最近の安室さんは様子がおかしかった。いや、最近じゃない。一年前からだ。組織が壊滅した後からずっと様子がおかしかった。最近は俺の付けた盗聴器やGPSにすら気付けなくなっている。
安室さんの性格では直接聞いても誤魔化されるだけだろう。
安室さんが行動を起こすとしたら今日。組織が壊滅した日だ。
安室さんがポアロを離れる。今日は午前中だけのシフトだと聞いていた。急いで追えば、安室さんが車に入る前に追い付く事が出来た。盗聴器を付けていて本当に良かった。
「ねぇ、安室さん。どこに行くの?」
「あぁ、コナン君かい?別に、気にする事じゃないよ?」
安室さんらしくない悲しげな笑顔。絶対、あの日に何かあったんだろう。
「それじゃあ。僕もついて行っていい?安室さんと一緒なら蘭姉ちゃんも許してくれると思うし」
「……ちゃんと連絡を入れておくんだよ」
俺が携帯を出して蘭にメールを入れれば、すぐに気をつけてねと返事が返ってきた。
「ちゃんと連絡入れたよ」
「じゃあ、車に乗って」
俺は助手席に乗り込んだ。安室さんも運転席に乗り込む。エンジンをかけると車が動き出す。車の中でお互いは何も話す事なく時間が過ぎていった。
少しして安室さんが車を止めた。
「本命の目的地の前に少し寄る所があってね。すぐ戻るから待っていてくれないかい?」
俺は無言で肯定した。直感で無駄に踏み込んではいけないと思った。
安室さんが入っていった先は花屋だった。予約していたのか安室さんが店員に声を掛ければ花束がすぐに用意されていた。安室さんは花束を受け取ると車の方へ戻ってきた。
「すまないね」
安室さんは花束を車の後部座席に置くと車を走らせた。ここからでは影になってしまっていてどんな花かわからない。
車に乗ってしばらく経った。相変わらず車の中には沈黙が漂っている。外の景色を見ていれば、車のスピードが段々と落ちていく。目的地は思っていた通り、黒の組織が壊滅するきっかけになったビルだった。ここには、あの方と呼ばれる組織のリーダーとラム、ジンがいた。リーダーとラムは自殺、ジンは安室さんが殺したと聞いている。安室さんは激昂して手にかけてしまったらしい。
「コナン君、ここが目的地だよ。やっぱり着いてくるかい?」
安室さんは寂しそうな目でこちらを見た。この人、本当はこんなにも感情表現が豊かなんだよな。
「最近の安室さんはだいぶ様子がおかしかったし、原因が知りたいな」
「うん。そうだよね、そう、だよね」
安室さんが一筋の涙を零す。どうして、そんなにも悩んでいるのに話してくれなかったんだろう。
話すぐらいなら俺でもできるのに。信用がなかったのだろうか。
安室さんはさっさと車を降りて花束を持っていた。コナンも急いで車を降りる。
安室さんに着いていけば、ビルの屋上に出た。安室さんは柵に身体を預けて俺の方を向いた。
夕日が安室さんの逆光になって眩しい。
「安室さん、そんな所にいると落ちちゃうよ」
「大丈夫。落ちないように気を付けているからね」
少なくともここで自殺するつもりはないようだ。それでも、何処かに消えてしまいそうな雰囲気を纏っている。
「それで、コナン君は僕に何を聞きたいんだい?」
そんな事、安室さんも分かっているだろう。分かっているからこそ、逆に聞いてくるんだろうけど。
「安室さんはあの日、何があったの?」
安室さんは花束を抱えたまま目を閉じて悲しげに笑う。
「君は、蘭さんが知らない間に犯罪組織に加担していて、目の前で処分されたらどう思うかい?」
「蘭はそんな事!」
「仮定。あくまで仮定だよ。コナン君」
そんな事があったら、俺はどうするだろう。愛する人が犯罪に加担して殺されるなんて。考えてもその時の気持ちなんて言葉にできない。その時どうするかも予想がつかないのに。
「俺の相手はそんなに綺麗な人じゃなかったけど。寧ろ、真っ黒だった」
安室さんの目から溢れ出る涙。普段、あんなにポーカーフェイスで繕っていられる人間がここまで感情を露わにするなんて。
「それでも、好きだったし、辛かったし、苦しかったし、悲しかったし、今でも気持ちの整理がつかないんだ」
俺は掛ける言葉が見つからなかった。安室さんの涙が屋上の地面に落ちた。
「本当に最後にお互いに想いを伝えられただけ良い方だったんだ。そんな人だったんだよ、コナン君」
安室さんは涙を拭いもしないで俺を見つめていた。
「ごめんね。コナン君の前で泣いてしまうなんて。やっぱりだめなんだなぁ」
