エイン君が悪い事してないのに捕まった
朝焼けの色がまだ空に滲む頃、僕は再び、王立裁判所の石門をくぐった。
空気は冷たく、灰色の建物が静かに朝を迎えている。面会受付で手続きを済ませると、昨夜と同じ面会室へと案内される。
鉄扉が軋みながら開く。中に足を踏み入れた瞬間、胸の奥がざわめいた。
エイン君の姿が目に入る。目の下には濃い隈、唇は乾いてひび割れ、あの飄々とした雰囲気は跡形もない。
「エイン君……寝てないの?」
「はは。徹夜で条文、全部読んでた」
力なく笑いながら、彼は法典をそっと手に取った。その指先が丁寧にページをめくる。まるで、そこに答えがあると信じているかのように。
「また来てくれてありがとう、フレッド。で、悪いんだけど──もうひと仕事、頼める?」
「うん、何でも。言って」
エイン君が顔を上げ、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「ベイルと、スザンナ教授」
一拍置いて、慎重に言葉を選ぶような口調に変わる。
「決闘の関係者だ。……ふたりとも、裁判所まで連れてきてほしい」
「そうか……その二人が来てくれれば、きっと“あの決闘は正当だった”って証明できる。だから……!」
「そうだ。食堂のおばちゃんには悪いが……俺が助かるには、もうあれしかない」
エイン君の顔には疲れが滲んでいたけれど、その目だけははっきりと覚悟を宿していた。
一瞬だけ、言葉を失った。でも──
彼の目を見たら……もう、迷っていられなかった。
「……わかった。任せて!」
言い終えるより早く、僕は面会室を飛び出していた。
────
校舎に戻ったのは、朝の授業が始まる少し前のこと。
研究棟の一室──スザンナ教授の研究室には、すでに灯りがともり、紙とインクの匂いが漂っていた。
教授は書類をめくる手を止め、僕の姿を認めて視線を上げる。眉が、ほんのわずかに動いた。
「……何か、問題でも?」
「お願いします、教授。今すぐ、エイン君の裁判に証人として出てください!」
息を切らしながら、昨日からの出来事をかいつまんで説明する。
教授は黙って聞いていたが、一度だけ、深く長いため息を吐いた。
「はぁ……朝から面倒な話を持ち込んでくれるわね」
投げやりな響きを含んでいたものの、その声には覚悟のようなものが感じられた。
「でも、決闘の審判をした以上、責任もある。……いいわ。今日の講義は休講にしておく。あなたの方の準備が整ったら、すぐに出発しましょう」
そう言って教授は外套を手に取り、手早く書類を片づける。
まるで最初からそうするつもりだったかのように、迷いのない動きで部屋を出ていく。
その背中を見送るうちに、自然と頭が下がった。
礼を言う前に、ほっと胸を撫で下ろしていた。
……どこか、不思議な頼もしさがあった。
────
救護室の扉をノックすると、少し間を置いて、かすかな声が返ってくる。
「……開いている」
そっと扉を押し開け、中へ足を踏み入れた。
白いカーテンが微かに揺れ、薬品の匂いが漂う静かな空間。
その中心で、ベイル・ドラン・エルディスは覇気のない顔で、じっと天井を見つめていた。
「……起きてたんだね」
声をかけても、彼は視線をほんの少しだけこちらに向けただけ。体はほとんど動かない。
「何の用だ、フレッド」
その声に棘はなく、怒気もなかった。ただ、重たい空気が言葉の端々に沈んでいる。
僕はベッドの脇に腰を下ろし、視線の高さを彼に合わせる。
「お願いがある。今日、エイン君の裁判があるんだ。君には、証人として来てほしい」
「……断る」
間髪入れずに返ってきたその言葉に、僕はそれでも続ける。
「でも、決闘の正当性を証明しなきゃ、エイン君は有罪になってしまう。スザンナ教授も証人になってくれるって言ってた。君が来てくれれば、きっと──」
「ふざけるな」
ベイルが静かに遮った。
「俺が……あんな平民に敗北したことを、大勢の前で“認めろ”って言うのか……?」
声は怒鳴っているわけじゃなかった。でも、かえってそれが苦しかった。
