三岳島はオケアノスが運営する人工島だ。オケアノスは海運を主体とした複合企業で、幅広い産業を抱えている。人工島の建設もそのひとつだった。
こんな日本近海の国際海峡で他国の人工島が堂々と作られてもいいのかという問題に関しては、オケアノスが震災復興にカネを出しまくったこと、そして人工島を有事の際(災害や戦争だな)に日本人保護の場とすることを理由として許可されている。実際は政府のお偉いさんにカネをばら撒いたんだろう。
そんなオケアノスだが全てが自社製品で賄えるわけではない。例えば兵器。オケアノスも開発を行っているのだが、
そこで手を挙げたのがインドに本社を抱える暗黒メガコーポ、ヴァルナ社だ。
もともとインドは東西の兵器を無秩序に入手して乱雑に使っていたのを、ヴァルナ社がいいところ取りにして組み合わせたバッタモン兵器を生み出した。
普通ならデッドコピーの不良品ができそうなものだが、ヴァルナ社に天才でも居たのか結果としてシンプルで値段が安く、砂漠や湿地、インド特有の大雨にも強いタフな兵器が生み出され、アジアからアフリカまで輸出するほどの産業になった。
というわけでヴァルナ社は冒険者が親しみやすい水中武器を提供する武器屋として島に店舗を構えている。一応オケアノスのお高い武器も買えるけどな。
カネのあるうちに武器弾薬の在庫を満たしておかねえと、また銛一本で潜る羽目になるかもしれない。
ヴァルナ社の店は島内三箇所、それぞれ一区二区三区にある。どれもだいたい店構えも品揃えも同じだ。
八階建てのビルになっていて、一階と二階が武器装備品売り場。三階が電化製品売り場。四階がカレー屋。五階以上は社員寮になっている。沈下区画にはラボルームがあるらしい。関係者以外立入禁止だ。
他の冒険者たちも群がっている店内に入る。武器屋といっても物々しいものでもなく、大きさもレイアウトも大手の家電量販店みたいなもんだな。試し撃ちブースがあるぐらいで。
新発売のVA-NG2コーナーへ行って専用弾を見る。
「えーと炸裂弾と毒弾、高貫通弾を三箱ずつ買って……ルビジウム弾たっけえな。こんなもんで魔物撃ったらバラバラになって素材回収できねえぞ」
基本的に人気なのは高貫通弾だ。まあつまり、ニードルガンの針形細弾頭なんだが、魔物の損壊が少ないので回収時に高値で売れる。吟味しながら予備のマガジンも適当に買い物カゴへ放り込む。
「音響爆弾とスモークグレネード……おっ『
透破イカが吐き出す墨は視界を奪うだけでなく、臭いや味、更には電子機器を狂わす効果もあって冒険者だけではなく周囲の魔物も混乱する代物だ。
以前、サメから逃げるときにあれば楽だっただろう。それもカートに放り込んだ。
「ナイフも新しいやつ……同じ系統のでいいわ」
ハンドガードってかメリケンサックみたいな持ち手のダイビングナイフだが、長い事使っている(素寒貧になっても最低限手放さなかった)ので結構刃こぼれが来ていた。
海で錆びないチタン製なんだが、チタンナイフってのはぶっちゃけると包丁よりも切れ味が悪い。なので硬い魔物を刺したり剥がしたり(貝類とかな)していたら駄目になるのも早い。
「なにか良いのは……ブラジリアン玉鋼製(防錆加工)? ヴァルナ社の中でブラジリアン示現流ブームでも来たのか?」
以前にヴァルナ社の装備テスターだったチェスターの影響だろうか。
近接兵器コーナーにはナイフや銛以外にも、新発売の刀や槍も置かれていてファンタジーの武器屋めいた雰囲気を醸し出している。
中には推進装置付きのでっけえ鞘や柄なんかも売られていて、これから近接ブームを起こしたいのかもしれん。
実際、弾代の掛かる銃器よりも多少はお安くあがるのかもしれないがな。危険な魔物に接近しないといけないという欠点から目を瞑れば。
漁師から転職した冒険者の中には泳ぎながら銃を使うとか感覚的に難しい……ってタイプも結構いる(日本人に多い)から、そういうやつらは銛をメインにしているのも多い。電気ショッカー付きや神経毒塗ってあるやつで刺せば中型の魔物ぐらいなら倒せる。
