引きこもり、魔法学校にぶち込まれる   作:年中有休

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続きです。


All for You Need Is Kill

馬車の車輪が石畳を叩く音が、単調なリズムを刻んでいた。

窓の外をぼんやり眺めていたが、なぜか心が落ち着かない。

今朝から胸の奥で小さなざわめきが続いていて、それがじわじわと広がっていくような気がする。

 

王都を出てからそれなりの時間は経っているはずだ。太陽も大分西に傾いてきている。

 

「御者さん」

僕は前方の御者台に声をかけた。

「エクス村まで、どれくらいかかりますか?」

 

「そうですねぇ」彼は振り返ることなく答えた。「他にお客さんもいませんし、馬車が軽いもんで……5日ってところでしょうか」

 

思っていたより、ずっと長い。

 

「へぇ、意外とかかるんだな」

隣に座るエイン君が、いつものように気楽な声で言った。

 

「まぁ焦らず行こうぜ、フレッド。暇だしまた魔法教えてやるよ。【精神支配】とかどうだ? 精神魔法の基礎ができてるお前なら……」

 

「いや、僕はそういうのは……」

慌てて手を振った。精神魔法なんて、そんな物騒なものを使いたくはない。それに──

 

「そんな暇はありませんよ」

御者の声が割り込んだ。

 

「あんたらは客だが、護衛でもあるんだ。ちゃんと気を張ってもらわなきゃ困りますよ」

 

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、前方から複数の人影が現れた。

 

4人組の男たちが、まるで計算されたように馬車の進路を塞いでいる。粗末な服装だが、全員が武器を手にしていた。うち一人は弓を構えている。

 

「よう、お疲れさん」

先頭の男が片手を上げて馬車を止めさせた。顔には薄汚れた髭が生え、目つきは鋭い。

 

「ちょっと通行料を頂きたくてな。そんなに取りゃしないから、素直に出してくれや」

盗賊だ。

 

しかし、エイン君は慌てる様子もなく、むしろ面倒臭そうな表情で懐から金貨を取り出した。

「はいはい、これで足りるか?」

 

彼が投げた金貨が宙を舞い、盗賊の足元に落ちた。

「さっさと通してくれ、急いでるんだ」

 

しかし、盗賊たちの表情は変わらない。むしろ、獲物を見つけた狼のような目つきになった。

「ほうほう、随分と気前がいいじゃないか」

 

盗賊の一人が金貨を拾い上げて、仲間たちと意味深な視線を交わした。

「こりゃあ、たんまり持ってそうだな。悪いが、もうちょっと出してもらおうか」

 

エイン君の表情が険しくなった。

「調子に乗るなよ。金はもうないし、作ってる暇もないんだよ」

 

そう言って、彼は一枚のスクロールを盗賊たちに投げ渡した。

「ほら、これをやるからお前らで勝手に作ってろ」

 

盗賊はスクロールを受け取ると、中身を確認した。

「"ぞうへいごっこ"だと……?」

 

彼は一瞬呆然とし、それから顔を真っ赤にして叫んだ。

「ふざけるな! 俺たちを馬鹿にしてんのか!」

 

状況が一変した。

空気が張り詰める。盗賊たちが武器を構え、明らかに戦闘態勢に入る。一人は弓を引き絞り、他の者たちは剣や斧を手に近づいてくる。

「フレッド! やるぞ!」

エイン君の声が聞こえた。

 

胸の奥で心音が早鐘のように響く。いつかの実戦を思い出す。今度はうまくやれるだろうか。

弓を構えた盗賊が僕たちを狙っている。

 

僕も戦う覚悟を決めた。

【防壁弾】(ショット)!」

 

光の盾が一直線に飛び、弓を構えた盗賊の胸に直撃する。

衝撃で体が後方に吹き飛び、背中から地面に叩きつけられた。

呻き声を上げたまま、盗賊は動かない。

弓が手を離れ、くるくると宙を舞った。

 

戦闘訓練の授業でよく使う魔法だったが、実戦でもうまくいったようだ。

 

「【痛覚刺激】」

彼も既に動いていた。

 

エイン君の声は冷静だった。近づいてきた盗賊の一人が突然悲鳴を上げて身悶えし始める。

 

すぐに彼は次の標的に手を向けた。

「【痛覚刺激】」

 

しかし、先ほどの光景を見た盗賊は警戒していたらしく、横に飛び退いて魔法を回避する。

 

「くそっ」

エイン君が舌打ちした。

 

