引きこもり、魔法学校にぶち込まれる   作:年中有休

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感覚アマノジャク ~ Impossible Covenant.

カオティック逃避行

 

 昨日の嵐が嘘のように、Eクラスの教室には奇妙な静けさが満ちていた。

 

 ──いや、静けさという表現は少し違う。

 そこにあったのは、以前のような無気力な沈黙ではない。張りつめるほどではないが、確かに授業へ向けられた集中の空気だった。

 

「──はい、そこまで。次の術式に移ります」

 

 教壇に立つリリィは、もう以前のようにおどおどしてはいなかった。

 凛とした声で的確に指示を飛ばし、その言葉に合わせて、生徒たちが一斉に教科書のページをめくる。

 

 昨日の一件を経て、クラスには妙な連帯感が生まれていた。

 リリィへの信頼も、今ではかなり確かなものになっている。

 彼女がエインの暴走を止め、教師としての自信を取り戻したことで、Eクラスは驚くほど正常に機能していた。──いや、皮肉なことに、エインが来る以前よりも授業の質は上がっているとすら言えた。

 

 その一方で、元凶たるエインは、教室の隅で完全に置物と化していた。

 

 授業の主導権は完全にリリィが握っており、もはや彼の出番はない。

 机に突っ伏し、意味もなく指を回し、窓の外を飛ぶ鳥の数を数える。

 全身から「暇だ」という空気がこれでもかと滲み出ていた。

 

 その、あまりにも平和な授業風景を裂くように、教室の扉がゆっくりと開いた。

 

「失礼いたします」

 

 姿を現したのは、新校長ギルバート・モーリスだった。

 

 リリィは扉の方を振り向いた瞬間、わずかに身を強張らせた。

 

「……ギルバート校長」

 

 警戒を隠しきれないまま立ち上がり、控えめに頭を下げる。

 

 ギルバートはゆったりと教室へ入り、足を止めて中を見渡した。

 

「……先ほど少し様子を拝見しておりましたが、随分と見違えましたな。素晴らしい。やはり、エイン先生のお力ですかな」

 

 穏やかな口調だったが、その声には本物の驚きがにじんでいた。

 

 リリィは一瞬、返答に迷うような顔をした。

 確かに、エインの存在が結果としてクラスをまとめるきっかけになったのは事実だ。完全な間違いとも言い切れない。

 

「そう……ですね」

 

 小さく頷いたあと、彼女は視線をわずかに落として尋ねた。

 

「……それで、本日は何かご用でしょうか?」

 

 ギルバートは満足げに頷き、教室を一望してから言った。

 

「ある生徒から、個人授業をお願いしたいという申し出がありましてな」

 

「個人授業、ですか?」

 

「ええ。しばらくの間、エイン先生をお借りして、通常授業をお休みいただきたいのですよ。今のEクラスの様子を見る限り、もはやリリィ先生お一人でも十分に授業を進められるでしょうからね」

 

 その言葉に、教室の隅で死んでいたエインがぴくりと反応した。

 目に、かすかな光が宿る。

 

 ギルバートは二人の教師へ視線を向け、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「エイン先生、リリィ先生……よろしいですかな?」

 

 エインは、その提案にほとんど反射で食いついた。

 退屈な授業から解放される。

 今の彼にとって、それ以上の福音はない。

 

「マジすか。やります、やります。暇してたんで、ちょうどいいです」

 

 リリィは一瞬だけためらいを見せたが、やがて静かに頷いた。

 

「……はい。承知しました」

 

「それは結構」

 

 ギルバートは満足そうに目を細めた。

 

「では、放課後、旧館の三番教室へ」

 

 それだけを告げて、彼は教室を後にする。

 

 残されたエインは、ようやく手に入れた「暇つぶし」に、今にも鼻歌でも歌い出しそうな顔をしていた。

 

    ◆

 

 人気のない旧校舎の一室。

 

 木の匂いと、わずかに舞う埃を含んだ静けさが、室内に澱のように沈んでいた。

 

 第二王子ルーク・スライ・エルディスは、ひとり椅子に腰を下ろし、じっと扉を見据えていた。

 

 やがて、廊下の奥から足音が近づいてくる。

 

(ようやく……俺という存在の価値を証明する時が来た)

 

 栄光も賞賛も、いつだって兄ベイルのものだった。

 自分はその傍らに立つだけの影。誰かが明確にそう決めたわけではない。ただ、世界そのものが、空気のようにそう扱ってきた。

 

 だが──

 

 王にふさわしいのは、最初からこの自分だった。

 それを、今ここで証明する。

 

 扉が開いた。

 

「あー、こんにちは」

 

 軽い調子で入ってきたのは、エインだった。

 気だるげに部屋の中を見回し、ルークと目が合うと、気楽そうに笑ってみせる。

 

「えーと、リュック君……だっけ?」

 

 ルークの眉がぴくりと跳ねる。

 だがすぐに感情を押し殺し、低い声で訂正した。

 

「ルークです」

 

「あー、ごめんごめん。で、今日は個人授業だっけ? 何を教えてほしいの?」

 

 エインは勝手に椅子を引き、こちらの事情など意に介さぬ様子で腰を下ろした。

 その無防備さが、かえって神経を逆撫でする。

 

 ルークは静かに立ち上がり、懐から一つの魔道具を取り出した。

 

