【完結】 おれ会社辞めて忍者になるわ   作:hige2902

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くっそ今更ながら、大事なところにルビ振っとけばよかったなあと思いました。
たぶん金曜日までに過去話にルビを振ったりしてます。
なんで金曜以降にざっと過去話をスクロールさせておくとラストに納得しやすくなるかもです。ルビ振るだけなんで必要不可欠な事柄ではありません。


第四話 街による寝取り

 気の引き締まる早朝。

 斑鳩の心を大きく占有する事柄があった。忍び学科のみに出入りを許された寮のこじんまりとした食堂で新聞を片手に、そのうちの一つに関して思案にふけった。

 見出しは大きく貧困街周囲の犯罪数の増加傾向を伝えている。小さく溜息をついた。

 

 鳳凰財閥は金銭的な援助を続けている。しかし、焼け石に水のような気がしてならなかった。抜本的な改造を行わなければ現状を打破できない。そんな当たり前の足取りで、思考は深く積もった雪原を往復するように道を作っていた。

 実のところ、外国には貧困街を改善するための実験都市となったモデルはある。上下水道や公道の整備、たとえ公衆トイレからトイレットペーパーを盗まれても補充し続ける。そのうちにトイレットペーパーを盗む価値はなくなる。失敗は多かったが、中には成功と言ってもよい一例もあった。多くの住人が、自分たちのいる場所が貧困街だとは認識しなくなった。

 

 だが斑鳩が貧困街出身の元悪忍、詠と定期的に貧困街の治安維持の為に見回りをしていて感じたことは、単純なスラムではないということだ。あそこは、独自のコミュニティを持っている。自警団を名乗る集団が存在し、夢破れた裁判官かぶれが一緒になって裁定し、機械化された大量生産に居場所を奪われた農家が作物を育てている。現代についていくことのできなくなった人たちの最後の逃げ場となっていた。

 無論、自称の司法行政府が非人格性を持ち、公平性を満足させているのかと言われると、一見では信用はできない。ただ、住民との仲は良好そうだった。

 こういった善良そうな市民は貧困街の外周に位置している。問題は中心部だった。明らかに非合法的な集団の根城となっている。自警団が仲介するのは、おうおうにして外周部と中心部の干渉によるものだ。

 

 暗黒は、中心部にある。外周のほがらかさを隠れ蓑にされているのではないかと思う事すらあった。

 斑鳩は一度、中心部に足を踏み入れてみようとしたが詠に止められた。

 

『いけませんわ』

『なぜです? 大抵の脅威ならば、わたくしたちの障害にはなりません』

 

 詠は稲穂のように美しい色の長髪をかき上げ、恨めしそうに中心部を見やって言った。

 

『大抵の脅威ではないからです。わたしも詳しくは把握していないのですけど、どうも抜け忍が用心棒として雇われているようですの。外周民などには手を出しませんけど、忍びが相手なら容赦はない。そういう話です』

『そういう話?』

『貧困街に住む者には周知の事実、ルールのようなものですわ』

 

 詠の言葉に、ひどく排他的な響きがあると斑鳩は無意識に感じてしまった。もちろん詠は、貧困街出の経験から事実を述べただけで、親友 ――口にして確かめたことはない、恥ずかしいので―― の身を案じただけだ。

 それでもやはり、鳳凰に引き取られて金銭面では何不自由ない生活を送ってきた斑鳩には刺さった。それに気づかず詠は続ける。

 

『中心部は複雑に入り組んだ建物で構成されています、裏道や、表通りと思ったら唐突に袋小路になっていたり、下水道を通ってしかたどり着けない場所もあるそうです』

『汚れなど、気にしません』

 

 気丈に言った斑鳩に、詠は安心させるような口調で言葉を紡ぐ。

 

『わかっていますわ、斑鳩さん。あなたが貧困街に何の偏見も持っていないことは。わたくしが言いたいのは、地の利は向こうにあるという事です。悪事とはまったく無縁の一般人が監視の役を担っていたり、撤退するつもりが包囲網の中に突き進んでいたりすることがある、ということですわ。抜け忍が何人いるかもわからず、ひょっとしたら妖魔も出現するかもしれません。この状況下での侵入を試みるのは好ましくありませんから』

『そう、ですね。わたくしとしたことが冷静さを欠いていました』

 

 斑鳩はその理由がわかっていた。詠に中心部に踏み入ることを止められた訳を、汚れに関することだと無意識してしまったからだ。貧困街の汚れなど、今さら気にするものかと思ったのは本心だったが、実際は不透明な戦力による待ち伏せなどの危険性を勘案した結果だった。自分ひとりが貧困街の汚れを意識してしまったことに罪悪感を覚える。しかも詠はそれを見通して、仕方のない事と寛容している。その事実がさらに斑鳩を良心の呵責と自己嫌悪の混沌へ埋める。

 

