オーク「早く人間になりたい」   作:ボボッキュ

1 / 7
ピクルス増量ダブルチーズバーガーは、ウォッカと合う

 

 

 無謀、蛮勇、それは私の為にある言葉である。今、心の底から実感している所だ。

 

 私はあまり頭が良くない。より詳しく言うのであれば、不器用とでも称した方が適切か。愚直に言われた事ばかりをこなし、いまいち機転が利かず、誰かに泣き付かれると考え無しに動き、その癖一人で抱え込み、余計な不利益や火の粉をよく被ってしまう。

 

 勉強は人一倍得意だった。高校は地元で一番の進学校に入り、大学も全国的に有名な所を卒業した。第一志望の上場企業からもすんなりと内定を頂き、仕事を覚えるのも同期で一番早かった。

 

 しかし社内政治というモノにはてんで疎く、気付けば出世コースから外されていた。口の上手い同期の下で大量の仕事を押し付けられ、仕事を覚える気の無いコネ入社の部下の尻拭いをして、趣味や恋愛に使う時間は何も残らない。それでも、給料は良いからと転職の決意が付かないでいる。

 

 

「……寒い」

 

 白い息を吐きながら久方振りの定時退勤をする最中、私は一人の小学生を見付けた。彼は凍った川の上で走り回っており、案の定氷が割れて彼は溺れだした。

 

 気が付けば、私は河川敷を駆けスーツ姿のままに川へと飛び込んでいた。穴を踏みつけて拡張し、水中へ飛び込んで川底の少年を急ぎ引き揚げる。冷水を吸ったスーツで動き難い中、意識を失った少年に応急手当を施す。

 

 そうだ、救急車を呼ばねば。ようやく気付いた私は、なんとか動いてくれたスマホで119。それと同時にアドレナリンが切れ、極度の疲労と寒さに襲われる。意識は遠退き、指先一つ動かせない。

 

 なんとか耐えているが、それだけだ。今まで感じた事の無い程の恐怖と苦しみが、遠退く意識とは反比例に膨れ上がる。

 

「ぅ……ぁ……」

 

 さむい。

 

 

 さむい。

 

 

 

 さむい。

 

 

 

 

 

 

 さむい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はて、ここは何処か。

 

 目が覚めた私は、周囲を見渡す。しかし、私の視界には一切の文明が飛び込んで来なかった。病院でも、自宅でも……もしかしたら、日本列島ですらないのかもしれない。

 

 おそらく、私は洞窟のような場所に居る。そして、謎の生命体達に取り囲まれている。猪のような頭、赤子のような体格ながら浮き出た筋肉、葉緑素でも入っているんじゃないかという肌。正しく、化物。

 

 ふと、視線を下に向ける。私の腕と思わしき肉の棒は、大葉のような色をしていた。理解したくなかった。馬鹿なフリをしたかった。だが、それは許されない。

 

 私は彼等と同じだ。私は、この醜悪な化物となったのだ。私はあの河川敷で死に、お釈迦様に畜生道へと蹴飛ばされたのだろう。この様子では、私は少年を助けられなかったのかもしれないな。苦しみながら無駄死にとは、この上無く気が滅入る。

 

 子供のように泣き喚いてしまいたい気持ちが込み上がる。それをグッと堪え、少しばかりのプライドで必死に前を向く。

 

 私は、堕ちた。人ならざる、化物へと堕ちた。しかし、既に私は自らを誉れある大和男児の一人と定義している。恥の多い生涯を送ってきたつもりは、微塵も無い。

 

 

 私は、人間だ。

 

 

 私は、人間に戻らねばならない。

 

 例え二度と人間の姿を取り戻せずとも、魂だけは人間であり続ける。断じて、人の道を外れるつもりは無い。先祖代々受け継いできた輝く魂を、一点の曇りも無いままに終わらせる。それこそが偉大なる祖先への供養であり、感謝であり、化物となった私の唯一の生きる指標である。

 

 

 

 我が名は中院通義(なかのいん みちよし)、人間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 化物に堕ちてから、早いもので十日が経った。ここでの生活及びに彼等についても、少しずつ分かってきた。

