引きこもり、魔法学校にぶち込まれる   作:年中有休

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ちょっと時系列戻ります


fuckin' stay night / 空っぽの境界

 王立裁判所の判決が覆された──その第一報が王宮に届いたのは、夕日が西の空を染める黄昏時のことだった。

 

 王宮は、深い静寂に包まれていた。

 執務棟の最奥。重厚な扉の向こうでは、香木と墨汁の香りが室内に満ちている。

 

 国王は、一枚の報告書を前に微動だにせず座していた。指先だけが、机の縁を規則正しく叩いている。コツ、コツ、コツ──その単調な音だけが、静寂を破っていた。顔に焦りの色はない。ただ、嵐の前の静けさだけがそこにあった。

 

 扉が、叩きつけるように開かれた。

 

「へ、陛下! ご報告申し上げます!」

 

 息を切らし、転がり込むように現れたのは、情報局の若い文官だった。顔は恐怖で青ざめ、足は小刻みに震えている。

 

 国王は視線も上げず、低い声で促した。

「……落ち着け。何があった」

 

「は、はい! 例の裁判ですが──証人襲撃は失敗。裁判の場では、ベイル殿下が決闘の正当性を証言され……最終的に、生徒エインは完全無罪となりました!」

 

 報告は支離滅裂で、声も上ずっていた。

 国王はようやくペンを置き、ゆっくりと顔を上げる。その瞳は、深い海の底のように暗かった。

 

「……詳しく話せ」

 

「そ、それが……不明瞭な点ばかりで……。監視役の諜報員が任務の途中で不可解な行動を取り、記録を残さぬまま任務を放棄。正確な経緯は……把握できておりません」

 

「そうか」

 

 国王の声色は変わらない。だが、その一言には室内の空気を凍らせるほどの冷たさがあった。

 

「……して、この茶番を監督していたルディ・ファーンは、どうした」

 

 その問いに、文官の肩がびくりと跳ねた。額から汗が流れ落ちる。

 

「……ル、ルディ様は……『最低限の仕事は引き継いだ。あとは頼む』──それだけ言い残して、姿を消されました」

 

 しばしの沈黙が落ちる。

 文官が死を覚悟した、その瞬間だった。国王の唇が、薄く笑みを形作る。だが、そこに温かさは一片もない。

 

「……そうか。逃げたか」

 

 国王は椅子の背もたれに身を預けた。

 

「愚かな男だ。“契約”を交わしておきながら、物理的な距離を取れば逃れられるとでも思ったか」

 

「け、契約……でございますか?」

 

「貴様の知ることではない」

 

 その一言を浴びせられた文官は、喉を鳴らすことすらできず、背筋を凍らせた。

 

 国王は立ち上がり、窓辺へと歩く。夕闇が、王城を包み始めていた。

 

「……例の平民についてだが」

 

「は、はい! 直ちに再拘束の手配を──」

 

「ならん」

 

 王の声が、文官の言葉を断ち切った。

 

「続けて干渉すれば、こちらの存在が露呈する。奴は、まだ泳がせておけ」

 

 窓の外の闇を見つめたまま、国王は静かに命じる。

 

「──ひとまずは監視を続けよ。だが、決して目を離すな。奴の髪の毛一本に至るまで、すべてを報告しろ」

 

「はっ! 直ちに!」

 

 文官は安堵しながら、転がるようにして部屋を飛び出していった。

 

 再び、静寂が戻る。

 

 一人残された国王は、報告書を手に取り、深く思考に沈んだ。窓の外では夕日が地平線へと沈み、王宮を闇が包み込んでいく。

 

 裏切り者には相応の報いを。

 得体の知れぬ異物には、徹底した監視を。

 

 彼の脳裏に、二つの異常事態が浮かび上がる。

 

 入学式典における、王家の秘匿式への無自覚な干渉。

 そして、法という国家の秩序そのものを崩壊させた、あの裁判の顛末。

 

 手段は不明だ。報告は混沌と矛盾に満ちていた。

 だが、結果だけは確かに残っている。

 

 あの少年は、もはや単なる人間ではない。

 国王が築き上げてきたこの国の秩序を、根底から覆しかねない「脅威」だった。

 

 夜の闇に沈む王都を見下ろしながら、国王は冷徹に、次なる一手を思案していた。

 

    ◆

 

【速報】ワイを監視してたやつ捕まえたったwww

 

1:元引きこもり転生者

ストーカーの罪で現行犯逮捕したで!

悪は許したらアカンよな!

