ヴィルシーナを天井で獲得してから書きたかった短編です。
「うぅ〜〜〜〜〜!!」
「うぅ……………!!」
「むぅ……………!!」
俺は今窮地に立たされている。
トレーナー室のソファーに座る俺に対して、左腕は不満顔のヴィヴロスに引っ張られ、右腕は涙目のシュバルにしがみ付かれ、正面には腰に手を当て眉をひそめるシーナ。
普段は大変仲の良い美人三姉妹で俺の担当するウマ娘たちだが、今はそれぞれの視線が交差して火花が幻視できそうだ。
左右の柔らかい感触を堪能する余裕などない。
というより、強く掴まれて痛い。
そして、正面からのシーナからの圧が凄い。
例えそれが自分に向いていないとしても、一流のウマ娘からの圧は堪える。
まあ、圧だけでいえばヴィヴロスもシュヴァルら感じられるものも変わらない。
というよりこの三人それぞれ一流、いや超一流といっても差し支えないウマ娘なのだ。
まず長女のシーナ、本名ヴィルシーナ。
それまでのいくらかのGⅡや桜花賞、オークスこそライバルであるジェンティルドンナに敗北を喫するものの、その敗北を糧に秋華賞、ヴィクトリアマイル、そしてエリザベス女王杯を勝利し、GⅠという大舞台で勝ち越しを決めている。
長女らしい姿を下の二人に見せないよう気を張っていて、オークスでの敗北は彼女の心のに罅が入りかけるも持ち直すことができた彼女には女王の二つ名がとてもよく似合っている。
そして二人きりの時には幼いころに出会ったのんびりとした姿を見せてくれることもあり、そのギャップがまた可愛らしい。
そして次女のシュバル、本名シュバルグラン。
初G1こそ長女、そして三女のヴィヴロスと比較すると遅い時期ではあったものの、本人の懸命な努力により当時のライバルであるサトノダイヤモンド、そしてキタサンブラックに勝利することができた。
当時は他の2人と比べてG1に勝てていないことに悩んでいたところを見事に克服し、勝利を飾った姿はまさしく偉大なウマ娘そのものだった。
そんな凛々しい姿を見せる一方で気弱かつ引っ込み思案な彼女だが、昔馴染みの俺には心を許してくれているのか、一緒に釣りに行ったときなどは穏やかな笑顔を見せてくれる。
最後に三女のヴィヴロス。
セレブ生活、そしてドバイにあこがれる彼女はヴィルシーナに続いて桜花賞を勝利、一時体調不安に悩まされるも決してめげずに走りぬき、ついにはドバイターフに挑み、そして勝利を飾った。
自らの夢に対してまっすぐ突き進むその姿は、長女、次女とはまた違うヴィヴロスらしい輝きを皆に見せたと思う。
初めて会った時から末っ子らしく甘えん坊で、俺に対しても何かとおねだりしてきたり、かと思えば真剣な表情でトレーニングをする姿は普段の可愛らしいから綺麗と感じてしまう。
そんな三人が、幼い頃からの顔なじみということだけでトレーナーに逆指名してくれて、全幅の信頼を寄せてくれている。
こんな嬉しく、そして誇らしいことはない。
今はそんな感情なんてどこかに行ってしまっているが。
「ヤダヤダヤダ〜!!今日はお兄ちゃんと一緒にショッピング行くの〜!!」
「ヴィヴロスはこの前も行ったじゃないか……、お兄さん、僕と一緒に魚釣りに行かない?いいポイントを見つけたんだ」
「二人とも? 兄さんが困ってるでしょ? 兄さんにも仕事があるんですから。ね、兄さん。次のレースについての打ち合わせをしたいんだけど……駄目?」
「あ〜!!お姉ちゃんずる〜い!!そうやってお兄ちゃんと二人きりになるつもりだ!!」
「姉さん……ズルい」
「そ、そんなことないわよ?でも私も次のレースまで日程が近いからそろそろ作戦とか練らないと思って」
「でもお兄ちゃん、最近ちゃんと休めてないじゃん。疲れた状態だといい仕事なんかできないから、私とショッピング行ってリフレッシュが一番でしょ〜?」
「それだとお兄さんさんがヴィヴロスの荷物持ちになって休めないよ……。その点釣りならゆっくり釣り糸を垂らして、外の風と光を浴びてのんびりできるから、僕と一緒の方が休めるよ」
「シュヴァル、いつのまにそんな抜け目ない交渉ができるようになって……一体誰に教わったのかしら? でも駄目よ? そもそも外出することが体力使うんだから。兄さんは私と一緒にお茶でも飲みながら次のレースの出場選手とかコース図を観ながらゆっくり対策を練れば、休むのと仕事の両立ができる。この方が効率的よ?」
幼い頃から彼女たち三姉妹を見てきたが、今日のはなかなか珍しい光景だ。
喧嘩する姿なんて殆ど見たことがないし、あってもすぐに妥協というかお互いに譲り合っている様子だった。凡そシーナが折れて上げるケースが多いが。
こんなに主張を曲げないシーナも珍しいし、白熱するのも意外だった。
希少なものを見たという新鮮さはあるが、それが俺の休日の使い方でなければよかったのだけど。
「お姉ちゃんの案だと結局仕事じゃん!!お兄ちゃん疲れてるんだから休ませてあげないと駄目じゃん!!」
ワガママも多いけどそれ以上に優しい娘に育ったな、ヴィヴロス。
お兄ちゃんうれしいよ。
でも、もうちょっと力を緩めてほしいかな。
だんだん引っ張られる強さが増してるのがわかるぞ〜?