「違う。ただ、君があの決闘を“正当だった”って認めてくれるだけでいいんだ。それで、エイン君は──」
「……お前なら、既に知っているかもしれんが」
ベイルの視線が、僕を通り越して、どこか虚空を見つめていた。
「俺は……あの場で負けただけじゃない」
一拍、間を置いて。
「父上にも、見放されたよ」
その言葉に、僕は言葉を飲んだ。
「昨日、密かに来ていた文官に聞いた。もう……期待も、信頼も、終わったとさ。
今の俺は“王族であること”以外、何も残っていない」
ベイルの手が、薄いシーツの上でわずかに動いた。
「……だから、無理だ。王族として……これ以上、誇りを削るような真似はしたくない」
「でも君の誇りは、そんなことで壊れるようなものじゃないよ」
「そう思うか? 力を示す場で、負けた。名誉を懸けた決闘で、地に伏した。それでもまだ、王族の顔をしていろと?」
彼は初めてこちらに視線を向けた。だがその目には、かつての炎のような輝きはない。静かにくすぶる残り火のような、揺らぐ光だけがあった。
「……どう負けたのか。どうして、あんなふうになったのか──それすら、まだ自分の中で整理がつかない」
ベイルの声は静かだったが、その奥にはかすかに苦味が滲んでいた。
「曖昧なまま、敗北を認めるのは……ただの屈服だ。それは違う」
彼は顔をそらし、天井を見上げたまま、吐き捨てるように続ける。
「俺は、自分の中に納得がないまま膝をつくような真似はしたくない。そうやって頭を垂れて生きるくらいなら、王族の身分なんて捨ててやる」
静かだった。でも、それは一歩も引かない拒絶だった。
「……わかった」
僕は立ち上がった。
「でも、もし君がその言葉を変えたくなったら……間に合ううちは、僕は待ってるよ」
ベイルは、それに何も返さない。
天井の一点をじっと見つめ、まばたきを一つだけ落とす。
救護室の扉を引いて外に出ると、廊下の陰に佇んでいたのは、セレナ王女付きのメイド──イレーネだった。
彼女は視線を落としたまま、こちらに一瞥もくれず、音もなくその場を後にする。
だが、声をかける余裕など今の僕にはなかった。
そのまま足を返し、校門へ向かう。スザンナ教授がすでに待っているはずだ。
時間は、もう限界ぎりぎりだった。
────
ベイルが目を閉じて静かに沈黙していた頃、救護室の扉が再び軋む音を立てて開いた。
入ってきたのは、第四王女──セレナ。
「……ベイル兄様」
ベイルはかすかに視線を向けるだけで、身じろぎもしない。フレッドとの会話にすら応じきれなかった様子から、沈黙はなお深く続く。
それでも、セレナはためらうことなく彼のそばへ進み、椅子を引いて腰を下ろす。
「お願いがあって、来ました」
静かに告げられた言葉に、ベイルの眉がぴくりと動いた。
「エインさんを……助けてあげてほしいんです」
ベイルは短く息を吐き、口元に皮肉めいた笑みを浮かべる。
「……平民のために、王子の俺が証言しろと?」
「はい。お願いします」
セレナはまっすぐに頭を垂れた。その姿勢には、一切の迷いがなかった。
「兄様が証言してくだされば、きっと彼は助かります。あの決闘は正当だったって、ちゃんと伝わるんです」
「……俺が、あの平民に“負けた”と、そう言えと?」
ベイルの声音に微かに棘が混じる。
セレナは息を呑み、それでも俯かずに言った。
「……あなたが証言してくれるなら、これを差し上げます」
そうしてセレナが差し出したのは──小さな青い宝石が嵌め込まれた銀のブローチだった。
王家の紋章が控えめに刻まれており、だが今の意匠とはどこか異なる。古い記憶のような、それでいて温かさを感じさせる形だった。
「……母の形見なんです。私が、唯一持っていられたもの」
その声にはかすかに震えが混じる。それでも、差し出された手は微動だにせず、意志の強さだけが静かにそこにあった。
「あなたからしたら価値はないかもしれません。でも、これで助けてくれるなら……私は、それでいい」