 

2:名無しの転生者

悪ってお前のことじゃん

 

3:名無しの転生者

お前ももう一度逮捕されろ

 

4:名無しの転生者

あぁ……またイッチの凶行による被害者が……

 

5:元引きこもり転生者

>>4

被害者はストーカーされてたワイの方やろ

ちょっと捕まえて職務質問しただけや

 

6:名無しの転生者

「ちょっと」ってのが怖いんだよ

 

7:名無しの転生者

その職務質問って拒否できないやつ?

 

8:名無しの転生者

ていうかイッチをストーキングするとかどんな趣味やねん

 

9:元引きこもり転生者

>>8

なんと、そいつは国からの命令で監視してたらしい

国家公認レベルの存在になるとは……ワイも出世したなぁ

 

10:名無しの転生者

まぁ、悪党としては順調に出世しとるな

 

11:名無しの転生者

スパイもスパイで開始初日に見つかるのガバすぎて草

 

12:名無しの転生者

てかなんでそいつがスパイって分かったん?

普通そんな簡単にゲロらんやろ

 

13:元引きこもり転生者

>>12

どうやったか知りたい?

 

14:名無しの転生者

>>13

言わなくても分かるんで大丈夫っす

 

15:名無しの転生者

国が監視つけるのも納得すぎるわマジで

 

16:名無しの転生者

何でまだ暗殺されてないのこの人

 

17:元引きこもり転生者

で、捕まえたはいいんやけど……野郎を飼う趣味はないんよなぁ。

このまま元いたところに捨てちゃおうかな?

 

18:名無しの転生者

拾ったのはお前なんだから責任持って飼え

 

19:名無しの転生者

そもそも人間をペット扱いするな

 

20:名無しの転生者

捨てたら捨てたでまた別のスパイ送られてくるだけでは?

 

21:元引きこもり転生者

>>20

それは困るなぁ……

監視に四六時中見張られるとか、さすがにプライバシーの侵害やろ……

ワイの自由はどこへ行ったんや……

 

22:名無しの転生者

お前はプライバシーどころか人権を侵害しまくってるだろ

 

23:名無しの転生者

今までが自由すぎたんだよ、監視が付くくらいでちょうどええわ

 

24:名無しの転生者

まあでも、せっかく捕まえたんなら味方にしちゃえばいいんじゃね?

説得して懐柔とかできんの?

 

25:元引きこもり転生者

>>24

おお、それや! 早速説得して、大した報告せんようにしてもらったで!

仲間も増えたし、リサイクルって大事なんやなぁ。

 

26:名無しの転生者

説得っつーか命令では?

 

27:名無しの転生者

最初から洗脳済みのくせに、なにが説得やねん

 

28:名無しの転生者

最悪なエコロジーの思想だ

 

29:元引きこもり転生者

ついでにワイと、大家の王女さんの命令も聞くようになってもらった。

部屋代の代わりにちょうどええか?

 

30:名無しの転生者

よくねーよ

 

31:名無しの転生者

家賃を人身売買で支払うやつがあるか

 

32:名無しの転生者

仲間にする扱いか?これが?

 

    ◆

 

 セレナたちに拾われ、ひとまずの拠点を確保したエイン。だが、退学処分はまだ覆っていない。

 

 交流棟の茶室では、エイン、セレナ、イレーネの三人が、ランプの温かな光に包まれていた。夜も更け、そろそろ今後のことを話し合うべき時間だった。

 

「それで……エイン様は、これからどうなさるおつもりですの?」

 

 セレナが、不安を隠しきれない声で尋ねる。白い指先が、ティーカップの縁を落ち着きなくなぞっていた。

 

 エインはソファーに深く身を沈めたまま、どこか能天気に答える。

 

「んー、どうしようかな。まあ、当分はここにいようかなぁ。お菓子も美味いし」

 

 お菓子を褒められたこと、そして「当分はここに」という言葉。その二つに、セレナの頬がほんのりと赤く染まった。

 

「そ、それは構いませんけれど……! そういう問題では……!」

 

 要領を得ない返答と、セレナのわずかな狼狽ぶりに、イレーネは心底うんざりしたような表情を浮かべた。

 

 不意に、エインが「あ」と声を上げた。

 何かを思いついたように、ソファーから身を起こす。

 

「そうだ。ちょっと行ってくるとこ思い出したわ」

 

「えっ、どちらへ……?」

 

「ん、まあ、ちょっとね。いい方法思いついたから、もう大丈夫」

 

 そう言うと、エインはセレナの心配を置き去りにしたまま、ひょいと立ち上がった。

 