『わたくし……ごめんなさい、そんなつもりじゃ』

『いいのです、斑鳩さん』 詠は斑鳩の心境とは対極的にからりと笑って言った。 『昔のようにつまらないことで難癖を付けるわたくしではありませんわ……さ、まいりましょう』

 

 その後、心のしこりを拭うように、力いっぱい外周民のこどもの遊び相手になった。

 陽が傾きかけ、カラスが鳴くころになって二人は帰路についた。斑鳩は学生寮へ、道元が絡んだ蛇女と半蔵のいざこざ故に抜け忍となった詠は仲間のいる隠れ家へ。

 その途中、斑鳩が口を開いた。

 

『中心部への侵入についての算段は、どれくらいついているのですか』

『少なくとも、わたくしたち抜け忍の五人では突入する気にはなりません。誘えば彼女たちはついて来てくれるでしょうけれど、危険すぎます』

『わたくしたち半蔵の学生を加えても?』

 

 詠はゆるりとかぶりを振って言った。

 

『もし分断されたら? 籠城を余儀なくされれば飲食物の問題もあります。外周民を人質に取られるかもしれません。調査は続けていますが、そもそも目標とする組織や人物は? 中心部に諸悪の根源が必ずしも存在するとは限りません。あるいは』 密やかな瞳で斑鳩を見やる。 『中心部そのものかも』

 

 気づけば斑鳩は立ち止まり、泣いていた。理由は自分でもわからない。ただ、己の力ではどうしようもない現状を悲観していることだけは確かだった。

 詠は消え入りそうな笑みで斑鳩を抱きしめた。

 

『いいのです、あなたが涙を流しているという事実だけで、わたくしも救われます。同じ気持ちですから』

 

 耳元で囁かれた言葉で、斑鳩は決意を固めた、貧困街の問題の解決に向けての意思を。

 

 寮に戻り、休日に実家に帰って義父に相談してみたが手ごたえのある言質は取れなかった。いまは大狼との睨みあいにあって自由に動ける身ではない。

 それはいつまで続くのかと斑鳩が問うと、案外すぐかもしれないと返ってきた。斑鳩は一瞬の顔のほころびを見せたが、続く言葉に表情は凍結した。

 

『大狼で凄まじい経営管理手腕を持つ者が現れた、()()()()()()()()()()。その者が大狼一族の権力を一定まで行使できる座に収まれば、鳳凰が食われるのも時間の問題かもしれん。しかも人間のタイムスケール内で。かの人物は遠い分家の身らしく、故に大狼当主も扱いにくいだろうが。……そうなれば、大狼の現当主が貧困街の問題に関心を寄せているという前提が覆らない限り、解決に積極的な行動を見せるだろうな』

 

 そんな、という義娘の言葉を制して鳳凰当主は続けた。

 

『わたしとても問題は解決したい、テレビで流れている安っぽいパフォーマンスでなく。だがもしも鳳凰が倒れた後に、大狼の当主は変わっているかもしれん。その新しい当主が貧困街に関心を示さなかったら? どうするね。……ここだけの話だが、大狼当主と水面下で緊張緩和の道を探っている。だが組織は、長が右を向けば全体がそれに倣うとは限らんのだ、本当のところはな』

『大狼との和解の道を阻害する者がいると?』

 

『いて、当たり前なのだ。組織だから当然だ。気に食わんやつを排するのは簡単だ。だが多種多様な意見を聞き、多角的に物事を見るためにそういった人間は必要だよ』

 

 いずれ、かの者が大狼を纏める立場に立った時、鳳凰に対抗戦力がなければ……。言いさして神妙に口を閉ざす義父を見て、斑鳩は顎に手をやり言った。

『その者が貧困街の問題に関心を寄せていれば……』

 

 当主はまるで無垢な妖精を見つけたかのように笑った。 『そうだな、そうだといいが』 優しく斑鳩の頭を撫でて続けた。

 

『おまえは優しい子だ、己が運命よりよも他者を優先するとはな』

 

 言われて、斑鳩は一族の存続を蔑ろにしている事に気付く。慌てて取り繕うとするが、当主は柔らかく諌めて、組織のことは任せておけと話を打ち切った。

 

 

 

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 その日、彼は珍しく正装で車に揺られていた。嫌だなあ、と流れる風景を眺める。点点と夜に浮かぶ街灯が過ぎては現れる。鈴音の言葉がまだ耳に木霊してしょうがない。

 やがて海を一望できる小高い場所に位置する豪邸にたどり着く。

 

 門をくぐり、執事が扉を開ける。レトロなシャンデリアに楽団のBGM。テンプレートのような社交界だった。居場所ないんだよなあ、と隅の方でちびりとシャンパンを一口やった。酸っぱいような、甘いような。シャンパンはわからない。

 話す相手もいないしとぼうっとしていると、珍しく覚えのある顔を見かけた。最後のパズルのピースを発見した時のように合点をいかせた。()()()()()()()と思っていたが。