ベイルは手を伸ばすことなく、黙ってブローチを見つめ続けた。
目を細め、何かを──過去の記憶や、失ってしまった何かを──心の奥で探るように。
「お前……なぜそこまで、あの男にこだわる?」
問いに対し、セレナはすぐには答えなかった。
しばしの沈黙ののち、言葉を絞り出すように口を開く。
「わたし、たぶん……あの人に憧れてるんです。自分を貫く強さとか、自分の信念を曲げないところ……ほんの少しでも、あの人みたいになれたら、って」
その一言に、ベイルの目がわずかに見開かれる。
「……憧れ、だと?」
「はい。……それじゃ、だめですか?」
迷いのない声だった。
揺るぎのない視線が、まっすぐ彼に注がれていた。
ベイルは黙して答えず、再び視線を落とす。
その瞳に、かすかな感情の波が走った。
その変化はほんのわずかで、言葉にすらならないほどに小さなものだったが──彼の中の何かが、静かに揺れ動いていた。
────────
スザンナ教授は、学校の正門のすぐ外で待っていた。
片手には手帳、もう片方には時計を持ち、時間を測るようにしながら立っている姿は、いつもの授業の開始前と何も変わらないように見えた。
「ギリギリね。何とか時間には間に合いそう」
そう言って彼女は手帳を閉じ、すぐ近くに停められた一台の馬車を指さす。
「馬車はこちらで用意しておいたわ。さっさと乗って、余計な時間は使わないことね」
……しまった。完全に忘れてた。馬車の手配も、自分がやるべきだったのに。
言われてみれば当然だ。でも、僕はそこまで頭が回っていなかった。
自分の甘さのせいなのか、それとも……焦りすぎているせいか。
「ありがとうございます……」
そう呟くと、彼女は一度もこちらを見ずに「礼は裁判が終わってから」とだけ返して、乗り込んでいった。
言われるがままに僕も馬車へ乗り込むと、中は意外と静かで、革張りの座席も沈み込みがちょうどよかった。
窓の外、学校の校舎が少しずつ遠ざかっていく。
馬車が動き出したその瞬間、胸の奥で何かがざわついた。
エイン君が捕まったときから、すでに“いつも通り”ではなかったけれど──
それでも、この先に待っているものは、もっと違う。そんな気がしてならなかった。
────
「ベイル君は?」
少し経ってから、スザンナ教授がふいに尋ねた。
「……ダメでした。説得しようとしたけど……まだ、答えを出せてないみたいで」
僕の返答に、教授は「そう」とだけ短く頷く。問い返しも、表情の変化もなかったが、その目には何かを静かに見通すような光があった。
やがて馬車は街道から逸れ、細く曲がりくねった林道へ入っていく。両脇には木々が高くそびえ、通る者もいない。蹄の音と車輪の軋みだけが、静かに続いていた。
その瞬間だった。
「──伏せなさい!」
スザンナ教授の声が鋭く響く。何が起こったのか判断もつかないうちに、僕の身体は条件反射で座席の下に飛び込んでいた。
直後──
ゴシャッ!
馬車の側面が砕け、何かが叩きつけられた衝撃が車体を揺らす。裂けた帆布から光がこぼれ、天井が崩れる音がした。
「な……何だ、これ……!」
動揺と混乱が胸を打つ。上部が破れ、車体が大きく傾ぐ。
「降りなさい、フレッド!」
スザンナ教授はすでに扉を開き、外に降り立っていた。その動きには迷いがなく、まるで予測していたかのようだった。
僕も慌てて後を追って外へ飛び出す。車輪の片方が完全に砕けており、馬車の右側が地面に沈んでいた。
そして──
林道の先に姿を現した男たちは、黒い外套を身にまとっていた。顔は覆面で隠され、言葉ひとつ発さず、ただこちらを注視している。
人数は六人。いずれも整然と構え、乱れのない動き。訓練された戦闘部隊の構え方だった。
「目的は何?」
スザンナ教授が声を張る。しかし、返答はなかった。男たちは同時に武器を構えた──それが答えだった。
教授も一歩前に出て、同じく身構える。
……時間稼ぎか、それとも襲撃か。いずれにせよ、向こうは本気だ。
「フレッド! あなたは自分の身を守ることに集中!
