琴の音に耳を澄ませて 作:緑雨
「ラインクラフトさん、この問題の答えは?」
「えっ? えーっと…」
『3番』
「3番です!」
「正解です」
ふぅ… 突然指名されるとビックリしちゃいますね。別に、問題が解けないわけじゃないですよ? わたしだって、時間をかけて考えたら計算問題も文章題も、作者の思いもわかります! 時間がかかるだけです!
でも、今のわたしはひと味もふた味も違いますよ♪ なにせ、心強い仲間がいますから! 難しい問題も、ちょっと悩んじゃうような引っ掛けも、アヤベさんの妹さんと一緒なら簡単です! …味と妹ってちょっと似てますね。へんも、飛び出してる部分削ったら同じです。 …ですよね?
…あ、今は9月の最初です。夏合宿が終わって、授業を受けてます。 …これを最初に言わないとでしたね。
「クラフト、今日は勘が冴えてるね」
「か、勘じゃないよ〜?」
「凄い目が泳いでるけど… 本当に?」
「…ビビッときたんだ♪」
「やっぱり勘じゃないか…」
勘じゃないですし、運でもないんですけど、勘で運ってことにしておかないとです。アヤベさんにもトレーナーさんにも、妹さんが見えていることは誰にも言うなと口止めされてますから! …言っちゃいけないってことくらい、自分でもわかりますよ。言っても周りのみんなを混乱させちゃいますし、証明もできないですし、妹さんも困っちゃうと思いますからね♪
『…そこは2ページ前を読むといいよ』
「あリがとうございます…」
「…クラフト、何か言った?」
「な、なにも?」
…こういうのが難しいです。妹さんに教えてもらったら、お礼を言いたいんですけど、はっきり言っちゃうとシーザリオとか、周りの人に不審に思われちゃいます。テレパシーがわたしに使えれば… 試すだけ試してみます。
「………」
『…眠い? 寝ちゃダメだよ〜?』
…無理ですね。わたしのお日様アタックが効きませんでした。諦めて真面目に授業を受けます…
トレーニングの時間になったら、沢山話せますからね♪
「集まってくれてありがとう。今日はトレーニングの前に、今後の出走予定を軽く話させてもらうよ」
「マイル!」
「グランちゃんはNHKマイルCや安田記念と同じ東京のマイル戦、サウジアラビアロイヤルカップ*1から年末のG1を目指すよ。メイクデビューとも同じ条件だし、上手く走れると思う」
「頑張りマイル!」
グランちゃんはマイル… マイラーだもんね♪ じゃあ、クラシック期は桜花賞からNHKマイルCに向かうのかな。 …わたしが辿った道、こんなに早くに誰かが追いかけてくれるだなんて思わなかった。やっぱり、ちゃんと想いは繋がってる♪
「ヘヴンさんは?」
「メイクデビューは冬場を予定してるよ。それまでじっくりと時間をかけて、万全な状態でのデビューを目指そう。コースは中山とか京都になる… かな?」
「期待に応えられるよう、頑張ります」
「クラフトちゃんはどうするんですか?」
わたしやグランちゃんは早いデビューでしたけど、デビューが早ければ強いわけじゃないですからね。ヘヴンちゃんも、きっと活躍できるはずです!
…で、わたしの話ですね。走りたいレースはありますけど…
「2人とは事前に話してたんだけど、クラフトちゃんとは話せてなかったから、今聞くね。走りたいレースはある?」
「…トレーナーさんに一任します。トレーナーさんが、1番わかってると思うので♪」
「わかった。じゃあ、秋の始動戦は4週後のスプリンターズ
スプリンターズS… 春の高松宮記念と同じ、1200mの電撃戦! コースは中京から中山に変わるので別物ですけど、これを勝てばスプリントG1春秋制覇… ティアラの代表として、現役最速の座を手にできます。 …必ず勝って、成し遂げましょう!
