琴の音に耳を澄ませて 作:緑雨
「…ストップウォッチよし、飲み物よし、タオルよし、椅子は… 買ってくるか、キャンプ用のやつ」
こんにちは、琴葉葵です。本当は朝からトレーニングの準備をしようと思ってたんですが… 寝落ちしてアヤベさんに起こされる、という
「今度こそよし、時間はおやつ時… だけど、おやつはまた後で。誰か来ないかな〜」
「失礼します、トレーナーさん」
「お、クラフトさん。学校、お疲れ様」
「ありがとうございます… あの、今日のトレーニング、ダートを走るんですよね? 走り方、教えてもらえませんか?」
「…ターフと違ってダートは足が沈むし、軽く蹴っても力が加わらない、蹴る方向を変えないと速度に乗れない、みたいに色々とあるんだけど… 走り方はターフを走る時と変えないでほしいな。タイムは遅めに設定してるから、ターフの走り方で… 力強く蹴ること、だけは意識して」
「わかりました!」
…クラフトさんが熱心に、練習に来てくれたのは嬉しいね。ただ、間違ったことを言ってないか、少し不安… でも、今は不安なんて感じてないでやれることはやらないと。アヤベさんが来る前にしないといけないこと、何か… そうだ、ウォーミングアップはしておこう。体をほぐしておかないと、痛めるかもしれない。
「とりあえず、今はストレッチをしよう。こんな感じで… っと」
「わかりました! こう、ですね」
「そうそう! アヤベさんが来るまで、色々ストレッチしていこう」
…頼む、アヤベさん。早く来て… ストレッチでこういうことは言っちゃいけないと思うけど、体が痛い… 凝ってるのかなぁ、無理ない範囲で頑張ろう。
「失礼します」「お邪魔します…」
「アヤベさん… と、トップロードさん」
「…トップロードさんは暇だから見学に来ただけよ。クラフトさんは…」
「はい! ちゃんといますよ! トレーニングの内容もわかってます! ダートを1000m、ですよねっ」
「…トレーナー、私はどれくらいのタイムで走ればいいの?」
「えっとね… 最初は1ハロン15秒くらいで試してもらえるかな?」
「…やってみるわ」「はい!」
アヤベさんにも体をほぐしてもらって、さぁ行こう! ダートコースの内側に入って、ラップを測るためのストップウォッチを持って、クーラーボックスに飲み物も入ってる、よしっ! ハロン棒の位置も確認して… こっちの準備は万全、かな?
「アヤベさーん! 準備できたー?」
…両手で丸を作ってる、オーケーってことかな。じゃあ、合図してスタートしてもらおう。自信ありげな顔をしてたし。
「行くよー! スリー、トゥー、ワーン、いまっ!」
アヤベさんがスタートして… クラフトさんに並んで、動き出すまでが16秒。クラフトさん、やっぱり足が取られてるな… でも、ちゃんと進めてはいる。走り方も、上半身は模擬レースの時と変わってないから、いい感じ… 1ハロン通過のタイムは17秒台、アヤベさんが後ろを見て減速してくれてるな… 設定を15秒にしたのはミスだったかな…
…いや、速度に乗れてきてる。ちゃんと砂を捉えて、蹴れるようになってきたのかな。アヤベさんもまたペースを上げ直してくれたし、タイムも… 15.9まで上がってきた。1ハロン目こそ速度は出なかったけど、1ハロン目で加速したからラップが刻めた、感じか。 …となると、最初から最後まで一律で同じタイムを設定するのはやめよう。次からは、加速するのを考えてラップを設定、かな。
3ハロン目、クラフトさんは全力で走ってる、体が振れてるし蹴る力がある。だけどアヤベさんは余裕そう、アヤベさんにとっては15秒なんて遅いんだろうね。3ハロン目のタイムは14.9、少し前を走ってたアヤベさんに並びかけてるし、まだ速くなるかも…
4ハロン目、クラフトさんが前に出ようとしたから、アヤベさんが一気に速度を上げたね。目標タイムを明らかに超えてきてるけど、自然に加速して出せてるなら問題はない、のかな…? 14.5、まだ加速できそうだけど… アヤベさんに更にペースを上げてもらって、クラフトさんの反応を見てみよう。
「アヤベさん! もう少しペースを上げて!」
…更にアヤベさんが前に出て、それをクラフトさんに追走してもらう形。 …残り100mあたりから、私が見ても分かるくらい、クラフトさんが落ちてる。慣れないダートって考えたら当然なのかもしれないけど、スタミナトレーニングが必要、なのかな。スピードは… 芝を走ってみないとわからないし、今は気にしないでおこう。ラスト1ハロンのタイムは15.4、減速しちゃったけど悪くはない、のかな? わからないけど…
「お疲れ、これ飲みな」
「あり、がとう… ございます」
「…結構キツそうね。ダートは慣れないもの、仕方ないわ」
「でも、すごかったです! どんどん加速して、はいっ!」
「…アヤベさん、余裕があるなら少しだけトレーニングの話をしてもいいかな? 今後の予定について」
「…えぇ、私も話したいことが出来たわ。トップロードさん、クラフトさんのこと… 見ててもらえるかしら」
「はいっ! 任せてください!」
…タイムは気にしてない、設定通りだしダートの経験なんてないだろうから。ただ、最後に遅れたのだけが気になる。1000mを走れないほどスタミナがない、なんてことはないはず。模擬レースだって1600m、3ハロンも短いんだから体力は持つ。ダートだとしても、持つと思っていたんだけど…
「…これ、タイム。クラフトさんのラスト1ハロン、アヤベさんはどう感じた?」
「…スタミナの問題とは思わないわ。かといって、ダートだけが問題ではないと思う。思えば、模擬レースの時も最後に抜かれていた。ペース配分、かしらね。一度、私を抜かそうとしたのも… ペースが刻めていない証拠ね。ただ、そこまで珍しいことじゃないわ。ウマ娘には、よくあることよ」
「…よし、それなら今週はそこを中心に考えよう。クラフトさんは先行押し切りがメインだろうし… ペースを捉えて、仕掛けどころを掴む。それが最優先だね」
ペース、か。確かに、今回の設定タイムは5ハロンだと75秒だけど、1ハロン15秒を刻み続けるのと、17-15-13-16-14みたいに乱高下したペースを刻むのだと、疲労は全く違う。加速と減速を繰り返したら… それだけ、無駄に疲れる。ペース管理、それが目標なら… どんなトレーニングがいいんだろう?
