店に行くと魔寿司が三階建てになっていた。
「……あれ? なんか……アルトくん、うちって三階あったっけ?」
「手前が疑問に思うのかよ。朝出かける前はどうだったんだ?」
「普通に二階しかなかったんだけど……」
えっ、半日ぐらいでビルを一階分上に増築しちゃったの?
店の周りにはやたらデカい足場が組まれていて(センセイが昇り降りするサイズなので)、店の外でウリンが指示を出してセンセイは店の外壁にビルダーを吹き付けて和風というか木目調というか、そんな感じにデザイン変更しているところだった。
「あーそこにちょっとヒサシが欲しいネ。木材と瓦で作ったような……ええとこんな感じヨ」
ウリンがスマホで画像データらしいのを送信すると、
『こうか』
「そうそう! めっちゃいい感じネ!」
センセイがビルダーを使ってプシューッと吹き付けると店の入口上に瓦屋根が突き出したようなヒサシが作り出された。すっげ早い。発泡ウレタンとかが吹き出るスプレーぐらいの勢いでなにかが放射され、自動で色と形が整って物体が作られる感じだ。
「ドラえもんの道具でああいうのあった気がするよな……」
「『イメージ灯』とか『自動万能工事マシン』とか『立体ペインター』とか?」
「ドラえもんに詳しいなエリザ」
「イタリアだと一日二回を毎日放送してたから覚えちゃって……」
「そんなに」
唖然としながら見守っていたら、こちらに気づいたセンセイが降りてきた。
『おかえり、エリザ。作業も一段落終えようか、ウリン。エネルギーが心配になってきた』
「そうネ。足場は解体できるカ?」
『勿論だ』
センセイが降りた後で足場をピキャストでガンガン殴ると分解されてどこかに収納されたみたいだった。あっという間に工事中だった店の外観はすぐにでも営業できそうな状態に戻る。
「すっげえ工事能力……一日で家建てられるだろこれ」
「センセイ! 建物、大きくしたんですか?」
『ああ。作業用の工房が欲しくてな。上に建て増ししておいた。強度も防音もしっかりしているから問題はないはずだ』
「オケアノスの貸し物件なのに大丈夫なのかよ」
『原状回復命令が出ても小一時間で戻せるから問題ないだろう』
「反則級だな……オケアノスの連中が人工島なんてプラモ感覚で作って広げられるわけだ」
三岳島はオケアノスがどっかから船で曳航してきたメガフロートを繋げた浮島型人工島だからあっという間にできたわけだが、その上にある建物や研究施設、それに沈下区画へ広がる内部はあとから作られていた。
どっかの国が軍事基地となる人工島を作ろうとして浅瀬を埋め立て、比較的簡単な滑走路を作るだけでも三、四年は必要だったのにオケアノスはあっという間に浮島の上に町を出現させて国際社会(特に日本政府)を驚かせた。鉄筋コンクリートのビルを一個作るだけでも普通の建設会社なら半年ぐらいは必要なのに、同時に無数のビルが雨後の筍めいて生えたのだ。
それを可能にした工作機械が、『ヘパイストスの槌』とか呼んでいるこのビルダーだったわけだ。センセイの場合は解体用のピキャストまで持っているからより気軽に工事ができる。
「幾らでも作れるのか、これ」
『作るには素材のマテリアルが必要になるがな。これが中容量マテリアルタンクだ』
センセイは背中に背負っていたボンベみたいなのを見せる。
『これに石と木のマテリアルを分解して保管しておいた。石は海底まで潜ればすぐに手に入る。木材は心配していたが、どうやらイカダ小屋を潰したことでそれなりの量の木材が島近くを漂流していて、それを手に入れたのだ』
「そこら辺に落ちてた石と木からビルが作れるって、建築革命だぜこりゃ。それにしても、タンクの容量に比べて建物はデッケエんだが……」
