引きこもり、魔法学校にぶち込まれる   作:年中有休

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「校長の新しい呼び名アンケート」の結果が出ましたので、以下の通り報告します。

【結果】※上位5つ

一位:元校長(22%)
二位:カツラずれ太郎(21%)
三位:ベイクドモチョチョ(13%)
四位:災厄招来おじいちゃん(11%)
五位:ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシン(9%)

というわけで、名無しの転生者達は「元校長」という呼び名を選んだようです。
アンケートへの多数のご協力、誠にありがとうございました。

なお、二位の「カツラずれ太郎」につきましても、一位に迫る僅差で多くの票を集めました。
投票してくださった皆様の多大なご支持に敬意を表し、今後の物語のどこかで、何らかの形で登場するかもしれません。

それでは本編をお楽しみください。



教師編
ミッション:エンプロイメント/フォールアウト


「どうも。新しくお世話になります」

 

 気の抜けた挨拶とともに、そこに立っていたのは、つい数時間前、自らの手で退学処分にしたばかりの平民だった。

 

 元生徒エイン。その姿を認めた瞬間、ギルバートは呼吸を忘れた。

 得意げな笑みだけが顔に張りつき、目は現実を拒むように宙を泳ぐ。

 

 なぜこいつがここにいる──その疑問が形になるより早く、怒気が全身を駆け抜けた。

 彼は椅子を蹴るように立ち上がり、怒鳴りつける。

 

「き、貴様っ……! なぜお前がここにいる! ここは部外者の立ち入りが禁じられている、神聖な学び舎だぞ!」

 

「いえ、ですから、教職を希望しに来たんです。俺って魔法得意なんですよ、どうです?」

 

 エインは悪びれる様子もなく、まるで自室にでもいるかのように椅子へ腰を下ろした。

 背もたれにだらりと身を預け、壁の装飾や書棚の背表紙へと視線をさまよわせる。

 

「何を馬鹿なことを……! 教職だと? お前はついさっきまで、ここの“生徒”だったのだぞ! 教育の『き』の字も知らん小僧が、一体何を教えるというのだ!」

 

 怒気が室内に響く。

 

 だがエインは、怒鳴り声など最初から聞こえていないかのように、部屋の隅へ目を留めた。

 

「……あれ?」

 

「聞いているのか、貴様!」

 

「それより、あの魔法陣、なんかおかしくないですか?」

 

「は?」

 

 唐突な言葉に、ギルバートの表情が曇る。

 

 エインが指さしたのは、壁面の装飾に紛れるように刻まれた、小さな魔法陣だった。

 部屋の意匠の一部として見れば、それ以上気に留めるほどのものでもない。

 

 ギルバートは即座に吐き捨てた。

 

「何を言っている! あれは部屋の湿度を一定に保つための、ただの環境維持用術式だ! 話をそらすんじゃない!」

 

 しかしエインは首をかしげたまま、じっと魔法陣を見つめている。

 

「いや、やっぱり変だな。表向きの構造に対して、内側の流れが噛み合ってない。なんか、特定の波長しか受け付けないような……?」

 

 そう言いながら、彼はひょいと立ち上がった。

 

「おい、やめろ。勝手に触るな、それは──」

 

「とりま起動してみますね。【魔力変調】(モジュレーション)!」

 

 軽い調子で指を弾いた、その瞬間だった。

 

 エインの指先から放たれた燐光が、蜘蛛の糸のように魔法陣へ吸い込まれていく。

 ピキ、と乾いた音が響く。

 

 魔法陣全体が淡く脈動し、それに呼応するように壁の一部が微かに震えた。

 

「ま、待て! 貴様、何をした!」

 

 ギルバートの制止も虚しく、ゴゴゴゴ……と鈍い音を立てながら、壁の一角が四角く縁取られたまま奥へ沈み込んでいく。

 

 やがて、その内部にぽっかりと空洞が現れた。

 

 部屋の一部に巧妙に仕込まれた、奥行きの浅い収納だった。

 

 中には、綴じられた論文の束や手書きの研究記録、年代物の魔法理論書、褪せた羊皮紙の資料などが無造作に詰め込まれている。

 

「おぉ……」

 

 思わず、エインとギルバートの声が重なった。

 

 次の瞬間には、ギルバートが弾かれたように収納へ歩み寄っていた。

 

 開いた隙間から覗く羊皮紙の端を見つけた瞬間、顔から血の気が引く。

 

(それは……まさか……!)

