琴の音に耳を澄ませて   作:緑雨

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3年目末


幸運の1等星

 

「すいません、急いで帰らないといけなくなってしまって… また休暇を取れた時に、お邪魔させていただきます!」

「近いうちに、また帰ってくるわよ。それじゃあ… さようなら、より行ってきます、かしら」

「さみしいけど、仕方ないわね。いってらっしゃい」

「…行ってきます!」

 

 帰省した翌朝、トレーナーと2人でトンボ返りしているわ。 …ゆったりと1泊していたら、トンボ返りとは言わない気もするわね。トレセン学園に急いで戻ってる理由はシンプルよ。トレーナーの親友が数年ぶりに姿を現したから。

 

 …もちろん、私はその親友さんと話したことはおろか、姿を見たことも、声を聞いたことも、文字を読んだこともないわ。トレーナーに確認したところ、銀髪で幼い雰囲気の女性だそうよ。 …前にカレンさんの運命の相手を探していた時に、トレーナーに教えてもらった覚えがあるわ。ウマ娘を知らないからカレンさんの運命の相手ではないそうだけど… 一応、カレンさんに姿は見てもらったほうがいい気はするわね。親友だからといって、行動や考えをすべて把握しているわけではないでしょうし…

 

 …把握されていたら、私なら警察に行くわね。

 

「トレーナー、その人と会う場所は?」

「トレーナー室だよ。ヘヴンちゃんに、トレーナー室のソファーで寝かせるように伝えたでしょ?」

「そうだったわね… もう起きてるかしら」

「朝早いし、昨日遅かったみたいだし、多分寝てるよ」

「普段は朝に強い人なの?」

「微妙… 寝起きははっきりしてるけど、起こされないと起きないタイプかな」

 

 その人のことは、聴けるだけ聞いておいたほうが良いわね。トレーナーは全幅の信頼を寄せているみたいだけど、私としては信じきれないわ。だって、数年間連絡の1つもなかった友人が、突然現れたのよ。それも、職場の正門前に倒れるという形で。 …悪い想像も、少しはしてしまうわ。

 

「ウマ娘のこと、知らないんだったわよね」

「そのはずだけど… ヘヴンちゃんに聞いた感じ、ちょっとは知ってるみたいだよ。何で知ったのかは分からないけど、知る機会なんて幾らでもあるよね」

「それなら、あなたがトレーナーとして活躍していることも知っているのかしら?」

「どうだろう… 知っててくれると嬉しいね」

「…そうね」

 

 今やチームリラはトゥインクル・シリーズに欠かせない有名チームよ。3年でG1級競走4勝、勝率や複勝率でも抜群の数字を誇っているわ。 …自分で言うのも何だけど、凄いチームなのよ。人数が少ないから率が高いという説もあるし、少ないせいで合算系の指標は軒並み低調なのだけど… それでも、将来は名チームになると誰しもが思うようなチームなの。 …中の立場からすると、実感はないけどね。

 

 だから、普通に考えたら知らないなんてことはないはずなのよ。なのに…

 

「…多分、知らないと思うけどね」

「そう…」

 

 トレーナーは、知らない可能性が高いと言うのよね。

 

 …この方向から、親友さんに迫るのは無理があるわね。幾らトレーナーに聞いても『知らないと思う』としか返事が来ないもの… 新しいアプローチから、探ってみましょう。

 

「久しぶりの再会なら、手土産でも何か買いに行く?」

「そうしたいけど、もう着いちゃうよ」

「好きなものとか、知ってるんでしょ?」

「知ってるけど、3年も経ったら変わってるよ。食の好みは変わってないといいけど…」

「何が好きなの? あなたと同じとか?」

「昔から私の手料理が大好きだったんだ、作ったら全部食べられちゃう」

 

 本当に仲が良かったのね… どうして音信不通だったのかが疑問になるくらいよ。

 

