っと、その前に設置されている冷蔵庫から菓子や飲み物なんかを漁りだす。足りない分を買うための自販機もあるが、サービス分は貰わねえとな。
「えーと、海サトウキビのジュースと栄養ドリンクは持って帰るとして……メガカイギュウのローストビーフ風サラダ……海老プリーストのマリネ……殻付きのザコメス牡蠣……もっと腹に溜まるもんねえのかな。っていうか魔物食ブームなのか?」
比較的無害な魔物ばっかりとはいえ。健康食として注目されつつあるらしいが。
冷蔵庫の奥に入っていた『波の下にも都こんぶ』という箱入りの酢昆布菓子があったのでそれを取り出す。パッケージに少年を抱いて入水する尼が描かれている商品だ。イメージ悪くね? 薬草昆布の切れ端を使って作られている高級菓子ではある。
酢昆布をかじりながらリクライニング椅子に腰掛けてスマートウォッチを操作する。
「目の保養だぜ」
そう言って近くにあった映画でも見るのかって大きさのモニターへアクセスして、ユーチューブでパチスロのプレイ動画を再生させた。
「実機よりでけえ画面で見ると迫力あるな!」
「貸し切りプールのモニターもパチ動画流されたの初めてだと思うネ」
「アルトくんも泳ごーよ!」
「カロリーを無駄に使ってたまるか」
冒険者にデブは居ないっていうぐらい、オレらが普段からやっている数時間に及ぶダイブはカロリーを消費する。消費した分だけ補わねえといけないし、それはカネが掛かる。つまり動くことはカネを浪費しているってことでもある。
海サトウキビのジュースを飲みながらリラックスすることにした。
「オレはパチ動画を見て研究するのに忙しいんだ。好きに遊んでいてくれたまえ」
「もー。じゃあセンセイ、泳ぎ方を教えますから、それからボールで遊びましょうね!」
「わかった」
「上手に泳げたらご褒美で生イワシをプールに入れますから」
「姐姐、老師をイルカかなにかと思ってないカ⁉」
キャイキャイと女どもが遊ぶのを、連中が溺れて死なない程度に気にかけつつパチ動画を眺めて酢昆布を食って海サトウキビの味で流し込む。甘酸っぱくて中々美味い。
暫く練習していたようだが、さすがにウリンに比べれば人魚なセンセイは覚えるのが早い。もともと水中を這い回るのには抵抗がないのだから、適度に浮力を得るようにすればあとはバタ足(バタ足でいいのか?)だけでそれなりに泳げる。
ウリンは普通に素人だな。浮き輪をビート板代わりに掴んでバシャバシャやっていた。褒めて伸ばす方針なのかエンドレスでエリザの「スゴーイ」が聞こえてくる。
それにしたって泳ぎの練習をするのに一日五十万も掛かっていたら泳げる頃には貯金がなくなっているだろう。ぶっちゃけ、入国ビザを取って近くの種子島あたりの海水浴場で練習した方が安上がりなんじゃないか?
ダンジョンの魔物が少ない超浅瀬で訓練する新人冒険者もいるけどな。ボンベで呼吸するのにさえ慣れれば溺れることは少ない。どういうわけか、ダンジョン付近の海域は水圧がやたらと小さいので潜っても大した影響がなく、鼓膜が破れることもない。オレも百メートル以上深くに潜ったことがあるが、潜水病も起こらなかった。
局地的な重力異常だとか言われているが、調査が進まず原因はよくわかっていない。ここだとダイバーが数百メートル深海へも潜って帰って来られる。
ダイビング気分を味わうには便利な海域なんだが、すべてを台無しにする魔物がいるからな。っていうか海は繋がっとるけん、主に鹿児島沿岸から黒潮の流れに乗って日本の太平洋沿岸には魔物が出ることがあるので、全国的に一般人の海遊びは減っている。
「よぉーし、じゃあ次はボンベをつけて潜ってみようか! これなら息が苦しくないからゆっくり潜水を楽しめるよね!」
エリザが泳ぎを次の段階へ進めようとしてプールサイドを上がってやってきた。設備の一つとしてダイバースーツやボンベも置いてあって、プールの深い部分で練習ができるようだ。
「アルトくーん! 空気ボンベってどういうのがあるの?」
「ああ? まあ……軽く潜る分にはこれでいいんじゃねえの」
聞かれたオレが起き上がって、近くに置かれていた何種類かのダイビング機材からマスクを取り出して見せた。