「あなたの“ご専門”について、教えていただきたい」

 

 円盤状の装置が、淡い紫の光を帯びて脈動する。

 そこに刻まれた術式は、まるで呼吸するように明滅していた。

 

「あっ、それ……」

 

 エインの表情が一瞬だけ強張る。

 誓約の腕輪を制御する装置。彼にも、それが何を意味するか理解したのだろう。

 

 だが、もう遅い。

 

 ルークはそのまま装置を起動した。

 光が奔り、エインの腕輪が呼応するように閃く。

 

 その瞬間──制約は、完全に解き放たれた。

 

 ルークはエインを真っ直ぐに見据え、静かに命じる。

 

「私の命令を聞きなさい」

 

    ◆

 

リバースストラテジー

 

「私の命令を聞きなさい」

 

 俺がそう告げると、エインは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「え、やだよそんなの」

 

 ──直後。

 

「ッ゛……!」

 

 エインの体が跳ねた。喉の奥から濁ったうめきが漏れる。

 腕輪の機能が作動し、その肉体に罰を刻んだのだ。

 

 顔に浮かんだのは、紛れもない痛み。

 制御装置は、完璧に作動している。

 

 ……胸の奥で、高揚感が弾けた。

 

 長年、押し殺してきた感情。

 兄の背に隠れ、空気のように扱われ、誰の目にも留まらなかった俺が──今、他者を支配している。

 

 拒絶を力でねじ伏せ、意志を奪い、命令を従わせることができる。

 

 この瞬間こそが、

 俺という存在が、初めて“意味”を持った瞬間だった。

 

「大したことは命じませんよ。あなたの“ご専門”について、少し教えていただきたいだけです」

 

 なるべく穏やかに言ったつもりだった。だが、喉の奥から込み上げてくる笑いを押し殺すのに、少し苦労した。

 

 エインは苦痛に眉をひそめながら、無言のまま俺を睨み返してくる。

 だが、もう遅い。こいつには、俺に従う以外の道はない。

 

 この機を逃すわけにはいかなかった。

 計画が露見しないように。反抗の芽を摘むように。確実に縛りつけるために。

 

 俺は、命令を重ねていく。

 

 ──完璧だ。

 

 ここから始まる。

 俺の名が兄の影を裂き、この世界に刻まれる、その第一歩が。

 

    ◆

 

【悲報】元引きこもりワイ、第二王子に支配される

 

1:元引きこもり転生者

とりあえず報告します

 

2:名無しの転生者

してる場合か?

 

3:名無しの転生者

でも報連相ができるのは偉いよ

 

4:元引きこもり転生者

>>3

ワイは教師という立派な社会人やからね

 

5:名無しの転生者

立派ではないだろ

 

6:名無しの転生者

そもそも第二王子って誰だよ

 

7:元引きこもり転生者

>>6

第二なんだから第一王子の弟に決まってるやろ

何故か腕輪の制御装置持ってて、「命令聞け」って命令してきたわ

 

8:名無しの転生者

命令の命令って随分ややこしいな

 

9:名無しの転生者

つまりイッチは第二王子の言いなりってこと?

 

10:元引きこもり転生者

>>9

まあ、そういうことにはなるな。

 

11:名無しの転生者

ようするに奴隷ってことやんけ、落ち着いてる場合ちゃうやろ

 

12:元引きこもり転生者

>>11

まあ、慌ててもしゃあないし、今んとこ実害もないからなぁ

 

13:名無しの転生者

だとしても自由奪われるの嫌だろ

 

14:元引きこもり転生者

>>13

いや、体面上は第二王子の個人授業してることになってるんよ。

おかげで授業出なくてよくなったから、むしろめっちゃ自由なんだわ。

支配してくれてありがとう! 第二王子!

 

15:名無しの転生者

えぇ……

 

16:名無しの転生者

支配する側とされる側の利害が一致することなんてあるんだ

 

    ◆

 

 貴族寮の廊下で、俺たちは兄上と鉢合わせた。

 

「ルークか……それに、エイン」

 

 兄上の声は、いつものように威厳に満ちていた。

 その一言だけで、周囲の生徒たちは何も言われぬまま自然と道を空ける。まるで、それが当然の作法であるかのように。

 

 またか、と思う。

 

 ただそこに立っているだけで場を支配する男。

 生まれながらの王──誰もがそう信じて疑わない男。

 

 だからこそ、癪に障る。

 

「やあベイル。久しぶり」

 

 エインが気楽に手を振った。

 俺の“支配下”にあるはずの男は、先ほどとまるで変わらぬ呑気さだった。

 こいつは本当に、危機感というものが欠けているのか。

 

 兄上の眉がわずかに動く。

 

「教師として舞い戻ったとは聞いていたが……随分と、強かなやつだ」

 

 そして、その視線が俺へと移る。

 

 その目は、昔から何一つ変わらない。

 王として、兄として、当然のようにすべてを見下ろす眼差し。

 

「ルークよ。エインと随分と親しそうだな。……何を企んでいる?」

 

 俺は口元に微笑を浮かべた。

 もう怯えはしない。今の俺には、“切り札”がある。

 

「何もありませんよ、兄上」

 

 短く、正確に答える。

 

 兄上は一瞬だけ黙し、それからわずかに顔を曇らせた。

 

「……そうか」

 