 ドレスだのタキシード姿の人混みを縫うようにして近づき、背後から声をかける。

 

「村雨くん?」

 振り返り、村雨。目を白黒させて言った。 「うわっ! びっくりした、こんなところで会うなんて奇遇ですね」

 

 再開を喜ぶにこやかな村雨に、彼は声をかけたことを半分は後悔しはじめた。 「ねえ、きみ、どうしても前のボタンは留めたくないの?」

 まだ暑いですよという答えに、彼はきっと冬になってもコートの前面は開けるのだろうなと確信した。なんとなく人気のないテラスへ移動する。 ――周りの人間は村雨くんのファッションセンスに動じていないのか――

 

「それより、言っちゃあなんですけどここに招かれたってことは名のある身分なんですよね」

「ストレートだね」 彼は苦笑して言った。 「いやおれは大したもんじゃないよ。むしろこっちが驚いたよ、村雨くんが財閥の関係者だったとは」

「まあ、家に行く前に一杯ひっかけて酔ってましたからね。そういうのって自分から言うのは自慢みたいで嫌ですし」

「言ってよ、どっかであったことあるなーとは思ってた、たぶん今日みたいなパーティだな。そういえば、件の義妹くんとはどうなった?」

 

 もっと言えば、大狼と鳳凰の養子を紹介するという名目の、釘の刺し合い社交界だ。大狼からは貧困街出身の叢、鳳凰からは斑鳩。そこで給仕をしていた鈴音と出会ったのだ。

 

「会いましたっけ」 と半笑いで村雨。 「義妹に関しては、ええ、なんとか許してもらえました」

「許す?」

「逆恨みですけど、きつく当たってたんで」

「ふうん、よかったじゃん」 ウェイターを読んで新しいグラスを取って続ける。 「ところで今日のお祭り、なんなのか知ってる?」

 

「いや、じぶんも親父に急に呼ばれて。そんなに気になります? あ、そういえば斑鳩も来てますよ」 きょろきょろとあたりを見回して。 「ええと、親父とお偉方にいろいろ挨拶回りしてるはずなんですけど、後で会ってやってくださいよ」

「主催がね、ライバル関係にあるはずの大狼と鳳凰の二大財閥ってのが」

 

「すぐにわかる」

 

 と、第三者の声が厳かに二人に言った。 「こんばんは、たしか村雨くんだったね。悪いが彼を借りていいかな?」

 落ち着いた色の和服に身を包んだ大狼財閥の現当主だった。否定などできるはずのない。当主の後を追おうとする彼に、村雨は視線で問いかけた。

 

「おれは分家の身だよ、大狼一族の。本家との接点はほとんどない。だから、そんなおれが呼ばれたのが不思議だった。これから教えてくれるらしいけど」

 

 去り際に彼はそれだけ言って、当主の後についてホールを出た。長い廊下をわたり、こじんまりとした書斎に迎えられる。古めかしい燭台が橙の光で室を揺らめかせた。

 当主に言われるがままにソファに腰掛け、上等なスコッチをご馳走になる。

 

「村雨とは仲がいいのか」 水を飲むようにグラスを干して、当主。

「夕暮れの河原で殴り合いの喧嘩をするくらいには。村雨くんはわたしと似たタイプですよ、商才がある。苦労するところまでは似てほしくないですけど。お久しぶりですね」

 

 当主は面白くない冗談だというふうに鼻で笑った。 「そう言えばおまえと同じ大学だったな。しょっちゅうこういった場に呼ばれても渋い顔をするだろうに」

「本家の人間もね」

 

「本家はおまえの事をよく知らん。ぽっと出の馬の骨だ。本当に一族の者かという()()()()()()もある。おまえがあれほど短期間で腕を振るい、重役に上り詰めなければわたしとて一族の者であるとは気が付かなかった。反感を買うのは当然だ。一族というのはやっかいだよ。有能な人間が外部の者だと自己のシステムに組み込みたがらない。薄給なのは認める。だがわたしからの、給与とは別の報奨を拒絶したのも。上にいながらも現場の仕事に干渉したいと言ったのはきみだ。気まぐれの反逆なら管理者の座に戻れ」

 

「部下は優秀ですよ。わたしがいなくても会社は回っているようです」

「それはきみが上にいたからだ。きみが優れた能力を持ってして現場の人間以上に労働し、部下を労わり、高給取りでなかったからだ。発泡酒をよく飲むそうだな、それにちなんで第三の経営者などと呼ばれているらしいぞ」

 

「安くてほどほど」

「そうだ、庶民の味方だ。いまは味方が不在だ、いつ業績が悪化するかわからん」

 