顔に密着させてベルトで固定するだけ。近づいてきたウリンにササッと装着させた。
ウリンが不満そうに呟く。
「……これガスマスクじゃないカ。なんかこう、軍の制圧部隊がつけるような」
「似たようなもんだ。ちゃんと水中用に作られてるし、装着されてる小型ボンベは一時間ぐらい持つから背負わんでいい」
ダンジョンを探索することで得た新素材による技術革新でボンベの小型化は大きく進んだ。マスクに付属している缶コーヒーぐらいの大きさをしたボンベでも軽いダイビング遊びには十分な性能だ。
以前は消火器みたいなデカいボンベを担いでも一時間以内には浮上しないといけなかったことを考えると十倍以上は性能が上がっている。
この新型空気ボンベの技術ダイビングだけではなく高地登山・火災現場・宇宙作業などにも利用されていてその特許でオケアノスは大儲けしたとか。
「女の子が被るものなんだから、アルトくんもっと可愛いやつないの?」
「そうか? 似合ってると思うけどよ」
「……」
オレが褒めるとなにか言いたげにウリンが見上げてきた。
「だってこいつ毒キャラだし」
「
毒使いならガスマスクを付けていてもいいだろ。わかりやすい。
「エリザは……このピンクのフルフェイスでいいんじゃねえの」
「可愛いね! 耳がついてるよ!」
「ソナーセンサーだな」
バイク乗りが被るみたいなフルフェイスメットも首のところで水漏れを防ぐようになっていて、内部か密閉されているので呼吸器を咥えるより楽ではある。排気は自動でやってくれて新鮮な空気が小型ボンベから満たされるシステムだ。
ウリンの被ったヘルメットも目鼻耳を保護しているので耳抜きも不要なタイプだった。
「センセイは……強化アーマーの内側に持ち込まないといけないから小型に慣れておくといいだろ。オレの空気タバコ使ってみるか?」
「なるほど、小型だな」
空気タバコはオレが最後の手段に携帯している使い捨てボンベで、それこそタバコサイズの大きさをしている。一箱で数時間は行けるが、結構値段が高い。
あと使い方もタバコみたいに咥えて(というか噛んで)吸うのを水の中でやるのはちょっとコツがいる。普通のボンベに比べても携帯性極振りアイテムだな。
しかしセンセイの場合は普段、密閉された潜水艇みたいな強化アーマーに乗っている。内部は軽トラの運転席ぐらい狭い。持ち込むものはなるべく小型がいいだろう。滅多なことで強化アーマーから外に飛び出ないだろうしな。
「センセイだけカッコいい系でズルい……」
「我もそっちがよかったネ」
「イメージ的に人魚がごっつい水中マスク付けてたらなんか嫌だろ」
とにかく、ボンベを装備した三人組はプールで潜る練習を始めたようだ。もともとダイビングなんて女子供でもやれるレクリエーションなだけあって、溺れる心配がないところならすぐに慣れていくだろう。
一応注意しながらパチスロの動画を見る。三岳島に置かれている違法改造パチンコ『からくりサイゴン』だ。主役の魔王ミンハイが叫ぶ演出が始まった。『しろがね! 台の設定を教えろ!』『右が一! 左も一!』周囲の台の設定を教えてくれる便利なシステムだ。本当かよ。
それから暫く時が経過して──激しい振動がプール室を揺らした。同時に強烈な破砕音、メキメキとフレームがねじれ曲がる崩壊の嫌な響きが襲ってくる。
青っぽくプールを照らしていた電灯は赤い警告灯へと変化し、揺れの収まらないままプール室の入口がシャッターで封鎖された。
「なんだ⁉」
「ふえええ、アルトくんアルトくん、どうしたのかな⁉」
「どっかの国から魚雷かミサイルでも撃たれたカ⁉」
「……外の様子が変だ」
センセイが窓を指さした。プールの側面は海中へと面していて、曇のない強化ガラスから外の景色が見える。
オレは窓に近づいて周囲を見回すと……
「げっ! あれはドラグアナの群れか! 三岳島の側面に噛みついてやがるぞ!」
遠くに何匹も見えるのは巨大なウミイグアナ、あるいは小型のゴジラみたいな姿をした魔物のドラグアナだ。全身に針みてえな鱗がついている巨大爬虫類で、大きさは二メートルから二十メートルほどバラツキがある。
水中だってのに目を焼きそうな真っ赤な光点があちこちから見える。