 そのまま何も言わず、背を向けて去っていく。

 

 遠ざかる背中を、俺はじっと見送った。

 

 ──あの背を、もうすぐ見下ろす日が来る。

 

 そう思っただけで、腹の底が熱く滾った。

 心の奥から、ぞくりとするような悦びがせり上がってくる。

 

    ◆

 

ミッドロールモノローグ

 

 兄上が視界から消えると、エインが気だるげに問いかけてきた。

 

「で、あんたは俺に何をやらせたいわけ? まさか本気で個人授業してほしいなんて言わないよな」

 

 支配下にあるくせに、まるで緊張感がない。

 だが、今の俺にはむしろ好都合だった。

 誰かに話したかったのだ──この、完璧な計画を。

 

「あなたには、敵対派閥の人間を鞍替えさせてほしい。……お得意の精神魔法でね」

 

 静かにそう告げる。

 ベイル派、カイル派。そのどちらに手を伸ばすにも、“反則アイテム”が必要だった。

 

 エインは不服そうに眉をひそめた。

 

「いや別に、精神魔法だけ得意ってわけじゃないんだけどな」

 

「そう言いながら、誰よりも巧みに使いこなしている。聞いてますよ、あれこれと」

 

 俺は薄く笑う。

 そして思い出す。

 この男が現れた、あの“運命の入学式”を──

 

「あなたが入学したとき、好機だと思いました。兄上と因縁を持ったあなたを使えば、奴を蹴落とせると」

 

 あの瞬間に閃いた構想と、そのとき胸を貫いた高揚は、今でも鮮明に脳裏に焼きついている。

 

「……兄上があなたに敵意を抱いた直後、私はすぐに接触しました。精神魔法で、無意識に憎悪を煽るよう、ささやかな暗示をかけたのです」

 

 その記憶を語るだけで、自然と笑みがこぼれた。

 

「セレナとのお茶会に鉢合わせたのも、決闘で兄上が焦ったのも──すべて、私の誘導の結果です。年下の、しかも平民相手に感情的に挑んで苦戦するだけでも、彼の評判は落ちる。ましてや、あなたに敗北したことは想定以上の大戦果でしたよ」

 

 俺は静かに言った。

 

「……あなたには、感謝しています」

 

「いや、そんな感謝いらねーよ」

 

 エインは顔をしかめ、露骨に不快感をにじませた。

 

「つーか、お前も精神魔法使えるなら、最初からベイルだけ洗脳すればいいだろ」

 

 あまりに率直な物言いに、俺の笑みは苦く歪んだ。

 

「……私の力では、そこまではできません」

 

 それは、認めたくない現実だった。

 俺の精神魔法は、せいぜい感情の誘導や微細な暗示が限界だ。

 エインのように、“精神そのもの”を握り潰すような規格外の力は持ち合わせていない。

 

「それに、王族が突然豹変すれば、周囲が放っておくはずがない。詮索されれば、私も終わりです」

 

(だが、本当の理由は……それだけではない)

 

 心の奥で、暗い熱がじわりと滲む。

 

(兄上には、正気のまま屈してもらわなければ意味がない。

 洗脳された忠誠など、真の勝利ではない。

 己の意志で、俺に膝をつく──

 その姿を、どうしても見たいのだ)

 

「だからこそ、あなたが必要なのです」

 

    ◆

 

30:元引きこもり転生者

ヒエ~ッw

第二王子が敵対派閥の人間を洗脳するよう命令してきおったw

外道すぎて草

 

31:名無しの転生者

ブーメランぶっ刺さってますよ

 

32:名無しの転生者

まぁ、イッチを支配したらそう使うしかないよね

 

33:名無しの転生者

政争で使えばガチでチートだしな

 

34:元引きこもり転生者

ワイはこんなことしたくないのになぁ

でも第一王子が言うんだからしかたないよね

 

35:名無しの転生者

おっそうだな

 

36:名無しの転生者

普段から言われなくてもやってるくせに

 

────

不可能計画には反則を

 

 翌日、俺はさっそく行動を開始した。

 

 校内を歩き回り、敵対派閥の人間が一人になる瞬間を探す。

 

「……いた。あれは確か、アルジオン家の次男、レイモンド。兄上の派閥に属していたはずだ」

 

 廊下の先で、掲示板を眺めている生徒がいる。周囲に人影はない。

 

「行け」

 

 俺が短く命じると、エインは手をひらひらと振って答えた。

 

「はいはい、りょーかい」

 

 そして、そのまますっと歩き出す。

 

「すみません、ちょっといいですか」

 

「はい?」

 

 レイモンドが振り返った、その瞬間──

 

【精神支配】(ブレインウォッシュ)

 

 驚くほど静かで、淡々とした声。

 それだけで、空気が凍りついた気がした。

 

 レイモンドの表情が一変する。

 目の焦点がぼやけ、口元がだらりと緩む。

 魂を抜かれたような目をしたまま、彼はその場に突っ立っていた。

 

「……え?」

 

 あまりのあっけなさに、思わず声が漏れた。

 本当に、こんなに簡単に……?