「そうそう。半分はヴィヴロスの言う通り。でも買い物も大変だから釣りの方が良いよ。ゆっくりできるし」
いつの間にかちゃんと自分の意見を主張できるようになったんだな、シュヴァル。
お兄ちゃん感激したよ。
でもそろそろお兄ちゃん、腕の感覚がなくなって来たよ?
気付いて〜?
「甘いわね、二人とも。今すでにトレーナー室にいるんだから、このままここでゆっくりすればいいんだから。私のプランの方が効率がいいのははっきりしてるわ」
流石シーナ、いつも俺の事務作業の至らない点を手伝ってくれているだけあって理論武装はばっちりだな。
そしていつもは妹たちに譲ってばかりだと思ってたけどちゃんと主張するときはするんだね、安心したよ。
でもお兄ちゃん、それはレースのときに知りたかったな〜。
「こうなったら〜お兄ちゃん!!」
「僕とヴィヴロスと姉さんのプラン」
「どれが良い、兄さん?」
それまで互いに向けられていた視線が急に俺に向けられる。
まず左を向く。
「ねぇ〜いいでしょ〜お兄ちゃん」
甘えん坊モードのヴィヴロスのウルウルとした瞳があった。
次に右を向く。
「お兄さん……」
不安げに瞳を潤ませながら、上目遣いで俺を見るシュヴァルの顔があった。
最後に正面を向く。
「兄さん、どうかしら?」
気丈に振る舞いながらも不安を隠しきれていない表情のシーナがいた。
それぞれの様子を確認し、
「とりあえず、腕を離してくれ二人とも。もう限界……」
まずはギブアップからだ。
「さて、三人共……」
ややあって両腕を解放された俺は、入れ替わりでソファーに座ったシーナを含めた三姉妹に声をかけた。
先程までの様子とは異なり、三人共身を縮こまらせている。
ヴィヴロスとシュヴァルに至ってはヴィルシーナにピッタリと身を寄せているほどだ。
冷静になって自分が
やっていたことを思い返したのだろう。
シーナの顔にもありありと不安の色が浮かんでいる。
「そんなに不安そうにするなよ、別に怒ってないから」
「……お兄ちゃん、本当?」
「俺がこんなことで嘘つくと思うか?」
俺の言葉に三人とも即座にゆっくりと首を振る。
「僕たちお兄さんのこと考えてたつもりになってただけで結局迷惑かけちゃって」
「でも、俺のこと考えてくれたことは変わらないんだろ? 俺にはそれがうれしいよ」
「お兄さん……」
うっすら涙眼のシュバルに視線を合わせ、優しく語り掛ける。
担当であり妹分でもある三人にこんな表情させるとは、まだまだだ。
「それにお前たちの言う通り最近休めてなかったのは事実だしな。自分の担当に心配されるような仕事をしてるなんて、俺はやっぱりダメなトレーナーだ」
「そんな!! 兄さんは立派なトレーナーです!!少なくとも私たちにとっては兄さん以上のトレーナーはいません!!」
「そうだよお兄さん!!僕がキタサンたちに勝てたのも、兄さんが傍にいてくれて、指導してくれたおかげだよ!!」
「私が病気になったときもずっと励ましてくれたじゃん!!お兄ちゃんがいたから私は夢をかなえられたんだよ!!」
「二人の言う通りよ。私も、兄さんがいてくれたから、彼女に勝つことができたんです」
「お、おう……すまん」
三人の勢いに思わず気の抜けた返事を返す。
そうだ、担当がこんなに信じてくれているんだ。
トレーナーの俺が弱気でどうする。
立ち上がるとパチンと頬を両手で叩き、気合を入れる。
「ごめんな、心配かけて。しかし、こんな風になるなんて、お前らのいう通り疲れてるのかもな」
「でしょ~?だ~か~ら~私の一緒にお買い物デートしよ?」
「僕と一緒に釣りに行ってのんびりしよ?」
「私と一緒にここで動画みてゆっくりしましょ?」
「「「むぅ~~~~~」」」
またにらみ合う三姉妹。
今日はやけに俺がらみで喧嘩するなあ。
まあ、自惚れで無ければ俺は彼女たちの兄貴分のようなものだ。
そして彼女たちもまだ中等部。
兄離れできていないだけだろう。
「やれやれ……俺に彼女でもできれば変わるのかね」
「「「……?!」」」
ぽつりと俺が呟いた瞬間、三姉妹が一斉にこちらへと顔を向けた。
しかも真顔で。
あのいつもニコニコしているヴィヴロスからも笑みが消えていた。
しかも三人共耳が絞られている。
俺、そんな変なこと言ったか?
