小鳥遊ホシノが目を覚ますともうこの世にいないはずの人物がいた。
歌住サクラコは起きた時から違和感を拭えなかった。
桐藤ナギサは…
キヴォトス各地で異変が起こり続けるが、シャーレの先生は行方が途絶えており…
著しく人を選ぶ内容になっていますのでご注意ください。
「ホシノちゃん、起きて。お昼寝するにはまだ早いよ」
小鳥遊ホシノは懐かしい声に揺さぶられて目を覚ました。
旧生徒会の部屋でいつの間にか眠ってしまっていた様だ。
目の前にもうこの世にいないはずの人が立っている。
…あぁ、なんだ夢か
ユメの夢を見るとはこれいかに。
自分はどれだけこの人に未練があると言うのか。
「ホシノちゃん?どうしたの?私の顔に何かついてるかな?」
「いえ…なんでもありませんよ…」
「もう。しっかりしてよね!副会長なんだから」
セリカの咎める声が聞こえた。
驚いて振り返ると対策委員会の皆がにこやかにこちらを見ている。
「うへ…都合のいい夢だなぁ」
ホシノは独りごちた。
「夢?ホシノちゃんったらまだ寝ぼけてるの」
ホシノはユメの顔を見上げた。
ユメの顔は黒く塗りつぶされていた。
「ユメ…先輩?」
「なぁに?ホシノちゃん」
なんてひどい夢なんだ。
「まだ夢なんて言ってるの?ほら」
顔の塗りつぶされたユメがホシノの頬をつまんで引っ張った。
痛い。これは本当に夢…?
ホシノは疑念を抱いた。
気分はなんだかもやがかかったかの様にどんよりとしてきた。
「ホシノ先輩。寝ぼけてるんだったら顔洗ってくれば?」
セリカが頬杖をついてそう言った。
「今日も気持ちのいい灰色の空ですよ~」
灰色の空…?
ノノミの台詞を反芻しながらホシノはよろよろと生徒会室を出ていった。
窓から見える景色は確かに灰色だった。
いや、視界そのものが古いフィルム映画のようにモノクロになっていた。
「なに…これ…」
「どうかしましたか?」
背後から男性の声がした。
「ひゃっ⁉…あ。校長先生?」
校長先生はいつものように黒いスーツを着ていた。
「体調が悪いのですか?」
「いいえ…あの、何だか違和感がすごくて」
気がつくとホシノは一年生の時と同じ格好になっていた。
髪も短く、口調もかつてのように戻っていた。
…戻っていた?いや、元からこうだった。
「あまり気分がすぐれないようなら休息をとるのも大事ですよ」
校長先生はそう言うとひび割れた黒い手でホシノの頭を撫でた。
「んっ…そうですね。ちょっと保健室に行ってきます」
ホシノはふらふらと歩き出した。
「クックック…はて、これはいったい…?」
砂狼シロコはスマホの画面を眺めながら首を傾げていた。
「シロコちゃん、どうかしたんですか?」
ノノミがシロコの真横に座りながら質問した。
「ん。モモトークの友達が一人消えてる…」
「誰かのモモトークを間違えて消しちゃったんですか?」
「ん…違う。正確には消えてない」
「はい…?」
「ただ…そんな気がするだけ…でも、大切な人との繋がりが消えてしまったみたい…」
「大切な人って?」
「例えば…もう一人の自分…とか…?」
歌住サクラコは朝の祈りのために礼拝堂へ集まっていた。
しかし今朝起きた時から奇妙な違和感がぬぐえなかった。
だが違和感の正体がわからない。
疲れているのでしょうか…?
サクラコは礼拝堂の椅子に座って祈りを捧げようとした。
既にシスターフッドの全員が同じように座っており、サクラコの号令を待っていた。
礼拝堂の像は顔が中央から裂けた浅黒い何かというおぞましい造形のものに変わっていた。
おぞましい…?一体何が?
「それでは皆さん、本日も祈りを捧げましょう」
熱を帯びた様に視界がぼやけながらも、サクラコは何とか言葉を紡ぎだした。
皆が祈りの言葉を唱えだした。
いあ!ようぐそうとほうとふ!いあ!くとひゅーるーひゅー!
おうぐとふろうど えいあいふ ぎーぶる いーいーふ!
ようぐそうとほうとふ んげいふるぐ えいあいゆ ずふろう!