 

 震える手で束を引き抜く。

 

 一番上に、自分の署名があった。

 

 見覚えのある案件名。

 消したはずの金の流れ。

 教頭時代の私的流用と、裏口入学に絡む記録。

 

 表に出れば終わる──そう理解するのに、一瞬もいらなかった。

 

(どうしてこんなものが残っている……! まさか、レオナルドの奴が……!?)

 

「へえ、何ですか、その資料?」

 

 呑気な声がして、エインが中を覗き込もうと一歩踏み出す。

 

「──採用の話だったな!」

 

 ギルバートはほとんど悲鳴のような声で叫び、自らの身体で収納を塞いだ。

 

 そのまま、無理やり話を本筋へ引き戻す。

 

「え、採用? してくれるんですか?」

 エインの間の抜けた、しかし期待に満ちた声。

 隠し収納のことなど、もう半分忘れているのだろう。その軽さに、ギルバートの思考は急速に冷えていった。

 

 頭は回るが、先を考えない。才はあるが、無知で加減を知らない。──始末は悪いが、利用の余地はある。

 

(放っておけば、いずれレオナルドのような連中に拾われかねん)

 

 冷たい危機感が、じわりと思考の底に滲む。だが、それはすぐに計算へと変わっていった。

 

 囲ってしまうのは一つの手だ。だが、処分を撤回して生徒に戻すなど論外。そんなことをすれば、自らの権威に傷がつき、レオナルドに口実を与えるだけになる。

 

 ならば、望み通り“教師”として拾えばいい。

 

 退学処分は覆さない。

 格も譲らない。

 

 そのうえで恩を売り、肩書きだけを与えて管理下に置く。

 才能は本物だ。使い方次第では古参どもへの牽制にもなる。

 何か成果を上げさせれば、それを見出した自分の手柄にもできる。

 

 劇薬ではある。

 だが、野放しにするよりは遥かにましだ。

 

 ギルバートの中で、恐慌はすでに打算へと置き換わっていた。

「……ふん。馬鹿げた話だと思ったが……いや、実に面白い」

 

 彼はゆっくりと向き直り、寛大さを装った声音で告げる。

 

「その才覚、そして不遜さ──嫌いではない。いいだろう。この私が、君の後ろ盾となってやろう」

 

 芝居がかった仕草で両手を広げる。

 

「君のような型にはまらない才能こそ、私が目指す“新しい学校”には必要なのだ。採用試験は、私が上手く取り計らってやる。君はただ、形だけ受けてくれればいい。簡単なものだ」

 

「おお、マジですか! ありがとうございます!」

 

 エインは子供のように無邪気に喜ぶと、他に何一つ気にする様子もなく、そのまま校長室を後にした。

 

 その背中を見送りながら、ギルバートは薄く口元を吊り上げる。

 

(扱いやすい……実に単純な小僧だ)

 

 危険な狂犬に、首輪をつけた。

 彼はそう確信していた。

 

 ──もっとも、その狂犬は、首輪という概念すら理解していなかった。

 

────────────────

 

【朗報】元引きこもりワイ、就職する

 

1:元引きこもり転生者

これでもうニートとは言わせないぜ

 

2:名無しの転生者

よかおめ

 

3:名無しの転生者

やったやん、何の仕事?

 

4:名無しの転生者

ヒモは仕事とは言わないぞ

 

5:元引きこもり転生者

>>3

魔法学校の先生やで。

ワイにぴったりの仕事やろ?

 

6:名無しの転生者

嘘でしょ?

 

7:名無しの転生者

退学になった学校の教師になるとか意味不明すぎる

 

8:名無しの転生者

まだヒモのほうがいいだろ

 

9:名無しの転生者

素行不良で追い出されたのにそいつを教師に採用っておかしいだろ

 

10:元引きこもり転生者

>>9

でも新校長はワイみたいな才能がほしいって言ってくれたよ。

採用試験でも便宜図ってくれるって、見る目あるなぁ。

 

11:名無しの転生者

節穴しか無いぞ

 

12:名無しの転生者

細工してまでこんな奴欲しがるとか絶対正気じゃない

 

13:名無しの転生者

自爆しか出来ない核弾頭を抱えて何がしたいんだよそいつは

 

14:名無しの転生者

いつから働くの?

 

15:元引きこもり転生者

>>14

このあと試験があるんだけど、それ通ったら正式採用らしい。

まぁ形式だけっぽいし、もう内定も同然だな!

 

16:名無しの転生者

ほんとぉ?

