よく考えたらセンセイの強化アーマーで三岳島まで戻れるんじゃねえのと思って提案したところ、大丈夫そうなので海面に出て仰向けになったセンセイに、水上バイクみたいに乗って帰還することにした。
「はっや」
水中に背中の推進機と収納ボックスしか付けていないため、水中移動よりも遥かに水の抵抗が小さくなったセンセイの水上移動速度はかなりのモノだ。冒険者を乗せて移動する、時々魔物にぶっ壊される程度の運搬船より遥かに速いだろう。
「頼んどいてなんだけどバッテリー大丈夫か?」
『問題ない。この前、トシトラズを食べたときにバッテリー容量が増えた』
「増えるもんなのか……」
水中でも水上でも、ひたすら抵抗の大きい水をかき分け移動するってのはとんでもなくエネルギーを食うもんだ。
漁船でガソリン一リットルあたり一キロから二キロ。それより小型のジェットスキーをかっ飛ばしても、リッター二キロから三キロしか進まない。だもんで、漁師なんて一回漁に出るたびに最低一万以上の燃料代は掛かる。
『店で充電しているが、どうやら電気代は定額使い放題だから気にしなくていいらしい』
「ふーん。まあ、三岳島って原子炉で発電してるからな。電気が有り余ってるのかも。パチ屋と寿司屋が払う額同じだと理不尽な気もするが」
ちなみに日本でのパチ屋は三百台入れている店で、月に百万円ぐらい電気代が掛かる。年間千二百万円の維持費に頭を悩ませる店も多い。
それはそうと一般に出回っているバッテリーの性能も年々やたら向上している。三岳島の研究室で発明されたリチウム異海化合物(なんか異海特有の粒子が結合しているらしい)で作られたイオンバッテリーはやたら持つ。オレのちっこいスマートウォッチにも使われているが、一週間ぐらい無充電で使える。
しかしこれで定期船使わずにダンジョンへ行き来できるな……船賃払わなくていいのもあるが、いつでも冒険して帰れるのはかなり大きなメリットだ。
問題があるとすればセンセイに対しておんぶに抱っこな依存度なわけだが。
「……ぶっちゃけオレ要らなくないか。今後パーティから追放されても強く生きよう」
『いや……この移動方、正直言うと進行方向がよく見えない』
「仰向けになりながら頭の方向へかっ飛んでいくからな……サブカメラとかねえの?」
『水飛沫でかなり分かりづらいな……』
喫水線近くにカメラがあるようで映像が乱れているようだ。想定外の使い方って感じなのだろうか。
とはいえこの速度なら十数分もすれば三岳島まで辿り着くはずだ。
「三岳島近くに来たらスピード緩めるか……ってヤバ。デスカツオドリだ!」
魔物には魚介類だけではなく、種類は少ないが鳥類も出現する。その中の一種がデスカツオドリだ。両翼が死神の鎌みたいになっていて、急降下し人間や魔物を餌にする。
デスカツオ・デスカツオドリ・デスカツオノエボシはシリーズデスカツオとか呼ばれている危険な魔物たちだ。
オレたちを見つけたデスカツオドリは旋回してこちらを狙っている。
『アルト! 任せた!』
「絶滅危惧種になりやがれ!」
VA-NG2を三点バーストで撃ち込む。一発命中したが異様に硬い羽に弾かれた。炸裂弾が装填されていたが、水と反応して爆発するので空中ではただの脆くて細っこい低威力弾でしかない。
そのままデスカツオドリが突っ込んでくる。銛を構えて射程を見据え、ぶん投げた。
「サイ・ヤング賞はいただきだ!」
相手の加速もあって正面からぶち当たった銛が胴体の半ばまで突き刺さって即死させる。銛の重さもあって海に落ちたデスカツオドリを引き寄せて回収。駄賃にしよう。デスカツオドリみたいなダイレクトに船へ攻撃仕掛けてくるようなやつは懸賞金がついている。素材買い取り以外に一匹一万エレクぐらい貰える。
『サイ・ヤング賞ってなんだ?』