 

「はい、完了」

 

 エインは無関心な調子でそう言い、気だるげに肩を回した。

 

「あとはご自由にどうぞ」

 

 俺は慌てて標的に歩み寄り、声をかける。

 

「き、君。今日から、私──ルーク・スライ・エルディスに仕えるのだ」

 

「……はい、ルーク様」

 

 機械のような、感情の抜けた返事。

 だが、その瞳には確かに俺の命令が刻み込まれていた。

 

「終わった?」

 

 エインが退屈そうに尋ねる。

 

「あ、ああ」

 

「じゃ、帰っていいよ」

 

 エインが手を振ると、レイモンドはふらふらと歩き去っていった。

 その足取りは、あまりにも不自然で──まるで操り人形そのものだった。

 

(恐ろしい……けど……これが、俺の力だ)

 

 脊髄を寒気が貫く。

 だが、それ以上に胸を満たしていたのは──快感だった。

 

 誰にも認められなかった俺が、今や学園を支配しようとしている。

 兄上でさえ手に入れられなかった、絶対的な力を。

 この手に。

 

    ◆

 

50:元引きこもり転生者

第二王子君さぁ……バレるの嫌だからって闇討ちさせるのどうなのよ

誉れがないよ誉れが

 

51:名無しの転生者

人を洗脳するのに誉れもなにもないだろ

 

52:元引きこもり転生者

というかさぁ、ぶっちゃけ一人ずつちまちま襲うのめんどいんだよね

もっと効率的にやろうよ王子様

 

53:名無しの転生者

めっちゃノリノリで草

 

54:名無しの転生者

自ら業務効率化の提案をするなんて社会人の鑑だね

 

55:名無しの転生者

つっても目撃者いるんだから闇討ち以外無理だろ

 

56:元引きこもり転生者

>>55

ああなるほど、じゃあ目撃者ごといっぺんにやれば良いのか

数も稼げるし楽ちんだな!

 

57:名無しの転生者

発想が第二王子よりひどい

 

58:名無しの転生者

アサシンからテロリストにランクアップしたな

 

59:名無しの転生者

悪が悪堕ちするとこうなるのか

 

    ◆

 

 その後、俺たちは校内で狩りを続けた。

 

 二人目。三人目。四人目。

 

 標的が増えるたび、俺の胸は異様な高揚感で満たされていった。

 これまで俺を相手にしてこなかった貴族たちが、エインの魔法一つで虚ろな目をした人形へと変わる。その光景は、まさに快感だった。

 

「ルーク様……」

 

 洗脳された貴族が、抑揚のない声で俺に頭を下げる。

 つい先ほどまで俺の存在など眼中になかった男が、今は俺の足元にひざまずいている。

 

(これだ……これこそが、俺の求めていたものだ)

 

 心臓が激しく鼓動していた。

 だが同時に、背筋を這い上がる寒気もあった。洗脳された者たちの目は、まるで死人のように生気を失っている。

 

「次はあいつだ」

 

 震える声で指示を出す。

 

「はいはい」

 

 エインは相変わらず面倒くさそうに応じた。

 自分が何をしているのか、その重大さを本当に分かっているのだろうか。

 

 五人目の洗脳が終わった頃、エインが露骨にうんざりした顔をした。

 

「なあ、このペースだといつまでかかるんだ? 一人ずつちまちまやってたら日が暮れるぞ。もっと効率的にやれないのか?」

 

 その言葉に、俺の心臓が跳ねた。

 

「効率的って、どういう……」

 

「ほら、複数人まとめて洗脳すればいいじゃん。ターゲットが集まってるところを一気にさ」

 

「そんな大それたこと、できるわけないだろう! 目撃者がいたらどうする!」

 

「お前が人払いすればいいじゃん」

 

 エインはあっけらかんと答えた。

 その軽さに、俺は戦慄する。

 

「明日はお茶会の日だろ? そこに乱入して、一気にやっちまえば効率的だ」

 

「そんな……学内の社交の場に、そんなこと……」

 

 思わず言葉に詰まる。

 だが、理屈では否定できなかった。あまりにも合理的で、あまりにも手っ取り早い。

 

(こいつは……俺以上に恐ろしい……)

 

 これまで、自分こそが冷酷な策略家だと思っていた。

 だが、目の前の男は違う。

 奴にとって人の心を操ることは、道具を使うのと変わらないのだ。

 

「……本当に、できるのか?」

 

 かすれた声で尋ねると、エインは軽く頷いた。

 

「大丈夫。前は一人ずつしかできなかったんだけどね、裁判のときに大変だったから範囲でかけられるようにしたんだよ」

 

 その言葉に、背筋へ電流が走った。

 

(この男は、魔法を改良している……より多くの人間を支配するために……)

 

 恐怖で足が震える。

 だが、それ以上に抗いがたい誘惑があった。

 一度に十人、二十人を支配できれば、俺の計画は一気に完成する。

 

「……分かった。明日、カイルのお茶会を利用しよう」

 

 その言葉を口にした瞬間、俺の中で何かが決定的に変わった。

 

(俺は……俺は一体、何をしようとしているのだ……)

 

 心の奥で、かすかに残っていた良心が悲鳴を上げる。

 だが、もう止まれない。王座への欲望が、すべての理性を飲み込んでいく。

 

 俺は悪魔と手を組んだのだ。

 そして今、その悪魔と同じ存在になろうとしている。

 

    ◆

 

 そして翌日。

 

 俺は人払いを済ませた交流棟の廊下で、エインと合流した。

 

「準備はいいか?」

 

「面倒くせぇけどな」

 

