引きこもり、魔法学校にぶち込まれる   作:年中有休

10 / 38
今回は短い前フリ的なお話になります。


命ずる王、折れた王、食堂の女王

王宮は深夜の静寂に沈んでいた。

執務棟の最奥、重厚な扉の内側には、香と墨の香りがわずかに漂っている。

 

国王ハロルド・エルディスは、積まれた文書をただめくっていた。

だがその視線は、文字の上ではなく、もっと遠くの空白を見ていた。

 

わずかな筆音が止んだとき、扉をノックする音が三度。控えめでありながら、場慣れした間合いだった。

 

「入れ」

 

現れたのは、情報局の文官ルディ・ファーン。

整った服装と落ち着いた声音。その奥に、どこか演技じみた余裕があった。

──まるで、報告の内容が“想定通り”であるかのように。

 

「報告を。ベイル殿下が、王立学院にて平民の生徒と非公式の決闘を行い──敗北されました。重傷を負いましたが、即座に治療が施され、命に別状はございません」

 

ハロルドの眉がわずかに動いた。

 

「……敗れた、か」

 

視線が机の端に置かれた家族肖像に移る。

まだ幼かったベイルが、金の刺繍を施した制服に身を包み、誇らしげに胸を張っていた。

 

「……あれほど育て、授け、鍛えたというのに。誇りも、威厳も、全て潰して戻ってくるとは」

 

時間も、機会も、王としての道も、すべて与えた。

だが、愚かさと慢心が積み重なれば、最期はこうなる。

失望の吐息が、部屋の空気を冷やした。

 

「……学校側は?」

 

「目撃証言では、王子の魔法が何らかの魔法によって“跳ね返った”ように見えたとのことです。ただ、その魔法は未登録。属性・効果・意図、すべて不明。防御か攻撃かの判断もつかず、規律違反として扱うには根拠が薄いとされております」

 

「……つまり、“わからない”と?」

 

ハロルドは立ち上がり、窓辺に歩を進める。

 

「見たことも、聞いたこともない魔法で、王子が地に伏した。それを“判断不能”とは……もはや茶番だ」

 

王子が誰に命じられて剣を抜いたかなど、関係はない。

“平民に敗れた”という事実が残る──それがすべてだ。

 

「他にあるか」

 

ルディは一歩前へ出て、懐から封筒を差し出した。

“極秘”の印と、王立秘術院監査局の封蝋がある。

 

「式典で発生した事態について、監査局より非公式報告がございます」

 

王は封を切り、中の羊皮紙に目を通した。

そこに記されていたのは、わずかな報告文だった。だが、王にとっては決定的だった。

 

『式典において、無許可の【秘式顕現】を確認。象徴式だけでなく秘匿式も一時的に展開されたが、発現原因は不明』

『象徴式構造に断絶および再構築の痕跡を確認』

『魔力効率は従来式より最適化。意図は不明』

『象徴式・秘匿式間のパスが切断。修復作業中』

『関連現象はすべて、生徒エインの干渉によるものと推定』

 

報告書の端が、王の指で軋んだ。

 

象徴式──秘匿式へと、魔力を流し込むための“外殻”。

秘匿式──本来は顕現すら許されぬ、王家機構の中枢。

 

象徴式を、無許可で、無意識に、しかも再構築と最適化まで行ったというのか。

しかも、その過程で、秘匿式との接続まで断ち切った──本来なら、誰にも触れられぬはずの、回路に。

 

偶然。意図不明。目的不明。

ならば、なおのこと恐ろしい。

 

(構造を読まれ、断たれ、繋ぎ直された。本人にその意図がなかったとしても──)

 

(次に“偶然”で王家が崩れることもありうる)

 

そして今、ベイルの失墜が重なった。

すべての誤算を、一つに集約して処理する機会は──今しかない。

 

「檻に戻せ」

 

ルディの表情が、僅かに引き締まる。

ほんの一瞬、その目が光を宿した。

 

「対象を」

 

「生徒エイン。罪状は、第一王子に対する殺害未遂。審問は形式でよい。判決は決まっている」

 

