オーク「早く人間になりたい」 作:ボボッキュ
「オークの女王? それはつまり、大規模な苗床の比喩表現みたいな……?」
「まぁ、大規模な苗床って捉え方も間違っちゃいないな。根本的には同じなんだろう。ただ……アレを単なる苗床で片付けるってのァ、オーク研究者としては認められんな」
王立学園セオドリクス研究室には、普段とは隔絶した緊張感が漂っていた。セオドリクス教授と対面する黄金鎧の少年レンと取り巻きの美少女達も異質な雰囲気を嗅ぎ取っているようで、静かに耳を傾けていた。
「イメージとしちゃ、それこそ蟻や蜂の女王だ。直接見た訳じゃねぇから伝聞だが、恐らくはエルフの女らしい。しかもオーク共の動きを軍隊みたいに画一化させ、尚且つ何匹産もうが涼しい顔だとよ」
「ちょっ、ちょっと待って下さい! オークの子を孕んだ女性の致死率は100%! 聖書曰く、神の子でも耐えられなかった毒だ! だっ……だから僕等は、彼女達を……」
「落ち着けレン、奴が異常なだけなんだ! 例え普通の人間が生き残る確率が有ったとしても、それはバラバラに分解した懐中時計をヤレイク海峡へバラ撒いたら完璧に組み立てられていた……なんてぐらいあり得ない話だ」
セオドリクス教授は資料を取り出し、黄金鎧に滴る程汗を流すレンに差し出す。発見者でもある冒険画家が、女王の姿を命懸けでスケッチしたモノだ。
「っ……なんて惨い。よく、こうも露悪的なスケッチを描けるものだ。……ん? ここは……お腹、ですよね」
「あぁ、そうだ。俺も最初は見間違いかと思ったが、信じがたいことにヘソから出産していたらしい。正直、奴がエルフだとは思えん。奇形にしても異常すぎる。他の身体的特徴とオークの子を産んでいることからして、エルフ以外の種族というのも思い付かんがな」
「それで依頼というのは……」
「まずは事実確認だ。報告者の素性や該当地域における生態系の異常と失踪事件の爆発的急増からみて概ね真実とは思うが、事が事だ。本当に我々が危惧するような女王が居るのであれば、その生態を調査。可能であれば、即座に討伐を願いたい」
「分かりました! 僕達に任せてください!」
「レン、お前には期待しているんだ。必ず、帰ってこい」
◇
彼が旅立ってから、一週間が経った。兎のような種族だからなのか知らないが、彼の回復は想像よりも早かった。
その間も私は相変わらず虐殺に明け暮れ、されど同族は一向に減らない。寧ろ、明らかに増えている。森の環境は荒れ、食料も減っている。これには流石の私も痺れを切らし、怪しい気配を漂わせている山へと向かった。
調査は上手く行った。というより、明白であった。同族達の築き上げた無数の獣道、その殆どが一点へと繋がっていた。私は獣道を辿り、これでもかと人工的な雰囲気を醸し出す洞窟に到着。嫌な気配を感じ取った私はヴォートカを家に帰し、慎重に中を進んだ。
そこには、知能があった。
徹底的に規格化、効率化された同族達の製造ライン工場……とでも言うべきか。同族達の動線、DIYクオリティながらも有用そうな器具達、頭の良い存在が試行錯誤して作り出した環境だという事が見て取れる。
醜い。
それは、何よりも醜かった。究極の合理性、美しい筈のソレが私の逆鱗を切り刻んだ。衝動的な感情の爆発すらなく、その場で固まるのが精一杯だった。
目の前に広がるは、数十人の女性達。おそらくは、ホモ・サピエンス或いはそれに準ずる生命体。彼女等は皆一様に肉の塊となり、拘束されたまま同族共に後ろから交代制で犯されている。極端に膨れ上がった腹部にはバスケットボールが入りそうな穴が開き、そこから数分に一度赤子が排出されて行く。
赤子達は産婆役の同族にヘソの緒を断たれ、流し素麺のように何処かへ運ばれて行く。女性一人辺りに二つのラインが有り、おそらく共食い用か育成用かをこの時点でマニュアルに従い見定めているのだ。
肉塊で顔を覆われ、手足を固められ、声も出ず、我々の精子という猛毒に被曝し続けている。それは、どんな罪人にでも与えるべきではない人外の拷問であった。
あぁ、これを作った者というのは何処で生まれて、どのように育てられたヒトなのだろうか。私は、そのヒトが人間だとは到底認められない。
私がやらねば、誰がやる。この異次元の悪夢は、世界中の食料を食い尽くし最後の一体になるまで終わらない。廻り終わらぬ悪夢が人類史の最後のページになる前に、終止符を打たねばならない。
「首謀者よ。知性無き知を宿す、悪夢の主よ。この中院通義が、貴様を討つ」
