オーク「早く人間になりたい」 作:ボボッキュ
「ぅにゃあぁ……」
緊急で掘った洞窟に逃げ込み、ヴォートカと水を分け合う。時期的にはまだ四月の筈だが、気温は三十度を超えているだろう。ヒトなら兎も角、この種族はケダモノらしく立派な森林迷彩柄の体毛が生えている。換毛期もまだで、今は冬毛。
人間の嗜みとして被服も当然しているものだから、例えるなら快晴の七月の都を裏起毛ベンチコートにネックウォーマーで練り歩いているようなものだ。ヴォートカは被服こそしていないが、長毛種の冬毛という事で大変であることは間違いない。
「で、出直そう……。こんな所で、虐殺なんかできるか……。2日は耐えたが、もう限界だ」
「にゃ……」
「──────暑───────助かる」
「「あ」」
「───!?」
「じょ、女性!? 暑さで接近に気付けなかった!」
至近距離で私を見た女性は、基本的に失禁してしまう。私はすぐさまヴォートカのたぷたぷお腹に潜り込むも……頭隠して尻隠さず。尻に猫パンチを喰らうだけであった。
笑い声。連撃を喰らいながらも恐る恐るヴォートカの腹から抜け出すも、恐怖に染まった女性の姿は何処にも見えない。ただただ、美しい女性が笑みを浮かべているだけであった。
「私を恐れぬのか? 逃げた方が良い、ズボンを突き破る程の大きな一物が見えんのか。えー……あのー、アレだ。ゼルー。ゼルーゼルー」
頭の中の未完甚だしい単語帳を開き、逃げるよう勧告。それでも彼女は動かず、仕方ないのでヴォートカの大きなお手々を引っ張って勃起した陰茎を隠す。セクハラは念入りに避けねばな。
「この単語の発音は結構自信あるんだがなぁ」
「─────────」
「うわ訛り強っ。スコティッシュ?」
何処の生まれなのだろうか。よく見ると、彼女はやけに身長が高い。180cmぐらいはあるのではないだろうか。勿論、私と比べれば子供のようなものだ。だが、全体的に栄養が足りてなさそうなこの世界の女性にしては異例の長身。その上、耳が異様に細長い。そういう民族なのだろう。
「─────────────」
「うぅむ……悲鳴で出るような単語以外、よく分かんないんだよな。訛りが強いと尚更だ」
「──────────」
「あぁほらヴォートカ、オヤツの鳥だ。どうかこれで機嫌を直してくれ、悪かったよ。痛かったな、うーん」
どうやら、この女性も外の熱気に参って涼みに来たようだ。額には汗が滲み、頬も赤みを帯びている。中身は僅かしか残っていないが、水筒とハンカチを差し出す。するとどうだ、彼女は自らの手持ちの水を少し私の水筒に注いでくれたではないか。
なんという優しさだろうか。この中院通義、何を隠そう異形となって以来初対面の異性から親切を受けたのは初めてだ。確かに優しさを向けられた事はあるが、その全てが既に私が救助を行った後。正直、かなり感動している。
「だから……辛いんだ」
急いで洞窟を拡張し、その穴の中に白濁を注ぐ。私の性欲は衰えを知らない。彼女のような美しい女性を前にすれば、触れずとも限界を迎える。情けない、こんな惨めな男はそうそう居ない。好きな紳士向けビデオの女優を目にしたチェリーボーイの方が遥かに自制が効くだろう。
「────────」
「……まだ逃げないのか。肝が座っているを通り越して、変人の類いに足を踏み入れているぞ」
彼女は悠然とハンカチで汗を拭き、私に手渡しする。ハンカチに染み込んだ匂いが鼻腔を支配し、暴発しそうになる。女性器も肛門も有さない種族に揶揄われているのではないかとも思う程、無用心な行動。私が彼女の兄であれば、怒鳴り付けてでも止めていただろう。
「はぁ……私は中院通義、人間だ」
「───────」
手を差し出せば、彼女もまた握り返す。どうやら、彼女に危機感という概念は無いらしい。この地域は、同族の根絶が出来ていない。正直、彼女を一人で歩かせるのは不安で不安で仕方ない。よく、ここまで生き残れたものだ。
「───────────────」
「みゃ」
「む、オヤツが足りなかったか。では、私は狩りに行く。ほら長耳君、道を開けてくれ」
長耳という呼称が差別的でないかという考えが過る中、弓矢を手に外へ出る。ようやく落ち着いてきた身体が一瞬で温まり、間を置かずして汗が滴り落ちる。
……待て、私って臭くないか?