「…その後は?」
「個人的には、エリザベス女王杯を推したいな。ティアラ路線のウマ娘が一堂に集うこのレースを、勝ちにいきたい」
「はいっ! 秋華賞は負けちゃいましたけど… この1年で強くなったって、証明してみせます!」
やっぱり、トレーナーさんはわたしの走りたいレースを選んでくれます。京都芝2200mで開催されるエリザベス女王杯。ティアラ路線のウマ娘が集い、最強の座を競う最高のレースです♪ この翌週にマイルCS*2があるので、適性的にはそっちなんですけど… でも、ティアラの宴に参加しないわけにはいきません!
「質問がある人、て〜あ〜げてっ!」
「…なし、ね。じゃあ、今日は解散よ。トレーニングは来週からだから、ちゃんと休みなさい」
『でも、誰もいなくならないんだよね♪』
「やっぱり、この空気がいいなぁ」
「そうですね、私もそう思います」
スプリンターズSも、エリザベス女王杯も、絶対に勝ちます! チームリラのエースとして、世代最速のティアラウマ娘として!
「おーっ! はっやい!」
「行きますよーっ!」『ゴーゴー!』
「落ちたら私が拾うから、安心して行きなさい」
「それは無理だと思うけど、クラフトちゃんを信じてるから!」
週末、元気が有り余っていたのでトレーナーさんとお出かけです! アヤベさんと妹さんも一緒です♪ それで、朝からお買い物をして… トレーナーさんとお揃いの冬服を買ったんです! わたしも少しずつ大人になってるので、オトナっぽい服が欲しかったんです♪
ニットと、スラックスと、カーディガンと、ミニスカートと、タイツ… だったと思います! …出かけるたびに、オシャレだなぁって思ってたんです。全体が青と黒で整ってて、ザ・オトナって感じで… わたしも、そんなオシャレな人を目指します!
…で、その後はどうしようってなったんです。いつものようにプラネタリウムとか、ケーキ屋さんに行ってもよかったんですけど、丁度近くにウマ娘も使ってオーケーな運動場があってですね。それで、思いついちゃったんです。わたしがトレーナーさんを背負って走れば、トレーナーさんにもわたしの感覚が伝わるんじゃないかって!
トレーナーさん、いつもわたし目線で考えてくれてますけど、わたしみたいに走ったことはないですから。風を切って駆けるこの気持ちよさを味わってもらいます!
『負けないぞー!』
「うぉー!」
「風が、すごいっ!」
「落とさないように気をつけなさいよ…」
「大丈夫です! この脚は、絶対に離しません!」
「決め台詞みたいだけど、脇の下に脚を抱えて走ってる姿を見ると格好いいとは思えないわね」
「…私、周りからどう見えてるんだろ…」
…考えてもいませんでした。トレーナーさんに、走る気持ちよさを知ってもらいたい一心だったので… 確かに、絵面は良くない気がします。中学生に担がれた大人が、風で倒れそうになってるんですから。
でも、やめるつもりはありません! だって、こんなに楽しそうにはしゃいでるトレーナーさんを見るの、凄く久しぶりなんです! 見られて困ることをしてるわけでもないですし… 元気も有り余ってますから!
「コーナーで曲がる感覚も、楽しんでください!」
「うん、気持ちいいね! こんな風に見えてるんだね…」
「本当はもっと速いし、周りを囲まれるから景色なんて楽しめないけど… 大体は同じね」
『こんな風に!』
「…ごめん、私には見えないから」
「目の前に浮いてますよ♪」
振り落とさない程度に… もっと、飛ばして、行きますっ!
「外から!」「内から!」
「ま、真ん中!」
次の日、芝コースを走ってます! 久し振りの芝コース、久し振りの3人併せですが… トレーニングでも、負けるつもりはありません! それに、昨日も走ってちょっと仕上がってますから…! 得意なマイルで、負けるわけにはいかないですっ!