コーナーの隣にはお試しブースがあって刀や銛を振り回せるようになっていた。覗き込むと、ピンク色の異海生物『サイセイカイメン』(でっけえスポンジみたいな生き物。穴を空けてもすぐに再生する)がサンドバッグめいて設置されていて、それを切ったり突いたりできるようだ。
そこから、まるでスピーカーがハウリング起こしたみたいな耳をつんざく甲高い絶叫が聞こえた。
「チェストオオオオオオ‼ ブラジリアン示現流奥義『
破裂音。覗き込むと、剣を打ち込んだサイセイカイメンがあまりの威力で粉々に飛び散ったようだった。
カイメンの前にはちょっと前に見た覚えのある、女っぽいロボが剣を振り下ろした姿勢で持っていた。関節から煙が上がっているが。
「こげんやっとじゃッ! わんたいやってみぃッッッ!」
「えええ……なに? ブレードに爆発機能とかついてんの?」
「こわ……」
見物していた冒険者どもが若干引いていた。『実演販売』という看板が掛けられていて、ロボ女の他にデーター取りっぽいヴァルナ社の研究者っぽいやつらが数人、パソコンをポチポチ弄くっている。
なにやらそっちは深刻そうな顔で、
「一発で関節部の負荷が限界に……」
「腕部アクチュエーターにここまで加速する性能ないはずなんだが……」
などと困惑している様子だった。
メカニックが腕部パーツを交換している合間に、ロボはこっちへ顔を向けてきた。
「よう! アルトどんか! なんしよっとけ!」
「うわ声掛けられた。他人のフリしよ。すみませぇん、ボクゥ、最近ここに引っ越してきたばっかりでぇ、カネヨ味噌太郎っていいますぅ」
適当になよなよした声を出して話を逸らそうとしたが、片腕が取れたままロボは近づいてきて主張した。
「おいじゃッ! チェスターマン・ユナイトじゃッッ!」
「は? 『私はロボットじゃありません』にチェック入れてから話してくれる?」
「そじゃ。先月アルトどんに五万エレク貸しちょったな? パチンコ代が足らん言うて。それ早く返すでごわす」
「この……チェスターを騙る偽物がァ!」
「キレて借金を有耶無耶に誤魔化そうとせんでくれ」
無機質なロボの表情がやけにシケ顔に見えてきた。
ともあれ、チェスター? この生身成分ゼロっぽいロボが?
「あ゙~居た居た。テストの様子どーお? 『十腕王』に反映できるぅ~?」
気の抜けた声を出しながら奥のスタッフルームからやってきたのは、ダボダボの白衣を身に着けてラリったような目付きをした色黒の女だ。
確か、ヴァルナ社のお偉いさんでルナーニとかいうやつだ。何度も魔寿司に音速マグロを食いに来ていたので覚えた。
ボサボサ頭の女はオレの方を向いて露骨に顔を歪めた。
「うわっ、盗撮魔がいる! 死んだほうがいいやつ!」
「だぁれが盗撮魔だ」
「TO薩摩でごわすか?」
「それもそれで嫌なあだ名だな」
チェスターロボのボケに適当に返事すると、ルナーニが指を突きつけて怒鳴ってきた。
「人の顔を撮影してSNSにアップしただろ!」
「ああ、手前が寿司アクメしてるやつか。なんかコラされてネットミームになったらしいな。ウケる」
「うーけーるーかー! うちの会長がバチクソキレてたわー!」
ルナーニが魔寿司に来て音速マグロを食っていた際、いやまあこいつだけじゃないんだがあまりにも美味すぎるそれは食った人間を一昔前の料理漫画みたいなリアクションにしてしまう。
本人らは多幸感全開なのかもしれねえが、傍から見ているとアホ丸出しだったので撮影してネットにアップしておいたらそこそこバズって、インプレ稼いでパチに使った。これも宣伝ってやつだな。
「ところでインド人のお姉ちゃんよ。このロボがチェスターって名乗ってるんだが? 幽霊でも宿ったのか?」
「ああ、そのことか。この機体は『ティロッタマー』というアンドロイドの試作型で、なんとメインコンピューターの代わりにチェスターくんの脳を搭載しているんだ!」
「悪の組織がやるやつじゃねえか!」