「大狼が抱える会社はわたしのところだけではないでしょう」

「人材は、おまえのところだけだ。部下が優秀と言ったな、それはいる。だからおまえもいる。まあ建前は置いて端的に言うが、一族というものは暴走しがちだ、外のものからの客観的視野を取り入れる必要がある。そういう意味でも分家は必要だ。本家の連中はおまえが結果を出していることに不満を持つものも少なくない、声が大きくなればわしも抑えきれん」

 

「そうは言われましても、わたしはもう戻れません」

「なぜだ」

「言いたくはありません」

「わかった、きみはそういう男だったな。話を変えるが、未婚だったな」

 

「はあ、まあ」

「鳳凰財閥の者との縁談がある」

「冗談でしょう」 彼は飲みさしたグラスを机に置いた。脳裏に雨に打たれた鈴音が想起される。

「これはおまえには関係ないし知るすべもないと思うが、少し前に鳳凰が関与している施設と、理念上対立する施設とのいざこざがあってな。大狼と鳳凰はライバル関係にあるが、大狼が同じように関与している施設と鳳凰の関与している施設が掲げる本質は同じなのだ」

 

 彼は自称忍者であるにもかかわらず微塵も知らなかったが、鳳凰一族である斑鳩は国立半蔵学院に、大狼一族の叢という少女は死塾月閃女学館に属している。両学び舎は善忍であるという共通点はあるものの、責任者であり旧友の忍び、半蔵と黒影は過去に対立していた。つまり、善忍であるという本質は同じだがケツ持ちとトップは友好な関係とは言い難かった。

 そんなおりに半蔵学院と悪忍の教育機関である私立蛇女子学園とのいざこざが起き、悪忍に対抗するために善忍校どうしの友好を深めようという訳だった。

 

「施設どうしのレベルにあっては協調路線でいきたいというわけですか」

「競争関係にあるのはいいが、両財閥間の溝は深すぎる。関係修復の切っ掛けが欲しい、施設の責任者同士の仲も修復できるとの見込みがある。そこで、鳳凰からは斑鳩という娘。うちからはおまえだ」

 

「分家の人間を当てつけるのは失礼なのでは。それに、政略結婚なんて前世紀的ですよ」

「斑鳩は養子だ。鳳凰の血は通っていない。握手のようなものだ、いきなり本家の人間同士を突き合わせるわけにはいかない。お見合いをしたという事実だけでいい」

 

 ううーん、と彼は唸って腕を組んだ。このままでは本当に村雨くんの義兄になってしまうかもしれない。 「高校生ですよね?」

「歳は十八、婚約可能だ。まあ形だけだ、村雨との関係のように、仲良くなるだけでもいい。第一、うら若き乙女がおまえのような中年を選ぶとは思えん。だからぶちまけると向こうも本気で結婚するとなど考えていない」

「それだけはやめてください、中年だけは……でもまあ話すだけならいいですよ。後で村雨くんが紹介するって言ってましたし」

 

「なら今でも構わんだろう」

 

 へ、と彼が間の抜けた返事をすると、本棚が縦を中心軸として回転した。忍者屋敷よろしく、二つの人影が現れた。一人はパリッとしたスーツを着こなした、立派なカイゼル髭を蓄えている男性、鳳凰一族の現当主。もう一人は胸元がざっくりと開いた白のドレスに身を包む、美しい黒髪の少女、斑鳩。

 すげえ、忍者みたいな登場の仕方だ。と、彼は思った。

 

「失礼だが、会話は聞かせてもらっていた。ずいぶんとわたしの息子を買ってくれているようだね。仲も良くしてくれているようだし」 気さくに笑って鳳凰当主、握手を求める。

 立ち上がり、彼。右手を差し出した。 「事実を言うだけで買えるほど村雨くんは安くはないですよ、大狼の大きな障害になることは間違いありません」

 

「たしか似たタイプだと言っていたね、きみが鳳凰の障害となっているように? きみの存在は掴めなかったよ、所得も目立たないから。大狼の者とはね」

「もう身を引きましたよ。分家が目立っては本家もいい顔をしないので、たぶん家系図を端から端まで見ないとわたしが大狼一族の所縁の者とはわからないでしょう」

 

「きみが管理していた会社に対する影響力は、今でもまったくないとは言い切れまい。現状はきみ直属の部下が纏めているようだが、構成員は退いたきみと現管理者である部下の命令が食い違った場合、どちらを取るね?」

「現管理者の部下ですよ。わたしは社員証もないので会社には侵入できませんし、部下に口をきいてもらって内情を探ることもできません。完全な部外者の扱いです。構成員は業務上のヒエラルキー構造を無視して動きません」

 

「その徹底した行動理念が脅威なのだがね。紹介するよ、娘の斑鳩だ」

 

 義父に背を押されてぺこりと頭を下げた少女は、村雨の言った通りの雰囲気だった。切りそろえられた前髪といい、腰まで届く長髪といい。委員長と言った感じ。

 

「はじめまして、娘の斑鳩です」 顔を赤くして、軽くお辞儀した。

 