おかしい、これは絶対におかしい。
サクラコは倒れそうになりながらも隣に座るマリーに話しかけようとした。
「マリー、皆さんの様子が…」
「どうかしましたか?サクラコ様」
マリーは瞑っていた瞼を開いた。
マリーの瞳がビー玉になっていた。
ビー玉の眼球から血涙のようにどす黒い液体が流れている。
「あ…」
サクラコは気を失った。
「今日もいい天気ですねぇ」
灰色の空を見上げながら桐藤ナギサは泥色の液体をすすった。
硫化水素の様な腐乱臭がツンと鼻をついた。
「ナギちゃん、その紅茶変じゃない?」
皿の上に乗った首だけのミカが言った。
「ミカさんの方が変に見えますが…」
「えぇ~?私のどこが変だっていうのさ~」
首だけのミカはけらけらと笑った。
「いえ…どこがというか…全部?」
「ナギサにしては要領を得ない発言だね」
首から上のないセイアの肩にとまったシマエナガがセイアの声で言った。
セイアの首の断面からだらだらと血が流れ続けている。
「セイアさん、床を汚さないでください」
「そんなことを言ったって仕方ないだろう」
シマエナガは悪びれずに言った。
「なんでセイアちゃん頭がないの~?悪いことしちゃってギロチンにかけられちゃったのかなぁ?」
「君だって首から上しか残っていないじゃないか。自ら見世物にでもなりに来たのかい?」
シマエナガと首だけのミカは言い争いを始めた。
ナギサは黒光りする虫の入ったケーキを口に運びながらため息をついた。
ゲヘナ学園の医務室に美食研究会のハルナが運ばれてきた。
珍しいこともあるものだと思いながら氷室セナは医務室の先生に連絡した。
部下から事情を聞いてみると、目の前で研究会の仲間の首が落ちたのを見てショック死したらしい。
一体何がそんなにショックだったのだろうか。
とりわけ異常なことは起きていないように感じられるが…
数分と経たずに先生は姿を現した。
ボロ布を全身に巻きつけており、素肌は土気色で髪はクレヨンでぐちゃぐちゃに塗りたくった様な色だ。
「てぃーきーらいらい!ど、うしてほし…い?」
男とも女とも判別のつかないしわがれた声で先生は言った。
「いつも通りお願いします」
「てぃーきーらいらい」
セナはハルナの服を脱がして全裸にした。
先生はメスを握るとハルナの腹部を一文字に切り裂いた。
血があふれたが布にしみこませる事で回収した。
先生は丁寧に全身の皮膚だけを剝ぎ取り、次に筋肉から血管を取り外した。
さらにいかなる手段を用いてか、筋肉の中から全神経と骨格、内臓を傷つけないように取り出した。
皮膚だけのハルナ、血管だけのハルナ、筋肉だけのハルナ、神経だけのハルナ、骨格だけのハルナ内臓だけのハルナが完成した。
セナは保管庫の中から豚の内臓などのサンプルを運んできた。
豚は人間と遺伝子の構造が非常に似ているので代替品になると考えたのだ。
先生はハルナの体の中から使えなくなったパーツだけをごみ箱に捨てて、豚の内臓と入れ替えながら全てをつなぎ合わせた。
「ぬわいえいるれいとほぅてぃーぷ!まだなのか⁉」
先生は何事か叫んだ。
セナには前半の奇妙な台詞は聞き取れなかった。
天井からどす黒い液体が垂れてきてハルナの体にかかった。
液体はハルナの口や耳等の穴という穴から体に入っていき、やがて完全に体内に飲み込まれた。
「あら…私は一体…?」
ハルナのヘイローはおぞましい形へ変化していたが、この場にそれを指摘する者はいなかった。
ミレニアムのビル群の間で巨大な人型の何かが暴れ回っていた。
人型の身体はぐねぐねと不規則に歪み、酔っ払いの様なふらふらとした挙動でビルの間を進んでいった。
「ふえっふえっふえっ、きひひひひひ、てひょてひょてひょ、あはあはあはあ」
痙攣しているかの様に前後に半身を揺らしながら不気味な笑い声をあげて巨人はどんどん進んでいく。
巨人の影響で時空が歪み、波動関数が収束と発散を繰り返して時系列に整合性が取れなくなっていた。
巨人が一歩踏み出した影響でマンホールの蓋が宙に舞った。
マンホールは下から飛んできた同一のマンホールと空中でぶつかり合った。
瞬間、タイムパラドックスが生じた。
1分後に宙を舞うはずだったマンホールは既に宙を舞っており、その上、現在を起点として5秒前に宙を舞った同一存在と空中でぶつかり合ったのだ。
二つの…正確には一つのマンホールは同時に消え去った。
「きりきりきり、ふぉっふぉっふぉっ、ぐふうふうふうふ」
巨人の足元を一般市民がまるで何事もないかの様に歩き回っている。
世間話をしていた男性二人組の片割れが巨人が吹き飛ばしたアスファルトによって下顎より上を消し飛ばされた。
二人はそのまま話し続けている。
下顎から上の無い男性の声はきちんと発声している。
2秒前に男性は倒れていた。
即死だった。
14秒後に男性は話しながら歩き続けていた。
前後の脈略は意味をなしていなかった。
「これって何のお参りだっけ」
桐生キキョウは首を傾げた。
前後の記憶がすっぽりと抜け落ちている。
目の前には数多の呪符が貼り付けられた小さな神社が佇んでいる。
「何言ってんだ。誉主都羅権明王様へのお参りに決まってるだろ」
レンゲはキキョウの顔を覗き込みながら言った。
その名を聞いた時、キキョウの背中に寒気が走った。
よすとらごんみょうおう…?