 

17:名無しの転生者

つーか他の教師達は何やってんだよ、誰か反対しろよ

 

18:名無しの転生者

もう終わりだよこの学校

 

 

────────────────

 

 

 翌朝。

 

 学校の職員会議室は、息苦しいほどの沈黙に沈んでいた。

 

 新校長として、ギルバートが淡々と議題を進めていく。だが、レオナルドを慕う古参の教師たちは、返事ひとつ寄越さない。相槌もなければ、うなずきもない。ただ冷えた視線だけが、卓を挟んでまっすぐ突き刺さっていた。

 

(忌々しい老害どもめ……)

 

 内心で毒づきながら、ギルバートが次の議題へ移ろうとした、その時だった。

 

 ノックもなく、会議室の扉がすっと開いた。

「おはようございまーす。お忙しいところすみませーん」

 

 場違いなほど気の抜けた声とともに、ひょいと顔を覗かせたのは──エインだった。

 教師たちの視線が、一斉に入口へ吸い寄せられる。

 

「いやー、昨日こちらのギルバート校長に採用していただいたので、僭越ながらご挨拶を。今後は“同僚”として、よろしくお願いしますね!」

 

 にこやかな笑顔に、見本のように丁寧な一礼までつく。

 だが、その一言は、静まり返った職員会議という名の火薬庫に、火のついた松明を投げ込むに等しかった。

 

 ……沈黙。

 

 最初に爆発したのは、ハーゲンだった。

 

「さ、採用だとぉ!? 貴様が、教師だとぉ!? ふざけるなあああああああ!!」

 

「ギルバート校長!」

 スザンナが鋭く声を発する。

 

「これは一体どういうことです!? なぜ、私たちは一言も聞かされていないのですか!」

 

 ギルバートの顔から、みるみる血の気が引いていく。

(な、なぜ今ここで言う!? 黙っていれば済んだ話だろうがァ……! 貴様、口をつぐむという言葉を知らんのか!!)

 

「あれっ、もしかして今って会議中でした? お忙しいようですので、また改めてご挨拶に伺いますね!」

 

 エインは、自分が投げ込んだ爆弾に気づく様子もなく、ぺこりと頭を下げると、そのまますたすたと退場していった。

 

 バタン。

 

 扉の閉まる音だけが、妙に重く響く。

 残された教師たちの冷え切った視線が、今度はギルバートただ一人へと注がれた。

 

「……さて」

 

 レオナルドが、静かに口を開く。

 

「ギルバート校長。どうやら、ご説明いただかねばならないようですな」

 

 会議室の空気が、さらに一段冷え込む。

 

「そ、それは……彼の才能を、私が正当に評価したまでで……」

 

 ギルバートは言い淀みながらも、どうにか体裁を取り繕おうとする。

 だが、レオナルドの鋭い眼差しは、その薄っぺらな言い訳ごと見透かしていた。

 

「……では、彼に本当に“教師としての資格”があるかどうか、皆の前で証明してもらいましょう」

 

 細められた目が、まっすぐギルバートを射抜く。

 

「──たとえば、“公開採用試験”などで」

 

「ぐっ……!」

 

 ギルバートは言葉を失った。

 ここで否定すれば、かえって後ろ暗さを認めるようなものだ。もはや逃げ道はない。

 唇を噛み、脂汗をにじませた末に、彼はようやく絞り出す。

 

「……よろしい。ならば試験で──彼の“教師としての資格”を、決めようではないか」

 

    ◆

 

 講堂の空気は、氷のように冷たく張り詰めていた。

 舞台中央には椅子が一つ。

 その両脇には、無言の威圧を放つ警備兵が二人、直立不動で控えている。

 

 さらに舞台を見下ろす位置には、十数名の教師たちが半円を描くように並んでいた。その中央に立つギルバートの顔は、隠しきれない苛立ちで歪んでいる。

 

(忌々しい……! だが、もう後には引けん。こうなっては、あの小僧に実力で連中をねじ伏せてもらうしかない……!)