『見てきたよ♪』

「元気にしてた?」

『気持ちよさそうに寝てたよ、いい夢見てるんじゃない?』

「それは良かった… っと、もうすぐ着くね」

「着いたらあなたが前を歩いて。 …初対面の人と話すのは緊張するから」

「わかった、私が前で行こう」

 

 …どんな人なのかしらね。場合によっては、私は逃げさせてもらうわよ。かつての旧友が数年ぶりに再会したら別人になった、なんて話もネットで見たことがあるわ。トレーナーの信頼する親友さんが、そんなことになっていないと信じたいけど… 3年間音信不通だったことも合わせて、疑念は晴れないわ。

 

「…開けるよ、起こさないように静かにね」

「わかったわ…」

 

 扉が開いた… カーテンも閉まっているから暗くて良く見えないけど、奥の方に誰かいるわね。聞いた通り、眠っているみたいだけど… ソファーの上で少し丸まっているのね。 …トレーナーが近づいていったから、私もついていくわね。横を向いているから顔は見えないけど、髪は長そうね。

 

「起こすね」

「わかったわ…」

 

 

「朝ごはん食べちゃうよー!」

 

 

 起こす言葉、再会の言葉はそれでいいの…?

 

「ふぇっ!? ま、待って!」

「…おはよう、あかり」

「!! 葵!」

 

 本当に目覚めがいいわね… 羨ましいわ。私もこれだけ反応が良ければ、カレンさんにもトレーナーにも寝顔を撮影されたりしないのに…

 

「あかり、久し振りだね」

「うん、久し振り。会えて、本当に嬉しいよ。 …抱きしめてもいい?」

「いいけど…」

「…ありがとう。ずっと、会いたかったよ」

 

 …何なの、この空気。凄く感動の再会って感じがするけど、それならどうして2人は今まで連絡すら取らなかったの? …私が知らない事情があるのかしら。例えば… 試験勉強の為に勉強以外の全てを切っていた、とか。 …流石にないか。そんな人がトレセン学園の前で倒れているとは思えないわ。

 

「………」

「ずっと、ずっと探したんだよ? あの日から、ずっと…」

「あ、あかり! その話は、後でにしよう。今は他にも人がいるから…」

「…お邪魔なら、話が終わるまで私は部屋の外で待つわよ」

「待って、ください…! あなたとも、話したいです…」

 

 …本当に、何が何だかって感じね。あかりさんがずっとトレーナーを探していたなら、連絡を絶っていたのはトレーナーってこと? …トレーナーがそんなことをするとは思えないけど。仲が悪いならまだしも、親友って言っていたし… ここに来るまでの間、ずっと声も躍っていたわ。そんな相手を突き放すかしら? …私なら、そんなことはしないわ。何があろうとトップロードさんとの縁を切りたいとは思わないもの。

 

 トレーナーが何か話を遮った気もするけど… 人に言えない秘め事の1つや2つ、不思議でもないわ。幼馴染なら、そういうことも知っていそうだもの。 …そう単純な話でもなさそうだけど。気にしないでおきましょう、聞かれたくないことを聞くほど野暮なことはしないわ。

 

「はじめまして、あかりさん。私はアドマイヤベガ、琴葉葵トレーナーのアシスタントとして、彼女のチームに携わっているわ。気軽に、アヤベと呼んでくれて構わないわよ」

「“キズナアカリ”と言います。葵とは、その… 幼馴染で、家族のようなものです。あの… ここでの葵のこと、教えていただけませんか?」

「…簡単にいうなら、賢くて優しくて働き者な、理想のトレーナー、という印象ね」

「アヤベさん…!」『だよね!』

 

 …お世辞を言うのは得意じゃないから、正直に思った通りに言ったわよ。それが、誠実だと思ったから。

 

「それは良かったです。葵が、幸せだったなら… それだけで、嬉しいです」

「あぁ、涙吹いて。ほら、ハンカチ」

「ごめんね、涙が止まらなくて…」

 

 …あかりさんは、トレーナーのことが本当に大切みたいね。家族みたいなもの、って表現も、誇張なんて全くないのかもしれないわね。 …3年間も音信不通だった理由が気になるわね。秘密を詮索するつもりはないと言ったけど、気になるものは気になるわよ。直接聞きはしないけど、考えるくらいはいいでしょ?