 その仕草があまりにも初初しいので、可哀想に、こんなくたびれたおっさんと縁談とは。と彼は他人事のように無意識した。たしか、村雨くんが言っていた義妹のはず。忍者として養子に迎えられたとかんとか。

 

「ではま、後は若い二人にまかせて」 と、唐突に大狼当主。鳳凰当主もそれに続いてにこやかに扉へと後ずさる。 「飲食物は左の引き戸型本棚の裏にあるから」 付け加える。

 斑鳩の顔は羞恥で紅に染まった。彼はなんだかあほらしくて、口を半開きに両当主を半眼で眺める。

 

「それとおまえの事だから余計な心配はないと思うが」 と大狼当主は声色を凍てついたものに変えて言った。 「その娘には秘密がある。億が一に契りを交わしたとしても、おそらくそれを知ることはないだろう。ある日突然、数日姿を消しても、われわれがもう会うことはないと伝えない限り待たねばならんかもしれん。それを忘れるな」 一般人である彼には、斑鳩が忍びであることは伏せておかねばならない。

「わたしも秘密を持っていますよ」 と彼。一般人である当主たちには、じぶんが忍者であることは伏せておかねばらない。それにしても、大狼当主は斑鳩が忍者と知っているのだろうか。少なくとも鳳凰当主は既知だろうが。

 

 同じ志を持った男同士ということで村雨はともかく、自慢したいがために四季くんに言ったのは軽率だったかしらん。鈴音の事を思い出すと今更ながらに考えないでもない。

 リアクションから察するに、忍者の存在を容認している村雨はともかく。四季くんと鈴音の対比を見るに、前者は単に冗談だと思ったか。

 

 忍者。

 

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 かっこいいのはわかる。幼少期は折り紙で手裏剣を折って投げていた。けど、忍者ってなんだよ。ばかばかしい、そんなのいる訳がない。部下が呆れるのも当然だ。

 なんで忍者になるだなんて、おれは言い出したんだ。早く会社に復帰しないと。だがもしも、忍者が現実に存在するのなら、なりたい。なぜ? よくわからない。忍者は実在するのだろうか。それはサンタクロースとは別次元の実在性を持っている。どちらかといえば、国家が秘密裏に所有する組織に似た意味を持つのだろう。

 

 いや、それはいま考えるべきことではない。客観的に思考を切り替える。

 それよりも、と斑鳩を見やった。緊張からギュッとドレスのお腹あたりを握りしめている。とりあえずソファに座るように促して、例の本棚を操作してみる。車のスライドドアのように手前にせり出て、収められてる本の重量を感じさせない軽快さで冷蔵庫の中身を晒した。電動的なアシストが働いているようだ。

 隠し扉の本棚そのものが冷蔵庫のドアになっているらしい。こういうの、うちにも欲しいなー、と彼。

 

 庫内には白ワインなどの軽いアルコールやミネラルウォーター。フルーツやチーズが個別に小さな皿に盛られ、ラップで保存されていた。その中からなるべく高そうなノンアルのスパークリングとつまみを数皿取り出して、ローテーブルに並べる。流石に未成年の前で飲酒するのは躊躇われた。

 

「そういったことでしたら、わたくしが」

 と、斑鳩が言ったので戸棚に収めてあるグラスを頼んだ。対面に座って適当に乾杯の音頭を取る。

 

「へえ、半蔵学院なんだ。優秀なんだね」

「それほどでも、お義兄に比べればわたくしなどまだ未熟ですわ」

 

「でも村雨くんはきみのことを凄く褒めてたけど。ええと、フェンシングじゃなくて」 と村雨と飲んだ時の事を思い出す。 「剣……道、だっけ。居合術?」

「ええ、まあ」 と斑鳩、どことなく探るような表情を彼に向ける。だが、義兄が褒めていた、という点に関しては少し嬉しく思った。義兄妹として打ち解けたとはいえ、まだどこか距離を探っている感じはあった。言葉の少ないコミュニケーションで相手を賛美するのは、少少照れ臭いものだから。

 

 だがどうしてその情報を知っているのか、一応は出所を訝しむ。

 大狼当主との会話を見るに、彼は義兄と同じ大学らしい。おそらくサークルか何かの繋がりがあって、そこで親しくなったのだろうと推察した。義兄がどこまで自分の事を話したのかは知らないが、さすがに一般人に忍び関係の事情まで口にしたとは考えられない。

 

「恐縮ですわ」

「大会とか、そういうのには出てたりする?」

「いえ得には。剣術に関しては精神統一の意味合いで修練しているので」

「部活とかは」

 