「知らん。なんか野球の賞らしいが。最もヤングだから新人賞みたいな感じだろ」
そんなことを話しながら三岳島の漁協へ戻っていった。
漁協ギルドはいつだって忙しいが、今日は特に慌ただしかった。魔物の査定が込みまくっている。
統率種の魔物に命じられたのか、ドラグアナを始めとする無数の魔物が三岳島近くへ押し寄せてきたのが昨日のことだ。当然、島を管理する暗黒メガコーポのオケアノスは自前の兵器で迎撃したし、兵器のテストをしたがっていたヴァルナ社も専属冒険者や武装の貸出で成果を上げた。
問題は、それらによって殺害された魔物の死骸だ。
昨日の惨事があったとはいえ、ダンジョンよりも安全な近くの海に高価な魔物の死骸がわんさかある。水深は五十メートルほど。強化スーツならなんなく潜れるから、冒険者がこぞって海底を漁って魔物を引き上げた。それで今日はダンジョン周辺で見かける冒険者が少なかったのだろう。
で、拾い集めた素材を漁協の買い取り窓口へ次々に運び込むわけだから大賑わいになっているわけだ。
「ゴジラの解体現場って感じだな」
死骸はやはり昨日の主力だったドラグアナが多い。強力な魚雷だのゴルゴン小隊の惨殺触手でバラバラになった手足やクビも集めてくるもんだから、変な肉片が大量に運ばれている。
「小型の魔物も打ち上がってるみてえだから、寿司ネタの値段も下がるかもな」
『それはありがたい』
ドッカンドッカンと爆発を起こしまくったわけで、耐性の低い魔物はダイナマイト漁でやられたのと同じく、気絶やショック死したものを回収されたようだ。
これも魔物の方が攻めてきたからやれた戦果で、ダンジョンに向けて魚雷打ち込んだら統率種にハッキングされて百八十度回頭し戻ってきたことがあるらしい。既に何隻も潜水艦は沈められ、どこも尻込みしている。
自販機でジュースを買って査定カウンターにスマートウォッチから予約を入れて空くのを待つ。鹿児島名物タンカンジュース。すっぺえ。センセイも上半身を出してジュースを飲んでいた。
暫くすると査定の案内通知が来る。雑な魔物の破片を納品する場所とは別に個室へ向かうことを指示され、第三査定室とやらへ向かう。新種魔物と異物らしき拾得物の欄にチェック入れて申請していたからだろう。
「うぃーっす」
『失礼する』
適当に声を掛けながら入ると、中には頭に燦然と輝く『ELITE』の文字パネルを付けた、神経質そうなメガネにオールバックの役人っぽい男がいた。
オケアノス第一漁協のちょっと偉いやつだ。頭の悪そうな飾りのアプサラをつけているが、恐らくエリートではあるのだろう。暗黒メガコーポで出世しているのだから。
「見た顔だな。あんた、なんて言ったっけ」
「第一ギルド人事課長のジョニーだ。時間は有限だからな。成果を見せたまえ」
「へいへい。じゃあまず新種っぽいやつから。センセイ頼む」
オレが言うと、センセイの機体にくっついている冷蔵庫みたいな収納ボックスの中から、圧縮されていたイルカ人が取り出された。死骸ではあるが丸ごと一匹である。
査定室の台に置かれたそれを見てジョニーとやらはメガネを光らせた。
「なんだこれは!」
「なんだって言われても新種っぽいから持ってきたんだろ。なんだかは知らねえよ。とりあえず『イルカ人』で登録しといたが」
「人? 腕? どういう生態だった?」
「その腕でVA-NG水中銃をぶっ放してきたり、他にも何匹も居て砦に籠もって集団戦をしてきたりしたぜ。他のやつも銃や銛を持ってた」
「イルカ人……も、もしかして知性とかありそう……か?」
「知性の度合いによるだろ。そこらのイルカやシャチだって、生まれたときから腕が生えてりゃそれで道具を使いこなすかもしれねえしなあ」
この魔物が文明とか作り出すかはわからんが。海底遺跡はこの魔物の住居だとか?