体勢を崩したその盗賊に向けて、僕は二発目を放った。

息を整えて狙いを定める。

「【防壁弾】!」

 

光の盾が盗賊の脇腹に激突した。盗賊は横向きに勢いよく吹き飛ばされ、木に背中を強打して地面に崩れ落ちた。そのまま動かない。

 

「ただのガキかと思ったら魔法使いかよ!」

残った最後の盗賊が恐慌状態で御者に向かって突進する。

僕がもう一度魔法を放とうとした瞬間、御者が素早く動いた。

 

彼は足元にあった拳大の石を掴むと、鋭い動作でそれを投擲した。 石は一直線に盗賊の額へと飛び、正確に命中した。

 

鈍い音と共に、最後の盗賊も地面に崩れ落ちる。

 

戦闘は終わった。

時間にして、1分もかからなかっただろう。

 

深く息を吐く。実戦は初めてではない。でも、手の震えはまだ止まらない。

 

気がつくと、盗賊たちは全員縄で縛られている。御者が手慣れた様子で縛り上げていた。

 

「よし、じゃああんたらはとどめを刺してくれ」

 

「えっ」

僕は耳を疑った。

 

「まいったなぁ、俺は平和主義者なのに」

エイン君も困った表情を浮かべている。でも、その困り方が僕とは違う気がする。

 

「無力化したのに殺さなくても……」

声がわずかに上ずった。縛られた盗賊たちを見下ろす。とどめを刺す?そんなことが当たり前なのか?

 

「じゃあどうしろってんです?」

御者は当然という顔で言う。

「王都まで戻って衛兵に引き渡せとでも? 時間の無駄でしょう。どうせ死刑になるんだ、さっさとここで殺しちまったほうがいい」

 

言葉が出ない。

論理的には彼の言う通りかもしれない。でも、それでも──

目の前にいるのは、生きている人間だ。さっきまで話していた人間だ。

 

「フレッド」

エイン君が静かに口を開いた。

 

「元はと言えば、護衛無しで出発させたのは俺だ。お前が嫌なら、代わりに俺が全員殺す。俺がやったことだから、俺が責任を取る」

 

彼は言葉を続けた。

「といっても、人を殺す魔法なんて今まで考えもしなかったからな。今から作るから、ちょっと待ってろ」

 

胸の奥がざわめく。

エイン君が人を殺す。想像するだけで胃が痛くなる。彼だって本当は嫌なはずなのに、僕のために引き受けようとしている。

 

「君なら、殺さないこともできるんじゃ……」

喉がひきつり、かろうじて言葉を紡いだ。

 

エイン君は少し考えた。

「そりゃ精神魔法を使えばできるけど、フレッドはそういうの嫌だろ?」

 

口を開きかけて、止まる。

何と言えばいいのか分からない。

 

エイン君は僕の気持ちを察して、自分が嫌な役目を引き受けようとしてくれている。でも僕の気持ちを完全には理解してくれていない。

僕が本当に嫌なのは──

 

「危ないから近づくなよ」

彼は僕の沈黙を見て、縛られた盗賊に手を伸ばす。

 

まさか、本当に……!

 

【心拍停止】(デパルス)

エイン君の指先から、細い光線が放たれる。

 

「【防壁】!」

咄嗟に防御魔法を展開する。

魔法はパチッと静電気のような音を立てて霧散した。

 

「……フレッド?」

エイン君が困惑した表情で僕を見つめている。

「どうした?やっぱり精神魔法のほうがよかった?」

 

僕は口を開きかけた。

「それは……」

 

そうだ。彼に頼めばいい。精神魔法を使ってもらえば、誰も死なずに済む。

でも、言葉が続かない。

御者もエイン君も、僕の答えを待っている。

 

盗賊たちも縄で縛られながら僕を見上げている。恐怖に満ちた目だった。

皆の視線が集中している。責任の重さが肩にのしかかる。

鼓動が耳の奥で太鼓のように打ち鳴らされる。もう逃げられない。

 

深く息を吸い込んだ。

 

「僕がやる」

 

縛られた盗賊たちに近づく。彼らは意識を取り戻しており、青ざめた顔で僕を見上げている。

震えを押し殺して拳を握る。

 

最初の盗賊が僕の表情を見て、何かを悟ったようだ。

「お、お願いします……!」

 

彼は必死に叫ぶ。

「俺、もう何もしねぇから!殺さないでくれ……殺さないで……!」

 

僕の心臓が激しく脈打つ。

この人は、命の危機に怯えている。でも──僕が今からしようとしていることは、

殺すことよりも、ずっとおぞましい行為かもしれない。

 