 

 ギルバートが己を鼓舞した、その時だった。

 講堂の扉が開き、当の本人であるエインが、いつもの気の抜けた様子で入ってくる。

 姿を見せた瞬間、講堂にいる教師全員の視線が、獲物を値踏みするように彼へ突き刺さった。

 エインはそのまま舞台中央まで歩いてくると、ずらりと並んだ、あまりにも物々しい試験官たちの顔ぶれを見渡した。レオナルドをはじめとした面々を認めた瞬間、その目がほんのわずかに揺れる。

 

 ──約束と違う、という顔だ。

 

 重苦しい沈黙の中、誰よりも先に動いたのは、スザンナだった。

 彼女は静かに立ち上がると、指先で魔法陣を描くような仕草を見せる。

 

【精神防壁】(マインドガード)【防壁】(シールド)

 

 二つの短い詠唱。

 すると、舞台上のエインを除く試験官全員の身体が、ごく薄い二層の魔力の膜に覆われた

 エインが、不思議そうに首を傾げる。

 

「……今の、何です? 襲撃が入る予定でもあるんですか?」

 

 スザンナは表情ひとつ変えず、短く答えた。

 

「念の為です」

 

 エインは「はぁ……」とだけ呟くと、特に気にした様子もなく椅子に腰を下ろした。

 背もたれに軽くもたれかかり、リラックスした様子で周囲を見渡している。

 試験官の咳払いが、静寂を割った。

 

「──それでは、これより“採用試験”を開始します」

 

 

────────────────

 

29:元引きこもり転生者

なぁ……試験の面子が聞いてたのと違うんやけど……

元校長とかハゲ教授とかいるんやが

 

30:名無しの転生者

あっ…(察し)

 

31:名無しの転生者

他の教師達から横槍が入った感じか?

 

32:名無しの転生者

こいつを教師にしようなんて凶行が許されるはず無いからな

 

33:元引きこもり転生者

あとなぜか、裁判で味方だった教授が【精神防壁】と【防壁】張り始めた、なんで?

 

34:名無しの転生者

教授グッジョブ!

 

35:名無しの転生者

完全に警戒されてて草

 

36:名無しの転生者

そらあの裁判見てたらガード固めるしかないやろ

 

37:元引きこもり転生者

おかしいな……ちゃんと事前に挨拶して回ったのに……

……あれ? もしかして新校長以外、全員敵?

 

38:名無しの転生者

敵はお前だよ

 

39:名無しの転生者

退学になった生徒が同僚の教師として挨拶しに来るのホラーすぎる

 

40:名無しの転生者

公共の敵を受け入れたいやつがどこにいるんだよ

 

41:元引きこもり転生者

なんか歓迎されてないみたいやけど、試験さえ通れば問題ないやろ!

魔法系統の問題なら得意やし、それ以外も【精神感応】(テレパス)で思考読み取ってそのまま返すだけで良いしな。

 

42:名無しの転生者

良くないが

 

43:名無しの転生者

カンニングしてる時点で問題おおありだろ

 

44:名無しの転生者

ん?【精神防壁】張られてるなら通らないんじゃないの?

 

45:元引きこもり転生者

>>44

【精神感応】は【隠形看破】(ピカー)と同じで探知系の魔法や、

精神を攻撃するわけではないから防御魔法には引っかからない。

 

46:名無しの転生者

せっかく警戒してたのに無駄に……

 

47:名無しの転生者

でもまぁ、洗脳されるのを防げただけで僥倖やろ

 

48:元引きこもり転生者

ワイのこと危険人物だと思ってる?

そんな野蛮なことするわけ無いじゃん。

 

49:名無しの転生者

してただろ

 

────────────────

 

 

 淡々とした声が、張り詰めた空気の中に響き渡った。

「それでは、これより採用試験を始めます」

 

 張り詰めた沈黙の中、試験官の一人が咳払いをして口を開いた。

 

「第一問。複数層の魔法陣を同時に展開する際、構造干渉を回避するための最適な階層分離処理手順を、原理ごと述べよ」

 

 露骨に意地の悪い、専門的な問いだった。

 エインをなんとか教職に就かせまいとする教師たちが用意した、極めて高度な問題である。

 

 だが、エインは何のためらいもなく口を開いた。

 

「これは基本ですね。まず第一階層は流入制御に特化して、空間座標の位相を非同期に保つんです。第二階層では重複領域の干渉が──」

 

 その答えは、模範解答より一段深く、実践と応用を前提に組み立てられた理論展開だった。

 思わず手元の採点表を見直す教師までいる。

 

 そこから先も、エインは魔力制御理論、召喚術体系、封印構築法など、次々と繰り出される高度な専門問題に一切つまずくことなく答えていった。

 どの問いにも即答し、ときに模範解答を踏み台にするような独自の視点まで差し込んでみせる。

 講堂には、抑えきれないどよめきが広がった。

 