誰かがクラフトさんに指示を出して、速度を操れるなら、ペースは刻めるかもしれない。でも、実戦はそうはいかない。だから、トレーニングの間に、クラフトさんには自分でペースを刻めるようになってもらわないといけない。 …レースだと他のウマ娘もいるし、自分がペースを刻む必要はないけど… ペースに合わせて戦法を変えられるように、体感時計を鍛えるのは正しい、はず。
「悪い話だけじゃなくて、良い話もしましょう。5ハロン中のベストが4ハロン目、これって加速力の証明だと思わない? 最後に落ちたのもあるけど、3ハロン目の時点で加速が終わってるのよ」
「最初は足が砂に取られて満足に走れてなかった。それなのに2ハロン目、3ハロン目でタイムが一気に加速してる… 確かに、良いのかもしれない」
「…まだ、力はないかもしれないけど、ちゃんと鍛えれば… 重賞もあり得るんじゃないかって思えるほどの才能よ。クラフトさんの良さを、改めて感じたわ」
…重賞、か。G1は勿論にしても、G2やG3も簡単なものじゃない。少し調べたんだけど、毎年デビューするウマ娘は優に3桁を超えて、4桁に近い程だそう。怪我や連敗が理由で未勝利のまま引退するウマ娘だって少なくはない。 …勝負事である以上は仕方ないにしても、負けるのは誰だって嬉しくない。それに、トレセン学園に来てるウマ娘なんて、みんな素質はあるんだから… 重賞を勝たせる、それが今の私の目標、かな。アヤベさんにも、あり得るって言われたんだ、現実にするために頑張ろう。それに… ラインクラフトは、もっと高みを目指さないといけないウマ娘だろうから。
「アヤベさん、明日は最初から最後まで加速も減速もなしでお願いしてもいいかな」
「わかった、やってみる。設定タイムは?」
「今週は15秒で行こう」
「…それがいいわね」
今週の予定は再確認できたし、もうアヤベさんと話すことはない、かな? よーっし、クラフトさんを連れて部屋に戻ろう。少し… 寒くなってきた。スーツの中にカイロ買って入れてるけど、寒いものは寒いもん。明日からは私も少し走ろうかな… なんて、冗談だよ。
「そうだ、用事あるから先にクラフトさんと戻ってて。それで、トレッドミルも始めてもらっていい?」
「いいけど、なにを… 聞かないでおくわ、聞かれたくなさそうな顔をしているもの」
「…じゃ、行ってくる!」
一旦、さよなら!
「ただいま、どんな感じ?」
「頑張ってます!」
「…まだ余裕がありそうね、速度上げるわよ」
「えぇっ!? まだ上げるんですか!?」
「…あ、私はそろそろ失礼します。ありがとうございました!」
トップロードさんがいなくなって、チームリラのメンバーだけ… 少しデータをまとめておこうかな。学園からパソコンを借りたんだ、ゲームとかは出来ない事務作業用のやつだけどね。データをまとめる位はできる… というか、性能良さそうだからやろうと思ったらゲームもできるかな。やらないけどね?