安室さんの止まらない涙が夕日に照らされて輝いていた。
「コナン君。涙が止まるまでここにいてくれてありがとう。迷惑をかけたね」
安室さんがしゃがんで俺の頭を撫でた。
「ううん。いいよ。僕も理由が知れただけでも良かったから」
このビルには幹部以外にも人員がいた。きっと、そのうちの1人だったんだろう。
「コナン君。これをお願いしてもいいかい?」
渡された花束のメインは赤いアネモネに白いカーネーション、横にアイビーが添えられている。どれも後悔という花言葉を持つものばかりだ。
「これを?」
「本当は俺が亡くなった場所に置くべきなんだけど、どうしてもコナン君に見ておいてほしかったから」
俺に預けるなんて。俺はその人がなくなった場所なんか知らないぞ。
「きっとコナン君でも分かるから」
俺は花束を見た。なにか仕掛けがあるんだろう。花束を掻き分けると中から二枚の封筒が出てきた。一枚は俺に、もう一枚は公安に、と宛名書きがされていた。
俺は急いで俺宛の手紙を開けた。嫌な予感がする。
――
コナン君へ
君はこれをどんな気持ちで読んでいるか知らないが、君が読んでいる時に俺が横にいなければきっと俺は幸せな気持ちでいられているんだと思う。コナン君は聡い子だから、俺がやろうとしている事も予想がついているはずだ。これがどんな手紙かも分かっているだろう。でも、どうか止めないで欲しい。
……
――
手紙を全部読んでいる暇はない。急いで階段を降りる。そんなに下には行っていないはずだ。階段の下から小さな足音がした。ここが静かでなければ聞き逃していただろう。
二階程降りれば、先程音がしたであろう階にたどり着いた。このぐらい、今までやってきたことに比べれば容易いことだ。後はどこの部屋にいるか。俺はひたすら、端からドアを開けた。残りのドアも少なくなった時に銃声がした。銃声がした方へ向かえば、たくさん並んだドアの中に半開きのドアがあった。硝煙の臭いがする。慌てて中にはいれば、部屋の中心で安室さんが死んでいた。
近づいてみると、安室さんは心臓に拳銃を向けたまま死んでいた。この状態なら弾丸が心臓を貫いて即死だっただろう。そばには彼岸花が落ちている。いつ拾ってきたんだろうか。意味する所は亡くなった人への思い出、だろうか。これはこっちにもダメージが来るじゃないか。俺は、安室さんの側に花束を置いて、俺宛の遺書を読んだ。
――
コナン君へ
君はこれをどんな気持ちで読んでいるか知らないが、君が読んでいる時に俺が横にいなければきっと俺は幸せな気持ちでいられているんだと思う。コナン君は聡い子だから、俺がやろうとしている事も予想がついているはずだ。これがどんな手紙かも分かっているだろう。でも、どうか止めないで欲しい。
俺が愛している人は、それはもう、冷酷で躊躇いもなく引き金を引くような人だった。加えてとても優秀で、たまにそれが格好良く見えた。絆されてしまったのだろうか。本当に良くないんだが。手紙でさえも惚気てしまうなんて、俺らしくもないだろう。
俺はそんな最愛の人をこの手で殺したんだ。俺が殺さなくてもきっと最後まで足掻いていただろうから、他人の手で殺されるぐらいなら俺が殺す、だなんてその時の自分がどれだけ追い詰められてていたかが分かるよ。自分でも良く分かっていたけど、あまりにも心的外傷が酷かった。医者にかかれば、今すぐ仕事を辞めて療養しろって言われてただろう。一年持っただけ随分と良い方だった。本当は殺したその場で死にたかったんだが、そういう訳にもいかなくて今まで頑張ってきた。組織の残党、溜まりに溜まった書類などなど仕事は溢れ出る。最後に見たあの笑顔で俺は一年生きたんだ。一年間取り掛かっていた組織に関しての処理は俺の最後の理性とあの笑顔の力だった。しかも、あんなに柔らかく笑ってくれるような人じゃなかったから、本当に驚いた。あの人については俺も色々調べて知ってたつもりだったが、意外と知らない事がいっぱいあったんだ。……両思いだった事とか。
コナン君。最近、君がずっと追いかけて来ている事は知っている。盗聴器もGPSもしっかりと付けてくれてな。俺が気付いてないとでも思ったか?それが分からないくらいには耄碌していない。だから、きっと俺を一番最初に見つけるのも君だと思う。そうなったら一番に風見に連絡するように。風見に公安宛の手紙を渡してくれ。
色々迷惑を掛ける事になると思うがよろしく頼む。
降谷零として、感謝を伝える。俺の家のデスクの中に君宛のプレゼントが入っている。
P.S.
