あらゆる感情を捨て、勝利のために鍛え続けてきたわたしは……ついにGⅠレースに参加した。
控室の更衣室で新たな勝負服へと着替え、姿見鏡で確認する。
鏡に映るのは、黒と桃色のドレスを纏ったハルウララ。
ドレスの上には桃色のラインが走った漆黒のロングコートを羽織っている。
ロングコートの背中部分には、ウマ娘の顔と桜の花びらの紋様が描かれていた。
そして頭には、桃色の宝石が埋め込まれた黒い王眼が乗っている。
まさに魔王と呼ぶのに相応しい姿。
「ウララさん」
更衣室から出ると、白雪トレーナーが心配そうな顔でわたしを見つめる。
そんな顔をしないで、トレーナー。
わたしは必ず勝つから。
もう悲しませたりしないから。
もう二度と涙を流させないから。
トレーナーがわたしのために色々としてくれたように、わたしもトレーナーのために勝つから。
そのためなら……誰もが恐れる魔王になるよ。
「トレーナー……見てて、勝ち続けるわたしを」
「……うん」
さぁ……行こう。
このレースは……わたしが必ず勝利する。
<><><><>
レース場にやってきたわたしは、観客席に視線を向ける。
観客達は恐ろしいものを見るような目で、わたしを見ていた。
楽しく走っていたあの時のわたしを見る目じゃない。
だけど……それでいい。
わたしはもう楽しく走らないと決めたから。
勝つための走りしかしない。
「「「……」」」
今日のGⅠレースに参加するウマ娘達は、わたしを警戒していた。
誰もがわたしを化物を見るような目で見てくる。
だけど構わない。
わたしは望んで化物になると決めたから。
レースのゲートに入り、スタートを待つ。
誰もが緊張する中、わたしは落ち着いていた。
感情を殺しているからか、なにも感じない。
あるのはただ一つ。
勝利のみ。
「行くよ」
次の瞬間、ゲートが開いた。
一斉にウマ娘達が走り出す。
わたしの前を多くのウマ娘達が走る。
そしてわたしは一番後ろを走った。
今までのわたしは差しで勝負していた。
だけど魔王としてのわたしは違う。
できるだけ体力を温存し、最後の直線コースで全力を出す。
それがわたしが考えた……勝利のための走り。
「絶対に……負けない」
楽しく走るというハルウララの最大の武器。
それを捨てて、わたしが得たのは……冷静な心と勝利の思考、そして他のウマ娘では不可能なトレーニング量と学習能力。
これは……本当のハルウララでは得ることができなかった、今のわたしの武器だ。
その武器で……他のウマ娘を、
「潰す」
誰もが走る中、ついに直進コースへ。
わたしは全力で走り出そうとした。
その時、わたしの意識が白く染まる。
<><><><>
気が付くと、わたしは白い空間にいた。
「ここは…」
キョロキョロと周りを見渡していると、一人のウマ娘がわたしの視界に映った。
そのウマ娘は桃色の髪を伸ばし、両目に桜の紋様が宿った瞳を宿している。
そしてピンクの体操服を着ており、頭には赤い鉢巻きを巻いていた。
「君は……」
わたしは……俺は知っている。
だってそのウマ娘は、前世で大好きだった推しのウマ娘だから。
だってそのウマ娘は、今のわたしが捨てた……弱いハルウララだから。
「ねぇ……やめようよ」
本当のハルウララはわたしの手を握りながら、悲しそうに顔を歪めていた。
「そんな走りかたはやめよう?その走りは誰も喜ばない。君も喜ばない」
「ハルウララ……」
「走るのはね……楽しいんだよ?楽しまなくちゃ、いけないんだよ?」
「……」
ああ……知ってるよ。
わたしが……俺が愛したハルウララはそんな奴だ。
いつもニコニコと明るい笑顔を浮かべて、負けても勝ってても観客に手を振る。
それが本当のハルウララ。
今の俺の走りは……ウマ娘や観客を恐怖させ、支配させるもの。
ハルウララにそんな走りは似合わない。
だけど、
「楽しくなくたって……いいんだよ」
わたしは弱いハルウララの手を払った。
「今のわたしはね……勝ちたいんだよ。トレーナーを悲しませないために、泣かせないために」
わたしは覚えている。
白雪トレーナーが……大好きな人が悲しむ顔を。
それを忘れることはできない。
忘れちゃいけない。
だからこそ……負けられない。
負けられないんだよ。
そのためなら楽しい感情なんていらない。
勝利という結果を得るための機械になってやる。
ウマ娘や観客達を恐怖させ、支配する魔王になってやる。
「消えろ、弱いわたし。お前なんて……いらない」
わたしの言葉を聞いて、ハルウララは泣きそうな顔で姿を消した。
そして、白い空間が大きな音を立てて崩壊する。
<><><><>
気が付くと、わたしはレースに戻っていた。
前を走るウマ娘達。
ゴールまであともうちょっと。
「……見るがいいよ、魔王のわたしを」
意識を集中させ、脚に力を込める。
そして……地面を強く蹴った。
次々と他のウマ娘達を追い抜き、大きく距離を取る。
通り過ぎる瞬間、彼女達の顔が恐怖で歪めたのがわかった。
だけどそんなことはどうでもいい。
今……わたしがしなければならないのは、
勝つことだ。
「それ以外……いらない」
そしてわたしは……1着でゴールした。
1着でゴールしたが、喜びの感情はない。
楽しいという感情もない。
あるのは勝利という結果を得ただけ。
観客達は誰も歓声を上げない。
誰もがわたしを恐れ、わたしに魅了されていた。
「……」
わたしは地面に座り込んで、他のウマ娘達を見つめる。
彼女達は恐怖で顔を歪めており、身体を震わせていた。
これが魔王が見る景色。
「覚えておいて。わたしの名はハルウララ」
わたしは静かな声で告げる。
わたしが何者なのかを。
「恐怖と魅了で支配する―――」
「魔王だよ」
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