 ギルバートの口元にだけ、わずかに満足げな笑みが浮かぶ。

 

 続いて口を開いたのは、スザンナだった。

 今度の問いは、魔法とは無関係な、社会制度や常識に関わる内容だった。

 

「では質問です。現王政の官僚制における三層構造──すなわち宰相府・宮内庁・大審問所の役割と、それぞれが歴史上に果たした変遷を簡潔に説明してください」

 

 エインの表情が一瞬だけ曇る。

 だがすぐに落ち着きを取り戻し、「ふむ、良い質問ですね」と、時間を稼ぐように呟いた。

 その直後、コンマ数秒だけ、彼の視線が吸い込まれるようにスザンナの目へ注がれる。

 

 そして──何事もなかったかのように、彼は淀みなく答え始めた。

 

「はい。まず現在の役割から申し上げます。宰相府は国王の代理として行政全般を担う、事実上の国家運営機関で──」

 

 スザンナは、内心で舌を巻いていた。

 

(この内容……専門家でも即答できるとは思えないのに)

 

 その後もエインは、魔法理論も、法律も、歴史も、問われるたびに迷いなく答えていった。

 どの分野に話が飛んでも破綻しないその応答に、先ほどまで敵意を隠さなかった教師たちでさえ、次第に口を閉ざしていく。

 

 だが、レオナルドだけが、その完璧な応答の中に、明確な違和感を感じ取っていた。

 

(……おかしい。専門分野が広すぎる。そして、あの“間”……専門外の問いに答える直前の、コンマ数秒の視線の動き。あれは思考の間ではない。まるで、答えを“探しに”行っているような……)

 

 その不気味な仮説が、レオナルドの背筋を冷たくさせた。\nこの少年は、我々の知らない“何か”を使っている──。

 だとすれば、ここで試すべきことは一つしかない。\n\nレオナルドは、穏やかな笑みを浮かべたまま静かに口を開いた。

 

「……よろしい。では、次の質問の前に、少々趣向を変えて、私から一つ」

 

 レオナルドは穏やかな表情を崩さぬまま、正面に座るエインをじっと見据えた。

 

「今、私が頭の中で思い浮かべている、“とある言葉”とは何ですかな?」

 

 一見して意味のわからないその問いに、教師たちは一様に訝しげな表情を浮かべる。

 だがエインは、疑問を抱く間もなく、反射的に答えてしまった。

 

 「ちくわだいみょ──」

 

 そこまで言いかけて、エインはハッと息を呑んだ。

 目の前のレオナルドが、罠を仕掛けた狩人のような、冷たい笑みを浮かべていたからだ。

 

「……っ!? い、いえ、その……ちくわは、美味しいですよね、という話です!」

 

 講堂の空気が、すっと冷えた。

 レオナルドはその言い訳に取り合うことなく、最後の、そして本当の質問を投げかける。

 

「……では、最後の質問です、エイン君」

 

 レオナルドは、まっすぐに彼の目を見据えた。

 

()()()()()()()……『教育』とは、いったい何ですかな?」

 

 その瞬間、エインの表情が変わった。

 余裕は跡形もなく消え、代わりに浮かび上がったのは、純然たる困惑だった。

 

 まるで初めて聞く単語の意味を、その場で無理やり噛み砕こうとするかのように、エインはただ固まる。

 額に、一筋の冷や汗が伝った。

 

 講堂は、重たい沈黙に支配されていた。

 

────────────────

 

82:元引きこもり転生者

やばい、助けて

 

83:名無しの転生者

やっぱりな♂

 

84:名無しの転生者

何があったんだよ

 

85:元引きこもり転生者

今までの質問は【精神感応】で全部余裕だったのに、

ラストで「あなたにとって教育とは?」とか聞かれたんだが。

決まった答えとかないから、心読んでも正解がわからん。

 

86:名無しの転生者

詰んでて草

 

87:名無しの転生者

ここに来て教師としての地力が試されるな

 

88:名無しの転生者

そんなもんあるわけ無いだろ

 

89:元引きこもり転生者

早く答え教えて!時間ない!

名無しの教師とかいないの!?

 

90:名無しの転生者

そう毎回都合よく現れると思うなよ

 

91:名無しの転生者

名無しの教師なんて専スレ行けばいくらでも転がってるだろ

 

92:元引きこもり転生者

>>91

それだ!

 

──

 

異世界の先生たちあつまれ part1005

 

256:名無しの教師

そしたら学級崩壊どころか宇宙崩壊しちゃってさぁ

 

257:元引きこもり転生者

緊急です、助けてください!