「ん〜!」
「はっ、あぁ!」
「負けるかーっ!」
「お疲れ様、タオルと飲み物よ」
「あリがとうございます…」
「全然追いつけない…」
「先輩の意地、ですね♪ でも、グランちゃんもタイムトライアルの時より速かったですよ♪」
「クラフトちゃんもおつかれ。肩でも貸そうか?」
「大丈夫、ですっ! もう1本でも、行けます!」
「それはやめようね」
…えへへ。まだまだ先輩として、高い壁ですっ! …いつかは、越えられちゃう気もしますけどね。グランちゃん、凄い走りでした。わたしには見る余裕もなかったですけど… でも、外から凄い圧を感じました。絶対に抜いてやるっていう、執念みたいな… そんな感じです。わたしももっと強くならないと…
「体がなまっちゃうので、私も走ってきますね」
「それなら、お供します…!」
「走るの好きね…」
『お姉ちゃんも好きでしょ?』
「わたしも好きです♪」
「あたしもっ!」
「…私もです」
「ウマ娘の性だね。アヤベさんも走ってきたら?」
「私はいいわ、走りたい時は何時でも走れるもの」
よしっ、息も整ってきました。少し休んだら、わたしもまた走ろうかな…? でも、走りすぎたら疲れちゃいますよね。トレーナーさんにも、疲れは自分じゃわからないから気をつけてって口を酸っぱく言われました。スプリンターズSを勝つためにも… 今は戦略的に、休みましょう! …走りたいけど!
「クラフト、明日は何か用事でも?」
「うん! トレーナーさんとお出かけするんだ♪」
「それなら、早く寝たほうがいいんじゃないかな?」
「そうだけど… 興奮しちゃって眠れなくって。でも、もう寝る!」
「…おやすみ、クラフト」
シーザリオともたくさん話したいけど、おやすみなさーい。明日の休みは、トレーナーさんと遊ぶぞーっ! …寝れるかな? えへへ、楽しみだなぁ♪
「クラフトちゃん! よかった…」
「ごめんなさ〜い!」
「迎えに来て頂いて申し訳ありません。次からは、遅刻なきようもう少し早い時間に起こします」
「ごめんねシーザリオ…」
「こちらこそ、クラフトが迷惑をおかけしました。連絡も、ありがとうございます」
…ごめんなさい。今日は9月の第2日曜日です。朝からトレーナーさんと2人でお出かけの予定だったんですけど… 寝坊、しました。トレーナーさんにも、シーザリオにも迷惑をかけちゃいました… 次からは気をつけないと…!
『今度から私が起こしに行くね』
「お願いします…」
「それでは、失礼します」
「ありがとうございました」
「ありがとー!」
何はともあれ! お出かけは、楽しんできます。反省はその後でも問題ありませんからね。楽しめる時に楽しめるだけ楽しんで、怒られる時に怒られるだけ怒られてきます! …怒られてきますって宣誓するのも変ですね。怒られないように、頑張ります!
「久し振りのレザークラフト… 今回は何を作るの?」
「桜花賞のティアラを作ります!」
「いいね… 完成したら、また見せ合おうね」
「はいっ!」
レザークラフト、前は自分の跳ね毛を再現しました。あれは今でもカバンに付けてます! あのキーホルダーがあれば、それだけでわたしのカバンだってみんなに伝わりますから。それに、稲妻みたいでカッコいいですっ!
「ふぅ、できた… お待たせしちゃったかな?」
「大丈夫です! これは… 上は稲妻ですよね? それで、下は…」
トレーナーさんが作った物が、凄い形なんです! すごく、すごく複雑なんです。稲妻みたいにジグザクしたと思ったら、数字の6みたいに丸くなって、最後は花火みたいに広がって… 作品って感じです。何かは、さっぱりわかりません。でも… きっと、チームをイメージした何かだと思います。トレーナーさんですから、きっとそうです。
「上がクラフトちゃんの稲妻、真ん中がグランちゃんの流星、下がヘヴンちゃんをイメージしたお花だよ。ほら、ブルームって花って意味だから」
「なるほど! それ、どうするんですか?」
「私の部屋の扉に付けるつもりだよ」
「…じゃあ、あまり見れないんですね」
ちょっとだけ残念です。チームリラって感じがひしひしと伝わりますし、きっとわたしだけじゃなくて、グランちゃんやヘヴンちゃんも見たら嬉しくなると思ったので… だって、自分のトレードマークを、トレーナーさんに形に残してもらえたんですよ。それってすごく嬉しいことじゃないですか?
