『大変です~! アルトさんのクローンが病院船から逃げ出しまして~!』
「早えよ! クローン作るのが! アホか!」
以前、健康診断のときの繋がりで連絡用に登録していた媽祖集団の医者シャオディエからそんなバカげた電話が届いた。
媽祖集団にはオレの血液を研究サンプルとして送ってカネを貰う契約になっていて、それでクローンでも作って運用するんじゃないかハハハなんて笑い話をしていたのがついこの前。
冗談めかした危惧は驚くほどの早さで現実になったようだ。
「っていうかクローン!? なんでそんなマッハで作ってんだよ! 最悪、できるにしても十年後とか二十年後とかそういうレベルじゃねえのって思ってたんだけど!」
だってオレの血液からDNAやら採取して、それを元に人間作るにしてもいきなりポンと成人男性は生み出せないだろ。
できても赤ん坊になるんじゃねえの?
だから万が一、クローンの材料にされてもそんな未来のことは知らんと割り切って血を売りつけたんだが……
『えっとですね、最初から説明するとですねえ……アルトさんの血液を高度な分析機に掛けたところ、変異した架空粒子が一部確認されまして』
「なんか汚染されてるみたいで嫌だな」
『問題がありそうなら報告しますので~……それで、多角的にそれを研究調査してみようということになりましてぇ……ところでアルトさんは輸血による幹細胞の残留と遺伝情報の変化という事例はご存知ですかぁ?』
「知らん。高卒に難しいこと聞くな」
『では簡単に……極稀な事例として、輸血をした際に入れられた血に含まれる幹細胞が被輸血者の体内で定着、増殖をして、血液提供者に似た血液を体で生成してしまうことがあるんです』
「どっかで見たような」
『ゴルゴ13の娘ファネットちゃんのアレです』
「漫画のハナシじゃねーか!」
漫画のゴルゴ13では作中でゴルゴの娘っぽい存在が登場するが、実際の血縁ではなくゴルゴブラッドを輸血したらなんか超人みたいな能力になっていったという話だった。高校の頃、近所の散髪屋にコミックが置いていたから読んだことある。
電話切ろうかどうか悩んだが、続きを促す。
『それで媽祖集団では人工的にそれを再現することが可能でしてぇ。つまりアルトさんの血液を被験者に輸血して、架空粒子の混じった血液を増やせるか実験したわけですねえ』
「被験者……」
『あっ、被験者といってもキョンシーみたいなものでぇ、基本的に自由意志も人権もないアレですからぁご安心を! こうやって他人の血液を増やすために作られた実験体を血液クローン体と呼んでいるわけですねぇ』
「安心できねえ~」
どこの暗黒メガコーポもヤバいネタ揃えすぎだろ。今回は血液を売りに出したが、下手にこれ以上関わらんとこ。
『それで血液を投与したクローン体に変化がないか実験していたのですがぁ、視覚聴力の検査で光と音の刺激を与えたら突然暴れ出してぇ……なにやら感謝デーがどうとか抽選があるとか叫んで病院船から飛び降りて逃げたんですよね。人格が変わったみたいに』
「人格が」
『血液クローン体になると嗜好や身体能力が血液提供者に似ることが稀にあるんですよ。それでアルトさんの性格に乗っ取られてしまったのじゃないかと』
「だからそれゴルゴ13のハナシじゃねーか」
『現在、クローン体を捜索中ですがぁ……行動原理がアルトさんに似るのならどこに行きそうか教えていただけないかとぉ』
「んなこと言われても」
現在、オレはパチ屋の感謝デーで開店前に並んでいる状況だから忙しいんだが。
感謝デーはちょくちょく行われる素敵な日で、コーヒーが一杯無料なだけではなく福引券で色んな特典がゲットできる。それで三岳島のパチンカーたちはこぞって並ぶわけだ。
開店前に並んで抽選券ゲットしないと良い台に座れないから離れるわけにはいかない。
「……ん?」
列の前の方に妙に精気がないキョンシーみたいな女がボケーッと突っ立っていた。人種はアジア系で、髪の毛長いし胸もある気がする。なんでキョンシーみたいなってなるかって、服装はともかく頭のデコあたりに御札みたいなタグが貼られているからだった。
そんで青白い肌をしていて口を馬鹿みたいに開けて宙空を眺め目ん玉が半分裏返りそうな白目で、「ジャグ……ジャグ……」と呟いている。
まあそこまではパチ屋で見かけるのも珍しくないんだが、着ている漢服みたいな色合いの入院着がびっしょり濡れているのが怪しい。(入院着姿でパチ屋に来る客は病院近くのパチ屋なら珍しくもないが)
オレはスマホを動画通話モードに変更してカメラをそいつに向けてシャオディエに聞いた。
「ひょっとしてアレか?」
『ビンゴです~! ささっ、捕まえてください』
「嫌だよ列乱すのはギルティだろ。ギルティクラウンだろ」