 

「ふぅ… すいませんでした、何度も泣いてしまって…」

「大丈夫よ、状況が状況だもの、気にせず泣いて」

「優しいですね、アドマイヤベガさん」

「アヤベでいいわ… 今度は、あかりさんの話を聞かせてくれないかしら。少し、興味があるの」

「………」

 

 悪い人じゃない、ということだけはわかったわ。それと、トレーナーにとても強い感情を持っているということも。 …聞きたいことは山程あるわ。お互いに、でしょうけど。

 

「わたしの話、ですか… 昔話をすると長くなっちゃうので… 葵と会えなくなってからの3年の話、でいいでしょうか。葵にも、聞いてほしいので」

「お願い」

「待って、その話は後にしよう。あかりもまだここに来たばかりなんだから、落ち着いて朝ごはんでも食べてから続きにしない? ほら、お腹すいたでしょ?」

「…ですね! 久し振りに、葵の手料理が食べたいなぁ♪」

「よーっし、頑張っちゃうよ」

 

 …強引に話題を変えられたわね。そんなに聞かれたくない話なのかしら…? というか、トレーナーとあかりさんが離れてからの話なら、トレーナーは内容を知らないはずだけど…

 

 …これなら、この話はしないほうが良さそうね。無理矢理聞き出してトレーナーの秘密を聞くくらいなら、本人が話してくれる日を待ちたいと、私はそう思うわ。 …少なくとも、本人はまだ言いたくないみたいだし。

 

「その為にも、トレーナー寮に行こうか。安心して、私についてきたら大丈夫だから」

「わかった、子ガモのようについていくよ」

「私も少ししたら追いかけるわ。 …だから、その間に打ち合わせでもしておいて」

「打ち合わせ…?」

「…ありがとう、アヤベさん。さ、行くよっ!」

「あっ、うん!」

 

 …上手な嘘の打ち合わせよ。聞かれたくない話題になる度に話を遮っていてはトレーナーも大変でしょうから… 2人で、話しちゃいけないことは打ち合わせを済ませてもらいましょう。

 

『あれ、ヘヴンちゃん?』

「…どうかした?」

『お姉ちゃん! 机の下にヘヴンちゃんがいる!』

「はっ…!? ……」

 

 ヘヴンさんが机の下に…? 確かに、トレーナーの机は下に隠れられるでしょうけど… どうして? 適当に時間を潰してから追いかけるつもりだったけど、追いかけられない事情ができたわね…

 

 …正直、隠れている理由なんて見当もつかないから、真っ向から聞きましょう。ヘヴンさんには妹の声は聞こえていないはず… 突然話しかけたら驚くかしら?

 

「…ヘヴンさん、そこで何をしているの?」

「えっ!? な、なんで…」

「私が気が付かないと思った? ずっとわかっていたわよ」

「ごっ、ごめんなさいっ!」

 

 少し威圧しすぎたかしら…?

 

「怒ってるわけじゃないわ。ただ… どうして隠れていたの?」

「その… 昨晩、あかりさんを運んだ時から、いつ目を覚ましてもいいように、ずっとこの部屋にいたんです」

「ずっとそこに…?」

「隠れたのはついさっきです! 外から足音がして、咄嗟に隠れてしまって…」

「それなら、私達だとわかったらすぐに出てくればよかったんじゃない?」

「えっと… あかりさんが、凄く感動的な雰囲気だったので、出ようにも出れなくなってしまって…」

 

 …なんとなく理解できるわ。ドラマでも感動の再会の瞬間に、画面の端で机の下から誰か出てきたら気になって感動の涙が引っ込むかもしれないもの。それで、一段落するまで机の下に隠れて、私達がいなくなったら自分の部屋に戻るつもりだったのね。

 

 …うん?