「部屋貸してくれてありがとね。もう自分の部屋に戻ってくれていいよー」

 

 それだけを言い残し、手をひらひら振りながら、あっさりと部屋を出ていってしまう。

 

 残されたセレナは、イレーネを振り返り、懇願するように口を開いた。

 

「イレーネ、わたくし……エイン様が戻られるまで、ここでお待ちします」

 

「殿下、なりません。夜も更けております。あの男の言う通り、お戻りになった方が……」

 

「いいえ。……だって、今のエイン様には、ここしかお戻りになる場所がないのですから。わたくしまでいなくなってしまったら、あの方は本当に一人になってしまわれます」

 

 イレーネは小さくため息をついた。主君のこの頑なさは、今に始まったことではない。セレナの美点であり、同時に心配の種でもある。

 

 セレナ殿下との付き合いは長い。もはや単なる主従ではなく、姉妹であり、親友にも等しい。だからこそ、今回の変化が気がかりだった。いつの間にエインにここまで入れ込むようになってしまったのか。よりにもよって、相手があの男では。

 

 エインは危険すぎる。常識も、倫理観も、そしておそらく人間性すら欠けている。そんな得体の知れない劇薬に、純粋な殿下が心を惹かれている現状は、護衛としても、友人としても、到底看過できるものではなかった。

 

(私が、もっと早く、殿下に男というものを教えておくべきだったのではないか……)

 

 そんな後悔が、イレーネの胸をわずかに締めつけた。

 

 時間が経つにつれ、セレナの瞼は次第に重くなっていった。エインがひとまず学校へ戻ってきたことへの安心感に、深夜という時間も重なる。やがて彼女はテーブルに突っ伏し、穏やかな寝息を立てながら、静かに肩を揺らし始めた。

 

 どれほどの時間が経っただろうか。

 不意に、扉の外から軽い足音が近づいてきた。

 

 満足げな足取りで戻ってきたエインが、何気なくノブに手をかけようとした、その瞬間。

 

「お待ちください」

 

 イレーネが、すっとその手を制した。

 

「うわっ!?」

 

 突然のことに、エインは素っ頓狂な声を上げる。壁の闇に溶け込むように佇んでいたイレーネは、彼の口元に人差し指を立て、静かに首を横に振った。

 

「お静かに。──殿下は、お休みになられています」

 

 そう囁くと、イレーネは扉をわずかに開けて中を示す。ブランケットに包まれたセレナが、静かに眠っていた。

 

 エインも声を潜めて尋ねる。

 

「……なんでここで寝てるんだ? 自分の部屋に戻ったんじゃないのか」

 

「あなたが戻られるまで待つと仰って。殿下は、あなたのことをずっと案じておられたのです」

 

「そう」

 

 エインは、小声でそれだけ返した。そこにどんな感情があるのかは、まるで読み取れない。

 

 その直後、イレーネの視線が鋭さを増した。

 

「エイン」

 

 その声に、敬意の欠片はない。ただ事実を告げるためだけの、冷たい響きだった。

 

「我々は監視されています。おそらく、貴方が原因でしょう」

 

 イレーネは、エインを茶室に運び込んだあの夜から、ずっと執拗な視線の気配を感じていた。そしてそれは、今もなお、この近くに潜んでいる。

 

(いっそ、この監視者に殺されてしまえばよかったものを……)

 

 そんな物騒な思考はおくびにも出さず、イレーネは冷静を装う。

 

「あー……またかよ、ストーカー」

 

 エインは心底うんざりしたようにため息をついた。その反応からすると、以前にも同じようなことがあったらしい。

 

(この男は、自分がどれほど厄介な存在か、本当に理解していないのか……!)

 

 イレーネは内心で舌打ちした。

 

「なあ、イレーネさん、だっけ? そのストーカーを捕まえるの、手伝ってくんない? 俺一人だと面倒だから」

 

「……私が、ですか」

 

「そう。俺が罠を張るから、そこまで誘導してきて」

 

 あまりにも軽い調子の依頼だった。だが、イレーネは一瞬だけ考え、すぐにプロとしての判断を下す。

 

「……承知しました。殿下の安全確保のため、協力しましょう」

 

 渋々ながらも明確に頷いた彼女を見て、エインは満足げに笑った。

 

「よしきた。じゃあ、まずは場所探しから」

 

 エインは目を閉じ、意識を集中させる。

 

【隠形看破】(ピカー)

 

 彼の周囲から、ごく微弱な魔力が波紋のように広がった。目を閉じたまま、何かを探るようにじっと感覚を研ぎ澄ませている。

 

