前回までのあらすじ
エイン、クビ
フレッド、お手紙
アイスブレイク義務
僕の部屋に、故郷からの郵便が届いていた。
エクス村からの封筒が二通。いつもなら一通きりなのに、今日はなぜか多い。
まず手に取ったのは、見慣れた両親の丁寧な字で書かれた封筒。封を切って中を確認すると、そこにはいつも通りの内容が綴られていた。村の近況、家族の様子、そして最後は決まり文句。
「村は平和だから、私たちのことは気にせず、魔法学校の勉強を頑張りなさい」
そして──同封されていた妹ミリーからの手紙も、やはりいつもの調子だった。
『おにいちゃんへ。にんじんをのこしたら、おかあさんにおこられました。はやくかえってきて、かわりにたべてください』
思わず笑みがこぼれる。僕が魔法学校に行くと決まった日、この世の終わりのように泣いていたミリー。けれど手紙では、いつもこんな調子だ。先月は「せんたくもので、おおきなどろだんごをつくったら、おかあさんにおこられました」だった。そして決まり文句は、やはり「はやくかえってきて」。
ほっと安堵の息が漏れる。変わらぬ平和な便りに、自然と肩の力が抜けた。
そんな気持ちで、もう一通の封筒に手を伸ばす。
──が、その封筒を見た瞬間、僕は首を傾げた。
差出人の名前は、ミリー。
同じエクス村の消印。けれど、わざわざ別便で送ってくるなんて、なにかおかしい。
封を開けて手紙を取り出した瞬間、思わず言葉を失った。
『むらがたいへんなのではやくかえってきてください』
明らかに、いつもの調子じゃない。あのミリーらしさが、微塵も感じられない。
僕は二通の手紙を並べて見比べた。同じ日、同じ場所、同じ妹から届いたはずなのに、まるで別人が書いた手紙だった。
けれど──両親の手紙には、はっきりと「村は平和」と書いてある。両親がそう判断しているのに、ミリーだけが「大変」と訴えている。
もちろん、ミリーはまだ小さいし、些細なことを大げさに感じただけかもしれない。
(でも、この震える文字は……)
もし冗談なら、笑って叱れば済む話だ。でも、本気なら──僕は、どうすればいい?
コンコン。
控えめなノック音に、僕は手紙から顔を上げた。
「エイン君……?」
扉を開けると、当の本人がそこに立っていた。
「よう、フレッド」
「どうしたの?」
「ちょっと学校を離れるから、挨拶にな」
そう言いかけた彼は、僕の顔を見て首を傾げた。
「……それより、お前の方が元気ないじゃないか。何かあった?」
僕は視線を手紙に戻す。
「……家族から手紙が来たんだ。でも、ちょっとおかしくて」
二通の手紙を差し出しながら、僕は説明を始めた。
「ミリーは、ふざけたことばかり書く子だけど……こんな冗談はしない。でも、両親の手紙には何も問題ないって書いてある。僕が、勝手に騒いでるだけかもしれない……」
僕の迷いを見て、エイン君は机に手紙を置くと、あっさり言った。
「村に帰ればいいじゃん」
まるで昼飯の話でもするように、当然のように。
あまりに軽くて、あまりに真っ直ぐだった。
僕は思わず、ぽかんと彼を見つめた。
「……え?」
「だから、帰って確かめれば済む話だろ」
──そうだ。僕は、何を迷っていたんだろう。
こんな簡単な話だったのに。
「……そうだね」
自然と、言葉がこぼれた。
「僕、帰るよ。エクス村に」
エイン君は、ふっと口元を緩めた。
「そっか。じゃあ、俺も一緒に行くぜ」
「えっ……?」
あまりに自然な言い方に、思わず聞き返してしまった。
「でも……僕の家のことだし……」
「昨日、解雇されたばっかでな。暇なんだよ。それに、お前には世話になってるしな」
呆れるよりも先に、胸の奥がじんわりと温かくなっていく。
いつも滅茶苦茶で、常識なんて微塵もない。
なのに──こういうときは、迷わず手を貸してくれる。
「……ありがとう」
自然と口をついて出た言葉だった。
「じゃあ、馬車乗り場に行こう」
僕たちは、急いで出発の準備を始めた。
────
陽が高く昇った頃、僕とエイン君は王都の外れにある馬車乗り場に駆け込んだ。
けれど、そこに広がっていたのは、拍子抜けするほど閑散とした光景だった。
朝の便はもう出てしまったらしく、残っていたのは整備中らしい馬車が一台きり。
商人や旅人の姿もまばらで、さっきまでの街の喧騒が嘘のようだった。
「困ったな……」
これでは今日中にエクス村へ出発するのは難しい。
そのとき、馬車のそばで作業をしていた男が、僕たちに気づいて声をかけてきた。
「お客さん、どちらまで?」
「エクス村方面なんですが……」
「ああ、それなら来週だな。この間うちの仲間が向かったばかりだ」
来週。そんなに待っていられない。
僕が言葉に詰まっていると、エイン君がすっと前に出た。
「その馬車、今すぐ出せないか?」
「え?」
男は目を丸くした。
「そりゃ、できなくはないが……こいつぁ乗合馬車だ。他の客がいないと出せねぇよ」
「貸し切りでも構わない」
そう言って、エイン君は懐から何気なく金貨を取り出した。それも一枚や二枚じゃない。
手のひらにじゃらりと音を立てて、何枚もの金貨を並べてみせる。
「これで足りるか?」
金貨の輝きに、男の目が見開かれた。
「こ、これは……」
男は金貨を手に取り、しげしげと眺める。
しばらく黙り込んで、僕たちと金貨を交互に見比べた。