「それ……何をする気なんだ……?魔法、か……?」

盗賊は歯の根が合わないのか、言葉がはっきりしなかった。

恐怖に濁った目で、僕の手の動きを見つめている。

 

僕は立ち止まった。

でも、やるしかない。

 

──これは、僕が初めて使う魔法。

 

今までエイン君から教えてもらったあらゆる知識、 そして、あの裁判の記憶。

すべてが脳内でかっちりと噛み合い、一つの答えを示した。

 

【精神支配】(ブレインウォッシュ)

 

僕の手から魔法陣が展開される。やはり使えてしまった。術式は不安定だが、確実に発動している。

 

魔法陣が揺らめく。

「あ……あれ?」

盗賊が自分の体に起きている変化に気づく。

「何だ……何が起きて……」

彼の目に困惑が浮かぶ。徐々に、自分の意識が薄れていくのが分かるのだろう。

「や、やめろ……頭の中に……何かが……」

彼の声が掠れる。彼の瞳から、人間らしい光が少しずつ消えていく。

「俺は……俺は誰だ……?」

 

恐怖に歪んだ表情のまま、盗賊の目が虚ろになっていく。それはまるで、生きながら魂が抜かれていくかのような光景だった。

僕は無理やり魔力を絞り出して、術式を安定させる。

 

「あなたには……」

一瞬迷った。何と言えばいいのだろう。

「僕たちと一緒に護衛をしてもらいます」

盗賊の目の色が完全に変わった。人間の意志が宿っていた瞳が、今は空っぽになっている。

 

僕が縄を解くと、彼は静かに立ち上がり、馬車のそばに無言で立った。

そこに、もう彼自身の意志はない。

 

その光景を見て、残りの盗賊たちが絶叫した。

 

「な、何だ……今のは……!」

「化け物だ……! 仲間に何しやがった!」

「こんなの、人間のやることじゃねぇ……!」

 

彼らの罵声が突き刺さる。僕は顔を逸らす。

 

「……御者さん。これなら……殺さなくて済みますよね」

ごまかすように言った。声が震えている。

 

「……なるほど、確かにそうだ」

御者は複雑な表情で言った。

 

「フレッド、お前いつの間に【精神支配】を使えるようになったんだ?」

エイン君は驚いたような声で呟く。

 

「君と一緒にいた、おかげかな……」

僕は苦笑いを浮かべながら答えた。

 

そして、がくりと膝をつく。

足に力が入らなかった。

 

魔力の消耗なのか、精神的な疲労なのか、僕にはわからない。

ただ、頭がくらくらして視界が揺れている。

 

「おい、フレッド! 大丈夫か?」

エイン君が慌てて僕に駆け寄る。

 

「無理するなよ。後は俺がやっとくから」

彼は残りの盗賊たちを見て、何気なく手を振った。

 

「【精神支配】」

 

あっさりと、残りの盗賊たちも同じ状態になる。エイン君の魔法は滑らかで、盗賊たちは混乱も焦りもなく、ただ静かに支配された。彼らも頷き、立ち上がって馬車の周囲に配置についた。

 

誰も死ななかった。誰も血を流さなかった。

しかし、胸の奥には重い塊のようなものが沈んでいた。

 

──

 

その日の夜、野営地で焚き火が赤々と燃えている。

周囲は静まり返り、木々のざわめきと、ぱちぱちと薪のはぜる音だけが響いていた。

精神支配された盗賊たちが夜警を務める中、僕は昼間のことを考えていた。

 

精神支配。

確かに命は救った。物理的な傷も与えていない。

でも──これで良かったのだろうか。

 

ふと、軽い足音がした。

「今日はありがとうな、フレッド」

 

隣に腰を下ろしながら、エイン君がそう言った。

 

「え? 何が?」

 

「精神魔法のことだよ。お前、精神魔法使うの嫌だったのに、俺のために使ってくれただろ」

 

エイン君の声は珍しく真剣だった。

 

「本当は俺も殺しなんて嫌だったんだ。でもお前が助けてくれた。

信念を曲げてまで、俺を救ってくれたんだろ?