背後から足音。鹿を担いだ成体の同族達が、洞窟に入ってきたのだ。彼等はプロ野球選手を見た少年のような目で私を見つめながらも、仕事を遂行。女性を拘束する肉塊に鹿を押し込み、融合させる。彼女等の眠りを拒む元凶であろうあの肉塊は、他の動物の死骸をエネルギー源としているのだろう。そのような技術がこの世に存在するという事実が、心から受け入れられない。
「今、私は冷静さを欠こうとしている。だからまず……そのふざけた強姦を直ちに止めろォッ!」
込み上げる胃液を飲み込み、弓を引き絞る。ソニックブームで同族達をよろめかせながら、洞窟の一番手前に居る女性を犯している個体を幾つか纏めて射貫く。
繁殖係の同族達は、轟音と鮮血にも無反応。しかし、壁際で待機していた警備係は即座に突進を仕掛けてくる。対して洞窟の外からやって来た個体は慌てふためき、繁殖係と警備係のロボットのような無機質さが際立つ。
槍を振るい、拳を振るい、八十六の警備係を蹂躙。逃げ出す洞窟外個体も殺し、返り血で全身を染め上げる。それでも繁殖係は強姦に集中し、まるで私に気付いていないかのようだ。
「───困る──────駄目──────」
繁殖係の虐殺を始めた直後、一人の男が洞窟の奥から現れた。熊を思わせるヒゲと体格をした、ヒトのオスだ。巨大な山刀を悠然と携え、明らかに被害者の姿ではない。
「現行犯と見なし、即刻処刑するッ!」
「──怖い────」
「トゥラコス? トゥラコスと、怖いと言ったのか? 怖いと口にして良いのは、この場において彼女達のみだ!」
接近し、槍を突き出す。しかし熊男は見かけによらず軽やかな動きを見せ、山刀で返しの一撃を繰り出す。
「精神性は兎も角、種族はヒトのようだな」
ヒトと私では、絶対的な戦闘能力の格差がある。ドジョウがワニを喰えぬように、彼の山刀もまた私の指を傷付けることすらできなかった。身のこなしはお見事、だが相手が悪かったな。
「ッ!?」
「疑問か? 私も疑問さ。何故、こんな身体になってしまったのかはな。生涯、真に納得する解を得る日はないだろう」
熊男の薄ら笑いが消える。確かな技量と経験に裏付けされた自信が消し飛び、勝敗の行方を理解してしまったのだ。彼の手首を掴み、投げ飛ばす。地に伏したままの彼の首を刎ね落とし、響く新たな足音に耳を傾ける。
「……遅かったな。四天王方式は愚策だぞ」
熊男の殺害と同時に、新たに三人の男が現れる。熊男と似ているが虎柄パンツを履いた虎熊男、同じく熊男と似ているが星形の痣を宿す星熊男、黒電話みたいな髪型の金男。
熊男の死体を見るや否や激昂し、襲い掛かってくる。しかし音速の三連射には耐え切れず、呆気なく死亡。私のような怪物に、ヒトが抗う事はできないのだ。
「初めてだ、毒に蝕まれ苦痛の末に死を待つだけの被害者以外を殺すのは」
落ち着け、中院通義。情けを抱こうとするな。0.01%の冤罪の可能性を追うな。悪夢は伝播するモノなのだ。もし仮に一匹でも関係者を逃がせば、数多の罪無き民間人の幸福が奪われるのだ。
「……巨悪を許すな。巨悪を滅せよ。疑わしき被告人を根絶やしにするのだ」
アブラハムの宗教なんて信じていないのに、私は無意識の内に十字を切っていた。縋るな、前を見るんだ中院通義。攻撃的な大量殺人犯を処刑したのだと、自らの刃が絶対的な正義であると断じるのだ。
「もう少しだけ、耐えてくれ」
本当なら、未だに繁殖を続ける同族共を即刻殺戮し、彼女等の介錯もしたい。だが、洞窟はまだ奥に道が続いている。首謀者が隠れて逃げる機会を窺っている可能性がある以上、そちらを優先せざるを得ない。
洞窟の奥へ奥へと進めば進む程、壁や床は綺麗になって行く。丁寧なコンクリートの舗装すら姿を見せた。泣きもせぬ赤子を流す水の音と、同族の腰と女性の尻がぶつかる音。騒がしくも喧騒とは言えぬ機械的な音が私の地獄耳ですら一切聞こえなくなる頃、赤く塗られた大きな鉄扉が現れた。
慎重に開け、中へ侵入。そこでは、一体の男が瓢箪片手に面妖な金塊を撫でていた。随分と強い酒を飲んでいるようで、部屋にはアルコール臭が充満している。
「───────」
部屋を見渡せば、所狭しと敷き詰められた本棚に実験道具と思わしき器具達。音の反射で絡繰仕掛の有無を探るが、違和感は特にない。逃げ道は、私が来た道だけか。部屋自体はかなり大きく、ちょっとした体育館程度はありそうだ。
「我が名は中院通義。人間である」
「─────」
「見れば分かるぞ、酒呑男。貴様の持つ邪悪さが如何程かを。どれだけの、いったいどれだけの人々の尊厳を奪えばッ……そうも暗い瞳になるのだ」
何が目的なのだ。どのようにして、あのような邪法を手に入れたのだ。数多くの女性達の生涯を破壊し、人類の敵を殖やし従え、その先に見る未来とは?