『なんで言い直したんですか? それでは回収部隊が来るまで見張っていてください~』
「えー面倒」
キャバーン。十万振り込まれた。オレに任せて欲しい。
さておき、キョンシーの様子を観察してみる。
昔に見た中国の怪奇映画に出てきたキョンシーに比べてフラフラしている印象だな。あれは死後硬直してるんだったか? さすがにこいつは死体じゃなくて生きているんだろう。
意識は怪しい。何事か呻きつつ寝ぼけたように頭を前後に振っている──が、三岳島ではヤク中冒険者も多いのでそこまで奇異の目では見られていない。
行動できるんだろうか……あっ配られたパチ屋の整理券は受け取った。アルト・ザ・視力で確認。21番だ。クソ、羨ましい。オレの方にも整理券配る店員が来た。抽選だからランダムで402番。カス! ジャグしか打てねえぞこんなの。
整理券を受け取ったものだから多少列は乱れ、番号が若い連中が先頭に行こうと動いた。
すると並んでいたチンピラ数人がボケーッとしているキョンシーをニヤついて取り囲んでなにやら喋りかけていた。
「おい。あのキョンシー攫われるんじゃねえの? チンピラに触られても無抵抗だし、ヤク中かなにかだと思われているぞ」
『えー! ちょっと止めてくださいよ!』
「嫌だよパチ屋の前で騒動起こすのは。出禁になったらどうすんだ」
キャバーン。20万振り込まれた。
「ジャグ子! ジャグ子じゃねえか! おい元気にしてたか? ハハハ相変わらずだな」
オレはなるべくフレンドリーにキョンシーを囲むチンピラたちへ中指を立てながら近づいていった(友好のサイン)。
訝しげに見てくるチンピラたちと、オレにも無反応なキョンシー。相手がなにかを言い出す前に告げる。
「おっとお友達か? そうじゃないんだったら気をつけた方がいいぜ。このジャグ子って女は性病コンプリートで頭パーになっちまった哀れなタチンボでな。正直、こいつが座ったパチ屋の椅子に後から座っただけで伝染ってチンチンがもげたやつを十人は知っているぜ」
「うげえ!」
「エンガチョ! さっき胸触っちまったぞ!」
「確かに、いかにもな病人だ!」
「出禁にしろ出禁に!」
次々に去っていくチンピラども。基本的に三岳島の連中は女に飢えてはいるんだが、安全なゾクフーは幾らでもあるわけだから病気持ちの素人に手を出すほどではない。まあ、最低限パチ屋に通える程度に社会性を持っている連中では、だが。ただの後先考えないカスも多いけど。
後々、そんな病気女が居たら噂になってないのもおかしいと気づいてもこの哀れなキョンシーは回収されているだろうから気にしないことにした。
さて、近くで改めてキョンシーを見ると、夢遊病患者みたいに呆けたまま「ジャグ……ジャグ……」と呻いている。これがオレの血液の影響だって言われても困るんだけど。
パチ屋が開くまでまだ媽祖集団の回収部隊は到着しなかった。連中の拠点は、三岳島内にも小さな診療所が幾つかあるが、本拠としては島の隣に浮いている病院船だからな。そこから人を派遣するので時間が必要なのだろう。
仕方ねえから順番待ちで店に入る。キョンシーはフラフラしながら二十番台で店内に入っていった。
やがて四百番台とかいうクソ番号引いたオレが店に入ると、当然ながら目ぼしい台は全部占拠されている。シン・北斗のグェンも。転生したらグェンでしたも。とんでもスキルでタイ世界放浪メシも。
「ハァーッ……ジャグでも打つか」
仕方なくオレはあまり人気のないジャグラーの台が並ぶ列へ向かった。いや悪い台じゃねえんだよ? でも昨今の演出過剰なテクノロジーアートめいた台に比べると脳汁の出方が低いというか。
ただ代々続く安定性もあるし、今どきのパチは操作や押す順番が複雑なこともあるからジジババなんかだとずっとジャグ派も結構いるんだよな。
そしてジジババの多い田舎のパチ屋だとそれを見越してジャグ台がしっかり用意されている。オレの故郷でもそうだった。ジジババが奢ってやるから隣に座れってんで、ガキの頃は結構ジャグを打つことも多かったから悪くは言えねえんだが。
まだ空いているジャグの席に座ろうとすると、隣にキョンシーが座って呆けていた。
「ジャグ……ジャグ……」
「うげっ! 手前、二十番台だったのに率先してジャグに座ってんのか!? マジかよこいつ……」
虚ろな目で首をふらふら動かしつつ、キャッシュの入れ方も知らねえのか首を傾げつつボタンを押したりしている姿を見ていると微妙に哀れに思えてきた。
この感情はアレだ。
故郷のパチ屋で、完全にボケちまったバアさんが昔ながらの習慣でパチ屋に来たんだが細かいやり方なんかを忘れちまっていたときのことがある。