……ありがとう、本当に」

 

言葉に詰まる。

彼は、そんなふうに僕のことを思ってくれていたのか。

 

「それだけ言いたかったんだ。俺はもう寝る。明日も早いからフレッドも寝たほうがいいぞ」

 

そう言って、エイン君は早々に眠ってしまった。

 

僕は一人、焚き火を見つめ続けた。

夜の闇の中で、人形じみた表情の盗賊たちが、無言で歩哨の役目を果たしている。

まるで魂だけを置き忘れた、精巧な人形のように。

 

御者が僕の隣に座る。

彼の顔は焚き火に照らされて、深い皺が影を作っている。

 

「坊主、あの時は悪かったな。盗賊を殺せ、なんて言っちまって」

彼は炎に視線を注ぎながら口を開いた。

 

「連れの坊主にも余計な覚悟を背負わせちまった。本当は大人の俺がやるべきだった。だけどな、お前には俺と同じ思いをしてほしくなかったんだ」

 

「……同じ思い、ですか?」

 

思わず顔を上げる。

御者は焚き火ではなく、もっと遠くを見ていた。

 

「俺は孤児でな。物心付く前に傭兵団に拾われて、若い頃から傭兵をやってた」

炎がぱちぱちと音を立てる。虫の鳴き声が遠くから聞こえてくる。

「もう何年も前になるが……ある戦争で、敵軍の若い斥候を捕らえたことがあった」

 

彼の手が、無意識に足をさすっている。

 

「そいつ、泣きながら『もう戦争なんて嫌です』って言うんだ。『故郷の家族のために仕方なく兵になりました』って」

御者の声が重くなった。

「俺は情けでそいつを見逃してやった。縄を解いて、武器も返して、『もう二度と戦場に立つな』って説教までしてやった」

 

僕は息を呑んだ。

 

「三日後、その斥候は大勢の仲間を連れて戻ってきた。俺たちが油断してるところを襲われて……仲間を皆殺しにされた」

彼の拳が握り締められる。

「俺だけが生き残った。足に怪我を負ってな。それで傭兵は引退することになった」

 

御者は少し間を置いてから続けた。

 

「……『家族のため』なんて言葉も、どこまで本気だったのか、今でもわからん」

「本当にそうなら、あんなこと、できるはずないと思うんだがな」

「俺は学んだよ、情けは身を滅ぼすってな。甘さは、守るべき人間を死なせるんだ」

 

静寂が場を支配する。

焚き火の火だけが、変わらず赤く揺れていた。

 

「御者さん」

躊躇いながら口を開く。

「僕は……今日、精神魔法を使ってしまいました」

 

彼が僕を見た。

 

「あの盗賊たちに。意識を奪って、人格を踏みにじって……」

抑えていた感情が、か細い声となって溢れ出た。

「これで良かったのでしょうか。誰も死ななかったけれど、僕がやったことは正しかったんでしょうか」

 

御者はしばらく僕を見つめていた。そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「そうか……それで悩んでいたのか」

彼は夜空を見上げた。

「俺も昔は同じだった。初めて人を殺した時、何日も眠れなかった」

 

しばらくの沈黙があった。

 

「考えてみれば」御者は続けた。「お前たちの【精神支配】……結果だけ見れば理想的だったのかもしれん」

 

僕は意外な言葉に驚いた。

 

「誰も死なず、誰も傷つかない。俺のような古い人間には使えない芸当だが、本当はああいう解決法が一番いい」

 

御者の言葉に、僕は複雑な気持ちになった。

 

「だがな、坊主」

彼の声が急に鋭くなった。

 

「なぜあいつらを『護衛』にしたんだ?」

その問いかけが胸に突き刺さる。

 

「奴らは盗賊だ。罪を犯した悪人だ。自首させるのが筋だったろう。それを護衛だと?」

 

言葉が出てこない。でも、黙っているわけにもいかない。

 

「それは……彼らが護衛になれば……その方が安全だと思って――」

 

そう言いかけたとき、御者が遮った。

 

「嘘だな」

冷たい声だった。

 

「本当は、そんな理由じゃないだろう」

僕は口をつぐんだ。

 

「だが、まぁいい」

御者は肩をすくめる。

「こいつらに護衛をさせるってのも、確かに理にかなってる。あんたは本来お客さんなんだ、明日からはゆっくりしてな」

 

焚き火がぱちぱちと音を立てる。

炎が揺れて、僕の顔を照らしていた。

 

──

 

翌朝、僕たちは昨日と変わらず街道を進んでいた。

精神支配された盗賊たちが、まるで訓練された兵士のように馬車の周囲を警護している。彼らの目に人間らしい光はなく、ただ命令を遂行するためだけに存在している。

この光景に、慣れるはずがない。

……でも、慣れてしまいそうな自分が、どこかにいる。

 

