琴の音に耳を澄ませて 作:緑雨
ティアラを夢見る少女
「ここから見ましょうか」
「アヤベさん、ここで何を見るの?」
「レースよ。トレーナーとの契約を目指すウマ娘達が、本気で走るの。今の時間はトレーニングを見れるわ」
どうも、葵です。アヤベさんに連れられて、ウマ娘と契約をしにきました。アヤベさんによると、デビュー前のウマ娘を見る時は能力よりも適性を見るのが大切なんだとか。バ場適性はウマ娘本人もわかってると思うので間違えることはないと思うけど、脚質と距離はしっかりと考えないとかな。力がありすぎて先行脚質なのに逃げになっている、みたいな娘もいるかもしれない。
「トレーニングはどういうところを見ればいいとか、あるの?」
「…さぁ。トレーニングは私も知らないわ、専門家じゃないもの」
「だよね… 色々メモ取っておこう」
今はトレーニング中らしいけど、ウマ娘がトラックの中心でトレーニングしてるのを、トラックの外の高いところから見てる状態なので、全然わからないかな。河川敷の高いところから川の中を見ているような感じだから、顔とか殆ど見えない…
でも、1人だけ気になるウマ娘がいるんだよね。カラフルな髪色のウマ娘達の中で、あまりにも特徴的なアホ毛の娘がいるんだよ。恐らく、流星ってことだと思うんだけど… 稲妻みたいな形の流星、誰だろう。
「…たづなさんから、名簿を貰ってくるわ」
「私が行こうか?」
「あなたはウマ娘達を見ていて。最後はあなたが決めるんだから」
そういって、アヤベさんは去っていった… 見ていてと言われても、殆どわからないんだけど、頑張らないとね。今は跳躍トレーニング、なのかな。地面を蹴る力の強さとか、こういうトレーニングで見るといいんだろうね。
「あの、アヤベさんのお知り合いですか?」
「えっ? あぁ、はい。新人トレーナーの琴葉葵と申します。今は、アドマイヤベガさんに手取り足取り教えてもらっているところです」
「アヤベさんに心を開いてもらえるなんてすごいです! …あ、私はナリタトップロードといいます。よろしくお願いします」
ナリタトップロード… 少し前に、アヤベさんに教えてもらったからよく知ってる。昨年三冠を成し遂げた、現役最強のウマ娘… 私の記憶では菊花賞単冠のステイヤーだけど、きっとこの娘はそれ以上に強い。
そんな三冠ウマ娘が私に何を言いに来たんだろう。アヤベさんと仲がいいのは間違いないし、その関係かな… アヤベさんには、心配させないようにって念を押されたから、アヤベさんが元気ってことは強調していこう。それに、アヤベさんのことを気にかけてるらしいし、私がしっかりした人だって思ってもらわないと安心させられないかな?