あぁ、そうだった。
百鬼夜行の守り神だった。
なぜそんな大事な事を忘れていたのだろうか。
頭上を巨大な影が通り過ぎていった。
遠目にしか見えなかったが、その姿は巨大な羽蟻の様に見えた。
羽蟻は人間じみた声でいつまで〜と鳴いた。
「…あれはなに?」
「寝ぼけてるのか?蟆雷悪幣兇鳥だろ」
「ばいあくへ…のまがどり…?」
「飯綱天の眷属だろ?」
「…いつまでじゃなくて飯綱天か…」
灰色の空を羽蟻の集団が埋め尽くした。
先生は廃墟の中で目を覚ました。
椅子に手足を縛られて無理矢理座らされている。
目の前には解剖台の上にミシンと蝙蝠傘が置かれている様子が描かれた絵画が飾ってあった。
「お目覚めかな」
くぐもった不気味な声が響いた。
いつの間にか目の前に首から上が青林檎になっている怪人が立っていた。
「失礼、名を名乗るべきだったな。私はゲマトリアの一員マグリット。以後お見知り置きを」
「この状況を引き起こしたのはお前か」
先生はひどく冷たい声で聞いた。
「違う。貴方も知っての通り赤き王の目覚めが近い…全てはその為に引き起こされたのだ…」
「だが、お前はその混乱に乗じて私を拉致した。なにを企んでいる?」
「貴方と我々だけが世界の終焉の影響を受けない。次の世界が私にとってより良い箱庭である為に貴方が邪魔なのだ」
マグリットは先生に手をかざしながら言った。
「貴方の最大の武器であるシッテムの箱と大人のカードは見つからなかった…どこに隠した?」
「さてね…」
「まぁいい…これで邪魔者はいなくなった」
「さて、それはどうでしょうか」
部屋の窓ガラスを突き破って黒服と黒衣のシロコが入ってきた。
マグリットはたじろいだ。
「黒服…何故お前が…」
「貴方の手のひらの上というのも癪だったもので」
黒服はくっくっくと笑った。
「だが、どうやって?この世界の者は一人残らず影響を受けた筈…」
「ん。だから先生は私に託した」
黒衣のシロコはタブレットとカードを取り出した。
「そうか…お前は別の世界の…」
言い切らぬ内にシロコはマグリットを撃ち抜いた。
「私の負けか…だが、恐怖と絶望のカウントダウンは既に始まっている…」
そう言い残してマグリットは砂となって崩れ落ちた。
廃墟のビルの屋上に3人は立っていた。
空が崩れ落ち、世界の崩壊は加速していった。
「お目覚めの様ですね…赤き王が」
「もう何回目なのか忘れちゃったよ、私は」
「仕方ありません。全てはかの者の虚な夢に過ぎず。彼の目覚めと共に消えゆくもの…宙をたゆたうシャボン玉の様に」
ついに3人の姿も歪みだし、シルエットが重なったり明滅するようになった。
「ん…また次の世界で会おう」
「うん…またね、シロコ」
シロコが頷くと同時に彼女は影も形もなくなった。
「さて、次の世界はもう少し長持ちするといいのですが…」
「望み薄だね」
「そうですね…では、また」
黒服は最初からいなかったかの様に消滅した。
先生はがらがらと崩れゆく世界を見つめながら呟いた。
「おはよう、アザトース」
「先生、起きてください。気持ちのいい朝ですよ」
シッテムの箱のサポートAIアロナの声で目が覚めた。
先生はシャーレの執務室の窓から外へと目を向けた。
澄んだ青空がどこまでも続いていた。
「おはよう、世界。おやすみ、アザトース」
こんなの書いてるが俺はブルアカ好きなんだ。
信じてくれ。