魔法決闘:これはお嬢様とメイドの決闘のお話である。   作:春華ゆが

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十三話:やがて朝が来る

「私も新入生として、オリエンテーションに参加したいのですが」

 

 マギのその発言は、先ほどまで雄弁に語っていたヒビキの喉をうっ、と詰まらせるだけのものであった。陽光日陰に沈む、教室の一角。決闘同好会。その一幕。

 どこがと言われればもちろん、「新入生として」の部分。新入生として。オリエンテーションに参加。もちろんマギは特別編入生であり、通常ならその権利を持たない。

 

「……新入生として?」

 

 なので、とりあえず聞き返し、往復のキャッチボール。ここから先は慎重に言葉を選ばねばならない。マギの発言は予測不能、つまりどこにスイッチがあるか測り知れない。どの発言が彼女を後押しし、どの発言が彼女を頑健にさせるか、ということが肝要である。

 しかし大前提としてあるのは、マギの行動にヒビキが納得しなければ許可するつもりはない、ということ。その上で、意固地になったマギはヒビキでも止められないだろう、ということ。すなわち彼女の発言の意図について掘り下げるのは、主従双方の落とし所を見つけるためにほかならない。

 

「はい。私もこの学院の新入生です。故に、クオンのオリエンテーションに出席する義務があるかと」

「義務。つまりマギ、あなたはオリエンテーションの意義、クオンで過ごす上の心構えを更に身につけることについて……それなりの興味があると見ていいですわね?」

「そうなります。ヒビキ様のオーダーですので」

「ふむ」

 

 悪くない動機ではあるな、と思う。正直。どんな素っ頓狂な理屈で述べたのかと思いきや、思ったより数段まとも、かつヒビキが与えた命令を尊重する態度であった。新入生としての自覚、故にオリエンテーションに新入生として出席したい。理解できる、納得できる。

 何より、義務という言葉の重さ。マギにとってそれはオーダー、すなわち主人であるヒビキが与えた命令、「学院に馴染むこと」の延長である。しかし命令の延長であることは、何もその動機に冷たさのみを纏わせるものではない。

 すべきと思う。したいと思う。自分で考え、納得したい動機を提出する。それは自由意志であり、ヒビキがこの学院で尊重したいもの。

 であれば、と思う。ここを拍子抜けと言っては失礼だろう。彼女、マギの中には、確実に学生生活に根ざした倫理観が生まれつつある。

 

「私は学院の構成員です。通るべき行事を通る必要があると考えます」

「そうね。……そうね」

「それはおそらく、ヒビキ様のオーダーを遂行する助けにもなるでしょう」

 

 積極的だ。珍しい。ヒビキとマギの意図が一致するのも。マギは「ヒビキのため」と言って憚らないが、それでも自発的に学院に馴染もうとしたのは特筆すべき事象だ。歓迎するほかない。そうヒビキは考える。

 この提案を、どうにかそのまま通したいと。

 が、

 

(……「特別編入生」について、通常の新入生と同じ扱いが為されるものでしたかしら)

 

 ヒビキは逡巡する。頭の中に入れたクオン校則を総浚いする。……特別編入生についての項は、特筆するものはない。正確には、「『特例の入学を許可する』以上に、定められた記述がない」。

 つまり、イレギュラーである特別編入生について、入学の先の扱いもイレギュラーである、ということだ。そして当然、新入生とは通常の処理において新年度一年生を指す。この基準に則ればマギは新入生ではないが、ならばマギは新入生ではないのかと言われればそうではないだろう、とヒビキは思う。しかしその直感的な思考をそのまま汲んでくれるとは限らないのが、ルールというものだ。

 肝心なのは、特別編入生はあらゆる基準を逸脱するものになっているということだ。頭に叩き込んだクオンのルールをそのまま適用しては、「望むものが生徒に与えられない」。

 母親や校長が関わると思われるマギの出自について、常人ではないということをこの際無視すれば(当然その前にクオンの生徒であるため)、マギは正当な生徒としての扱いを受けられない……ということになるのではないか。

 新入生としての権利さえ。

 

「……それは、よくないでしょう」

 