「っ……! 【防壁】!」
慌てて魔力を流し、即席の防壁を展開する。これは戦闘訓練じゃない、本当に命がかかってる。
(これで最低限、足手まといにはならない……【防壁】だけは、わりと得意でよかった)
けれど僕も、何かできることを探さなきゃ。攻撃魔法はまだ未熟で通用しない。
でも……一つだけ、使えるかもしれない魔法がある。
「
元々は“ヅラ探し”用にエイン君が開発したトンチキな魔法。だが、極めれば効果は“隠されているもの”を視認するという、案外応用が利く代物だった。
まだ練度は不完全ではあるが、魔力を大量に注ぎ込み無理やり出力を上げる。
放たれた魔力が周囲を走り、男たちの姿に奇妙な違和感をもたらした。
──三人。頭頂部が、やけに光ってる。ズラだ。多い、眩しい。
いや、そんな情報は今どうでもいい。
更に集中。……来た、装備の輪郭が見える。隠していた武器だ。
「教授! 右は弓! 中央二人はナイフ! 左は細剣! 残りは武器なし!」
「……!」
一瞬、男たちの表情が揺れた──ように見えた。
その瞬間だった。
「
教授が鋭く腕を振り、右端の男へ魔法を放つ。
本来は初級魔法のはずだったが、高い練度で放たれたそれは目にも留まらぬ速さで空を裂き、硬質な衝撃とともに男の胸元を打ち抜いた。
直撃──そして、そのまま壁に叩きつけられた男は動かなくなる。
まず一人。
だが、それを合図にしたように、残った男たちが一斉に動いた。
僕の視界に、今度は何かの“線”が現れる。
男たちから教授に向かってラインが走る。
これは……射線?
いや、【隠形看破】が反応しているのは、おそらく“隠している殺意”そのものだ。
「
とっさに、教授の
僕の手が震える。間に合ってくれ──
次の瞬間、
ギィンッ!!
空間が歪んだような音と共に、何かが“ぶつかった”。
見えない刃が、魔法の壁に跳ね返されて霧散していくのがわかった。
──防げた……けど、今のは──どこから?
さっきまで【隠形看破】に浮かんでいた“線”のひとつ。
あれが、たしかに──教授の背後に伸びていた。
僕はその記憶を頼りに、線が伸びていた──そこにあった茂みの奥を凝視する。
いた。葉の陰にひとり、目だけを光らせて、じっとこちらを窺っている。
知らず、喉が鳴った。背後に……もう一人、いたのか。
あのまま気づかなければ、今ので終わっていた──
足が一瞬すくむ。でも──今は僕が、教授の背を守らなきゃいけない。
怖いなんて言ってる場合じゃない。
「教授、後ろは任せてください!」
「わかったわ! 無理に攻撃しないこと、絶対に!」
僕は茂みに視線を向けたまま、全身に緊張を張り巡らせる。
背後の気配は、こちらを窺うようにじっと動かない。
【隠形看破】に映る“殺意の線”は依然として鮮明で、その存在を強く主張していた。だが、それこそが好都合だった。
構えを崩すことなく、魔力の流れを維持したまま、少しずつ距離を取る。
敵は依然として沈黙を保っている。その無音の警戒が、かえって不気味さを増幅させる。
張り詰めた“殺意の線”が肌を刺し、視界の端で神経がじりじりと削られていくようだった。
やがて、建物の裏手へと慎重に姿を引いていく。こちらを牽制と見たのか、それとも別の策か。
……それでいい。これ以上、教授の背を取らせるわけにはいかない。
気づけば、スザンナ教授が五人の襲撃者を相手に、風のような鋭さで応戦していた。
手のひらを軽く振るだけで空気が波打ち、魔法陣すら見えないまま、風の刃や圧縮された水球が次々と放たれていく。
……けど、あの相手。明らかに、ただの賊じゃない。
魔法を一度見ただけで、互いの立ち位置を即座に切り替える。
片方が囮、もう一人が死角を取る。あの動きは、偶然なんかじゃない。
“魔法使いとの戦闘”に、慣れている。
「──ッ、【水矢】《アクアスパイク》!」
教授の魔法が正確に一人を撃ち抜く。男は呻き声とともに崩れ落ちた。