 エインはいつも通り気だるそうに返してきた。だが、その瞳だけはどこか冴えている。

 

 俺たちは、カイルのお茶会が開かれている部屋の前に立つ。

 扉の向こうからは、かすかな談笑が漏れていた。カイル派の中核が集まっているはずだ。

 

(……これで、一気に形勢を覆す)

 

 手がかすかに震える。

 だが、もう後戻りはできない。

 

 俺は扉を勢いよく開け放った。

 

「失礼する」

 

 カイルを中心に、数人の貴族たちが優雅にティーセットを囲んでいた。

 突然の侵入者に、全員が驚きの表情を浮かべる。

 

「お前たちは……?」

 

 カイルが鋭い目つきでこちらを睨んできた。

 その威圧に、一瞬たじろぎそうになる。

 

 だが、その刹那だった。

 

「【精神支配】」

 

 エインの声が、部屋の空気を切り裂いた。

 

 次の瞬間、カイル以外の全員がぴたりと動きを止める。

 時間が凍りついたかのように、彼らは焦点の定まらない目のまま沈黙していた。

 

「な……っ!?」

 

 カイルが愕然と声を漏らす。

 つい先ほどまで談笑していた仲間たちは、今や人形のように立ち尽くしている。

 

「どういうことだ! 貴様ら、一体何を──!」

 

 怒声が響く。だが、洗脳された者たちは誰一人として反応しない。

 

「ルークの命令だ。悪いな」

 

 エインが何の感慨もなく、淡々と言い放つ。

 その軽さが、かえって恐ろしかった。

 

 俺は震える声で命令を下す。

 

「今日から……お前たちは、ルーク・スライ・エルディスの派閥に属する。カイルへの忠誠は捨て、俺に従え」

 

「……はい、ルーク様」

 

 抑揚のない声で、全員が揃って応じた。

 ぞっとするほど統一されたその返答に、悪寒と快感が同時に全身を駆け上がる。

 

 カイルの顔が、青ざめていった。

 

「貴様……正気か……?」

 

「お前に恨みはない」

 

 俺はカイルの目を真っ直ぐ見つめ、静かに告げた。

 

「だが、これは……俺が王になるために必要な一手なんだ。悪く思うな」

 

 そう言い捨てて、俺は踵を返す。

 エインも、気だるそうにその後をついてきた。

 

 部屋を出る直前、ふと俺は振り返った。

 

 カイルは、こちらを見ていた。

 怒りでも、絶望でもない。

 

 その眼差しにあったのは──まるで、哀れなものを見るような静かな憐れみだった。

 

(……なんだ、その目は)

 

 胸の奥に、説明のつかないざらつきが芽生える。

 だが俺は、それを押し殺すように目を逸らした。

 

 関係ない。勝ったのは俺だ。

 どんな目を向けられようが、それは敗者の視線にすぎない。

 

 俺は扉を閉め、次の標的へ向かって歩き出した。

 

    ◆

 

 そこからは、もう止まらなかった。

 

 次のお茶会。その次のお茶会。

 俺たちは交流棟を渡り歩き、片っ端から標的を洗脳していった。

 

 だが、そのたびに、俺の中から何かが確実に削り取られていく感覚があった。

 

 最初にあったのは興奮だけだった。だが、今は違う。

 洗脳された貴族たちの、死んだような目を見るたびに、胸の奥がじわじわと冷えていく。

 

(俺は……一体、何をしているんだ……)

 

 その疑問が頭をよぎるたび、何かが軋んだ。

 だが、それでも止まれない。

 

 王座への渇望が、あらゆる躊躇いを呑み込んでいく。

 

    ◆

 

 さらに翌日。

 

 お茶会に参加していなかった数人の貴族を狙い、俺たちは仕上げに入った。

 

「……最後の一人だ」

 

 俺が指差したのは、ベイル派の重鎮、アレン・グラディウス。

 侯爵家の御曹司であり、兄上の右腕と呼ばれる男だ。

 

 彼は生徒たちと談笑していた。周囲には常に人の姿があり、一人になる気配はまるでない。

 

(アレン……)

 

 幼い頃、兄上と俺と三人でよく一緒にいた。

 訓練場では兄上が剣を教え、アレンは笑ってそれを見守っていた。

 「ルーク様も立派な王子様になりますよ」──そう言ってくれた、優しい声を今でも覚えている。

 

(なのに、今では……)

 

 アレンは、もはや俺など眼中にない。

 かつての仲間は、今や兄上の忠実なしもべだ。

 

 そんな中、不意に背後から声がかかった。

 

「ルークか」

 

 振り返ると、兄上がいた。

 表情は静かだったが、その視線だけが鋭く俺を射抜いている。

 

「まだエインと親しげだな。……何を企んでいる?」

 

 数日前と同じ問い。

 だが、その目に宿るものは──あのときよりもずっと深い、何かだった。

 

 俺は平然を装って答える。

 

「何もありませんよ、兄上」

 

「そうか……」

 

 短い沈黙のあと、兄上はわずかに顔を曇らせた。

 

「じゃあな」

 

 最後にそう呟いて、兄上は廊下の向こうへ消えていく。

 別れ際の横顔には、かすかに寂しげな色が差していた。

 

(……まるで、別れを告げられたみたいだ)

 

 胸の奥が疼く。

 だが、立ち止まるわけにはいかなかった。

 計画は、もう最終段階に入っている。

 

「……さて、仕上げといこうか」

 

 俺は改めてアレンの様子を確認する。

 兄上が去ったあとも、彼は相変わらず人目のある場所にいた。貴族たちと談笑し、教師とも親しげに言葉を交わしている。隙など一切ない。

 

「なかなか一人にならないな……」

 

 苛立ちを滲ませて呟いた、そのときだった。

 隣でエインが、だるそうにため息をつく。

 

「ああ、もう、めんどくせぇ」

 

 そしてそのまま──何の躊躇もなく、アレンへ向けて【精神支配】を発動した。

 

「おい! 何をしている!」

 

 思わずエインの腕を掴む。

 周囲の目がある。こんな大胆なことを、まさか本当にやるとは……!

