───抜け出して良かったのかい。
校舎を歩く褪せ人の脳内に少女の声が響く。美鈴の声だ。
案じるというよりかは悪戯味を持った声色で聞いてくるその声に、対して悪気なく問題なしと返答を返す。
慌ただしく動く生徒や教師職員を横目にヒュージの気配のする方向へ足を進める。見えざる姿で姿を消している為に周りは褪せ人に気づかない。
───君、戦闘禁止令出されてるんだろう?
「まあな」
───なら尚更大人しくしておいたほうが良いんじゃないかな
「戦場が私の魂の場所だ」
───………そっか
脳内が喧しい。一週間に墓場で美鈴と出会ってからというものの、事あるごとに脳内で美鈴の声が木霊する。
一体何が原因か、かのしろがねのラティナの様に姿を見せずとも話しかけてくるのだ。
割とというかかなりうざったらしいので静かにするよう言うと大人しく美鈴は話すのを止める。
校舎を抜け、海岸へ。既に戦いは始まっていた。大小入り混じっての混戦に血が沸き立つ感覚がする。
だがここでふと足を止める。決して良心の呵責などではない事は伝えておこう。
ただ現れて戦闘に割り込む。それだけで本当に良いのだろうか。いつものように戦いに現れて暴れるのも良いが、何だか光景が一辺倒で味気が無い。つまらないのだ。誰よりも闘争を好み、生き甲斐を見出している褪せ人からすれば戦闘のマンネリ化は一大事。敵も味方も驚く何かをしてやろうと意気込む。
───失礼を承知で言うけど、絶対に碌でも無い事を考えてないかい
「はっはっは………」
しばらくの思考の後、ルーンから一つの指笛を取り出し、それを吹く。青白の粒子が形を形成し、確かな重みと熱を持って具現化される。
「バフー……」
「久しぶりだな、トレント」
それは馬と言うにはデカく、ふとましく、そして異形の角を持っていた。
トレントと呼ばれた馬は整然と一鳴き褪せ人の側へ寄る。首を垂れ、褪せ人の胸に顔を突き出し擦る。
「おっと、恋しかったか。私もだ、また共に肩を並べて戦えるのだから」
黄金樹の中、エルデンリングそのものと呼べるエルデの獣を前にトレントを駆ったあの日以来だ。エルデの王となってからはどこに行くでもなく、惰性の日々を続けていた。故に狭間の地を駆け抜けた最優の友と再び戦えるのはなんという僥倖という他無かった。
トレントも同じ気持ちか、更にその頭を擦り付けてくる。それはもう強すぎる程に。
「そうがっつくな、ハハ………少し痛いぞ、まてまてその角は不味い………ガフッ」
制服を貫き、褪せ人の体へ突き刺さったトレントの角は滴る血で赤く染まる。
脳内の美鈴が本気で心配そうな声を上げているが、この程度対して問題無い。きっとこれは戯れあいのようなもの、ほれ見ろトレントの目を、こんなにも澄んだ瞳をしている………。
────本当に君の仲間なのかな!?殺意が漏れてる様な気がするんだけど
「なるほど、澄み切った殺意か。どうりで綺麗な目をしている。………そろそろ角を抜いてくれないか?二本目も刺さって更に血が………あぁ、かなり溢れてきた」
満足したのかようやく離れてくれたトレントに恨みの視線をくれてやると、悪いのはお前だと言わんばかりに鼻を鳴らす。
「なあトレント、何で怒っているのか分からんがそろそろ機嫌を直してはくれんか?なっ、後でたんまりとレーズンを食わせてやるから」
先史に狭間の地を統べた竜王、初代エルデの王、果ては帰還した約束の王などを前にして屈することのなかった褪せ人が、今は目の前で拗ねるトレントを前にまるで腹を立てた彼女を必死に説得する彼氏のように腰を低く懇願している。
褪せ人の説得にようやく納得してくれたのか、首を跨げて乗れと促す。
だがその時、チラと褪せ人の隣へと視線をやった。それは美鈴が立つ方向であった。
───この子、私が見えてる?
「トレントは他とは違う。見えてもおかしく無いだろう。乗るか?」
───遠慮しておくよ。戦う力も無い僕が行った所で足手纏いにしかならないし………それに、まだ
「ふむ、分かった。では待ってろ、直ぐに終わらせる」
意味ありげな美鈴の表情に、余計な詮索は無用と断じて褪せ人は美鈴を残してヒュージの跋扈する戦場へと駆けて行った。
一般常識でヒュージとは知性を持たぬある種災害の様なものである。常に群れ、津波の如き勢いを以て全てを蹂躙する。
五十年前より音もなく現れ、ネスト(ヒュージ達の拠点)から際限なく溢れてくる。故に許してはならぬ。世界が違えば形を持った腐敗とすら称されるであろう。
「全く何なんですの!?このヒュージ、私達を無視して百合ヶ丘の方に向かって行ってません!?」
「やりづらい………!」
だがそんなヒュージは目の前の梨璃達を無視し百合ヶ丘へと足を進めていた。
まるでそこに自らが求める何かがあると信じて疑わぬ様に。
「結由、この動きまるでこの前の」
「褪せ人さんが現れた時と同じ……」
一体何をどうしてヒュージが褪せ人を狙うのか、それは全く見当もつかぬが、唯一分かることはこのまま褪せ人に接触させるのは決して良い事が起きないという確信だけだった。
「待って………逸れのヒュージ達、進行方向を変えて他の所に行ってる!」
少し離れた廃墟の上からCHARMを構えている一柳隊の一人──
百合ヶ丘へと進行するヒュージの大群の他、戦いの最中に分断されたヒュージ数体が、まるで他の獲物を見つけた様な動きで突如として方向を変えたのだ。
あちら方向には一柳隊の誰かが居ただろうか。王嘉の持つCHARMに備えられた狙撃用のスコープで除くが、それらしき姿は見えない。不審に思いながらも、見過ごす訳にはいかない。照準を切り替え先頭のヒュージへと銃弾を放つその時。
(………!先頭のヒュージが吹っ飛んだ!?)