 

 私は、少しばかり期待をしていた。文明を持たないだけで、醜怪なだけで、本当は単なる人種違いの人間なのではないかと。だが、そんな期待はとうに打ち砕かれている。

 

 目覚めた一時間後程だろうか。私達の親と思われる成体達が訪れ、三つの新鮮な鹿の死体を寄越してきた。それを見た私は無性に腹が減り、肉体的兄弟達と共に食らった。

 

 翌日、私の身体は明らかに成長していた。身長で言えば、10cmは伸びただろうか。掴まり立ちぐらいしか出来なかった身体能力も、走れる程度にはなった。今では、中学生並みの身長とアスリートのような筋肉を備えている。

 

 私の成長は、流石に異例の速さらしい。肉体的兄弟は、未だに歩くのが精一杯だ。成体共は私の様子に満足しているようで、三日目からはより多くの食事を渡されるようになった。それと同時に、二十七の肉体的兄弟の内身体の弱い三体が餌になった。彼等が人道を知らぬ蛮族だと確信した瞬間であった。

 

 指先が発達した直立二足歩行の癖に、我々に道具や衣服の概念は無い。誰もが、その大きな槍を股間にぶら下げている。そう、''誰もが''だ。六の成体と二十四の幼体で構成されるこの群れには、オスしか居ない。

 

 では、どうやって繁殖をしているのか。繁殖期の時だけ、メスのグループと合流したりするのだろうか。そんな疑問は、最悪な形で解決した。

 

 つい先程の話だ。幼体の中、私は一人だけ成体と混じって狩りに行く事になった。私は彼等の後を追い、鬱蒼とした原生林を駆けて獲物を探していた。そして……此度の獲物は、人間に決まった。

 

 奴等は森を抜け、街道と思わしき開けた場所へ出た。それと同時に現れた馬車へ、殴り込みを仕掛けたのだ。身体能力が劣る私に奴等を止めるなんて事は出来ず、あっという間に狩りは終わった。

 

 二頭の馬はその場で食われ、五人の男性は食料となった。馬車に積まれていた武具や硬貨には目もくれず、奴等は三人の怯えて縮こまる女性へと向かった。

 

 レイプである。

 

 あぁ、私だって止めようとしたさ。けれど、けれどね。私の身体はどうしようもない化物であった。衣服を剥ぎ取られた彼女等の姿と絶叫に、異様な興奮を抱いたのだ。加担だけはしないよう、自らを抑え付けるので精一杯だった。頭の中が、性欲と希死念慮で満たされていた。この種族は、悪だ。全ての人類の敵である。

 

 私は弱い。今のままでは、一人でこの森を生き抜けない。

 

 だが……必ず、必ずだ。成体となった暁には、奴等を駆逐してやる。彼等の無念、我等が刃で共に晴らそうぞ。

 

 彼等から拝借した剣を握り締め、親殺しの汚名を被る覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アネモネが萎れた。白い百合が、誇らかに咲いていた。それを奴等は踏み潰し、涎を垂らしながら走り回っていた。

 

 気が付けば、私は群れでも二番目の巨体となっていた。身長は2mを超え、分厚い筋肉の鎧を携え、薄い脂肪に覆われている。この上なく理想的な戦士の肉体だ。

 

 おそらく、まだ成体ではない。肉体的兄弟もこの二ヶ月弱で大きくはなったが、未だ150cmを超える身長は居ない。とは言え、来週には狩りに参加できる程度には大きくなるのだろうか。

 

 タイムリミットは近い。もう少し成長するのを待ちたかったが、肉体的兄弟も狩りに参加しては駆逐が難しい。戦闘の基本は、各個撃破だ。

 

 決行は、今回の狩りが終わった瞬間だ。疲労と共に食事を始めた狩猟後の隙を狙い、この剣で奴等を斬る。数で負けているのだ、卑怯とは言うまいな。

 

「ガウッ!」

「グォーッ!」

 

 何やら、成体共が騒いでいる。嫌な予感がする。約一ヶ月半前、奴等は人間を襲い孕ませた。その子供も、最近産まれた。……あの時と同じルートで、我々は今移動している。果たして、これは偶然だろうか。

 

 

 否。

 

 

 奴等は、再び街道へ出た。西の方から、馬車が向かって来ている様子が小さく見える。奴等は青々と生い茂った広葉樹に登り、緑色の肌を活かして背景と同化。どうやら、馬車が接近するまで待つらしい。

 

 

 前言撤回。

 

 

 決行は、狩りの後ではない。

 

 

 

 いつやるか?

