り、収まるはずがない。ナイフを手に、立ち上がる。もう膝が笑っている。
兄貴は言っていた。いずれハレルヤは俺を超える。だから、戦いへの恐怖を的確にもって、自分を律しろ。
それでいずれ、自分の足で歩けるようになる。
そんな風に、優しい目で言っていた。
ナイフを構える。
今までみたいに、獣みたいに躍りかかるのではなくて、ステップを取りながら、間合いを計る。
それで分かったが。
棒立ちのままのフリンには、隙が皆無だ。
今まではそれすら分かっていなかった。
左右のステップを駆使して、間合いを詰めていくが。フリンはまったく身動きせず、それどころか、相手の間合いに入った瞬間、横殴りに吹っ飛ばされていた。
あんなに遠くまで伸びてくるのか。
歯を食いしばって立ち上がる。
そして、必死に身を起こす。
「そんなもんか。 少しは冷静になったと思ったら、その程度か。 悪魔の力を繰り出してみろ。 そうしないと勝てないよ」
「言われなくても!」
分かっている。
でも、そんな力、繰り出せた覚えがない。たまに体の奥に熱い力を感じる事はあったけれど。
それが言う事を聞いてくれたことなどない。
スマホを投げ寄越される。
ぐっと歯を噛んで、悪魔を呼び出す。日本の北海道の狐が神格化された存在。チロンヌプ。
単体ではそれほどの力は出せないが、数で懸かれば。
チロンヌプが一斉にフリンに襲いかかるが。しかし。
槍の一薙ぎで、全部消し飛ばされていた。
だが。その隙に、背後に回り込む。
貰った。ナイフを構えて、躍りかかるが。槍をそのまま旋回させたフリンは、後ろに目がついているかのように、ハレルヤを石突きで吹き飛ばしていた。
吹っ飛ばされて、転がる。
駄目だ。
涙さえ流れてきた。
フリンがワルターと呼んで。ワルターという奴に掴まれ、武装解除される。
「いつでも相手になる。 だから死んでは駄目だよ」
「……なんで俺は、悪魔の力を引き出せないんだ」
「多分単純に経験不足かな。 腕力とかはナナシと殆ど変わらないと思うよ。 体が耐えられないから、悪魔の力が表に出てこないんだと思う。 動きを見て分かったけれど、君って戦闘向きの性格じゃない。 戦闘以外で出来る事があるんじゃないのかな」
「……」
また結界に連れ戻される。
それから食事も貰った。阿修羅会では、兄貴は敢えて贅沢を避けていた。それにハレルヤも従っていた。
だから、新鮮な野菜や卵が出て来て、本当に驚いたし。
食べて見て美味しいので、本当に驚かされていた。
やがて、フジワラが来る。
ハレルヤでも知っているほどの大物。阿修羅会全盛期ですら。タヤマが怖れていたほどの存在だ。
「君についての聴取が取れた。 人を殺すどころか、隠れて多くの人を逃がしてくれていたそうだね。 君に助けられた人から証言が幾つも出て来た。 阿修羅会では人も殺せない奴だとか侮られていたらしいけれども、それは殺せないのではなく殺さなかったんだ。 立派だよ、君は」
「俺は、兄貴を守れなかったんです」
「そうか。 タヤマを守ろうとアベは仁義に殉じた。 私はアベではないから、アベが何を考えていたかまでは分からない。 だがアベは、恐らくタヤマだけではなく、君も守ろうとしていた。 それだけは事実ではないのかな」
そうだ。
それは分かっている。
そして兄貴は、自身の罪を自覚していた。
だから、ハレルヤの死だって望んではいない筈だ。敢えてフリン達に、ハレルヤが人として恥ずかしい事をさせなかったなんて事を言っていたらしいのだから。
「阿修羅会の面子の中で、比較的罪が軽いものを集めて、これから工場で仕事をさせるつもりでいる。 君には、彼等の指揮を取ってほしい」
「……」
「いやかね」
「いえ、誰ももう頼れる相手がいない意気地なしの集団には頭が必要です。 俺なんかでいいんだったら、やります」
フリンは、いつでも相手になってくれるそうだ。
だったら、いつかは。
いや、その前に。
阿修羅会が散々やらかした罪を、少しでも償わなければならないのかも知れない。
もしも決着を付けるとしたら、それからだ。
それからでも、遅くはないはずだった。