「承知いたしました。拘束は、夜明け前に完了する見通しです」

 

王はそれに答えず、静かに机へ戻る。

ペンを取ると、命令書の空白を静かに走らせた。

 

その背後でルディは深く一礼し、踵を返す。

去り際、彼の口元には、わずかな曲線が宿っていた。

それが報告の達成感なのか、それとも──別の誰かの意志を思い出していたのかは、定かではなかった。

 

音もなく夜は深まっていく。

命を下す手だけが、確かに動いていた。

 

────────

 

……静かだった。

まるで音のない水底に沈んでいるような、ぬるい静寂が満ちている。

 

天井がある。

それだけで、ベイル・ドラン・エルディスは自分が生きていることを知った。

 

(……どこだ、ここは)

 

見慣れない設備。簡素な寝台。清浄な空気と、かすかに香る治療薬の匂い。

救護室だ。

意識はまだ霞んでいたが、眠気は薄れ、痛みだけが残っていた。

 

腹部に残る鈍痛。

体を動かそうとした途端、背筋に重い疲労感が走る。

 

(……決闘……あの平民と……)

 

断片的な記憶が浮かぶ。

【反応防壁】(リアクティブシールド)。すべてを逸らす、あの理解不能な魔法。

どんな魔法を撃っても通らず、最後に、【反射】(リフレクト)。やはり得体のしれない魔法に、自分の放った【石槍】(ストーンスピア)が──跳ね返され、己自身に突き刺さった。

 

思い出した瞬間、喉の奥がひりついた。

 

(……ありえない)

 

ベイルは顔をしかめ、天井をにらむ。

夢ではなかった。現実だ。

 

(俺が……?)

 

王族が。第一王子が。

平民の、しかも年下の、無名の学生に。

堂々と、公衆の面前で──完敗した。

 

悔しいという感情が、まだ追いついてこない。

それよりも、ただ呆然としていた。

 

(なぜ……どうしてだ)

 

何もかもが理解できなかった。

自分は手を抜いたわけでも、油断したわけでもなかった。全力を尽くした。

それなのに、エインは防ぐだけで──何ひとつ、傷も負わず、勝っていった。

 

(なんだあの魔法は……誰が、教えた)

 

誰の設計だ。どの書物にも載っていなかった。王立魔法典にもない。

王族として授けられてきたすべての体系と、整合しない構造だった。

 

──なのに、あれは完成していた。

恐ろしいほど洗練されて、理論に基づき、計算され尽くした結果だった。

 

(まさか……自分で、あれを……?)

 

そこまで思い至って、ベイルは無意識に天井から目をそらす。

その可能性を認めた瞬間、自分の中の「格」が崩れる気がした。

 

「……チッ」

 

低く吐き捨てる。

悔しさというより、まだ名前のつかない感情だった。

 

(勝ちたかった)

 

その一言が、胸の奥で小さく響いた。

プライドを、地位を守るためでも、名誉のためでもない。

あの“平民”に、負けたくなかった。

それだけが、今の彼を突き動かしていた。

 

けれど──現実は変わらない。

 

ベイルは拳を握ることもできず、ただ静かに目を閉じた。

 

──────────────────────

 

おまけ

逮捕前の話

 

────────

 

あの決闘の直後、ベイル王子が重症を負ってしまい、治療の邪魔になるからと、エイン君と観客たちは訓練場から追い出された。

彼は勝ったはずなのに、なぜか敗者側みたいな空気で、ひっそりと。

 

訓練場を後にしてすぐ、石畳を数歩踏んだその瞬間だった。

 

「──あっ!いたぞ!エインだ!!」

 

唐突に飛んだその声を皮切りに、建物の陰から、塀の隙間から、平民寮の生徒たちがどこからともなく溢れ出した。

まるで雨後の筍みたいに、一斉に、ワラワラと。

 

「すげぇなエイン!!」

「最後のあれ、なんだったんだ!?」「ベイル王子に勝ったとかマジ!?」「あいつ平民見下してたからザマァ!」「土下座はいつ!?」「お前とベイルがおばちゃんを取り合ってたって本当なのか!?」「熟女枠!?おばちゃんがヒロインだったのか!?」

 

うわあああああ……質問が多い……!