「…へぇ、タイム以外にも風速とか気温も記録するのね」
「集めておけば、役に立つかもしれないでしょ?」
「役に立つといいわね」
「立たなくてもいいよ、趣味だから」
「ぐえー」
「…速度、上げすぎたかしら」
…色々と不安はあるけど、今週1週間、トレーニングを見てから考えよう。
それじゃ、一気に行こう…
「ん〜、んー… 」
「タイム、少しは落ち着いたわね」
「来週の坂路は取りやめて、来週もダートにしよう。このまま続けたほうが、もっと整うと思う」
「そうね、私も同感。ただ、週末はどうするの? 幾つか案は出てたけど…」
金曜日、トレーニングは順調に進んできた。3ハロン目から5ハロン目まで、近いタイムにはなった。後は、これが芝で出せれば問題はない、という段階かな。 …完璧ではないし、理想でもない。でも、今は… 問題はない、そんなところ。来週はそのタイムを1週間刻み続けるのが目標。アヤベさんには、敢えて目標タイムと違うタイムで走ってもらって、だね。
「週末は練習しない。今はそこまで負荷をかけたくないんだ、体も完成していないと思うし…」
「…それもいいかもね。毎日のトレッドミルで負荷は足りてる… と思うわ」
「それなら、天体観測に行きましょう!」
「…トップロードさん、いつの間に入ってきたの?」
「天体観測ですか、行きますっ!」
「よしっ!」
…アヤベさんには伝えてないけど、トップロードさんにはこの部屋の鍵をプレゼントした。授業の合間に私に会いに来て、アヤベさんのことを聞いてきたり… 自分のトレーニングが終わったあとに、窓の外から覗いてる時もあったから。他のチームの人に鍵を渡すのはどうか、とも思ったよ? でもさ、三冠ウマ娘が時々遊びに来てくれる… そのメリットの方が大きいと思ったんだ。
「琴葉さん、車って運転できますか?」
「免許は… あった、運転できるよ。車はないけど」
「そもそも、免許があるか探すような人の車には乗りたくないのだけど…」
「車は私が用意します! 貰い物ですけど…」
…凄いなぁ、車って貰えるものなんだ。そりゃそうか、三冠ウマ娘だもんね。多分だけど… 国民的スター、でも足りないような人気でしょ。
「明日の朝9時に、学園前… で、いいですか?」
「わかりました!」「オーケー、その時間に行くよ」「…天体観測よね、朝?」
「折角なので色んな場所に行きませんか?」
「…別に、好きにしなさい」
「よーっし!」
土曜日、朝に幾つか作業を済ませて、学園前。時間は… 8時半、遅れるよりは早いほうがいい。少し眠いし、他にやりたいこともあったけど… 緊急じゃないし、今度やろうっと。
「ふんふ〜ん」
「楽しみですね♪」
「はいっ! あ、琴葉さん!」
「おはよう、トップロードさん、カレンさん、アヤベさん」
「天体観測、カレンもお供しま〜す」
「…連れていけってうるさかったから、渋々ね」
「クラフトさんを待ってる間に、車取りに行きましょうか、琴葉さん」
「わかった、ついてくよ」
…いい人達に出会ったとつくづく思うよ。30分前から揃ってる、クラフトさんは少し前に『準備中です!』って連絡来たからもうすぐ来るはず。でも、手ぶらで来ちゃったけど大丈夫だったかな? 財布とかはあるよ、勿論。他の人も… アヤベさんしか荷物なさそうだし、いっか。
…星かぁ、詳しくないんだよね。今は冬だから、こと座は見えない、よね? 正直な話、夏の大三角と冬の大三角すら怪しいよ。アヤベさんに、色々と教えてもらわないとね。
「この駐車場の… これです!」
「左ハンドルか、気合い入れないとな…」
「頑張ってください!」
左ハンドル、脳内シミュレーションでは完璧に運転できるからね、任せて? ゲーマーはね、左ハンドルをよく知ってるんだ。握ったことはないけど、見え方とかわかってるから、安心して。よし行こう!
「アヤベさん、これも美味しいですよ♪」「これ! すごい、ふわふわです!」「んん〜! 美味
「…1人ずつ喋りなさい」
「これも美味しいよ!」
「あなたが喋るのね…」
お昼、みんなでケーキバイキングに来たよ。ショッピングモールの中にあるケーキ屋さんがやってたんだよ、美味しそうで入ったんだ。車に関しては、アレだけフラグを立てたけど問題なく、余裕のドライブだったよ。ケーキの話だけど… イチゴもチョコもチーズもミントも、色々あって目移りしちゃうね。 …勿論だけど、お金は私が払ったからね? 社会人として、学生に奢られるわけにはいかないから。
「アヤベさん、あ〜ん」
「やらないけど」
「む〜、もっと喋ってください!」
「クラフトさん、これも美味しいですよ」
「ほんとですね!」
「…楽しそうだね」
「琴葉さんは楽しくないんですか?」
「楽しいよ、凄く」
「ですよね〜。あ、写真撮ってもいいですか? 顔は隠しても大丈夫ですけど… ウマスタにあげたくって」
「いいよ、撮ろう撮ろう」「わたしが撮りましょうか?」「ええと… ピース!」
「カレンが自撮りするのでこっち向いて… アヤベさーん? おーい、こっちですよー?」
「…仕方ないわね。笑えばいいの? はい」
「…よし♪ ありがとうございまーっす♪」
カメラに撮られると魂が… なんてことは言わないよ。カレンさんが撮った写真、後で貰おうかな? それと、ウマスタか… 使わないと思うけど、SNSは登録しておこう。今日、帰ったらになるけど… カレンさんの投稿も気になるしさ。
「…よく食べるわね、4人とも」
「デザートは別腹ですから♪」「美味しいから止まりません!」「こんな機会、そうないからね」「アヤベさんはもう食べないんですか?」
「一斉に喋らないで… 私はもう食べないわよ。まだ食べるなら… 少し、1人で買い物に行ってくるわ」
「え〜、お喋りしましょうよ〜」
「…行ってくるわね。トップロードさん、トランク借りるかもしれないわ」
「わかりました! 元々、何も入れてなかったので、空いてると思います」
「…私しか物を積んでなかったものね」
トランクに積むような物って、アヤベさんは何を買いに行ったんだろ。それに、トランクって全然物入ってなかったんだ。 …そういえば、アヤベさんしか荷物持ってきてなかった気もするね。
私もお店を見に行こうかな、スポーツ用品店とか。トレーナーって大変でさ、全然街に繰り出せないから… 慣れたら楽なのかもしれないけど、今は暇が無いんだよね。ちょっと見てこよう。
「私もお店見てくるよ、すぐ戻ってくるから」
「琴葉さんもいなくなっちゃうんですか〜? 待ってますね♪」
「すぐ戻ってくるから!」
お店、見に行こう!