 

 

 

 今でしょ。

 

 

 

 馬車が接近。距離40m、ウサイン・ボルトよりも速い奴等が一斉に駆け出す。馬は酷く怯え、御者の動揺が見て取れる。

 

「グォッ!?」

 

 誰よりも速く駆けた、群れで一番大柄なボス個体。その背中に、この日の為だけに手入れしてきた剣を突き刺した。

 

 ボス個体は膝を突く。私は素早く剣を引き抜き、うなじを叩き斬る。鮮血が舞い、ボス個体はピクリとも動かなくなった。

 

「グオオオォォォーーーッッッ!!!」

 

 ウォークライ。戸惑う奴等の中で一番近くに居る個体を、切れ味という概念を失った剣で殺す。奴等は外道だが、仲間意識が無い訳ではない。私の行動は、理解出来ないことだろう。

 

 馬車の中から、護衛と思わしき武装した男達が慌ただしく現れる。彼等もまた突然の同士討ちに混乱しているのか、様子見に徹している。

 

 残る三体は、依然矛を収めぬ私の姿に決心を付けたようだ。敵意に溢れた眼で、私を睨み付けている。さぁ、ここからが正念場だ。

 

「ガゥッ!」

 

 臆病ながら足が速い細身の個体が飛び掛かってくる。それをウェイトの差で跳ね除け、腹に渾身の拳を入れる。もう二体からも攻撃を仕掛けられ、それを必死に捌く。

 

「グォ!」

 

 チビ個体の放った、大振りな爪攻撃。そこに硬い刀身を合わせて弾き、隙を作る。その間に、何とか立ち上がろうとしている細身個体の頭を蹴り飛ばす。

 

 細身個体は再起不能。ここからは、残りの二体に集中できる。しかし、筋肉個体のタックルが直撃。私は体勢を崩し、その隙にチビの左爪を受ける。左腕から血飛沫が舞い、鋭い痛みが走る。

 

 痛みを堪えながら、剣を大きく振り回す。チビを吹き飛ばすも、握りが甘く筋肉には止められ反撃の拳が腹に。鈍い痛みが加わり、息は荒くなる。

 

 曲がった剣を投げ捨て、ファイティングポーズ。素早いジャブで筋肉の体勢を崩す。私の耳は後ろからやって来る風切り音を察知。復帰したチビの爪と確信した私は屈んで直撃を避け、エルボー。自分から注意が外れたと思い攻撃を仕掛けてくる筋肉へと素早く振り返り、顔面右ストレートで怯ませる。伸縮自在の爪を最大の6cmまで伸ばし、筋肉の顔面と頸動脈を深々と切り裂く。

 

「グッ、グォ……」

 

 筋肉は立ち上がれなくなり、細身は再起不能。チビは不利を悟り、背を向けて逃げ出す。私はそれを追い掛け回し、飛び込むようにタックル。倒れたチビにマウントを取り、ひたすらに殴り続ける。泣き出しても、殴るのを止めない。

 

 二十七発の拳を受けたチビの身体から、一切の動きが伝わらなくなった。こいつはチビだが一番頑丈かつ狡猾な個体だ。最後の死亡確認として頭を思い切り蹴り飛ばしてやる。それでもピクリとも動かず、砕け散った頭蓋から脳味噌が垂れている。流石に、これで死んだフリは無いだろう。

 

 

 草木を掻き分け、街道に戻る。馬車は既に居なくなり、細身が独り苦しそうな顔で乾燥したミミズのように這っていた。

 

「ォ……ァ……」

「オマエ、オワリ。ワレ、ヒトオカス、ヒトオソウ、ユルサヌ」

 