「それも特に……」 いいさし、なんとなく自分が会話を打ち切っている感じがして迷った後。 「クラス委員の仕事があるので」

「ああ、村雨くんに聞いたよ。わたしは委員なんてやったことないけど大変そうだね、クラスを纏めるのも」

「そうなんですの」 と斑鳩。グラスを小粋に傾けた。 「個性は大事だと思いますけれど、過ぎれば集団としての規律が曖昧になりますわ」

「なんとなくわかるよ。わたしも会社で管理者という立場にいたから。たまに、悪気はないんだろうけど、何言ってんだこいつって開口するときがあるよ。規則にないイコールやっていいってわけじゃないんだよな」 チーズを口に放る。 「常識の範囲をいちいち記述していたら……なんだこれ、美味しい」

 

「まったくですわ、良識を持って行動……あら本当、美味しい」 規律や規則という言葉に斑鳩の何かに火がともったのか、それまでのぎこちない会話が流れるように続いた。

 

「……で、この子たちがわたくしの学友ですの」 言って斑鳩は、谷間に手を差し込んで一冊の生徒手帳を取り出した。カバーと冊子の間に挟まれた名詞サイズの写真に、彼女を含める五人組が笑って映っていた。

 

 え、今どこから取り出した? 彼は瞠目したが、隣で写真の人物についてあれこれ説明されたのでとりあえず意識は耳に集中させる。

 

「ねえこの金髪の葛城って子、なんとなく村雨くんに似てない?」

「そうですか?」 と顎に手をやり神妙に。 「うーん、あまり共通点は。お義兄とは、というより一般的な人と比べて少し大らかすぎます。隙さえあればいつも誰かの胸や……」 言って、しまったという表情。 「その、スキンシップが過剰というか」

「いやでもシャツのボタンを留めない服装とか……」 言って、しまったという表情。 「その、風通しが良すぎるというか」

 

 セクシャルな会話のネタに、微妙な沈黙が訪れた。

 やはり、葛城さんのスクールシャツ一枚でボタンを留めないのは注意しなければならない。斑鳩はそう固く誓い、生徒手帳を胸の谷間に収めた。

 彼はその様子を見て、目を擦った後にボトルのアルコール度数を確認した。0だった。どういう原理で胸に生徒手帳を収納したのか。場所が場所だけに追及は躊躇われる。

 

 いやそれよりも、と思索の糸を手繰る。これが鈴音の言っていた縁談だろうか。他に考えられない。隠していた訳ではないが、鈴音は自分が大狼の一族と知っていたのかだろうか? 膨大な家系図を見ないと把握できないほど遠縁で、書類の上を探ったくらいではわからないはずだが。

 大狼と鳳凰を近づけさせることが目的の政略お見合いを目論む理由は? 鈴音はそれによってなんのメリットがある? 例の関与している施設絡みだろうか。その施設がなんなのかは、たぶん当主は教えてはくれまい。

 

 両財閥にとって共通の敵対勢力に対して協力関係を結ぶためか、あるいは客観的には貧困街が思い当たる。少なくとも彼の知る大狼当主に人間性はある。対抗する鳳凰当主もそうだと考えると、ひとまずは休戦し、モラル的に問題である貧困街を処理してからが紳士的だ。

 彼の知る鈴音は悪女などではない。仕事上の人間関係の悪口はもとより、愚痴すら聞いたことはない。日常生活では普遍的良心以上の行動を見せていた。

 

 ひょっとすると鈴音は、往来の善人性から両財閥の溝を修復し、貧困街を解決させたいのではないだろうか。

 彼はちらと斑鳩を見やった。顔を赤くして俯いている。

 だが、だとすると鈴音はこの政略お見合いを事前に察知していた事になる。当主の実の息子の村雨でさえ知りえなかった情報だ。どうやって? 第一、情報を掴んだとしてもその信憑性は? ふと当主の言葉が脳裏を駆けた。

 

 本気で契りを交わすなどとは思っていない。

 

 年齢差からしてあたりまえだ。案外、機密レベルは低くて本家の人間の結構な人数は知っていたのかもしれない。縁談など、ガセだと思うだろう。実際に茶番だ。だからこそ鈴音は言ったのだ、縁談を受けろと。

 受けて、両財閥の関係を、お見合いをしたという以上の事実でもって早期に休戦状態にさせ、貧困街の問題を処理させる。それが彼女の本意なのでは。

 

 どこから鳳凰との縁談の情報を入手したのかは謎だ。実際に聞かなければわからないが、彼は鈴音の真意を九分九厘で確信した。お見合いで済むという予定調和のセッティングから、斑鳩と婚約関係にまでこぎ着ける。

 振られたのだ、自分は。貧困街というアンタッチャブルな国家レベルの問題と天秤にかけて。それならば悪い気はしない、ドライかもしれないが男が振られてうだうだと言っては鈴音に笑われるだけだ、彼女の覚悟を踏みにじるようなものだから。

 

 彼はだから、まずは斑鳩を理解しようとした。貧困街の問題を盾に婚約を迫るのはモラルに欠ける。咳払いをし、口を開いた。

 

