腕、2本。足、2本。五感に異常無し。
だが、そもそもの状況に異常有り……
「マジで何で生きてんの?俺?」
あの時、確実に俺は燃え尽きた筈だ。大気圏に無対策で突入して、生きていられる筈が無い。
白く染まる視界も、熱さを感じなくなった身体も、轟音も……つい先程の様に思い出される。死に損ねた、万に一つもその可能性は無いだろう。
「でも、生きてるんだよなぁ……」
改めて辺りを見渡す。内装、設備の配置から察するに、ここは以前作ったセーフハウスの内の一つだろう。技術を盗もうとするスパイや命を狙う暗殺者、冷酷な算術使いから身を隠す為に作った物だ。
クローゼットから無難な衣服を取り出し、同時にそれの二重底を漁る。確か、そこに……
「てってれ〜、『モブ見え君』〜!」
昔発明した、姿形を偽装するアイテムを取り出した。外では死んだ事になっている、はずだ。余計な混乱を避ける為にも、変装は必須だろう。
「ここをこうしてっ、と。」
手首に装置に嵌め、ダイヤルを回す。これで周りからはミレニアムモブの様に見える。
出発の準備は整った。
「良し、行くか……」
ここはミレニアム郊外、数十分もすればミレニアム本校に着くだろう。気合を入れ直し、俺は外への一歩を踏み出した。
ミレニアム、到着。
いつもは喧騒と爆発で煩いはずのそこは、不気味な程に静かだった。人は殆ど居らず、まばらに見える人影は校庭の方へと沈痛な面持ちで歩いていく。
明らかな異常事態。自分の死が関連していないと楽観視出来るような状況ではない。やはり人死がほぼ無いキヴォトスにおいて、生徒の死というのは想像以上に重い意味を持つのだろう。
歩く生徒を捕まえ、事情を聞く。
「すみません、これは一体……?」
「え?何があったか知らないんですか?」
「すみません、最近まで病院で寝たきりだったもので……」
「ああ、そうだったんですね、ごめんなさい……」
嘘を交えて情報を引き出す。最初は怪訝な表情を浮かべた彼女だったが、こちらの嘘を信じたのだろう。ワタワタと謝罪の言葉を口にすると、今何が起こっているのか説明してくれた。
「貴方も『全能』の異名を持つハガネ君を知ってるでしょう?あの人が先生を助ける過程で、亡くなってしまったの。私も詳しい事は知らないけれど、宇宙から先生を助け出したらしいわ。それで今、彼の功績と経歴を鑑みて、学校葬が行われているの。」
「そうなん、ですね……」
学校葬ってなんだよ。国葬みたいなもんか?
「そうそう、今は未来開発部の部室には近付かない方が良いよ。彼の技術や遺産を狙う人を遠ざける為に、セミナーが封鎖してるんだって。」
確かに流出したらヤバいデータ沢山残ってるな……キヴォトス破壊爆弾とか、催眠アプリカッコガチとか……
あっ、
「ごめんなさい、用事を思い出したので行きますね!」
「あっ、はい!?」
ヤバい!4徹のノリで作った『遺書.pptx』が残ってる!あれだけは、あれだけは消さなきゃ!黒歴史確定なんてレベルじゃないぞ!
