オーク「早く人間になりたい」 作:ボボッキュ
怪異を鎮めた後、私は剣士殿に連れられ城へと戻った。この城の規格には巨大すぎるヴォートカに待機命令を下すと、剣士殿は厨房地下の巨大氷室から生肉を与えてくれた。
後遺症も無くすっかり元気になった少年と三人で城の最上階へと向かい、やがて豪奢な応接間へと案内された。そこで剣士殿からは勲章と思わしきリボン付きのメダルと華美な短剣、少年からは鷲と獅子の意匠が彫られた判子と大振りな金貨を貰った。
次に案内されたのは宝物庫のような場所で、その最奥にある一振りの剣も貰った。約2mと人間が扱うには長すぎであり、特殊な素材なのか一般的な成人男性よりも遥かに重い。切れ味も凄まじく、鵺を斬ると同時に刃溢れした剣を長ネギのように切断してしまった。
今度は城の離れへ行き、そこには大量の丸っこい烏達が楽しそうに棒を咥えて遊んでいた。剣士殿は彼等に何かを伝えると、丸烏もオウムのように復唱しながら自ら檻を開けて散り散りに飛び立っていった。
移動しながらも、何だか長引きそうな予感がした。住民達が街に戻って怖がられる前に帰りたかった私は、ジェスチャーと和紙に絵を描く事で意思を表明。引き止められているのを感じながらも、最終的に幾つかの手土産と共に帰る事になった。
ヴォートカが待機する大変風通しが良い厨房へと行くと、ご機嫌な様子で骨をペロペロしていた。どうやら、とても良い肉だったらしい。彼等に感謝を伝え、私達は足早に街の正門を抜けた。
「本当にありがとう、ヴォートカ」
「みゃみゃっ」
ヴォートカがここへと案内してくれなければ、あの怪異の終結は先延ばし又はバッドエンドとなっていただろう。それに、素晴らしい剣も貰えた。折れかけていた心も、彼のお陰で立ち直せた。
「可愛らしい鳴き声で獲物を誘惑する卑怯な巨大キジシロ猫ちゃんを叩きのめした結果、こうなるとはな。全く、人生とは予想外な事ばかりだ」
尤も、予定調和ばかりの人生というのもつまらんがね。
「父祖よ、見ておられますか。私は、中院と通の名に恥じぬ男となれたのでしょうか」
……さて、次はどちらに進もうか。あの不味い肉だらけの南の森へと戻るのは、少しばかり億劫だ。となると……西にある程度進んでから南下し、森を避けよう。
「美味しいお肉を沢山食べさせてやるからな、ヴォートカ」
「んにゃあっ!」
◇
「……苦くないじゃん」
西に暫く進み続けるも、左手には常に森が見えていた。山が見えてきた所で痺れを切らして土を食べてみれば、マグネシウムの味なんぞ全くしないと来たものだ。肉食植物だって見当たらない。
ヴォートカは巨体だが、森との親和性が高く難無く木々の間をすり抜けられる。餌も平野より大きく、美味。人間だって少なく、面白い生態系とも出会いやすい。
「もう一日早く気付けていれば、美少女達を侍らせた黄金鎧の少年に怪我をさせずに済んだのだがな。まぁ……後悔していても仕方ない」
む……この気配、同族か。私は気配の方向へと急接近し、拳を振るう。七体の成体と二体の若い個体を蹂躙し、ハンカチで血を拭う。
「いや、待て。同族の気配が濃すぎないか」
この森の中に、何体居る? 今感じ取れるだけでも、三桁程度は軽々と達しているぞ。
「……同族は、どんな環境でも適応し繁栄する頂点に近い高次消費者。しかしそれは、極端に生態系を独占する事もないということ。だが、ここでは齧歯目かのような数が居る」