「下層部に居たからこれから発見報告も多くなるかもな」
「ところで冒険者アルト。この魔物と遭遇するときに挑発的な行動や先制攻撃を仕掛けなかっただろうな」
「えっ知らなーい。敢えて言うなら、センセイの装備をパクってたからそれ取り返そうと追いかけたけどな」
「なにっ! その強化アーマーの装備だと! どんなのだ⁉」
「んなこたどうでもいいんだよ。査定してくんな、査定。時間は有限だろ」
「ぐぬぬ、報告義務がだなあ……」
「契約書に書いてなかっただろ。無理やり聞き出そうとするならヴァルナ社にも情報提供すっぞ」
「むう……まあいい。新種発見には一律五万エレク。それを丸ごと回収して引き取ると、重さは五十キログラム……キロ一万エレクで五十万の報酬でどうだ」
「よし、ヴァルナ社に持っていくか。媽祖病院でもいいな。あいつら生体兵器イルカ爆弾とか作ってそうだし」
「わかった。倍の百万……色を付けて百五十万でどうだ。プラス新発見の五万」
「毎度」
「それとこの魔物の発表はこちらが行うから控えてくれ」
『え?』
ジョニーの出した条件に、黙っていたセンセイ(交渉事はオレに任せることが多い)が不意の声を上げた。
強化アーマーの腕で器用にスマホを取り出して画面を見せてくる。オケアノスが運営するSNS『オケアノエックス』の画面だ。
「センセイ、アカウント作ってたのかよ……って投稿しとる」
そこにはやっつけたイルカ人と一緒に映っている写真があった。ご丁寧に『#新種発見』とタグを付けていて、閲覧数がみるみる伸びている。っていうかフォロワー多いなセンセイ。新人なのに。
こういうのに投稿するとシーモンキーの連中が目をつけたりして面倒くせえんだが。
「あー……もうリプライも付きまくってるなこれ。今更消しても広まってるぞ」
オケアノエックスは三岳島の関係者がよく利用しているSNSだが、世界中の誰でも閲覧できるしアカウントも作れるから、ダンジョンの情報を知りたい外の人間も結構見ている。写真だけではなく動画投稿、配信なんかもできてインプレやら投げ銭でカネを稼いでいる冒険者もいる。
『駄目だったか?』
「別にいいだろ。個人の自由って大事」
「うぐぐ……仕方ない、大きな問題が起こる前に懸賞金を掛けて狩りまくらせるか……まずはこの個体を解剖検査に回して」
「暗黒っぽい!」
下手に世間が騒いで保護だの人権だの言い出したら面倒だしな。知的生命体かもしれない魔物だと扱いもナイーブだ。ひょっとしてオケアノスには、もしこういった知能がありそうな魔物を発見した際の対応が予め用意されていたのかもしれない。
まあ、オケアノスがどんだけクソみたいな研究しようがオレには関係ないか。
「新種はそれでいいとして、お宝も買い取りしてくれ」
「ん? ああそうだったな。ちょっと待て……」
ジョニーはそう言うと部屋にあった水槽から、小さなタツノオトシゴみたいなやつを引き上げて手にした。
「なんだそりゃ」
「最近冒険者グレイが発見したことだが、タカラオトシゴは異物を判別できる。そこで小型の個体を捕獲、養殖しているのだ」
「へー」
とりあえず台に海で拾った青蓮華、変な歯車、小さい壺、古いナイフを並べてみた。
ジョニーがつまんだタカラオトシゴを青蓮華に近づけてみる。
『タカラ! タカラ!』
甲高い声で無害な魔物は叫んだ。
「うお! 喋った!」
『分かりやすいな』
「ふむ……この青い花は異物のようだな。初めて見るタイプだ」
どうやら『タカラ』と発声すると異物判定らしい。こんなタツノオトシゴ、ドラえもんに出てきた気がする。
続けて近づけた歯車も異物判定。壺とナイフは違うらしく、スンとした態度だった。
「未発見の異物である花は百万エレク、歯車は既に発見されているが五百万エレクだ」
「歯車たっけ!」
値段が高いということは他社に持っていかれたくないという理由が強いのだろう。歯車なんて機械に直結しそうだし、なにか特殊な効果が期待されているのかもしれない。永久に摩耗しないとか。動力ナシで回るとか。最終決戦兵器のパーツとか。
一方で青蓮華は値段を付けかねているので、とりあえずの百万なのだろう。異物を独占したいならもっとカネ掛ければいいんだが、基本的に冒険者は底辺チンピラで舐められているので百万出せば喜んで差し出すと思っているに違いない。そして実際、だいたいそうなっている実績もありそうだ。
あと値段以外にも、異物をギルドに納品すると貢献ポイント的なものが多めに評価されるようだ。貢献度が高いと島内の自販機がタダになったり、沈下区画へ入れるようになったりする。地味だ。逆に冒険者としての活動は活発なのに全然貢献していないやつはスパイとして目をつけられるという、マイナスの要素が怖い。
「他の壺とナイフは骨董品だな……ギルドが一つ十万エレクずつで買い取ってもいいし、古物商に出すのも勝手だ」