 

「…外泊届、出してる?」

「…あっ!」

「…一緒に謝りに行きましょう」

「ごめんなさい…」

 

 寮に寄ってから、トレーナー達を追いかけることにするわ…

 


 

「…こうやって話すのは3年ぶりだね」

「こうやっても何も、話すの自体が3年ぶりだよ」

「それもそうか… そっちはどうだった?」

「ど、どうだったって…」

 

 葵だよ、トレーナー寮であかりと話してる。 …ちゃんと説明したほうがいいか。背が低くて胸が大きくて、銀髪のロングヘアを三つ編みにした元気な彼女は、紲星(きずな)あかり。紲に星と書いて“きずな”って読む珍しい名字だけど、もう慣れちゃった。それくらい、ずっと一緒にいるから。 …一緒にいたから、の方が正しいか。

 

「ずっと心配してたんだよ… 警察にも連絡して、テレビでもお願いして、ずっと葵を探してた。平日の夜にネットで噂話みたいな目撃情報を集めて、休日にそこに行っていませんでしたを繰り返す、そんな日常…」

「…心配かけたね。それと、ありがとう。私のことを、そんなに探してくれて」

「探すよ、葵のことは天国だろう地獄だろうと探し出すから!」

「現に、ここに辿り着いたわけだもんね… どうやって来たの?」

「…昨日、不思議な夢を見たんだ。ハゲてる神様が出てきて、葵の話をしてきて、ゲームの話をしてきて… 半分くらい聞き流してたら、ここにいた」

「神様の話くらいは真面目に聞いてくれないかな…」

 

 …こんな適当な会話も、凄く懐かしい気がする。気がする、じゃなくて実際に懐かしいんだけどさ。3年か… 私がトレーナーとして楽しくやってる間に、元の世界は大変だったみたいだね。探してくれたんだって最初はうれしかったけど、申し訳なさが強くなってきた…

 

「…あ、今日テレビの予定だった気がする」

「あー… 切り替えよう、もう元の世界には戻れないから」

「…そうなの? …じゃあ、私も葵と同じように神隠しにあったことになるの?」

「うん、多分そうなるよ」

「…未解決事件を追うテレビに関係者として出るはずが、未解決事件そのものになっちゃった」

「不謹慎だけど、面白くていいんじゃない?」

「そうかな…」

 

 …元の世界のことは気になるけど、聞いてもどうにもできないし忘れておこう。予想としては、あかりが警察に通報して、テレビでも神隠し事件って報道されて、そのまま犯人の手がかりすらつかめず… って感じかな。窓も玄関も鍵閉まった状態でどこのカメラにも映らずに私が消えたんだから、そりゃ犯人の手がかりなんてあるわけないんだけどさ…

 

「それで… 打ち合わせ? って何するの?」

「この世界でのあかりの経歴を捏造するよ」

「捏造…? 別の世界から来ましたーじゃダメなの?」

「そんなこと言っても誰も信じないし、信じられたらそれはそれで面倒になるから、それっぽい経歴を作るよ」

「わかりました、葵先生!」

「先生ではないよ」

 

 現状、誰かに昔のことを聞かれたらすぐにボロが出ちゃうから、それっぽい経歴を作らないとね…

 

「…幼少期に関してはいいか、馬の話さえしなければ元のままで」

「馬って禁止ワードなの?」

「ウマ娘はいるけど4足の馬はこの世界にいないからね。“うま”って言ったら、ウマ娘のことになるよ」

「なるほど… じゃあ言わないようにしよう」

 

 競馬の話をされたら困るから、ここだけは念を押しておいて…

 