「これ、どう思う?」
「…使えそうね」
スポーツ用品店でアヤベさんと合流して、色々と見て回ってるところだよ。靴やウェアは勿論、ダンベルやトレッドミルさんもあるね。 …これ、水中トレッドミルか。水の浮力や抵抗を利用した、私の大好きなトレッドミルさんが強くなったもの。値段は… ウマ娘向けのやつは4桁万円に近いね。流石に手が出ないな、買うとしたら当分先かな。
「…そろそろ時間ね、もうそろそろ戻らないとあの子達もケーキを食べ終わって暇してるかもしれないわ」
「………」
「ねぇ、戻るわよ」
「あぁ、ごめん。戻ろうか」
「……」
「…見える? あの星がシリウスよ。そして向こうがプロキオンで、あれがペテルギウス」
「写真に撮れますかね…」
「…いけるんじゃない?」
「アヤベさん、あの星ってなんですか?」
「車の中で話した、カストルよ」
「じゃああれがポルックスですね!」
「そうよ」
夜、近くの山の上まで来たよ。そこまで高い山でもないけど、人工の光も殆どなくて天体観測にはいい場所。車の中で、アヤベさんが星の話を幾つも聞かせてくれたから、何となくはわかってきたって感じかな。さっきレストランで食べたピザの味が頭から離れないけど、ちゃんと星のこともわかってるよ、大丈夫。
「…トップロードさん、カストルとポルックス、どちらが兄か覚えているかしら?」
「……カストル、ですよね?」
「えぇ、少し暗いカストルが兄で、兄より明るいポルックスが弟。ふたご座の… ディオスクロイよ」
「ねぇ、あの星は?」
「リゲルね、青白い光が特徴の一等星よ」
「写真撮りまーす!」
「カレンも撮りまーす!」
…冬空を飾る星、名前を聞くと知ってるものが多いんだけど、見ても全くわからないね。カストルもポルックスもリゲルも、名前は知ってるんだけど… ちゃんと見るのは初めてかもしれない、興味があってネットで星を調べたから知ってるだけで、星を見たことはなかったから。 …夜も街の光で星が見えなかったり、そもそも目が悪かったり、夜中はゲームしてたり、色々理由があってね。
「最後に、みんなで1枚撮りませんか? 記念に、ウマスタにあげないやつ♪」
「…私が何か言う前に、並んでるじゃない」
「カレンさん、いつでも大丈夫ですよ!」
「じゃあ、笑ってー… よしっ、撮れました♪」
「…もう時間か、もっと星を見てたかったけど、そうはいかないね。車出すよ、乗って」
「…別に、天体観測なんていつでもできるわよ」
この日は、これでおしまい。日曜日の予定は何もないし、色々と調べごとに費やそうと思うよ。やらないといけないこと、山積みだから。でも… 楽しかった、みんなも楽しめたかな?
「……アヤベさん、これ…」
「欲しがってたでしょう? プレゼントよ。 …要らなかったら、返してもらうけど」
「ありがとう! 本当に嬉しい! でも、高くなかった?」
「…これでもダービーウマ娘よ? これくらいなら、なんとかなるわ」
月曜日の朝、トレーナー室に行くとアヤベさんが扉に背を預けながら、腕を組んで待ってたんだ。それで、促されて部屋に入ると… なんと、
「…流石に、何個も買うのは無理だから。丁寧に使ってよ」
「わかってる、大事に使うよ。来週からクラフトさんのトレーニングに組み込もう」
「今週は使わないの?」
「今週は先週と同じ、普通のトレッドミルだね。コレを使う準備もしないとだし、急には無理だよ」
「…確かに、そうね」
アヤベさんから貰った水中トレッドミルさん、大切に使おう。値段を考えると使うのも怖いけど、使わなかったら意味がないし、アヤベさんの思いも
…こっからは、1週間のトレーニング。一気に行くよ!
「やりました!」
「…これが本番でもできれば、問題はないわね」
「うん、お疲れ様。よかったよ、上手くいって」
金曜日、つまり予定ではダートの5ハロン追いをする最後の日。タイムは先週と大きな差はないけど、それがいい。アヤベさんに逃げてもらったり、追い込んでもらったり、捲ったり、色々やってもらったけど… それでもタイムが変わらなかったから、自分のペースになってきている。
…このトレーニングは、速度とか加速力とかスタミナを鍛えるような、タイムを縮めるためのトレーニングじゃない。あくまで、体内時計である程度ペースを理解して、自分の速度を制限するトレーニング。実戦的かと言われたら微妙だし、タイムに大きな影響があるかと言われても微妙。だけど、大切なことだと思う。ペースを掴めなかったら、勝てるものも勝てなくなる。ここからは… 能力を鍛えるトレーニングに重きを置かないとかな。
「アヤベさん、今日もクラフトさんのトレッドミル、お願い! ちょっとすることがあって…」
「わかってる、毎日この時間に何かあるんでしょ? もう、言わなくても大丈夫よ」
トレーニングの予定も考えないとだけど… 少し、行って来るね!
