琴の音に耳を澄ませて 作:緑雨
たづなさんの後ろにピタリとついてトレセン学園を巡っています。最初は
それともう一つ。学年とデビュー年に関係はない、そうです。中高一貫校の高校生と中学生が同じ年にデビューしてレースをする、なんて聞くと不公平な気がしてきますけど、ウマ娘は人とは体の構造も違うそうなので気にしないほうがいいんでしょうね。毎年進級するわけでもないそうですが、それも気にしないことにします。この世界ではそれが常識なんでしょうから、下手に触れないほうがいいです。
「学園にはジムや食堂、プールなども完備されています。ご自由にお使いください。地図も各所に貼られていますので、迷った時はご確認くださいね」
「ありがとうございます、
「それでは、理事長室に向かいましょうか」
「わかりました」
たづなさんは理事長秘書と名乗っていたので、別で理事長がいるのはわかってました。ただ、超複合施設とも言うべき規模の学園の理事長、少しだけ緊張しますね。あまり会う機会もないと思いますが、悪い印象だけは持たれないように気をつけましょうか。
「失礼します」
「失礼します、琴葉葵です」
「歓迎ッ! ようこそ、我がトレセン学園へ!」
「…よろしくお願いします」
顔を見て、少しだけ驚いてしまった。理事長というには小さなその人は、秋川やよい、というらしい。理事長にしては小さいというか、大人にしては小さいというか… ただ、私にはそこを指摘できませんね。私は決して小さいというわけではないですが、子供に間違われることは多々ありますので。気持ちもよくわかるというか…
理事長との話は少し長くなったから、私の言葉でまとめさせてもらうね。この学園の設備を自由に使って、担当のウマ娘の夢を叶えてほしい、そんな感じ。長くなったのは、理事長の言葉が少しわかりづらくて都度都度たづなさんに通訳(?)をしてもらったからだよ。
ウマ娘の夢… 今の私には、はっきりとはわからないな。だってウマ娘じゃないんだから。でも、トゥインクル・シリーズでの
「それでは、次は琴葉さんのチームが使う部屋に向かいましょうか」
「…チーム、わかりました」
「…詳しい説明、いたしましょうか?」
「すみません、お願いします」
「まず、トレーナーである琴葉さんはウマ娘と契約を結び、二人三脚で勝利を目指すことになります。しかし、1人のトレーナーにつき1人のウマ娘、というわけではありません。一対一ではトレーナーの数が足りないという事情もありますので、トレーナーは複数のウマ娘と契約を結び、1つのチームとして活動することになります。もちろん、レースはそれぞれですし、トレーニングも同じというわけではありません。はじめは慣れないことが多く大変だと思いますので、1人のウマ娘を担当するだけでもいいと思いますが…」
「なるほど… 」
なんとなくだけどわかった。私のイメージだけど、〝所属厩舎〟みたいなことなのかな。1人のトレーナーが管理をする集団、ウマ娘が増えれば増えるほど大変になるだろうし、最初はチームなんて名ばかりの、タイマン形式でやろうか。
「たづなさん、確認お願いします」
「あ、ありがとうございます、後で確認しておきますね」
「…忙しい中、1日中付き合ってもらってすみません、後は1人で回れますよ」
理事長と話して思ったけど、事務仕事とかはたづなさんが結構頑張ってるんだろうし、忙しいんだろうね… にしても、今たづなさんと話してたウマ娘、綺麗な茶髪、鹿毛のウマ娘なのかな。好きなんだよね、鹿毛。流星のない鹿毛が並んでたら誰が誰なのか全くわからないけど。
「いえいえ、気にしないでください。話を戻しますが、琴葉さん。この紙にチーム名を記入して、明日までに提出してもらえませんか?」
「チーム名はなんでもいいんですか?」
「特に決まりはありませんので、ご自由に決めてください。一応、星の名前を使っているチームが多いですが…」
星の名前、か。それでいて、私らしさもあったほうがわかりやすい、よね。確か、こと座ってあったと思うけど、こと座の星ってベガしか知らないな… いるかわからないけど、ウマ娘と同じ名前になっちゃうかもしれないし、ベガはマズイよね。星の名前じゃないけど、こと座の英名にするか。こと座の英名は、私の記憶が正しければ…
「リラ…」
「こと座が好きなの?」
さっきたづなさんと話してた鹿毛の人が食いついてきた…? よく見たらこの人が着てる服、制服かな。紫を基調とした学生服に見えるし、トレセン学園の生徒かもしれない。となると、デビューの近いウマ娘かもしれないし、将来関わるかもしれない… 一応、縁は作っておこうか。
「はい。苗字に琴の字が含まえてるので、昔から好きなんです」
「私も名前にベガって入ってるから、こと座は好きなの」
…ベガ? ベガが名前に入っていて、鹿毛のウマ娘… もしかして…
「私はアドマイヤベガ、あなたは?」
「琴葉葵です、はじめまして」
「琴葉さん、アドマイヤベガさんは一昨年にダービーを制したウマ娘なんですよ」
「…まぁ、そうね」
アドマイヤベガ… 生で見たことはないけど、ダービー馬だってことは知ってる。私の知る競走馬の史実と、ウマ娘達の戦績や人生は一致しないと思ってたけど、ダービーを制したところは同じ、だね。でも、私の知る史実と同じならアドマイヤベガはダービーを制した年に、ケガを…
「アドマイヤベガさん、よければ琴葉トレーナーのサポートをしていただけませんか? 新人トレーナーを手助けしてくださる方を探しているんです」