「…大人になってからのことも、余計なことを言わないように気をつければ、元のままでいいか」

「余計なことって?」

「私を探してた、とか。私が神隠しにあった、とか。ここ3年間の話はしないで、聞かれたらトレーナー資格試験の勉強をしてたから世間のことは知らない、で通して。 …3年間ニュースすら知らないのは不自然だから、仕事しながらで忙しかったとか、色々理由つけてね」

「…わかった! その試験もよくわかんないけど、してたことにするよ!」

 

 …よし、打ち合わせは十分。不安はとても沢山って感じだけど、信じるしかない。3年前のあかりなら嘘が下手でトップロードさんにも見破られると思うけど、私の知らない3年間で嘘が上手くなっていると信じる。 …ちょっとやだな、嘘が上手くなるって。嘘なんてつかないと上手くならないし…

 

「…聞きたかったこと、聞いてもいい?」

「もちろん、何が聞きたい?」

「あの日から、葵はこの世界で、何をして生きてきたの?」

「私はずっとトレーナーをしてたよ。チームを作って、ウマ娘達に指導して、G1競走制覇を目指す… そんな仕事を3年間、ずっと続けてきた」

「それで葵は、幸せだったんだよね? …そうであると嬉しいな」

「私は楽しかったし幸せだよ。大変なこともあるけど、性に合ってる。 …あかりは3年間、楽しくなかったよね」

「そんなことないよ? 葵を見つけるんだって頑張って、少し楽しかった。 …葵に会えずに帰るたびに、それ以上にさみしくって辛かったけど、笑えない3年間だったわけじゃないから」

「これからは、沢山笑ってよ」

「もちろん! そのつもりだよ♪」

 

 …あかりには、辛い思いをさせちゃったみたいだからね。3年間を取り戻せるくらいの、幸せを届けて見せると宣言するよ。私にとって、誰よりも大切な人だから。

 

「…ところで、あかり。あかりって今後はどうするの? 何かやりたいこととか…」

「こっちに来る前に話した… 神様? には葵の場所を言われただけで、後は好きにするといいって…」

「それなら、提案があるんだけど…」

 


 

「トレーナー、来たわよ」

「やっときたね、今からご飯つく…」

「どうも…」

「クロノちゃんも、ご飯食べる?」

「お願いします。 …その方は?」

「どうも〜、あかりです!」

 

 今日はトレーナー寮のベランダからデータ集めをしようと思っていたクロノジェネシスです。向かっている途中で偶然アヤベさんと出会ったので、一緒に来ました。 …帰省したはずのアヤベさんとトレーナーさんがなぜいらっしゃるのかわかりませんが、問題が発生したわけではなさそうなので安心しました。あかりさんがどなたなのかも疑問ですが…

 

「あかりさん、落ち着いたかしら?」

「はいっ! もう、泣いたりしません!」

「それなら、今度こそ、あなたのことを聞かせて」

「わかりました、今度こそ自己紹介させていただきます」

 

 アヤベさんも初対面なんですね。あかりさんの自己紹介を聞いたら、私も自己紹介しないと… 今のうちに、何か掴みの言葉を考えたほうがいいかもしれません! …下手にボケを入れて滑ったほうが困りますね。

 

「私は紲星(きずな)あかり、糸へんに世界の世と書く紲(きずな)に星という漢字をつけて、キズナと読みます。葵の幼馴染で、葵から要請を受けて来年からチームリラのお手伝いをさせていただくことになりました。敬語とかなく、気楽に話しかけてください。これから、よろしくお願いします」

「私はクロノジェネシスです、気軽にクロノとお呼びください。チームリラのデータ分析及び作戦立案を担当しています」

「改めて、チームリラのサブトレーナーをしているアドマイヤベガよ。アヤベと呼んで」

「クロノジェネシスさん、アドマイヤベガさん、よろしくお願いします! 私のことも、気楽にあかりと呼んでください」

「アヤベでいいわ」

 