 思わず言葉が、心の声が漏れた。一見マギの要望を否定するかのように聞こえたそれに、マギは少し悲しげな声で反応する。

 

「どういうことでしょうか。やはり私はオリエンテーションには」

 

 けれどその僅かに伏せられた目が再度立ち直るまで、ヒビキの明朗な返答があるまで、時間はかからなかった。

 

「……いいえ。逆よ、逆」

「逆とは」

 

 息を吸って、吐く。改革すべき点は、こんな近くにも転がっている。

 

「よくないのは、クオンのルールですわ」

 

 ならばこの学院の筆頭、ヒビキ・アルケイデアがなすべきことは。

 

「クオンの方を変える。マギ、あなたは胸を張って新入生としてオリエンテーションに参加しなさい」

「はい」

「これはオーダーではなく、宣誓ですわ! 特別編入生だろうとなんだろうと、自由かつ不自由ない学院生活を臨めるように!」

「ありがとうございます、ヒビキ様」

 

 相変わらずマギの答えはそっけない。しかし僅かに感情を感じ取れるのだ。多分、おそらく。思い込みかもしれないが、マギからヒビキへの期待が感じられる。そういう声がする。そういう空気がある。

 信じられる。

 それだけの理由で立ち上がれる。ヒビキはそういう人種であった。

 

 

 だがそこから先、一筋縄ではいかない。「マギのオリエンテーション参加」について、ヒビキがまず目指したのは、オリエンテーションについての臨時手続きである。

 いわば参加者の追加。「オリエンテーションの参加者に、マギを追加する」。その一条を飲み込ませるだけ。

 オリエンテーションの主催は学院だが、現場の運営は先のようにヒビキを筆頭とした生徒に任せられている。特にこの場合、ヒビキがオリエンテーションの進行を掌握することができていた。

 ならば権利関係を洗い出し、一番偉い人間にコンタクトを取り、マギの参加を認可させる目論見だったのだが……そこがうまくいかない。

 まずオリエンテーションの運営本部に連絡。オリエンテーションの実質的トップはヒビキなのだが、権利的な上位はその上の教師陣、自分に一任した学院運営側にある。ヒビキにとって考えうる限りのトップ、そこに突撃したの、だが。

 

「できないって、どういうこと!?」

「ですから、不可能なのです。試したところ、それを書こうとした手が、動きませんでした」

 

 冷たく硬い、すっかり日も暮れた事務室に、ヒビキの荒げる声がこだまする。理屈は単純かつ、見落としやすいもの。クオンのルールは、始まりの魔女が定めた校則に準拠する。いかにそこに契約解釈で行事や追加ルールを重ねても、最大の根拠……すなわち原初の権利はクオンの礎であり、揺るがすこと能わない。

 あらゆる申し込み、許可証、そういったものについて、クオンでのそれの受領は単純明快な基準がある。窓口さえ間違えていなければ(この場合は同好会活動受付)、あとは「契約書を書くことができれば」受領される。

 クオンで不可能な契約は、「書けない」。特に害を及ぼすようなものであれば考えることすらできない。クオンのルールのトップは、クオンを作り出した始まりの魔女の契約そのものなのである。「誰か」が頂点にいると考えた時点で、ヒビキの目論見は崩れていた。あるいはそのように崩されることこそ、クオンを支配する思考誘導であるかもしれない。

 脳内に作用する呪いが如き契約は、クオンを害することを堅く禁じる。契約解釈は万能に見えて、それに沿っている限り埋められない穴があるとも言える。クオンのルールに従う限り、クオンを害することはできない。これはやはり大前提で、変えられない原初契約なのだ。

 今回の壁は、「学年」であった。これは誰にあたっても変えられないし、オリエンテーションは一年生を参加させると定めている。

 特別編入生は、編入した学年になる。マギの場合は三年度生。これははっきり校則に明記されていたので、ヒビキでも、おそらくこの学院の関係者の誰であっても、ここを揺るがすことはできない。

 

「……となれば」

 