「ツインヘッドシャークにやられたチェスターくんだけど奇跡的に脳は無事でね。それ以外全部駄目だったんだけど。とにかくコレ幸いとばかりに、アンドロイドに組み込んであげたんだ。最初は意識も覚醒しないし動けなかったけれど、やっと普通に動けるようになって……いやまあ、一週間ぐらいで動き出したからこっちも驚いたけど。というわけで少なくとも、チェスターくん本人の脳で動いているロボなのさ!」
「怖えよ! 倫理観とか人権とかどうなってんだよこの企業!」
「うちのテスターになった際、人権の剥奪も契約書に含まれてるから。その分装備とか優遇されるし」
「ぜってえヴァルナ社のテスターにならないようにする情報ありがと! 友達にも広めとくわ!」
この暗黒メガコーポは死体から脳味噌を取り出していじくり回すことに躊躇いがないらしい。ヤバすぎる。しかもポンと搭載できるあたり、実験はもっとやってただろ。
ディス・イズ・インディア。これがインドクオリティの暗黒メガコーポだ。
「つーかチェスターよ、手前平気なのか? 暗黒メガコーポの玩具に成り果てて。正気のうちに殺してくれとかオレに頼むなよ?」
「よかよか。なにもせんかったら死んじょったけん、動いて喋って剣も振れるから問題なかごつ」
「メシとか食えねえの?」
「脳に栄養を与えるためのグリコーゲン加工液や銀色の人工血液を管から流し込んでいるけど、今のところ毎日調整しないと脳死するよ!」
「怖えよ!」
マッドな科学者の説明に首筋が冷たくなる。死ななかっただけ得とか本人は思っているけれど、ある意味死んだほうがマシみたいな実験動物状態だ。
っていうか科学者からしてもいつ死んでもおかしくない状態なんじゃなかろうか。どういう条件で死ぬかをテストされている気がする。
「哀れなやつ。まあ暗黒メガコーポに魂と人権を売り払った手前が悪いが……」
「そげんことより五万返してごつ」
「今の手前に使い所ないだろ。なっ!」
「こいつ最悪だな……」
ジト目で見てくるルナーニにオレは言い返す。
「そもそもこの状態のチェスターがカネ使う端末持ってんのか?」
「スマホ程度の機能はデフォで付いているに決まっているでしょ。アプリも入れているから電子マネーのやり取りもできるよ。本人の希望で、生命維持と動作のテストが終わったらまた冒険者に復帰したいってんでそのつもりだしね」
「ええ……このメカのまま冒険者やるの? 脳に海水が浸水しねえ?」
「どんなガバい設計を考えてるんだよこの馬鹿。とにかく、このティロッタマーが戦闘駆動もできるようになれば、頭さえ無事なら復帰できる戦士が完成するってことで期待の技術なわけ」
「せめて福祉とかを理由にしろ」
病気とかで脳は無事だけど体は動かないみたいな人なら欲しがるかもしれないが……
「というわけでアルトどん。今は訓練しちょっけど、動けっごとなったら一緒に行くが!」
「訓練って巻藁をぶん殴って煙噴いたり、カイメンを粉々にして煙噴いたりすることか」
「いきなり全開で動きすぎなんだよねえ」
「脳移植されて一ヶ月も経過してねえだろ。もっとアンヨが上手レベルから慣らせよ」
「だよねえ。他の実験体は起き上がることもできないまま死……」
「あーあー! 聞きたくねえな怖えことは!」
もし怪我してもヴァルナ社の世話にはならないようにしよう。義肢とか開発しているけど。こういうチェスターたちの儚い犠牲によって進歩しているのかもしれない。
ちなみに怪我した冒険者の対応は大きく三つだ。
・市販の医薬品を購入して自分で治療する。
・オケアノス医療チームに借金覚悟な高いカネ払って頼む。
・三岳島に病院を開いている中国の医療系暗黒メガコーポ『媽祖病院』の世話になる。
なんで暗黒メガコーポがひしめき合ってんだよこの島。
「で、結局五万はなんで必要なんだよロボチェスター」
「焼酎を買って飲みもうす」
「飲むな!」
「馬鹿か!」
契約書の件もアレだが、きっとこいつ、いつだって話聞いてねえんだろうなあ。
******
保護者の認可もあって五万はまだ返さずに済んだ。ラッキー。
買った武器は店にある武装ロッカーに詰め込んでおく。この島にはあちこち冒険者用の貸しロッカーが設置されていて、装備や食料なんかを保管しておく冒険者が多い。なんてったって治安がカスだから、ちゃんとした宿でない限りは自宅になんて置いていたら盗まれることもザラだからだ。