それを合図にしたかのように、残る四人が一斉に動き出す。
ナイフを抜いた一人が素早く身を引き、身体を捻って死角を狙う。教授の側面へと、鋭く切り込んでいく。
「【防壁】!」
僕の魔法がそれより一瞬早く走った。
ナイフが宙を裂いて、透明な壁にぶつかる。甲高い音がして刃が弾かれ、近くの木に突き刺さった。
教授はちらりとこちらを見ただけで、すぐに戦線へと意識を戻す。
……守れた。けど、気を抜いたら一瞬で崩れる。
僕にできるのは、ただ“視て”、そして“防ぐ”ことだけ。
これが僕の戦い方なんだ。
視界に流れ込む情報の洪水は、まるで精密な地図のように敵の位置と意図を示していた。
教授の死角に走る射線を見つけるたび、僕はその前に魔法を差し込む。
「【防壁】!」「【防壁】!……ッ! ああもう、魔力が持たない……!」
それでも、何とか耐えている。
だが、それは敵にとっても目障りな存在ということなのか──
「……っ!」
一瞬、強い“線”が僕自身に向かって走った。
次の瞬間、眼の前に何かが飛び出す。石……じゃない、小型の魔道具だ!
「
瞬間、魔道具が破裂し──小さな爆音が走る。
展開された障壁が正面からの一撃を受け止め──身を奮い立たせた。
衝撃がこちらにも響き、息が引き込まれる。意識をぎゅっと集中させる。
僕もまた、敵に狙われる標的だ──ここで倒れれば、穴は確実に開く。
ふたたび視界を裂く“線”、違う角度から飛ぶ狙い。
教授だけでなく、僕自身もこの戦場の“駒”という現実。
「防いで、繋げる……これが、僕の役割だ!」
言い聞かせるように、僕は【防壁】をもう一度張る。
まだ耐えている。けれど、それも限界に近い。
そのとき──
「──はああああああっ!!」
スザンナ教授が声を張り上げ、両手を大きく広げた。
空気が振動し、地面が微かに揺れる。これは……上級魔法だ。
だが、まさにその瞬間だった。
視界の端で、何かが光った。
紫電──!
「……っ!?」
稲妻が一直線に教授を貫いた。
「ぐっ……!」
雷鳴が遅れて轟き、教授の身体がのけ反る。
その魔法は、明らかに遠距離からの狙撃だった。
僕の【隠形看破】ですら、殺意を捉えられなかった……!
それほどまでに遠く、深く隠れていたというのか。
「そんな……反応できなかった……!」
まさか……後方にいた、あの男だ。
あいつは僕の魔法に気づいた。だから離脱する振りをして距離を取り、感知の網から外れたんだ。
そして、大技の発動を狙って撃った──!
それでも、教授は膝をつきながら、震える声を振り絞った。
「
轟音があたりを満たし、奔流が襲いかかる。
対応しきれなかった襲撃者二人が、水の奔流に呑まれ、吹き飛ばされた。
これで四人目まで倒した。
だが、まだ終わらない。残るは三人。
前方に二人、そして……あの狙撃手が、後ろにいる。
「う……ッ……!」
教授が、片膝をついたまま、完全に動かなくなった。
顔色は青ざめ、手はわずかに震え、呼吸も浅い。
先ほどの雷撃と、今の魔法で、限界を越えてしまったのは明らかだった。
僕はすぐに駆け寄り、【防壁】を展開する。
魔力を張り巡らせ、僕たちの周囲を守る。
「教授、しっかり……!」
声をかけると、彼女はかろうじて片手を振って応じた。
「……少しは……動ける……けど……魔法は……まだ……」
声こそ弱々しかったが、その目には意志が宿っていた。
知らない者が見れば、まだ戦えると思ったかもしれない。
だが──実際に動けるのは、今この場で僕ひとり。
背筋が冷たくなる。援軍はない。逃げ場もない。
けれど、それでも……ここで立たなきゃいけない。
前方には三人の敵。
あの狙撃手も合流し、列を成してじりじりと迫ってくる。
殺気が、真っ直ぐこちらへと伸びてきていた。
僕の魔力量は、風前の灯。
でも、崩れるわけにはいかない。
(こんな状況で……エイン君だったら、どうする?)