 

「慌てるな」

 

 エインは平然とした声で言った。

 

 視線を戻す。

 だが、アレンはいつも通りの表情で会話を続けていた。洗脳されたはずなのに、虚ろな目にもならず、言動に不自然さもない。

 

 ……だが、それから数分後。

 

 アレンは談笑を切り上げると、まるで自然な流れであるかのようにこちらへ歩いてきた。

 

「失礼、少しお話があって」

 

 周囲に聞こえるよう、もっともらしい理由を口にしながら近づいてくる。

 

 そして、俺たちの前まで来た瞬間──表情が一変した。

 

 目から光が失われ、完全に命令受付状態へと切り替わる。

 空虚な眼差しが、真っ直ぐに俺へ向けられた。

 

「どういうことだ……?」

 

 俺の問いに、エインは無造作に答える。

 

「【精神支配】に【精神感応】を複合させた。命令も一緒に乗せられるようにしたんだよ」

 

「命令……?」

 

「『周囲に怪しまれず、自然に俺たちの前まで来い』ってな。これなら人前でもバレずに済む」

 

 エインは、まるでどうでもいい工夫でも話すかのような口調で説明した。

 

「そんなことより、これで最後だろ。命令しなよ」

 

 その軽さは、最後の雑用を片付けろと言っているようだった。

 エインにとって、人の心を操ることなど、本当にただの作業に過ぎないのだろう。

 

 俺は黙って、アレンの顔を見つめた。

 

 だが、言葉が出てこない。

 喉の奥で詰まり、声にならなかった。

 

「なあ、どうすんの?」

 

 エインが面倒くさそうに言う。

 

「命令しないなら、そのまま戻しとくけど」

 

「待て、それは……」

 

(……ここで止まるわけにはいかない)

 

 王座への野心が、胸の奥で燃え上がる。

 兄の影に隠れ続けた日々。誰からも忘れ去られ、名前すら覚えてもらえなかった屈辱。

 

(俺が王になるんだ。何があっても)

 

 俺は歯を食いしばり、決意を固めた。

 

 すまない、アレン。

 

「今日から……お前は、ルーク派閥に属する。王になるのは……ベイルではなく、俺だ」

 

 かすれる声で命令を下す。

 

「……はい、ルーク様」

 

 アレンが機械のように応じた。

 

「ルーク様は立派な王になりますよ」

 

 その言葉は、幼い頃に聞いたあの優しい声とまったく同じだった。

 だが今それは、魂のない抑揚で紡がれている。

 

 かつての温かな励ましが、今は空虚な賛辞として俺の耳に響いていた。

 

 これで、敵対派閥の吸収は完了した。

 

 勝利を手にしたはずなのに──腹の底は、氷のように冷たかった。

 

    ◆

 

 運命の日。

 

 俺は臨時のお茶会を開き、兄上──ベイルを招待した。

 

 部屋の設営は完璧だ。

 本来なら同席することなど絶対にあり得ない、ベイル派とルーク派の貴族たちが、ずらりと一列に並んで着席している。

 かつて俺を歯牙にもかけなかった連中が、今では恭しく俺の指示を待っているのだ。

 

 その光景だけで、胸の奥が熱く滾った。

 

(見るがいい……ベイル。これが、俺の力だ)

 

 やがて、重厚な靴音が廊下に響く。

 

 ──来た。奴の到着だ。

 

 扉が開かれた瞬間、部屋の空気がぴんと張り詰める。

 そこに立っていたのは、いつもと変わらぬ威容をまとった兄上。

 だが、その目に映るのは──かつて自らに忠誠を誓った部下たちが、今や俺の前にひざまずいているという、あり得ない光景だった。

 

 それでも、奴の表情は微動だにしなかった。

 まるで何も感じていないかのような無表情。

 

(さすがは兄上……だが、それが逆に愉快だ)

 

 取り繕っているのが見え透いている。

 動揺を押し殺すその冷静さこそが、俺の優越を何より雄弁に物語っていた。

 

「……何の用だ」

 

 ベイルの声は低く、威厳に満ちていた。

 だが、もはやその声に、俺が怯える理由はない。

 

 俺はゆっくりと立ち上がり、堂々と告げる。

 

「今から教えてやりますよ」

 

 この瞬間を、どれほど夢見てきたことか。

 幼い頃から積み重ねてきた屈辱の日々が、今まさに報われようとしている。

 

「お前たち──次の王は誰だ?」

 

 その問いに、洗脳された貴族たちが一斉に声を揃えた。

 

「ルーク様です!」

 

 その叫びが部屋中に響き渡った瞬間、

 電流のような快感が全身を突き抜けた。

 

(これだ……これこそが、俺の求めていたものだ!)