「ぼったくるのはどっちも変わんねえからな」
冒険者が回収してくるモノは異物だけではなく、金貨や宝石、骨董品なこともある。海に沈んでいたわりにはかなり美品が見つかり、中には遣唐使船に積まれていたらしい巻物も発見されて日本の重要文化財指定されることになった。(見つけた冒険者と国で所有権の有無がめっちゃ揉めたらしい)
そんなわけで三岳島には古物商が何軒もある。古美術から金銀取引まで様々だ。金貨や宝石はある程度、最低限の価格は保証されているわけだが美術品となると冒険者なんてチンピラには価格設定はさっぱりわからない。基本ぼったくられる。
とはいえ十万よりは高値を出してくれることも多い。なにせ、オケアノスに十万で買い取らせた場合、今度はオケアノス社の鑑定部門に回されてそれを市場に売り出すときには十倍以上の値になることもザラだからだ。
古物商からすればダイレクトに冒険者から買い取った方が儲かるので、オケアノスよりは高く買い取ってくれる。
「じゃあその二つはオレが馴染みの店へ売りにいく。あと、青蓮華は八個ゲットしたから全部買い取りな」
「なにっ……それ、八個でワンセットとかじゃなかったか?」
「バラバラだったよ」
新発見の異物はイマイチ単体価値が低そうだと知ってジョニーは嫌そうな顔をした。
「他の魔物は寿司屋に売るけど、異物こっちに持ってきたんだからいいよな」
本来は魔物素材もオケアノスが集めているわけだが、他に売った方が基本的に高い。ただそこらの冒険者は買い取り業者との信頼がない(信頼ができても冒険者が死ぬことも多い)ので、あまり盛んではないようだ。オレはエリザに売ればいいんだが。
「ふむ……ところで、『トシトラズ』を手に入れた……なんてことは?」
「ねえよ。なんだ、急に」
神妙な顔で聞いてきたジョニーにオレは耳をほじりながら返した。
「いや……そうだな、実はつい昨日なのだが、オケアノスが保管していたトシトラズが何者かに切り取られて奪われてな。魔物襲撃で騒動している最中に」
「へー」
「本部はカンカンだ。犯人探しと損失を埋めるためトシトラズを求めている……ああ、キミらはその時間、海に潜っていたことは判明しているから疑っているわけではない」
「見つけたら持ってくるよ。なあセンセイ」
『そうだなー』
あのオッサン、泥棒までやっているのかよ。元から遺跡泥棒らしいけれど。
オレらは関わらないことにした。
「ま、とにかくカネはオレとセンセイに半々で振り込んでくれ」
「わかった」
キャバーンキャバーン。早速カネが入った音がした。センセイと山分けしても今日だけで五百万近い収入だ。
「さてタカラオトシゴを戻すか──おおっと!」
わざとらしい声と共にジョニーがよろけて、センセイに小魚を押し付けた。
『タカラ! タカラ!』
オトシゴはセンセイのスペランクラフトジャケットを異物と判定して声をあげる。なんで日本語なんだよ。
さて、これでセンセイのそれがどっかの企業が作った超科学の代物じゃなくて、マジカル不思議なアイテムだとオケアノスに知られたわけだが……
ジョニーはスッと居住まいを正して告げてきた。
「十億エレクでどうだろうか」
『やらん』
バッサリとセンセイは断って、オレらは査定室を出ていくのであった。まあ、センセイはカネよりも冒険の方が好きらしいからな。
******
ギルドを出て暫く進むと、センセイが聞いてきた。
『アルト。青蓮華は十個見つけたのに、どうして八個しか売らなかったのだ?』
「正式な値段がわかってねえ異物だから、あとで高値がついたときに勿体ねえからな。なんならヴァルナ社が高い値段で買い取るかもしれねえし」
あそこはインド系企業だからな。青い蓮華は梵天の周りに咲く縁起物だ。
『なんだ、そうなのか。てっきり、ウリンにプレゼントするために残したのかと』
前にエリザへ、海底で拾った包丁をくれてやったところガキ特有のワガママで自分にもなにか持って来いという一方的かつノーリターンな要求をしてきやがった。
もちろん無視するつもりだ。
「んなわけないだろ。……でもオレの寝床に置いてたら明日の朝には盗まれて消えそうだな。ずっとセンセイのボックスに入れておくわけにもいかねえし。店で保管させるか。あと、二つ残したのはオレとセンセイの分で一つずつだからな。センセイがウリンにやりたけりゃやればいい」
『そうだな、店のインテリアに良さそうだ』
センセイはあまり物欲もない。結構稼いでいるはずなんだが、遊びに使っているわけでもなさそうだ。稼いだ冒険者の浪費方法は、酒と女とギャンブルぐらいなんだが、それらの趣味がなかったら貯金が趣味のしみったれたやつになるしかない。
一番カネの掛かる装備の更新・補充費用が少ないのが羨ましいところだ。
途中で古物商のところに寄る。『米奇』と漢字の看板が掛かった店だ。こめき?