記憶が断片的に浮かぶ。
記憶消去、ズラ剥き、訓練で自滅、そして逮捕……だめだ、ロクな記憶がない。
──けれど、ふと、ある記憶だけが鮮やかに蘇った。
胸がざわつく。
「右のお前、ズラだな!」
思わず指を差して叫ぶ。静寂の中、叫び声が精妙な波紋を描いた。
「な、なぜわかった!?」
右端の男が動揺を隠せず後ずさる。残る二人も思わずそちらを向き、陣形にわずかな歪みが走った──勝機だ。
心臓が締めつけられるような緊張の中、僕は目を見開いた。
「
張り詰めていた魔力が一瞬にして収束し、圧縮した光の盾が砲弾のように敵めがけて飛んでいく。
ガシャアアァン!
鋭い衝撃音とともに、右端の敵が吹き飛び地面に叩きつけられた。
エイン君のあの反射する魔法を応用した──防御を攻撃に転じる奇策だった。
胸が熱くなる。
けれど、戦い方だけじゃない。ハゲ晒しまで真似するなんて……さすがに、これは恥ずかしい。
……でも、羞恥に浸っている暇はなかった。
残った二人が即座に動く。
ナイフ使いは、構えを変えながらフェイント混じりの足運びで間合いを詰めてくる。
もう一人は魔道具を弾き、次の瞬間──閃光と煙が弾け飛んだ。
「っ、視界が──!」
咄嗟に腕で顔を覆う。だが、煙の向こうで気配が加速する。
「伏せて!」
鋭く冷たい声が背後から飛んだ。
銀の閃光が風を裂く。左手側から駆け込んできたイレーネが、その刃で敵のナイフを的確に受け止める。
「キンッ」という音を響かせ、銀の短剣が空気を裂いた。
そのまま滑るように敵の懐へ入り、逆手の一閃が喉元を正確に掠めた。
倒れた敵の身体から、力が抜けていくのがわかる。
だがその瞬間、魔力の奔流が右側から押し寄せてくる。
「
地面が割れ、土塊が隆起し、煙幕の中に潜んでいたもう一人の敵を一気に押し流した。
激しく叩きつけられた音。敵は抵抗すらできず、地面に沈んだ。
そして、土煙を裂いて現れたのは──
「──無様な格好だな、平民」
第一王子・ベイル。
堂々とした立ち姿で、迷いなんて一切なかった。まっすぐな目が、どこか腹立たしいくらいに自信に満ちていて──でも、少しだけ、安心した。
「……どうして、二人とも……ここに……?」
僕は肩で息をしながら、ようやく立ち上がる。
声だけは、かろうじて出せた。
ベイルはちらりと目を逸らし、鼻を鳴らす。
「……勘違いするな。お前のためじゃない。俺自身の、王族としての誇りを守るためだ」
その言い方はいつも通り棘があった。
……けれど、その奥に、どこか微かな温度を感じてしまうのは──気のせいだろうか。
その隣で、イレーネは涼しげな顔のまま、血に染まったナイフを音もなく拭った。
「セレナ殿下より命を受けました。……あなたを補助せよ、と」
それだけを言って、彼女はすぐに視線を周囲へ戻す。
次の戦いに備えるように。
何か言いたかった。けれど、言葉にならなかった。
ただ、胸の奥に滞っていたものが、ほんの少し──軽くなった気がした。
そのとき、背後で小さな衣擦れの音がした。振り返ると、スザンナ教授がゆっくりと身を起こしていた。
顔色はまだ青ざめていたが、その瞳には確かな力が戻っている。
「……最低限の治癒は済ませました。急ぎましょう、時間がありません」
その声はまだかすかに震えていたが、瞳の奥には確かな意思が宿っていた。
その言葉に、僕とベイルは無言でうなずいた──が、隣にいたイレーネが小さく息を吐き、口を開いた。
「この場の敵は排除しましたが……私はあくまで通りすがりの賊を退治しただけという立場です。
これ以上行動を共にすれば、セレナ殿下が巻き込まれる恐れがあります。──これにて、失礼を」
そう言ってふと視線を横にずらすと、彼女は低く呟いた。
「……まだ賊が一体、残っていましたね」
そのまま迷いなく、手元からナイフを一閃。