『ビルダーで道具を作成するとハニカム鎖状分子配列になってだな……例えるなら軽石やスポンジみたいに中身がスカスカなんだ。勿論、ある程度は強度を保てるように計算されて肉抜きされているのだが』
「大丈夫なのか? 強度が下がるとか言ってたけどよ」
『確かに下がるが、意図的にハンマーやツルハシで怖そうとしない限りはそうそう壊れるものではない。壊れてもすぐに直せるし、あとから強度を上げることも可能だ』
「自分で使うには十分ってことか」
オケアノスも渡すのを渋るわけだ。平和利用ならまだしも、軍事利用の可能性も無限に考えられる道具だった。
『調べたところ、ビルダーを生産するには海底から見つかる特殊な金属が必要で数が限られているようだな。恐らくエネルギー補充の効率も悪いだろう』
「そういやセンセイは寿司食ってりゃエネルギー充填できるんだっけか」
『ああ。そして作戦前なのにすっかりガス欠寸前だ。エリザ、今日は沢山寿司を握ってくれ』
「はぁい! あ、そうだセンセイとウリンちゃんに、お昼作ったイソノマグロのお寿司持ってきましたよ!」
『なにっ! まずは機体より私が食べよう』
タッパー(保冷剤付き)に入れた寿司を見てセンセイが機体を開き、アームを操作して受け取った。ニコニコ笑顔でマグロを味わって「美味しい!」と小学生並みの感想を言う。
「ハイハイ。お店の中で食べるヨ」
他人に見られてはコトだと、ウリンが店の中へ向かわせる。
店内に入って、オレは呻いた。
「うわ、マジか……」
外観だけではなく内装の方も、高級寿司屋っぽい作りに変えられていた。今まではオケアノスが用意した飲食店テンプレートセット、みたいなカウンターやテーブル・イス、照明などだったのに、なんか全部格調高い寿司屋仕様に変更されていた。
「イメージ図を見せたらセンセイがサクッと作り変えてくれたヨ」
「ちびっ子……手前まさかタダでこんな大工事をやらせたんじゃ……」
「センセイ! 今日は寿司食べ放題ヨ! よかったネ!」
「やったぁ!」
「無邪気に喜んでるぅー」
そういうことになって、店でセンセイに報酬の寿司が振る舞われた。オレはさっき食ったから茶だけ飲んでおく。
今晩は大仕事があるのでまずはスペランクラフトジャケットのエネルギーを回復させておかないといけない。エリザは生々しい赤い切り身のサクを取り出して、バーナーで炙った。肉が焼けるいい匂いがする。
「それは?」
「ドラグアナのお肉だよ! この前、たくさんやっつけたからいっぱい手に入ったんだ」
「大丈夫かよ。あの魔物、放射線出す炎吐くぞ」
「危ない炎はお口から吐くみたいで、離れた足のあたりは問題ないみたい。ちゃんと放射線検査はしてあるから大丈夫」
ドラグアナの肉を炙りにして寿司ネタ用に切る。飾り包丁を入れて上にポン酢しょうゆを塗り、ネギを振って完成だ。
「そんなに凝らなくても、メカに吸い込ませるだけなんだろうに。安いマズアジと酢と生米でも放り込んだら駄目なのか?」
『いや、どういうわけか、素材は強い魔物、そして手間が掛かって作られた寿司の方がエネルギー効率は良くなるんだ。私も見様見真似で寿司を作ってみたのだが──』
「センセイの作った寿司はお握りから魚の頭と尻尾が飛び出ているような代物だったネ」
「いったいなにを見て真似したのか不安になってきたよね……」
『作ってみたのだが! エネルギー効率は非常に悪かった。やはりエリザに握って貰うのが一番いいはずだ』
「なんともグルメなマシーンだぜ」
オケアノスやヴァルナ社の連中も仮にセンセイがスペランクラフトジャケットを提供したからといって、これを解析できるんだろうか。ひょっとして未来は寿司エネルギーで発電するようになるのか?