「それは確かにね… 私の部屋なんて私… と他2人くらいしか来ないし、もっと目立つところにしよう。 …スーツケースとか」
「遠征に行く時のですか? …それなら、嬉しいです」
「じゃあ、そうしよう。せっかく作ったならみんなに見てもらわないとね♪」
…わがまま言っちゃいましたね。でも、それぐらい、ずっと見たいキーホルダーなんです。トレーナーさんの思いが込められた物ですから… せっかくなら、わたしの思いも込めて、もっと思い出に残る物にしましょう。
「わたしはティアラを作りました♪ …作る前から言っちゃってましたけど」
「可愛いティアラだね。クラフトちゃんに似合うよ」
「ちっちゃくてわたしには乗りませんけどね♪」
「確かに、ぬいぐるみサイズだね」
ぬいぐるみ… そういえば、ちっちゃなわたしのぬいぐるみがトレーナー室にあった気がします。 …よしっ、このティアラはあの子に託しましょう! キーホルダーなので、乗せるようには作ってないですけど… きっとなんとかなるはずです!
「ずっと工房の前で話してても何だし、どこかでお昼にする?」
「そうしましょう! …お腹、すいちゃいました」
「育ち盛りだからね、たくさん食べよう」
「おー!」
そんなこんなで休日を楽しんで、また平日です。
「クラフトさん、チラシよ」
「これは… なるほど! トークショーをするんですね」
「見に来いと言うつもりはないわ。 …気づいたらトップロードさんが刷っていたから、配っているだけ」
「必ず行きます!」
「…そう」
アヤベさんに貰ったのは、聖蹄祭のチラシです。アヤベさんとトップロードさんの2人で、1時間のトークショーをするらしいです。 …あ、わたしは今年は何もしません。去年はサイン会をしたので、今年もしたかったんですけど… 来週レースなので、ダメと言われてしまったんです。
だからこそ、今年はいっぱい楽しみます! 朝から予定を組んで、1日遊びまくりますよー!
「い、いらっしゃいませ♪ 本日は、いかがなさいますか?」
「オムライスを1つお願いします」
「わかりました、ク… ご主人様♪」
「写真撮りまーす、笑ってくださーい」
「う〜っ、スマイル☆」
「スマーイル♪」
「アヤベさん、いつもすごく優しくてですね、あの日も「そういうのはいいから!」
「いえ! 今日くらいは、アヤベさんのいいところ、いっぱい自慢させてください!」
「自慢大会で人を褒めてどうするのよ…!」
ふぅ、色んなお店を回れました。ヘヴンちゃんのクラスのメイド喫茶で可愛いところを見て、グランちゃんとクロノちゃんの放浪写真撮影で思い出を残して、アヤベさんとトップロードさんのトークショーでひと笑いして… でも、今日はもっと回りますよ!
「あ、クラフトちゃーん♪」
「カレンちゃん! 奇遇だね」
「だね♪ そうだクラフトちゃん、琴葉さんのお店、もう行った?」
「トレーナーさん、お店やってたんですか!?」
「うん! 行ってみて!」
「わかりました、行ってきます!」
トレーナーさんのお店… やってるとしたら、トレーナー室ですよね。行ってきます!