「ヤッベエ! 手前ら! あそこのダイバースーツを着るぞ! センセイは強化アーマーに乗りこめ!」
「ど、どうしたのアルトくん⁉」
「ドラグアナは口から水中でも燃える火炎を吐くんだよ! 毒性のあるやつ! 万が一近づいてきたときのためだ!」
研究によれば体内で金属ルビジウム生体化合物を生成して高圧で吐き出し、それが水と爆発反応を起こして攻撃手段としているようだ。反応熱の温度は千度を越え、水蒸気爆発すら起こして広範囲に衝撃波を与える。つまりドラゴンファイアーを放つミニゴジラが何十匹って三岳島に取り付いて攻撃してやがる。
「そんな物騒な魔物がなんでダンジョンの外に出たネ⁉」
「知らねえよ! 爬虫類の思考なんざ! 三岳島が襲われるのも初めてじゃねえし!」
ダンジョン周辺海域への前哨基地である三岳島は、基本的に安全な場所ではあるのだが日本沿岸に魔物が出るぐらいなので、ここまで泳いでくる魔物もそりゃあいる。
ただし島の周囲をソナーで監視しているシステムがあり、基本的には近づく前に迎撃をしているはずなんだが……いやまあ、これだけの数のドラグアナが出てきたら迎撃どころじゃないかもしれねえか。
部屋が警告灯だけではなく警報まで鳴り出した。急いで二人をダイバースーツに着替えさせる。緊急時だが簡易更衣室に入っていそいそと着ていた。
外で何度も爆発音が衝撃波と共に伝わり、壁の強化ガラスにヒビが入りだした。
『現在、三岳島は大規模な魔物の攻撃を受けています。一部区画で火災・有毒ガスが発生。隔壁を封鎖します。一般の島民は危険ですのでその場で待機を命じます。職員は緊急避難ルームへ入ってください。警備部、並びに企業冒険者ネレイスチームは直ちに出動してください。また、一般冒険者へ緊急の任務を送信します』
ナチュラルに「自分たち(オケアノス職員)は避難するけどれど、一般人はパニックになっても邪魔だから避難するなよ」と要求しているのが凄い内容だ。
キャバーン。スマートウォッチに緊急ミッションが受信された。三岳島に接近している魔物と交戦せよ。周辺海域に三十分以上潜れば参加したことになる。報酬は二十万エレク。使用した弾代は別途支給……
「あれだな。魔物に餌を撒いて島の被害を減らそうとしてやがる」
二十万ポッチで小型ゴジラの群れに突っ込ませる暗黒メガコーポの罠だ。もちろん海中で冒険者が死ねば報酬も支払わないで済む。そんなアホみたいなミッションでも、まあ恐らく百人以上は冒険者が参加するだろう。冒険者もアホだから。
本命はオケアノス専属の重武装冒険者と攻撃潜水艇なんかが出る。それらが出てくるまでの時間稼ぎや、肉盾にするつもりだ。
「なにか追加も来たぞ」
強化アーマーから上半身を出しているセンセイがスマホを見て言う。
更に冒険者へ全送信された仕事情報だ。発信者はヴァルナ社。新型近接兵装のテスト依頼。剣やら槍やらに電気ショックや毒を付与した装備を貸し出すので魔物相手に使ってデータ取ってこいとのこと。
チェスターとオレが最近、水中用に改造されたカタナを使って賞金首のサメを殺したことは地味に広まっていて、企業もその情報で近接装備を多数試作しているらしい。水中銃は便利なんだが一定以上デカい魔物への効果が小さすぎるから。
他にもここぞとばかり追加任務が出される。島で冒険者向けの病院を経営している医療会社『媽祖集団』(中国資本の人体実験とかしてそうな暗黒メガコーポだ)はドラグアナの皮膚組織や死体を高価格で買い取る旨を発表している。
「冒険者は暗黒メガコーポのオモチャだな」
「そ、そんなことよりアルトくん! 壁のガラスが壊れてきてるよ⁉」
継続したドラグアナの攻撃と、恐らく魚雷かなんかの炸裂によってガラスに入ったヒビが大きくなりつつある。割れたら一気に海水が流入してプール室ごと沈むだろう。
「センセイ! 隔壁を開けられないか⁉」
「……駄目だ。隔壁はシステムが独立していてハッキングを受け付けない」
強化アーマー内の機器を操作しやってみたようだが、不可能のようだ。
『力ずくでやってみる』
完全に装着して隔壁に近づき、アームで掴んで持ち上げようとしたが、ロックされているからそれも不可能だった。
『銃撃してみるか』
