琴の音に耳を澄ませて 作:緑雨
「…はぁ、私はなんでこんな事をしているのかしら」
…昨日初めて会って、数分話しただけの殆ど繋がりもない新人トレーナーの為に、ルームメイトのカレンさんから可愛い飾りを借りてまでそのチームの部屋を飾り付ける。 …本当にどうして、私はカーテンに星模様の飾りをつけているのか…
いや、理由はちゃんとあったわ。カレンさんに、『妹という存在は可愛いものが好きなんです!』って言われたから… 私にターフを走らせてくれた、今の場所まで連れてきてくれた、あの子の為に私は飾り付けをしている…
…頑張りましょう、当分はこの部屋を使うんだから、あの子が見て喜んでくれるような部屋にしないといけないもの。カーテンだけでなく、椅子や机も可愛く飾り付けないといけないわね…
そうだ、今度クッションも買ってきましょう。私がこの部屋で何かする時、あの子が座るために1つ必要だものね。あの子にも最高のふわふわを知ってほしいもの、専門店に行かないといけないわ。
「失礼します、琴葉トレーナーは… いらっしゃらないようですね」
「たづなさん、どうかしましたか? 書類なら私が受け取りますよ」
「アドマイヤベガさん!? それでは、このプレートをお渡ししますが… 琴葉トレーナーのサポート、してくださるんですね」
「…気が向いたので。これは何に使う物なのでしょうか?」
「そのプレートはこの部屋の扉にかける物です。この部屋がチーム“リラ”の部屋だとわかるように、名前を書いていただいて、それから扉に取り付けていただければ幸いです」
「わかりました、後で済ませておきます」
「それでは、失礼しました」
…透明なケースの中に紙を入れたネームプレート、こんな物を使っているのね。私が書くよりもあの新人トレーナーに書かせたほうが良いとは思うのだけど… 待つのも面倒ね、書いてしまいましょう。紙に書くだけなんだから、気に食わなかったらすぐに変えられるもの。
文字だけだと堅苦しいわね… カレンさんならこういう時にどうするのかしら… まだ寝ていたら申し訳ないけど、少し電話させてもらいましょうか。
「カレンさん、今、いいかしら」
『どうしました…? 暇なのでいいですけど、何かあったんですか?』
「ネームプレートを作っていたのだけど、空白が気になるの。カレンさんなら何か良い案がないかしら」
『そういう時は、好きな物の絵を描くといいですよ♪ ふわふわの絵… が何かわからないですけど、そういう絵を描くといいと思いまーす♪』
「…私のではなく、チームのネームプレートの話だったのだけど。でも、良い案ね、参考にさせてもらうわ」
『チームのなら、ふわふわの絵はだめですよ?』
「わかってるわよ! 絵を描くのを参考にするだけ、チームに関係ない絵なんて描かないわよ… 電話切るわね、今から描くから」
『はーい、頑張ってくださいねー♪』
…絵なんて、何を描けばいいのかしら? …私は隙間を埋めたいだけなんだから、別に凝った絵を描く必要なんてないのよ。チーム“リラ”とわかればいいのよ、こと座でも描いておけば問題ないわ。 …文字がカタカナだと合わないわね、アルファベットの方がオシャレかしら?