けれど、やがて首を横に振った。
「……金は足りるが、護衛がいない。今のままじゃ出せねぇな」
エイン君は一拍だけ考え込み──そして、あっさりと言った。
「なら、俺たちがやる」
軽く手を振りながら、僕の方を振り返る。
「フレッド、それでいいか?」
僕は迷った。護衛なんてやったことがないし、旅路の危険だって当然ある。
でも──あの震える文字が、頭から離れなかった。
今は、立ち止まっている場合じゃない。
僕はうなずき、男の方へ向き直った。
「僕も護衛をやります。お願いです、馬車を出してください」
男は黙って、しばらく僕の顔を見ていた。
やがて、ため息まじりにうなずく。
「……まあ、いいでしょう」
────
石畳の道を抜け、馬車が未舗装の街道に入ると、景色は一気に寂しくなった。
がたがたと揺れる車内で、僕はエイン君に頭を下げた。
「ごめん、エイン君。僕の問題なのに、お金まで出させてしまって……。このお金は、後で必ず返すから」
「気にすんなって。いつもの礼だって言ったろ?」
そう言って、彼は悪びれもせず続けた。
「それに、この金だって原価はほとんどゼロだからな」
「……え?」
嫌な予感がした。
「どういう意味?」
僕が問い返すと、エイン君はあっさりと答えた。
「鉄塊から金を錬金してるんだよ。裁判のときにフレッドが買ってきてくれた法典も、その金だぞ」
思わず頭を抱えた。
「つまりそれって……贋金じゃないか!」
だがエイン君は、首を傾げるばかりで、まるで悪びれた様子がない。
「贋金?違うぞ。これはちゃんと金でできてる。むしろ、国の貨幣より金の含有量が多いくらいだ」
「そういう問題じゃない!」
がたがたと揺れる車内に、僕の声が響いた。
エイン君は、まるで僕が何か変なことを言ってるみたいに、じっとこちらを見てくる。
「君は、王国の法を破ってるんだ! どう考えたって、悪いことだよ!」
それでもエイン君は、不思議そうに首をかしげるだけだった。
「その“悪い”ってのは、法律が勝手に言ってるだけだろ。 俺は悪いことだと思わないけどな」
……話が通じない。
僕がもう一言、言い返そうとしたとき──
エイン君の声が、少しだけ静かになった。
「それにな、俺が捕まった時は、その“悪いこと”で作った金で買った法典が、俺の命を救ったんだ」
その顔に、いつもの軽薄さはなかった。
「……っ!」
確かに、あのとき彼は死刑になるかもしれなかった。
でも、それと今回のことは……
僕が黙っていると、エイン君は続けた。
「フレッド、お前は早く村に帰りたいんだろ?
金が本物かどうかとか、正しいかどうかなんて、今は気にしてる場合か?」
何も言い返せなかった。
少し間を置いて、エイン君はさらりと付け加える。
「まあ、嫌ならやめるよ。これはフレッドの問題だし、俺は勝手についてきてるだけだからな」
──もし、ここで僕が“やっぱりダメだ”と言ったら。
定期便を待って、出発は一週間後。
その間ずっと、ミリーは──あの小さな手で、助けを待ち続けることになる。
法律を守ることは、たしかに正しい。
でも、それで妹を助けられなくなるのなら──
僕は、口を閉ざした。
────
馬車が王都の門に差しかかったとき、空気が変わった気がした。
「お疲れ様です。身分と行き先をお聞かせください」
門兵が定型文のような調子で聞き取りを始める。僕が学生証を見せて説明を済ませると、今度はエイン君の番だった。
エイン君が名前を名乗った瞬間、門兵たちの表情が一変する。
「エインだと……? お前、ギルバート・モーリスの不正に関する重要参考人として手配されてるぞ! 詳しく話を聞かせてもらおうか」
「そんなの知らねぇよ。急ぎの用なんだ。行かせてくれ」
エイン君が面倒くさそうに返すが、門兵は首を横に振る。
「とにかく、詰め所に来てもらう」
「……ったく、めんどくせぇな」
エイン君はため息をつき、僕の方を見て言った。
「すぐ追いつくから、先に行っててくれ」
──その一言で、すべてを察した。
また、精神魔法でなんとかするつもりだ。
そういう顔だった。
たしかに、それが一番手っ取り早いかもしれない。
でも、それはもう──やらせたくなかった。
これ以上、エイン君に罪を重ねさせたくない。
あんなやり方で進ませたくない。
それに……今度は僕の番だ。
「させない……!」
気づけば、叫んでいた。両手を前に突き出す。エイン君が詠唱を始める、ほんの一瞬だけ先に。
「
魔力の壁が、門兵たちの前に立ちはだかった。
「なっ!?」
門兵たちが驚きに目を見開く。
「エイン君、乗って!」
彼の腕をつかみ、勢いのまま馬車に引っ張り込む。
「御者さん、出してください!」
僕の剣幕に気圧されたのか、御者は一瞬迷った末、手綱を叩いた。
馬車が門兵の怒声を振り切って、勢いよく駆け出す。
やってしまった。でも、後悔はなかった。
────
ガタガタと揺れる車内。しばらく沈黙が続いたのち、口を開いたのはエイン君だった。
「なあ、フレッド」
「……なに?」
「今のって、普通に公務執行妨害だよな。流石に悪いことだと思うよ、俺は」
まるで他人事のように、さらっと。
僕の中で、何かがプツンと切れた。
「君にだけは言われたくない!」
僕のツッコミが、静かな街道に虚しく響いた。
次回、ついにエイン君がやっちゃいけないことをします。