私に分かることは、一つだけ。目の前の男が、全ての元凶であると。
「終わらせる。貴様の死を以て。この凄惨な悪夢をッ!」
火花が散った。
私と酒呑男は同時に剣を抜き、鍔迫り合いになる。奴の腕力は明らかにヒトの範疇を逸脱し、インドゾウを背負い投げしたって驚きはしない。それでも私の剣の方が重く、奴は実験器具を薙ぎ倒しながらバックステップ。
「肉塊を操り、女性達を改造する力。同族達を機械のように操る力。そして、自らの身体能力を上げる力か。理屈は分からんが、厄介だな」
本棚を断ち、ビーカーを砕き、コンクリートに覆われた地下室で暴れ回る。酒呑男は抜群の身体能力を綺麗に活かし、私の猛攻に耐え続ける。
「……ほう?」
牽制のつもりで振るった、甘い一撃。しかし酒呑男は回避ではなく曲剣によるガードを選んだ。無理な体勢だった事もあり、奴は背後の金塊に激突し転倒。すかさず追撃を仕掛け、その醜い首を……刎ね落とした。
「化物め……人間を辞めただけには飽きたらず、ヒトであることすら辞めたか」
私は、確かに酒呑男の首を切断した。だが、だがしかしだ。奴は生首だけの姿となりながらも、宙を浮かび私に噛み付いてきたのだ。
怨嗟の牙は防具を貫通し、肩へと食い込む。今はまだ大丈夫だが、喰い千切られるのも時間の問題だ。酒呑男の生首を掴んで引き剥がそうとするも、牙にカエシでも付いているのかと思う程に固定されている。剣で頭を刺しても、うんともすんとも言わぬ。
この洞窟は、意味が分からぬことばかりだ。まるで道理が通っていない。私の知る理論から、全てが逸脱している。いったい何が、この珍妙で異常な現象を引き起こしているのだ。
「……そういえば」
思い返せば、奴は金塊を庇うような動きをした結果、転倒に至った。本や実験器具がどうなろうと構わないが、金塊だけは破損させる訳にはいかないということか? 100kgはありそうな金塊だ、守ろうとするのは当然。だが、戦闘の最中で避けられる攻撃を無理にガードして転倒する程か?
「ッ……痛いじゃないか。だが、これでどうだ!」
後ろへ下がり、金塊へ向けて剣を振り上げる。動揺を隠さぬ酒呑男を尻目に、全身全霊の一撃を繰り出す。金塊は真っ二つに切断され、コンクリートの床を割り、洞窟全体を揺らす。
ボトリ、生首が落ちる。漸く血が吹き出し、瞳には一切の生気が無い。私の想像は正しかったようで、どうやらこの金塊が邪法の源だったらしい。
最後にもう一発トドメの一撃を与えた私は、本とガラス片が散乱する部屋を抜けて繁殖場へ戻ってきた。そこに先程のような統一性はなく、全ての同族が私のよく知る挙動を繰り広げていた。
女性達を拘束していた肉塊はドロドロに溶け、その魂は異形へと変わり果てた肉体からついに解放されていた。同族達の中にはまだ強姦に励む個体も居るが、産まれることはもう二度とない。
「さぁ……皆殺しだ」
私は同族達を殲滅しようと剣を振り上げ……一人の女性を発見した。彼女の腹はまったく膨らんではおらず、ましてや赤子をスルスルと排出できるような穴が空いている訳でもない。
液体となった肉塊は一滴も付着しておらず、衣服も原型を留めている。苦痛に満ちた甲高い悲鳴を上げ、自らを犯す同族へ必死に抵抗している。
「……酒呑男との戦闘中に運び込まれていた、苗床改造予定だった女性か?」
私は剣を持ったまま弓矢を取り、女性を犯す同族を射貫く。すぐさま女性の下へ駆け寄り、同族の陰茎を股から抜く。血と白濁の混ざった粘液が滴り落ちる姿に私の身体は極度の興奮を覚え、下着の中で大量のケフィアを放つ。
「クソッ……クソッ……」
股へ太い指を突っ込み、白濁を掻き出す。だが、これは無駄な行為だ。私には分かる。分かってしまうのだ。彼女が手遅れだと、精子と卵子の接触は避けられないと。
「……いや、待て」
