フリンにとっては始まりの敵。リリス。
リリスも自分を捨て石として考えてはいますが、それはそれとしてプライドもあります。
本来はゴリゴリの男性優位思想の一神教思想では悪魔とされたリリスではありますが。
悪魔が人間の思念の影響を受けているのだとすると。神話での扱いにリリスも色々思うところがありそうですね。
ともあれ、リリスとフリンの因縁が、此処で終わります。
ガイア教団の聖堂、深部まで行く。此処まで今までと変化はなし。ただ、聖堂の最深部は、既に領域になっていた。
辺りはかなり広くなっている。
しかも、これは。
無限と思える程の広さの原野だ。
辺りにはみずみずしい草花が幾らでも茂っていて。そこはあの原色のどぎついガイア教団の内部だとは思えなかった。
リリスがいる。
影のように揺らめいている姿。
分かっている。
ガブリエルから貰ったロザリオを使わないと、倒す機会は来ないかも知れない。僕はロザリオを取りだすと、ヨナタンに放る。
「ヨナタン。 もしも絶対に勝てないと思ったら、その時には」
「分かった。 まずは自力で戦いたいんだね」
「ふふ、あのガブリエルから秘密兵器を貰っているようね。 どうせ平行世界からの力の供与を防ぐためのものでしょう。 別にそんな小細工をするつもりはないのだけれどね。 こっちは堂々と、手札の全てを使う。 それだけよ」
穏やかな草原。
これはどうして、こう言う場所を選んだのだろう。
殿が言う。
「お前、これはひょっとして、人と言う種族が古くに暮らしていた風景か?」
「正解。 もしも人が「全肯定」と「全否定」という、せっかく手に入れた知恵を無駄にする悪辣なやり口を拡げ始めなければ、混沌ではあっても人の心はこれくらい穏やかだったでしょうね。 一神教はその極北。 連中は世界中で自身を全肯定して虐殺を繰り返し、自分達以外の全てを全否定し続けた。 私はアダムの最初の妻という神話的設定を得たとき、その時点で既に無理な全肯定と全否定に気付いていた。 だから、その前の原野の世界をこうして戦う時には展開するようにしている。 これこそが、人が本来はあった世界なのだから」
「そうか。 その言葉は立派だがな。 貴様がやってきた事は、結局その全肯定と全否定の愚かしい理の全否定に過ぎぬではないか。 だから貴様は、東のミカド国とやらで、無辜の民を虐殺することで悦に入っていたのだろう」
殿の痛烈な喝破。
それを聞いて、リリスは初めて怒りを声ににじませていた。
「淫売の言葉の代名詞とされ、ずっと貶められてきた私の何を理解出来る!」
「理解出来る。 わしもこの世界の、わしが死んだ後の歴史は見てきた。 結局人間は自我を肥大化させ、それぞれが好き勝手に振る舞う事を多様性だと勘違いした。 正確にはそう勘違いするように、愚かしい連中が扇動した。 その結果、自分の考えた多様性を他者に強要するという、本末転倒な事が起きたし。 せっかく多大な犠牲の末に勝ち取った平等を如何にして裏側からねじ曲げて搾取の構図にするかというばかげた事をやるようになった。 人間はそういう生物だ。 そして残念ながら、まだ人間はそれぞれ個人で其処から脱却するに至れぬ。 この星の資源を食い尽くすまでに脱却は厳しいかもしれないな。 お前は結局、そんな人間の同類だ。 人間の大半は、考えるのが面倒でならん。 英雄偉人に代わりに考えて欲しいと考える。 お前も結局、自分は淫売ではないという理屈を正当化しようとしているだけではないか。 そのためにどれだけの子と関係もない人間を犠牲にした!」
殿の言葉に、頷かされる。
僕もそうだ。
考える事は他人にどうしても任せてしまうところはある。
それが更に先に行ってしまうと、どうしてもいわゆる「愚民」になってしまうし。悪辣な連中には、人間が「愚民」であったほうが都合が良いのだろう事も分かる。
何しろタヤマが、それをやっていたのだから。
リリスが怒りに震えているのが分かる。
男を誘惑して堕落させる淫魔の祖が。
そして、いつの間にか、三体の悪魔が側に出現していた。
「警戒して。 強力な悪魔よ。 いずれもユダヤ神秘主義の上級悪魔だわ」
「ナアマ、エイシェト、アグラト。 我等の怒りを、この者達に叩き付ける。 ルシファー様は未来の礎となれと言われた。 私もそのつもりでいた。 だが、私は今、冷静さを欠こうとしている。 ただ怒りのまま、この者達を撃ち倒したい」