 数秒後、目を開けたエインの表情には確信があった。

 

「見っけ。階段のあたりに一人だけ。それじゃ、よろしく」

 

 その異常なまでの探知能力に戦慄を覚えつつも、イレーネは無言で頷き、音もなく闇へと溶けていった。

 

 ◆

 

 イレーネは階段へ向かいながら、周囲の気配を探った。そして、すぐにそれを見つける。

 二階の踊り場。柱の死角に、黒い影が身を潜めていた。

 

 音もなく階段を上がり、背後へと回り込む。相手が気配に気づいた時には、もう遅い。

 

「──っ!?」

 

 振り返ろうとした男の首筋に、イレーネの手刀が正確に叩き込まれた。だが、男は予想以上に訓練を積んでいたらしく、完全には気絶せず、そのまま反撃に転じる。

 

 短剣を抜き放ち、イレーネへ斬りかかる。だが、その動きはイレーネにとってあまりにも遅かった。

 

 イレーネは男の手首を掴み、そのまま関節を逆に捻り上げる。短剣が宙を舞い、階段に甲高い金属音を響かせて落ちた。

 

「ぐっ……!」

 

 苦痛の声を漏らす男に、イレーネは一切容赦しない。そのまま背中に膝を当て、完全に動きを封じ込める。数秒の格闘の末、男はついに意識を失い、ぐったりと力を抜いた。

 

 イレーネは気絶した男を軽々と担ぎ上げ、エインの元へ戻る。

 

 ◆

 

 エインはすでに、廊下の中央に魔法の罠を仕掛け終えていた。派手な魔法陣を描くでもない。ただ空間にいくつかの術式を編み込んだだけの、ひどく地味な仕掛けだ。

 

 戻ってきたイレーネと、その肩に担がれた男を見て、エインが意外そうに目を丸くする。

 

「あー、気絶させちゃった? まあいいや。もう罠は仕掛けてあるから、そこに投げ込んどいて」

 

 エインが指さした先には、一見して何もない空間があるだけだった。

 

「……ここに、ですか?」

 

「そそ。適当にポイっと」

 

 イレーネは一瞬だけ躊躇したが、指示通り、気絶した男をその空間へ放り込んだ。

 男の身体が罠に触れた、その瞬間──

 

「──ッ!?」

 

 意識を取り戻した男は、何の前触れもなく、その場でぴたりと動きを止めた。

 糸の切れた人形のように全身から力が抜け、そのまま崩れ落ちる。

 

 黒衣の男の瞳からは、完全に光が消え失せていた。

 その光景を見たイレーネは、もはや驚きを通り越し、ある種の畏怖すら覚えていた。

 

(これは……単なる物理的な拘束ではない。精神そのものを、一瞬で支配したというのか)

 

 エインの仕掛けた罠は、対象の精神を強制的に操る 【精神支配】(ブレインウォッシュ) の術式だった。

 

 エインは倒れた男の前にしゃがみ込み、感情のない声で、よどみなく自白を引き出していく。

 

 名はマーカス。一年Eクラスに在籍する、王宮直轄の諜報員。

 学園に潜入し、貴族たちの情報を集める任務に就いており、そこへ急遽、エインの監視命令も追加されていた。

 

 尋問を終えたエインは立ち上がると、しばらく考え込んだ。どう処分するべきか、悩んでいるらしい。

 

 やがて何かを決めたように、洗脳下の生徒へ命令を下す。

 

「お前の任務は今日から変更だ。俺のことは『特に問題なし』とだけ報告しとけ。いいね?」

 

「……了解」

 

「よし。じゃあ、一件落着」

 

 エインが満足げに頷いた、その時だった。

 彼は何かを思い出したように、ぽんと手を打つ。

 

「そうだ。家賃代わりに、お前、ここの人たちの手伝いでもしとけ。セレナ王女と、イレーネさんの言うことも、ちゃんと聞くように」

 

 そしてイレーネに向き直り、満足げに笑いかけた。

 

「というわけで、泊めてくれたお礼として、この男を差し上げます」

 

 あまりにも突飛で、あまりにも不謹慎な発想に、イレーネは絶句した。

 

(……家賃、だと?)