結構な量をバクバクとスペランクラフトジャケットに食べさせているのを、茶を飲みながら見ていた。お櫃一つ空になるぐらい食っている。
『ついでにお弁当も頼む。数キロは掘り進まないといけないから、かなりエネルギーを消費するはずだ』
「お弁当ですか……海の中で食べるんですよね。じゃあ、スペース・チラシにしましょうか!」
「なんだそりゃ」
「日本が開発した、宇宙ステーションで食べられるように作ったチューブケース入りのちらし寿司だよ。これなら水の中でも散らばらないし、スリットに注入できるよね」
調べてみると本当にあった。そこまでして宇宙で寿司が食いたいのか。日本人。
「センセイ、お弁当を入れるビニールの容れ物作れますか?」
『ちょっと待て、形を調べてみる……ふむ、これなら大丈夫だ。海洋投棄されていたビニール系樹脂素材を保管していたからそれを使おう』
と、センセイがビルダーを出して吹き付けると、十リットルぐらい入りそうなデッケエ点滴パックみたいな容器を作った。
『反対側が防水チャックになっていて開くようになっている。そこから詰め込める』
「量が欲張りなデブって感じだ……」
『わ、私が食べるんじゃなくて機体のエネルギー補充がだな!』
「わかりました! じゃあちらし寿司を作ってこれに入れておきますね!」
『……機体の中で私が食べる分も頼む』
「いやしんぼか」
『だって悔しいじゃないか。機体ばかり喜んで』
スペランクラフトジャケットの顔にあたる光点が浮かぶモニターは機嫌良さそうに点滅して、また寿司を一つ取り込んだ。いずれ自我が生まれたりしねえよな。
機体のエネルギー補給も終えて、出てきたセンセイも寿司を堪能。センセイに握り寿司を出しながら並行作業で手際よくエリザは海鮮ちらしを作っていく。
「具は茹でアマビエエビでしょ、錦糸卵はテニスウニを混ぜて卵焼きを作って、夜鮭のイクラ醤油漬けは腐りにくいから入れて、メカカジキは煮てツナ風にしようかな。小屋ホタテが入荷してたからこれも火を通して混ぜよう!」
「たかだかちらし寿司にも魔物フルセットだな……」
「センセイのエネルギーになるからね! 手は抜けないよ~」
「美味しそうだ……勿体ない……」
ほとんどが機体に食われてしまう特製ちらし寿司をセンセイはヨダレが出そうな目で見ていた。効率がいいのか悪いのかわからんマシーンだ。
それからセンセイも食事を終えて、そろそろ仕事に行く時間になった。ギルドに預けている装備も受け取って準備しないといけない。
「よぉーし、じゃあクソ仕事行くかぁー」
「そうだな。無事に帰ってきてまた寿司を食べよう」
EXランクの魔物討伐なんて自殺ミッションなんだがな。作戦は命を大事に、だ。無理そうなら適当に逃げちまおう。
オケアノス側も日本政府に通達して新型爆雷なんて使うぐらいだから気合入れているのはわかるし、勝算もゼロじゃあないはずだけどな。なにせ統率種が暴れていて一番迷惑被っているのはオケアノスなんだから。
上手く成功すれば統率種の討伐報酬も入って借金が一気に返せるかもしれねえしな。
「センセイに聞いたけどアルトくん、今回は危ない仕事なんだって?」
「いつだって危ねえから大して変わらねえよ。行って帰ってきてパチを打つ。それが男の人生設計ってなもんだ」
「もうちょっとまともな人生はないのカ……命を掛けて生きる目的がパチンコネ……」
「パチがまともじゃないみたいな言い方は止せ(配慮)」
「ま、精々死なないようにするネ。老師の足を引っ張らないようにナ」
ウリンのやつがヒラヒラと手を振って適当に送り出す。死んだらまず幽霊になってこの生意気ちびっ子をビビらせてやろうと思った。