そういうとき、他の客や店員は優しく対応していたもんだ。何故ならばいつか自分が至る姿だからだ。誰だって、自分がそうなったときに優しくして欲しいだろう。だから親切にしてやっていた。
パチ打ちはいずれボケちまっても、年金を握りしめてパチ屋にゾンビのように通う運命を持っている。
「はあ……仕方ねえ。大人しくさせとくか」
ここは田舎の心優しいパチ屋ではなくチンピラ通うナムの店なんだ。カネも入れずにガチャガチャしているとつまみ出されるかもしれない。
オレの端末からキョンシーの座っている台に一万エレクぐらい入金してやり、起動させた。
「ジャグ! ジャグ!」
「大人しくプレイしとくんだぞ」
後でカネはシャオディエに請求しとく。
ボケたバアさんだと思って慈悲の心で接してやることにして、オレもジャグをプレイすることにした。とりあえずはプレゼント抽選会までは粘ってやるか。
*****
「ジャグ……ジャグ……」
「クソ! 負けすぎなんだよ手前! 万を10分で溶かすとか負の才能か!?」
クレジットを使い切ったらしょぼくれた声でわめき出すのでやむを得ずマネーを追加する羽目になった。
******
やがて回収部隊がやってきた。シャオディエを座らせた小型担架を運ぶ二足歩行ロボと、二人連れてきた警備の兵隊が短機関銃を持っている。
パチ屋の店長となにやら言い合った後で端末操作して納得させ店内を進んでくる。迷惑料でも払ったんだろう。もしくは病院からクソ危険な感染症の患者でも逃げてきたとか言いくるめたとか。
「お待たせしました~」
「優雅に登場しやがって」
「私が歩くとコケて邪魔だって回収班の人に言われまして~……あいた! 踏んでる! 運搬ロボが髪の毛踏んでます~!」
「乗ってても邪魔だなこいつ」
そして警備の兵隊がキョンシーの腕を掴んで担架に乗せようとする。
「じゃぐ~! じゃぐ~!」
だがキョンシーは涙目で筐体にすがりついている。
その様子に回収チームの連中は驚いた様子で言い合う。
「なにっ抵抗してくるだと!?」
「バカな……抵抗してくる血液クローン被験者なんて初めて見た」
「全ての自由意志や抵抗判断力を失っているはずでは……注射とか電気ショックで」
「人権意識がおかしくなりそうな発言は心の中でだけやってくんねえかな!?」
邪悪なる組織の連中がそれでもジャグラーにしがみつくキョンシーを引っ剥がして連れて行こうとし、キョンシーはジャグジャグと泣いていた。
オレはふと昔に見た田舎のパチ屋を思い出した。
あのとき店に来て、他の客や店員に助けられて楽しそうにパチを打っていたボケたバアさん。
暫くすると慌てて探しに来た家族がやってきて、バアさんを急いで連れて帰ろうとした。
まだ打ちたいバアさんは嫌がっていて……
「打たせてやれよ、最後まで。やりたがってんだろうがよ」
オレはなんか知らんが、回収チームの兵隊の腕を掴んで無理やり連れて行こうとする動きを阻んだ。
あのとき客も店員も、バアさんの味方をしてやったんだ。
いずれ自分に訪れる運命だからこそ、そういうときに理解のない人から止めさせられるよりも、満足するまで打って帰らせてやりたい。
「なにっ貴様なにを言ってアイタタタ」
「ちょ、ちょっと待ってねー回収班の皆さん。そこのチンピラさんはうちの改造人間より身体能力高いからここで暴れさせないように……」
「人をそんな非人道存在と比較しねーで欲しいんだけど。とにかくもうちょいクレジット残ってるんだから終わるまで打たせてやれよ。パチ屋のマナーだぞ」
回収班がどうする?って顔を見合わせたが、シャオディエが留めた。
「とにかく、これ以上は逃がさないわけだから監視してればいいんじゃないかな~。さすがに島内の施設で発砲事件起こしたら媽祖病院の運営にも問題が出ますし~」
「じゃぐ~♥」
ということになって暫くジャグを打つのを待つことになった。不思議とそうすると当たりが出始めるもんだが、妙に生き生きとキョンシーはジャグラーを打っている。
シャオディエはなにやらビデオ撮影とキョンシーの体にバイタル測る簡易機器を取り付けて端末でチェックしている。
「それにしても」
ちらりとオレの方を向いて興味深そうに言った。
「血液を分けて血液クローン状態になると、血液提供者は妙な親心みたいなのが発露するという研究もありますが……それですか~?」
「だからそれゴルゴ13のハナシだろ! 中国で流行ってんのか!?」
******
その後、ある程度満足するまで打って、ちょうど景品の抽選が来たのでキリよくキョンシーも満足した様子で止めた。
先にオレが抽選券を引く。
「オレの当たりは……カリカリ梅の大袋! いらねえ!」
百個入りだった。そんなにカリカリしたの食わねえよ!