体毛がしっかり生えていて、なのに人間よりやや劣る程度には汗腺が発達していて、とんでもない量の精液を出した直後。口内ケアと水浴びは徹底しているものの、この瞬間の私が無臭或いはそれに準ずる臭いレベルとは思えない。
あ、同族だ。八つ当たり投石! 球速200km/h、相手は死ぬ。今日の私は、極力お前のような激臭物体に触れたくないんだ。矢すら使ってやらん。
「あのレイヨウで良いか」
適当に矢で頭を吹き飛ばし、回収。血を抜きながら洞窟まで戻ると、長耳君が紐を使ってヴォートカと遊んでいた。ただ土を被せただけの精液も特に気にしておらず、おそらく嗅覚が自由ではないのだろう。もしこれで普通の鼻なら、彼女はとんでもない異常者と評するしかない。
「にゃーん」
「─────────」
「おや、貴女も空腹で? ヴォートカ、少し貰うぞ」
「にゃ……ぁ……」
バラ肉を少し切り取り、洞窟の外に即席の窯を作成。ハーブソルトを擦り込み、焼き上げる。腹の虫を鳴らしていた長耳君にレイヨウチョップを渡し、貰った水で火照る身体を冷ます。
「えー、あー……水って何だっけ。あっ、ボル。ボルボル、ボル取ってくる。……多分伝わってないな、声調言語め」
肉が減って悲しそうなヴォートカと不思議そうな顔で肉を頬張る長耳君を背に、少し前に水を汲んだばかりの綺麗な上流へ向かう。ほぼ空に等しかった彼女の水筒も、私なりに確認してから一緒に持っていった。
「……暑いな」
そう言えば、北の方には急激に気温が低下する緯度があったな。経度的にはかなり近いし、南の方にも急激に気温が上昇する緯度なんかがあるのだろう。よし、南ケッペン・ラインと名付けよう。もう一本出てきた時は…………知らん。
川で水を汲み終えた私は、木陰に五発程出して水浴び。洞窟へ戻り、ヴォートカの腹枕を堪能する長耳君に水を渡す。
「───水─────」
「ヴォートカ、そろそろ身体の火照りも収まったか? この地はまだ、私達には早い。一度北に戻り、技術を整えてから征伐に来よう」
「にゃあ」
「では、私達はこれにて失礼。貴女の旅の無事を祈る。えー、さようなら、さようなら……クトー タレィ キオルァッサ!」
私達は洞窟を出て、現地の言葉で長耳君に別れを告げる。貴女が親切な人であり続ける事と、我々のような怪物への警戒心を得る事を心から願っている。正直、先程出したばかりなのにまた勃起している。彼女は危険だ、雄を狂わせる匂いがする。
「おや、長耳君も休憩は終わりか」
「──────────」
立ち上がった長耳君は服に付いた土を払い、私達と同じく北へ歩き出す。試しに私が足を止めてみれば、彼女もまた足を止めて不思議そうな顔をする。
「……まさか、私達に着いて来るとでも言うのか?」
「────────」
なんという奇人。このような醜悪な発情した怪物との同行を望むとは、正気の沙汰ではない。危機感持った方が良いと思う。私が彼女の母親であれば、卒倒していたことだろう。
「にゃー」
「─────────」
参ったな。ヴォートカが結構懐いている。自分の僅か2%強しか体重の無い長耳君を相手に、一切のけざらせる事なく頬と頬を合わせてスリスリさせている。確かに彼女の指はピアノの才能をヒシヒシと感じる細長さ、撫でるのがさぞ上手かったのだろう。
「はぁ……少しだけ、少しだけだぞ。この同族蔓延る灼熱地獄を抜けるまではエスコートしよう」
