トレセン学園のレース場。
そのレース場の観客席には多くのウマ娘やトレーナー、そしてカメラマンがいた。
彼らは噂を聞いて、見に来たのだ。
魔王と皇帝の決闘を。
「随分と多くの観客が集まったようだね」
シンボリルドルフは笑みを浮かべていた。
彼女は緑を基調にした勝負服を着ており、至る所に装飾があしらわれている。
まさに皇帝に相応しい勝負服だ。
「さて……準備は良いかな。ハルウララ」
シンボリルドルフは鋭い目で睨んだ。
桃色のオーラを纏ったウマ娘の魔王を。
彼女は黒と桃色のドレスを纏い、その上に漆黒のロングコートを羽織っていた。
頭に乗っている黒い王冠は怪しく輝く。
(流石は魔王……とてつもない威圧感だな)
ハルウララから感じる魔王の覇気に、シンボリルドルフは頬から一筋の汗を流す。
(だが……私は彼女に勝たなければならない。でなければ多くのウマ娘がレースから引退してしまう)
ハルウララは歴代ウマ娘の中で最強の一角だろう。
だが彼女は最強であり、最凶。
魔王の走りは多くのウマ娘を恐怖させ、絶望させる。
魔王の歌と踊りは多くの者を魅了させ、恐怖させる。
美しくも恐ろしいウマ娘。
そんな彼女を今、止めなければ……さらに多くのウマ娘が走るのをやめてしまう。
故にウマ娘の皇帝は、
(今日ここで……魔王を倒す!)
シンボリルドルフとハルウララはゲートに入り、走るのを待つ。
今回のレースは短距離。
ハルウララが最も得意とするレース。
あえて得意なレースで、シンボリルドルフはハルウララに勝つつもりでいた。
(行くぞ……魔王)
次の瞬間、ゲートが開き、シンボリルドルフとハルウララは走り出した。
シンボリルドルフは前を走り、彼女の後ろをハルウララは走る。
(彼女の走りは追込。直進コースになったら勝負。この戦い……必ず勝つ!)
シンボリルドルフとハルウララはレース場を走る。
観客席にいたウマ娘とトレーナーは応援した。
「いっけぇぇぇぇ!会長!」
「皇帝の強さを見せつけてやれぇぇぇぇぇぇぇ!!」
皇帝は走る。
多くのウマ娘の未来のために。
勝利のために。
そして……最終コースである直進コースになった瞬間、シンボリルドルフは全力で走り出す。
緑色のオーラを纏い、瞳を輝かせながら、走る。
圧倒的なスピードで、ハルウララと距離を取った。
それを見て、観客席にいたウマ娘達は歓声を上げる。
(よし、勝てる!)
シンボリルドルフと観客席にいたウマ娘達は勝利を確信した。
誰もがやはり皇帝が最強なのだと思う。
もはや彼女に敵はいない。
しかし、
「悪いけど……私の勝ちだよ」
静かで、冷たい声。
その声を聞いた瞬間、シンボリルドルフは無数の剣で身体全体が刺されるような悪寒を感じた。
背後から感じる気配。
シンボリルドルフは汗を流しながら、振り返り……目を大きく見開く。
「バカな……」
シンボリルドルフの背後に、魔王がいた。
桃色のオーラを纏い、桜の紋様を宿した瞳を怪しく輝かせて、『桃桜の魔王』―――ハルウララは走っている。
手が届く距離だった。
(ありえない……距離は取ったはずだ!)
絶対に追いつくことのできない距離を作ったはずの皇帝。
だがそんな彼女の手が届く距離で、ハルウララは走っていた。
そして魔王は……両脚に力を入れる。
「行くよ」
ハルウララは地面を強く蹴り、一瞬でシンボリルドルフを追い越した。
そして皇帝よりも速く、そして先を走る魔王。
そんな彼女を見て、シンボリルドルフは全身が凍り付くような恐怖が襲う。
徐々にシンボリルドルフの走るスピードが遅くなっていく。
(ああ……なるほど。これが魔王なのか)
シンボリルドルフは知っていたが、分からなかった。
ハルウララと走ったウマ娘が絶望したのか。
だが走ってみて皇帝は完全に理解した。
『桃桜の魔王』は……全てを壊す。
今までやってきた努力が。
生まれ持った才能が。
自分はすごいウマ娘なのだという自信が。
全てが壊された。
「私では……勝てない」
皇帝より速く、魔王はゴールした。
観客席にいたウマ娘やトレーナー、カメラマンは言葉を失う。
敗北したシンボリルドルフは地面に座り込む。
彼女は身体を震わせながら、ハァハァと口から荒い息を吐く。
そんな皇帝に魔王は近づいた。
なんの感情も宿っていない冷たい目で、ハルウララはシンボリルドルフを見下ろす。
「この程度?皇帝」
「!」
「この程度でわたしを止められると思っていたの?」
ハルウララはシンボリルドルフの胸ぐらを掴み、顔を近づける。
「魔王を舐めないでよ、シンボリルドルフ」
皇帝は目を大きく見開く。
「この程度でわたしは止められない」
皇帝は口から言葉が出なかった。
「わたしは誰であろうと止めることはできない」
皇帝は瞳から涙を流す。
「もしまだ戦いたいなら相手してあげるよ」
皇帝は首を左右に振りながら、やめてと願う。
「いくらでも叩き潰してあげる。ウマ娘の皇帝」
そう言い残して『桃桜の魔王』はシンボリルドルフから手を離し、その場を去った。
残されたシンボリルドルフは両手で顔を覆い、静かに泣く。
今まで感じた事のない恐怖と絶望が、皇帝の心に大きな傷を生んだ。
いや、もはや皇帝ではない。
今、泣いているシンボリルドルフは……ただのか弱い少女だった。
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翌日。
シンボリルドルフはトレセン学園から去っていった。
トレセン学園のウマ娘達は誰もが驚愕し、悲しんだ。
そして同時に恐れた。
最強にして最凶の魔王―――ハルウララに。
読んでくれてありがとうございます。
遅くなってすみません。
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