「あら珍しい。 私以上の激情をお姉様が見せるなんて」
ナアマと呼ばれた、顔半分が闇に閉ざされている女がいう。
顔が髑髏のようになっている恐ろしい女が、鋭く爪を伸ばした。こっちはエイシェトか。
「ふん、どんな存在も痛みからは逃れられぬ。 誰もが己の全てを肯定できるわけでもない。 結局全肯定とは逃げだ。 そういう意味では先の言葉は確かにありだとも思えるのだがな」
小柄な、僕らがイメージする魔女と思える姿のもの。
これがアグラトらしい。
箒に跨がって浮いているが、見ると手足は人形のもののようである。
「まあいいですわ。 出来れば穏便に済ませたいと考えていても、この状況、そうもいかないようですし」
そして、辺りを埋め尽くすほどの数。
現れるのは、リリムだ。これは千や二千じゃない。それこそ、天文学的な数のリリムである。
全員が、悪魔を総力で展開する。
「あの日の因縁に決着を付ける。 ヨナタン、使うかどうかは任せるよ」
「……分かった。 だが、あんなものは使わなくても勝てると僕は信じている!」
「そうだね」
ヨナタンは、ずっと悩み続けていた。
全肯定と全否定の極地。
絶対正義が存在するのではないかと。
それに身をゆだねるのが一番なのではないかと。
だが、僕らは阿修羅会にすら、アベのような存在がいたのを見ている。アベは悪魔だったが、それでも全否定されるような存在ではなかった。
恐らくだが、四文字の神の法は、全否定と全肯定の法なのだ。
それについては、今までの悪魔達の恨み事を聞いていて分かった。そしてそれらの神々も、全否定と全肯定の理から逃れられていなかった。四文字の神を全否定することに血道を上げていた。
それは悪しき輪廻そのもの。
マーメイドの大事な人であるナホビノという存在が、断とうと試みたもの。
だったら僕は、この世界で。
誰の助けも借りず、それを成し遂げるだけだ。
アグラトが、更に自身の分身を作り出す。
とにかく数で押すつもりだ。僕は、そこで、ラハムに頷いていた。
「転化の時だね。 いいよ、ラハム!」
「はい。 此処まで来られたのは貴方のおかげです。 そして、この先に進んでも、私はどうなろうと貴方の側にいます!」
元は末の子だったラハムが、転化を始める。
凄まじい光。
満ちる水の力。
ドンと、辺りに衝撃波が迸る。それを受けて、リリム達があからさま過ぎる程の恐怖の声を上げていた。
原野が塗り替えられていく。
凪の水が満ちた水面に。
そして、膨大な魔力の奔流が収まったその後には。
巨大な、原初の竜が存在していた。
「な……!」
「ティアマトだと!」
「我が名は祖なる竜ティアマト。 フリン様。 貴方の側にあり、貴方のために戦う者!」
「……消耗が凄まじいね。 流石に祖神の中の祖神だ。 長くはもたないと思う。 一気に決着を付けるよ!」
リリス達が驚愕する。
そう、ラハムはティアマトの子。
リリスとの縁を完全に絶ちきるなら、ラハムの縁を辿り、ティアマトに転化するしかない。
そしてティアマトの戦闘力は、腐っても祖の中の祖。
もっとも古い神話の、もっとも古い神だ。その力は文字通り、激甚だった。
ティアマトがその領域を、リリスのものから乗っ取ったことだけでも分かる。薙ぎ払った光のブレスが、辺りを一瞬にして壊滅させる。
必死に集まって防御の術を展開したリリスと三体の悪魔だけは必死に逃れたが、万どころかもっといそうだったリリムやアグラトの分身が、まとめて消し飛んでいた。
力が抜けるようだが、まだまだ。
僕は真っ先にリリスへと躍りかかる。
ティアマトは力を貯めはじめるが、それも何度もブレスはたたき込めないだろう。それにあの破壊力。
何発も撃ったら、今の僕でも干上がってしまう。
リリスは明らかに焦りの表情を見せるが、それでもオテギネをしごいて挑みかかった僕に対して、絶倫の体術で応じて来る。
これが、本気のリリスか。
オテギネが軋む。
三十合を瞬く間にかわし、踏み込んで切りあげ、突きを叩き込み、払い。叩く。その全てを手刀で防ぎながら、リリスはかっと叫んでいた。
これは、原初の欲求を解放させるものか。
語るに落ちたな。
リリスは淫売とされ続けたことを、あれほど憎んでいた。それでいながら、結局その逸話に頼って来たということか。