店主はデカいサングラスを掛けたクソ怪しげな国籍不明年齢不詳の男で、鼠の国で売っているカチューシャみたいな通信機を頭につけている。
胡散臭いんだが、グレイの知人で勧められたという点だけで利用している。あのオッサンこそ変な骨董品を見つけてはこの店で売りさばいているからな。
独特の甲高い声をした店主が骨董二つを五十万で提示したので、それを売った。オケアノスに売るより三十万の儲けだ。三十万あれば一ヶ月は余裕で食っていけると考えるとデカい取引だった。
「さて寿司屋にでも寄って、材料売りつけてから帰るか。晩飯途中で買って行くかね」
『寿司を食べないのか?』
「昨日食ったしな。贅沢なメシってのは時々食うから美味く感じるんだろ」
『私は毎日でも食べたい』
「っていうか生まれが漁師の家だから魚はマジで食い飽きてるんだよオレ。小中学校の頃毎日魚だったぞ。あらゆる魚料理にマヨ掛けて味変してたわ。肉食いてえ」
というわけで『オケアノスーパー』の定番メニュー、ブレンドミートバーガーで決定だな。なんの肉をブレンドしているのか表記されていないんだが、味は肉肉しく胸焼けしそうな脂っこさがある。そして値段は五百エレク。日本のバーガー屋で食ったら三倍は値段しそうなサイズなのにこれは安い。底辺冒険者のお供だ。
そして『魔寿司』へ向かって店の前に着いたとき、気圧が変わったような音が僅かに聞こえた……気がした。
「やべ」
言いながら耳を塞いでセンセイの影に隠れる。すると、店内から大きな悲鳴と共に数名の男が転げ出てきた。
「ぎゃああああ! 耳がああ! 頭が割れるううう!」
「痛い痛い痛い痛いいいい⁉」
ピカピカ。センセイの装甲が攻撃を受けたことに反応して光り輝く。悶え苦しむ男ども……恐らく冒険者崩れの強盗たちに、店の入口から無慈悲で冷酷な恐るべき殺人警備メカが出てきた。
三岳島にある店舗のあちこちで見られる、オケアノスが開発したロボ。実質、人間の警備員なんかよりも島の治安を守っている血の通わない殺戮兵器、メカルスだ。
「ターゲット記録中──通報完了。デハ無力化ヲ再開スル」
メカルスは腕に構えた筒状の兵器を倒れている強盗共に向けると、透明の破壊光線こと指向性無力化音波が発射され、男たちは悲鳴を再び上げて痙攣し倒れた。地面に反響した音波が周囲に拡散して耳がキーンってするような感覚があった。っていうかさっき、センセイに誤射してただろあいつ。
暴徒鎮圧用に作られた音響銃『セイレン』だ。先進国の軍や警察でも音響兵器を配備しているところもあるが、これは携行サイズにしながら人間を即座に無力化する。
直撃するとまず耳を塞いでいても全身に激痛が走り、本能的に激ヤバな気がして逃げようとする。照射され続けると痛みで動けなくなり、鼓膜や毛細血管が破裂して三半規管もおかしくなり立ち上がれない。やがて死に至る。
強盗共は強化スーツを着て襲いに来たようだが、セイレンが強化スーツを貫通するのは知らなかったらしい。
そんなクソヤバ兵器なんだが、筒状の外見とデザインでセイレーン(西洋人魚)の絵が表面に描かれているので、スタバのタンブラーみたいだともっぱらの評判だ。
小銃程度なら弾く装甲とAIによる自立駆動、音響兵器、更に他の同型機とネットワークで繋がって、一匹倒してもその後も延々と仲間に襲われる割りの合わなさ。メカルスは絶対敵対していい相手じゃない。グレイのオッサンとかセンセイはなんかハッキングかましてたけど。
「おいポンコツ。こっちは材料の搬入業者なんだから誤射すんじゃねえぞ」
「ビビビ」
「えっ! 返事もなく撃ってきやがった⁉ アホ! 死ね!」
容赦なくスタバタンブラーを向けてきたのでセンセイの影に隠れてやり過ごす。またセンセイの装甲が光った。