「…すぐには決められないわ。まだ引退したばかりで、先のことを考えられないの」
一昨年ダービーを制して、今が引退したばかり…? やっぱり、私の知る史実とウマ娘は違うと思ったほうがいいみたいだね。それに、あの馬には流星があったような… 下手に気にすると何か勘違いを起こしそうだし、基本は忘れておこう。ウマ娘はウマ娘、私はウマ娘のことを殆ど知らない。その心構えでいこう。
それと、新人トレーナーにはサポートがつくんだ。知らなかった、知ってないといけないことなのかもしれないけど。それなら少し安心かな、まだサポートしてくれる人が見つかってないみたいだけど… トレーナー不足って話もあったし、大変なんだろうね…
「でも、覚えておきます。さようなら、たづなさんと琴葉トレーナー」
「…はじめのうちは、色んな人と話してみてください。先輩トレーナーやウマ娘から学ぶことも多いですから」
「わかりました、肝に銘じておきます」
「それと、チーム名を決めていただいたので、今日することは終わりになります。これからは自由に各所を回っていただいてかまいません。疲れたらトレーナー寮の510号室でお休みになってください、そちらが琴葉トレーナーの私室となりますので。それでは、私も失礼させていただきますね」
「ありがとうございました」
施設の案内は終わり、か。明日からは色々とトレーナーのすることを勉強しないといけないかな。それと、担当のウマ娘をつくらないと。新人トレーナーだけど、契約してくれるウマ娘を見つけないと、何も始まらないだろうから。頑張ろう。
…疲れたぁ。昨日ゲームして、夢の中で神様と話して、今日はトレセン学園を回って、ずっと何かしてるからね、私。というか、夢の中で少し話したらすぐ転生させられたから、休んだ気もしないしさ。少しチームの部屋を綺麗にしたら、寝よう。元から掃除はされてるし、椅子とか机を動かすだけだけど、十分でしょ。
よしっ、これでいいかな。真ん中に机、周りに椅子、横にホワイトボード。この部屋で何するのか知らないけど、この配置なら何でもやりやすいでしょ。棚に入ってた資料は明日チェックするとして、もう夜8時、寮に戻って寝よう…
寮は、トレセン学園のすぐそばにあるらしい。ウマ娘用の寮も2つあるらしいけど、その2つとは学園を挟んだ反対側。自分の部屋でゆっくり休もう。確か、510号室。この寮、階段しかなさそう… というか、5階もあるのか。しかも10号室までは少なくともあるんでしょ? 結構トレーナーって沢山いるのかな…
いやいないね。5階まで来てよくわかった。501から509まで、全ての部屋に人がいない。下の階は見てないけど、空き部屋が圧倒的に多いみたいだね。なら何で私は510号室に… 琴葉だけに、510でコトってことなんだろうけどさ。近くの部屋も、いつか埋まるといいな。その方が楽しいだろうし。
部屋には机と椅子とベッドだけ。あ、スマホもある。私のスマホ、昨日までずっと使ってたやつ。まさかあるとは思ってなかった、新しく買わないといけないなぁって思ってたよ。アプリは殆ど消えてるけど、あるだけいいね。他にも欲しいものは多いけど、今はいいか。晩ご飯は… コンビニで買おうかと思ったけど、私ってお金あるのかな。
探してみたら、茶封筒に入ったお金があった。これは神様が用意してくれたのかな、なかったら金欠で倒れるところだったかも。これでおにぎりでも買って食べようっと。タンスに服も入ってたし、当分は買わなくてよさそうかな。スーツが多いし、いま着てるのもスーツだし、学園ではスーツを着ればいいのかな? まぁいいか、部屋についてたお風呂に入って、今日は寝よう。おやすみ。目覚ましは、朝5時で。
…おはようございます。身だしなみを整えてたらお腹が空いてきたので、まだ朝6時なんですけど、トレセン学園の食堂に来ました。少し聞いてみたら、トレーナーも学食を好きなだけ食べて良いそうなので… しっかり食べて、今日も頑張ろう。あ、人参ハンバーグを食べたよ。美味しかった。
よし、準備はできた。ひとまずはチームの部屋で、資料でも読みますか。〝チーム LYRA〟のネームプレートはたづなさんが付けてくれたのかな。ありがたいね。でも、少し右下がりな気が… それがおしゃれ、ってことなのかな。気になるほどじゃないし、こと座の絵も描かれてて可愛いし、不満なんて欠片もないけどね。
「待ちくたびれたわよ、トレーナーさん」
「アドマイヤベガさん? どうしてここに…」
「まだわからないことも多いでしょうから、手伝おうと思ってきたの。よろしく」
「よろしくお願いします、アドマイヤベガさん」
「…フルネームだと長いでしょ? アヤベでいいわ。みんな、そう呼んでるから。それに、もっとラフに喋って。ずっとその調子だと、疲れるでしょう?」
まさか、アヤベさんが手伝ってくれるとは思ってもいなかった。でも、アヤベさんってダービーを勝ってるんだから、トレーニングとかの知識もあるはず。それを参考に、頑張っていこう。
「さ、早くスカウトに行きましょう。誰か現役のウマ娘を捕まえてこなきゃ、はじまらないわ」
「そうだね、アヤベさん。行こう」
「どこに行けばいいかわかってるの?」
「…わからない、です」
「はぁ… ついてきて、今日は選抜レースがあるの。まずはそれを見てから考えましょう」
私のチームには、現役のウマ娘は1人もいない。つまり、まだ始まってすらいない。でも、もう楽しくなってきた。さぁ行こう、チーム〝リラ〟の最初の一歩を踏み出そう。
「偉大な理事長の言葉はこの色だよ
「こっちは優しいアヤベさんの言葉だね