「──────」
意思が伝わったのか、長耳君は小さく跳ねて喜ぶ。その動きで布と髪が揺れ、香りが風に乗って伝わってくる。衝動に呑まれ彼女を殺す訳にはいかない、今日からは自慰の頻度と強度を増やさねばな。
「……あっ、ズボン破けたの忘れてた」
私は出しっぱなしになっていた大きな一物を、ようやく人の目から隠したのだった。
動揺しすぎである。童貞かよ。
◇
「こうして見ると、随分ハッキリと境界線があるな。地面に生える野草が、まるで違う」
長耳君のペースに合わせながらゆっくりめに北進し、私達は南ケッペン・ラインを越えた。それからまた一つ野営をし、今は早朝。ここまで来れば灼熱地獄は無く、現に穏やかな気候が広がっている。
「それでは、今度こそクトー タレィ キオルァッサ! これでお別れだ」
いやはや、長い旅だった。満月も半月も見ていない、短い期間。しかし、あまりにも長耳君は刺激的だった。自慰の頻度は意識せずとも倍になり、一度に出す量も明確に増えている。勿論、彼女の前で出す訳にはいかない。しかし、彼女は全く私から離れようとしないのだ。オマケに櫛職人か何かなのか、野営の度に櫛作りに励み、私が身体を休めていると密着してきてブラッシングしに来たりもする。
つまり、めっちゃムラムラする。
「……どうして、離れない」
いや、薄々分かってはいた。やはり、長耳君は私と共に来るようだ。
「参ったな」
正直、長耳君のペースに合わせていれば、同族虐殺のペースも落ちる。性処理的にも困る。彼女は自分が孕まないとでも思っているのだろうか。
「ただまぁ、こんな人里離れた所でハイサヨナラも良くないか。元より一人旅をしていたようだから大丈夫だとは思うが、心配しないと言えば真っ赤な嘘。こんな耳の人間は見たことが無いし、私が近付くだけでも重大なTPO違反である街をわざわざ探してまで置いて行くのも、被差別民族の可能性や長耳君自身の旅の目的の有無を考えるとな」
「にゃーん」
「─────────」
……そうだ。長耳君に言語教育を施してもらおうではないか。私が今まで助けた者達と違い、彼女は不用心にも敵意や警戒の感情からスタートしていない。重篤な患者を看病している訳でもない。彼女が教師になってくれるのなら、寧ろこちらから同行を願いたい。
「うーむ、私のアクセントで伝わるのだろうか。というか、言語とは何という単語だったか。……あぁ、そうだそうだスラッチェだ。ルーマ スラッチェ! ルーマ スラッチェ!」
「─────?」
どうなんだコレは、伝わっているのだろうか。私が不安に思っている中、彼女は何の変哲もない石を拾った。それを私に見せながら、彼女は同じ言葉を反復する。
「ヴァト フィ シェン?」
はて、彼女は何を言っているのだろうか。
What is this?
待て、彼女が言っている言葉は、もしやWhat is this なのか? "これは何ですか?"という意味なのか?
「石。これは、石だ。石」
「シャロト。シャロト。シャロト」
シャロト? シャロトとはなんだ。この石のことなのか? もしも私の仮定が正しいのであれば、V2語順的には……
「シェン フィ 石。シェン フィ シャロト」
「シェン フィ シャロト」
私は自らの胸に手を当て、力強く言い放つ。
「シェン フィ 中院通義」