 

 かつて俺を無視し、軽んじ、存在すら忘れていた者たちが──今は俺の名を、声を震わせて讃えている。

 

 この瞬間こそ、復讐の完成だった。

 

 俺は振り返り、勝者の笑みを浮かべて兄上を見据える。

 

「どうです、ベイル。これが──現実ですよ」

 

 ふと気づけば、俺が座っていた椅子は玉座へと変わっていた。

 黄金の装飾がまばゆく輝き、深紅のビロードが背を支える。

 そして──頭上には、確かな王冠の重み。

 

(ああ、やはり……俺は王になるべく生まれたんだ)

 

 高笑いが腹の底から込み上げてくる。

 もう抑えられない。これまでの人生で味わったことのない、至福の絶頂だった。

 

「ハハハ……ハハハハハッ!」

 

 笑い声が天井を突き抜けていく。

 長年胸の底に燻っていた劣等感が、一気に解き放たれていく。

 

(見ろ、ベイル! 見ろ、カイル! そして俺を笑ってきた全ての者たちよ!

 これが第二王子──ルーク・スライ・エルディスの真の力だ!)

 

 玉座に深く腰を下ろし、俺は初めて兄を見下ろした。

 この瞬間の快感に、代えがたいものなど存在しなかった。

 

 

 

 

 

「ベイル、もういいか?」

 

「……ああ、もう十分だ」

 

────

反則の舞台幕を上げろ

 

 ルークは、はっと我に返った。

 

 頭の中が霞んでいる。霧がかかったような記憶。ついさっきまで鮮烈だったはずの感覚が、今では夢の残滓のように遠のいていく。

 

(……あれ……? 俺は……)

 

 視界の景色そのものは、それほど変わっていない。

 部屋の中。並ぶ顔ぶれ。立ち位置。

 ほとんど同じだ。

 

 違うのは、ただ一つだけ。

 

 あの荘厳な玉座が、ただの木椅子に戻っている。

 

 それだけのはずなのに、胸の奥には黒い靄のような不安がゆっくりと立ちのぼっていく。

 

(なんだ……この感覚は……)

 

 王冠の重みがない。

 玉座の冷たさもない。

 あれほど確かだと信じていた勝利の感触が、指の隙間からさらさらとこぼれ落ちていく。

 

 ルークは喉を鳴らし、上ずった声で尋ねた。

 

「……次の王は……誰だ」

 

 嫌な予感が肌を撫でていた。

 心臓の鼓動がうるさいほどに響き、血の流れる音が耳を打つ。

 

「──ベイル殿下です」

 

 即答だった。

 

 ルークの脳内で、何かが弾けた。

 言葉の意味が理解できない。一瞬、耳がおかしくなったのかと思った。

 

 しかも答えたのは、ベイル派だけではない。

 ついさっきまで「ルーク様」と唱えていたはずの、自分の派閥の者たちまでが──

 

「な……何が……っ?」

 

 喉が乾き、言葉が掠れる。

 唇が震え、声がうわずった。

 

(そんなはずは……俺は、確かに……王だった……!)

 

 その疑念に止めを刺すように、ベイルが口を開く。

 

「お前が見ていたのは──すべて、エインが見せていた都合のいい幻だ」

 

 淡々とした口調だった。

 だが、そこに怒りも侮蔑もなかった。あったのは、深い哀しみだけだ。

 まるで病を患う子に診断を告げる医師のような、優しさと残酷さが入り混じった声音だった。

 

「お前はエインの支配に、失敗したのだ」

 

「腕輪の制約を解除した瞬間、エインは腕輪の機能を無効化していた。無論、お前の命令も通らなかった」

 

 ルークの足元から、血の気が引いていく。

 膝ががくがくと震え、立っていることさえつらい。

 

(そ……そんな……いや……確かに、俺は……エインを……)

 

「自分を操ろうとした相手を放置するほど、エインはお人好しではない」

 

「お前が支配したつもりになっている間に、あいつは俺のところへ来たよ。『借りを返せ』とな」

 

 ベイルの言葉が、乾いた杭のように一本ずつ心臓へ打ち込まれていく。

 

「制御装置の盗難を公表すれば、それで全ては終わった。だが──」

 

 彼は一瞬だけ視線を落とし、それから崩れかけたルークを真っ直ぐ見つめて言った。

 

「俺は、エインに頼んだ。お前の見ている幻覚に、もうしばらく付き合ってやってくれと」

 

 エインが、だるそうな声で口を挟む。

 

「ナップザック君に付き合うのはめんどくさかったよ。まあ、こっちも得したからいいけどな」

 

 その軽さが、ルークの胸をさらに深く抉った。

 自分の野望のすべてが、こいつにとってはただの気まぐれだったのだ。

 

「なぜだ……なぜなんだ……!」

 

 ルークが掠れた声で叫ぶ。

 

「完璧に計画を立てて……全てを手に入れたはずだったのに……!」

 

 声が裏返り、やがて子供のような泣き声に変わる。

 

「それに……なぜ最初から止めなかった!? 知っていたなら、すぐに阻止できたはずだろう!」

 

 ベイルは短く目を伏せ、それから静かに答えた。

 