「おい、お前ら!」

前方から声がした。

二人の男が街道の向こうから歩いてくる。昨日の盗賊たちと同じような格好をしていた。

僕の心臓が跳ね上がる。

 

「なんで昨日はアジトに戻らなかったんだ?頭領が怒ってたぞ」

その男は精神支配された盗賊の一人に向かって言った。しかし、操られた盗賊は反応しない。表情一つ変えずに歩き続けている。

 

「おい、聞いてるのか?」男の声に苛立ちが混じる。「それにそいつらは何だ?見たことのない顔だが」

 

その瞬間、精神支配された四人の盗賊が一斉に武器を構えた。護衛命令に従い、脅威と判断された捜索隊に向けて。

 

「おい! なんのつもりだ!」

捜索隊の二人が慌てて後ずさりする。

 

「手伝わなくていいか?」

エイン君が馬車から身を乗り出して、御者に話しかけた。

「数で勝ってるんだ、その必要はないだろう」

彼も落ち着いている。昨日の話もあって、護衛たちに任せるつもりのようだ。

 

僕は精神支配された盗賊たちを見つめた。彼らの目は相変わらず虚ろで、感情というものが存在しない。まるで兵器のように、ただ命令を実行しようとしている。

 

そして、彼らは容赦なく攻撃を始めようとする。

 

僕の胸に嫌な予感が走った。このままでは──

 

「待って!」

咄嗟に叫んだ。今度こそ人が死ぬ。それだけは避けたい。

 

「【精神支配】!」

慌てて魔法を発動させた。今度はうまく発動したようだ。

 

魔法陣が展開し、二人の盗賊も虚ろな目になる。

 

「攻撃を中止してください」

僕は四人の盗賊たちに向かって命令した。彼らは武器を下ろし、元の護衛態勢に戻った。

 

「フレッド、どうしたんだ?」

エイン君が困惑した表情で僕を見る。

 

「お前、いつの間に精神魔法が好きになったんだ?」

 

答えが見つからない。

いや、答えたくなかったのかもしれない。

 

──

 

やがて、エイン君は僕の沈黙を見て、話題を変えた。

「まぁいいか、フレッド、そいつらも仲間にするんだろ?」

軽い調子で、まるで新しいペットを飼うかのような口調だった。

 

「いや」

御者の声が鋭く割り込んだ。

「今度こそこいつら含めて盗賊は全員殺したほうがいい」

 

「なぜですか? 昨日はああ言ってたのに……」

驚いて彼を見上げる。昨日あれだけ【精神支配】を評価していたのに。

 

「状況が変わった」

彼の表情は険しかった。

「こいつら、4人組を探してたし、頭領がどうとか言っていた。ただの野良じゃねぇな、おそらくそれなりの規模の盗賊団が近くにある」

 

御者は縛られた捜索隊を見下ろした。

「捜索隊まで消えたとなっちゃ確実に警戒して大勢で調べに来る。今度は本格的にな」

 

僕の喉が渇く。状況はさらに悪化している。

彼が続けた。

 

「盗賊団だってバカじゃない。死体を残せば手練れがいると思って深入りしなくなるだろう。だから殺す」

 

「そんな……」

 

「心配するな、大人の俺がやる。怖けりゃ目でもつぶってろ」

 

「でも、なんとか殺さないように……」

 

御者の声が冷たくなった。

「現実を見ろ。もっといい方法があるのか? そうでもないのにお前が殺さないという選択を選ぶのは……」

 

彼は僕を見つめている。

「結局それはお前のわがままだ。お前は逃げているだけだ。昨日も自首させなかったのはそれが理由だな」

 

その言葉が胸に突き刺さる。

何も言い返せなかった。

 

彼の言う通りだ。僕は最初から最後まで、決定的な選択から逃げ続けている。殺すことも、見捨てることも、裁くこともできない。ただ問題を先送りにして、自分の良心を慰めているだけ。

 

でも。

 

僕は頭を上げた。

 

それの何が悪いというのだろう。

 

確かに現実は厳しい。御者の言うような判断が「正しい」のかもしれない。でも、僕にはどうしてもできない。人が死ぬのを見ているのが嫌なんだ。誰かに人を殺させるのも嫌なんだ。

 

それが甘さだと言われても、逃げだと言われても。

 

もう後戻りできない。

 

「そうです」

僕は声を張り上げる。

「わがままです。僕は人が死ぬところを見たくないし、人一人殺せない甘ちゃんです」

 

手が震えていたが、それでも言い続けた。

 