 

 この男の底なしの倫理観の欠如と、圧倒的なまでの魔法の腕前。そのあまりにも歪な釣り合いに、戦慄を覚える。

 

「何? いらないの?」

 

 エインが首を傾げる。

 その問いに、イレーネは冷徹なプロとして思考を巡らせた。

 

(……確かに、この駒は使える)

 

 完全に忠実で、王宮や貴族たちの情報を持ち、なおかつ学校に籍を置く諜報員。セレナ殿下を守る上で、これほど都合のいい手駒はない。

 

 この男は、自らが手にした力の価値を、まるで理解していない。

 

「……いいえ」

 イレーネはゆっくりと首を横に振った。

「その“家賃”、ありがたく頂戴いたします」

 

 イレーネは、エインという理解不能な劇薬を最大限に警戒しつつも、同時に手に入った新たな力に、護衛として、そして一人の策略家として、複雑な満足感を抱くのだった。

 

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ここから前回の続きです

採用試験の後

 

─────

 

【朗報】元引きこもりワイ、就職する

 

377:元引きこもり転生者

しゃあっ!採用通知来たぜ!

今度こそ教師になるぞ!

 

378:名無しの転生者

世も末だな

 

379:名無しの転生者

試験合格しちゃったのか……その学校も終わったやろ

 

380:名無しの転生者

こんなやつが教師とかありえねー

 

382:元引きこもり転生者

しかも新人歓迎会の招待状も届いた!楽しみやなぁ~

 

383:名無しの転生者

は?誰が歓迎すんだよ

 

384:名無しの転生者

絶対なんか裏あるやつだろ……

 

385:名無しの転生者

大丈夫?会場入った瞬間に爆殺されたりしない?

 

395:元引きこもり転生者

お前らの被害妄想ひどすぎw

ワイもう行くから!

 

396:名無しの転生者

おう、逝って来い

 

    ◆

 

「新任教師エイン先生の歓迎会会場はこちら」

 

 そんな手書きの張り紙が、会議室の扉に申し訳程度に貼られていた。

 

 扉を開けて入ってきたエインは、上機嫌な足取りのまま声を張り上げた。

「こんにちは! 歓迎会に来ました!」

 

 しかし次の瞬間、ぴたりと足を止める。室内の空気が、あまりにも異様だった。

 

 新校長ギルバートの姿こそなかったが、レオナルド、スザンナ、ハーゲン――主要な教師陣がずらりと並び、まるで法廷の裁判官のような配置で待ち構えている。

 表情は全員一様に硬く、室内の空気は氷のように冷え切っていた。

 

 テーブルの上にあるのは、花も装飾もない。ぽつんと小さな箱が一つ置かれているだけだ。

 

「あれ……?」

 ようやく違和感を覚えたらしいエインが、困惑したように首を傾げる。

「……もしかして俺、来るの早すぎました? まだ準備中とか?」

 

 その言葉に、ハーゲンの眉がぴくりと跳ねた。

 しかしそれを制するように、レオナルドが一歩前に出る。その表情には決意と、そしてどこか申し訳なさそうな色が滲んでいた。

 

「……いや。時間通りだ、エイン君。まずは、教員への就任、おめでとう」

「あ、どうもです」

 

 レオナルドはテーブルの箱を恭しく手に取り、エインに差し出した。

「これは、君の就任を祝して学校から贈られる記念品だ。――歓迎会の、メインイベントだよ」

 

「お、マジすか!」

 

 目を輝かせたエインは、嬉々として箱を開けた。

 中から現れたのは、継ぎ目のない銀色の腕輪。中央に透明な魔石が一つ埋め込まれた、洗練されたデザインだ。

 

「おお、かっこいい! さすが王立学校、待遇いいな!」

 

 心底嬉しそうに、エインは腕輪を自らの手首にはめた。

 カチリ、と小気味よい音が鳴り、腕輪はぴたりと肌に密着する。

 

 その様子を見て、レオナルドはわずかに目を伏せた。

 対照的に、後方のハーゲンは抑えきれない愉悦の笑みを浮かべている。

 

 エインが腕輪を眺めて悦に入っていると、スザンナが冷静な声で告げた。

「……それは“誓約の腕輪”。一度装着すれば、装着者の魔力と完全に融合し、物理的に外すことはできません」

 

 エインは腕輪を見つめながら、のんきに首をかしげる。

「え、そうなの? 体洗うときどうしよう……?」

 

 スザンナはそんな心配を無視するように、淡々と続けた。

「その腕輪には、制御装置を介して“命令”を魔力的に刻み込むことができます。刻まれた命令に反する行動を取ろうとすれば、腕輪が強制的に阻害します」

 

「へぇ~、便利な機能ですね~」

 

 のんきな感想を漏らすエインに、ついにハーゲンが前へ出た。声は、長年の恨みと喜びに震えている。

 

「そうだとも!」

 

 一歩踏み出したハーゲンは、怒気と愉悦を滲ませながら言い放つ。

 