「次の方〜 …おぉ、クラフトちゃん」
「トレーナーさん、お店やってたなら教えてくださいよ〜」
「ごめんね… で、え〜っと…」
「トランプマジック、ですよね?」
「そう、なんだけど…」
…? なんだか、歯切れが悪いような… 部屋から出てきた人の話によると、トランプを1枚だけ選んで抜かせて、そのカードを見ないで当てる、そんなマジックらしいです。後は、相手にフリップを渡して書いた文字を当てたりとか。
『…見えてるよね』
「あっ、はい!」
「と、とりあえずやろっか。じゃあ、カードを1枚選んで取ってみて」
「じゃあ… これで!」
「そしたら、私に見えないように確認してください…」
「…見ました。妹さんにも見せたほうがいいですか?」
「その方が、いいかもね…?」『う、うん!』
引いたのは、クラブのジャックですね。それで、これを山札に戻して… …トレーナーさん、凄く緊張してるように見えます。大丈夫でしょうか…? 妹さんも、なんだか忙しないですし…
「っと、あぁ、ごめんね」
「大丈夫です! 拾うの、手伝いますね」
シャッフルも失敗して飛び散っちゃいました… ほ、本当に上手くいくんでしょうか。
『か な ら ず あ て ら れ る は ず!』
「…! わかりました、あなたの引いたカードを当てましょう」
「おぉ! なんでしょうか!」
「クラブのジャック!」
「すごい! 正解です!」
す、すごいです!
う、打ち合わせ通り…! 危なかった、ギリギリ言葉が浮かんでよかった〜! 琴葉さんとこのお店をやるって決めてから、クラフトちゃん対策はずっと練ってきたからね♪
他の人の時は、わたしが後ろに回って絵柄と数字やらを読み上げる! クラフトちゃんの時も、わたしがそれを確認して… バレないように、言葉で伝える! 今回はクラブの11だったから、か行の11文字の言葉! それっぽい言葉が思いついてよかった…
「もう1回、いいですか?」
「もちろん! 待ってる人もいるから、次で最後だけどね」
「はいっ!」
…今度はハートの7… は行の7文字の言葉で、上手く振らないと… カードをぶちまけて時間稼ぎはさっきしちゃったから、今度は急いで閃かないと…! …よし、できた!
『ほ ん と に あ た る?』
「…それじゃあ、カードを当てるよ」
「はいっ!」
「ハートの… 7」
「すごいです! テレビとか、出れますね!」
「そ、それはよかった… じゃあ、また後でね」
「はいっ、また後で!」
よしっ! クラフトちゃんを超えたなら、もうトリックがバレることはない! なんとか成功してよかった…
「お次の方、どうぞー」
「トレーナーさん、トリックを暴きに来ました」
「マイルパワーで、どんなトリックも暴いちゃうよっ!」
「クロノちゃん、グランちゃん、ようこそ。それじゃあ、トランプを使って千里眼のマジックをしようか」
「──っと、そんな感じで、全部当てられちゃうんです!」
「そ、そう… 凄いトリックね…」
「すごいです! アヤベさん、一緒に行きませんか!」
「あー… やめておくわ。トレーナーが練習しているところを見ていたから、タネが分かってしまうの」
…嘘よ。練習なんて見てないし、きっと本人もぶっつけ本番なんじゃないかしら? でも、タネが分かったのは本当。 …朝からあの子がどうしていないのか不思議だったのよ。いつものように私の横か、見てもらえるクラフトさんの横にいると思っていたから。 …マジックのタネを務めていたのね。
…うん? あそこにいる子、もしかして…
「用事ができたから、先に失礼するわね」
「はーいっ」「わかりました!」
「あっ、アドマイヤベガさん!」
「久し振り。聖蹄祭、楽しんでいるかしら?」
「はい! トークショーも、楽しかったです!」
「それは良かったわ」
…大きくなったわね。最近は忙しくて殆ど会えていなかったけど、前に街で迷った時に出会ったファンの子よ。1年… は経っていないと思うのだけど… 子供、特に幼いウマ娘の成長力は凄まじいものがあるわね。耳をピンと伸ばしたら、私の肩… の少し下くらいまでは届くんじゃないかしら? …元がどれくらいだったかと聞かれると、少し困るけど。記憶が確かなら、私の腰あたりに頭があって、耳を伸ばしても胸元まで届かない… そんな程度だったと思うわよ。このペースで伸びていけば、6年後には私を超えるんじゃないかしら? …私の成長も、まだ終わっちゃいないと信じているけど。