「二水っ!あっちの方向をレアスキルで確認出来る!」
「は、はい!」
杞憂で済めば良いが、そんな思いで二水からの返答を待っていると。
「マイネェェェーーム!イズ!ギョブマサタカァ!オニワァアァー!」
「あの人何やってるんですかーー!?」
嫌な予感は的中した。逸れのヒュージ達を蹴散らしながら森の中から現れた鎧姿の巨漢。十中八九褪せ人だ。しかも、上半身裸だ。闘争のそれに特化した肉体はトレントに跨る姿と相まって極限の美を思わせる。
鷹の目と呼ばれるレアスキルを持つ二水と既にスコープから確認していた王嘉だけがその姿に気付き、声を上げる。
トレントを駆り、空を蹴りながらその巨体に見合わず静かに二水の下に降りる。
「お前は………
「い、色々聞きたいことがあるんですけど!?」
「おっと、戦場で油断するな」
えっ、と二水が後ろを振り向くよりも先に、褪せ人は二水の頭を掴み下げる。
ルーンから取り出した赤毛で束ねられた鞭を取り出し、周囲を振り払う。
それは決して消えぬ不滅の炎を持った巨人の髪で編まれており、それは髪だけとなって尚その力は失われなかった。
ヒュージは燃え上がる髪に触れるだけで炭と化し、攻撃が止む頃には辺りには炭の山が出来上がっていた。
「未だ尽きぬ不滅の炎。その身を別たれて尚健在だな」
「その手にあるのって」
「髪だ」
「髪ぃ!?」
「二水ー!そっちの方でデカい火の手が上がったが、大丈夫かー!って褪せ人ぉ!?」
「ミリアムさん!」
「………ミリアム?………うっ頭が」
褪せ人の脳裏に存在する嫌な記憶が蘇る。リエーニエのカーリアの書院でよくもまあ殺してくれたものだ。遠距離からはチクチクと魔術で撃ってきて、近づこうものならワープして姿を消す。ミリアムの取り巻きもまたウザい、ここぞとばかりに褪せ人の苦手とする多対一を強いてくる。お前何なんだよ!(本音)
とにもかくにもまさか別世界にまで来て懐かしい名を聞いたものだと、僅かに漏れ出る殺意を抑えながら感慨に浸る。
腰ほどにもある長髪を揺らすミリアムは、決してこの場には居ないはずの褪せ人の姿にワナワナと身体を震わせている。
様子を見に来た王嘉も目を見開いている。
流石にこの肉体美は目に毒だったかと見当違いな考えをしていると、三人があっと、声を上げる。
直後、その身に掛かる衝撃に視界を揺らされ、何かを折るような音を耳にしながら何処かへと吹っ飛ばされる。
撃ち漏らしがあったかと、揺れる視界の中でぼんやりと反省する。
自分を忘れるなと言わんばかりの怒りが込められたヒュージの右は中々堪える。感情なんて分からないが。
「褪せ人さん!」
立ち塞がるヒュージを新たに手にした黒鉄の大槌で擦り潰す。口に溜まった血を乱暴に吐き捨て湧き出るヒュージに目を向ける。
「肋骨、左腕を持ってかれたか………別に大した問題ではないが。さて、仮にも世界は違えど王に凶刃を振り翳した手前、何で贖う?」
聖杯瓶を煽り傷を癒す中、褪せ人の心中には確かに下手人に対しての怒りがあった。
王として、何より一人の戦士として彼女達に、そして目の前のヒュージ達に威光を見せてやらねばなるまい。
「のう、貴様ら。ヒュージ風情が、不遜であろう……?地に伏せよ!」
いく匹か躍り出たヒュージはその爪が褪せ人へと届くよりも前に、黄金の衝撃波によって蹴散らされる。
光が止むと、現れたのは鎧姿へと変貌を遂げ、大槌と聖印を手にした褪せ人の姿だった。
なぜ褪せ人の攻撃がヒュージに効くのかー、とか他メンツの絡みとかやりたい事がもんもんと湧いてきます。いやー、リアル時間足りねぇや。ストック先に切れる可能性がが………。
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