…棚にノートを見つけたわ。この紙を使えば何度だって描き直せそうね。まぁ、そう何度もやり直すつもりはないけど。描くことは決めた、もう間違えることはないわ。
……よしっ、良い出来ね。字が少し右下がりになってしまったけれど… 何度書き直しても、きっと同じ結果になるわ。このままでいきましょう、それにある意味ではオシャレよ。 …知らないけど。
ネームプレートを作って、部屋も飾り付けて… まだ早い時間だから仕方ないのかもしれないけれど、あのトレーナーはまだ来ないのかしら。もう星は見えない… そんな時間よ。
少し経って、扉の開く音がした… 来たわね、新人トレーナー。
「待ちくたびれたわよ、トレーナーさん」
「アドマイヤベガさん? どうしてここに…」
「まだわからないことも多いでしょうから、手伝おうと思ってきたの。よろしく」
「よろしくお願いします、アドマイヤベガさん」
「…フルネームだと長いでしょ? アヤベでいいわ。みんな、そう呼んでるから。それに、もっとラフに喋って。ずっとその調子だと、疲れるでしょう?」
…私はこれから、このトレーナーと共にウマ娘達を夢の世界に送り出す。あの子が私にターフを走らせてくれたように、1人でも多くのウマ娘を私はターフに送り込むの、絶対に。あの子に誓ったの、私はこの役目を果たしてみせるって。
これから、最初の担当を探しに行く。別に、どんなウマ娘だって私は構わないわ。誰だとしても、満足するまでターフを走らせる。私のすることに変わりはないもの。
「…トレーナーは、どんなウマ娘と契約したいか、考えはあるの?」
「何もない、かな。見てから考えようと思ってる」
「それなら、レースを見るときに大切なことを教えてあげるわ。ウマ娘の適性を見るの。簡単なことではないけど、能力を見るよりも大切なことよ」
「適性… なるほど…」
「…適性、トレーナーならわかるわよね?」
「う、うん」
…私は、とんだチームに来てしまったのかしら。適性について、説明が必要なようね。
「…適性と言っても、3つの種類があるわ。バ場適性、距離適性、脚質適性。ここまではいいかしら」
「うん、ありがとう。ここまではわかったよ」
「バ場適性は芝とダートの適性よ。基本的にはどちらか片方だけと思っていればいいわ。バ場適性は、走ってるところを見てればわかると思う」
「芝を走ってたら芝、ダートを走ってたらダート、ってことだよね」
「…まぁ、そうね。脚質適性は、逃げや追い込みといった作戦への適性よ。これも、見てればわかると思うわ」
「先頭でいったら逃げ、最後方なら追い込み、中団にいたら先行か差し、ってことか」
…安心した、一応はトレーナーだものね。ある程度のことはわかっているみたいで…
「距離適性、これが一番の問題よ」
「短距離か、長距離か。スタミナがあるかどうか、じゃないの?」
「違う。スタミナがどれだけあっても、スプリンターには長距離は走れない。逆もまた然り、よ。走り方、ペース、展開。 …生まれ持っての体質的な面もあるわ。だから、短距離と長距離は全くの別物なの」
「なるほど… それじゃあ、ウマ娘の得意な距離を知らないと、勝負にすらならない、ってことなんだね」
「えぇ。ただ、距離適性を見極めるのは難しいわよ。適性がないのか、スタミナがないのか、その違いを見抜かないといけないの。 …完璧に見抜くのは、走ってみないと無理ね」
距離適性、私もすぐにわかればもっと… 過ぎたことを考えても無駄ね。それに菊花賞を走っていなければ私は今のようにはなれなかったのだから。 …話を、戻すわね。
「それだけわかれば十分よ。ただ… 1つだけ聞きたいの。あなたが最近のトゥインクル・シリーズのことをどれだけ知っているのか、教えてくれないかしら?」
「……実は、試験勉強に打ち込んでいたから、殆ど知らないんだ」
「そう… それなら、これだけは覚えておいて。ナリタトップロードという、今を輝く1等星。彼女は去年、三冠を成し遂げた。そして今も、先頭を走り続けている」
「現役最強のウマ娘、なんだね」
「…そんなウマ娘だけど …私のことを気にかけて、あなたにも話しかけに来ると思うの。絶対に、絶っ対に、私は元気だと答えて… 約束よ」
「う、うん、わかった」
…トップロードさんには、何度も救われたもの。これ以上心配はかけられないのよ。彼女だって、現役のウマ娘なんだから…
「今度こそ、行きましょう」
「うん、行こう。ナリタトップロード… 覚えた、ちゃんとやるよ」
「…気負いすぎないでよ」
新人トレーナーに、教えないといけないことは全て教えた、はずよ。行きましょう、新しい星を見つけに。
「カレンさんの色、こんな色だったかしら?
「トップロードさんはこの色よ
さぁ… 誰かをスカウトしようかしら?