「あの… お姉ちゃんって、どこにいますか?」
「お姉ちゃん… あぁ、トレーナーのこと?」
「あっ、はい!」
…お姉ちゃんと言われると、一瞬ドキッとしてしまうわね。トレーナーがそう呼ばれるほどこの子と親しいことにも驚きだけど… 勝手な推測だけど、この子がトレーナーの心の拠り所になってくれていたのかも知れないわね。 …子供のふわふわとした笑顔ほど、疲れた心を癒してくれるものはないわ。
「案内するけど… お母さんは?」
「おかあさ〜ん! お姉さんと、行ってくるねー!」
「…行きましょうか」
「うん!」
私も、この子にとってはお姉さんなのね。 …気合い、入れていきましょうか。あの子もトレーナーの横にいるでしょうし… 立派なお姉さんの姿を見せてみせるわ。
「すごい! どうしてわかるの!?」
「それは、私が千里眼を使えるからだよ♪」
「センリガン! 教えて!」
「それは秘密、簡単に教えたらつまらないでしょ?」
「…後ろが詰まってるから、そろそろ出るわよ」
『お姉ちゃん、ありがと〜!』
…地獄のような時間だったわ。純粋な子供の為に、一緒に騙されて驚いてるような演技しないといけないのよ。カードの文字を読み上げる妹の声も、それを聞いて頷くトレーナーも、全部わかったうえで、よ。 …この状況でクラフトさんが騙された、というのも驚きだけど。クラフトさんは全部見えてるはずよね…?
「次はどこ行く?」
「そうね… あっちが面白いんじゃないかしら」
「じゃあ、あっち!」
…この子と話すこと自体は楽しいから、まだまだ振り回されてくるわ。
「クラフトちゃん、準備はいい?」
「バッチリです!」
「ウィナーズサークルで待ってます!」「最高の位置でカメラを構えています」
「頑張ってください!」「応援しています」
「…スプリンターズS、いってらっしゃい」
スプリンターズS、当日です。聖蹄祭を楽しんで、そこから1週間で完璧に仕上げてきました! コースの情報も、ライバルのことも、全部頭に入っています!
スタートは2コーナーの終わるあたりで、そこから4コーナーまでずっと緩やかに下りながらカーブしている、特徴的なコースです! 中山の直線といえば短くて坂が急、ですので前有利は間違いありません。わたしももちろん、前で前で行きます! 枠も2枠4番と前に行くのに絶好の枠ですから、自信を持って行きます!
次は、ライバルに関してですね。先ずは高松宮記念でも戦ったイッヒヴァルテさん。名前は、私は待ってる、みたいな意味らしいです。 …あの時は勝てた嬉しさで気にしてなかったんですけど、着差は殆どなくて、今回も勝てるかは分かりません。一瞬でも隙を見せれば、間違いなく差し負けます。 …もちろん、油断するつもりはありません。
『大丈夫? 落ち着いてる?』
「うん。 …頭の中で、復習してたんだ」
『それなら、良い情報を仕入れてきたよ♪』
「えっ、なんですか?」
『キングヘイローさん、今回は直線勝負を仕上げるらしいよ』
「なるほど、ありがとう!」
キングヘイローさんも、今回のライバルです。同期なんですけど、クラシック路線の方なので対戦は初めてです。それに、前は中長距離路線を走ってたはずです。クロノさんの情報によると、逃げから追い込みまで自在に攻めてくる器用さがあって、短距離戦なら逃げてくる可能性が高いって話だったんですけど… 妹さん曰く、差しか追い込みなんですね。それなら、その前提で動きましょう。
『後は… 外国から来た人も見に行ったんだけど、言葉がわかんなくて…』
「サイレントターゲットさん、ですね。感覚だけでも、何かわからないかな…?」
『えっとね… すごい、振り切ってやるぜー! みたいな感じだった!』
「わかった、覚えておくね♪」
海外からの刺客、サイレントターゲットさん。脚質は… 多分、逃げ。わかってるのはそれだけだけど… 絶対に強い。だから、絶対に逃さない! 相手にレースを握らせない、勝ちに行くにはそうするしかない! 展開を待ってたら勝てないと思うし…
何より、高松宮記念を勝ったディフェンディングチャンピオンとして! どれだけ警戒されても、自分の走りを崩さず、相手に惑わされず… 自分から展開を作って、勝つ!