刃はほとんど音を立てず宙を裂き、茂みの陰に潜んでいた黒衣の影を正確に射抜いた。
“ドサリ”と倒れる音がして、場に再び静けさが戻る。
それを一瞥すると、彼女は一礼もせず、見送る暇もなく駆け出した。
風のように、速く、そして静かに──。
────
王立裁判所の高い石壁が、目前に迫ってきた。
入口には警備兵と裁判所の職員たちが整列し、険しい目つきで僕たちの進行を遮る。
「止まりなさい。関係者以外の立ち入りは──」
「俺は、ベイル・ドラン・エルディス。第一王子である」
ベイルが静かに名乗る。その声音に、兵の眉がわずかに動いた。
だが彼は構わず、さらに一歩前へ出る。
「この裁判に関わる証人として、責任を持って証言に臨む。
王族の立ち入りを拒むというのなら──その判断、貴様たちの責に堪えるのか?」
一拍の沈黙。
ベイルの眼差しは冷たく、まっすぐだった。
その威圧に、兵たちは思わず息を呑み、顔を見合わせる。
やがて、一人が小さく頷き、ゆっくりと道を空けた。
その動きに倣って、周囲の兵たちもわずかに身を引いていく。
僕たちは建物の中へと足を踏み入れた。
冷たい石の廊下を進み、壁にかかる重々しい紋章の横を通り過ぎる。
やがて、目的の扉が見えてきた。
僕は深く息を吸い込む。
「……行こう」
そして、その扉に手をかけた。
────────
970:引きこもり転生者
……なぁ、そろそろ裁判終わりそうなんやが
971:名無しの転生者
ずいぶん早いな
972:名無しの転生者
さっき法廷に入場したとか言ったばかりやろ
973:引きこもり転生者
いや検察も弁護士も秒で話終わったんや。
質問も反論もゼロ。ワイは一言もしゃべれへんかったわ。
974:名無しの転生者
やっぱ弁護士も敵やんけ!
975:名無しの弁護士
つーかフレッド達はまだ来てないの?
ワイ達が考えた作戦があっても肝心の審判と王子が来ないとどうにもならんのやが
976:引きこもり転生者
>>975
まだや、早く審判と王子連れてきてくれ~
977:名無しの転生者
審判の先生はともかく、王子が来るかは怪しいよな
978:引きこもり転生者
いやほんま、大丈夫なんかこれ……
セリヌンティウスも、メロスを待ってるときはこんな気持ちやったんやな……
979:名無しの転生者
お前は悪事働いて捕まっただけのメロスだろ
980:引きこもり転生者
うわっ、もう裁判長出てきた。
ペラ紙一枚だけ持ってきてる。
981:名無しの転生者
あっ(察し)
982:名無しの転生者
まさか……
983:名無しの転生者
新元号の発表か!?
984:名無しの転生者
つーかこのスレそろそろ落ちそうだし、次立てといてよ
985:引きこもり転生者
>>984
りょ、1000到達したらやっとくわ
986:名無しの転生者
他にやることあるだろ
987:名無しの転生者
随分と呑気だな
988:名無しの転生者
次スレ立てる間に判決食らってそう
989:引きこもり転生者
アカン!裁判長が謎の前置き始めた!これもう判決来るやつ!
埋め立て急いで!あとフレッドも早く来て!
990:名無しの転生者
ksk
991:名無しの転生者
埋めてる場合か?
993:引きこもり転生者
ksk
993:名無しの転生者
現実逃避やめろ
994:名無しの転生者
ksk
995:名無しの転生者
頑張れ!もう少し!
996:名無しの転生者
1000なら無罪!
997:名無しの転生者
1000なら厳重注意だけで済む
998:名無しの転生者
1000なら終身刑でギリ助かる
999:引きこもり転生者
1000ならフレッドが間に合う!
1000:名無しの弁護士
1000なら死刑!!!
────
「──被告人エインを、死刑に処す」
扉を開けたまま、僕の手が止まった。
世界が、音を失ったように──静止した気がした。