「ちょっと酔ったかな。きみと話す前に当主と一杯やっていたから。お茶とかあれば飲みたいけど……」 と席を立ち、冷蔵庫を漁る。

「あ、それでしたらわたくしが用意いたしますわ」 沈黙の解放から、そそくさと斑鳩。同じく席を立ってひょいと本棚から一冊の本を抜き取る。がらりと本棚が回転して、奥の室が伺えた。 「お義父さまといた部屋に簡単な炊事場がありましたので」

 

 気まずいのか、隠し部屋へと単身向かって行った。彼もそれに続く。予備のアルコールや様ざまな茶葉、クッキーなどのお茶菓子もある。

 

「へえ、いろんな種類があるね」

「ええと、何がよろしいでしょうか。煎茶や玉露、紅茶もかなりの種類があるようですが」

「日本茶ならなんでも、最近ハマってるんだよ」 と村雨との会話から斑鳩の好みを思い出して言った。 「斑鳩くんは好きなお茶の種類とかあるの?」

「あ、その」 と照れ臭そうに。 「わたくしも日本茶が好きで……」

 

「でも日本茶って色色と種類があるでしょ」

「ええ、でも特に……」

 

 と、彼は斑鳩がお茶を点てる姿を眺めながら会話を続けた。先ほどの気まずさから一転して、得意分野と好物である日本茶の話題に斑鳩は饒舌だった。上品な黒い茶器をお盆に載せて書斎に戻る。

 急須から注がれた煎茶の新緑の香りがスッと鼻孔を抜けた。

 

「ところで、何かお茶請けなどは――」 と斑鳩。飲み物な話題のついでに彼に振った。

 

 彼は湯呑に注がれた日本茶に映る自分を眺めた。液体を撫でる波紋でぼやけている、喉を焼くほど熱い煎茶を飲み干して言った。

 

「和菓子なら、なんでも。さいきん日本食に凝っていてね。懐石料理とか興味があるけど敷居が高くて。一人で暖簾をくぐるのはどうもね」

 

 湯呑は空になった。もう、曖昧な自己は映っていない。

 あら、奇遇ですわね。と斑鳩。意外な共通点と同じ嗜好の理解者を見つけて嬉しそうに言った。 「順列があるというのが素敵だと思いません? でもせっかくの煎茶を一口で飲んでしまうなんて、もったいないですわ。もう少し味わっていただかないと、せっかく上手に淹れたと思っていましたのに」

 

「あー、まあ、喉も乾いてたし、我慢できなくてね。でも美味しかったよ、上手く淹れるこつとかあるの? こういうお茶を自宅で飲めたらいいんだけど」

「これといって特別な事をしなくても大丈夫ですわ。大事なのは決まりを守ること。適切な温度と時間をかければ、誰でも美味しくいただけます」

 

 言って斑鳩は、少し残念に思った。しばらくして当主たちが様子を見に戻るまでに、彼はそれとなくデートに誘っていた。自分でも淹れてみたいが、良い茶葉を扱っているお店はあるかとか、茶器に関してだとか。一人で懐石を食べに暖簾をくぐるのは、などは露骨だったが。

 話は合った。言葉の端端に良識と紳士さが感じられたし、こどもであるこちらを気遣っているのもわかる。

 だが知り合ったばかりなのと、何より義父からは単なる顔合わせのお見合いごっこでいいと言われていたのが無意識の内にブレーキをかけていた。男性と家族以外に接したことがあると言えば学校の先生くらいだ。要するに免疫がない、それに歳の差も気にならないではない。

 

 結局、このお見合いは形だけの物になった。当主たちはそれでよかった。本音ではとっとと関係を修復してしまいたいが、組織というものは一枚岩ではない。右を向けと言えば全員が右を向くわけではないのは当然として、失脚を目論む連中もいる。財閥内部の人間を納得させる建前というのはどうしても必要なのだ。

 彼はだから、気の浮かない顔をしていた。貧困街の問題解決までの時間を短縮できなかった。鈴音の懸命の頼みを実現できなかった。斑鳩にその気はないらしく、会話に隠したデートの誘いは気づかない振りで有耶無耶になった。

 

 両当主を含めた四人は、とりあえず今日はお開きという事で義兄の村雨とホールで合流した。それでなんとなく、斑鳩は義兄の言っていた人物の事を思い出した。義兄との確執を取り除いてくれた人物。

 義兄は合ってみないかと言っていた。その人物と彼と、どちらが望ましいだろうか。そこまで考えて、二人の男を弄ぶ悪女のような気がして止めた。いっそ同一人物だったら……。

 

 

 

「あれ、なんで親父……父と斑鳩と一緒なんですか」 と村雨。大狼当主に改めて挨拶し、彼に言った。 「それと斑鳩。紹介するよ、この人がこの前言っていた人」

 

 当主達は軽く会話に気をやっている。彼は、まだ伝えてなかったのか、と特に何も感じなかった。一人唖然としたのは斑鳩だった。視線を宙にさまよわせて、これまでになく顔を紅潮させて、身体の向きだけ彼に、俯いて言った。