「あの、そっちは未来開発部の!……行っちゃった……」
後ろから静止する声を振り切り、部室へと走る。
先にPCの中を見られない様に。
全速力で部室へと走った。
そこに見える小さな人影。
「うわぁ……」
「あ?ここから先は立ち入り禁止だ。回れ右して帰るんだな。」
美甘ネル。C&Cのリーダー、コールサインは00。その彼女が、部室への廊下を防ぐように立っていた。
「あの……実は未来開発部の部室に用があって……」
「聞こえなかったのか?立ち入り禁止だ。」
どう頑張っても通してくれそうにない。アプローチ方法を変える必要が有りそうだ。
「実は、私ハガネさんの知り合いで……」
「ハァ……」
彼女が溜息をつく。ガシガシと頭を掻いてコチラを一瞥すると、ツイン・ドラゴンの銃口を躊躇いなく向けて来た。
「未来開発部の部室に入ろうとした奴はこれで5人目。ハガネの知り合いだっつって嘯いた奴はこれで2人目。」
「私は本当に知り合いで……」
実際は知り合いどころか本人なのだが。
「例え誰だろうと立ち入り禁止だ。そう厳命されてる。」
「今な、あたしはドえらく気が立ってんだよ。」
「親友が、越えるべき壁が、自分勝手に死んでいきやがった。」
「本当なら今すぐにだってアイツに手を合わせてやりたい。」
「そんな中、私利私欲の為にアイツの研究を利用しようとする奴らの相手をしなくちゃならない。」
「帰れよ、アンタがまだ無事な内に、な?」
彼女の赤い瞳を見る。そこには深い悲しみと強い怒りが綯い交ぜになって存在していた。昏い赤、そう表現するに相応しい瞳。普段の溌剌とした彼女からは想像出来ないその様子に、心が痛む。
だが、それでも。今は押し通らなければならない。
「通らせていただきますよ!」
「ハン、押し通ろうとしたのはお前が初めてだ!その気概だけは認めてやらぁ!!」
部室への一歩目を踏み出す。その瞬間、ツイン・ドラゴンが火を噴いた。的確に此方のバイタルラインへと吸い込まれていく弾丸は、一撃一撃が一般生徒であれば意識を刈り取る強烈な物。
「『複腕』、起動!」
だが、当たらなければどうという事は無い。
衣服の背を破り出るのは、昔開発した機械の剛腕。神経ジェルで肩甲骨辺りに接続し、第3第4の腕が如く機能する。
それを眼前でクロスさせる事で、シールドを起動させた。
ワンマガジン分の弾丸が突き刺さる事で僅かにヒビが入るも、一発も通さずに防御する事に成功する。完全に虚を突かれたネルは、横をすり抜ける俺に一瞬反応が遅れた。
「では、通らせていただきますね!」
「っ、待て!ソレはアイツの!クソッ、捕まえたら聞かなきゃいけない事が増えちまったなぁ!」
だが、直ぐに立て直して追ってくる姿は流石最強のエージェントと言うべきか。機動力だけで言えばネルの方が上だ。それに、今は発明品の殆どを身に着けていない。
みるみる内に距離を詰めてくる彼女に、思わず舌打ちが出る。
「っ、しつこいですよ!」
「なら諦めるんだなぁ!」
単純な銃撃は効かないと最初のぶつかり合いで知った彼女は、徒手空拳を織り交ぜて此方を仕留めに来ていた。飛び膝蹴りを受け止めた複腕を支点にして、回し蹴り。格闘家というより曲芸師の様な動きで翻弄してくる彼女に、ほんの僅かだが隙を晒してしまう。
「貰ったァ!」
「ぐうぅぅぅうう!!?」
だが、彼女にとっては十分すぎる硬直。ガラ空きになった胴体に、無慈悲な弾丸が叩き込まれる。
「へぇ、今ので気絶しないのか。」
「痛いなぁ……少しは手加減して下さいよ。」
滅茶苦茶痛い。どうしよう。もしここで捕まってしまえば、皆にどんな顔で会えばいいのか。
それに、今の戦いで『モブ見え君』が壊れかけている。遺書の消去は諦め、離脱するべきだろうか。
「お前……さっきからその腕輪をしきりに気にしてんな。ソレがお前の強さの秘密か?」
「ヤバっ!?」
思考を遺書について飛ばしてた間に、ネルが距離を再び詰めて来ていた。手首に嵌めた『モブ見え君』に銃口が添えられる。手を引いたが、遅かった。
「おもちゃは没収だ!……はぁ?……あ?……」