オレが寝泊まりしているイカダ小屋なんて最低ランクで扉も窓もついてねえ。タオルの一枚でも置いていたら盗まれる。そんな場所だった。引っ越したほうがいいかな。でもカネがなあ……借金取りにごっそり引かれるから貯金ってもんができない。
イカダのスラム街は三岳島の外側に雑な感じで停留されている住居で、この前のドラグアナ襲撃による爆発や大波で半分ぐらい沈んだ。
そして今日。
帰ってきたら全部無くなっていた。
「は?」
工事中の張り紙がした鉄柵が、イカダ集落のあった外縁部に張り巡らせられていて、その先で我らがイカダ小屋は重機で撤去されつつあった。近くには呆然と見ている同業者もいる。
ちらりと張り紙を確認すると、島の拡張及び防衛対策を行うため工事をする、と書かれている。そんで柵の向こうでは工事用強化アーマー(フォークリフトに腕がついたような代物だ)がモリモリとイカダをぶっ壊して廃品回収の船へ乗っけている。
ここは法治国家ではないので、島の主であるオケアノスの都合によって工事をする際にはそこに住んでいた連中に配慮する必要はない。だから通告なしで、いつの間にかっていうか今朝オレが出発してから一気に工事が始まって進んだみたいだ。
当然、追い出された本日休みの冒険者もいれば、オレと同じく帰ったらこうなっていたことに唖然としているやつらもいる。
チンピラが暴動を起こさないのは、柵の向こう側に銃を持った兵士が警備しているからだろう。文句を付けた途端に蜂の巣になることは想像に難くない。
「マジかよ……あっ今日寝るところ探さねえと」
今更嘆いてもどうなるものでもないという割り切りがこの暗黒が支配する島では大事なことである。どうせオレの部屋には海モヤシ栽培キットぐらいしか置いてない。
スマートウォッチで島内の下宿やホテルを検索。イカダ生活の冒険者が散ったせいか、既にあちこち埋まりだしている。
「もしもし? 部屋空いてる? 空いてねえのか。星ひとつな」
予約のために通話しながらオレはその場を離れた。
パチンコ屋における、ほぼすべての店舗でタブーになっている行為がある。
それは『パチンコしないのに店にいること』だ。椅子に座っているだけとか人の後ろで見ているだけとか休憩室で漫画読んでいるだけとか、そういうやつ。
客でもないのにパチ屋の空間資源を奪っているわけで、注意されて出禁になることもあるぐらいの罪深い行為だった。
つまり、ホテルが見つからなかったからと言ってパチ屋で一晩過ごすわけにもいかない。常連の礼儀ってもんもある。出禁は喰らいたくない。
どうやら工事するのにオケアノスが呼び集めた作業員も宿を求めた結果、冒険者のそこそこな数はあぶれるようになったらしい。ネカフェや風俗ですら満員だ。
「はあ……世界滅びねえかな。もういっそ治安がゴミな三岳島じゃなくて、種子島屋久島あたりに宿借りて通うか?」
船で一時間弱掛けて来る必要が出てくるが、最低でも日本の治安で生活はできる。実際そうしている日本人冒険者はいる。
ただそういう冒険者って長続きしねえんだよな。逃げ場があるっていうか。ある日気づくんだ。なんで自分は毎日毎日、チンピラしか居ない島に通って魚の餌になりかけながら稼いでいるのかと。バイトでもしていたほうがマシだと。
まあ……オレはバイトぐらいじゃ借金が膨らむ一方だから選択肢はねえんだが、そういう嫌気を感じるようになるかもしれない。ヌクヌク安全生活だと。
さて、そんなことより宿だ。野宿なんぞしたら明日の朝日は拝めない。
かといって寿司屋に泊まるわけにもいかないだろう。エリザはいいかもしれんがウリンに下手な借りを作ると、なに言われるかわからん。
……仕方ねえ、あんまり行きたくないけど日本会館に行くか。
書籍版だと「インド自体がヤバいみたいなヘイトするのはちょっと…」という指摘でインドがヤバいのではなくヴァルナ社がヤバいという感じにやや修正されていた気がします
チェスター復活! TS女体化薩摩ロボ娘! そう簡単に人権を剥奪しないで欲しい