「…もう少し速くするわよ」
「はいっ!」
「戻ったよ、どんな調子?」
「いい調子よ… トレーナー、その書類は何かしら?」
「来週のトレーニングの申請書類だよ。坂路の申請をしようと思って、貰ってきた」
クラフトさんのトレッドミル、初日よりは速くなってる、と思う。速度はアヤベさんに任せてるから知らないけど、脚への負荷を高めるのは良いことだと思う。負荷をかけても問題がないとアヤベさんが判断したってことだろうし、トレーニングの効果自体は負荷をかけたほうが高くはなると思う、から。体に問題がない範囲で、負荷は高めたほうがいい、はず。
「坂路の5ハロンの予定だけど、大丈夫かな?」
「大丈夫です!」「異論はないわ。タイムは?」
「タイムは決めないで、2人の好きに走ってもらおうと思ってる。一杯… 全力で走るか、少し力を抜いて強めで走るかはアヤベさんに任せる」
「…状態を見て速度を上げろってことね。難しいけど… やってやるわよ」
「じゃあ、私はアヤベさんに並んで走れば良いんですね? 頑張るぞー!」
…本当は、タイムを決めてアヤベさんに先行して走ってもらって、それを後ろからクラフトさんに並んでもらう、みたいなトレーニングを考えてたんだけどね。クラフトさんの坂路のタイムもわからないし、最初はアヤベさんにお任せする。隣で走る分、私よりもクラフトさんの様子を見れる、と思うしさ。
「今日はこれで終わりね、お疲れ様」
「お疲れ、クラフトさん。クールダウンも終わったんだから、もう好きにしていいわよ」
「…あの、もう一回走ってもいいですか? 後少しだけ、走りたくて…」
…来週のトレーニングも決まって、今日のトレーニングも終わった。本当はもう解散にして、アヤベさんと2人で来週の詳細を詰めようと思っていたんだけど… 追加のトレーニング、どうしようか。個人的には今の分でも足りてると思ってるけど、クラフトさんが走りたいならトレッドミルを続けるのもありだよね…
ただ、今日はもう十分負荷をかけたし、これ以上は過剰だとも思う。体の疲労は目に見えないし、クラフトさん自身も完全にはわからない。ここは、きっぱりと言おう。
「私はこれ以上はお勧めできない」
「私も反対。明日ならいいけど、今はもうやめたほうがいいわ」
「…わかりました。明日、お願いします」
「明日、朝からここで待ってるから」
「私も待ってるから、また明日」
土曜日は、アヤベさんとクラフトさんが2人で河川敷を走りに行ってしまったんだ。 …私はウマ娘と同じ速度で走れないから、お留守番だったよ。2人とも、お昼には帰ってきて、そこでクラフトさんとは別れた。アヤベさんとは… 少しだけ、トレーニングの話をしたね。トレーニングの強さが十分かどうか、そんな話。
日曜日は、1人で学園の中をふらついていたよ。他のウマ娘のトレーニングを見たり、資料や本を探したり… 知り合いには会わなかったから、特に言うことはないかな。
…1月の前半はこれで終わり、ここからは後半戦。坂路と水中トレッドミルで、しっかりと鍛えていこう。
「はい、これ飲んで」
「ありがとうございます…」
「ふぅ… トレーナー、タイムは?」
「1ハロン目から言うよ。17.2-15.1-14.1-13.2-13.1だね」
「…良いのか悪いのか、全く分からないわね」
「良いと思う、傾斜のきつい坂路でこのタイムなら十分だよ」
「それはよかった… 少し休んでから部屋に戻りましょう。私も… 少し疲れた」
坂路初日、タイムが先週と比べてここまで変わるとは思わなかったな。坂路って負荷も強いし、タイムは悪くなるんだよ、普通。それなのに、先週のダートとは比較にならないほど速い。 …坂路に適正があるというより、ダートの適性が全くないんだろうね。間違ってもダートレースには登録しないようにしよう。
「じゃ、行ってくるから先に戻っておいて」
「わかってる、水中トレッドミルも動かしておくから」
「…使い方、わかる?」
「買う時に確認したから、問題はないわ」
「あれってどんな効果があるんですか?」
「水の浮力によって脚への負担を減らしつつ、水の抵抗によって筋肉に負荷をかける、そんなトレッドミルだよ」
「なるほど!」
「…プールトレーニングを省スペースでするようなものね」
プールトレーニング… 確かに、この学園にはプールもあったね。覚えておこう、プールを泳ぐのと水中トレッドミルで走るのだと使う筋肉は違うだろうし、将来プールは使うかもしれない。 …私も泳ぎたいな、夏になったら海で。今は冬だけど、室内プールなら冬でも気持ちよく泳げるのかな…
あ、行ってくるね。やることがあるから…
「…これ、凄いのね」
「大変ですけど、楽しいですよ!」
「…順調そうだね」
「おかえり、順調よ。速度も傾斜も緩くしてるけど… それでも、いい調子だと思う」
「先週と全く違います! やってみると、本当によくわかりますよ!」
「それはよかった。私は資料をまとめるから、アヤベさんに任せるね」
「えぇ、いつも通りにやるわ」
水中トレッドミル、順調そうでよかった。一先ずはトレーナーとしての事務作業を片付けて、集めてきた資料をまとめて… ある程度は形になってきたし、集めた資料のこと、アヤベさんにも共有しておこうかな。毎日、ちまちま集めてきた資料だけど… 要らないって言われたらどうしよう、泣いちゃうかも。みんなが授業を受けてる間とかに、必死にまとめたんだよ。
「アヤベさん、後で見てほしいものがあるから、少し残ってもらっていい?」
「…少し連絡してくるわ」
…アヤベさん、もしかしたら用事でもあったのかな。少し、微妙な顔してる。嬉しくもないけど、悲しくもない、みたいな顔。もしかしたら、嬉しいけど悲しい、なのかもしれない。 …いや、そんなわけないか。でも、誘った以上はやっぱなしって言えないな。アヤベさん、そういうの嫌いそうだし。
「で、何を見ればいいの?」
「これ、学園から借りたパソコンにデータをまとめたんだけど… ほい、凄いでしょ?」
「…他のウマ娘のデータ? よく集めたわね」
「この前の模擬レースに出てた、いわばライバルのデータだよ。トレーニングの合間とか、土日にストップウォッチ片手に集めてきた」
「もっと見せて、他の娘のも…」
「それならこっちの一覧を見たほうがいいかな。トレーニング内容と、測れたタイム。全部は測れてないけど、極力かき集めたから」
「こういうことをしているとは思っていたけど… 想像以上だわ」