「あっ……や、やあ、久しぶり……ネル……」
『モブ見え君』が砕け散る。
「おっ、おま、何で!生き!は!?」
「いや、何で生きてるかは自分でも分からないっていうか……」
「とっ、取り敢えずユウカとヒマリに、知らせねェと!」
「待って!!」
ネルが通信装置を取り出そうとするのを、必死で押し留める。ここで自分が生きているのをミレニアムの皆に知られるのはマズイ。なんならミレニアム以外もマズイ。
「何でだよ!皆、お前が死んだと思ってどれだけ!」
「それでも!駄目なんだ。」
ネルが食い下がるが、此処だけは譲れない。もしもう一度ヒマリに、皆に会ったらあの時決めた覚悟が、無駄になってしまう。
自分はこの先の物語に不要。そう断じた。ヒマリの思いを踏み躙った。合わせる顔なんて無い。そもそも生きるつもりも無かった。
「何か、理由があるのか?」
「ああ。」
「アタシ達に言えないような?」
「……ああ。」
ネルは渋々といった様子で通信装置を下ろす。
「お前は、とびきりのバカだ。」
「え?」
何か突然罵倒されたんすけど。
「周りの事なんて考えず勝手に何か作って、ヒマリにシバかれて、ユウカに頭下げさせて。」
「でも、毎回最後には皆を救ってた。」
「秘密主義のお前は、何で未来予知みてぇに必要な物が分かるのか教えてくれなかったけど、」
「今回も、そうなんだろ?死を偽装する必要があったんだろ?」
「お、おう……」
すげぇ勘違いしていらっしゃる。だが、好都合だ。何とかここを切り抜けられるかもしれない。
「でもさ、ヒマリだけには、生きてるって教えてやってくんねぇか?アイツ、お前との通信が断絶して、お前の乗った宇宙船が火に包まれて、物凄い取り乱してた。車椅子から転げ落ちて、這ってでもお前を探しに行こうとしてた。あんまりじゃねえか?なぁ?」
「っ、ヒマリ……」
彼女の顔を、声を、性格を思い出す。出来るなら今すぐにでも会いたい。
でも、
「駄目なんだ、駄目なんだよ。」
「……そうか。」
今までは、ストーリーが分かっていたからどうにかなっていただけ。此処から先は知らない。詰みポイントが多すぎるこの物語に、俺という異物が入り込んでいては、何が起こるか分からない。もしかしたら、プレナパテス先生の世界線のように、いやもっと酷い事が起こるかもしれない。
もう既に俺のせいで色々変わってしまっている。これ以上、歪みを広げる訳には……
「なあ。」
「何だ?」
「頼む、約束してくれ。必ず、帰って来るって。またミレニアムに在籍する1人の生徒として、皆の前に姿を現すって。」
「……ああ。」
声を、瞳を震わせる眼前の少女と、口だけの約束を結ぶ。
いつもの勝ち気な姿が見る影も無い、弱々しく震える彼女に、己の罪の重さを自覚する。
「じゃあな。」
「……またな。」
また、か。その時は、来るのだろうか。
或いは自分も1人の主人公だと胸を張って言える日が来るのだろうか。
何が『全能』だ、物語1つ改変する度胸の無い玉無しが……
「ヒマリとユウカに、どんな顔して会えば良いんだよ……」
「あっ、リーダー、大丈夫!?」
「あー、アスナか。いや、ちょっと不届き者をぶっ飛ばしてただけだ。それより、お前何で持ち場離れてんだ?」
「えーっとね、今此処に来ないと後悔するかもって、勘がして。でも、気の所為だったかな?」
「そうだな、いや……気の所為だろ。」
「そっか、じゃ持ち場に戻るねー。」
「……ああ。」
「もう涙も出ません……」
「彼のPC、電源が点きっぱなしじゃないですか……」
「パスワードは私の誕生日、変わってませんね……」
「彼の事です、何処かに秘蔵フォルダがあるはず……」
「ありました、天才美少女にかかればこの程度……」
「催眠アプリ、キヴォトス破壊爆弾、感度3000倍媚薬……」
「ふふっ、彼らしいですね……」
「?これは……遺書……?」
「やっぱり、やっぱり!あの時彼は自ら死を望んで……!?」
「どうして、相談してくれなかったんですか……?」
「会いたい、もう一度、会いたい……」
バカ「あっ、遺書消すの忘れてた!」