 

258:名無しの教師

お?

 

259:名無しの教師

どうした、教室にテロリストでも襲ってきたか?

 

260:元引きこもり転生者

今、教職の採用面接中なんですが、

「あなたにとって教育とは何か」って質問が来て詰んでます。 どなたか模範解答ください!

 

261:名無しの教師

そんな定番の質問、事前に想定しとけや

 

262:名無しの教師

まあまあ、お仲間が増えるのはいいことなんだし、協力してあげようよ

 

263:名無しの教師

それなら俺が同じ質問されたときの回答使っていいよ

次のレスにそのまま貼るね

 

264:元引きこもり転生者

>>263

ありがとうございます!

 

 

281:元引きこもり転生者

なんとかうまくいきそうです!

いろいろ回答ありがとうございました!

 

282:名無しの教師

おーよかったな

 

283:名無しの教師

てか、本当に協力して良かったの?

変なコテハンついてたし、何の事前準備もしてなかったみたいだけど

 

284:名無しの転生者

良くないぞ

そいつは素行不良で退学になったやつで、

生活費欲しさに元いた学校の教師になろうとしてるからな

 

285:名無しの教師

えぇ……

 

286:名無しの教師

絶対教師向いてないだろそいつ

 

287:名無しの教師

仲間が増えるのはいいことって言ったけど、流石にこの人はいらない……

 

288:名無しの教師

助けなきゃよかった

 

────────────────

 

 

 講堂は、重たい沈黙に支配されていた。

 レオナルドから投げかけられた根源的な問いに、エインは完全に動きを止めている。額に滲んだ一筋の冷や汗が、その狼狽を雄弁に物語っていた。

 

 試験官たちのあいだに、わずかな弛緩が広がりはじめる。

「やはり、ここまでか」

「知識はあっても、教師としての芯まではない」

 そんな言葉が、ポツポツと漏れ出している。

 

  ギルバートの口元にも、抑えきれない焦りが差しかける。

 

 ──そのときだった。

 

「……まず」

 

 唐突に、エインが口を開いた。

 

 先ほどまでの狼狽が嘘のように、その表情は落ち着き払っている。瞳には、天啓でも得たかのような、妙に据わった確信が宿っていた。

 

「私にとって教育とは、生徒が自分の力で考え、判断し、学んでいけるように支援することです」

 

 講堂の空気が、わずかに揺れた。

 

 エインは一度だけ呼吸を整えると、落ち着いた調子のまま続ける。

 

「知識を一方的に教えるのではなく、生徒が何に疑問を持ち、どう理解を深めていくのかを見極め、その都度必要な助言を行う。学ぶ目的や関心は一人ひとり異なります。だからこそ、それぞれに合った方法で学びを促すことが重要です。最終的には、生徒が将来、自立して社会の中で行動し、他者と協力できるようになるための力を育てることが、教育の本質だと考えています」

 

 講堂内が、しんと静まり返った。

 

 誰もが、その完璧すぎる模範解答に言葉を失っていた。とりわけ、エインのこれまでの言動を知る者ほど、その違和感は大きい。

 

 なかでも、エインという人間を知っている者ほど受けた衝撃は大きかった。

 

「では、あなたの指導するクラスに、学ぶ意欲のない生徒がいた場合はどうしますかな?」

 

 レオナルドが、表情を変えぬまま追加の質問を投げる。

 

 エインはわずかな間を置き、再び流暢に語り出した。

 

「その場合でも、性急に結果を求めるべきではありません。なぜその生徒が意欲を失っているのか、その背景にあるもの……家庭環境、友人関係、あるいは過去の失敗体験。それらを、対話を通して時間をかけて理解することから始めます。全ての生徒は、学びたいという根源的な欲求を持っているはずですから」

 

 出てくる言葉は、どこを切り取っても非の打ちどころがない。

 

 その後の質疑応答でも、エインは絶妙な間を置きながら、まるでそれが自分自身の信条であるかのように教育論を語り続けた。

 

 教師たちは、もはや反論することもできず、やがて質問することさえ忘れて、ただその場に取り残されていく。

 

 そんな中、ただ一人、レオナルドだけが何か得体の知れないものを見るような目で、じっとエインを観察し続けていた。

 

 そして全ての質疑応答が終わると、ギルバートが待っていましたとばかりに立ち上がった。

 

「……以上で、採用試験は終了とする! 合否については、追って職員会議で決定する!」

 