「アドマイヤベガさんから、話は聞いています。優しくて、とても強い方だと」
「そんな、アヤベさんの方がすっごいですよ! アヤベさんの方がすごい優しいですし、すごい強いですっ!」
…走ってるところを見たことないから、話を広げづらいな。アヤベさんがいたら良かったんだけど、今はもう見えないし、私がちゃんと対応しないと。
「あの、琴葉さん。アヤベさん、元気ですか?」
「はい、凄い元気ですよ。気合も入ってるのか、朝は部屋の飾り付けをしていました」
「そうなんですよー! アヤベさん、やる気マックスでしたから!」
「あ、カレンさん! お久しぶりです!」
カレンさん…? 髪が白っぽいし、芦毛のウマ娘なのかな。アヤベさんの知り合いみたいだけど、全く見当もつかない… この娘も、凄いウマ娘なのかな? どんなウマ娘だろうと、悪く思われないように気をつけて話そう。
「はじめまして、琴葉葵です」
「はじめまして、カレンチャンでーっす♪」
カレンチャン、か。名前は知ってる、一度聞いたら忘れられない名前だし… スプリンターだったと思うけど、ウマ娘になってもそれは同じなのかな。というか、カレンチャンは元気なウマ娘っぽいけど、アヤベさんと仲いいんだ。アヤベさん、そういうの苦手なタイプだと思ってた。
「琴葉さん、カレンさん、最近のアヤベさんのこと、教えてください!」
「えっと、私は昨日初めて会ったばかりなので… 私も、アヤベさんのことを教えてほしいくらいです」
「今朝のアヤベさんは〜、夢の中だったカレンを叩き起こして、『カワイイ飾りのお店を教えてくれないかしら』って言ってましたよ♪」
「アヤベさんが、可愛い飾りを… すごい、すごい事件です! それで、どうなったんですか!」
「お店も閉まってる時間だったので、カレンが持ってるカワイイ飾りをプレゼントしました♪」
なるほど、朝にアヤベさんがチーム室にいたのはそういうことだったのか。でも、可愛い飾りか… 私、アヤベさんのこと全然知らないな。可愛いとか、あまり興味を持たないタイプだと勝手に思ってたよ。
「すごい… 意外です!」
「カレンもびっくり! アヤベさん、前までかる〜くカレンのカワイイをあしらってたのに、急に興味を持ってくれたんですよ!」
…あながち、私の認識は間違ってなかったみたい。可愛いに急に興味を持つ… どうしてだろう、少し気になるね。一応、頭の片隅で覚えておこうかな?
それと、カレンさんは“可愛い”に拘りがあるのかな。後は… トップロードさんがさっきから“すごい”しか言ってないのも気になる。“すごい”しか言葉を知らないなんてことはないだろうけど、なんでなんだろう。
「…何を話しているのかしら?」
「アヤベさん!」「アヤベさん…」「アヤベさ〜ん♪」
「トレーナーさん、名簿。早く行きましょう、もっと近くに見に行くわよ」
「カレンもついて行っていいですか?」
「…別に、好きにしなさい」
「わ〜い♪」「私も行きたいです!」
「トップロードさんはチームに戻りなさい。トレーナーさんが探してたわよ」
「トレーナーさんがっ!? 急いで戻りますっ、今日はありがとうございましたー!」
トップロードさんと別れて、3人でターフに。もう少ししたらレースだからか、他のトレーナーもターフに集まってきてるね。1人でじっと見てる人や、相棒のウマ娘と2人で見てる人など、様々だけど。今日走るウマ娘達は、ターフの内側にあるダートに集まってるみたい。多分、ダートが得意なウマ娘が走るのかな?
「…私はダートを走ってないから、何か聞かれても答えられないわよ」
「うん、大丈夫。私だって、何も知らないわけじゃないから」
ダートを駆けるウマ娘、間近で見ると力強くて、あまりにも速い。目の前を、土を蹴り上げて駆け抜けるその迫力。土を蹴る音が、幾重にも重なる。これが、ウマ娘… 私は今、やっとウマ娘を知ったのかもしれない。これが本当の、ウマ娘の姿なんだ。
「凄い、凄い…」
「誰か気になる娘がいたの?」
「そういうわけじゃないよ… この大地が揺れる衝撃、伝播していく熱気、響き渡る
「……そう。 …初めて…?」
「カレンも初めてみたときは驚いたなぁ〜。でも、すっごく本気で、すっごくカワイイですよね♪」
「トレーナーさん、ウマ娘が走ってるところを初めて見たの? よくそれでトレーナーになれたわね…」
…興奮して失言しちゃった、でも大丈夫かな? 簡単には言葉で言い表せないほど、ウマ娘の走りは私を興奮させてくれたんだ。トレーナーとして、私が未来あるウマ娘達を導く… 覚悟が決まったよ、私。