確かに、私は研究機関で同族について学んだ訳ではない。だが、私はそこら辺の若手研究者以上に同族の生態と向き合ってきた自負がある。この状況は、あまりにも異質だ。
「環境の変動等の何らかの問題により、同族さえ餌とする頂点捕食者が急減。しかし、その問題が餌となる下位の動物や植物にとっては都合がよく急増。結果として同族も大繁殖」
……仮説を立てられない事もないが、少しばかり突飛にも思える。
「む」
足に違和感があると思ったら、靴底に穴が空いているじゃあないか。参ったな……替えの靴は無いし、新しく作るか。
「この礫地帯がトドメになってしまったか。……何だか随分と光沢があるな。ニッケルでも含んでいるのか?」
背嚢を漁り、革を探す。しかし、靴作りに使えそうな素材は見当たらない。皮を革へとするのには時間が掛かるのだが、仕方あるまい。どうせ同族の殲滅にも時間が掛かるのだ。大きな拠点でも構えよう。
「ヴォートカ、木と石を集めてきてくれ。私は穴を掘っておく」
「みゃ」
礫地帯から離れ、爪を伸ばす。土をドンドンと掘削し、二十分程してヴォートカが帰ってくる頃には私達が大の字になって寝れる程度の拡張は済んでいた。大体、三十畳程か。とは言え、勿論これでは足りない。最低でも、この十倍は欲しい。
「……あぁ、そうか。それもそうだな」
この地域には、わんさか同族が居るのだ。私と同じように、地中に穴を掘って暮らす同族が。
掘削の最中、私は不自然な空洞とかち合った。むわり、悪臭がこちらの穴まで入り込む。空洞の方へと足を運べば、そこには下半身だけが何とか原型を留めている食べ残しの男性が居た。大根がするりと入ってしまいそうな肛門は酷い有り様で、脚の至る所に血と精液と糞尿と歯形。悲惨な最期を遂げた事は、間違いない。
「ヴォートカ、穴掘りは止めだ。地上に出ておけ」
空洞の奥から、足音と鳴き声が近付いてくる。彼の尊厳を奪った同族達が、帰還してきたのだ。遺体を背嚢から取り出したおくるみで包み、地上に移す。地下はもう、うんざりだろう。
「ぐおーっ!」
「ぐぃっ、ぎゅおっ」
「あぁ、どうも」
私を発見した同族達は、大喜びで小躍り。この種族は屈強な同族が大好きなようで、平均の1.5倍を易々と超える体格を見せれば歓迎の宴だ。
「尤も、その体格で捩じ伏せられる訳だが」
三体の同族を瞬く間に撲殺、幼体は居ないのかこれで制圧完了である。汚れた拳をハンカチで拭き、地上へ戻る。その辺の樹木を伐採し、樹皮を剥ぎ生材を用意。目寸で刻んで継ぎ、簡易的な棺を作製。飲料水で手を浄め、清拭した遺体を棺へ。副葬品は近くに生えていたフレッシュな花と乾燥させた竜胆の花弁一枚、燃焼の妨げにならない固形の食品として干し肉。
「こんな作業、慣れたくはなかったのだがな」
簡易的な石窯を拵え、火を付け、火を付け、火を付ける。生材の棺は炎に包まれ、ゆっくりと、されど着実に消失してゆく。
黙祷と合掌を解き、正座から立ち上がる。棺も遺体も見る影もなく、崩れた石窯しか見えない。石を動かし、御遺骨を集めて麻袋へ。マシな石を厳選し、磨いて文字を彫る。手製の墓石に納骨し、また合掌。
「貴殿の宗教に則っている訳でもないであろう、杜撰な火葬ですまない。これが、今の私にできる精一杯の弔いだ。どうか……安らかな眠りを」
◇
この地域は、何処を掘っても同族の巣だらけ。ということで、思い切って地上に拠点を構える事にした。建築に使う木材は乾燥が必須であり、尚且つ天然乾燥では早くても一年が必要。良質な石が豊富な点に目を付け、石材を中心として建築を行った。尤も、木の乾燥が完了すれば作り直すが。あくまでも、仮拠点という奴だな。