「その腕輪は、あの忌々しきクラス分け試験の後、我々が手配しておいたものだ!」

 

 誇らしげに胸を張り、鼻を鳴らして続ける。

 

「禁制品ゆえ、届くまでに時間がかかってな……ようやく届いたと思った矢先、貴様は退学になっていた。間の悪い話だと思ったが――」

 そこで口元を吊り上げた。

「まさかすぐに、教員として戻ってくるとはな。まったく、運がいいのか悪いのか分からん奴だ」

 

 ハーゲンは腕輪を指差し、腰のポーチから小型の魔道具を取り出した。

 それは手のひらに収まるほどの円盤型の装置で、表面には複雑な魔法陣が刻まれている。

 

「――せっかくだ。この場で“命令”を刻んでやろう」

 

 ハーゲンがにやりと笑いながら装置を構えると、教師たちの間にわずかな緊張が走った。

 ハーゲンは装置に魔力を込め、腕輪に向ける。

 

「聞け、小僧。貴様に与える命令はこうだ!」

 

 重々しい声が部屋に響き渡る。

 

「“教師として勤務していない間は魔法使用禁止。勤務中も、職務を遂行する目的でなければ魔法使用不可”!」

 

 ハーゲンの宣言と同時に、制御装置が強く光り、腕輪の魔石も鋭く明滅した。

「――どうだ、就任祝いとしては十分だろう?」

 

 エインは腕輪とハーゲン、そしてその手に握られた制御装置を交互に見つめ、渋い顔をした。

「えぇ~……いらないよ、こんな記念品」

 

 その言葉に、ハーゲンは意地悪く口元を吊り上げる。

「嫌でも受け取ってもらうぞ。我々の“気持ち”だからな」

 

 エインは不満そうに顔をしかめながら、腕輪を握りしめた。

「クソッ、こんな魔道具なんかすぐ外してやる……!」

 

 魔力を指先に集めかけた瞬間――

 

「アッヅ!!?」

 

 エインが飛び上がった。

 腕に走った鋭い衝撃に涙目になり、必死に腕を抱える。

 

 その情けない様子を見て、ハーゲンは声を上げて笑った。

 

「ハッハァ! 見たか! それが貴様を縛る“安全弁”だ!」

 

 満足げにエインの肩を叩き、意趣返しを噛み締めるように言い放つ。

 

「――それじゃあ“同僚”として、改めてよろしく頼むぞ、エイン“先生”?」

 

 高笑いとともに、ハーゲンは意気揚々と会議室を去っていった。

 他の教師たちも、肩の荷が下りたように安堵の息をつきながら、次々と部屋を後にしていく。

 

 やがて残されたのは、エインとレオナルドの二人だけだった。

 レオナルドは、まだじんじんと痛む腕をさすっているエインを、無言で見つめている。

 

 しばらくして、エインがふと顔を上げた。

 

「……あれ? 皆帰っちゃった? ってことは、もう歓迎会終わり? というか、最初からなかった?」

 

 ようやく察したらしいその一言に、レオナルドはかすかに眉をひそめ、そっとため息をついた。

 

 教師たちの不安は、ひとまず“形”にはなった。腕輪の縛りは、確かに強力だ。

 

 ――だが。

 

(我々は、ただ“首輪”をつけただけなのかもしれん。その扱い方を、本人が覚えるまでの……ほんの時間稼ぎに過ぎんのではないか)

 

 目の前の少年は、これまでも常識という枠を、いとも容易く飛び越えてきたのだから。

 

    ◆

 

415:元引きこもり転生者

騙された

 

416:名無しの転生者

知ってた

 

417:名無しの転生者

おかえり

 

418:名無しの転生者

で、どうなったんだよ

 

419:元引きこもり転生者

歓迎会はワイを呼び出すための作戦だったんや、あり得ない……

 

420:名無しの転生者

バカみたいな作戦だな

 

421:名無しの転生者

イッチもバカだから引っかかったわけだが

 

422:名無しの転生者

そこまでして呼び出して何がしたかったん?

 

423:元引きこもり転生者

もらった腕輪が罠で、”教師としての業務以外で魔法使用不可”って誓約かけられた。

文字通り手枷ハメられたわ、ワイを騙してこんな事するなんてひどすぎやろ。

 

424:名無しの転生者

いや普通に妥当だろ

 

425:名無しの転生者

むしろ今まで野放しにされてた方が異常

 

426:名無しの転生者

まだ足枷と首輪が足りないんじゃないか?