 その声で、他の教師たちもようやく我に返った。

 

 彼らはまだ狐につままれたような顔で、互いに顔を見合わせるばかりだった。舞台中央で、エインだけが何事もなかったかのように、すっと立ち上がって一礼する。その表情はどこまでも涼やかだった。

 

    ◆

 

 採用試験が終わった直後、講堂はそのまま臨時の職員会議の場と化した。

 

 舞台上のエインは退席させられたが、彼の残した衝撃は重たい空気となって、教師たちの間に澱んでいる。

 

「……以上が、採用試験の結果です」

 

 議長席に座るギルバートが、咳払いで静けさを整えると、落ち着き払った声で切り出した。

 

「ご覧の通り、候補者エインは全ての問答において高い水準の回答を提示しました。知識、理論、そして教育への見解――少なくとも試験の結果だけを見れば、教師としての基準を満たしている。私はそう判断しますが、皆さん、何か異論は?」

 

 その言葉に、ほとんどの教師は顔を伏せ、あるいは視線を彷徨わせるだけだった。あの常軌を逸した才能と、得体の知れない完璧な応答を目の当たりにして、誰もが言葉を失っていたのだ。

 

 ──ただ一人、レオナルドを除いて。

 

「お待ちいただきたい、ギルバート校長」

 

 教頭席から、静かだが揺るぎない声が響いた。

 

「確かに、彼の知識は認めましょう。しかし、先ほど我々が見たものが、本当に彼自身の資質だったのか――そこには、なお疑問が残ります」

 

 レオナルドはゆっくりと立ち上がり、講堂全体を見渡す。

 

「彼のこれまでの素行、ご存じのはずです。そして、先ほどの応答。あれは、まるで用意された模範解答を読み上げているかのようだった。倫理観を問う質問に対し、あの少年が心からそう考えているとは、私には到底思えない。教育とは、知識の暗唱ではない。我々は、本当に彼に、生徒たちの未来を託せるのですかな?」

 

 

 その指摘に、何人かの教師がはっと顔を上げた。ギルバートの表情にも、一瞬だけ苛立ちが走る。

 

 だが、それは次の瞬間には消えていた。

 

「レオナルド“教頭”。あなたの教育に対する高い理想、感服いたしました。ですが」

 

 ギルバートは、わざと新しい役職を強調しながら、ゆっくりと言葉を重ねる。

 

「採用試験とは、候補者の能力を、定められた基準に沿って客観的に評価する場。そこに、個人の“印象”や“憶測”を持ち込むべきではない。彼の解答は完璧だった。試験の基準は、完全にクリアしている。これは、紛れもない事実です」

 

 レオナルドは息を詰めた。

 

 それでも、そこで引き下がりはしなかった。次に発せられた声には、それまでの反論とは異なる切実さが滲んでいた。

 

「ギルバート校長。……頼みがある」

 

 レオナルドは、ゆっくりと頭を下げる。講堂にいた誰もが、その意外な行動に息を呑んだ。

 

「これは、私の復権のためではありません。純粋に、一人の生徒――エイン君、彼自身のためです」

 

 静かな声だった。だが、その静けさの奥には、揺るぎない切実さがあった。

 

「彼は、確かに天才です。だが同時に、あまりにも未成熟で、危うい。あの才能は、正しく導かれなければ、いずれ彼自身をも傷つけるでしょう。……だからこそ、お願いします。彼を教師として採るのではなく、もう一度“生徒”としてこの学校に戻していただきたい。我々教育者が、彼を導くべきです」

 

 

 その声は、誰のためでもなく、生徒一人を思う教育者の信念から発せられていた。

 

 ──カツラずれ太郎の、教育者としての魂からの願い。

 

 しかし、ギルバートは、その訴えを、鼻で笑った。

 

「立派なお考えです、レオナルド教頭。ですが――規則は、規則です」

 

 その一言で、空気が強張る。

 

「かつて、あなた自身がそれを盾にして主張されたように、試験に合格した者を感情で退けることはできません。教育者たるもの、私情で基準を捻じ曲げるべきではありませんな……教頭殿?」

 

 レオナルドの言葉が、そこで完全に詰まった。

 自分がかつて振るった正論そのもので、最後の願いを封じられたのだ。悔しさに顔を歪めながら、彼はゆっくりと椅子へ腰を下ろす。

 

 その姿を前に、他の教師たちももはや何も言えなかった。議論は、決したも同然に見えた。

 ギルバートが、そのまま採用を宣言しようとした――その時だった。

 