…つまり! わたしの作戦は好位先行!
「…よしっ、行こう」
『行こう!』
勝つよ… 夢でわたしに誓ったから。わたしの走りで、思いを繋いで行くって!
「お疲れ様、よく頑張ったよ」
「トレーナーさん… すみません、負けちゃいました」
「仕方ない、相手が強かったね。でも、このまま終わるつもりはないでしょ?」
「はい。次は、絶対、勝ちます!」
「そうです! 次… は多分違う相手ですけど、いつか必ずリベンジのチャンスはあります!」
「…そうね。1年先、2年先でも、走り続けていればまた出会う時はあるわ。 …その時まで、進み続けましょう」
…4着でした。最後まで競り合って、最後は離されちゃったんですけど… 凄く、楽しかったです。大歓声が響いて、見てるみんなの盛り上がりも伝わってきて… 勝ちたかったです。
この悔しさを忘れずに… エリザベス女王杯まで、持っていきます。そこで、絶対に晴らしてみせます。わたしは、ティアラ最強だって。 …わたしはまだ、輝けるって。そして、またここに帰ってきます。次こそは、勝者として歓声を浴びるために!
「私も、また予想の勉強をしてきます。 …今回は、展開が全くでしたから」
「次はあたしも手伝うよ」「私にも、手伝わせてください」
「予想は私とクロノちゃんで頑張るから、2人は気にしないで。2人は2人のレースがあるんだから」
「わかりましたっ!」「はい…」
「クロノちゃんの予想も助かったよ。だから、卑下しないで」
「…ありがとうございます」
予想のせいとか、そんなことは絶対にありません! 負けたのは、わたしの力不足、それだけなんです。 …だからこそ、もっと頑張るんです!
…でも、次はわたしの番じゃないですね。グランちゃんのサウジアラビアRCの応援、頑張るぞーっ!
「それでは、行ってマイル!」
「いってらっしゃい」「頑張ってね!」
「楽しんできなさい」「応援しています!」
東京1600m、あたしなら、絶対に勝てる。 …いや。絶対、勝たなきゃいけない! クラフト先輩を超える、新時代のマイル女王になるためにも!
「逃げに惑わされずに、落ち着いてね」
今まで学んだマイルの全てを胸に刻んで… いざ、重賞タイトルへ!
「頑張ってください!」
「が、がんばれー!」
歓声も受け止めて、背負って、応えるために… 行こう。
ゲートイン、完了! そして〜!
──いまっ! 違うっ!
ちょっと遅れた… でも、マイルならあたしは負けない! とりあえず… 前に行こう!
3コーナー、まだ前は遠い… ゴールも遠い、でも、仕掛ける! マイラーの矜持を見せてやる!
「マイルは譲らないよ。絶対に!」
もう先頭は見えた! 勝利の道も、確かに見えた!
焦らず、ちょっと落ち着いて、息を整えて… 4コーナーも回って、直線に入って… 行こう! 一気に、先頭に!
「マイルこそ、あたしの舞台! …なるよ、マイルの女王に!」
マイルで、負けるわけにはいかないから。あたしは、最強のマイラー、最速のウマ娘だから!