 全く、この身体は声帯が未発達すぎる。鳴き声を出すしか能が無い駆逐対象しかコミュニケーションの相手が居ないからと、ロクに使っていなかった影響もあるのだろうか。

 

「ワレ、ナカノインミチヨシ、ニンゲン、ナリ。シュジョウ、タメニ、アク、メッサン」

 

 右手を力強く握り締める。大きく振り被り、怯え切った細身の頭に渾身の一撃。頭蓋骨が砕ける音だけが、静かな街道に響き渡った。

 

 

 土の上に転がっていたズタボロの剣を拾う。貴殿等の無念、この中院通義が晴らしたぞ。此度の勝利は、貴殿等の剣があってこそ。助力、深く感謝する。

 

「ダガ、マダオワリ、デナイ」

 

 肉体的兄弟と、生まれたての赤子。それ等全てを屠らねばならない。そして、私達以外の群れの奴等も屠る。この悪逆非道の蛮族は、生きるべきではない。尋常の害獣の域を、あまりにも大きく飛び越えている。例え毛沢東と揶揄されようが、私は絶滅を望む。奴等の存在は、生態系の破壊を凌駕する程の被害を人間に与えている。

 

 

 

 

「グォッグォッ」

「グィ!」

「ガァ」

 

 巣に戻ってくると、幼体共が私を歓迎し喜ぶ。私は彼等を巣の一番奥へと誘導し……一番手前に居た個体の頭を右ストレートで破壊した

 

 動揺が走る。私は何も気に止めず、身体が弱い幼体共をテンポ良く虐殺。戦闘経験も何も無い奴等は、ただ怯えて縮こまるばかり。

 

「サイゴ」

 

 まだ掴まり立ちも出来ない、一番若い赤子。その首をへし折り、小さな身体をサッカーボールのように蹴り飛ばす。

 

 

「フゥー……」

 

 

 深呼吸。ついに、ついにだ。私は、この蛮族の群れを一つ破壊したのだ。血縁共を、無慈悲に殺し尽くして。

 

 

 

 ……今日はもう休もう。明日と明後日は投げ槍を作り、明々後日にこの森の別の群れを探して殺しに行く。

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……」

 

 親殺しから、幾つかの年が過ぎた。私の身体は2.5mを超え、薄い脂肪と共に更なる筋肉を蓄えている。ボディビルダーからは神として崇められそうな程大きな筋肉だが、それでいて新体操でも出来そうな程柔軟に動かせる。

 

 獲物を補食し、武装を整え、同族を殺し、獲物を補食し、武装を整え、同族を殺し……このサイクルをずっと続けていた。今までに殺してきた同族の数は、数え切れない。

 

 この森は大まかに測量済みだ。おそらく、香川県程度の広さ。その狭いようで広い空間をもう一ヶ月以上探し回っているが……はぐれ個体の痕跡すら見当たらない。

 

 もしや……この森から、同族の根絶に成功したのか?

 

「素晴らしい!」

 

 ならば、もうこの森に用は無い。荷物を纏め、次の土地へ行こう。街道を南に行けば人里、北に行けば平野が広がっている。今の私が人類社会に馴染めるとは思えない。北方へと、同族殺戮の旅に出ようではないか。

 

 現在の私の装備は、誇張し過ぎたプテラノドンのような生物の鱗を用いたガチスケイルアーマー、金属のような体毛で覆われた狼の毛皮のコートと、その牙を研いだナイフ、襲って来た賊と思わしき集団を街まで護送した際に迷惑料として拝借した不相応に上等な剣、十文字槍にしてくださいと言わんばかりの角を生やした巨大鰻の槍、機敏に動く縄文杉のような化物で作った弓、30本入りの矢筒、革の背嚢である。

 

 拠点には予備の装備や、酒や保存食の備蓄がある。それ等を背嚢へとパンパンに詰め込み、一度睡眠を取ったら出発だ。

 

 

「──────」

「む?」

 

 はて、今の音はなんだ? 猫の鳴き声のような音が聞こえたぞ。しかし、この森においてネコ科動物は一切見ていない。興味が湧いた私は周囲を見渡し、拠点に戻る前に音の方向へ向かう事とした。