「お兄ちゃん、どういうこと?」
「お兄さん……??」
「兄さん? 聞いてませんよ?」
「え、何?どうした?怖いんだけど?」
いつの間にか三姉妹に囲まれていた。
いつものように下から見上げてくる姿から感じられるのがかわいいでなく、怖い。
「お兄ちゃん、彼女、作るの??」
「ん? いや、俺も25じゃん? たまにトレーナー学校の同期から結婚しました~とか仲のいいやつと交わしてるチャットとかで彼女できたんだ~とかあってさ。羨ましいなって思ったり?」
「へぇ」
「あと、姉妹とか兄弟がべったりの同期から、彼氏または彼女ができると自分の兄弟姉妹が自立したとか聞くしな。ま、今の俺にそんな暇なんかないんだけど」
「(((余計なことを……)))」
三姉妹が何かぽそっと呟いたようだか、小さすぎて上手く聞き取れなかった。
「すまん、三人共。何か言ったか?」
「いいえ、何も?シュバル、ヴィヴロス、ちょっとこっちに」
シーナがシュバルとヴィヴロスを連れてトレーナー室の隅っこに移動する。
そして三姉妹で円陣を組み、何やらこそこそ相談し始めた。
さっきまでのいがみ合いは何だったのか見事なまでの連携だ。
うんうん頷いたり首を振ったりした後、円陣が解除されて俺に近寄ってきた。
「お待たせしました、兄さん」
いや、近寄ってきたどころではない。
唐突にシーナが右腕を組んできた。
さっきまでのヴィヴロスやシュヴァルの時とは違って優しく、しかし離さないという意思を示すようにしっかりと。
それこそ、その艷やかな尻尾を脚に巻きつけてくる程に密着して。
そして、それをしてくるのが既に本格化を迎えているウマ娘のシーナ。
それは、彼女の柔らかな肢体が密着しているということであり……
(緊急制動ー!! 素数を数えろ!! 2,3,5,7,11,13…………!!!!)