 紲星あかりさん… 珍しい苗字ですね。トレーナーさんの琴葉も珍しいと思ってますけど… 何かあった時に書けるように練習しておかないとですね。学園に提出する書類をトレーナーさんの代わりに処理する機会も、時折ありますから。

 

「あかりには、チームで別れて行動する時に私の代役をやってもらうよ。遠征する時とか、遠征する組と学園に残る組で別れるでしょ? そういう時に、私のいない側の指揮をしてもらう」

「…私じゃダメなのかしら?」

「アヤベさんには私と一緒に行動してほしくて。G1とかだと、私とアヤベさんとクロノちゃんは必須でしょ? そういう時に、別動隊の指揮を頼める人が欲しくて」

「お任せください!」

「…トップロードさんが可哀想ね、仕方ないとも思うけど」

 

 トップロードさん… でも、あかりさんがいると安心して遠征できるってことですね。

 

 …ふふっ、私はG1に必須らしいです。嬉しいですね♪

 

「もちろん、普段から雑用とか手伝ってもらうよ。2人も、何か手一杯の時はあかりを頼ってね」

「わかったわ」「承知しました」

「気軽に頼ってください」

「バカとハサミは使いようだから、上手く使って」

「ば、バカって! 違うから!」

「違うと信じて、頼らせてもらうわね」

 

 トレーナーさんとあかりさんは相当親しいんですね… わざわざチームに呼んで、大切な役割を任せるくらいですから、とても信頼しているみたいです。 …それなら、私もあかりさんのことを信じさせてもらいましょう。トレーナーさんの見る目は正しいと、信じていますから。

 

「はい、料理できたよ。美味しいラザニアをご堪能あれ♪」

「葵のラザニア、ひっさしぶりだなぁ♪」

「私の分も作ってくれたのね。ありがたくいただくわ」

「私も、いただきます」

 

 …うん、美味しいですね。濃くはっきりした味付けのミートソースと、とろけて口に広がる柔らかいホワイトソースを優しくチーズが包んで混ぜ合わせ、パスタの味が美しく七変化している感覚です。

 

 っと、食べるのに夢中になってはいけませんね。今日はデータ収集に来たんですし、あかりさんに関しても気になることは山積みですから… 軽く食べて進めませんと。 …でも、美味しい料理を急いで食べるのも勿体ないですよね。急ぎながらも味を噛み締めようと思います…!

 

「あかり、食べたら少し外出するよ。服とか、持ってきてないでしょ?」

「…持ってきてない気がします」

「私も同行するわ。お邪魔じゃなければ、だけど」

「邪魔なんてことないから、3人で行こうか」

 

 …あかりさん、もしかして身一つでここに来たんでしょうか。周りを見回しても見たことないカバンは見当たりませんし、スーツケースもトレーナーさんのものしかありません。服も持ってきていないとなると… トレーナーさんの手助けのために、何も持たずに飛び出してきた、のだと思います。

 

 かといって、家に取りに戻るわけではなく新しく買いに行く、ということは家は遠いんでしょうね。 …凄い行動力ですね。私もレースを見るために東奔西走することはありますが、思わず飛び出すほどの勇気はありません。あかりさんのような行動力があれば、歴史的な一瞬を見逃すことは減らせそうですが… 失敗を犯してしまいそうで、少しだけ怖いですね。現にあかりさんはそれ故に服がないようですし…

 

「あかりさんって、今まではどんな仕事をなされていたんですか?」

「普通の会社員でした。何かを成したわけでもないですけど、楽しかったですよ」

「それなのに、トレーナーさんの手助けのために駆けつけてくださったのですね」

「うん、だって何よりも葵が大事だから! 葵に呼ばれたら、何だってするよ♪」

「そうなんですね…」「…重いわね」

 

 …あまりトレーナーさんとの関係は聞かないほうがいい気がしてきました。とても親しいのはいいことですが… 他に、聞いたほうがいいことがある気がします。それが何かはわからないんですけど…

 