「だけど、僕は誰にも死んでほしくないし、エイン君にも、あなたにも、人は殺してほしくない。それが現実逃避だと言われても、僕はわがままを通します。殺すよりも、もっといい方法を考えます」

 

言葉にした瞬間、気持ちは決まっていた。

 

風が、草を静かになでていく。

 

そんな中で、エイン君の声が響く。

「かっこいいぞ! フレッド!」

 

僕は驚いて彼に振り向いた。

 

「俺も協力するぞ、一緒に作戦を考えようぜ!」

まるで祭りでも見物しているかのような軽い調子だった。でも、その言葉は確かに心強かった。

 

御者は僕たちのやり取りを黙って見ていた。しばらく考え込むような表情を浮かべてから、静かに頷いた。

 

「……しゃあねぇな」

彼は苦笑いを浮かべながら言った。

「客のわがままを聞くのも、御者の務めってやつだ。……ったく、付き合ってやるよ」

 

──

 

盗賊団のアジトは、街道から少し外れた岩場の洞窟だった。

 

頭領は自分の部屋で金貨を数えながら、部下の帰りを待っていた。

この盗賊団は元々各地を転々としていたが、帝国との国境近くで鉱山が見つかったニュースを聞きつけ、商人たちが多く通ることを予想してここに腰を据えることにしていた。

まだ始めたばかりの商売だったが、手応えは悪くない。

 

ただ、昨日から4人の部下が戻らないことだけが気がかりだった。

 

「頭領!戻りました!」

4人を捜索させていた部下が戻ってきた。

 

「そうか、あいつらは見つかったか?」

 

「4人とも死んでました」

捜索隊の一人が淡々と報告する。

「やったのは相当な手練れです。俺たちじゃ手に負えません」

 

頭領は眉をひそめた。死体が見つかったのか。

 

「そうか、それじゃあそいつらの持ち物はどうした?」

「いや、かさばるので持ってきてませんが……」

 

ドスッ!

頭領の拳が捜索隊の鳩尾に食い込んだ。

 

「仲間が死んだら装備は回収だ。忘れたわけじゃねぇよなぁ」

 

部下は腹を押さえながら謝った。しかし、頭領の疑念は晴れない。

何かがおかしい。

 

「クソ、貴重品を使わせやがって」

 

頭領は懐から巻物を取り出す。それは【解呪】(ディスペル)のスクロールだった。高価な品だが、この違和感を確かめるためには必要だった。

 

光がスクロールから立ち上がり、捜索隊を包んだ。

しばらくして、捜索隊の目に困惑の色が浮かんだ。

 

「な、なんで俺たちはここに……」

 

「おい、何があった?あいつらはどうなった?」

 

今度は真実が語られた。馬車の存在、魔法使いたちとの遭遇、そして──

 

「精神魔法だと……?」

 

これは想像以上に厄介な相手だ。そして何より、支配を受けた仲間たちがまだ生きているということは──

 

「この場所を知られた可能性があるな」

決断は早かった。

 

「万が一にも、アジトの場所が漏れちゃいけねぇ。……全員、明朝出撃だ」

頭領の声は低く、決意に満ちていた。

 

──

 

翌日、フレッド達が街道を進んでいると、御者が突然手綱を引いた。

 

「来たぞ」

その瞬間、フレッドは咄嗟に【防壁】を展開する。巨大な箱状の壁が馬車全体を包み込む。

数瞬の後、降り注ぐ弓矢が防壁に当たって砕け散った。

 

同時にエインが拡声魔法で叫んだ。

「支配術式起動! 全員、武装解除して出てこい!」

 

その瞬間、信じられないことが起こった。

苛烈だった攻撃がピタリと止み、あちこちで何かを投げ捨てるような音が聞こえてきた。

 

「何だ!?」

「やめろ!」

「体が……体が勝手に……!」

 

そして、周囲のあちこちから人影が現れ始めた。盗賊たちが恐怖に歪んだ表情で、フレッドたちの前にぞろぞろと歩いてくる。

 

頭領らしき男も同じように現れる。

「くそ……なんで……!」

 

彼は必死に何かに抵抗しているようだったが、やはり他の盗賊たちと同じように歩いてきていた。

 

「やっぱ"保険"かけといてよかったな」

エインが誇らしげにフレッドに語りかけた。

 

──

 

【実況】暇だからフレッドの故郷に遊びに行くぞ!

 

 

481:元引きこもり転生者

というわけで盗賊団を捕獲したンゴ

 

482:名無しの転生者

どういうわけだよ

 

483:名無しの転生者

まるで意味がわからんぞ!