「…え、バレてたの?」
「…隠してるつもりだったの?」
「凄い頑張ってるんだよって驚かせようと思ってた…」
「…そのことに驚いたわ」
凄いでしょ? 凄いよね? クラフトさんと同じ日に模擬レースを走ったウマ娘、100人以上のデータを集めたんだよ。1人で集めるには無理があったし、広く浅く集めたから詳しいデータはないけど… ライバルの各週のトレーニングの情報、役に立つかな。何か使い道はあると思うんだけど… 集めるのは好きだけど、それを使う術は持ってないから、私。 …クラフトさんのトレーニングのことを考えても、アヤベさんがトレーナーで私がアシスタントみたいになってるな、今。もうちょっと勉強しないとかな…
「…このウマ娘のトレーニング、何かしら。タイヤ?」
「あー、この娘か。腰に紐を巻いてさ、それをタイヤに繋げて、引きずりながら走ってたんだ。重りとして使ってたんだと思うよ」
「…参考になりそうね」
「うん。どんな時に有効かまだ詳しくないけど… 覚えておけば、出番があるかもしれない」
「…私達、有名なトレーニングすら知らないもの。周りを見て学ぶのも… 大切だわ」
「そうだね、色々学んでいこう」
「それと、このデータ… 印刷してもらうことってできるかしら。部屋でも見たくて」
「オーケー、任せて。たづなさんに頼んで印刷してもらうよ。後で部屋に届けようか?」
気に入ってもらえてよかった、喜んでもらえたら集めた甲斐もあるってもんだから。理想はこのデータが有効活用されることだけど… 実際のレースの時に役に立つかもしれないし、もっと沢山集めよう。どう役に立つかはわからないけど… アヤベさんなら何か使い道を見つけてくれる、はず。
「寮は立ち入り禁止よ。明日受け取るわ。 …今日はもう待てないから」
「わかった、また明日。 …時間とってごめんね」
「大丈夫、トップロードさんが… 勝手に待っているだけだもの、約束してるわけじゃないわ」
「そう…? まぁ、早く行ってあげて」
「…あなたも、お疲れ様。ちゃんと休みなさい」
…ちゃんと休むか、久し振りに。寝れてないわけじゃないけど、夜も忙しくて全然ゆっくり出来てなかったし。ん〜、疲れた。2週間でこれじゃ、何年も続けられるかな… どこかで長期休暇もらえるかな?
「あの、クラフトさんのデビューって決まってるんですか?」
「決まってないよ、今から話し合うの。トップロードさんはどこだった?」
「阪神の2000にしました、アヤベさんは京都の1600でしたよね」
「わたし、どこがいいんですかね?」
「クラフトさんなら、得意なマイル… それこそ、アヤベさんと同じ京都1600もいいと思いますよ」
「ただ、京都の1600って秋だよね…」
「…早くデビューしたいなら京都はだめね。それよりも… この話題は流石にトップロードさんを追い出すべきじゃないかしら?」
「えっ!?」「今更じゃない?」「大丈夫だと思いますよ?」
「…それなら、いいけど」
土曜日、チームリラの全員で集まっての作戦会議。トップロードさんは違うけど… 名誉メンバー、なんて言ったら怒られちゃうか。優しいお助け委員長、って感じかな。確か、学級委員長って聞いた気がするしさ。 …正直、頼り過ぎかなって思うくらいにはよく話させてもらってるもん。
トレーニングに関しては、順調に進んでるよ。タイムが一気に良化する、なんてことはないけどさ… しっかり走り続けてるから問題はないし、今後を考えたら十分だよ。それに、1週間で5ハロンのタイムが1秒も速くなったら怖いでしょ? 2年もしたら0秒切ってマイナスになっちゃうからね。
「最速だと、6月の… 東京と阪神か。この2択なら、桜花賞と同じ阪神マイルが理想かな?」
「! それなら、6月2週の日曜日はどうですか?」
「わたしはいつでもいけます!」
「…宝塚記念ね、走るの?」
「予定では走らないです。ただ、何か催しに呼ばれると思うので… 他の日だと行けるかわからないですけど、その日は絶対にそこにいますから!」
「そう… 私は秋でも良いと思うわよ。急ぐ必要はないわ」
急ぐ必要はない、その通りだと思うな。デビューを急いで、トレーニングが足りないまま走って無駄に負ける、その影響でトレーニングを積めない… そんなことになったら目も当てられない。勝つか負けるかも大切だけど、それよりも長い目で、最高の結果を考えないといけない。勝つのが1番なのは間違いないんだけどね、必勝なんて不可能だから。無駄な負けだけは… したくない。
でも、遅ければなんでもいいってわけはない。ローテーションの自由度は減るし、余裕を持って組むのも難しくなる。 …選択肢が減るのって、だいぶ苦しいことだよね。それに、早期デビューに比べて… 一度の敗北が、致命的になる。目標とするトリプルティアラはただでさえ極めて難しいことなのに、〝不運〟でそれが潰える可能性も高い。 …不運が適切な言葉だったかは一度置いておいて、糸のように細い賭けを何度も通さないといけないのは、リスクが高い。
どちらが正しいのかなんて誰にもわからないし、結局は結果でしか語れない。でも、6月のデビューを目指すなら… もう決めないと、間に合わないかもしれない。それに惰性でトレーニングするよりも近い目標を決めたほうが精神的に気合が乗ると思う。 …クラフトさんにとっての最善は何なのか、答えなんてないよ、どこにも。でも… 責任を取るのは私だ。私が決定しないければ、みんなが迷ってしまう。
…私は、ハイリスクな賭けよりもローリスクな安定択を取りたい。早期デビューの方が
「…6月最終の阪神マイル戦、どうかな」
「早くデビューしたい、けどトレーニングの時間も確保したい。だから夏開催直前の6月最終… いいんじゃない? 異論はないわ」
「わたしも、賛成です!」「頑張って休みとります!」
「…じゃあ、そこに向けて準備していこう。といっても、今はやることは変わらないけどね」
「はいっ! アヤベさん、トレッドミルお願いしてもいいですか?」
「えぇ、いいわ。やる気もあるようだし… しっかりやるわよ」
「お願いします!」
良かった、のかな。クラフトさんも、嫌な顔一つせずに受け入れてくれたし、もうトレーニングに入ってる。アヤベさんも、心なしか楽しそうだし、声もはっきりしてた。トップロードさんは… 拳を握ってるし、目を閉じて下を見てるし、気合い入ってそう。 …トップロードさんが気合いを入れる必要はなくない?