「あかりさんは、トゥインクル・シリーズについて詳しいのでしょうか?」

「今のことに関してはあまり… 実は、会社員として働きながらトレーナーを目指して勉強をしていたんです。普段はネットも全て遮断していましたし、仕事でも人と話したりする機会は殆ど無かったので…」

「なるほど…」

 

 働きながらトレーナーを目指していたんですね… トレーナー資格試験は極めて難しいものですし、働きながらというのはとても大変だったと思います。働きながらでも時間を確保する為に、ありとあらゆる誘惑を遮断していたんでしょうね。それなら、今のトゥインクル・シリーズのことは説明したほうがいいかもしれません。 …チームリラのことも、トレーナーさんのこと以外は知らないかもしれませんので。

 

「それなら、私が「待って」

「むぅ…」

「アドマイヤベガさん、どうかしましたか?」

「アヤベでいいわ。 …あかりさんは、ニュースとかも見ないの? 通勤中とか…」

「通勤中もずっと勉強してました。食事中も、散歩中も、ずっとです!」

「そうなのね… 今度、歴史資料館に案内するわ。 …クロノさんと」

「はいっ! 私が解説いたします」

「心強いです!」

 

 凄く勉強熱心で、努力家なようですし、少しでも手助けできれば幸いですね。 …トレーナーさんはバカって言ってましたけど、私よりもずっと勉強に向き合っていそうですし、賢そうです。おそらく親しい間柄でのジョーク、ですね。

 

「最後に、もう一つだけ聞いてもいいかしら」

「なんでしょう?」

「トレーナー資格試験の結果はどうだったの?」

「結果…? えぇーっと…」

「…言い淀む結果だよ。たづなさんにも確認したけど、普通に駄目だったんだ」

「そう… 聞いて悪かったわね」

「いえ、お気になさらず… 葵のもとでお世話になりながら、いつかはとってみせますよ♪」

「それなら、一緒に頑張りましょう」

 

 …私もいつかトレーナー資格を目指したほうがいいのですかね。私にはチームを導いたり指揮を下すのは向いていない気もしますが。データを分析したり、予想を立てたり、物語を記録するのが私の天職な気がしてしまいます。つまり、今の役割ですね。

 

「あ、すいません、カレンちゃんから電話がかかってきたので出ますね」

「珍しいわね…」

「カレンさんってどんな方なんですか?」

「SNSで大人気のカワイイを追い求めるウマ娘インフルエンサーよ。知らないって言うと悲しむかもしれないから、調べておいて」

「わかりました! カレン… なるほど…」

 

 ちょっとあかりさんの話が気になって電話に出るのが遅れちゃいましたけど、恐らく大丈夫だと思います…!

 

『カレンチャンでーす♪ クロノちゃん、今いい?』

「大丈夫です、何かありましたか?」

『実は、今からチームリラのみんなで年越しパーティーをやろうってクラフトちゃんと話してね♪ トレーナー室で待ってるから、良ければ来てね!』

「わかりました… トレーナーさんにも声をかけていきますね」

『琴葉さんって帰省してるんじゃなかった?』

「アヤベさんと一緒に、早くに帰ってこられたんです」

『へぇ〜、2人とも連れてきてねー!』

 

 私以外にここにいるのは、2人ではなく3人ですが… あかりさんもチームリラに加入されるようですし、年越しパーティーにも招待したほうがいいですよね。それに… トップロードさんが加入された時も、パーティーだった気がしますから。そういう慣例が生まれるかもしれません。

 

 

 

 

 あの後、御三方を誘ってパーティー会場に来ました。トレーナー室にそんな大勢入れるのか不安ですけど…

 

「来ました」

「ようこそ〜! …って、あなたは?」

「えっ…」「…?」

「はじめまして、紲星あかりといいます。葵から要請を受けて、来年からチームリラのお手伝いをさせていただくことになりました。これから、よろしくお願いします♪」

「お願いします!」「お願いしまーすっ」「そうでしたか、よろしくお願いいたします」「これから、よろしくお願いします♪」「よ、よろしくお願いします…」

 