気合ではねのける。
悪いがこれでもずっと精神修養をしてきた。それだけでは耐えきれなかったかもしれないが。
東京で重ねて来た激戦が、更に僕の精神を練り上げた。
そんなもの、通用するか。
懐に潜り込むと、掌打を叩き込む。
吹っ飛んだリリス。
前に遊ばれたときとは違う。明確に痛打が入っていた。リリスの声が、凄まじい怒りに歪む。
「おのれガキみたいな姿の分際で!」
「淫売にされたのをあれほど嫌がっていた癖に、その無駄に色気マシマシの体と声を結局頼りにして誇りにしているわけ。 哀れな女だなあんた」
「黙れェッ!」
化けの皮が外れたリリスが、更にリリムを大量に召喚してくる。かまわない。ムキになればなるほど、此奴が得意な平行世界から力を集める力を忘れるし。仮に使ったとしても、ムキになって自身に力を集めるはず。
マーメイドは幾つもの世界を救った結果、ナホビノという存在が結論を出したと言っていた。
更にその後、出来る範囲にある世界は、自力で救ったとも。
つまり平行世界は無限でもなんでもない。
あんなロザリオ必要ない。
全てのリリスを平行世界からかき集めさせ。その全部をぶちのめす。
貫を入れる。その技はもう見たと言わんばかりに腕を回して回避しようとするリリスだが、あの時とは練度が違う。
回避しきれず、腹に大穴が空き、吐血するリリスに。
回し蹴りを叩き込み、吹っ飛ばしていた。
まだまだ立て続けに大量に湧いてくるリリムを天使達に任せつつ、ワルターは突貫する。
ナアマという女は無駄に色っぽいが、その性質は暴そのものだとワルターは看破していた。つまり自分向けの相手だ。
ヨナタンはアグラトに。イザボーはエイシェトに向かったようだ。
ワルターの側に、秀が残像を作って出現すると、跳躍する。
なるほど、連携戦か。
相手はかなり手強い。いずれにしても、足は引っ張れない。さっきは膨大な羅刹の群れを蹴散らして貰った。
今度はワルターの番だ。
なまはげを初めとする荒々しい悪魔達が、一斉にナアマに襲いかかるが。ナアマの側にいる透明な何かが、その悪魔達を薙ぎ払う。
吹っ飛ばされた悪魔達を見て、透明な何かがいると悟るが。
其処へ秀が、何かとんでもなく巨大な存在を呼び出していた。
「きませい、ダイダラボッチ!」
「おおおおおっ!」
突如、山のような巨人が姿を見せると、掌をその場に叩き付けていた。大慌てで離れるナアマ。
そして透明な何かは、その掌にたたきつぶされて、染みになったようだった。
ダイダラボッチが消える。
あわてて逃れようとするナアマに、秀が斬撃を叩き込む。くっと呻きながら、ナアマが光の刃を作り出し、一撃を受け止めるが。
その瞬間、速度が乗って来たギリメカラに飛び乗ったワルターが、ナアマとの距離を詰める。
分かっている。
あのティアマトとか言う凄い悪魔、フリンの力を滅茶苦茶削っている。明らかに今のフリンの力を超えた存在だからだ。
存在が存在だからフリンのことには絶対服従だろうが。
あのタフなフリンでも、長時間呼び出すのは無理だろう。
一瞬で勝負を付けなければならない。
ナアマが壮絶な表情を閃かせると、辺りの空気が変わった。これは、毒か。いや、毒だけじゃない。
有害な力が、辺り全てを満たしている。
秀が飛び退く。
そして、秀が呼び出した角の生えた蛇を、ナアマは飛んでかわすが。即座に秀が撃ったでっかい銃の弾の直撃を受けて、悲鳴を上げていた。
立て続けにそれを放つ秀。
毒の中に特攻するギリメカラ。足が鈍るが、此処まで近づいてくれれば充分だ。ワルターは跳躍。
ナアマが気付く。
だが。今度は大砲を喰らって、それを必死に防ぐので限界だ。
大剣を叩き込む。
ナアマごと、地面に突っ込んだ。
体に大剣が食い込んでも、まだナアマは押し返そうとして来るが、周囲の毒が消えて行っている。
淡々と歩いて来た秀が、ナアマに逆手に持った刀を突き刺していた。
悲鳴を上げてその刀を引き抜こうとするナアマだが、往生際が悪いと言わんばかりに、秀が刀を抉る。
それで断末魔の悲鳴を上げて、ナアマは消えていった。
「あんた、えぐいな……」
「正々堂々という相手でもなかったからな。 本人もああされて本望だっただろうよ」
「……」
ちょっと引いた。