彼女の様子から見るに、強姦は開始したばかり。毒はまだ、全身に回ってはいない。今はまだ、子宮の中にしか存在しない。
「……や、やるのか? そんな事、許されるのか?」
人事を尽くさず天命を待つ、それはこの中院通義の流儀に反する。
ならば、選択肢は一つ。
私は怯える彼女を抱え、身体で風から守りながら全力疾走。最寄りの川へダイブし、互いの汚れを落とす。背嚢から敷物を取り出し、抵抗する彼女を無理やり寝かせる。家までは遠く、ここでやらねば手遅れになる。
「アルコールは飲み尽くし、酒呑男の酒の利用も危険。手や器具の殺菌はできない。感染症は……避けられないだろう」
あぁ……そう言えば、以前とんでもない薬物効果を持つ花を見付けたな。あの花を回収及び栽培しておけば、麻酔になったのだろうか。
「……すまない。本当に、すまない。介錯せずに済む、最良の未来。私は……それを追い求めたい」
彼女の衣服を全て剥がす。また白濁が吹き出しやがったので、全裸になって川で身を洗う。逃げだそうとする彼女を拘束し、ナイフと裁縫道具を取り出す。絶望と恐怖に満ちた彼女の瞳に、私の勃起は治まることを知らない。彼女の衣服だったモノで顔を隠し、少しでも衝動を和らげる。
「怖い────嫌───駄目─────助けて、お母さん」
「我が名は中院通義。これより、無資格者による違法かつ不合意の開腹子宮全摘出手術を開始する」
素人が麻酔無しで外科手術。患者の受ける苦痛は想像を絶する。死亡率は極めて高く、歩行能力喪失による妊娠確定を待ってから介錯した方が彼女は苦しまずに済むだろう。
これは、私の自己満足だ。
「痛い! 助けて!」
「ッ……!」
思い出せ、知識をひけらかす事が三度の飯より好きな産婦人科の友人の話を。アイツの鉄板武勇伝は一週間で三十三回の手術に執刀医として取り組み、全てを成功させた事。開腹子宮全摘出の自慢話だってされている筈だ。
よく研がれたナイフを、患者の腹部に沿わせた。
◇
王都とも近く、されども危険な魔物が数多く生息していたオーエ山の麓に広がる森林地帯。そこに、釘を使わずに木を継ぎ合わせて建てられた一軒の独特な建造物があった。その大きさはおおよそ人間に合わせられたモノではなく、玄関のドアの高さは4mを超えていた。
そこでは、腹に大きな傷跡を宿す元伯爵家令嬢ロシニョールが数名の家来と共に暮らしていた。かつて、彼女はオークに捕まった。当時の王都では王侯貴族の娘の誘拐事件が多発しており、彼女もまた被害者の一人であった。
黄金の英雄レンに調査を委託した王立学園セオドリクス研究室の発表によれば、先の反乱から逃走を続けていた王弟ドゥージが禁術によってオークの軍勢を作成していたとのこと。禁術には高度な魔力を有する女性が必要であり、王侯貴族の娘は最適な贄だったのだ。
ドゥージ一派の殲滅及び資料焼却を行ったと思われる特別観測個体''碩師''の執刀により、ロシニョールは後遺症を負いながらもオークの子を孕むことなく生還してみせた。
碩師の献身的支援によって寛解を果たしたロシニョールは家に帰還。しかし、オークに散らされた処女、喪失した子宮、腹部の大きな傷跡……政略結婚の駒としての能力を失った彼女に居場所は無かった。後妻の圧力によって彼女は修道女へと身分を改め、半ば勘当させられた。
数人の家来と共に碩師の下へ戻ったロシニョールは、オーエ山からオークを根絶させ新天地へ旅立とうとしていた彼から家を譲り受ける事となった。彼女は碩師邸を清水教会と名付け、素人違法建築の改修と孤児院運営に奔走する余生を選んだ。手術の負担はやはり拭い切れず、大往生とはならなかった。それでも、棺の中の彼女は笑っていた。
ロシニョール没後、一人の孤児出身衛生学者が閉鎖された清水教会を題材とした小説を出版。それを切っ掛けに清水教会には数多くの聖職者や観光客が訪れ、生前彼女が愛した賑やかな笑顔が途切れぬ不朽の名所へと変わっていったのである。