 …パーティーはどんなことをする予定なんでしょうか。だらっと話すだけでも楽しいですが、それならデータ収集をしたいという思いもあります。 …あそこで双眼鏡を覗きながら他愛もない話をするのも楽しそうですね。私がパーティーを企画するときはあそこで… いえ、パーティー中に双眼鏡で遠くを覗くのは失礼な気がします。

 

「来年から、スタッフ5人になるんですね…」

「4人だよ」

「えっ? トレーナーさん、アヤベさん、クロノちゃん、トップロードさん、あかりさん、5人ですよ?」

「クロノちゃんがスタッフじゃなくなるからね」

「えっ!?」「ふぇっ!?」「えっ…」

「…詳しく」

 

 今言うんですね… でも、丁度いいですね。

 

「来年から、現役のウマ娘として所属することになります」

「なるほど…」「おぉっ!」「ほぉ!」「現役…」

「最近、いないことあったでしょ? クロノちゃんと話して、ちゃんと検査をしてもらってたんだ」

「ですが、チームの勝利の為、これからも展開予想はお任せください」

「それはダメ、現役の間は自分のことを優先して。 …気分転換になるなら少しはいいけど、基本は私が担当する」

「私も手伝うわ」「少しは手伝えると思う」「わ、私も!」

「……わかりました」

 

 …少しは不満ですよ。トレーニングという各ウマ娘にとっての歴史を記録し、データという積み重なった歴史と照合し、次に紡がれる未来を予測する… 私は、それが好きですから。楽しくて、面白くて… 学びに満ちていますから。

 

 ですが、トレーナーさんの言うこともよくわかります。私だって、現役のウマ娘としてトゥインクル・シリーズでの活躍を夢見ていますから。その為にもトレーニングを重ねて、レースを勝つために努力をしないといけない… 今までのように人のトレーニングを見ている暇がないことも、わかっています。私が見ている時間だけ、差がつけられてしまうかもしれませんから。

 

 …気分転換に、時々手伝わせてもらいましょう。本当に、好きなので。

 

「私も、クロノちゃんと戦うまで走り続けないと!」

「最低でも後2年… デビューから5年ですか」

「そこまで珍しい長さでもないわね。最近は指導者を目指して早くに引退することも多いけど、走れるでしょうね。 …私も5年目にダートを走ったし」

「アドマイヤベガがダートを…?」

「そのためにも頑張らないとね、お互いに」

「頑張ります」「はいっ!」「あたしも!」「私もそこに…」

 

 楽しみですね… そのためにも、私も勝ち上がらなければなりませんね。きっと、勝ち上がれると信じています。 …そういうデータがあるわけじゃありません。トレーナーさんに対して、チームに対しての信頼です。チームリラの強さは、私が1番よく知っていると、勝手にそう自負しています。

 

 チームリラの歴史に、クロノジェネシスという名前を刻むために… 私は、突き進みますよ。止まることなく、次の時代まで。

 

「…あっ、あかりさんのことも聞かなきゃ」

「私? …そういえば自己紹介しかしてなかったか。クロノさんの話に夢中で忘れてた…」

「私達は自己紹介すらしてませんでしたね」

 

 これまでも、そしてこれからも。私はチームリラのクロノジェネシスです。立場はかわりましたが、必ず、新たな輝かしき歴史を紡いでみせましょう…!

 

 

 





「…グランちゃんは知ってたの?」
「クロノちゃんのことですか? はいっ、知ってましたよ」
「グランさんが知ってるのは良いのよ、問題があるとしたら私が知らないことよ」
「アヤベさん、知らなかったんですか?」
「全く聞かされてないわ。クロノさんのことも、あかりさんのことも、全て」
「情報が漏れないようにしてたんだよ、わかってほしいな♪」
「それならグランさんに漏らさないで」
「ごめんなさい…」
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