 

 

「みゃーお」

「かわいい」

 

 実を言うと、私は猫派である。仕事がもう少し楽で世話ができる時間があれば、きっとメインクーンをお迎えしていた事だろう。

 

 殺し、殺し、殺す。殺伐とした森林生活の最後に彗星のごとく現れた、癒しの予感。私の脚は吸い込まれるように動き、あっという間に音の発生源へと辿り着いた。

 

 そこには、一匹の猫が居た。黒い筋のような模様、私の倍近く有りそうな体長、大きなお手々、太い牙と爪……まぁ、猫か。その巨大虎もとい白猫は、私を捕捉すると同時に飛び掛かってきた。

 

「クッ……さては可愛らしい鳴き声で獲物を誘う習性だな! 卑怯な猫ちゃんめ!」

 

 白猫の攻撃を紙一重で躱しながら、後ろ足を掴む。こんな事をされたのは初めてなのか、白猫は動揺の鳴き声を上げる。少しばかり心を痛めながら、室伏広治のような美しいフォームで振り回し投げ飛ばす。

 

「体重はざっと400kg程度か。まぁ、今の私にとっては巨大な発泡スチロールの塊を投げるようなものだ」

 

 樹木と衝突し、痛みに震えながら怯える猫ちゃんへとダッシュ。確かに瞬間速度では負けているかもしれないが、私だって高速道路を走れるぐらいの脚は持っているのだ。

 

 一瞬で距離を詰め、猫ちゃんの背に乗る。丸太ですら形容するには役不足な太い腕を首に回し、長く飛び出た牙を顔に当てる。猫ちゃんはあまりの恐怖に闘志を喪失し、完全に脱力しながら失禁。

 

「いけない子だ」

 

 ……コレ、ワンチャンいけるのでは? 私は猫ちゃんから降り、頭を撫でる。体格差をものともせず抱え、拠点へとお持ち帰りした。

 

 

 

 

 

 拠点へと戻ってきた私は、未だに固まっている猫ちゃんの手当てをする。即席で革の首輪も作り、ハメてやる。今朝狩った巨大鹿の食べ残しのバラ肉を目の前に置いてみると、ようやく猫ちゃんは動き出す。余程空腹だったのか、私が目の前に居るのにガツガツと食べ始めた。

 

「足りないかな?」

 

 生憎と、私の保存食は植物と塩漬けの肉。あの体重とはいえ、空腹を満たせる程の肉を与えるには塩分過多だ。

 

「居た」

 

 私は拠点を出て、気配を探る。この森で同族を殺し尽くす為に会得したこの尋常ならざぬ索敵能力は、一点の曇りなく磨き上げられている。

 

 立ち位置を調整し、弓を構え、矢をつがえ、解き放つ。お稽古で親にやらせて貰っていた弓道で得た基礎的な技術と実戦で得た経験。

 

 空を切り裂く大きな矢は木々の隙間を通り抜け、目には映らぬ巣穴で昼寝中の巨大アナグマを狙う。しかし僅かに狙いが逸れ、外れてしまう。射角と弓を引く力を調整……ここだ。

 

「……命中」

 

 後ろを見ると、既に食事を終えた猫ちゃんが怪訝そうな顔で私を見つめていた。ゆっくりと距離を詰め、逃げ出そうとした所でダッシュ。猫ちゃんを拘束し、両手で抱える。そのままアナグマの死体へと連れて行き、巣穴から取り出した極上の肉を差し出す。

 

「にゃあーっ……!」

 

 この時期のアナグマは、黒毛和牛にも匹敵する食味を持つ。甘い脂を豊富に蓄え、嫌な癖も無い。体脂肪率を維持する為に私は月二回しか狩らないが……コイツのバラ肉はとんでもない美味さだぞ。

 

 猫ちゃんは目を輝かせ、夢中になって食らい付く。150cm程のアナグマをあっという間に骨だけにした猫ちゃんは、満腹感からか横になって眠り出す。

 

「おぉ、なんという無防備。可愛い。これが頂点捕食者の余裕か。尤も、私一人に完敗した直後なのだが」

 