 

484:名無しの転生者

フレッドの故郷に急いでるんじゃないのかよ

何やってんだ

 

485:元引きこもり転生者

>>484

しゃーないやろあっちから襲ってきたんだから

 

486:名無しの転生者

一体何があったんだよ

 

487:元引きこもり転生者

>>486

その説明をする前に今のワイの状況を理解する必要がある 

少し長くなるぞ

 

488:名無しの転生者

あくしろよ

 

489:元引きこもり転生者

>>488

お前は物事を急ぎすぎる

本来は囮を使って、盗賊に追われないようにするための作戦だったんだよ。

 

490:名無しの転生者

囮って誰よ?

 

491:名無しの転生者

これまでの所業見れば想像付くやろ

 

492:名無しの転生者

出るか……! イッチお得意の……

 

493:元引きこもり転生者

>>490

囮はもちろん盗賊がやる。

前に襲ってきた盗賊を支配して捕まえたからな。

そいつをアジトに帰還させて嘘の情報を与えたんや。

 

494:名無しの転生者

盗賊は犠牲になったのだ……

 

495:名無しの転生者

それがなんで全員討伐することになったんだよ

 

496:元引きこもり転生者

その作戦が失敗しちゃったんだよ、嘘がバレたみたいで盗賊団全員で襲撃してきた

 

497:名無しの転生者

やばくねぇかそれ

 

498:名無しの転生者

でも全員捕まえたんやろ

 

499:元引きこもり転生者

まぁ、保険仕込んどいたからな

 

500:名無しの転生者

保険って何?

 

501:名無しの転生者

また幻術なのか!?

 

502:元引きこもり転生者

>>500

【啓導の光輪】を使ったんだよ。前に話した光る魔法陣の呪い

 

503:名無しの転生者

ああ、入学式のやつね

 

504:名無しの転生者

ん?それって魔力足りなくて発動できんかったんじゃないの?

 

505:名無しの転生者

そもそも学校にあるクソでかいやつだろそれ、外にいるんだから使えんやろ

 

506:元引きこもり転生者

使えはするぞ、【啓導の光輪】の解析はとっくに終わってるからな。

それで今回は支配以外の機能を削除して、規模を抑えた簡易版を設置したんだよ。

まぁこれでも魔力とか足りんからフレッドに協力してもらったけどな。

 

507:名無しの転生者

設置ってことは待ち構えるわけやろ? 馬車で移動してるのにそんな暇ある?

 

508:元引きこもり転生者

確かに設置型の魔法やけど、別に地面や床じゃなくても設置はできるぞ

 

509:名無しの転生者

どういうこと?

 

510:元引きこもり転生者

いやだから、魔法陣を書き込めるなら下地は何でもいいし、動いてようが構わないってこと

 

511:名無しの転生者

なんとなく話が見えてきましたよ

 

512:名無しの転生者

俺わかっちゃったかも、下地って人間やろ

 

513:元引きこもり転生者

当たり!下地にしたのは事前に捕獲しておいた別の盗賊でした!

背中は平らだから魔法陣を書き込めるんだよねぇ~

 

514:名無しの転生者

お体に触りますよ……

 

515:名無しの転生者

義を失ったな

 

516:名無しの転生者

ほーん、それで襲ってきた盗賊をまとめて支配したってことか

 

517:元引きこもり転生者

そうとも言えるし、そうでもないとも言える。

ワイは命令を与えただけで、支配自体はもっと前に完了しているぞ。

 

518:名無しの転生者

つまり……どういうことだってばよ?

 

519:元引きこもり転生者

盗賊を【精神支配】で支配する→保険として【啓導の光輪】も仕込む→盗賊をアジトに帰還させる→盗賊が味方と感動の再会→それを精神的トリガーにして【啓導の光輪】が自動で起動→盗賊達が支配の受付状態になる→そいつらが襲ってきたところをまとめて命令して勝ち

 

520:名無しの転生者

人の心とかないんか?

 

521:名無しの転生者

どっかの二代目様みたいなやり方だな

 

522:名無しの転生者

卑劣な術だ

 

523:名無しの転生者

えげつねーな……悟る暇も無しかよ

 

524:名無しの転生者

人間爆弾として使うとか本家の王国よりよっぽどエグい運用してるな

 

525:名無しの転生者

主人公の姿か? これが?

 

526:名無しの転生者

どっちかって言うとラスボスだろ

 

527:名無しの転生者

逆だったかもしれねェ……

 

528:名無しの転生者

支配された上に人間爆弾として特攻させられて、生き恥晒しながら組織壊滅させられちゃう盗賊かわいそすぎない?