「……お前の派閥を取り込むのに時間が必要だったというのもある。だが、それ以上に──」

 

 崩れ落ちそうな弟の姿を見つめながら、彼はかすかに表情を歪めた。

 

「俺は、信じていたんだ。お前が思いとどまって、改心するのを」

 

 そして、言葉を絞り出すように続ける。

 

「俺はお前のことが嫌いじゃなかった……ルーク。こんな結末になって、本当に、残念だ」

 

 その一言が、ルークの内側を音もなく砕いた。

 

 ベイルの声に込められていたのは、軽蔑でも怒りでもない。

 ただ、憐れみ。哀惜。──そして失望。

 

 勝利の果てに待っていたのは、称賛でも栄光でもなかった。

 兄に、哀れまれていた。

 慈悲の対象として、見下ろされていた。

 

 それが、ルークにとって何よりも耐え難い現実だった。

 

    ◆

 

幻影の三日天下

 

 数日間だけの、王としての夢。

 すべてを手にしたかのような万能感。

 

 ──その幻想は、一瞬で霧散した。

 

 現実と幻覚の境界が崩れ、ルークの精神は音を立てて瓦解する。

 

 椅子から滑り落ち、床に崩れたその姿に、もはや王族の威厳の欠片もなかった。

 震える手で頭を抱えたまま、彼は現実を受け入れられずにいる。

 

 やがて駆けつけた部下たちに抱えられ、廃人同然となったルークはその場を連れ去られていった。

 その背は、見るからに小さく、哀れだった。

 

 生徒たちは、哀れみとも軽蔑ともつかない視線を向けたまま、第二王子の無残な末路を見送る。

 そして、やがて一人、また一人と、気まずそうに部屋を後にしていった。

 

 その様子に目もくれず、エインはベイルの前へ手を差し出した。

 

「で、約束の報酬は?」

 

 呆れたようにため息をつきながらも、ベイルは懐から一通の封筒を取り出す。

 

「王都の最高級の菓子屋と茶屋の紹介状だ。約束通りな」

 

 エインはそれを受け取り、満足げに頷いた。

 

「ありがと。いい取引だったよ」

 

 そう言い残すと、彼もまた軽い足取りで部屋を後にする。

 残されたベイルは、誰に聞かせるでもなく、静かに呟いた。

 

「……すまなかった、ルーク」

 

 その声には、深い悲しみが滲んでいた。

 政治的には勝った。だが、その裏で弟を破滅へ追いやったという事実が、重い罪悪感となって胸にのしかかっていた。

 

 最後まで信じていたのだ。

 いつかは思いとどまり、引き返すのではないかと。

 血を分けた弟が、まさかここまで堕ちるとは──。

 

 窓の外には、いつもと変わらぬ学園の風景が広がっている。

 穏やかな午後の陽射しが、静かに室内を照らしていた。

 

 だが、この日を境に、学園の権力構図は大きく塗り替えられることになる。

 

 第二王子ルーク・スライ・エルディスの野望は、幻と共に、静かに幕を閉じた。

 

────

 

80:元引きこもり転生者

というわけで支配されてたのはワイじゃなくて第二王子の方です。

以上、報連相の『連』でした~

 

81:名無しの転生者

えぇ……

 

82:名無しの転生者

連絡事項がホラー過ぎる

 

83:元引きこもり転生者

あー付き合うのすごいめんどくさかった

でもこれで晴れて自由の身や

 

84:名無しの転生者

めんどくさがりの割にはよくやるな

 

85:元引きこもり転生者

まぁ色々得もしたからな

新しい魔法いっぱい手に入ったのが一番の収穫やわ

 

86:名無しの転生者

新しい魔法って何?

 

87:名無しの転生者

急に知らない話が出てきた

 

88:元引きこもり転生者

それにしても貴族ってみんな秘伝の魔法持ってるもんなんやね、助かったわ

授業も参加しなくていいし、これから早速研究するぞー!

 

89:名無しの転生者

ん?

 

90:名無しの転生者

なんとなくわかりかけてきたぞ

 

91:名無しの転生者

は? 何? 洗脳ついでに秘伝の魔法習得してたの?

 

92:名無しの転生者

え? 洗脳したのって第二王子の幻覚じゃなかったの?

 

93:元引きこもり転生者

>>92

それは現実やぞ。第一王子が「第二王子にしばらく付き合え」って依頼したからな。

ちゃんと支配されたフリして、洗脳はしてあげたぞ。

 

94:名無しの転生者

あーサイコサイコ……

 

95:名無しの転生者

絶対そういう意味で指示してないだろ

 

96:名無しの転生者

拡大解釈が過ぎる

 

97:元引きこもり転生者

そういや報連相の『相』なんやけど、

貴族たちに「家の秘密教えて」って言ったら、秘伝の魔法だけじゃなくて、ようわからんメモとか書類の写しとか、大量に手に入っちゃったんやが。

これ、どうすればええの?

 

98:名無しの転生者

あーもうめちゃくちゃだよ

 

99:名無しの転生者

第二王子よりよっぽどエグいことしてて草

 

100:名無しの転生者

本当に支配されてたほうが万倍マシだったな




第二王子のルークはエインを死刑にまで追い込んだ諸悪の根源だった!
ルークの邪悪な計画を見事打ち破った我らがヒーローエイン! 次回も善行を重ねるようだぞ!
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