引きこもり、魔法学校にぶち込まれる   作:年中有休

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構成の都合上3つに分けます。


復活の「E」

 訓練場に、静寂が落ちた。

 

 煙と魔法の残滓が立ち込める中、エインは石床に倒れ伏し、ぴくりとも動かない。リリィの【聖光懲罰】(ホーリー・パニッシュメント)を受けた衝撃で、意識を失っているようだった。

 

 まずは生徒たちの安否確認だ。そう思い、リリィは慌てて声を張り上げる。

 

「みなさん、大丈夫ですか!?」

 

 振り返った生徒たちの表情は、しかし妙に鈍かった。

 

「ありがとうございます」という感謝も、「助かりました」という安堵もない。ただ、何か言いづらそうに視線を泳がせている。

 

 そんな中、反乱に参加していなかった一人の女子生徒が、おずおずと口を開いた。

 

「あの……リリィ先生……」

「はい、何でしょう?」

「……襲われたのは、エイン先生の方です」

 

 その一言で、リリィの顔から血の気が引いた。

 

「え……?」

 

 別の生徒が、気まずそうに続ける。

 

「トムたちが先に仕掛けて、エイン先生を取り囲んで攻撃してたんです」

 

 リリィの膝が、がくりと震えた。

 

(私は……なんてことを……)

 

 状況を完全に誤解していた。生徒を守るつもりで、同僚を一方的に攻撃してしまったのだ。

 

 だが、倒れそうになる身体をどうにか気力で支え、彼女は反乱の中心にいたトムへ向き直る。

 

「……どうして、こんなことをしたのですか」

 

 その声には、普段の彼女からは想像もできない、静かな迫力があった。

 

 トムたちはその気迫に押されながらも、必死に言い返す。

 

「でも、あいつが先に俺たちを苦しめたんだ!」

「やり返しただけじゃないか!」

「先生だって見てたでしょ、あの地獄を!」

 

 リリィの胸に、鋭い痛みが走る。

 

 知っていた。見てもいた。

 それなのに、止められなかった。

 

 しかし──

 

「いかなる理由があれ」

 

 リリィの声が、訓練場に響く。普段の彼女とは思えないほど、毅然とした声音だった。

 

「怒りや恨みで魔法を使うのは、魔法使いとして最も恥ずべき行為です」

 

 トムたちが言葉を失う。

 

「魔法で人を傷つけることの重大さを、あなたたちはもっと理解しなければいけません」

 

 そして彼女は、深く頭を下げた。

 

「ですが──そこまで皆さんを追い詰めたのは、担任である私の責任です。守ることができず、申し訳ありませんでした」

 

 その謝罪に、生徒たちは息を呑んだ。反乱に加わっていた者たちも、ばつが悪そうに視線を逸らす。怒りに支配されていた空気が、少しずつ和らいでいった。

 

 その時だった。

 

 床に倒れていたエインが、呻きながら身を起こす。

 

「……ん……あれ? 何が起きたの……?」

 

 一同に、再び緊張が走った。

 

 エインが意識を取り戻した途端、訓練場の空気は一変する。生徒たちは反射的に身を縮め、さっきまでの和らいだ雰囲気は跡形もなく消え去った。

 

 リリィもまた、胸の奥で緊張が高まるのを感じていた。だが、教師として、そして誤って同僚を攻撃した者として、ここで向き合わなければならない。

 

 彼女は覚悟を決めて、エインの前に立った。

 

「私の勘違いで、あなたを攻撃してしまったんです。本当に、申し訳ありません」

 

 震える声だったが、謝罪の言葉ははっきりとしていた。

 

 しかし、返ってきた反応は予想外だった。

 

 エインは自分の身体を軽く叩いて状態を確かめると、あっさりと言う。

 

「別にいいですよ。怪我もないですし。……それより、さっきの魔法、なんてやつです? 見たことない術式でしたけど」

 

 その目は、怒りでも恨みでもなく、純粋な知的好奇心に輝いていた。リリィの誤解も、生徒たちの反乱も、すでに頭から抜け落ちているらしい。未知の魔法の構造解析にしか興味が向いていなかった。

 

「それは……伯父のグレアムさんに教わった、【聖光懲罰】(ホーリー・パニッシュメント)という、犯罪者制圧用の魔法です。善良な人が相手なら少し気絶するだけですが、悪人に使うと、対象の罪の意識……罪悪感に反応して、ダメージが増大し……て……」

 

 そこまで説明した瞬間、訓練場の空気が凍りついた。

 

 生徒たちが、息を呑んでエインを見る。

 リリィもまた、自分の言葉が意味することに気づいてしまう。

 

 罪の意識に応じて、威力が増す魔法。

 そのはずなのに──エインは、ほぼ無傷だ。

 

「なるほど! 光属性の攻撃魔法に、精神干渉系の術式が組み込まれてるんですね!」

 

 当のエインだけが、目を輝かせて一人で納得していた。

 

 周囲の凍りついた空気など、まるで視界に入っていない。

 

「リリィ先生! その魔法の術式、俺にも教えてください!」

 

「エイン先生」

 

 リリィが、静かだが凛とした声でその言葉を遮る。

 

「その話は後でお願いします。今は授業中です」

 

 その毅然とした態度に、エインは素直に頷いた。

 

「あっ、そうでした。それじゃあ実技の続きですね! 早く終わらせましょう!」

 

 例の非道なカリキュラムを再開する気満々の宣言に、生徒たちが再び絶望する。

 

「まだやるのかよ……」

「もう勘弁してくれ……」

 

 しかし──

 

「待ってください」

 

 今度は、リリィの声がさらに強くエインを制した。

 

 彼女はエインの前に立ちはだかる。

 

「ここからの授業は、私が進めます」

 

 その言葉には、もう迷いがなかった。

 

「遅れは私が責任をもって取り戻します。ですから、私に任せてください」

 

 エインは少し残念そうな顔をしたが、特に反発する様子もなく頷いた。

 

「そうですか? まあ、担任のあなたが言うなら、お任せします」

 

 そのあっさりした返答に、リリィは少し拍子抜けする。もしかすると、意外と話の通じる相手なのかもしれない。

 

「ありがとうございます」

 

 彼女は深く頭を下げ、生徒たちに向き直った。

 

「それでは、まともな実技授業を始めましょう。まずは基礎から、無理のない範囲で進めます」

 

 その言葉に、生徒たちの表情がぱっと明るくなる。

 

「リリィ先生……」

「ありがとうございます!」

 

 和やかな空気の中で実技授業が再開される。

 

 そんな中、リリィは入り口の近くで気まずそうに立ち尽くしている少女に気づいた。

 

 アメリアだ。

 

 同級生たちを「出来損ない」と侮辱してしまったことを悔やみながらも、どう謝ればいいのか分からず、足を止めていた。

 

 そんな彼女に、授業の主導権を放棄して暇になったエインが、面倒くさそうに声をかける。

 

「えーと、アメリア。俺はもう居残りの面倒を見るのはいやだからな。早く戻ってこい」

 

 リリィもまた、優しく促した。

 

「アメリアさん、大丈夫ですよ。一緒に頑張りましょう」

 

 二人に背中を押され、アメリアは意を決して訓練場の中へ入ってくる。

 

 そして、クラスメイトたちに向き直った。

 

「あの、みんな──」

 

 少女の言葉が、静かに響いた。

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