「おいおいシーナ、どうした急に?」
内心の動揺を見せぬよう、脳裏で必死に素数を数えることになった。
これはカレンチャントレーナーから教わった煩悩抑制技法の一つ。
昔は妹分になんて……と思っていたが、当時の自分に物申したい。
必須技能です。
「二人とも話し合ったんだけど」
「今日のところはここでゆっくりしようよ」
シーナの後を紡ぐように、シュヴァルが左腕に抱きついてきた。
さっきとは違って割れ物に触れるように、包み込むように柔らかく。
というか、俺の腕を抱きかかえるように。
(そ、素数を……やばい、シーナもシュバルも柔らかくていい香りで……)
「シュバルまで……いったいどうし……たっ?!」
突然の二人の行動にパニックになった瞬間、二人に軽く持ち上げられた。
そのままさっきまで座っていたソファーまで運ばれ、一緒に座らされる。
「お兄ちゃん、動かないでね」
「ちょ、待て、ヴィヴロスぅぅう?!?!?!」
「うん、思った通り座り心地いいね~」
「っっっっっっっ?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!」
そして俺の膝の上にヴィヴロスがポスンと座った。
少しだけ感じる彼女の重みと温かさに思わず固まってしまう。
しかもただ座るだけではない。
正面から抱き着くように、俺の首にその細い腕を回しながらだ。
スキンシップは多めのヴィヴロスだ。
多少のそれは経験はあったが、ここまでのは流石に経験したことがなかった。
「ちょっ、本当にどうした?! 急にこんな……」
「いいからいいから~余計なこと考えないで~」
「いや、こんな状況でそれはむ~りぃ?!」
ヴィヴィロスの甘い蕩けるような声に何とも言えない感覚を抱きつつ、反射的に離れようとした瞬間、視線が突然上へとブレた。
いざというときの仮眠用に使用しているソファーの背もたれが倒されたのだ。
その時、いつのまにかシーナが離れてソファーを弄っていることに気付いた。
膝の上に感じていたヴィヴィロスの重みがそのまま腹の上に変わった。
彼女はまるで猫のように膝を丸めて俺の胸に頭をこすりつけている。
「お兄さん、力が入ってるよ。もっとリラックスして」
「力を抜いて、そして私たちに全て委ねて……楽になりましょう?兄さん……」
一緒に横になったシュヴァルと、改めて腕を抱きかかえるように横になったシーナの二人に耳元で囁かれる。
二人の吐息にくすぐったさを感じつつも、その心地よさに抗えない。
思ったより疲労もあったのだろう。
三人の体温とソファーの柔らかさにそのまま瞼が落ちていき、俺の意識は途絶えた。
「……寝ちゃった?」
「寝ちゃったね」
「寝ちゃったわね」
すぅすぅと寝息を立てる私たち三姉妹のトレーナーであり、兄分でもある彼の顔を覗き込む。
普段より少し顔色が悪く見える。
「お兄さん、やっぱり疲れてたんだ」
「そうね、最近まで忙しかったから」
「お兄ちゃん、遅くまで頑張ってたもんね~」
ヴィヴロスとシュヴァルが心配そうに彼の腕に抱き着く力を強めたり、頬に触れたりしている。
この二人も兄さんの様子に思うところがあったのだろう。
そこでタイミングが重複したのはちょっと具合が悪かったけど、今思えばこういうのも悪くないかもしれない。
「二人ともわかってるわね?」
「うん!! 来週は私で」
「その次は僕で、そして姉さん」
それはさっき取り決めた協定。
三人で順繰りに兄さんと二人きりで遊ぶ、もしくは休む時間を作ること。
「それぞれが回ったらまたこうして三人で」
「「うん」」
そして最後に三人で兄さんと一緒に遊ぶこと。
これを繰り返す。
「私としては複雑だけど、でも知らない誰かよりお姉ちゃんやシュヴァちの方がいいもん」
「僕も……姉さんやヴィヴロスになら」
「私もよ。貴女たちならまだ我慢できるわ」
でも、誰とも知れない他人に兄さんをとられるのは我慢ならない。
兄さんはそんな機会なんてといってるけれど、他のウマ娘たちから評判がいいのを私たちは知っている。
それにシュガーライツ博士やライトハローさん、桐生院トレーナー。
油断ならない大人の女性たちもたくさんいる。
「私たちでお兄ちゃんをメロメロにして~本当の家族にしちゃお~」
「そ、そうだね」
「そうね。でも兄さんが誰を選んでも恨みっこなしよ?」
「うん、でも負けないもん!!」
「僕も、負けない……!!」
「ええ、私もよ」
そうやって決意表明しつつ、フフフと笑いあう。
もし、兄さんがいなかったらどうなってたのかしら。
そんな意味のないことがふと過るも、詮無いこととすぐに思考から追い出した。
「ふ、あぁぁ~なんか眠くなってきちゃった」
「ヴィヴロスも? なんかお兄さんの匂い、とっても安心するせいかな……」
「ふふ、そうね。今日はこのまま寝ましょうか」
「さんせ~」
「うん……」
もう睡魔に負けそうな二人は同意の声を上げるや否やすぅすぅと可愛らしい寝息を立て始めた。
それをちらっと見て、そして兄さんの顔を見る。
トレーナーとしての凛々しい顔、兄分としての優しい顔、そして今のあどけない寝顔。
どれも兄さん。
大好きな兄さんの一面。
「ふふ……大好きです、兄さん」
普段は恥ずかしくていえない言葉をそっと囁いて、頬にそっと口づけた。
ちょっと勇気がいったけれど、寝てる今ならいいわよね?
そんな言い訳を誰にするでもなく思いながら。
私も兄さんの腕に抱き着いて、眠りについた。
その後、四人そろって寝過ぎてしまい大慌てでトレーナールームから飛び出す姿が見られたとかなんとか。
終