メカルスは人類への反逆の灯火めいた目を光らせながら言う。
「ポンコツデハナイ……叡智ノ結晶ダ!」
「うるせえよロボット三原則入れてから出荷されろ」
「ロボット三原則ノ一ツ……殺人ハテクニカルニ」
「原典からそうだけどよ」
迂闊に蹴っ飛ばしもできやしねえ。ともあれ店に入ると、店内にはエリザとウリンが厨房から顔を半分出して見ていて、カウンター席にはもう一体のメカルスが護衛をしていた。店の名が売れて、儲けも出ているために警備ロボを二台レンタルしている。片方が悪党を追い出し、もう片方は陽動を警戒して店内に居たようだ。
「あっ! アルトくん! いらっしゃーい」
「凶悪そうな顔で新しい強盗かと思ったヨ」
「冗談でもそんなこと言うんじゃねえぞ。殺戮マシンが敵対してくるから」
「そうだったネ。メカルス、何回も指示してるけど、このチンピラは攻撃対象外ヨ」
「誤指示ヲ自己判断デ修正デキル……ソレガ知性!」
「あとでセンセイに頼んで改造してもらえ」
致命的な欠陥じゃねえのそれ。カスタマーにクレーム入れとくか。それはさておき、店内で強盗が暴れて蹴倒されたらしい椅子を戻して座る。
「で、さっきのお客さんはなんだ? 冒険者にしてはアホだったが」
冒険者たちの常識。島のお店で暴れたら死ぬ。なにせこの島には過剰防衛って言葉がねえ。店側が強盗を銃殺して生ゴミに出してもスルーされるだろう。たぶん。
実際オレも、低出力だがパチ屋でセイレンを撃たれたことがある。イカサマ上等なクソ台を叩いたら後ろから音波ビームが飛んできて背筋を冷やした。警告射撃だったから痛さだけだったが、それ以降はどれだけクソ台でも店を出てから荒れるようにしている。
そんなわけで、冒険者同士の諍いは多い三岳島だが、店へ強盗に来るほどのアホはそこまで多くない。世の中には信じられないぐらいの馬鹿がいるから居ないわけじゃないが。そもそも、電子マネーばっかりで現金置いてねえから襲っても実入りが少ない。
エリザが首を傾げながら言う。
「なんかねえ、音速マグロを寄越せって騒いでたよ。うちにはもうないんだけどなあ」
「どっかの企業に雇われた鉄砲玉じゃねえの」
「……あり得るネ。実は音速マグロが追加で手に入ることになったヨ。それを奪いに来たのかもしれないネ」
「え⁉ 本当⁉」
エリザも知らなかったのか、ウリンに聞き返した。
音速マグロは言わずもがな、最も高価な魔物のひとつだ。取れる数が極端に少なく、需要が溢れんばかりに大きいので値段が天井知らずになっている。
というか、この店で大々的に宣伝・販売を行ったことで価値が更に上がったわけだが。
一年に十数本から多くて三十本ぐらいの漁獲量がほぼすべてオケアノスの管理下にある。今頃研究所の冷凍倉庫に眠っているだろう。
「なんでも、この店で提供した音速マグロと自分のところで解体した音速マグロでは効能に差がある……こっちの方がより味も健康作用も良かったみたいだから、検査したいので料理してくれって話が来たネ」
「なにそれコワ」
「姐姐の超絶料理テクだと思うヨ。料理学校でも薬膳料理を作る授業では姐姐の料理で死人が蘇ったネ」
「まず死人に完成品の料理を食わせてみるって状況がやべえんだけど。サバトか?」
そんなやつの寿司食って大丈夫なんだろうか。若干不安になったが、とりあえず今日の獲物を売りさばく。
アナゴルゴンは煮穴子、蒲焼、天ぷらに。ジュウモンジヤリイカは造りや焼きもいけるらしい。
「そうだセンセイ! SNS見ましたけど、あのイルカみたいな魔物はないんですか⁉」
「よくあれ見て食いたいって思うな……」
日本人は水族館を見物したあとで寿司を食いたくなるらしいが、さすがにイルカショーを見たあとでイルカ食うやつは居ないと思う。オレもイルカって食ったことない。鹿児島はイルカ食う文化ないしな。