 

「あの、よければ今度、おいしい玉露が飲めるお茶屋さんを知っているのですけれど。ご一緒に……学徒の身なので予定が合えばですけれど」

 

 その言葉は意識を強制的に集中させるに十分過ぎた。

 

 会話を打ち切り。

「え」と大狼当主。

「え」と鳳凰当主。

「え」と彼。

 

 村雨ひとりが、やっぱり会ってみてよかったろ? と斑鳩に得意顔だった。

 

 

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 その夜、斑鳩は自室のベッドの中で自問の中にいた。

 義兄によれば彼は忍びであるらしい。しかし、それを大狼当主には隠している節が見て取れる。自分を忍びだと彼に紹介しなかったのがその証拠だ。

 当主達は、彼には忍びという存在を隠さなければならないと考えている。つまり、忍びであることを両当主に隠し通している彼が一枚上手という訳だ。

 なぜ、隠す必要があるのだろうか。短絡的に考えれば、彼は悪忍なのかもしれない。だから善忍の養成機関を支援している両当主には知られたくないのだ。そのくせ、義兄には情報をもらすそそかっしさに斑鳩は苦笑した。

 

 善忍と悪忍には、深い溝を感じている忍びがいる事は事実だ。しかし、半蔵の忍びはその限りではない。ちゃんと、悪忍でも芯の通った生き方をする人たちがいる事を知っている。

 

 義父に彼が忍びであることを報告するべきだろうか。ぎしりと寝返りを打って考える。知られたくないから、隠している。その真意はわからないが、彼が邪な心を持たないことにある程度の信頼は置いてもいいかもしれない。

 こちらとしても、彼に忍びであることを隠しているのだから、お互いさまでもある。

 

 斑鳩は、そこまで思考してゆっくりと眠りについた。

 

 

 

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 時を同じくして、雅緋は寝間着姿のまま布団に寝転び、珍しく漫画を読み漁っていた。娯楽としてではなく、勉学のためだ。

 いかに鈴音から彼へと話が通っているとはいえ、なんの予備知識もなく婚約を迫るのは不安だ。何事にも入念な下準備と綿密な計画を企てるのが雅緋のやり方であり、それ故の忍びとしての強さを認められていた。

 

 しかしながら今までは恋愛ごとに無縁だったことから徒手空拳も同然で、同学園の生徒から関連するような本を数冊ほど借りたのだ。

 

 ふむん、と小さく唸る。

 

 メガネを落として、それを拾ってもらう、というのが一般にはベターなのか? しかしメガネなどしていないし、彼ほどの手練れの忍びの妻になろうというおんなが、メガネを落としたくらいで狼狽してよいものか。落下する前にキャッチするか、落下音を頼りに自分で見つけるくらいでなければ……彼に見切りをつけられては事だ。

 同じ理由で不良に絡まれているところを助けてもらうのもパス。一般人に存在を把捉される時点で忍びとして致命だ。

 

 ()()()()()()ろうとページを捲ってみる。

 少年が早早に少女に告白するが、振られてしまう。なぜなら少女は恋愛よりも優先している大きな悩み事があるからだ。少年は諦めたがしかし、後に少女の悩み事を、告白とは無関係の立場から解決してしまう。そこで少女の心を占有していた悩み事はぽっかりと消え、空いた空洞に少年への気持ちが収まる。

 

 うーん、かなり回りくどい。というかご都合すぎることこの上ない。

 

 ツンデレ、というのもあるらしい。だがキツく当たるツンの時点で彼が煩わしいと感じれば、わたしを精神制御しておとなしくさせるだけの気がする。

 古より復活した魔王に攫われる姫……。

 なんだこれは、まるで駄目ではないか。役に立たん。

 

 雅緋は漫画を枕もとにおいて仰向けになった。もっと忍び向けの少女漫画があればよかったのに。と無茶苦茶を思わないでもない。

 そういえば父上と母上の場合はどうだったのだろうか。幼少期のまま固定された母親の最期が閃光のように脳裏に瞬いた。血しぶきと肉と、白い骨が露出する一瞬前の美しく、儚い姿が。

 

 意識的に思考を変更する。

 わたしと彼が結婚したら、たぶん忌夢は怒り狂うな。それとさめざめと泣くだろうか、あるいは祝福、はあまり考えられない。ひょっとすると禁術を使用し、彼に害を及ぼそうとするかもしれない。忍びの血を排出させる結界術を使って。

 

 雅緋は半身とも呼べる親友を思い出して自問した。なんと説明すべきか、蛇女が危機にあるなどは当然のこと、父上が長く病気に伏せているなども含め、すべてを語るわけにはいかないのだから。

 

 フムン、と唸り、ゆっくりと舟をこぎ出した。

 

 




次回 排他させる猶予

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