 とはいえ、それで諦めるヒビキではなかった。

 所謂プランBである。学院も、ヒビキ自身も、先の侵入者も使っている常套手段、契約解釈。これにより、何らかの方法でマギを会場内に入れ、椅子を用意できればいい。

 結論から言ってしまえば、これはできた。同好会の活動に定めたクオンの警備から発展してオリエンテーションの警備を担当するところまでは申し込みできたから、そこに内部担当を付け加えるだけだった。

 より詳細に経緯と手順を説明するなら、クオンはやはり契約解釈を許容する。新入生というルールは変えられなくても、オリエンテーションに追加の参加者を含ませられない、という意味ではない。参加するだけの理由と手続きが合理的であると「ルール」に判断されれば、その手続きは「書くことができる」。

 ともあれこれでマギ(ついでにセレナ)は、「より十全な警備のため、講堂内部で新入生に紛れて待機する」というお題目をつけ、オリエンテーションに参加することとなった。いわば覆面警備であるが、そうしている間は立派に参加者である。

 ……ヒビキが一連の手続きで改めて感じたことは、クオンの構成の歪さ。権利の主体は契約というものに依存し、それを直接揺るがすことはできない。しかしそれは「強固すぎて」、全幅の信頼を置くことはできない。

 企みを脳裏に浮かべることすらできないということは、仮に悪意を持つ者に抜け道となるような契約解釈を見つけられても、それを真っ向から推理することもできないということだから。

 ならば侵入者の意図について、目的について、考えても無駄。そういうことではあるかもしれない。しかしヒビキはそうやって割り切れず、故にその当日まで頭を悩ませていた。

 それでも朝は来る。その日は来る。オリエンテーションは休日に行われるから、この日にクオンに通うのは新入生と関係者だけ。オリエンテーションの参加者だけ、だ。

 

「おはようございます、ヒビキ様」

「……おはよう、マギ」

「眠れませんでしたか」

「そう。なんとも嫌な予感がしてね」

 

 朝日が差し込む、アルケイデア邸。ヒビキの寝室に入ってきたマギは、既に制服を身につけていた。やはりメイド服の上からだが、これが学生の証。特に今日は大事だ、それを見てヒビキは思う。今日は警備とはいえ、マギにとってはオリエンテーションの日だ。

 

「何事もなければ、ただオリエンテーションを過ごすだけになりますね」

「それがいいわね、私は。あなたはやっぱり戦わないと不服?」

 

 冗談めかしてだが、少し芯をついた質問をしてみる。マギの欲求について。学生であろうとするのは、あくまでもヒビキのオーダー。であればマギ本人の本当の欲求は、やはり戦闘にあるのではないか、と。

 だが、そうでもないらしい。マギは少し押し黙り、その後端正な口元を緩めて話す。

 

「スピーチ、楽しみにしております。学生生活というものの意義は、ヒビキ様から学べる一番のことですから」

「上等」

「はい。オリエンテーションに参加させていただき、ありがとうございます」

 

 なるほど、とヒビキは思った。色々教えることがあると思ったが、そこに小言も言われてしまうと思っていたが、マギは自身の言葉を待っている。価値あるものとして、学ぶべき視点として。だからこそオリエンテーションのスピーチに、ヒビキの言葉に興味を持ったのだと、なんだかむず痒い気持ちになった。

 

「行くわよ」

「了解いたしました。くれぐれもお気をつけて」

「お互いね」

 

 朝日は門出を祝福する。

 それがいかなる旅路であっても。

 あるいは祝福。 

 あるいは、災禍だ。

 ──オリエンテーション当日、敵の首魁と対面することになる。

 場所は屋内。守るべきは未来ある新入生たち。状況は悪く、戦況は苦難。されど三対三。

 

「どうも、ウツルコだ。クオンの校則ってさ、おかしいと思わない?」

「同感ですわ。私たち、気が合いそうね!」

 

「久しぶりだね。実に久しぶりだ。私はアラメヤだけど、君の名前はなんだったかな!」

「セレナ・デート。悪いけど、クオンは不審者お断りだよ!」

 

「はいはーい、イソレニちゃんもよろしくね? 『特別編入生』さん?」

「では、参ります」

 

 三人のうち一人ずつが、ヒビキたちにそれぞれ襲いくる。

 そういう口火だった。

 




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