そんでキョンシーが引いたら……一等当たり抽選券が出やがった!
「じゃぐ~?」
これは抽選券に抽選券を重ねるという禁断のシステムで、レアアイテム確定の抽選チケットだ。再抽選により一等の景品どれかが当たる。小型ボートとか海外旅行とかも景品に入っていやがる。
クソ! ジャグをグダグダ打ってた癖にこんなときに運が良いやつだぜ!
「じゃぐ~!」
「あン? なんだ? オレにくれるのか?」
「じゃぐじゃぐ!」
「んんん……」
女からの施しは受けないようにしているんだが(ヒで始まりモで終わるようなシリーズ人間のクズにはなりたくないからだ)、しかし今回は対価って感じじゃないか?
こいつのパチ代払ってやってたし、多少は面倒も見ただろ。
「よーし、ならカリカリ梅と交換してやろう」
「じゃぐー!」
「これで大人しくなったし、連れて行きますよ~」
「ジャグラー打って大人しくなるなら、中古の台が5万か6万ぐらいで売ってるから買ってやりゃいいかもな」
「やはり親心が……」
「出ねえって!」
そうして、満足した人権が剥奪されて血液クローンを作るためだけのキョンシーは連れて行かれた。
ああなってもパチを打ちたがるのは、生前は余程のジャグ打ちだったのかもしれない。
決してオレの血の影響じゃないと思うがな……
ともかく暗黒メガコーポの連中がパチ屋から去っていき、オレは本日のお楽しみである一等抽選をカウンターで受けることにした。
一番の狙いはこいつだ! ブランド和牛!
近年、近くの屋久島特産として出された『縄文牛』のお肉セットだ。牛に地元で取れた柑橘類や焼酎粕を与えて生育させている。こいつは屋久島の飲食店に卸している程度の生産量で生の肉は中々手に入らねえレアなやつだ。
他はまあ、海外旅行とか当たってもパスポートすら持ってねえしなオレ。小型ボートもセンセイのスペランクラフトジャケットにしがみつけば事が足りるし。
いざ抽選!
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当たったのはドライヤーだったウンコ。要らなすぎる。世界にドライヤーって必要か? こんなもん無くたって人類は何千年も文明を築いて来ただろ?
ムカついて寿司屋に持っていって寿司の引換券にしたところ、エリザとウリンは大喜びしていた。
「普通に買うと30万エレクはする高級ドライヤーだよ!」
「犬もたまには価値のあるもの咥えてくるネ」
「うるせー知らねー。ドライヤーとか人生で一回も使ったことねえわ。タオルで拭けば乾くだろ」
興味ないので適当に手を振って話を切ろうとすると、二人がなんか化け物でも見たような目でこっちを見てきた。
「ええええ……アルトくんドライヤー使ってないの? 一回も?」
「不潔ネ」
「不潔ってこたーねーだろ。ドライヤーなんて女が使うもんだしよ」
「でもアルトくん、男にしては若干ロン毛だよね」
そうだっけ。頭をガリガリ掻いて確認してみる。
……まあ、微妙に最近伸びてきたか?
「アルトくん、少し座ってくれる?」
「あんだよ」
「ちょっとごめんね? スンスン……あっクサ」
「人の頭の臭いイキナリ嗅いで失礼な反応だな!?」
「姐姐駄目ヨ! 嗅覚が狂ったら大変ネ! ここは我が……クンクン。うぇー」
「ウリンちゃんが猫みたいにフレーメン反応した!」
「泣くぞ終いには!」
「スンスン」
「クンクン……うぇー」
「なんで臭えのに追加で嗅ぐの手前ら!?」
怖い。ちょっと今日は風呂屋に行って頭洗おうかな。そう思った。
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余談だが、クローンキョンシーのジャグ子はその予後の異常行動を観察するため、首輪とタグを付けられて時々島内のパチ屋に姿を現し、ジャグを打っている姿が見られるようになった。
ふらついている女の一人行動だが、御札みたいに付いているタグに媽祖集団の所有マークがデカデカと書いているのと、自衛装置電撃塵尾『
「じゃぐじゃぐ~!」
「だからオレ今日はジャグ打たねえって!」
見かけたらジャグに誘ってくるのでうざいことこの上ねえんだがな。
三岳島にまた一人、人権剥奪されたフレンドが追加されたぞ! わあ嫌な島だなここ。