冷酷さという点では、実は男性より女性の方が上なのではないか。そうワルターは思った。
ヨナタンとイザボーは、それぞれ殿とマーメイドと連携して、エイシェトとアグラトを追い詰めている。
ワルターは咳き込む。
ちょっと毒を吸ったか。
放られたのは毒消しらしい。丸薬を口に含むと、多少楽になった。秀は弓矢を取りだすと、それで射掛ける。アグラトの分身が次々にそれで射貫かれる。ワルターは足に来ているのを悟り、苦笑。
なまはげ達が集まってくる。
まだまだ多数のリリムが際限なく湧いてきているのだ。
油断など出来る状態ではない。
イザボーがエイシェトに、大火力の魔術を放つが。それが、老婆のような鋭い声を上げたエイシェトが展開した黒い壁にかき消される。
あいつ、痛みを操るようだが。
それを壁にして魔術を防ぐような真似をするのか。
アグラトはというと、細かい光の粒みたいなので、飽和攻撃を仕掛けている。ワルターの天使部隊は、リリムの大軍とそれを同時に相手にして、確実に消耗しているが。それも連発できるわけでもなく、天使部隊に対しての接近戦能力もないようで、分身を出しては接近を防いでいるようだ。
ワルターはギリメカラに跨がる。
ギリメカラは頷くと、突貫を開始。
狙うはアグラトだ。
後方から秀が射撃を次々に叩き込んで、確実に分身とリリムを処理してくれている。それを信じる。
それに、だ。
不意に躍り上がったマーメイドが、大火力の冷気の竜巻を作り出す。
凄まじい火力で、思わずエイシェトもアグラトもそれから逃れようとする。其処に跳び上がったギリメカラ。
巨体だから、大迫力である。
「ギリメカラ、押し潰せっ!」
「無粋」
アグラトが、大量の光の粒をギリメカラに叩き込む。それで消し飛ばされるギリメカラだが。
その時には、ワルターが跳躍。
大剣をたたき込みに懸かる。
既に分身は全滅。
アグラトは傘を振るって、ワルターの大剣を防ぐが、それが詰みだった。
天使達の背中を渡って接近していた銀髪の子が、通り抜け様に一刀両断を入れていたのである。
腕を叩き落とされたアグラトが、呆然とする中。
乱戦の中を生き延びていたドミニオンが、アグラトに剣を突き刺す。一体だけではなく、続いてパワーが数体。周囲からアグラトを串刺しにしていた。
ふっと笑みを浮かべつつ、消えていくアグラト。
それを見て、激高したのはエイシェトだが。その時には、イザボーの大火力魔術が、足下からエイシェトを包み込んでいた。
悲鳴を上げて飛び退くエイシェト。
だが、エイシェトの背後には、秀が回り込んでいた。
エイシェトの髑髏のような顔に、明らかに恐怖が浮かぶ。
「自分への痛みは怖いのか、魔女」
「おのれええっ!」
それでも長い爪を振るって反撃に出ようとするエイシェトだが。
その爪ごと、秀はエイシェトを一刀両断にしていた。
さて、残りはリリスだ。押し気味に戦っているフリンだが、こっちも割と満身創痍。それに、リリスには例の平行世界からの力の補給とか言うインチキがある。ワルターもどっちかというとダーティーな戦い方をする方だが。
それでも、あれは長期戦になると不利。
その時、ティアマトが飛ぶ。
リリムが群がろうとするが、仲魔を総出で出して、ティアマトを援護させる。ティアマトが飛ぶのは、フリンの方。
爆発が連鎖し、リリムが片っ端から叩き落とされていく。
天使達も、体を張ってリリムの群れを防ぐ。
イザボーが範囲攻撃型の大威力魔術を放って、数百のリリムをまとめて薙ぎ払う。それでも、空が黒くなるほどリリムが湧いてくる。
凪の水面になっている此処も、揺らいでいる。
これはティアマトが押されているのではなく、フリンの限界が近いと言う事だ。ワルターは立ち上がると、秀が手を横に。
どうやら、詰みのようだ。
僕は飛び退くと、オテギネを構え直す。
馬脚を現したと言っても、リリスはリリス。強い。オテギネも、そろそろ限界だろう。
このオテギネは本当に強い槍だが。
今だと分かる。
これじゃない。
僕には、更にあっている武器がある。だけれども、オテギネそのものには本当に世話になった。
だから、この戦いは。
オテギネと一緒に勝つ。
息を乱しながら、リリスは構えを取る。