「気になる娘がいたらメモを忘れないように。スカウトは他も見てからだから、覚えられないでしょ?」
「わかった、メモしとくよ」
「カレンも名簿ほし〜い! カワイイ娘をメモしなきゃ♪」
「…これ。予備、貰っておいてよかった…」
特別気になる娘、って聞かれるといなかったかな。軽やかに逃げ切った娘、最後方から差し切った娘、加速と減速を繰り返してた面白い娘、色々いたけどさ。一応メモはしとくけど、スカウトするかはターフのレースを見てから決めよう。新人の私が選り好みできる立場じゃないのはわかってるけどね… これだって娘がいたら、すぐにスカウトしないと。
「この後は芝のレースだから、さっきの高台まで戻るわよ」
「カレンは用事があるので、ここで失礼しま〜す♪ 頑張ってくださいねっ、トレーナーさん、アヤベさん♪」
「今日はありがとう、カレンさん。それじゃ、あそこから見よう」
「最終コーナーのあたり? わかった、あなたに任せる」
ゴールからだと、加速しきった後の最後のスパートしか見れない。個人的に、最終コーナーを回ってから一気に加速するその力が、一番大切だと私は思ってる。スピードやスタミナは成長すると思ってるけど、コーナリングと加速力は天性のものだと思ってるから。
それに… 他の人と同じようにゴール前の直線で見てたら、輝かしい原石は見つけられない。誰もが強いと思うような勝ち方をしたウマ娘が、新人の私のチームには来ないでしょ? だから、このコーナーで見つける。結果負けたとしても、直線で伸びを欠いたとしても… 確かな可能性を見せてくれたウマ娘をスカウトする。そのためには、人と違うところを見ないとだからね。
…こんなことを思っちゃいけないってわかってるけどさ、トレーニング中に見つけた特徴的なアホ毛のウマ娘に、コーナーで埋もれて負けてほしい、と思ってる。名簿を見ても誰かわからなかったんだけど、あの娘はトレーニングでもいい動きをしていた。強い弱いはわからないけど、本気というか、情熱を感じた。遠くから見てただけだけどね。それに、何かで見た気がするんだよ。名前は思い出せないし、名簿を見てもわからないんだけど、あの形の流星を。
「はじまるわよ。最初はマイル、フルゲートの24人… 多いけど、気になった娘を見失わないようにね。これ、双眼鏡」
「ありがとう、アヤベさん。 …よしっ、頑張ろう」
「そこまで気合いを入れなくても…」
…ゲートが開いた。一切にウマ娘が駆け出す。外から4番目のウマ娘と、内の数人がハナを競り合う。大外の娘は下がった、中央スタートのウマ娘も何人か大きく下がってる… 縦にも横にも長い隊列、24人もいたら当然か。
結果的に、先頭を主張したのは3人。その後ろに4人並んで、そのすぐ後ろの外に離れて1人、内にも1人。少し離れて3人−2人−4人。更に離れて内に1人、斜め外に2人。また離れて2人、その間に後ろから1人並びに行く… 24人離れた形、そして… 私が気にしていた、特徴的なアホ毛の娘もいる。先頭集団の最後方、内で離れている8番手の娘。出足も良く外から良い位置に入ったけど、この展開だと… あの位置、前が壁になる。それに、外の娘が邪魔で外に出ることも出来ない。内を走ってるから、下がってもバ群は抜けられない… あの娘にとっては、苦しい展開だね。このままだと最終コーナーで… 埋もれる。
「後ろから5番目の娘、伸びるわよ。後は前から4番目、まだ余裕がある」
「…コーナーで外に出ようとしてるけど、抜けれない。でも… 膨らんだのに、前に追いついてる」
「…今3番手の娘かしら。確かに、いい加速で前に並んだ。けど…」
「アヤベさんが言ってた娘に振り切られた。それに、最後は少しタレて後続勢にも抜かれた…」
「…どうするの? まだ3レースあるけど、今なら最初にスカウトできるわ」
「行こう、あの娘と話したい」
「走って呼び止めてくる」
私の横を、アヤベさんは風を切って駆け抜けていった。速い… 引退したとは思えないほど、強く蹴って突き進んでいった。 …私も急ごう、ゴールの先で今走ったウマ娘達が休んでる。アヤベさんがレース中に言ってた、前で押し切った娘には何人もトレーナーが集まってる。あの娘には… アヤベさんがもう話しかけてる、私を手招きしてるけど、私は本気で走ってもキツイ… ゴール近くでみんなが見てる理由がわかった、人が走るには400m近くの距離は苦しい!