俺が死ぬ時に使った銃は俺の墓に入れてくれ。勿論、火薬や銃弾は抜いて綺麗にしてからな。俺の愛している人の遺品だ。公安からパクった。
――
俺は血が付かないように慎重に安室さんのポケットから携帯を取り出して風見さんへ電話を掛けた。俺のただならぬ雰囲気と安室さんが組織のビルで自殺した事を伝えれば、急いで駆けつけてくれると言って慌ただしく電話を切った。
それから、体感にして一時間、本来はもっと掛かっていないだろうけど、そのぐらい経ってから風見さん達、公安警察が来た。
「ねぇ、風見さん」
「なんだい?ボク」
風見さんは俺の方に顔を向けた。夕日はもう沈んで空は暗く青くなっていた。
「安室さんには好きな人がいたんだって。心当たりはある?」
「……!寧ろ今初めて聞いた話だ」
風見さんは驚いていた。俺にも話してくれない程だから知らないのは当然だろう。
「その人はね。冷酷で躊躇いもなく引き金を引くような人だったけど、とても優秀で格好良かったんだってボク宛ての遺書に。そして、このビルで安室さんがその人を殺したとも書いてあったよ。そこに落ちている安室さんが自殺した時に使っていた銃はその人の遺品だよ」
風見さんは手袋を嵌めて、血に濡れた拳銃を拾い上げた。
「ベレッタM92……」
「安室さんがここで自殺を選んだってことは、きっとその人もここで死んだんだと思うんだ。ねぇ、心当たりは……?」
風見さんは苦い顔をする。きっと、そうなんだ。分かってはいる。でも、確信が欲しい。
「……ジンだ。ここで降谷さんが殺したのも、ここで死んでいたのもジン一人だけだ」
空間が静まり返る。だって、あの安室さんの、降谷さんの好きな人はジンって言うことだからだ。
「激昂して殺しちゃったんだっけ。安室さん、好きな人の事、他の人に殺されたくなかったんだって。きっと苦しかったんだよ。だって、すごくぼかしながらボクにこの事を話した時泣いてたんだ。見たこともないくらい涙が溢れかえってた。これは今まで気付けなかったボクも悪いよ」
「君だけが悪いわけじゃない。気付けなかった自分達にも非がある」
また、静まり返ってしまった。なんとも言えない空気が重たくのしかかる。
「そうだ。これ、公安への遺書」
俺は手に持ったままだった開けていない方の封筒を風見さんへ手渡した。風見さんは宛名を見ると急いで、それでいて丁寧に開封した。
「そうか。降谷さんは、」
風見さんは俯いて、手紙に少し皺を作った。
「なんて書いてあったの?」
「主に謝罪だな。何があったのかはコナン君の手紙の方に書いてあるらしい。後で見せてくれないか」
「良いよ。寧ろ、そのつもりだったから」
風見さんは頬をぱちんと叩くと指示を出し始めた。テキパキと遺体を運んでいく。
本格的に暗くなる前に帰らないとな。俺は悲しい気持ちと悔しい気持ちを抱えながら帰路についた。
後日、俺宛に菓子折りが届いた。安室さんのデスクの中に入っていたものだという。自殺する前日に買っていたもので、比較的長持ちするものだったので送らせてもらったとの事。その次の日、ポアロは終日閉店して、手の空いていた関係者が集まって弔いの会を開いた。風見さんまで来るとは思わなかったけど。安室さんは残される人の気持ちをわかっていながら生きられなかった。でも、これはもう過去の出来事だ。これからは俺が、安室さんが一番好きな人よりも優先して守ってくれたこの日本を守る番だ。勿論、探偵としてだけどね。
P.S.
安室さんが墓に入れて欲しいと書いていたベレッタM29は火薬と弾丸を抜いて綺麗に掃除されてから墓に入れました。風見さんが呆れながら頑張って上層部に掛け合ってくれたんだから、ちゃんとお礼を言ってね。