 

529:元引きこもり転生者

そこまで言うほどのことか?

【啓導の光輪】は本来こうやってラジコンみたいに使うものだろ

設置型の魔法=“その場に固定”って思い込んでる時点で、王国の連中は発想が硬いんだよなぁ

 

530:名無しの転生者

お前の発想がサイコパスなだけだよ

 

531:名無しの転生者

もう……散体しろ!

 

532:元引きこもり転生者

お前らがどう思おうが正しいかどうかはオレが決めることにするよ。

集団相手に一人も殺さないで制圧してるんやで、めっちゃ優しい作戦やろ。

 

533:名無しの転生者

半分は当たっている、耳が痛い

 

──

 

戦いが終わった後、御者は念のため盗賊たちの身体検査を行っていた。

念のため武器の隠し持ちがないか、危険物を所持していないかを確認するためだった。

 

そのとき、彼の手が止まった。

頭領の顔を見つめている。

 

「……お前は」

御者の声が震えていた。

「まさか……十年前の……」

 

頭領の目に動揺が走る。彼も思い出したのだろう。

 

「今度こそ……今度こそ殺してやる……!」

御者の手が剣の柄に向かう。

 

「待ってください!」

フレッドが慌てて彼の前に立ちはだかった。

 

「この人はもう何もできません。意識はあっても体が言うことを聞かないんです。こんな状態の相手を殺すのは……」

 

「じゃあどうするんだ、坊主?」

御者がフレッドを鋭く見つめる。

「今度はこいつら全員も護衛にするのか?」

 

その言葉に、フレッドの胸に鋭い痛みが走る。

また同じことを繰り返そうとしていた。また責任から逃げようとしていた。

 

フレッドは唇を噛んだ。そして、ゆっくりと頭を上げる。

「いや」

その声は小さかったが、はっきりとしていた。

 

「僕は覚悟を決めました。逃げずに、現実と向き合います」

フレッドの声には、今までにない強さがあった。

 

「お前たちは王都に向かって自首しろ」

今度は迷いがなかった。盗賊団全員に向かって、明確に命令を下す。

 

「正直に罪を告白して、法の裁きを受けるんだ」

盗賊たちは、列を作って王都の方向へ歩き始めた。

 

しかし、頭領だけはその場に残っていた。フレッドが意図的に命令から外していたのだ。

 

フレッドは御者を振り返る。

「御者さんはどうしますか?この人をどうするかは、あなたが決めてください」

 

御者は長い間、頭領と向き合っていた。

そして、フレッドを見た。

 

「……お前は変わったな、坊主」

彼の声に、わずかな感嘆が混じった。

「最初は甘ちゃんだと思ったが、ちゃんと現実を見るようになった」

 

御者は深くため息をついた。

 

「……もういい。十年も経って、俺も歳を取った。俺も大人にならねぇとな」

 

彼は剣から手を離した。

 

「お前も行け。自首して罪を償え。どうせ死刑だ。ここで殺さなくたって同じ結果だ」

頭領も、他の盗賊たちを追って歩き始めた。

 

フレッドは彼らの後ろ姿を見送りながら、胸に重いものを感じていた。自首すれば、多くは死刑になるだろう。それが現実だった。

 

それでも、これが彼の選んだやり方だ。

 

「そんな顔するな、坊主」

御者がフレッドの隣に立った。いつもの厳しい声に、わずかな優しさが混じっている。

 

「あの盗賊どもがこれから先、何人の商人や旅人を襲うつもりだったと思う?」

彼は遠くを見つめた。

 

「お前がやったのは、そいつらを止めることだ。これから被害に遭うはずだった連中を、全員救ったってことだぞ」

 

フレッドは御者を見上げた。

 

「あの場で殺すより、ずっといい方法だったさ」

 

彼の言葉には、経験に裏打ちされた重みがあった。

 

「でも村までの護衛がまたいなくなっちゃったじゃん」

突然、エインが間の抜けた声で呟いた。

「一人ぐらい残せばよかったのに。また盗賊こねーかな」

 

フレッドは呆れた顔でエインを見た。この状況で、そんな呑気なことを言えるエインが、ある意味すごいと思った。

 

御者は苦笑いを浮かべながら馬車に向かった。

 

「この街道は平和になったんだ。もう護衛はいらねぇよ。それよか早く出発するぞ、エクス村まではもうすぐだ」




次回、エイン君が主人公らしく正攻法を使うようです。
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