「お待ちください、ギルバート校長」

 

 声を上げたのは、スザンナだった。彼女は冷静な、しかし有無を言わせぬ口調で問いかける。

 

「仮に、彼の採用を認めるとしましょう。ですが、そもそも彼に与える“役職”がありません。今年度の教職員の欠員はゼロのはずですが?」

 

 制度上の根本的な指摘に、他の教師たちも「そうだ」「確かに」とざわめき始める。

 その光景を見て、ギルバートは満足げにひとつ頷いた。

 そして、隅の席に座っていた若い女性教師へ、ゆっくりと視線を向ける。

 

「……リリィ・ミスト先生」

 

 突然名を呼ばれ、リリィの肩がびくりと跳ねた。

 

「は、はいっ!?」

 

 肩口でふわりと揺れる栗色の髪に、白い小さな顔立ち。驚きに見開かれた大きな瞳と小柄な体つきのせいか、教師というより上級生のようにも見える。

 

「失礼、あなたは一年Eクラスの担任でしたな?」

 

 ギルバートは確認するように問いかけながら、返答を待たずに続けた。

 

「単刀直入に聞きますが……君のクラスには、多少なりとも“問題”があると報告を受けています。事実ですかな?」

 

 全教師の視線が、一斉にリリィへと突き刺さる。

 彼女はさっと顔を青ざめさせた。

 

「あ、あの……皆、いい子たちなんです。本当は。ただ……その……私の力不足で……」

 

 ギルバートは、その狼狽を見届けると再び全教師に向き直った。

 

「――というわけで、だ。困っている新人を助けるのは、先輩である我々の務めでしょう」

 

 芝居がかった間を置いてから、彼はゆっくりと告げる。

 

「そこで、私からの提案です。エイン君を、彼女の補佐役として一年Eクラスの“副担任”に任命する。彼の型破りな能力が、現状を打破する起爆剤となるやもしれません。これなら彼の処遇としても、リリィ先生への支援としても合理的ではありませんかな?」

 

 有無を言わせぬ口調だった。

 

 その瞬間、名指しされたリリィが、震える声でかろうじて口を開いた。

 

「ま、待ってください……! む、無理です……! あのような生徒は、新人の私には……私の手には、とても負えません……!」

 

 その、ほとんど懇願に近い言葉を、しかしギルバートは冷たい笑みで一蹴した。

 

「おや、リリィ先生。勘違いなさっているようだ」

 

 彼は、諭すような声で、だが一切の反論を許さぬ調子で続ける。

 

「エイン君はもはや、あなたが指導すべき“生徒”ではありません。彼はあなたの同僚となる先生であり、あなたの指導を補助する――頼もしい“味方”なのですよ」

 

「そん……な……」

 

 “味方”という、あまりにも皮肉な言葉に、リリィは唇を震わせることしかできなかった。

 

 教師たちは顔を見合わせた。

 気弱な新人教師が、事実上の生贄として差し出された。

 

 だが、誰も強くは反対しない。あの厄介者が自分のクラスに来ないで済む――その安堵が、それぞれの良心を静かに押し沈めていた。

 

 こうして、エインの教師就任は、ほとんどの教師が不本意に思いながらも正式に決定された。

 講堂に、重苦しい疲労と、諦めに似た沈黙が流れる。

 

 ギルバートは、ようやく反対派をねじ伏せたと、一人満足げに息をついた。

 その、静まり返った講堂に、間の抜けた声が響いた。

 

「あのー、すみません」

 

 教師たちが、ぎょっとして声のした方を見る。

 

 いつの間にか舞台袖に、先ほど退席させたはずのエインが、ひょっこりと顔を出していた。

 

「そういえば、採用試験の要項に『実技』って書いてあったんですけど、あれ、いつやります?」

 

 彼は純粋な疑問として、そう尋ねた。

 

 その言葉に、それまで沈黙していた教師たちが、まるで猛獣から逃れるように、一斉に、そして必死の形相で叫んだ。

 

 「結構です!」

 

 そのあまりの剣幕と、異様な一体感に、エインは「はあ」と気の抜けた返事をする。

 

「……? まあ、やらなくていいなら、楽でいいですけど」

 

 首をかしげながら引き下がっていくエインの背を、教師たちは誰も言葉を発せず、ただ呆然と見送った。

 やがて、誰かが力なく椅子に座り込む音を皮切りに、講堂は深い、深いため息に包まれた。

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