「…何か使えそうな機材を探してくるか」
「私もついて行っていいですか?」
「いいけど、学園の倉庫を漁るだけだから大したものはないよ」
「大丈夫です! 琴葉さんのお眼鏡に適う物を見つけます!」
「…不安だわ」
「信用ないなぁ、大丈夫だよ、任せて」
トレーナーとして、よりもコレクターとして気になってたんだよね、倉庫。使われなくなったものとか、時期じゃないものが仕舞われてるらしいんだけど、申請したら自由に使えるらしいよ。何か掘り出し物を見つけて、アヤベさんに褒めてもらおうっと。お宝探し、やっていこう!
「これ、クリスマスの飾りかな… 綺麗な星ですよ、要ります?」
「流石に要らないかな、持って帰ったらアヤベさんに邪魔って言われそう…」
「すごい、言いそうです」
…お宝あるのかなぁ。昔のパンフレットとか、余った短冊とか、ハロウィンにカボチャの中に入れてたであろうランタンとか、入学式とかで見る花のアーチとか、持って帰っても使い道が… もうちょっと実用的な何か、ないかな。
「スキーボードにソリまであります、今の時期使えるかもしれませんよ」
「雪遊びは苦手でね………いや、ソリは貰おうかな」
「お〜、1個目のお宝ゲットですね! ここに置いときます」
雪遊びはしないけど、ソリは貰っておこう。もしかしたら… 使えるかもしれない。それに、トップロードさんは軽く持ってるけど、コレ… 私じゃ持てないな、誰かに手伝ってもらわないと。触った感じ金属でできてるのかな、人が1人乗れるサイズだけど、しっかりしてる。 …間違いなく、子供が遊びに使うソリじゃないね。昔、何かに使ったのかな。思ったよりも、大当たりの掘り出し物かもしれないぞ…
「良いの、これしかありませんでしたね…」
「十分だよ、申請もしたし持って帰ろう。 …私は持てないから、トップロードさんに全部やってもらうことになってごめんね」
「大丈夫ですよ、これくらいなら楽々です!」
持って帰ったのは、結局ソリだけ。でも、本当に十分過ぎるものだよ。たづなさんには『問題ありませんが、何に使うんですか?』なんて聞かれちゃったけどさ… 人間の私には重すぎて、ウマ娘のトップロードさんなら楽に運べる… 私が非力なだけで人でも楽に運べるのかもしれないけど、多分、このソリはウマ娘が使うものなんだと思う。使い道は… わからないけど、何かに使える、と思う。
…集めておけば損はないんだよ、最後まで使わなかったとしても、欲しいときになかった場合よりはよっぽど良い。アヤベさんには… 良い反応は貰えないかも、だって何かわからないし。ウマ娘用だとしても、上に乗って雪を滑れないと思うんだよなぁ、こんなに重いと。イメージでしかないけど、沈みそう。
「戻りましたー!」「ただいま、戻ったよ」
「お疲れ様です!」「おかえり…」
「戦利品のソリです!」
「…これで遊ぶの?」
「そういうわけじゃないけど…」「使い道はわかりません!」
「…飾っておくわね」
飾るしかないね、今は。使い道がわかればいいんだけど、坂を滑って遊ぶにしてもこのソリである必要はないし。安いソリ買ってくれば済む話だから、要らないんだよね。 …持って帰ってきたけど、要らなかったのかな、このソリ。ここまで重いソリなら、何か使えると思うんだけど…
「…このソリ、引くやつですね」
「…乗るんじゃなくて、引くの?」
「はい。上に重しを乗せて、引っ張るんです。そんなスポーツがあった、と思います」
「あー! 私も、見たことあります!」「なるほど… そういうことか」
「…それなら、トレーニングに使えそうね」
「私が引けばいいんですよね、頑張ります!」
なるほど、その為のソリだったのか。私の生まれ育った世界でも、そんな競技があった。ソリを引きながら坂を登ったりするレース、賭けたことはないけど見たことはある。ウマ娘の世界にもあったのか… でもこれ、倉庫に放置されてたくらいだし今はやってないのかな。 …競技者が自前で用意するようになって使わなくなった、が1番有り得そうだね。
まぁ、今その競技がどうであれ… このソリにとっては私達に見つかったのは良かっただろうね。飾りでも置物でもなく、正しく使ってもらえるんだから。紐はどうやって… いや、紐じゃちぎれるか。ソリの重さに追加の重し、それを引っ張るウマ娘の力、耐えるなら紐じゃなくてしっかりした、ベルトみたいな物が必要だよね。 …ソリ君、ごめん、当分は出番ないかも。明日探してみるけど、多分… ないから。
「…今日はもうすることないけど、これからどうする?」
「私は暇なので、アヤベさんについていきます」
「…私も暇なので、アヤベさんについていこうと思います」
「じゃあ私もついていこうかな」
「……なら、ここで勉強会ね。それぞれ、自分の勉強道具、持ってきなさい」