 

427:元引きこもり転生者

教師になる→寮に戻れる→造幣できる→教師辞める

というワイの完璧な計画が崩れた……

このために教師になったのにどうすればええんや

 

428:名無しの転生者

いやその計画がまず頭おかしい

 

429:名無しの転生者

志望動機ゴミすぎるだろ

 

430:名無しの転生者

やっぱ教師向いてないわコイツ

 

    ◆

 

 約束の時間より、少し前。

 新人教師リリィ・ミストは、重い足取りで会議室へ向かっていた。

 

(はぁ……なんで私が、あんな問題児のお世話係なんか……)

 

 リリィは新校長ギルバートから、副担任となるエインと事前に顔合わせをするよう、半ば強制的に命じられていた。

 短期間で数々の伝説――主に悪評だが――を打ち立てた元生徒が、自分の“同僚”になる。その事実が、ただひたすらに彼女の胃を締め付けていた。

 

 指定された会議室の前までたどり着き、深呼吸をひとつ。

 意を決してドアノブに手をかけようとした、まさにその時だった。

 

「ギャース!!」

 

 

 中から、カエルの潰れたような間の抜けた悲鳴が響き渡る。

 

「ひゃっ!?」

 

 心臓が跳ね上がり、リリィはびくりと肩を震わせた。

(な、何の音……?)

 最悪の想像が、彼女の脳裏をよぎる。

 

 おそるおそる、震える手で扉を開けると――

 

 そこには、椅子ごと床に倒れ込んだエインの姿があった。腕にはめた銀の腕輪を抱えるようにして、涙目でうずくまっている。

 

「ひぃっ!? エ、エイン先生!? だ、大丈夫ですか!?」

 

 悲鳴に近い声で駆け寄ると、エインが顔を上げた。

 

「えっと……リリィ先生……で合ってますよね!? ちょっと魔法使おうとしたら、また失敗しちゃって……とにかく外して、これ! ほんとムリです!」

 

 どうやら腕輪を外そうとして魔法を使い、またペナルティを受けたらしい。

 尊大な態度は見る影もなく、今はすっかり情けない声で助けを求めてくる。

 

「ひ、ひぃっ……で、できません! 私、教授たちに“絶ッ対に手出しするな”って言われてるんです!」

「えぇ~!? じゃあこのまま一生……!? なんとかならないんですか!?」

「そ、そんなの私に言われても困りますぅ……!」

 

 リリィが半泣きで首を振ると、エインは床に突っ伏したまま、しばらく呻いていた。

 やがて観念したように、力なく起き上がって椅子に座り直す。

 

「クソ、やっぱムリか……」

 

 まだ不満げに腕輪をさすっているものの、どうにか落ち着きを取り戻したらしい。

 

(……もう、帰りたい)

 

 リリィは心の中で嘆息しつつも、仕事を思い出して気を取り直した。

 鞄から書類を取り出し、おそるおそるエインに差し出す。

 

「え、ええと……こちらが一年Eクラスの時間割と、生徒の名簿。それと、教科指導案のフォーマットで――」

「……ふーん。……へー。……なるほど」

 

 エインはまだ不貞腐れた顔のまま、気のない相槌を打つ。

 欠伸こそしなかったが、興味のなさそうな態度は隠しようがなかった。

 

(だめだ……やっぱり、この人とやっていくなんて無理……!)

 

 その諦念に沈みかけた瞬間、突如として天井に備え付けられた魔道具が、けたたましい警告音を発した。

 

『緊急連絡! 緊急連絡! 中央棟に不審者が侵入! 付近の生徒は直ちに避難せよ!』

 

「ひゃっ!?」

 

 リリィは短い悲鳴を上げ、ガタッと椅子を引き倒しそうな勢いでのけぞった。そのまま弾かれるように立ち上がり、声を上ずらせる。

 

「こ、ここ中央棟ですよね!? つまり、この建物の中にいるってことじゃ……!」

 

 対照的に、エインは目を輝かせて呟いた。

 

「おお、面白そう!」

 

 そう言うが早いか、エインはぱっと立ち上がり、まるで遊びに行くような軽い足取りで会議室の扉を勢いよく開け放つ。

 

 リリィは顔面蒼白になりながらも、慌ててその背中を追って部屋を飛び出した。

 

 ――そこに、いた。

 

 腰を抜かした生徒たちの前で、ナイフを振り回しながら叫ぶ、いかにも怪しい男。

 

「ヒャッハー! 俺の名はゴツゴウ・シューギ! 校内の金目の物、全部いただいてくぜぇ!」

 