これは次の交錯が最後になるな。気配からして、後方ではさっき出て来た悪魔達は全て敗れ去ったようだが。その代わり、空を埋め尽くすほどのリリムが出て来ているようだ。全力でリリスもこっちを殺しに来ている。
殿の言葉が、よほどブッ刺さったんだな。
そう思うと、痛快ではあった。
「随分とたくさん子供を産み捨てたんだねリリス。 だから今、子供に逆襲されることになる」
「それはあくまで神話での話だ! 私は誰かと肉欲のまま交わって、子供を産んだことなんぞない! あれらは力を分け与えて作り出しただけの子供だ!」
「そ。 それでも子供であることには変わりないだろうに。 実際母さんであるあんたを助けるために、今もあんなに死んで行っているのに。 それをただ道具としている時点で、あんたの性根は結局腐っていたんだよ」
「黙れぇえええええええっ!」
リリスが来る。
槍の奥義、今こそ出す時だ。
突き、払い、叩く。
その三つを、同時に叩き込む大技。
僕は前に出る。
驚くほど自然に、体が動いていた。
まずは叩く。槍を旋回させて、それで上から相手の動きを止める。
次に払う。
払い技は打撃技としても使えるが、これは動きを止めた相手の態勢を決定的に崩すためのものだ。
そして、最後に。
渾身の力で貫く。
それぞれの技に、今までの鍛えこんだ奥義を乗せる。それで、動きが止まるリリス。奴が、平行世界から力を集め、決定的に破損した体を修復しようとするより前に、僕はリリスを蹴り上げる。
上空に撃ち出されたリリスを守ろうと、リリムが大量に集まってくる。
其処に、ティアマトが、全力を集中させていく。
リリスが悲鳴を上げた。
分かってしまったのだろう。
ティアマトのあのブレス、光のように見えるが、そんなもんじゃない。この世界にある概念そのものにダメージを与えるものだ。
リリスという悪魔は、あまりにも強大で。それ自体がリリスという概念にまで昇華している。
だからこそ、僕が喚び出したとは言え。
祖神の中の祖神であるティアマトのそれは、文字通り。
一撃必殺なのだ。
「私は、私は、淫売などでは、淫売などでは……!」
「撃て」
ティアマトが、光のブレスを叩き込む。
それは盲目的にリリスを守ろうとしたリリムの群れごと。平行世界から自分をかき集めて自分を本能的に守ろうとしたリリスを、この世界から消滅させていた。
残っていたリリムが、悲鳴を上げて逃げ散ろうとするが。どれもがマグネタイトとなって消えていく。
そして、ティアマトが側に降り立っていた。
優しい目。
ラハムが転化したのだと分かる。
そして、悲しい目。
ついに決着を付けたが。母殺しをしたのに代わりは無いのだ。それを物語る、複雑な心境を込めた目だった。
「ありがとう。 これからも頼りにさせて貰うよ」
頷くと、ティアマトがガントレットに消える。
同時に僕は膝を突いていた。
領域が消える。
ヤバイ。意識が吹っ飛びそうだ。何とか戦時の昂奮で意識を支えていたが。限界が近いかも知れない。
すぐにイザボーとヨナタンが回復にかかってくれる。
肩を貸してくれたのは秀だ。
「ごめん。 ちょっと消耗しすぎた」
「いいから寝ていてくれ。 君は充分によくやった」
「あんなとんでもねえの召喚したんだ。 そりゃ無理だって出る」
「後はわたくしたちが殿と一緒にどうにかしますわ」
それを聞くと安心できる。
オテギネは、ちょっとこれは根本的に打ち直さないと駄目だな。最後のあの奥義。槍の奥義だから、なんと名付けよう。
ともかくあれを撃った時点で、オテギネは槍としては壊れた。
そして僕も、しばらくは眠らないと、動けそうになかった。
※ティアマトについて
まさに祖神の中の祖神。しっかり残っている現状最古の神話であるバビロニア神話の祖神です。始祖の巨人といわれるような神々の中でも、最も古い存在でしょう。形が残されている神話の中では、ですが。
今までメガテンシリーズではティアマトは登場しても上の中から下くらいの扱いでしたが、真5VVの復讐の女神編にてついに圧倒的存在として扱われて、歓喜したファンは多いのではないのでしょうか。
本作では末の子だったリリムがラハムに転化し。そしてラハムから、リリスに対抗できる姿に変わったのがこのティアマトになります。
フリンより現時点でかなり実力は上ですが、自分の意思で従っているので(ただしちょっと動くだけで消耗が激甚)、暴走したりする事はありません。