「──さっ、どっちにする?」
「気分で選んでもらっても構わないわよ」
「登録の締め切りまで待っても大丈夫です!」
2戦2勝、無傷でマイルのG3も勝った… 次は、グレードワン! 翌年のトリプルティアラに向けての最初のティアラ決戦阪神JFか、世代最速のジュニア王者を争う朝日杯FS。 …あたしの目標は、もう決まってます!
「クラフト先輩」
「はーいっ、呼んだ〜?」
「あたしが、先輩の仇を討ちます!」
「…どの仇だろ?」
「トレーナーさん! あたし、阪神JFに行きます!」
クラフト先輩が切り拓いてくれた、クラシック期のマイルの道は、マイルの道でありティアラの道! ティアラ路線のみんなの思いと、最速を目指すマイル路線のみんなの思いに挑む道! そして、あたしは… その道の、更に先を目指してる! だから最初は、阪神JFに決めた。朝日杯でマイル最速の座も獲りたいけど… そんなの、後から証明すればいいからっ♪
…それに、クラフト先輩とチームのおかげで、あたしは強いマイラーになれた。マイルの夢も、ここだからより強く見える。チームの為に勝ちたいと、負けられないと思うようになった。チームの夢を、クラフト先輩の夢を叶えたいと思うようになった。だから、あたしは…
「阪神JFで、先輩の無念を晴らしてきます!」
「グランちゃん…!」
「…先輩思いの、優しい後輩を持ったわね」
「グランちゃんの思い、よくわかったよ。次走は阪神JF、勝ちに行こう」
…トレーナーさん、ちょっと驚いたような顔してる。あたしが朝日杯って言うと思ってたのかな。 …あたしでも、このチームじゃなかったらそう言ってたと思う。でも、今のあたしは、チームリラのグランアレグリアだから。
「………」
「ヘヴンちゃん」
「はっ、はいっ!」
「先に行って、待ってるよ」
「…わかりました。必ず、追いつきます」
ヘヴンちゃんは、絶対に良いマイラーになる。それでもあたしは、クラフト先輩にも、ヘヴンちゃんにも負けない! あたしが、最強のマイラーだから!
「…ところで、今更1つ聞いてもいいかしら?」
「どうかした?」
「真面目な話の時にクロノさんがいないの、珍しいと思って」
…確かに。クロノちゃん、いつもトレーナー室にいるから、どんな話でも聞いてくれてるのに。今日はレースの日でもないし、補習とかでもなさそうなのにね。でも、クロノちゃんだしなぁ… 地方のレース場に行っててもおかしくないよ。
「クロノちゃんにはやってもらわないといけないことがあってね。ケガとか病気じゃないから安心して」
「クラスでも元気だったので、それは知ってます」
「そっか、同じクラスだったね」
「私とアヤベさんも一緒です!」
「…わたしも、みんなと同じクラスだったらなぁ」
「同学年も、このチームにはいないものね」
クラフト先輩は、あたしの1個上の学年のはず。あたしが2年生になるのは何年後かな…? トレセン学園はトゥインクル・シリーズがあって、カリキュラムも普通の学校と違うから、1年で1学年上がるわけじゃないんだよね。 …頑張れば飛び級で追いつけるのかな。
「話は終わりにして、解散にしよう」
「…用事があるから先に失礼するわね」
…解散なのに、先に失礼って不思議ですね。
「お供しましょうか?」
「………」
「…せっかくだから、ついてきてもらおうかしら」
あたしは… のんびり勉強しようかな。
〜10月前半
「トレーナーさん! わたしの考えてること、当ててください!」
「むむむ… むむむむむ…」
「悩んだってわかるものじゃないでしょ」
「ずばり… お昼寝かな?」
「! そうです! 流石トレーナーさんですね!」
「これが絆の力、だね」
「…18時に昼寝のことを考えているという事実の方が驚きだわ」