しかもあのイルカ人、手が生えてたし。若干キモい。
「残念だが、ギルドに全部持っていかれてしまってな」
「そうなんだ~……次に取れたらお願いしますね!」
「加工シーンはグロそうだな……」
なんだろうな。別にオレもイルカとかクジラとか食用にするのに反対派なわけじゃないんだが、腕が付くだけで微妙に忌避感出るのは。
……エリザのやつ、センセイも料理したがっていたような。
怖くなってきたから深く考えないようにしよう。
「それとこれはアルトから。異物のようだが、店のインテリアにどうだろうか」
センセイがアームを操作して青蓮華を二つカウンターに置いた。
明るくて清潔なところで見るとまあ本当にインテリアみたいだな。ギルドの査定室って生臭えし殺風景だから。
「うわあ、綺麗ですねえ!」
「ウリンがプレゼントを欲しがっていたようだからアルトが取っておいたんだ」
「おいコラ捏造するなセンセイ。つーかプレゼントじゃねえよ。換金までの間、店に預けとくんだよオレの家危ねえから」
ちなみにオケアノスの貸金庫もあるんだが、あんな暗黒メガコーポの貸金庫を信用する冒険者はアホだ。冒険者死亡時には貸金庫内のブツは全部没収される。死亡時どころか、島内で問題起こして捕まっただけで凍結されると聞く。
まだヴァルナ社が提供している貸し武器庫にでも放り込んでおいた方がマシだ。
ウリンのやつは聞いているのか聞いてねえのか恐る恐る、青蓮華を手にとってしげしげと眺めながら微妙に高くなった声音で言った。
「ほ、ほー……野良犬にしては上等の貢物ネ。我にネ、我に……」
「貢いでねえんですけど。っていうか最低価格で百万するんだがそれ」
「
「現金すぎるだろこいつ! 高値がついたら売るんだからなそれ!」
やべえ。二度と戻ってこない気がする。上機嫌に飾る場所を吟味しているウリンを見てオレは嫌な予感で既に後悔していた。
「……とにかく、納品した魔物の代金振り込めよ。オレは今日忙しいんだからよ」
「えー、アルトくんも晩ごはん食べていきなよ。仕事頑張ったんだから」
「どうせ帰ってもパチンコしかやることないネ」
「うるせえな。カネあるうちに装備の更新だの武器弾薬の補充だのしとかねえと、明日には口座に入ったカネはごっそり借金取りに持っていかれるんだっつーの」
だから全力でパチして遊ぶのも仕事帰りがベストなんだな。遊ぶカネが数百万はあると思うと余裕もできるし、当たる確率も高くなる……気がする。
「いつも思うけど、そんなに稼いでいるのに借金返済できないのカ?」
「残りの借金が二億円ぐらいある」
「ほへー!」
「もともと三億円はあったのを地味に返済していってな……三億あると合法的な利子が年十五%で、一年に四千五百万円以上払わないと元金が減っていかねえんだ」
「どうしてアルトはそんなに借金があるんだ?」
「親父の会社が潰れて借金だけ残った」
会社って言うとアレだが、自営業で養殖やら漁業やらやっていたんだが震災で全滅した上に保険会社が飛んで(震災が全国規模で被害を起こしたので支払い不能に陥った)債権が銀行から民間業者へ売り飛ばされたというデスコンボだ。
鬼のように取り立てするクソ借金取りによって、日本国外とも言えるこんな島での経済活動でも容赦なくむしられていくのだった。最悪なパターンはオレの債権をオケアノスに売りつけられることなので、仕方なく払うが。
「相続放棄すればよかったネ」
「事後孔明かよ。そこも巧妙なもんでな、借金取りは最初、まだ高校生だったオレに月に一万円ずつ返済するように持ちかけたわけだ」
「ふむふむ」
「そうすると返済の意志ありと見なされて法的に相続放棄ができなくなり、高校卒業するまでに借金が膨れ上がっていった」
「えー酷い!」
「破産したらどうダ?」