「……全く、どれだけ居るんだ。この四ヶ月で、もう二千以上の群れを潰したぞ」
しかし、それでも尚まるで減った気がしない。同族達は、南西の山と頻繁に往復している。もしかしたら、そこに重大な秘密があるのかもしれない。単純に目に付いた同族を片っ端から殺すのではなく、一度山まで遠征してみるのも手だろうか。
「だが、それは明日の話。明日ではなく今日頑張る事が大事とはよく言うが、もうすぐ日が暮れる。同族も既に三十八体を殺した」
今の私がすべきは、食料集めだ。ここから南南西に行くと、爆裂火口と思われる内陸鹹湖がある。鰐と鮫を混ぜ合わせたような水陸両用大型軟骨魚類が生態系の中心となっているのだが、これが意外にも美味。知能が高く罠は効かないが、個体数が多いので現在の主食の一つだ。
「なんだろうな。鰐や鮫とは違うんだよ。脂は乗っているし、身が硬い方ではないし、アンモニア臭も無いし……強いて言うなら、サメガレイなんかが近いだろうか」
煮ても焼いても刺しでも美味い。内臓はかなり足が早いが、肺を兼ねている浮き袋は塩漬け保存と相性が良い。本格中華の薬膳でしか今まで意識して食べた事のなかった部位だが、食味も中々どうして悪くない。
「残念なのは、フカヒレがどう足掻いても美味しくない点だけ」
湖に到着した私は、目を凝らし、耳を澄ませ、周囲の気配を探る。美味しそうな鰐鮫達の気配を感じ取った私は槍を抜き……それと同時に、違和感を覚えた。
はて、あれはなんだ。人間の子供、いや兎だろうか。まるで長靴を履いた猫のような、直立二足歩行の骨格をした七歳児サイズの兎が1km先の対岸で力なく横たわっていた。
しかし、兎は酷い有り様であった。白い毛が豊かに生えていたであろう皮膚は丸裸で、強く赤みを帯びている。鰐鮫達は、嘲るように集合し彼を眺めていた。痛々しい、哀れな姿だ。
「……すぐ近くには鞄と短弓。サイズや形状、付着した毛から察するに十中八九彼の所持品。もしや、この世界における人種の一つか?」
介錯して食肉加工しようかと思ったが……人間の可能性があるのであれば、話は別だ。服を脱ぎ捨て、水着を履く。背嚢に防水カバーを装着し、水面へ飛び込む。
鰐鮫達は音に反応し、振り返る。私の知る中で最も高い知能を有する魚類である彼等は、海獣のように意思疎通し危険についての情報を共有する習性がある筈だ。
故にだろうか。最初は近付くだけで襲い掛かって来ていた鰐鮫達は、今では私の存在を認識すると同時に全身全霊で逃走を計るのだ。互いに捕食し合う、同階級の種でありながらだ。
「お前を殺すのは最後にしてやる。道を開けろ、手当てが遅れるだろう」
平凡な水泳技術を身体能力で強引にカバー。オリンピックの中継で見るよりも遥かに速く、そして力強く。数分で対岸へと辿り着いた私は、全身に纏う塩水を軽く落として兎を観察。
「うぅむ、やはり明らかに人間の骨格。指先からも器用さが窺える。しかし霊長類とは似ても似つかぬ兎の顔と、長い耳」
「ウェリィ……タータ…………」
言語、言語だ。間違いなく、今のは鳴き声ではない。私を見た人間は、頻繁にこの言葉を発する。今までのコミュニケーションの内容から察するに……おそらく、『助けて、お母さん』みたいな意味だ。
目の前に居る彼は、人間だ。
「これより、この中院通義が貴殿の身体を保護する為、治療を行う。この醜き身体は恐ろしいだろうが、どうか気を強く持って耐えてほしい」