 

 私は猫ちゃんを拠点へと戻し、ベッドに寝かせる。未だに眠ったままであり、鼻提灯すら出している。調子に乗ってキングサイズで作ったベッドがここに来て功を奏し、私も猫ちゃんを抱き枕に横になる。

 

 よーし、今日からお前は私のペットだ。本来であれば、とうに敗れ塩漬け肉となっていた身。生涯可愛がって連れ回してやるからな。名前は……そうだな、白いからヴォートカだ。好きなんだよ、''白''っていう銘柄のウォッカ。

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 とある街の一角に聳え立つ領主の城館。その最上階に位置する執務室に、一人の騎士が入室する。

 

「何用か」

「特別観測個体''碩猪''が、ソウズバック森林からオークを根絶させました。更に、ウォーグ卿より話の届いていた特別観測個体''白虎''を捕獲したようです」

「何と……素晴らしい吉報ではないか」

 

 領主はオーク被害に大きく頭を悩ませていた。領主は大きな銀鉱山を所有し、本来であれば裕福な貴族の筈であった。しかし街道で待ち伏せをするオークの襲撃と、襲撃後に残された物品を狙う賊のせいで輸出入が困難であり、領地経営には厳しいモノがあった。冬になれば、大勢の餓死と凍死が現れていた。

 

 ソウズバック森林は、鬱蒼とした原生林である。百二十年前の領主が国と協力して切り拓き街道を作る事には成功したが、決して簡単な事業ではなかった。オークを始めとする魔物の襲撃が多く、作業者は全て兵士或いは兵士同伴であった。

 

 大きく迂回しようにも、この街は高い山に囲まれている。勿論、領主は兵士を差し向け討伐に向かわせようとした。しかし、10m移動する毎に過酷なパルクールを強いられる環境に、対オーク用の重武装兵を頻繁に送り出す事はあまりにも非現実的であった。

 

「ハッハッハ、奴には頭が上がらんな。褒美の一つでも与えてやりたい気分だ」

「全くですな」

「……しかし、賢い奴よのぉ。棍棒を持つオークは聞いた事が有るが、あの質の装備を自作する個体なんて噂や伝承でも耳にした事がない。行動の指針も、同族殺しで徹底的に一貫しておる」

「特別観測個体の名に恥じぬ、不気味で異質な個体。あまりにも、一般的なオークの精神性とは乖離している」

「…………碩猪が繁殖を始めてしまう前に殺し、完全なる根絶を狙うか……否か。儂は今、それを測りかねている」

 

 領主はゴブレットへぶどう酒を並々と注ぎ、一気に飲み干す。

 

「何はともあれ、この幸運を無駄にする訳にはいかない。森林の開拓を行い、それと並行して新たなオークが流れてくる事を全身全霊で防ぐぞ。百二十年前に次ぐ、一大事業の始まりだ! 金なんぞ気にするな! 失業者という概念を消してやれ! 民を総動員させ、兎に角労働力を確保するぞ! アレン、これから忙しくなるぞ! 向こう十年は仕事漬けだ!」

「ハッ!」

 

 

 

 

 

 

アーキュチス大陸魔物図鑑 第十頁より抜粋

 

 

オーク

 

討伐優先度:A

危険度:三級

生息地:世界全土

食性:雑食、人類も積極的に捕食

体長:約1900mm

体重:約180kg

 

人類普遍の敵。最も人類に被害を与えた魔物。見つけ次第撤退して通報、或いは討伐に臨まれたし。

 

 

生態

 

オスしか産まれず、霊長類と精霊類のメスに対する強姦でのみ繁殖が可能。特に人族とエルフを好む。オークの尿道球腺液には、強制的に排卵と筋弛緩を引き起こす力がある。

 

交尾対象の選定において、実際に繁殖が可能かどうかはあまり関係なく、美しさと体臭で選ばれる。その為、男性が強姦される場合もある。

 

極めて性欲が強いオークは一晩で三つ子~五つ子を受精させ、一ヶ月半前後で出産となる。妊娠中はオークから精液が与えられる=授精。母体の負担は極めて大きく、大抵が受精三時間後から生涯歩行すら不可能になり、そのまま出産によって悶え苦しみながら死亡する。