センセイがブラスターなるレーザー銃を取り出して言うのを、レンタル強化スーツに着替えながらオレは止める。
「たぶん無理だ。こういうのは区画丸ごと海水が入ってきたときとかに閉鎖するやつだからな。空気供給口も閉じてるだろうな。窓が割れたら海に出て行くしかねえ」
ボンベがあるから水没した部屋に留まることも可能だろうが、管理している暗黒メガコーポがすぐ救助に来てくれるはずもなく。
ここのプールに置かれていた簡易ボンベでは半日も持たないだろうしな。
そうこうしているとエリザとウリンが着替え終わって出てきた。
「ねえねえアルトくん! 似合ってるかな?」
「……」
「なんネ。その渋面は」
「金持ちのお遊びプールに置かれていただけあって、なんだろうな。コスプレ感が……」
「素直に可愛いと言えヨ」
「アルトくんは照れ屋さんだなあ」
二人が着ているやつはバニーめいた色合いをしている女性用だった。そもそも、三岳島で売っている強化スーツで女性向けってのがあんまりねえんだけど。女性冒険者が数少ねえから。
それでも少なくとも、オケアノスで作られた新素材による強化ダイバースーツは頑丈かつ柔軟に動ける。内部の圧力を保つ効果もあって、マスクやヘルメットも合わせて装着することで減圧症を防いでくれる。いきなり水深のある外に飛び出てもこれで大丈夫だ。
「よし、じゃあ窓から脱出するからマスクも付けとけよ」
「我はまだ泳ぎの練習してた段階だゾ……」
当たり前だが、ウリンは不安そうにしている。やっと潜れたぐらいの素人が危険な魔物がいるし、めちゃんこ深い海に繰り出すとパニックが心配になる。
「センセイ、海を進むときは二人を運んでくれ。オレも背中に掴まっとく」
『わかった』
センセイの強化アーマーは水中スクーター並の移動ができる。こいつで三人を安全なところまで運んでもらおう。
「さて……あとの準備はこれだ!」
「どうするの?」
「どうせ部屋ごとぶっ壊されるなら、持って帰れそうなやつは持って帰る! センセイの収納ボックスに詰めろ! 高いの優先で!」
『アルト。その大きなモニターは無理だから取り外そうとするな』
窓が割れて部屋に海水がぶっこまれるってことは部屋の備品も全部台無しになる。海に吸い出されて回収不能になるやつも多いはずだから、持ち逃げしてもバレないと思う。たぶん。怒られたら後から返せばいいんじゃなかろうか。
「これお寿司の材料にしよ!」
「緊急用の医薬品があったネ。貰っていくヨ」
『たくましいなあ』
エリザとライザもごそごそと備品を漁っているのをセンセイは感嘆するように呟いていた。ぶっちゃけ、今着ている三人分の強化スーツと空気ボンベを借りパク成功しただけでも五十万エレクの元は取れる。そういうの借りパクしない客層が借りるプールなんだろうな。本来。
しかし命あってのモノダネ。無事に帰るのが一番なんだが。
失われし資源の有効活用(火事場泥棒ともいう)が終わったあたりでオレが外の様子を見てみると──
「……ウリンちゃんよぉ、マスク付けてやる。ほい」
「な、なにするネ⁉ 自分でできるヨ!」
「あとパニックは起こさねえように、なんなら目を瞑って呼吸だけ集中しとけよ」
「は?」
手早くウリンにガスマスクを装着させてアドバイスする。エリザのは被るだけ。オレはタバコでいいか。そのあたりでセンセイが気づき、ウリンとエリザをそれぞれの手で抱きかかえた。
そうするとエリザが窓の方を見て叫んだ。
「あわわわ‼ アルトくん! 窓に! 窓に!」
「さあて、お楽しみダイビングツアー開始だぜ」
ピンポイントにこの部屋の窓へドラグアナがへばり付き、ギロリとオレらを睥睨していた。
魔物の口が開けられる。意外なことに牙とか生えてないんだなと思ったが、たぶん口元で爆発起こすせいだ。
こんなふうにな。
爆発と共に窓ガラスが砕け散り、プール室に海水が殺到した。
掌編で登場していたエリザなんかのダイバースーツはここでゲットしたものだったんですねえ
【挿絵表示】
だいたい現実でドライスーツの高いやつの値段が30~40マンぐらいと考えると
筋力補助だの生命維持だのオプション付いた作中の特殊ダイバースーツはそれ以上のお値段かも