きっと、鰐鮫の爪のような胸鰭で毛皮を剥がれたのだろう。傷口にまみれた赤肌は湖の塩水で酷く蝕まれ、日光と風に晒され乾燥。小さな塩の結晶が、彼の至る所に浮き出ていた。その激痛は、察するに余りある。
「まずは塩を落とし、同時に傷口の洗浄もせねば」
この場合、必要となるのは生理食塩水だな。これだけの量の傷口、洗い切るには時間が掛かる。真水では浸透圧で傷口が脱水し、回復が遅れる。
防水カバーから背嚢を取り出し、塩分濃度0.9%程度になるよう水筒に海塩を落とす。防水カバーを裂いて地面に広げ、彼をそこに寝かせる。生理食塩水をチョロチョロと垂らし、身体全体を何とか洗う。
「就職なんかせず、医学部に再入学していればな。勉強が、勉強がしたい……何故、当時の私は材料工学専攻からの修士号だけで満足してしまったのだ」
だが、無い物ねだりをしても仕方がない。今ある僅かな知識を繋ぎ合わせて、何とかするしか道はない。自ら選び掴み取ったカードに文句を言う暇があるなら、どう使うかを考える方が遥かに有意義だ。
「この際、湖水や土から感染している可能性は一旦置いておく。こんな傷、ガーゼで乾燥させる訳にはいかない。彼に必要なのは、潤いだ」
水気を優しく拭き取り、蒲黄の軟膏を塗布。包帯も巻き、傷口を外気から隔離。ハイドロコロイドなんかを作る余裕は無いんだ、悪いがドレッシング材は軟膏で我慢してくれ。
後は家に連れ帰って、動けるようになるまで保護しよう。
◇
Q.まずは自己紹介からお願いしても良いかな
「自己紹介? ……まぁ、良いけど。僕は兎人族の旅人パレィルモ、シチリ大島の生まれだ。人種差別をされたら人種差別撤廃条約に基づき獣人司法組合を仲介して訴えます。よろしくね」
Q.魔獣の事とか、興味あるの?
「魔獣だって? 何だよ、僕を人間モドキって言いたいのか?」
Q.いやいやいやいやいや!
「マーロー侯爵領じゃどう扱われている言葉なのか知らないけどさ、それもう獣人差別用語として定着してるんで。あんま使わないで貰えます?」
Q.そ、それでは気を取り直して……自分の身体で好きな所とかある?
「その質問……関係ある? まぁ強いて紐付けるなら、アイツに治して貰った肌とか?」
Q.今日は色々教えて貰うね
「もっと早く言うことでしょ。というか本題に入ってよ。今日の宿、まだ見付かってないんだからさ」
Q.彼とは、どうやって出会ったのかな
「旅の途中、大きな塩湖にかち合ってさ。橋も無いけど早く対岸に渡りたかったから、ヴェロサメ達を上手く騙して利用してやったのさ。ただ渡り切ると同時に、嘘がバレちゃったんだ。怒ったヴェロサメ達に皮を剥がれ、塩水を鮫肌で刷り込まれ、苦労して渡った対岸からも戻されて……そんな中、アイツに出会ったんだ」
Q.どんな事をされたの?
「まず、水で洗ってくれたね。それから軟膏を塗ってくれた。後は家に連れられて、元気になるまで看病された……みたいな感じ? 最初は謎の巨大オークとしか思ってなかったから、本当に怖かったね」
Q.彼のどんな所が好きなのかな
「なんだよ、好きである事前提? まぁ……良い奴だよ、すごく」
Q.彼がこの街で何をしたか知ってる?
「あぁ、聞いたよ。何でも、イウスノアが外交で脅しの道具として使い倒していた戦略兵器を死傷者0でぶっ壊したんだって? 侵略侵略の超大国サマも、随分と大人しくなったらしいじゃないか」
Q.彼を一言で表すなら?
「一言? うーん、難しいな。…………あぁ、うん。そうか、そうだな。彼を一言で表すなら……」
「人間、かな」