ソリ君をよそ目に、勉強頑張るか… まだまだウマ娘の知識が足りてないから、基礎的なことも学んでいかないと。トレーニング、レース戦略、体の構造、歴史… 学生の頃を思い出すな、周りの3人は学生だし。3人とも、いつも運動服か制服だからね… 1人だけスーツだけど、明日からスポーツウェアで… 寒いか、1月だし。やーめた、スーツでカイロつけよ。
「おつかれ、これ飲んで」
「んんっ… は〜、潤います…」
「ふぅ…タイムは?」
「これだけど… クラフトさん、大丈夫?」
「少し疲れましたけど、大丈夫です」
「16.8-15.0-14.2-13.1-13.0…
あなたの見解は?」
「少しずつだけど、成長してると思ってるよ。アヤベさんはどう思う?」
「…私も同じ意見」
…時が流れるのは早いもので、予定していた2週間の坂路トレーニングも終わり。私はスポーツ経験とかないから間違ってるかもだけど、2週間で見違えるように変わることなんてないよね。見てわからないほど、少しずつ良くなってく。ウマ娘もきっと同じ、タイムに表れないところで成長している… と、信じよう。
実際、トレーニング後のクラフトさんを見てると成長してるって感じる。余裕がある、そう感じるんだよ。適当に流してる、みたいな悪い意味じゃなくて、しっかり走っても息が上がらなくなってる。心肺機能の成長ってやつかな。2週間も坂路を走り続けたら、多少は強くなるか… 私も走ろうかな、体は鍛えて損はないし。
「クラフトさん、部屋に戻るわよ」
「はーい!」
「私もついてく、今日はやることないから」
来週以降の予定も決めないとだからね。ダート、坂路と来て来週はどうしようか… 坂路かな、芝も一度使ったほうがいいかも? ダートはいいかな、他のよくわからないコースは勉強不足だからやめよう。プール… も選択肢として残しとこう。
「トレーニングに関しては、私から提案があるわ」
「ふむ、どんなトレーニング?」
「一度座学をするべきだわ。体の休養も兼ねて、レース戦略を学ぶのよ」
「…頑張ります」
「じゃあ、レース映像とか集めてくるよ」
「私も探してみる」
「私も持ってきます!」
水中トレッドミルが終わって、作戦会議。来週と再来週は座学… レースにおける作戦とかなら、アヤベさんの専門なのかな。ダービー勝ってるわけだし、作戦とか詳しそうだよね。私は… 逃げとか差しとかはわかるけど、展開に合わせた作戦とかわからないから。
レースって、事前に考えたプラン通りに行くことなんて滅多にないだろうから、クラフトさんに咄嗟に考えて動いてもらえるように、教える… で、認識はあってるよね。 …奇策が飛び出したレースとかなら説明はしやすいけど、それじゃ意味ないよね。奇策なんて、そうそう出るものじゃないし… それよりも考えなきゃいけないことは沢山あるから。
「これ、三女神像っていうんだ…」
「全てのウマ娘の始祖と言われている、3人のウマ娘です。ウマ娘を見守り、時に導く… らしいです」
「何度もこの広場には来たはずなのに、知らないことばかりだな、私」
「でも、今知りましたから、自信持ってください!」
「慰めなくて大丈夫だよ、落ち込んでるわけじゃないから。 …逆に、もっと勉強しようってやる気になったところ」
「それなら、よかったです!」
日曜日、今日はトップロードさんについていくことにしたんだ。いつもお世話になってるから、何か手伝うことがないかって聞いたら、『買い物の手伝い、お願いしてもいいですか?』って言われたから、広場で待ち合わせしてた。
三女神、
「今日はよろしくお願いします、琴葉さん」
「手伝えるように、精一杯働かせてもらうね」
「これにしようかな…」
「…バレンタインのラッピングかな? 相手は誰?」
「アヤベさんと、トレーナーさんと、他にもみんなに! もちろん、琴葉さんにも!」
「じゃあ、これなんてどう? シックな桃色でトップロードさんらしいよ」
「! それにします!」
「今日はありがとうございました!」
「こちらこそ、楽しかった。また何かあったら呼んで、できる範囲で手伝うから」
「はい!」
…トップロードさんとの買い物、思ったよりも疲れたな… トップロードさんの車を私が運転したんだけど、買う量が多いから運ぶのが大変だね。でも、車がなかったら寮まで運ばないとだったわけで… チョコとかラッピング以外にも色々買ったから、車でよかったよ。
…本当のことを言うと疲れたのは運ぶのじゃなくて選ぶのだったから。可愛い飾りとか服とかわからないよ、私仕事のスーツ以外は寝間着しかないし。オシャレする暇があったらゲームする人間だからね… 姉が買ってきた服くらいかな、ちゃんとオシャレしたのなんて。今は姉もいないから… ふわふわのパジャマときっちりしたスーツだけ、コーディネートとか勉強したらオシャレになるのかな… 今はいいか、トレーナーとしてしっかりしてからにしよう。
…色々忙しかったけど、1月はこれで終わりかな。2月も頑張っていこう! クラフトさんのメイクデビューに向けて… 少しずつ、進んでいこう。少しずつって言っても、6回も繰り返したらもうデビュー戦なのか… 頑張ろう。
〜1月後半