 

産まれた幼体は三ヶ月で成体となり、五十歳程で急激な老化が始まる。多少の欠損は数年で完治する程生命力も強い。

 

基本的に十五体から三十体程の群れを形成し、その内の多くが狩りに参加しない幼体。一体の極めて強力な個体を長として、複数の群れが合流する事がある。

 

主に緑色の肌をしており、草木の多い土地では保護色として働く。地域によっては、同一の種ながら白色や茶色になる場合もある。至近距離での効果は薄いが、茂みに潜むオークを50m先から見付ける事は困難。

 

雑食性ではあるが、肉食を好む。人族とエルフの脳を生きたまま啜る事を好む個体も多く、その姿に衝撃を受けて動揺しない事が大切である。歯や顎、内臓が極めて強靭で、大抵の毒や骨は問題なく食べられる。成体は1日に100kgを超える捕食を行う場合もある。

 

 

 

 

戦闘能力

 

 

肉体における脂肪の割合は二割にも満たない程度であり、筋肉の塊。それでいて関節の可動域は広く、骨も太く頑丈。50mを4秒で駆け抜け、持久力や登攀力にも優れる。皮膚は極めて分厚く頑丈で、されど柔軟。消防組織や傭兵の防具素材として人気が高い。

 

素手による力任せな格闘の他、鋭く伸びた大きな牙や、伸縮自在の爪による攻撃も行う。聖書には尻尾による攻撃を行うオークが描かれているが、年月を経て退化したのか警戒する必要は無い。

 

脳の重量自体は決して軽くないが、知能は極めて低い。原因は諸説有るが、何れも信憑性に欠ける不確かな説の為記述しない。頑丈にさえ作成すれば、見え透いた罠だろうと満足の行く効果が期待できる。

 

 

 

 

 

 

第八十二回ソウズバック森林環境調査報告書

 

モーハ暦1681年11月17日

 

作成者:アレン・ボイメル

 

 

目的

 

ソウズバック森林の環境について定期的な調査を行い、取得した情報から大規模な魔物被害や天災を予測・予防する

 

手段

 

1681年9月14日から同年11月14日にかけての、ルルモッペ家騎士アレン・ボイメルとその指揮下にある兵士26名による現地調査

 

結果

 

オークの個体数急減を確認。群れ、はぐれ個体、共に前年度と比べ四割程度の減少。また、花角鹿を始めとするオークの補食対象の急増を確認

 

調査を進めた結果、一体のオークが同族を大量に殺害している事が発覚。当該の個体は通常よりも大柄で、自作と思わしき武装をしている。技術は拙いが、成長の可能性大。当該の個体の監視を開始

 

殺害したオークの捕食や死体の利用は行っていない。また、自己防衛を除く非補食対象の殺害はオーク以外で行っていない

 

10月22日、兵士アダムが滑落し当該の個体に捕捉されるも、襲われる事は無かった。逆に医学に基づく応急手当を施された。高度な知能を有している事は、疑う余地も無い。また、挑発的な行為を行わない限り人類に友好的と思われる

 

11月2日、兵士クレイドルを街へ戻し、若い女性囚人を森まで連行させた。性的な装いをさせて縄張りに放置し観察するも、一切の危害を加えず街まで送り返された。恩赦された女性囚人は、紳士的な印象を抱いた、鳴き声がまるで独自の言語を有しているように聞こえたと供述している。その後、森へと帰還した当該の個体は10時間を超える激しい自慰を開始。理性により抑えられていただけで、性欲は通常の個体以上と見られる

 

11月9日、当該の個体が特別観測個体''錆鋼狼''と交戦。腹部と右脚を負傷するも勝利し、新たなるソウズバック森林のヌシとなった。しかし、当人に縄張り意識は無いように思える。また、その皮をタンニンに漬け、牙や爪で武器も作り始めた

 

11月14日、調査期間満了の為帰投

 

 

所感

 

魔物省に報告し、当該の個体を特別観測個体とする要請を推奨する

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。