いや質問というか、もう妄想と憶測と興奮のミックスグリル状態。

 

「えっと……その、実際は──」

 

僕がなんとか止めようと口を開いた、まさにその瞬間。

 

隣でエイン君が、突然、叫んだ。

 

 

「──ばかやろう!!」

 

 

その一言で、場の空気がピタリと止まった。

口を開けたまま硬直する寮生たち。僕も自然と同じ表情になっていた。

 

彼は、やたら芝居がかった声で続けた。

 

「……そんなくだらねぇこと、今はどうだっていいだろうが」

 

「えっ、くだら──」

 

「お前らは何も分かってねぇ……誰のための決闘だったと思ってんだ?」

 

沈黙。みんな息を呑む。

 

エイン君は、月の光に照らされた学院の屋根を遠く見上げながら──何かを背負った男の顔で言った。

 

「今この瞬間、一番泣いてるのは誰だと思う?」

 

「えっ……」

 

「食堂のおばちゃんだよ!!」

 

「「「!?」」」

 

「誰も来ない食堂で、ハンバーグが冷めていくのを見ながら、

一人、鍋をかき混ぜていたんだ……。その背中が、どれほど寂しそうだったか……」

 

(……半分くらい、いや9割は君のせいなんだけど)

ツッコむべきタイミングを逸した僕の横で、エインは続けた。

 

「くだらないこと聞いてる暇があったら──」

 

彼は寮生たちを一人ずつ、真剣な目で睨みつけ、

 

 

「──さっさと!おばちゃんに!元気な顔見せてこい!!」

 

 

ビシィッと指を突き出したその瞬間、寮生たちの魂に火がついた。

 

「うおおおおおお!!」

「俺たちは何やってたんだ!!」

「おばちゃんを一人にしちまった……!」

「おばちゃーーん!!今行きますうううう!!」

 

──まるで戦場に向かう兵士のように、拳を握りしめて、

青春ど真ん中の魂を燃やしながら、彼らは寮へと全力疾走していく。

 

僕は呆然とその光景を見送った。

 

「……で?」

 

「ん?」

 

「今の、なに?」

 

「こういうの、一回やってみたかった」

 

────

 

僕たちが食堂にたどり着いたとき、そこは──

歓声と湯気と肉汁の香りが渦巻く、熱狂の渦だった。

 

平民寮の食堂は、生徒たちでぎっしり埋め尽くされ、

開け放たれた扉の奥からは「おばちゃーん!ありがとうー!!」

「これが俺たちの愛だああ!!」と、謎の叫びが飛び交っている。

 

それだけならまだしも──

彼らはその熱量のまま、ハンバーグを食べていた。

 

泣きながら、叫びながら、肉汁滴るハンバーグを口いっぱいに頬張っていた。

 

「うめぇえええ!!」「おばちゃん最高ぉおおお!!」

「この味を忘れない……絶対に……!」

 

青春だの忠誠だのを語りながら、手にはフォークとナイフ。

まるで戦場の祝宴みたいだった。

 

……いや、どうしてこうなったんだ。

 

カウンターの奥では、当のおばちゃんが満面の笑みを浮かべながら、フライパンを振っていた。

手際よくハンバーグを皿に盛り、ひとりひとりに声をかけては、

「ほら、ちゃんと野菜も食べなよ」「はい次、あんた、もう三枚目でしょ」と、戦場の司令官のように厨房を駆け回っていた。

 

嬉しそうで、忙しそうで、それでもずっと──楽しそうだった。

それがまた、騒ぎに拍車をかけていた。

 

あの空間だけ、完全に別の物語が始まっている。

 

「……なにこれ」

 

「う~ん、おばちゃん感謝祭?」

 

「余計に意味わからないよ!!」

 

……それが、僕の限界だった。

盛大にため息をつき、もう何も言う気になれず、自分の部屋へ戻っていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。