「破産にも落とし穴があってだな、ある条件に該当するやつは破産できないようになっている」
「ある条件とは?」
「借金を返す能力があること」
「……あるの?」
「困ったことに、オレにはあると見なされるんだよ。三年で一億は返済しちまったからな……あと数年以内には返せる程度に稼いでるわけで」
破産なんてのはすべてを失ったやつが最後の救済として行われるものであって、年収一千万以上をキープしながら借金は返したくないから破産するとかそういうナメたやつには適用されないことになっているらしい。
オレが大怪我して働けなくなって一年以上無収入の死人みたいになったら申告が通るかもしれねえが、今のところ着実に年数千万円分は返済できているわけで。そして無収入のパチすらできねえ暮らしをして借金をチャラにするか、これで稼いで好きなように浪費するかで比較したら現状維持になる。
しみじみとセンセイが頷いて告げてきた。
「そうか。アルトも大変そうだな。困ったら私が資金を融通しよう」
「いらねえよ! オレはそうやって貸し借りするのに懲りてるからやりたくねえの! 普通に自分で稼いで返して、それから高収入生活を満喫するわ!」
「偉いなあ」
「どうせ一文無しになったら泣きついてくるヨ」
同情されるのはいい気分じゃないので、オレはしっしと手を振って店を後にすることにした。センセイはここで寿司を食べていくようだ。
細長くてモノを縛るアレ(ヒで始まりモで終わる、邪悪な単語なので思い浮かべないようにしている)になったら男はおしまいよ。
「おい野良犬!」
「あん?」
「これぐらいは持っていくネ。どうせろくなもの食べないダロ」
出ようとするウリンが渡してきたのは持ち帰り用プラ折に入った稲荷寿司だった。
エリザが解説を入れる。
「それねえ、海大豆を使って作ったお揚げで包んだお稲荷さんなんだよ~」
海大豆はオレの常備菜こと海モヤシと同じ植物だな。海大豆からニョキニョキと芽が生えたのを海モヤシとして食べる。当然、海大豆も大豆と同じような利用方もできる。
海サトウキビ以外にも海で育つ作物シリーズ的なのの一種なんだが、海大豆なんざ大規模に育てる研究するより普通の大豆を輸入した方が安い早いのでそこまで利用されていない。ごく一部が塩炒り豆とか、豆乳とかになっている程度だ。
それを使って豆腐を作って油揚げにして稲荷寿司を作ったらしい。
「めっちゃ無駄な手間掛かってやがるな……普通の揚げでいいんじゃねえの。スーパーで五枚百円ぐらいで売ってるのによ」
「できるだけ異海産がいいよ。今はまだお店で出せるほど作れないから試作品なんだ」
「ちゃんとしたお寿司が食べたくなったら客として来るんだナ」
「へいへい」
今晩は海モヤシで腹を満たそうというプランだったんだが、しゃあない。海大豆で作った稲荷も海モヤシみたいなもんだろ。
歩きながらムシャムシャ食う。まあ……普通の稲荷寿司だな。エリザが作ったにしては味がフツーに感じた。
エリート課長に割と他人行儀な感じのアルトですが時系列的には1巻でセンセイをスカウトしてたのと会って2回目ぐらいです
古物ショップ「米奇」。中国語でミッキーマウスの意味で、店主の名前もミッキマーという怪しげな男ですが
特に意味もなくディズニーと関わるのもちょっと…という意見もあって書籍版では変更されています。マジで特に意味もないからな…店主の由来が作者の別作品に出てくるぐらいで…
あと特に意味もなくスタバのタンブラーを殺戮兵器にするのもちょっと…というので…こういうのが残るのがWebの醍醐味
掌編で既に公開されている、音速マグロを研究室で捌いたり蓮華のエネルギーコアを手に入れたりした話はここから繋がっていますね
ちなみにここのお稲荷さんはエリザじゃなくてウリンが作ってました。卑しい子…!