 あまりにも分かりやすい名前と動機。どう見ても頭のネジが外れている。

 だが、警報の直後に登場とは――不審者にしては空気を読みすぎだろう。

 

 その空気をぶち壊すように、魔法が炸裂した。

 

 ――二つの、まったく異なる魔法が、完全に同時に。

 

 エインはゴツゴウ・シューギを一瞥しただけで、指を軽く弾く。

【痛覚刺激】(ペインシグナル)!」

 

 リリィもまた、緊張に震える手で空間へ魔力を走らせた。

【防壁】(シールド)!」

 

 次の瞬間、廊下には二つの光景が広がっていた。

 一つは、白目を剥いて絶叫しながら崩れ落ちる不審者。

 もう一つは、その周囲にいた生徒たちの前方へ、寸分の狂いもなく展開された半透明の防壁だった。

 

 耳に残る悲鳴がやがて途切れ、場に重い沈黙が落ちる。

 

 最初に声を発したのは、興奮気味のエインだった。

 

「リリィ先生すげー! 今、五枚も同時に【防壁】出したでしょ!?」

 

 無邪気な声で、まるで新しいおもちゃでも見つけたかのようにリリィを褒めそやす。

 

 しかし彼女の目は、床で泡を吹く不審者ではなく――エインの左腕に嵌められた“誓約の腕輪”に釘付けになっていた。

 

「あ、あの……エイン先生……?」

 震える声で尋ねる。

「腕輪の誓約で、魔法は使えないはずでは……?」

 

「え? でも、不審者を退治するのって、教師の立派な“職務”でしょ?」

 

 エインは、白目を剥いて痙攣する不審者を背に、心の底から“当然”だと信じて疑わない満面の笑みを浮かべていた。

 

 リリィは引きつった笑みを浮かべながら、震える声でなんとか返す。

 

「ソ、ソウデスネ……」

 

 ぐらつく感覚とともに、胸の奥に冷たいものが広がる。

 この男は、危険人物というより、そもそも“人の理”が通じない存在なのではないか――そんな漠然とした恐怖が、じわじわと形を持ち始めていた。

 

(……落ち着いて。今は、生徒たちを……)

 

 どうにか自分を叱咤し、ふらつく足取りのまま生徒たちのもとへ向かう。

 

「み、皆さん、大丈夫ですか……? 怪我は――」

 

 その時だった。

 

「「「うわああああああっ!!!」」」

 

 悲鳴を上げ、生徒たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 その視線の先には――

 

 白目を剥いたまま、ぎこちなく歩いてくるゴツゴウ・シューギの姿があった。

 

「ひぃいいい! う、動いてますぅうう!」

 

 リリィは生徒たち同様に悲鳴を上げ、パニックで詠唱すらできなくなる。

 

 その背後から、あまりにのんきな声が飛んだ。

 

「あー、リリィ先生、落ち着いて。それ、俺が操ってるだけだから」

「へ……?」

 

【自動人形】(オートマトン)という、意識のない生物を操る魔法です。こいつを詰め所まで歩かせて連行するだけ。……何の問題もありませんよ」

 

 ――問題しかない。

 

 リリィは一瞬、言葉を選びあぐねてから、おそるおそる尋ねた。

 

「あの……それも、“職務”なんですか?」

「うん、まあ。効率化って大事ですよね」

 

 エインは平然とした笑顔で答える。

 

(この人、本気でそう思ってる……?)

 

 ぞくりと背筋を寒気が這い上がる。

 リリィは改めて、目の前の光景を見た。

 

 非人道的な魔法で相手を制圧し、その尊厳すら奪う。

 しかもそれを、「効率的だから」の一言で、何のためらいもなく正当化してしまう――。

 

「あ……ああ……」

 

 昨日までの絶望など、比べものにならない。

 リリィは全身の力が抜けていくのを感じながら、その場にへたり込んだ。

 

 ――これが、これから一緒に働く“同僚”。

 

(終わった……本当に……終わった……)

 

 この学校で一番危険なのは、不審者なんかではない。

 目の前にいる、この男だ。




拙作をお読みいただきありがとうございます。

次回のサブタイトルなのですが、以下の二案で迷っており、もしよろしければ皆様の投票で決めさせていただければと思います。

【A案】
エインのパーフェクトまほう教室

【B案】
ワースト・ティーチャー -苦悶式教育エージェント-

下記のアンケートにて、お好きな方にご投票いただけますと幸いです。
よろしくお願いいたします。

追記
A案に決まりました。
ご協力ありがとうございました。

次回のサブタイ

  • A案
  • B案
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