「はぁ…はぁ…」
「…この人が、私のチームのトレーナーよ」
「はじめまして! えっと…」
「私は琴葉葵、君は?」
「ラインクラフトです!」
「クラフトさん。私達は、あなたを…」
ラインクラフト! そうだ、昔テレビで見た、マイル路線の名牝。同名の別人とか、関係ないウマ娘かもしれないけど… 確かあの馬の流星、このアホ毛と同じ形だった。私が… 馬券を買うよりもずっと前に、初めて見た桜花賞の勝者。競馬が話題だったから、子供ながらに親と見たんだ。史実も覚えてる、だからこそ… 意地でも、スカウトする。少しカッコつけてみようかな…?
「スカウトしたい。君の走りに、夢を見たんだ。君と、トリプルティアラの夢を目指したいんだ」
「わたしに、夢を… これからお願いします! トレーナーさん、アドマイヤベガさん!」
「…もう少し、考えなくていいの?」
「はいっ! わたし、ティアラ路線の先輩に憧れてトレセン学園に来たんですけど… わたしも、みんなに夢を、ティアラの思いを繋ぎたいんです!」
…私、カッコつけてトリプルティアラって言葉を使ったんだけど、もしかして普通の言葉だったのかな。そりゃ、牝馬三冠なんて言わないもんね、この世界では。危ない、カッコつけてよかった。アヤベさんが怪訝な顔をしてないし、普通の言葉だったんだろうな…
「詳しい話は、チームの部屋でしましょう。もうすぐ次のレースの時間だわ」
「わかりました、この後すぐに向かいます」
「それじゃあ、また後で」
クラフトさんと別れて、私達は部屋に戻る。選抜レースはまだ3レースあるし、クールダウンが終わってから解散だから、その後に合流かな。一応、アヤベさんに確認しとこう。
「私、上手く口説けたかな」
「…まぁ、そうね。でも、よくティアラ路線だってわかったわね?」
「…勘、かな」
「…そう。 …よかったわね、勘が当たって」
「うん…」
でも、本番はここから、だよね。私はウマ娘を育てたことなんてない、暇な時間は全部勉強に使わないとかな… ある程度はアヤベさんが手伝ってくれるはずだけど、私も頑張らないと。睡眠時間も削らないとかな…
「…クラフトさんの距離適性、どこだと思う?」
「1番はマイルだと思うけど、スプリントからクラシックディスタンスまではいけると思ってる」
「マイル、ね…」
…アヤベさん、マイルって走ってるのかな。ダービーは勝ってるって言ってたけど、他の戦績は聞いてない… でも、マイルのイメージはないな。それに、ダービーを勝てるウマ娘がマイラーってことはない、と思う。
「……頑張りましょう」
「…うん、頑張ろう」
これから何をすれば良いのか、すらわからない。でも私は、クラフトさんを育てて、ターフに送り出さないといけない。気合を入れて頑張る、というよりも… 死ぬ気で頑張ろう、私は1人のウマ娘の未来を背負ってるんだ。
「アヤベさんって、現役時代はどんなトレーニングをしてたの?」
「…走ってたわ」
「他には?」
「夜に1人で走ってた、それだけよ」
…最初のうちは、アヤベさんにトレーニングを主導してもらおうと思ってたけど… 今晩は寝ないで勉強しよう、徹夜しないと。多分、今… 誰も、明日どんなトレーニングをすればいいかわかってない…
ラインクラフト、か。未知なる道を駆け、確かな
「ラインクラフトですっ! これから、よろしくお願いします!
「カレンの色、取られちゃった…
「…今の色も似合ってるわよ