半眼でウリンを睨んでいると、なんかエリザが近づいてきた。
オレの眼の前に立ち止まってニコニコしている。
「? どうしたん? 話聞こ──」
「えいっ!」
正面から抱きついてきた。そんで無駄に柔らかいほっぺたをなんかオレの頬に擦りつけて、耳元で言う。
「
「えっ! なに怖い!」
翻訳機が作動してイタリア語っぽいのを訳してきたんだが、急な脅迫に戸惑う。
エリザがきょとんとして、言い直す。
「ち、違うよ⁉ 『幸運を祈るね!』ってシチリアでの言い回しだよ!」
「シチリアマフィアの言い回しじゃないだろうな……」
「みんな普通に使ってるよ!」
例えば、虎穴に入らずんば虎子を得ずだから、頑張って虎穴に入って成功を掴めよみたいな感じなんだろうか。微妙に遠回しな応援だな。
などと分析していると、
「
と、ウリンが中国人めいた叫びを上げて動揺した顔でエリザを引き剥がしてきた。そういやなんで抱きついてんだこいつ。
「ねねねねね姐姐! なにを抱きついて、ききき、キスまでしてるネ⁉ 酔っ払ったカ⁉」
「ええ……?」
怒られてむしろ困惑した様子になっているのはエリザの方だった。っていうかキスなのか? なんかほっぺた当たったけど。
「シチリアだと普通に、親しい人にはハグするし挨拶感覚でキスするんだけど……」
「相手が男でもカ⁉」
「みんなやってるよ? ウリンちゃんにも、ここ数年毎日キスしてたよねあたし」
「あれは姐姐がてっきり
「配慮されてる⁉ 強く否定するのもよくないけどあたしは別に女の子が好きだからやってたわけじゃないよ⁉ 中国って挨拶でキスしないの⁉」
「そりゃあ、恋人同士ならするけどそれ以外とは全然しないヨ……」
「奥手なんだなあ……はい、センセイも!
「ありがとう」
ウリンに言われたけど特に習慣を止めるつもりはないのか、エリザはセンセイの方にも抱きついてほっぺたキッスをしていた。センセイもそういうものかと納得して抱き返している。今度は正常に翻訳された感じだ。
「欧米人って大胆だよな」
「そういう野良犬は姐姐に抱きつかれといてなんネそのシケ顔は。もしくは表に出そうな劣情を必死に誤魔化しているのカ?」
「エリザがピカピカ光ってグルグル回ってジャラジャラ玉が出てたら動揺したかもしれん」
「パチ以外興奮しないのカ⁉」
「だって挨拶だしな……まあ、とりあえず応援してくれたのには感謝しとくか」
「むう!」
ウリンがどうにも自分だけ納得できないようにふくれっ面になっていた。知らんがな。
センセイがスペランクラフトジャケットのハッチを閉じて、オレはその頭に乗った。
出発直前にウリンの声がした。
「……
「おう。じゃあまたなー」
手を振って別れ、オレたちは出発した。後ろから、
「……姐姐! お酒飲むよ!」
「ええっ⁉ ウリンちゃんも⁉ 今からお店開けるんだけど……まあいいかあ」
なにやってんだあいつら。人が居なくなったら即飲酒か。駄目な連中だぜ。
『そういえば私もアルトにハグしてキスするべきか? 人間の風習ならば』
「やらなくていいだろ。強化アーマーでやられたら死にそうだ」
『加減はしよう』
イタリア人的には挨拶のキスぐらい普通!(本当)
狼に食われるぐらいの覚悟で冒険すれば幸運が付いてくるみたいな
ちなみにこの激励定型文の返事は「Crepi!」で「よし殺す(狼を)」らしい…
【挿絵表示】
スペランクラフトジャケット大きさ図
センセイ自体も結構高身長女子(175ぐらいある)なことを考えると、このサイズがうろつける建物はかなり大きめに作られていると思っておこう!
三岳島は全体的に工事用強化アーマーで作られているので、それらが通るサイズになっています